第8話 「要塞都市テスケーラ」
ゆくべきか、迂回するべきか。
話し合いの焦点は、そこだった。
「要塞都市テスケーラは、高い壁に囲まれた街よ。独自の騎士団をもっているため、自由都市群ラパムの中でも随一の兵力を誇るわ」
テスケーラが遠くに見える小高い丘の上に車座となり、俺たちは地図を覗き込んでいた。
「もともとラパムは、解体された大帝国から分裂した都市群が自治都市となって、経済圏を作っているの。だから、テスケーラに入ろうが入るまいが、その先の旅には支障はないでしょうね」
リルネはトントンと地図を指差す。
ラパムを迂回し、次の街に向かうことは不可能ではないようだ。
買おうと思っていた馬車が手に入らない上に遠回りになってしまうから、数日のタイムロスにはなるだろうが、最低限の食料に不足はない。
ワイルドボアの肉もまだまだ余っているしな……。
ふうむ。
そこで、自信なさげにスターシアが口を開いた。
「あの、でも、今までジンさまの姿しか見えたことはありませんし……、わたしの目が見た光景が、間違っているということも……」
「そこを疑っても仕方ないとは思うんだが」
俺は顎を撫でる。
「そうだな、だったらもう一度、ジャッジを試してみるか」
スターシアのステータスになんらかの変化が現れたという可能性もあるしな。
「あ、じゃああたしのもお願いね」
「なんでだよ」
「レベルアップしているかもしれないじゃない。ステータスは常にチェックしていたいわね」
「じゃあまあ、スターシアのあとにな」
スターシアはきょとんとしていた。
「あの、なにを?」
「えっと、そうだな」
俺は軽く自分の力の説明をした。相手のステータスを覗き見ることができる鑑定という能力だ。
スターシアはよくわからないという顔だったが、「ジンさまにお任せします」と小さく頭を下げた。
「ジャッジ」
すると半透明のウィンドウが浮かんできた。
名 前:スターシア
種 族:人族
性 別:女
年 齢:19
職 業:メイド
レベル:5
称 号:ジンの奴隷、リルネのメイド、遠見の魔女
スキル:人族語、呪族語
固 有:未来眼(Lv2)
職業が変わっているな。前は確か『占い師』だったはずだ。
って、あれ。
「……お前、未来眼のレベルがあがっているな」
「え?」
俺はスターシアの眼帯をめくり上げる。
スターシアはわずかに頬を赤らめた。
「あ、あの」
「ちょっといいか」
その目を覗き込む。すると、鏡のように真っ白だった瞳に、わずかな一筋の光が点っているのに気づいた。
とても綺麗で、吸い込まれそうな光が揺らめいている。
「最近、目に変わったことはなかったか?」
「たまに、しびれるような痛みが走ることはありました」
「それはいつからだ?」
「確か、テトリニの街を出発する前後だったと思います」
「ふうむ……」
そういえばスターシアは以前に、俺しか見えないって言っていた。
レベルアップして、他の人の姿も見えるようになったんだろう。
だとしたら、やはり間違いではない、のか。
ついでになんかウキウキして待っているリルネをジャッジする。
名 前:リルネ
種 族:人族
性 別:女
年 齢:15(+15)
職 業:魔法使い
レベル:275
称 号:煌炎師、サラマンダーと契約を結びし者、元領主令嬢、塔を目指す者
スキル:炎魔法第三位、水魔法第六位、風魔法第四位、土魔法第四位。
回復魔法第七位、強化魔法第五位、神聖魔法第五位
高速詠唱、威力倍撃、混合魔法、魔力高揚
人族語、森族語、騎馬自在、魔典書写
固 有:転生者、魔力十倍
ふむ。
特に変わりはないな。
前のような『エンディングトリガー』も書いていない。
「……ど、どう?」
「あんまり変化ないな。あ、領主令嬢の称号が、元領主令嬢になってぞ」
「それはどうでもいいわね……」
半眼で俺を見られても。
とはいえ、最初の問題に戻るわけだ。
俺は手を挙げた。
一同の目を見つめながら、告げる。
「俺は行きたい」
小さくリルネがため息をついた。
「そう言うと思ってたわ。お人好しバカ」
「……すまん」
「だいたい、人影がなにものかもわからないんでしょ。そんなあやふやな相手を助けにいくの?」
「すみません、わたしの力が及ばないために……」
「あ、違うのよ、シアを責めているわけじゃなくて」
リルネはぶんぶんと手を振る。
ま、そうだな。
赤の他人を助けにいくなんて、俺ぐらいで十分だろう。
俺は自分の考えを確かめるように口を開いた。
「それが誰であっても、助けに行きたい。あんな化け物に誰かがもう殺されるのは、真っ平だよ。だから、ふたりは迂回して次の街へと先に向かっててもらっても――」
