1.ゴーストハウス(28回目)(1)
これは、とあるいかれた世界の話。
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知らないベッドの上で
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最低でも五人は一緒に寝られるだろうというような。
天蓋のついた、周りをカーテンで囲える機能のついた、深窓の令嬢がお休みになっているような、およそ一般人が一生関係することのなさそうな、豪華なベッドだった。
知らないベッドだった。
なので、これは、
その服装も、当然のように寝間着ではなかった。
平たく言えば、それは、メイド服というやつだった。
「……おお……」
自分で自分の姿を見て、そういう声が彼女から出た。
メイド服だった。白と黒のコントラストが魅力的な、あれである。もうだいぶ前にブームも過ぎ去った、しかし熱烈な愛好家を全国に残すあれである。それで描写が足りないという声があったとするなら、応えよう、ワンピースの上にフリルの多いエプロンを付けた衣装だ。スカート丈は極端に長いか短いかの二択なのだが、
クラシカルな
豪華なベッドにお似合いの、豪華な部屋だった。
白黒をしているのは床だけではなかった。高い天井に四面の壁、ベッドをはじめとする調度の数々、
そういう部屋だった。
そういう部屋の、なにひとつ、
あのベッドで〈寝ていた〉のだから、
そういう状況を、世間ではなんと呼ぶのか。
部屋に、窓はなかった。地下に位置しているということか、単に外壁に面していないだけか。窓はないけれどドアはあった。
抵抗なく回った。
開いて、廊下に出た。
ゆっくりと、
部屋と同じ、豪華で白黒な廊下だった。
見たところ、豪華で白黒なまま、遠くまで続いている。
ゆっくりと、部屋を出た。ドアは開けたままにしておいた。
足音を立てないよう気をつけつつ歩いた。廊下に、窓はなかった。左右等間隔に、扉が並んでいた。そのうちのいくつかは、
窓がないゆえ、
着いた。
ドアノブをひねり、中に入った。
食堂に出た。五人のメイドさんがいた。
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例により、白と黒の食堂である。
部屋の中央に、テーブルが置かれていた。そんじょそこらのテーブルではない。一人ではとても持ち運び不可能な大きいものであり、両側に三脚ずつ計六脚の椅子があり、机上には真っ白なテーブルクロスがかかっていて、しかも、見たところ、お菓子らしきものを載せた大皿すらあった。ここまで条件が揃っているとなると、食堂で決まりだった。
六脚の椅子が、五つ、すでに埋まっていた。
五人とも、メイドさんだった。
全員が女の子だった。──と断言するのはまだ早いかもしれぬが、
ところで、メイドさんというのは、服装よりも中身が大事だというのが一部マニアの見解らしい。どんなときでも慌てず騒がず堂々と、どんな問題も涼しい顔でさぱっと解決してみせる、それが使用人、仕える者の美であるらしい。そういう目でもってこの五人を評価したなら、全員、不合格だろう。洒脱なメイドさんは一人としてなかった。そわそわしている者、左に右に警戒を向けている者、背もたれに体重を預け椅子をきいきい言わせている者、顔を下に向けてどうやら泣いているらしい者もあった。それの背中をさすって落ち着かせているらしい者も一人あったが、その彼女にしても、余裕ある面持ちとはいえなかった。
全員が本物ではなかった。
メイド服をただ着せられているだけの人間たちだ。
新しく現れた六人目のメイドさんに、五人の視線が集中するのは自然なことだった。
「
沈黙があった。
溜めに溜めて、誰かが答えた。「……よろしく」
「この感じだと、私が最後かな」
「だと、思います」
同じ娘が答えてくれた。その娘に
「いいえ。みんな寝室で起きて、なんとなくここに集まった次第で……」
「けっこう待ったのかな」
「そんなには。十分か、二十分ぐらいだと思います」
「ごめんなさい。どうも、眠りが深い体質みたいで。いつも遅くなるんだ」
「……落ち着いてますね。やけに」
警戒を含んだ視線だった。
「こんなところにいるというのに」
「ああ、うん、その……」
「私は、初めてじゃないから」
続けて言った。
「みんなは、初めてなのかな、たぶん」
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なにから話したものだろう。
