プロローグ

 本日は晴天! 絶好の冒険日和である。

 鬱蒼とした森の中を一本のあぜ道が伸びている。冒険者なりたての少女――ミルはずんずんとその道を進んでいた。動きやすい軽装に腰には片手剣、肩からはバッグを下げた普通の冒険者だ。

 ちなみに周囲の茂みからは血に飢えた獣の唸り声がいたるところから聞こえてくるし、上空では人を丸呑みできそうな怪鳥が縄張り争いをしている。

 うん! 絶好の冒険日和だ!

 ミルはうーんと大きな伸びをした。こんなに危険がたっぷりな森の中を歩けるなんて。

 目的地はこの先にある森の奥地にある村だ。できればゆっくりとこの冒険感を味わいながら行きたい。

「お嬢ちゃん、あの……大丈夫でしょうかね……茂みからずっと魔物がこっち狙っているような……」

 ミルの隣を行商人のおじさんが歩いていた。さっき魔物に襲われていたところをミルが助けて、村まで同行することになった。

「うん! 大丈夫! 襲ってきたらわたしがなんとかするからっ」

 ぐっと拳を握ってアピール。行商人のおじさんは不安そうな顔のままだ。

 とその時、茂みから一匹の魔物が飛び出してきた。

 見上げるほどの大きな熊だ。腕は人間の胴ほどもあり、手の先に伸びる爪は人間の首くらい簡単にかっ切れそうだ。頭を丸かじりできそうな口からは一対の凶悪な牙が伸びている。

「あっ、タイラントグリズリー!」

 本で見たことがある。冒険者を喰らう大熊の魔物、タイラントグリズリー。近隣の村で見かけたら必ずギルドで討伐依頼が出されるし、王国周辺で見られたら騎士団が派遣されて早急に討伐される高ランクの危険な魔物である。

 そのタイラントグリズリーがこちらを見据え、ずしっ、ずしっ、と一歩ずつ地面を踏みしめ歩いてくる。

「ひ、ひぇぇ」

 行商人のおじさんはその場で尻餅をついてしまっていた。

 その間にタイラントグリズリーが肉薄する。ミルの周りの地面に影を落としていた。ほとんど真上にタイラントグリズリーの頭があった。

「でっかーい!」

 意外と毛並みがごわごわだ。触ってみたら硬そうだ。

「お、お嬢ちゃん! 危ないよっ」

「グオオオオオッ!」

 おじさんの心配する声を掻き消すようにタイラントグリズリーが吠える。同時にミルを薙ぎ払うように腕を振ってきた。巨大な爪がミルを狙う。

「ひえっ!」

 隣で行商人のおじさんがこれから起こるであろう惨劇から目を逸らしていた。

 ミルはすかさず剣を抜き――。

「グオオオッ!?」

 タイラントグリズリーの爪の一撃を剣で受け止めた。

「…………ひ、えええ!? お嬢ちゃん!?」

 行商人のおじさんの目からどう見えるだろうか。か弱い少女が巨大な熊の腕を片手剣一本であっさりと受け止める光景が見えているはずだ。

 ミルはずしりと来るタイラントグリズリーの攻撃を受け止めながらにやりと笑い、

「よーしっ、この子をわたしのペットにしよっと! めいっぱいかわいがるんだ~」

「ええええっ!? お嬢ちゃん何言ってるの!?」

「グオオオオオッ!」

 激昂したのか続けて、頭を叩き潰そうとしてもう片方の腕を振り下ろしてきた。

「よっと、おっとっとと」

 体をひねって軽やかに避けるミル。熊の体躯が大きいから攻撃が避けやすい。

「熊さん、こっちこっち!」

「グオオオッ!」

 さらに単調な攻撃を繰り返してくる。その全てを余裕でミルはかわし続けていた。

「お、お嬢ちゃん、本当に冒険者なりたて……? すごすぎるよ」

 行商人のおじさんの方に攻撃がいかないように注意しつつ、ミルは魔法を唱えた。

「スレイブチェーン!」

 すると地面から伸びた黒い鎖がタイラントグリズリーの体をがんじがらめにしてしまう。

「グオオっ……っ」

 タイラントグリズリーが暴れるたびに体に巻き付いた鎖がじゃらじゃらと音を立てる。魔法の鎖だからそう簡単には千切れないだろうけれど、耐久性を試したことないからどうなるか――。

「グオオオオオオオッ!」

 バキン!

 大きな声を上げたと思ったら両腕を広げて鎖を引きちぎってしまった。意外と強い!

 しかしこっちには来ず、茂みを掻き分けて森の奥に四つ足で駆けて行ってしまった。

「ああ~、グリちゃん!」

 命名、グリちゃん。

 さすがに道もない森の中に考えなしに入っていったらこっちが迷子になりそうだ。ここは諦めるしかなさそうだ。

「まだ魔法覚えたてだから練度が足りないのかなぁ、もっと魔法使っていかないと」

「お、お嬢ちゃん……?」

 後ろで行商人のおじさんがおそるおそるといったふうに話しかけてきた。

「あ、ごめんおじさん。気を取り直して行こう!」

「いやいや君、本当に冒険者みならい? 戦い慣れているというか……あんな魔物相手に余裕で戦えるなんて……この前寄った城塞都市の冒険者ギルドじゃそんな強い人なんていなかったよ……」

「え? そうかな」

「怖くないの? そもそもみならいって言うけどどこから来たんだい?」

 実戦は初めてだったけど、今は初めての冒険でワクワクしてるから恐怖なんて感じる暇なかった。

「どこからって……」

 難しい質問だ。出身は王都だけど、ここにいるのは王都から歩いてきたわけじゃない。

「城塞都市から? だとしてもみならいが来ていい距離じゃないけど、そもそもみならい? みならいって言うには剣技も魔法も凄腕冒険者だったけど、どこで習ったの?」

 矢継ぎ早で話してきてちょっと困った。まあ隠すことでもない。

「わたし、魔王城から来たんだ。剣技と魔法はそこで――あっ! ルプスウルスだ! 一匹ほしい!」

 会話中、視界の端に映った魔物の群れを追っかけてあぜ道を駆け出すミル。

「え……魔王城? いや、それよりちょっと待って! 置いてかないでくれ~」

 行商人が慌ててミルに続いて走り出す。

 ――ミル=アーフィリア。魔王城から来たから魔族――というわけではなくれっきとした人間で聖アーフィル王国の王女その人である。

 現在、魔王城から抜け出し、遠く離れたふるさとである聖アーフィル王国の王都に向けて長い長い道のりを旅している。

 遠く離れた故郷を目指しての過酷な冒険――なのだが。

「待て待て~」

「お嬢ちゃん! 待ってくれ~」

 ――絶賛、冒険者ライフを満喫中の王女ミル。

 なぜ王女であるミルが冒険者になったのか。

 それは一ヵ月以上前の話――…………。

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