「まったく」
リルネは俺の額にチョップをしてきた。
な、なんだ。
「あたしだってあのメーソンには心底ムカついているのよ。それをなに、自分ひとりで片付けようっていうの? あたしも混ぜなさいよ」
「……リルネ」
驚いた。
「別に死にたいって言っているわけじゃないの。でも、テスケーラがメーソンに襲われるかもしれないのなら、見捨てることはできないわ」
「しかし」
「大丈夫よ、死なないわ」
リルネは自らの手のひらを見下ろしていた。
「あたし、メーソンの言葉の意味をずっと考えていたの」
小さくつぶやく。
「あいつはあたしの持つ力がいずれ自分たちを脅かすと言っていたわ。それに、あたしとあんたを『メサイア』とも呼んでいたわね」
「……ああ」
手のひらを握り締めて、リルネは顔をあげた。
「あたしの力をあいつが恐れて、だから殺しに来たっていうんだったら、……今度こそ、あたしはあいつの計画を止めてみせる」
俺はぽりぽりとこめかみをかいた。
ったく、参ったな。
「危なくなったらすぐに逃げるんだぞ、リルネ」
「平気よ、あんたのそばにいるから」
バツが悪そうにリルネが笑う。
「でも、スターシアを巻き込んじゃうわね、ごめん」
「いえ」
スターシアも首を振った。
「おふたりに出会えなければ、わたしは奴隷市場でなにもわからず石にされておりました。救われた命、おふたりにお預けします」
全幅の信頼か、まいったな。
「寄り道させて、すまんな」
「あの化け物たちに関係することなら、寄り道じゃないわ。テスケーラがあたしたちの目的地よ」
リルネはそう言い切った。
こうして、俺たちはテスケーラに向かうことになった。
テスケーラに入るため、俺たちは三人分の入場料を支払った。
今夜の宿の場所などについての簡単な説明を門番から受けると、いよいよ中に入る順番待ちの列だ。
軽く話してみただけだが、ラパムの人間は心なしか、微妙になまりがある気がするな。
イルバナ領のすぐ南だからそんなに変わりはないんだろうけどさ。
しかし、この町にあの黒衣の化け物が潜んでいるとなると、周りに並んでいる商人や旅人たちが一気に怪しく思えてくるもんだ。
俺は知らず知らずのうちに、腰に差した剣を握り締めていた。
門番に中で抜刀をするなよ、的なことを言われたものだ。あくまでも護身用護身用。
暗い廊下を歩いて、街の中へと入った。
一気に視界が開けると、人の多さに俺はギョッとした。
「え、なんだここ、なんかのお祭りか?」
「テスケーラは、自由都市群ラパムの中でも五指に入るほど発展した街だからね。イルバナ領みたいな片田舎とは違うのよ」
「へえー、普段からこうなのか」
俺は田舎者特有のおのぼりさん丸出しで、あちこちを見回す。
そら新宿とか渋谷とか、そういうところに比べたら人通りは少ないけどさ。この世界こんなにぎゅうぎゅうとしている人たちを見るのは初めてだから、ちょっとドキドキしちゃうな。
石畳の床に、がらがらと馬車が通っていったり。店先を通ると熱心な客引きの声がしてきたり。長い槍を持って腰に剣を佩いた衛兵たちが、物々しい様子で巡回をしていたり。なんともにぎやかなことだ。
とすると、スターシアが建物と建物の間にかけられた飾り紐を指差して、楽しそうに言った。
「あ、きょうはなにかお祭りがやっているようですね」
「おい、リルネ」
「……」
俺が半眼でうめくと、リルネはぷいと顔をそむけた。
こいつ、頭でっかちで知識だけはあるけれど、基本的に引きこもりでどこにも出歩いたことがないからな……。
「三十路を過ぎてそういう知ったかぶりされるのは、ちょっと困るぞ」
「え、なに言ってんのジン、あたし十五歳だよ? こないだ誕生日を迎えたばかりだよ?」
「あ、はい」
ねっとりと見つめられて、俺はただうなずくことしかできやしない。
お祭りか、なんのお祭りだろう。
そういえば俺、この世界の文字とか読めないんだよな。言葉は使えるのに。
「テスケーラでは毎年、自治を勝ち取った日を記念として、独立祭を行なっているそうね」
先ほどの恥もなんのその、リルネは我が物で語り出す。
「独立祭ではこの街を治める『聖女』さまが現れて、一年の無事と平和を祈るそうよ。歴史の授業で習ったわ」
「ふーん」
聖女さま、か。
この街は女性が治めているんだな。
「あ、リルネ、パンが売っているぞ。ちょっと見ていってもいいか?」
「はいはい」
パン屋もお祭りだからか、露店を開いているようだ。
いろんなパンが置いてあるな。白パン黒パン堅いやつ柔らかいやつ。イルバナ麦を使ったパンはおいてあるかなー、と目を見やると。
……えっ、高っ! 普通のパンの十倍以上の値段がするぞ!