考えてみれば、こういう機会は初めてだった。五人の女の子たちとはまた別の理由で、
「事情のわからない人って、何人いる? なんで自分がここにいるかわからない人は……その、手をあげて」
率先して
「ゲームのことは知ってたけど、参加するのは初めてな人は?」
残る三人のうち、二人の手があがった。
最後の一人が言った。「私は二回目です」
「おそらく、あなたのほうが経験豊富ですよね」
「うん。多い。……だいぶ」
「じゃあ、
そう言われても困るのだった。
「もう誰かから聞いたかもしれないけど……この建物は、危険です。どこに罠が仕掛けられているかわかりません」
泣いていたメイドさんの肩が、ふるえた。
「罠というのは、ガムを取ろうとしたら指が痛いとか、椅子に座ったら屁をこいた音がするとか、そういうのではないです。命が危ないものだと思ってください。もうすでに怪我をしたという人は?」
「いませんね」
「よかった。これからは、できるだけ動き回らないようにしてください。こうして食堂に集まるのも、初めてなら危険なことです。一人も欠けてなくてよかった」
「要するにこれは──」
要領の悪い説明に業を煮やしたのか、誰かが聞いてきた。
「〈脱出ゲーム〉と考えて、いいんでしょうか」
「はい。そうです」
いつの間にか敬語になっていることに
「死のトラップに引っかからないよう気をつけながら、建物の出口を目指す。そういうタイプのゲームですね」
「脱出……は、しなきゃいけないんですよね」
また誰かが聞いた。「はい」と
「脱出しないことには、元の生活にはもちろん戻れませんし、賞金も出ません。時間制限は、これまでに示されていないのなら〈ない〉と考えていいでしょう。でも、食べ物にも飲み物にも限りがあるので、それが事実上のリミットということになります」
「……あの……あの!」
泣いていたメイドさんが言った。
「本当なんですか、これ?」
「言いにくいですけど、本当です」
「本当なわけないじゃないですか!」
大きな声だった。
「だって、こんな、こんなの」
「その辺り、私も疑問があるのですが」
背中をさすっていたメイドさんが続いた。
「一攫千金かつ命懸けのゲームだというのは聞いてます。しかし、これは一体なんなんです? どこかの大富豪の人に言えない趣味? それとも、もっと商売っ気のあるもの?」
「はっきりとは知りません」
「ただ、常に撮影はされてます。監視カメラを通して、私たちを見ている〈観客〉がいます。たぶんなんですけど、私たちのうち誰が生き残るか、賭けてるんじゃないかと思います。人によって、その……賞金が変動したりするので」
「どういう人なら多くもらえるんです?」
「いちばんには、顔がかわいい人です」
「……世知辛いですね」
さっきまでとはまた違った趣の沈黙。
「みなさん、生き残ったら多くもらえると思いますよ」
そう言ってみた。少しでも空気が明るくなればと思ったのだが、だめだった。
「こちらから外部の反応は見えないんですよね」
「はい」
「双方向性がないのか……じゃあ投げ銭とかはないのかな……」
そのメイドさんは思案を始めた。また別の娘が「こんなことってあるんですね」と言った。
「ある意味よく聞く話ですけど、本当にあるとは思いませんでした」
とはいえ、まったく非現実的な話ではないと思う。人類の歴史上、ギロチン処刑が娯楽として扱われていた時代はあるわけだ。奴隷を猛獣と戦わせて遊んでいた時代もあるわけだ。昨今は倫理なんて言葉は犬にでも食わせておけ、えげつない商売をすればするほど〈必死の努力〉と捉えてもらえる価値観が支配的なのだから、そこに、揃うべき条件が揃えば、〈こういうもの〉が生まれたとしてもおかしくはない。今はまだ〈裏〉だけれど、もう三十年もすれば、こういうのが堂々表を闊歩するのではないかと
未来のことはさておき、あるものはあるのだった。
正真正銘、人が死んじゃうゲームだ。
「聞かないほうがいいのかもしれませんけど」さっきと同じ娘が言った。「生還率って、どのぐらいになるんですか」
「あ、それは大丈夫です。参加者がほぼ全滅するゲームもないではないですけど……だいたいは、七割前後ですね」
「全プレイヤーの平均でしょう、それは」
〈二回目〉であるらしいメイドさんが突っ込んできた。
「初心者の場合は?
「……」痛いところを突かれた。
そろそろ敬語はやめようと思った。
「大丈夫。私のゲームのスタンスは利他だから。なるべくたくさんが生きて帰れるように、サポートするよ」
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