第3章 人外転生主人公

閑話3 「リルネ・ヴァルゴニス」


 あたしたちがルサールカを退治……、っていうほどではないか。まあ、なんとかしてから三日が経過していた。


 帰ってきてから二日間は寝込んじゃっていたからね。起きあがれるようになったのも、昨日のことだ。こじらせなくてよかった。


 ウンディーネの琉花を連れて帰ってきたあたしたちは、村の人から質問攻めにあった。それらに対応をしたのはジンだけど、熱に浮かされながらもあたしも慣れない森族語で説明していたような気がする。


 ともあれ、この村を脅かす精霊はもういない。村は平和になったんだ。


 

 村の広場には修理された馬車があった。


 琉花の姿を見た村人たちは、今までの冷たい態度が嘘のようにあたしたちのことを歓迎してくれた。村の恩人だし、ウンディーネはエルフにとって信仰の対象になるような存在だからって理由みたいだけど、それにしては露骨な手のひら返しよね。


 そんなことを考えていたら、ジンに「まあまあ」とたしなめられた。こいつたまにあたしの心を読んでいるんじゃないかって思ってしまうわ。


 ま、いいけどね。馬車も直して、村まで運んできてくれたし。村のどこにいっても嫌な顔をされなくなったし。


 シアは相変わらず村のお手伝いをして、琉花も暇だからってそれを手伝ったりもしていた。ジンはせっせと現代日本と往復して、馬車に積み込む荷物を補充していたみたい。


 あたしは最近神経張り詰めちゃっていたから、怠惰に過ごしていた。たまにはこんな日があってもいいかな、なんて。


 久しぶりに穏やかな時間だった。まるで旅に出る前みたいに。


 けれど、それもさすがにそろそろおしまいだ。


「あとはスターシアとマリーゴールドだけだな」

「そうね」

「うんー」


 あたしたち三人は旅支度を済ませていた。琉花は中学校の制服ではなく、なんだかあたしの衣装にも似た旅装をしていた。なかなか似合っている。好きな服を好きなようにまとえるなんて、精霊のことがちょっぴり羨ましい。


 村長を含めた大勢があたしたちの見送りに来ている。


「このたびは我が村を救ってくれて誠に有難う。大したの礼もできぬが、せめてこれを持っていってくれ」

「これは?」


 渡された手紙を受け取ったジンが村長を見返す。


「森を抜けるなら、その途中にいくつかエルフの拠点がある。手紙を見せれば、問題なく通してもらえるだろう」

「本当か、それは助かるな。避けられる揉め事はなるべく避けてゆきたいしな」


 ジンと村長が握手を交わす。


 そろそろかな、といったタイミングでシアがやってきた。しかしなにか浮かない顔をしている。


「ジンさま、あの、少し来ていただいてもよろしいですか。マリーゴールドの様子なんですが……」

「うん?」




 厩舎に繋がれていたマリーゴールドは臥せっていた。どうも具合がよくないようだ。あたしたちがかかったのと同じ熱だろうか。


「今朝からこうなってしまって……、あの、どうしましょうか」


 シアは困った顔をしている。出発を遅らせるかどうか、といったところだろう。


 ジンは顎に手を当てて「そうだな」と考え込む。そこで近くにいたエルフの青年がマリーゴールドを見て言う。


「こいつは、厄介な病気だな……。これが馬にかかると、半年は治らないぜ」

「半年!?」


 そんなに待っていられないわよ!


「参ったな、どうしようかリルネ」

「うーん……。短い間だけど、一緒に旅をしてきた仲間だから、連れていってあげたいけれど……、でも半年は……」

「まあなあ」


 あたしが眉根を寄せていると、ジンが済まなさそうな顔でエルフの青年に問う。


「勝手なお願いで悪いんだが、もしよかったら他の馬を貸してもらえないだろうか。もちろん料金は払うよ。そっちも生活があるだろうから、難しいかもしれないけど……、こっちも、そんなにのんきにしていられない旅でさ」

「あんたたちは村の恩人だ。できるかぎりのことはしてやりたいさ。だけどなあ、もし一頭でも病気にかかっているなら他の馬も感染しちまっているかもしれないんだ。旅に出たあとに元気がなくなったんじゃ困るだろ?」

「え、そうなのか? それは、困ったな」


 ジンが頭をかく。そういえばどうしてジンだけ熱を出さなかったのか聞いたら、彼は子どもの頃から風邪も引いたことがなかったらしい。頑丈って羨ましい。


「恐らくルサールカの運んできた水のせいだろうな。あんたたち、どうする? カンで選んでもらっても構わないが」


 ルサールカのせいだと言われたときに琉花が「うっ……」という顔をする。一応責任は感じているみたいだ。


 ジンは馬を一頭一頭見つめている。たぶん鑑定してみているのだろう。すぐに首を振って「ステータス画面には現れないか……」とつぶやいた。


 さて、どうしよう。やっぱり適当に選ぶしかないのかな。それですぐに発症しちゃったら、運がなかったと諦める? 自慢じゃないけどあたし、そんなに運がいいほうじゃないと思う。


 そのときだ。琉花が大きく手を挙げた。


「もー、こうなったら! 私にまっかせて!」

「へ?」


 琉花が? いったいなにを。



 ***




「まさかそんなことができるなんて」


 改めて、あたしたちは村に別れを告げて出発をしていた。村の人たちは突然現れた馬に驚いていたが、それはあたしたちも一緒だ。


『なんだか、とりがーふぉーむ? っていう能力を覚えたみたいでー。好きなときに変身できるみたいだよー』


 相変わらず間延びした口調の馬が、地面を踏み鳴らしながら馬車を引く。馬っていうか、正確には精霊だけれどね。


 そう、これは流花なのだ。


 琉花はどうやらウンディーネの姿、ルサールカの姿の他に、ケルピーの姿にもなれるようになったみたい。


「でもあんたそれつらくないの? 馬車を引っ張るなんてさ」

『えっ、ぜんぜん平気だよ? なんだかこの体ってすごい力持ちみたいだし。それに私も自分の脚で歩けるんだから、すっごくいい気分ー!」

「あ、そう……」


 なんだか心底楽しそうに体を揺らす琉花を見て、心配している自分が馬鹿らしくなった。


 歩くのがそんなに嬉しいだなんて、変わってる。まあ流花が変わったやつであることは間違いないでしょうけどね。なんなのかしら、ジンってもしかしてそういうやつらを引き寄せる力をもっているとか?


