第一章 初恋の彼女は、薄幸の美少女と呼ぶには強すぎた(3)

         ◇


「ここは、なんだ……?」

 扉をくぐり抜けて、ミコトは愕然とした声をもらした。

 そこは狭い部屋になっていて、中央には輝く一本の柱が立っていた。

 ガラスでできているのだろうか。透き通っていて、ときおり泡のようなものが下から上へと登っている。中には液体が入っているようだ。

 出口に続いているようにも見えなければ、宝物庫にも見えない。ミコトはようやく自分が見当違いの期待を抱いていたことを自覚した。

 ぼんやり眺めていても仕方がない。

 恐る恐る、透き通った柱に近づいてみる。大人ふたりが両腕を広げてようやく届くかという太い柱で、ぼんやりと翠色の光があふれている。

 その柱に触れてみようとして、ミコトは息を呑んだ。

「人……っ?」


 ガラスの柱の中には、人間の体が浮かんでいた。


 少女だ。

 歳はミコトと同じくらいだろうか。一糸まとわぬ少女の体が液体の中に漂っているのだ。長い髪が体に纏わり付くように広がっていて、首や背中には太い管が繋がれている。

 それを見て、ようやくこれが柱ではなく棺なのだと気付いた。 

 ――生け贄――そんな単語が、脳裏を過る。

 せめてもの救いは、少女の表情が穏やかなことだろうか。目を閉じたその顔に苦痛の色はなく、安らかに見えた。

 柱の隣には、床から小さな祭壇のような石碑が突き出している。

 調べてみると背面からは太い管が伸びていて、柱へと繋がっていた。位置関係から柱を操作するものだろうと想像がつくが、操作の仕方はさっぱりわからない。

「……ッ、灯りがついた?」

 ペタペタと触っていると、石碑の上部に光でできた紋様が浮かんできた。

「これ、さっきの柱の紋様と同じ……? ええっと……【ʌinアイン】……【və:rjuヴァーユ】……【leuレゥ】……【tʒuoツォ】……これであってるかな」

 この紋様は文字で、読み方があったはずだ。

 記憶をたぐりながら声に出してみると、石碑と柱がほのかに輝いた。

「動いた……?」

 そうつぶやくと同時に、ガラスの柱の中にひときわ大きな気泡が浮かんだ。

 なんだろうと目を向けてみると……。

「え……?」

 ガラスの向こうで、少女がぼんやりと目を開いた。

 ――生きてる?

 まさかとは思う。

 ここは三百年も昔の遺跡に違いないのだ。いつから囚われているのかは知らないが、こんな状態で生きているはずはない。

 意識があるわけではないのか、少女はすぐにまた目を閉じてしまう。だが、その仕草が余計に生というものを感じさせた。

 ――もし生きてるなら助けないと!

 石碑に触れてみても、開く様子はない。

 ガラスの柱につなぎ目はなく、どうすれば開くのかもわからない。表面を叩いてみると鈍く重たい音が返ってきて、ただならぬ丈夫さを感じさせた。ただ、どういう仕組みなのかほのかに温かいのが不思議である。

 そうして視線が向いたのは、手にした<灯り石>だった。

 ――危険だけど……。

 しかし、ガラスを砕くくらいしかこの少女を出す方法が思いつかない。

「怪我をさせたらごめん。――えい!」

 意を決して<灯り石>を投げる。


 ゴンッと鈍い音を立てて、<灯り石>は無力にも跳ね返されていた。


「…………」

 まあ、これだけあちこち崩れている遺跡の中で唯一無傷の柱である。小石をぶつけたくらいで割れれば、いまこうして残ってはいないだろう。

 石をぶつけても傷ひとつ付かないこのガラスを砕くには、相応の力が必要だ。

 そう考えて意識したのは、腰に下げた銃だった。

 <解き放つ者キヤスター>とも呼ばれるこの道具の本体は、人の前腕ほどある鉄の筒ではない。その中に込める弾丸と呼ばれる小さな塊だ。弾丸の中には〝カヤク〟と呼ばれる薬剤が込められていて、それが破裂することで先端を撃ち出すという装置だ。

 この先端には炎や雷の力を込めることができる。非力な錬金術師が騎士や魔術師を相手に戦える貴重な武器なのだ。

 ただ、銃自体の機構は簡単なものだが、弾丸を精製できる錬金術師は少ない。弾丸は高価な上に貴重で、ミコトも一発しか持っていなかった。

 ――ミリアムさんは自分の身を守るために使えと言ってくれたけど……。

 でもこの力で人ひとりを助けられるのなら、ミコトは使いたいと思った。

 ポーチから弾丸を取り出し、弾倉に込める。それから銃口を柱に向け、少女に当たらぬようガラスの表面をなぞるように狙いを定める。

 親指で安全装置を弾くと、小さく息を整えて引き金に指をかけた。

 そして、撃つ。

 ガンッと、雷鳴のような音とともに灼熱の弾丸が放たれた。

「――ッ」

 ただ、その反動は思いの外強く、ミコトは後ろにすっ転んでしまった。

「痛たた……――ハッ、女の子は?」

 慌てて身を起こすと、ガラスの柱は依然としてその場にそびえていた。

 ……いや、無傷ではない。

 ぴしんっと、なにかが軋む音が聞こえた。

 見ればガラスの表面には大きな亀裂が走っていた。

 亀裂は見る見る大きく広がっていき、やがて限界を迎える。


 ガシャンッとけたたましい音を立てて、ガラスの柱は砕けていた。


 同時に、大量の液体が噴き出す。

 柱から解放された少女は、支えを失ってゆらりと倒れ始めた。

 ――危ない!

 砕けたガラスは当然床に飛び散ったのだ。裸身でその上に倒れればどうなるか。

 ミコトは水に足を取られながらも駆け出し、少女の体を抱き止めた。

 ――け、怪我は……?

 少女の状態を確かめようとして、ミコトはそのまま動きを止めた。

 部屋の隅へと押し流された<灯り石>が少女の横顔をぼんやり照らす。

 ガラス越しには気付かなかったが、少女の髪は銀色だった。顔にまとわり付くその髪を指先でそっと避けてやると、整った顔貌が見て取れた。

 青白い肌に銀色の髪。唇だけがほのかな桃色で、雪の精だと言われたらそのまま信じてしまいそうな容姿だった。

「綺麗……」

 こんな状況で不謹慎かもしれないが、ミコトは少女に見蕩れてしまった。

 ――あたたかい……。

 柱に触れたときも温かかった。体温を感じ取ったことでようやく我に返り、呼吸と脈を確かめようとする。

 首に触れようとして、ポタリと少女の頬に赤い滴が伝い落ちた。

 どうやら転げた拍子に傷口が開いてしまったらしい。

「あ、ごめっ」

 意識のない少女に聞こえるはずもないのだが、思わず謝ってしまう。

 拭ってあげようとはしたのだが、血の滴は濡れた頬を伝って唇まで流れてしまった。

「あ、あ、ど、どどどどうしよう」

 吸血鬼でもない限り、他人の血が口に入るというのは気分のよいものではないだろう。

 ミコトがひとりうろたえていると、少女の肩がピクンと震えた気がした。


『――システム再起動――』

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