第一章 魔王の娘(1)
アールスハイド王国王都に悠然と佇み、今まで幾人もの優秀な魔法使いを輩出してきた伝統校。
『アールスハイド高等魔法学院』
古くは、かの賢者マーリン=ウォルフォード、導師メリダ=ボーウェンを輩出し、少し前には英雄シン=ウォルフォードを始めとする仲間たちが、高等魔法学院在籍中に、今も活躍を続けるアルティメット・マジシャンズを組織したアールスハイドで……いや、世界的に見ても最高峰と言われる魔法学院。
その正門前に今、私は立っている。
「フフフ、とうとうこのときがやってきたのね! この私、シャルロット=ウォルフォードの伝説の幕開けが!」
そう、私は、賢者マーリンと導師メリダの曾孫にして、英雄シン=ウォルフォードと聖女シシリー=ウォルフォードの娘、シャルロット=ウォルフォード。
魔法使いの王とまで言われているパパの跡を継ぐのはこの私よ!
『魔王』と呼ばれているパパの息子だから『魔王子』なんて呼ばれているお兄ちゃんは確かに強力なライバルだけど、お兄ちゃんはそういうのに興味ないみたい。
なら、二代目『魔王』の称号は私が継がせてもらうわ!
とりあえす、当面の目標はお兄ちゃんに倣って『魔王女』とよばれること。
今はなんともよばれてないけどね。
けど、今日は高等魔法学院の入学式。
パパも、それまで一切世に出ていなかったのに、高等魔法学院に入学してから一気に世間に名前を知られるようになった。
ここからパパの伝説が始まったのだ。
つまり、私の伝説もここが始まりなのよ!
「ククク……待っていなさい高等魔法学院! 今日から私の名を存分に轟かせてあげるわ! アハハハ!」
「うるさい!」
「痛い!」
高等魔法学院の正門前で、これからの学院生活について改めて決意を新たにしていると、後頭部をはたかれた。
「ちょっとマックス! 女の子の頭をはたかないでよ!」
「こんな所で恥ずかしい真似をしてるからだろ!? 正門前で腕を組んで高笑いしてるなんて変人以外のなにものでもないぞ!」
「変人じゃないわよ! ようやく長く苦しい受験勉強から解放されたんだから、少しくらい羽目を外してもいいでしょ!」
今日は、待ちに待った高等魔法学院の入学式。
去年一年は、受験のために勉強漬けだった。
高等魔法学院の入学試験は、実技と学科の二つがある。
高等魔法学院の受験勉強だからと魔法実技の練習を頑張ろうと思っていたら、ママとひいお婆ちゃんから、必要ないと言われてしまった。
代わりに課せられたのが学科試験の勉強。
魔法学院への受験勉強なのに、ただひたすら机に縛り付けられて勉強漬けの日々……。
一度そのことについて文句を言ったら、ママがニッコリ笑った。
……その笑顔がとても怖かったので、二度と口にしなくなった。
マジで怖かった……。
ちなみに、パパは途轍もなく偉大な魔法使いで、知らない人からしたら才能だけで魔法を使っているように見えるらしいが、本当のところは超理論派。
その理論は、ママやひいお婆ちゃんでも理解できないところがあるらしい。
パパの跡を継ぐなら、魔法理論もちゃんと勉強しなさいと言われればそれに従うしかない。
そんなこんなで勉強漬けの日々を送っていたが、高等魔法学院に合格したことでようやく解放された。
まあ、受験が終わった時点で解放されたんだけど、いざ実際に高等魔法学院の制服に身を包み、校舎を目の前にすれば今までの苦労を思い出してもしょうがないでしょ?