「イルバナ麦ってこんなに高いのか……」
俺がそうつぶやくと、店番をしていたおばちゃんが「ははは」と笑う。
「年々収穫量が減っているのよねえ。今年なんてこっちに流れてくるのは、ネズミの爪先ぐらいだったわよ、ははは」
「え、そうなの?」
その言葉を聞いて、リルネが驚いた。
おいしそうな焼きたての黒パンを買って店を出ていきながら、俺はリルネにつぶやく。
「おい、しっかりしろよ、領主の娘」
「……年々とれなくなっているなんて、授業で習わなかったもの」
リルネは頬を膨らませていた。
テスケーラの正門前広場を抜けて、中央のほうに歩いていると、どこからか黄色い歓声のようなものが聞こえてきた。
俺たちは好奇心につられてそちらに向かうと、大通りになにやら華やかな馬車が連なっているのが見える。
道を挟んで、皆が熱狂的に手を振っていたりする。
ほほう、お祭り騒ぎだな。
「パレードみたいだなー」
「たぶん、あれが聖女さまなんじゃないかしら?」
「どれどれ」
リルネの指差す方にはなるほど、儀礼用の馬車に乗った、ひとりの少女が民衆に向けて手を振っていた。
真っ白な衣に包まれた彼女は長い金髪を結っていて、周囲に立つ正装をまとった騎士たちに囲まれている。
美しさや神聖さを感じるよりもまず先に、俺はその風体に少し驚いた。
「なんで顔に仮面をかぶっているんだ?」
「聖女さまは代々特殊な力を持つのよ。『
「聖眼」
俺は思わず魔女と呼ばれるスターシアを見てしまった。
眼帯をした彼女は、ぽーっとした顔で美しい聖女を仰ぎ見ている。
スターシアとあの聖女の間に、どんな差があるんだろう。
未来眼を持つスターシアもまた、誰かを救う力を持っているはずなのに。
ただ生まれが違うだけで、片方はあんな風にまつりたてられて、片方は忌まわしき奴隷として地下牢に繋がれているのか。
なんだかちょっとやるせないな。
リルネは通り過ぎてゆく聖女を眺めながら言う。
「みだりにその力が発動してしまわないように、普段は仮面で力を押さえているんだと授業で習ったわ」
「どういう力なんだ?」
「今の聖女さまはどうかわからないけれど、歴代の聖女さまはそりゃもうすごかったらしいわ」
「だからどういう力なんだよ」
「あ、スターシアほら、みんなが聖女さまに向かって花を投げているわ。あたしたちも買ってきましょ!」
こいつ、知らないんだな……。
リルネはスターシアを連れて、花売りの娘のもとに向かっていた。
はぐれないように、俺もそちらについていこうとしたのだが。
ふと、後ろ髪を引かれたような思いをして、振り返る。
「……ん」
すると俺は群衆の中に、深いローブをかぶったひとりの人影を見つけた。
年若い。少年か少女か見分けがつかないその人は、聖女ではなく、投げられたあとに馬車の車輪に轢かれて散っていったボロボロの花を見つめていた。
「ちょっと、ジンも早く!」
「あ、ああ」
ちらりとリルネを見ると、人影は消えてしまっていた。
「……なんだったんだろうな」
なぜか妙に印象に残った。
昼を少し回った頃から宿を探し始めて、三件目にようやく空きを見つけることができた。
いやー、デカい街だけあって、宿もたくさんあって助かるなー。
「あんたが目に留まった迷子とか大きい荷物を抱えたご老人とかにしょっちゅう話しかけるから、まったく進まなかったわ」
「……すまん」
俺は目を伏せながら頬をかく。
でもしょうがないじゃないか。困ってそうだったんだから……。
つか、なんだかんだ言って、お前も手伝ってくれたじゃないかリルネ。
それはそうと、見つかった宿は少し大通りを外れたところにあった。助けてもらったお礼にと、おばあさんに教えてもらったのだ。
