第一章 不幸の始まり(3)

 ドーラの花屋は、思いのほか繁盛していた。

 花の質がいいわけではないけれど、その分、かなり安価で販売している。なので、普段使いの花──灯花などがよく売れるのだ。ルーナの両親はいつも品質のいい花を育てていたので、なるほどこういう商売の仕方もあるのかとルーナは感心した。

(花屋の仕入れは確か……花師から仕入れるものと、採取師から仕入れるものの二通りがあるんだよね?)

 花師が育てた花を仕入れる場合は、一定の品質が約束されているし、花師の人気によって値段が左右されることもある。

 採取師というのは、森などに自生している花を摘んでくる人のことをいう。その際、少し手を加えて育てたりしている。この場合、花の品質は一定ではない。花が咲いている場所はマナが多いが山奥で、過酷な環境や野生動物がいるため危険な場所が多い。強い体と、専門的な知識がなければできない仕事だと以前ブラムが言っていた。

 もしくは、花師や採取師が自分の花屋を持っていることもある。

(……確か、おじさんが「採取師のところに行ってくる」って言ってたよね?)

 つまりドーラの花屋は、採取師から花を仕入れているということだ。

 ルーナは両親が育てた花ばかり見ていたから、自生している花を見る機会はあまりなかった。なので、採取師の花というだけでちょっとワクワクしてしまう。

「ルーナ、値段は覚えたね? わたしはお昼を食べてくるから、店を見ていてくれ」

「わかりました! あ、先に取り替える水だけ汲んできますね」

「早くしておくれよ」

「はいっ!」

 ルーナが急いで井戸から水を汲んで戻ってくると、ドーラは「任せたよ!」と言ってさっさと家の中へ戻っていってしまった。

「よし、頑張──」

『はあぁ、お日様の光が足りないわぁ……』

「!」

 ルーナが気合いを入れようとしたら、お店の中から花の声が聞こえてきた。見てみると、解熱効果があるやすらぎの花の声だった。

「そっか、この花は高価だからずっとお店の中にあるんだ……」

 水がマナを含んでいるから、水さえこまめに取り替えていれば、花はそうそう枯れることはない。だけどこのやすらぎの花は、心なしかしおれて見えた。というか、花から出ているほわっとした光がしょんぼりしてしまっている。

(……お日様の光に当たりたいよね)

 ルーナだって、ずっと暗い部屋の中に閉じこもっていたら参ってしまうと思う。花も同じ気持ちだろう。

「今、お日様のところに出してあげるね」

 ルーナはそう声をかけて、やすらぎの花が入った桶を手に持って外へ出た。すると、しおれ気味だった花がわずかに空を見上げた。

『わ……』

 すごく嬉しそうだというのがわかって、ルーナも自然に笑顔になった。しばらく外に置いておけば、もっと元気になるはずだ。

「お水も替えてあげるからね」

 井戸から汲んできたばかりの水を桶に入れると、『気持ちい〜』という声が聞こえてくる。

(よかった、喜んでくれてる)

 そこでルーナはハッと気づく。

(……わたし、水を替えるとき、無意識に自分のマナを使ってた!! だだだ、大丈夫かな?)

 昔からの癖というか、なんというか……。両親の花を世話するときは、ルーナ自身のマナを水に含ませてから水やりをしていた。それは花師として当然の技術なので、ルーナも教えてもらっていた。だけど、ここはドーラの花屋だ。必要以上にマナを含んだ水をあげたりしたら、花が育って品質もよくなってしまう。

 その証拠に、お店の花を見ると朝よりキラキラしていた。ルーナがマナを含ませた水をあげたからだ。間違いなく花の効能も上がっている。勝手なことをしてしまったので、ルーナがどうするか悩んでいると……背後から「それ、やすらぎの花!?」という声がした。

「ん?」

 ルーナが声のした方を見ると、五歳くらいの男の子が立っていた。つぎはぎだらけの服を着ていて、汚れも目立つ。

(お客さん……なのかな?)

 ルーナは頷いて、「そうだよ」と肯定する。やすらぎの花が必要ということは、男の子の家族に病人がいるのかもしれない。

「ほしい!」

「えっと……やすらぎの花は、一本、二千メルスで販売してるんだけど……」

「……っ、お金、足りない……」

 男の子は手に握った硬貨を見て、表情を歪める。その顔を見てルーナも心苦しくなるが、売り物を勝手にあげるわけにいかないことはわかる。

(どうしよう……)

 ルーナが戸惑っていると、「それ、やすらぎの花か!」と違う声が聞こえてきた。声のした方に視線を向けると、青年が立っていた。癖のある赤い髪と、好奇心旺盛な吊り目の瞳。動きやすそうな服装で、ズボンにくくられたベルトには剪定鋏をつけている。

「綺麗に咲いてるな、これ」

 ルーナは男の子に言ったのと同じように、「一本、二千メルスです」と告げる。

 ドーラの花屋の値段は、相場より安い。それは、品質が通常のものよりちょっとだけ劣るからなのだけれど……ルーナが水にマナを込めてしまったので、相場で売っている花より、色艶や効能がよくなってしまっている。つまり、今の値段設定だと相場よりかなり安いのだ。

 ただ相場より安いと言っても、男の子のように貧しい場合は気軽に買える値段ではない。

「二千メルス!? 安すぎ……ると思うんだけど、大丈夫か? この状態なら、普通は三千メルスはするだろう?」

「あ、あはは……」

(うぅ、たった今、大丈夫じゃなくなりました……)