それなのに、目の前にいる幼馴染みであるマックスは額に手を当てて溜め息なんか吐いてる。
マックスは、パパの仲間であるアルティメット・マジシャンズに所属しているマークおじさんとオリビアおばさんの息子。
パパの経営する『ウォルフォード商会』お抱えでアールスハイド一の規模を誇る『ビーン工房』の跡取り息子だ。
マークおじさん譲りの茶髪とオリビアおばさん似の顔立ちをしているマックスは、鍛冶工房の跡取りとして育てられており、毎日鎚を振るっているので非常にいい体格をしている。
パパ曰く、細マッチョなんだそうだ。
的確な言葉だと思う。
そんな細マッチョな身体と、成長期なのか随分と背が伸びたマックスは生意気にも最近ちょっとモテ始めていた。
本当に生意気。
お互いの両親が高等魔法学院時代からの親友ということで、私たちも産まれたときから一緒にいる。
最早側にいるのが当たり前の存在だ。
そんなマックスなので、私に対して遠慮がない。
平気で私の頭をはたくし、呆れ顔を隠しもしない。
「受験勉強から解放されて嬉しいのは分かるけど、それ、滅茶苦茶贅沢な悩みだって
いうのは理解してる? なんだよ聖女様と導師様が家庭教師って」
「ママとひいお婆ちゃんなんだから仕方ないじゃない。それを言うならマックスだって十分恵まれてるでしょ?」
「まあね」
自分だって両親がアルティメット・マジシャンズのくせに、なにを言ってるのやら。
マックスとそんな話をしていると、私たちに近付いてくる人影があった。
「羨ましいですわね。私は、お父様がお忙しいので中々勉強を見てくれなくて。お母さまは魔法使いの素質がありませんし」
そう言いながら会話に加わったのは、このアールスハイド王国の第一王女であるヴィアちゃんだ。
本当はオクタヴィアって名前だけど、小さい頃からヴィアちゃんって呼んでるので、今もヴィアちゃんだ。
「あれ? ヴィアちゃん、送迎の車は?」
王女様なんだから、王族専用の魔動車で登下校するのかと思っていたけど、なんで歩いて校門前に来てるの?
「シャルたちの姿が見えたので下ろして貰ったのですわ」
そう言ってニッコリ笑うヴィアちゃんは、マジ王女様だった。
お母さんであるエリーおばさん譲りの薄い金髪に、お父さんであるオーグおじさん譲りの美貌。
そして、とても私と同い年とは思えないほど発育した身体……。
私もそこそこ可愛い方だと思うけれど、ヴィアちゃんは間違いなくアールスハイド一の美少女だ。
王女様で、高等魔法学院に入学できるほどの魔法使いで、美少女で、抜群のプロポーションの持ち主という、同じ女からしたら羨望以外のなにものでもなく、男からしたら、女性の美しさを凝縮したような存在なのだとか。
現に今も、校門前に現れたヴィアちゃんを見て、女の子は羨望の眼差しを、男は……ああ、何人か恋に落ちたな、あれ。
無駄なのに……。
「そろそろ時間でしょう? 講堂に行かないの?」
「そうだね。あ、でも、そうなるともう一人いないよ」
そんな美少女ヴィアちゃんに講堂に行かないのかと促されるけど、私たちには実はもう一人幼馴染みがいる。
その一人がまだ来ていない……。
「もう来てる」
「わあ! ビックリした!」
突然背後から聞こえてきた声に、私はマジでビックリした。
気配が! 気配がなかったよ!?
「もー、レイン! ビックリした! 気配を消して背後を取らないでよ!」
声をかけてきたレインは、さっき言っていた最後の幼馴染み。
近衛騎士である母のクリスおばさん似の外見と身体能力、魔法師団長である父のジークおじさん譲りの魔法のセンスを併せ持つという、剣も魔法も使えるというオールラウンダーだ。
騎士学院、高等魔法学院のどちらに進学するかおじさんとおばさんは揉めたそうだけど、私たちが揃って高等魔法学院に進学を希望していたので高等魔法学院を進路に選び、問題なく合格できるほどの実力を持っている。
顔も、昔騎士団のアイドルと言われたクリスおばさんに似ているのでモテそうなんんだけど……。
なにしろ性格がちょっと変なので、女子からは遠巻きにされていた。
今だって、魔法で気配を消し、優れた身体能力で物音をさせないように私の背後を取った。
面白いことや悪戯が好きという……外見は近衛騎士のクリスおばさんに似ているのになあ……かといってジークおじさんにも似ていないらしい。
『俺はこんな変な性格はしていない!』と、家に遊びに来たときにそう言っていた。
っていうか、父親から変な性格って言われるレインって……。
「レイン、あなた、いつの間に来ていたんですの?」
ヴィアちゃんも、突然現れたレインに驚いたようで、私の隣でビクッてしてた。
「ん? シャルが高笑いしてたとこから」
「メッチャ前からじゃん!!」
え? マジで? 全く気配とか感じなかったんだけど!?