やっぱり人助けはするものなんだよ、うん。
いや、はい、すみません。
「しかしどこも混んでいるのは、やっぱり独立祭の影響だなー」
「地方やあちこちからも商人がやってきているらしいからねえ」
「借りれたのは一室のみか」
「見つかっただけでも儲けものよ」
中に入ると、それなりに整ったいい部屋のようだった。
ああ、屋根があるってありがたい……。
しかしこの部屋には、ベッドがふたつしかなかった。
ベッドがふたつ、か……。
「よし、俺は寝袋を使って床に寝よう」
「それはいけません」
スターシアが真っ先に反対する。
うん、わかっていたよ。
「じゃあジャンケンをしよう。負けたやつが床で寝る」
「そのジャンケンというものはよくわかりませんが、誰かが床で寝るならばわたしが寝ます」
当然という顔でスターシアは言った。キリッとしている。かわいい。
スターシアは返事も聞かず、荷物を置いて、床に自分の寝袋を敷く準備を始める。
俺は慌ててそれをとめた。
結局、リルネとスターシアがひとつのベッド。そして俺がもう片方のベッドを独占することになっちまった。
悪い気がしたんだが、リルネがひそかに「なんかこういうのも、友達っぽいかも……!?」と喜んでいたのでよしとしよう。
さすがにいつ黒衣の化け物が現れるかわからない街で、眠りにつけるのかと心配だったのだが。
食事を終えた後、部屋に戻ってきた俺たちは久々のベッドに潜り込んだ途端、あっという間に眠りに落ちてしまった。
街の外は祭りの余韻が残っているのか、どこからか歌声や楽器の音、笑い声に混じって、つんざくような叫び声が響き……。
と、俺は身を起こす。
「……叫び声?」
窓の外が明るい。いったいなんだ?
俺は窓を開いた。
揺らめくようなこの光は……、火か!
身を乗り出せば、街の外れからもうもうと黒い煙が立ち上っていた。
このタイミングだ。否応にも俺は不吉な予感を抱いてしまう。
見に行くべきだろう。
振り返る。リルネとスターシアは身を寄せ合って、眠っている。
いや、ゆっくりとリルネが薄目を開いた。
「……ん、……ジン?」
「えと」
俺はリルネに声をかけようとして、思いとどまった。
彼女にはここでスターシアを見てもらったほうがいいかもしれない。
そう思った俺は、剣を掴んでリルネに告げる。
「街の外れで火事が起きたようだ。ちょっと様子を見に行ってくる。心配しないでくれ、すぐ戻る」
「え? う、うん」
口早に言うと、俺は鍵を開けて部屋を出た。
きっと俺はうぬぼれていたのだ。
あのメーソンを撃退できたからか、ひとりでワイルドボアを倒したからか、あるいは旅が順調だったからか。
俺はひとりで見に行くことを当然だと思っていた。
人の波をかきわけながら走る。赤く照らされた街の景色が流れてゆく。
俺は右拳を握りしめていた。
あの日のように、石にされた人を見捨てて、逃げるような真似はしたくない。
少なくとも今の俺には『トリガーインパクト』という、黒衣の化け物たちに対抗する手段があるんだ。
街の人の中には物々しい格好をした連中も混ざっている。黒光りする金属鎧に、剣を提げているものたち。恐らくテスケーラの騎士だろう。彼らが俺を呼び止める。だが、俺は構わずに走り抜けていった。
俺の目に映る光景は、徐々に寂れていった。どうやら火が出ているのはスラム街のほうらしい。
この辺りは雑多な地帯だ。
もしかしたらこの火事にあのメーソンはまったく絡んでいなくて、ただのボヤ騒ぎだということもありえるのかもしれない。
俺は走りながらそんなことをふと思う。
矢先。
