武神伝 生贄に捧げられた俺は、神に拾われ武を極める

第一章(2)

       ***


 刀真が体を引きずりながら、部屋に戻っている頃、刀真たちの父親である刀厳とうげんは、一通の書簡に目を通していた。


「……ついに、【きょくとう】への生贄いけにえの日が……」


 ――――かつて、ここ陽ノ国を建国した初代皇帝は、とある妖魔を討伐した。

 だが、その妖魔は怨霊おんりょうとなり、陽ノ国へ様々な災厄をもたらしたという。

 その妖魔の怒りをしずめるべく、十年に一度、 陽ノ国は妖魔が討たれたとされる島――――極魔島に生贄をささげてきたのだ。

 ただ、そんな伝説を信じている者は、今となっては皇室以外には誰もいない。

 皇室としては、初代皇帝が達成した偉業を示し、国民を安心させるため、伝統的な儀式として、現在に至るまで生贄を捧げ続けてきた。

 しかし、世間にはこの伝説を信じていない者が多いため、この儀式は体のいい流刑るけいとして扱われ、罪人などを送り込むことで上手うまくバランスを保ちながら続けられてきたのだ。

 何より、妖魔の怨霊こそ信じられていないが、極魔島には七大天聖である刀厳ですら迂闊うかつに歩けぬほど、恐ろしい魍魎もうりょう跋扈ばっこしているのである。

 ゆえに、極魔島への生贄はに等しかった。

「ククク……やはり俺は運がいい」

 刀厳は書簡を握り潰すと、そのままそれを魔力の炎で燃やし尽くす。

「あの出来損ないを何度この手で殺してやろうかと思ったが……直接手を下せば、多少なりとも醜聞が付きまとう。無論、世間はあの無能など知ったことではないだろうがな。だが、あんな無能を生んだ責任の一端を口に出されてはたまったものではない。だからこそ、ここまで耐えてきたのだ。この方法であれば、ヤツを消すことができ、護堂家の家格も上がる……そうすれば、も……」

 刀厳は暗い笑みを浮かべると、計画に向けての準備を始めるのだった。


       ***


 ――――刀次とのやり取りから数日後。

 俺はいつもと変わらず兵糧丸ひょうろうがんを食べ、木刀を手に修練を始める……はずだった。

 だが今日は、いつもなら誰も近寄らぬはずの、この物置小屋に人がやって来たのである。

「――――護堂刀真だな?」

「え?」

 小屋の入り口には、物々しい武装をした刀士が数人立っていた。

 よく見るとその刀士たちはこの護堂家では見かけぬ者たちで、そのよろいには皇室を表す、太陽を手にした龍の紋章が描かれている。

「あ、あの、私に何か――――」

「貴様を連行する」

「なっ!?」

 俺は抵抗する間もなく一瞬にして刀士たちに拘束されると、そのまま小屋の外に引きずり出された。

「な、何をするんですか! 私が何を――――」

「口を開くな」

「がっ!?」

 後頭部を殴られた俺は、必死に意識をつなぎとめようとするも、その努力もむなしくそこで気を失った。


       ***


「……うっ……こ、ここは……」

「誰の許しを得て口を開いた!」

「ぐっ!?」

 ようやく目が覚めたと思った瞬間、俺は顔を思いっきり引っぱたかれた。

 そこで慌てて頭を回転させ、何とか視線だけ動かして周囲を見渡すと――――。

「あれが今回の……」

「確か、護堂家の長男だったはずでは……?」

「……なるほど、考えましたなぁ」

 そこは見慣れぬ大きな屋敷の庭らしき場所で、俺は最下段の砂利敷きにて、組み伏せられていた。

 それに対して、屋敷の上段と下段には質のいい衣服に身を包んだ無数の大人たちが座っている。

 彼らから俺に向けられる視線は、物でも見るかのように冷たいもので、体がこわった。

 ――――ここまで人は、無関心になれるのか。

 そう実感させられるほど、その視線には何の感情もこもっていない。

 しかも、どうやら俺は身柄を押さえられ、無理やりひれさせられているようだった。

 そして、俺の真正面には、御簾みすのかかった最も高い位置に悠然と座る一人の男性の姿が 。

 こ、この方は……。

 俺がその姿に目を見開いていると、再び殴られる。

「貴様のような下郎が、許可なく顔を上げるな!」

 俺が痛みをこらえていると、よく知る声が聞こえてきた。

「――――こちらが、私の愚息である刀真でございます」

「なっ……ち、父上……!」

「貴様……口を開くなと言っているだろう!」

「がはっ!」

 容赦なく地面にたたきつけられる俺。

 だが、今の声を間違えるはずがない。

 胸を圧迫された状態のため、俺がこれ以上声を上げられないでいると、父上とかの人物……この国の皇帝は言葉を交わし始めた。

「なるほど。その者をたびの生贄に、というのだな?」

「さようでございます」

「しかし、よいのか?」

「もちろんでございます。私は皇帝陛下の忠実なるしもべ……その忠誠を少しでも示せるのであれば」

「ふむ……」

「それに、そこいらの罪人の血など、贄としては足りぬやもしれませぬ。となれば、この身に流れる貴き血を使うことで、より強い贄としての効果を発揮できることでしょう。無論、皇室の血筋を軽視するわけではございませぬが、たとえ一滴でも、陛下と同じ血が流れている以上、大きな役割を果たすことが可能なはず。この国にとって、大きな意味のある生贄です。こやつにとっても本望でございましょう」

「っ……!」

 生贄とは何のことだ。

 それに、父上は何の話をしている……!