マックスは気付いていたのかと思って顔を見ると、マックスも驚いていた。
「全然気付かなかった……」
あ、マックスもだったか。
二人して驚いていると、レインは得意気な顔になった。
「ふふん。二人が索敵魔法を使ってないのは分かってた」
「いや……こんな街中で索敵魔法なんか使わないわよ」
今は周辺国との関係も良好で平和だし、パパたちの若い頃にあったみたいな魔人が現れたりもしないし、なにより私たちは所謂アールスハイド王国要人の子供なので、隠れたところに護衛がいっぱいいる。
それに、私はまだパパやママみたいに無意識下で索敵魔法を使うなんて高度な魔法は使えないし。
「っていうか、なんで気配消して近付いたりするのよ? 普通に近付いて来なさいよ」
私がそう言うと、レインは真面目な顔をして言った。
「ニンジャの修行」
「なに言ってるの!?」
本当に、なにを言っているの!?
レインがなにを言っているのか分からず混乱していると、マックスが驚いたように声をあげた。
「え!? レイン、本当にニンジャを目指してたのか!?」
「ニンジャってあれですわよね? 幼い頃シンおじさまがお話ししてくれた遠い国のスパイでしたわよね?」
そうだよ、ニンジャって、小さいときパパが話してくれたスパイの話だよ。
小さい頃のマックスとレインはその話が好きで、いつもパパに新しいニンジャの話を強請っていた。
でも、大きくなるにつれ、マックスもそんな話はしなくなった。
けど、コイツは……レインはずっとニンジャに憧れていたのか。
「俺、将来はニンジャになるから」
「なに言ってるの?」
またおかしなことを言い出したぞ、コイツ。
「そっかあ、でも、クリスおばさんとジークおじさんがガッカリするな」
マックス!? アンタ、なんで理解してるの!?
「諜報部に入りたいって言ったら、お父さんもお母さんも残念そうにしてたけど、納得はしてくれた」
そして、もう進路相談は終わってた!
え? 馬鹿なの? 男子は馬鹿なの!?
「確かに、シンおじさまの言うニンジャは諜報員ですわね。まあ、ニンジャになりたいは意味が分かりませんけど、将来の目標が決まっているのはいいんじゃありません?」
ヴィアちゃんはこの国の王女様だから、この国にどんな仕事があるのかよく知っている。
そうか、諜報部なんてものがあるのか。
だったらまあ、いいのかな?
そうやって無理矢理納得していると、マックスが「ああ!」となにかに合点がいったように声をあげた。
「だから高等魔法学院に進学したのか?」
「え? どういうこと? 私たちと一緒の学校に通うからじゃないの?」
「私もそう思ってましたわ」
私とヴィアちゃんが揃って首を傾げると、マックスとレインが口を揃えて言った。
「「だって、忍術って魔法っぽいだろ?」」
「「なにを言っているの!?」」
揃ってアホなことを言っている男子に、ヴィアちゃんと二人揃ってツッコんでしまった。
はあ、男子って……男子って……。
「それより、もう行かなくていいのか? そろそろ入学式始まるぞ」
「あ!」
レインの言葉で周囲を見渡すと、校門前に残っているのは私たちだけになってしまっていた。
「ちょっ! 早く行くわよ! ヴィアちゃん、行こ!」
「ええ」
私は、ヴィアちゃんの手を取り講堂に向かって走り出した。
その後ろに、マックスとレインが追いかけてくる。
これから、中等部の授業の一環ではなく、専門的に魔法を学習する日々が始まる。
そのことに心を躍らせながら、すでにクラスごとに集まっている生徒に合流したのだった。