人気のない裏路地を曲がった俺は、信じられないものを見た。
脳が理解を拒む。だが俺はそれを正面から目の当たりにしてしまった。
炎に照らされているからか。
いや、違う。
そこは血の海だった。
広場なのだろう。辺り一面に、斬り殺された死体が散乱している。
俺は思わず口元を押さえた。
むせかえるような死の臭いに、戻してしまいそうになる。
――なんだこれ。
こんなの、人間の所業じゃない。
これもやはり、あの黒衣の化け物の仕業なのか。
ふらつく俺に、声がかけられる。
「お前か」
俺は顔をあげた。
そこには野生の獣がいた。
浅黒い肌をしたひとりの青年だ。両手に爪のような短剣を持っている。
血の海の上に立つその男は、あらゆる死を超越した存在であるかのようだった。
俺は彼に睨みつけられた瞬間、体が痺れたかのように動けなくなった。
やばい。
本能が震え上がる。
「オレの仲間たちをお前が、よくも、よくも」
それは狂気にも至るほどの激高だった。その感情を叩きつけられた俺は身が竦んで動けなくなった。
「ちが――」
俺は手を挙げた。
なんとか誤解を解かないと。
だが青年の、その茶色い髪の隙間から覗く目は、俺を映してはいなかった。
「死ね」
――こいつは俺を殺す気だ。
いくら人の助けになりたいったって、赤の他人の八つ当たりに力を貸すわけにはいかない。
俺は腰の剣に手を当てようとして。
直後、手が空振りした。
「あれ?」
違う。
俺の手首がない。
「――」
血が吹き飛び、海に混ざる。
斬り飛ばされたんだと気づいた頃には、もうなにもかもが遅い。
男の姿は見えない。視界は真っ赤だった。
言葉を叫ぶこともできなかったのは、喉が斬り裂かれていたのだと知った。
仰向けに倒れ、俺は目を見開いた。
脳裏に今までに出会った人たちの笑顔が浮かぶ。後悔と生きながら焼き殺されるような熱の中、俺の体からは大量の血と想いが流れ落ちてゆく。それらを掴むような手は、もはやない。
俺はうぬぼれていたのか。
だからこんなことになってしまったのか。
俺の顔面に靴裏が押しつけられる。
「死ね、死ね……、死んで償え……!」
すさまじいまでの憎悪を浴びせられ、俺は血の海に沈んでゆく。
だが、違うんだ。俺はここの人たちを殺していないんだ。
俺はお前たちを助けるために……。
そんな言葉を告げることもできず、俺の意識は闇に落ちていった。
そして――。
そして――。
そして――。
――耳に音が戻ってくる。
「あ、きょうはなにかお祭りがやっているようですね」
……。
……え?
俺の目の前には、スターシアがいた。
変わらぬ声で、変わらぬ姿で、上を指差していた。
この光景は、覚えている。
テスケーラに入ったばかりの会話だ。
これも俺の走馬灯なのか?
俺が目を白黒させていると、リルネが俺の顔を覗き込んできた。
「ちょっと、ジン、どうかした? 顔色が悪いわよ」
「え?」
呆けた俺の頬をつついてこようとして、リルネの指先がゆっくりと近づいてくる。
「や、やめろ!」
俺は喉を斬り裂かれた恐怖を思い出し、思わず叫んでいた。
リルネはビクッと震えて俺を見る。
「ど、どうしたのよ……、人が心配してやっているのに」
「あ、ご、ごめん」
「ジンさま、どこか具合でも悪いのですか?」
「いや、そういうわけじゃ」
喉と手首がそこにあることを確認するかのように、俺は何度もさすった。
なんなんだ。
これは現実か?
さっきのは、夢だったのか?
それにしては感触がリアルすぎる。
俺は一度、死んだんじゃないのか。
鈍色の空を見上げ、俺は誰ともなく問いかける。
いったいこの街で――なにが起きているんだ。