 どれだけ足掻いても、魔力を扱えない俺には、この刀士の腕から逃れることなど不可能だった。

 すると、皇帝陛下は鷹揚おうよううなずく。

「そうであるな。元来、怨霊を鎮めるには貴い血による生贄こそ、大きな意味を持つと言われてきた。だが、我々はもちろん、余の忠臣たるそなたに、そのような役目を負わせるのは忍びなかった……」

 皇帝陛下はそう言うと、何かに耐えるように目をつぶる。

「しかし、生贄を差し出さねば、怨霊は鎮まらぬ。ゆえに、苦肉の策として、これまで罪人を生贄に捧げてきた。それゆえか近年、星読みでは災厄が訪れるまでの間隔が短くなっていると出ている。このままでは、いずれ怨霊によって、再び世が乱れることとなるだろう……」

「そこで、私は此度の生贄に関しまして、息子を差し出そうと決意したのです」

「うむ。そなたの覚悟、しかと受け取った。護堂の者であれば、遠縁にこのりゅうの血も流れておる。まさに生贄としてこれ以上のものはなかろう」

「はっ!」


「よかろう! では此度の生贄は、護堂家の者とする! 皆の者、準備に取り掛かるがよい!」


『御意!』

 皇帝陛下はそう宣言すると、こちらの様子など一切気にすることなく去っていった。

 待て。

 待ってくれ。

 生贄なんて冗談じゃない!

 俺は……俺はただ……!

 必死に口を動かそうとする中、俺を押さえていた刀士たちが両腕を抱え、俺の胸元をさらけ出すように持ち上げる。

 すると、どこからか黒装束を身にまとった、不気味な男たちが姿を現した。

 そんな男たちの手には、真っ赤に熱された焼きごてが握られていた。

「な、何だ、それは……何を……」

「黙れ」

「ぐぅ!?」

 顔を強く殴られた俺は、痛みにうめくが、次の瞬間……さらなる激痛が俺を襲った。


「っ! ああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 黒装束の男が手にした、焼きごてが俺の胸に押し当てられたのだ。

 一瞬にして焼きただれていく肌。

 あまりの痛みに絶叫するが、誰も男を止めようとしない。

 何故なぜ。何故。何故。

 どれだけ頭の中で問いかけても、誰も答えてくれない。

 少しつと、男は押し付けていた焼きごてを引き離した。

「ふん、無能にはお似合いの烙印らくいんですなぁ」

「護堂家も考えたものです。これならば、護堂家のメンは保たれ、さらに無能も処理できると……」

「ま、余興程度にはなりましたな」

 無様に泣き叫ぶ俺に対して、周囲の者は冷たい視線を向け、嘲笑あざわらう。

 今すぐにでものたうち回りたい俺だったが、拘束されている身では痛みを逃すことすらできない。

 次の瞬間、そんな俺の後頭部に、強い衝撃が走る。

 それは、俺を押さえていた刀士による一撃だった。 

 薄れゆく意識の中、俺はすがるように父上に視線を向けるが――――。

「……」

 ――――父上は俺を、見てすらいなかった。


       ***


「ッ! 父上ッ……!」


 俺がその場から飛び起きると、そこは見知らぬ場所だった。

 何が起きたのか分からないまま視線を動かすも、そこにはただ海が広がっているだけ。

 どうやら俺は浜辺にいるらしく、波が穏やかに砂浜をらしていた。

 しかし、遠くを見つめると、沖の方は海流がかなり激しいようで、すさまじい渦潮があちこちで確認できる。

「ここ、は……」

 流れる潮の音に呆然ぼうぜんとしつつ、不意に手を動かすと、何かに触れた。

「? っ!?」

 俺の手に触れたのは、人骨だった。

 しかも、視線を動かせば、そこら中に同じような骨が大量に転がっている。

「い、一体……ここは……」

 そこまで言いかけると、俺は気を失う直前のことを思い出した。

「そうだ……俺は確か、父上に……ぐッ!」

 そこまで言いかけた瞬間、胸に激しい痛みが走る。

 恐る恐る視線を胸元に向けると、そこには焼き爛れた肌に、深く刻まれた【落日の烙印】が。

 この烙印こそ、生贄いけにえの……大罪人のあかしだった。

 烙印を目にしたことで、あれだけ不安だった心が、一気に冷えていくのを感じる。

 ――――俺は、見捨てられた。

 今までどんな扱いを受けても、いつかは受け入れてもらえる……そう信じて生きてきた。

 いや、そう信じないと心が持たなかったのだ。

 ただ誰かに認めてもらいたい一心で。

 たとえどんなに邪険に扱われても、家族は俺を見捨てない。

 心のどこかでそう願い続けてきた。

 だが、それはかなわなかった。

 これまで俺を気にも留めなかった父上は――――本当に俺を、捨てたのだ。

「あ、ああ……」

 俺は強欲だったのだろうか。

 誰かに受け入れてほしいと思うのは、傲慢なのだろうか。

「ああああああ」

 地位も名誉も、何もいらない。

 ほしいものは、俺を受け入れてくれる居場所だけ。

 それを求めることは、間違っていたのだろうか。


「ああああああああああああああああ!」


 俺はあふれ出る感情を抑えられず、思いっきり叫んだ。

 そして、胸に刻まれた烙印を否定するように、ただ無我夢中で胸をかきむしった。


「あああああああああああああああああああああああああああ!」


 この叫びは、怒りからくるものなのか。

 うずき続ける胸の痛みからか。

 俺を否定したすべてに対する憎しみからなのだろうか。

 ――――違う。

 ただ、悲しかった。

 どうして俺は、皆と違うのだろう。

 もし普通の家庭に生まれ、普通の体だったのなら、俺は悲しまずに済んだのだろうか。

 分からない。

 俺にはもう、何も分からなかった。

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