 ちなみに今御者席にいるのは、あたしだけ。手綱を握らなくても琉花は自分で勝手に走ってくれるので、楽なことこの上ない。


 その上、精霊の格が高いからなのか、森の魔物も寄ってこないみたい。琉花を仲間にするまで多少の時間がかかったけれど、結果的に森を早く抜けられそう。いいことだわ。


 マリーゴールドはエルフの村に預けてきた。すべてが終わったら迎えにきてあげたいけれど、そのときにはマリーゴールドも村の生活に染まっているだろう。彼女はあのまま村で幸せに過ごしてほしいな。……って言っても、魔物の出る森を縦断させられることに比べたら、よっぽど幸せでしょうけどね。


「ふぁ……」


 あまりにものどかで眠くなってきた。


『ねえねえ、りるるん、りるるん』

「あんたそのあだ名……、ああもう、なんでもいいわよ」


 御者っていう言葉の意味がもはや、琉花の暇つぶしの話し相手って感じになっているんだけど。


『スターシアさんに聞いたんだけどさー、りるるんとお兄さんって付き合っているんだってー?』

「え? え、えと」


 突然の問いにあたしの目が少し覚めた。


 ちょっとこの中学生、恋バナとかにウキウキする年頃なの? 勘弁してほしい。


 そうだ、あたしたちは今、そういうことになっている。スターシアをがっかりさせたくないからと、そう言い始めたのだ。


 だけど本当は、あたしの浅慮な行動が原因だった。


 よりにもよって、眠っているジンにコソコソと口づけをしてしまったから。


 あたしはゴホンと咳ばらいをした後に、視線を外しながらつぶやいた。


「……まあ、そうよ。一応、フィアンセってことになっているわ」

『ふーん』


 そう言ったきり、琉花は黙り込んだ。えっ、気まずいんだけど!


 あ、あんたから聞いてきたくせに!


「そ、それがどうしたのよ」

『べつに~』

「なんか言いたいことがあるなら、言いなさいよ……」

『ん~、なんか怪しいなあ~、って』


 ドキリとした。


「あ、怪しいってなによ」


 あたしは後ろを気にする。幌の中にいるジンやスターシアには聞こえないだろうけど、それでも。


『なにか隠しているんじゃないかなあ、って。お兄さんとりるるんはぜんぜん恋人っぽく見えないから』

「……だったらなんだっていうのよ」


 あたしはふいに唇の感触を思い出してしまった。頬が熱くなる。わかっている。これがあたしの一方的な想いだっていうことは。それにジンを付き合わせているだけっていうのも。


 すると琉花はなんだか嬉しそうに、弾んだ声で言った。


「もし違うんだったら、私が告白しちゃおうかなあって」

「え?」


 あたしは顔をあげた。琉花はいつのまにかそこにいて、ケルピーの背に腰かけながらニマニマと微笑んでいる。


「だってお兄さんかっこいいし、私のこと守ってくれたし……、私、お兄さんのこと、すっごく好きになっちゃったから」


 そう言う琉花はなんだかキラキラしていて、あたしは思わず言葉を失った。


 え、なにそれ。


 そんなの、あいつ別にロリコンってわけじゃないだろうし……。ぜんぜん、興味ないだろうし、流花をジンを好きになって告白したところで……。


 ぎゅっと手のひらを握りながら、あたしは胸に手を当てて想いを零す。


「だ、だめ」


 琉花の目を見ることができず、首を振る。


「あたしだって、ジンのこと――」

「あはあは」


 琉花の手があたしの髪を撫でる。驚いてあたしは身を引いた。彼女は楽しそうな目であたしを見つめている。


「だったら一緒だね、りるるん」

「え……?」

「どっちがお兄さんを射止めるか、勝負だねっ」


 え、えと……。


 流花はあたしの気持ちまで見透かしているのだろうか。


 よくわかんないけど。


 あたしは、とても勇気のある年下の中学生と同じようなレベルのあたしは、すごく恥ずかしいけれど……、こくりと小さくうなずいた。


「……あ、あんたみたいなポッと出の小娘なんかに、負けないんだからね」

「小娘って、りるるんもそんなに年変わんなくない?」

「……ま、まあ、そうだけど……」


 琉花は終始楽しそうだった。あたしもまるで友達ができたみたいで、ほんの少しだけ嬉しい。


 それにしても、たまらなく恥ずかしい。なんでこんな思いをしなきゃいけないのよ。


 顔が熱い。汗が噴き出る。あたしは固く拳を握る。こんな気持ち、初めてだ。


「お、琉花はケルピーフォームから分離することもできるのか。なかなかやるなあ」


 後ろからのんきに顔を出してきたジンに向けて、あたしは思いっきり不機嫌な声を出した。


「うっさいのよ、バカ! なんなのあんた! なんで生きてんのよ! 風邪でも引いてろ!」

「え、なんで!? 急に!?」




 こうしてあたしたちは複雑な思いを抱えながらも二週間後、ついに森王樹マナレジカを抜けた。


 目的地ヴァルハランドの塔はすぐそこだ――。


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