 しかしルーナがマナを扱えることを知らない人に話すわけにもいかないので、「大丈夫です」と笑顔で告げることしかできない。もし知られてしまったら、平民で幼いルーナでは悪人に攫われてしまうかもしれない。マナを扱える人は少なく貴重で、質のよい花を育てさせることもできるからだ。

「お買い得だし、全部もらうよ。保管しておけば長持ちするしな」

「……っ!」

 そう言った青年の言葉に、ルーナは言葉に詰まる。男の子も、ショックを受けた顔をしている。

「うん?」

(全部買われたら、在庫がなくなっちゃう……。そうしたら、お金を用意できたとしても、男の子に売ることができなくなっちゃう)

 お金がないけれどやすらぎの花が必要な男の子と、お金はあるがそこまでやすらぎの花を必要としていない青年。

(えぇぇ、どうしよう……。いや、商売って考えたら、答えは決まってるけど……)

 治癒系の花は、もしも病人が来たときに在庫がないとは言いづらい。今回は特にこの男の子がいる。目先の利益ももちろん必要ではあるが、その花を必要としている人に、ちゃんと届いてほしいとルーナは思っているのだ。

「えっと、在庫が全部なくなるのは……あんまり」

「あー……。なら、五本はどうだ?」

 青年はすぐ近くにいる男の子に気づいたようで、自分が全部買ってしまうと男の子が買えなくなることに思いあたったらしい。

 店にあるやすらぎの花は全部で八本だ。きっとドーラは全部売れたほうが喜ぶだろうが、ルーナとしてはこのほうが嬉しかった。青年の配慮にも好感が持てる。男の子だって、お金ができれば買うことができる。

「……! はい! ありがとうございます!」

 ルーナが花を用意しようとすると、「何やってるんだい!?」というドーラの声が響いた。

「ちょっと! その花は店の中にしまっていたやつだろう。なんで勝手に店先に出してるんだい!」

「ご、ごめんなさい! お日様に当てたほうがいいと思って……」

「勝手なことをするんじゃないよ。まったく──って、なんだい、あんた」

 ドーラが青年に気づいて驚いている。きちんとした……と言ったら言い方が悪いかもしれないけれど、上等な服を着ていて、あまりこの辺に買い物に来る客層ではないからだろう。ドーラは訝しむような目で青年を見た。

「いえ、ええと、やすらぎの花を買おうと思って」

「なんだい、お客さんかい! 一本二千メルスだよ。この花はしばらく出ていないから、嬉しいよ」

 やっと売れた! と、ドーラは嬉しそうにしている。

「とはいえ、花屋で在庫がないのも困るだろう? だから──」

「あはは、そんなの気にするような花屋じゃないよ! ここら辺は、熱が出てもわざわざやすらぎを使ったりしないからね。全部買うなら──一万六千メルスだよ! どうする?」

 ドーラはあっさりやすらぎの花の合計金額を告げた。どうせ売れないからありがたいと、ニコニコ顔だ。青年は困惑しながらこちらを見てきたが、ルーナは苦笑することしかできなかった。

(ここら辺だと、やすらぎの花は売れないんだ……)

 確かに治癒系の花は高いので、自然治癒で治る場合は使わないことも多いだろう。現に、買いに来た男の子もお金が足りていない。王侯貴族であれば違うかもしれないが……。それに、ここはルーナがいた集落と違って花屋がたくさんある。残りの花の本数を心配する必要もないと自分に言い聞かせた。

 ルーナは仕方なくやすらぎの花をすべて包み、青年に手渡した。すると、青年が「坊主!」と男の子に声をかけた。

「え?」

「ほら、帰るぞ。──それじゃあ」

 青年が手を上げたのを見て、ルーナは驚きつつも「ありがとうございました」と口にする。ドーラも「毎度どうも」と満足そうだ。

 どうやら青年は、男の子に花を分けてあげるつもりのようだ。花の値段は一本二千メルスだけれど、実際の価値は三千メルス……。その差額だけでも十分得しているので、気遣ってくれたのだろう。

 ルーナはどうやってあの男の子を助けてあげればいいかと思っていたが、その方法がまったく思い浮かんでいなかったので自分が救われたような気持ちになる。

(うぅぅ、ありがとうございます……!)

 ルーナは心の中で必死に青年にお礼を述べる。同時に、自分もいつか青年のように手を差し伸べられる人間になりたいと強く思った。


 青年が帰ると、ドーラはルーナを睨んだ。

「あんたね、店の花を勝手に外に出すんじゃないよ! 中に置いてある花は高いんだから、外に置いて盗まれたらどうするんだい」

「……ごめんなさい」

 ルーナは謝罪の言葉を口にしつつも、花に対する価値観が自分とは異なるドーラにはどうしても共感できなかった。

 両親の話をしたり、上手にお手伝いができたら褒めてくれたり……そんなことを期待してしまっていた。しかしそれは、ルーナの幻想だったようだ。

 その日の夜は、高価なやすらぎの花を勝手に店から出した罰として夕食は抜きだった。きゅるると鳴るお腹を押さえながら、ルーナはベッドで眠りにつく。

(……お金を貯めて、十五歳の成人で独立しよう。……はやく花師になりたい)

 そして両親のように、花でたくさんの人を助けたいとルーナは思った。


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試し読みは以上です。


続きは2023年3月15日(水)発売

『骸骨王と身代わりの王女 ルーナと臆病な王様』でお楽しみください!

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