第一章 お店を手に入れた!

Episode2 私のお店は……(1)

 そして現在、私は古びたお店の前で立ちくしていた。

「……はぁ、どうこう言っても仕方ないか。もう来ちゃったんだから、何とかしないと!」

 あの時の決意を思い出せ、私!

 しように恩を……おや? このお店を選んだの、師匠だよね?

 ──いやいや、師匠もこんなじようきようとは知らなかったんだし。

 でも、就職じゃなくて、お店を買うことを決めたのも……。

 ──いやいやいや、師匠のことだもの。きっと私を思ってのことだよ! うん、きっとそうにちがいない。そうでないと心が折れそう……。

「と、とりあえず、状況のかくにんからだよね!」

 気を取り直した私は、改めてお店の外観をながめる。

 確かに看板は傾いて今にも落ちそうだけど……よく見ると、家自体はそんなにいたんでないかも?

 れた庭にちた木のさくよごれで中の見えない窓ガラスのせいですぼらしくは見えるけど、屋根はしっかりしているし、かべしつくいひびこそ入っていても実際にくずれている部分はない。

 とびらや窓もしっかりしているし、これは看板を直しておそうさえすれば、結構悪くない物件かもしれない。

「うん! よし! ちょっとやる気出てきた! まずは中に入ってみるかな」

 ポケットからかぎを取り出し、草をみ分けて扉に向かおうとしたところで足を止める。

「これって……薬草じゃない?」

 扉に続く路地にも大量にはんする草。

 それをよく観察してみると、れんきんじゆつの素材となる薬草がポツポツと生えている。

 そういえば、薬草畑が付いているんだよね、この家。

 そこから種が飛んできたのかもしれない。

 ほとんどはただの雑草。

 でも、薬草を踏まずに歩くのもまた難しい、なんともみような割合。

 路地以外にも生えているのだから、無視して踏み分けて行ってもいんだけど、私から見ればぜにが転がっているようなもの。

 びんぼうしような私が、小銭を踏みつけて歩くことができようか!?

「……回収、回収」

 家に入るのは少し保留にして、ひとまず路地の薬草回収を始める私。

 人一人が歩けるはんの草をいていく。

雑草ゴミ薬草お金雑草ゴミ薬草お金雑草ゴミ雑草ゴミ薬草お金……」

 ブツブツとつぶやきながら、引き抜いた草を分類して積む。

 薬草一本一本は大した額じゃないけど、このまま扉の所まで回収していけば、庶民の一日分の収入ぐらいにはなるかもしれない。

 もっとも、すぐに処理しないと価値が落ちるから、錬金術師だからこそ価値があるんだけどね。

 そうやって、ひたすら草抜きをすることしばし。

「あら、おじようちゃん。何しているんだい?」

 扉まで後半分ほどという所まで来た時、不意に後ろから声を掛けられた。

 り返ると、四〇代後半ぐらいの少し豊満な女性が立っていた。

「えっと……」

 客観的に私の状況を見ると……空き家の前で、見たことも無いむすめが、ブツブツ言いながらひたすら草抜き。

 うん、ちょっとあやしいね!

 こういう小さな村って、すこしへい的なところがあると聞いたことがあるし、もしかして私、かなりしんに思われてる!?

「そのお店に用事……とも違うようだけど、そのお店はずっと前に閉店してるよ?」

「いえ! 違うんです! ここ、私の家! です。この家を買って引っしてきたんです!」

 いぶかしげに言うおばさんに私はあわてて否定した。

 閉鎖的なコミュニティに入るには、第一印象がとっても大事!

 学校ならりつしていても問題なかったけど、ここで生活していく以上、ご近所さん達とは仲良くしないと!

 おばさんネットワークはバカにできないから、私は慣れないがおを必死に作ってあいさつをした。

「よ、よろしくお願いします!」

「買った? ということは、お嬢ちゃんは錬金術師様!?」

「は、はい! まだ新米ですけど、錬金術師です! サラサと言います」

「まぁまぁ。アタシはここのとなりに住んでるエルズってもんだよ。ってもちょっとはなれてるけど、何かあったらいつでも来ておくれ」

 おばさん──エルズさんは店の左手の方を指さしながら、ニッコリと笑ってこたえてくれた。

 よかった、ファーストコンタクトは取りあえずきゆうだい点、だよね?

 もちろん、怪しい草抜き場面を見られたことは、頭のすみほうり投げておく。

「しかし、またウチの村にも錬金術のお店ができるんだね。ちょっと不便だったから助かるよ! がんっとくれ!」

「はい、ありがとうございます。……ところで、このお店、何で閉店したかご存じですか?」

 経営しんとかだと、色々考えないといけない。

 師匠への素材のおろしだけでも最低限の生活はできそうだけど、錬金術師としてそれだけじゃ、ね。

「あぁ、この店はこうれいじいさんがやってたんだけど、こしをやっちまってね。心配した息子むすこが連れに来たんだよ。だから客の心配はそんなにらないと思うよ?」

「そうなんですか?」

 小さい村だから、あんまりじゆようが無さそうなんだけど。

 そんな私の気持ちが伝わったのか、エルズさんはしようしながら言う。

「そりゃウチは小さい村だけど、錬成薬ポーシヨンは必要不可欠だからねぇ。それに、この村は大樹海に入る採集者たちが結構たいざいしてるから、そいつら向けの薬を置けば店はあんたいさ。買い取りもすりゃ良いかせぎになるんじゃないかい?」

〝採集者〟とは、大樹海などの各種錬金関連素材が採取できる場所におもむき、それらを集めて売ることをなりわいにしている人たちのことだ。

 そういった場所はいつぱん的に危険性が高く、必然的になども多くなる。

 そのため採集者は、錬金術師にとって素材の供給源であると共にきやくでもあるのだ。

「採集者がいるのはありがたいですが、買い取りについては状況を見て追々でしょうか。買い取ってもはんばい先やここからの輸送も考えないといけないですし……」

「そうなのかい? おばちゃん、そういった錬金術の商売のことはわからないからねぇ」

 ここのように産地の近くで安く素材が入手できるのはある意味当然としても、それを安易に買い取っていては早晩たんする。

 まず、買い取った物を、そのまま保存できることはあまりない。

 放置しておけば、くさってしまったりして使い物にならなくなるので、長期保存できるように下処理が必要となる。

 それをするのは当然私なので、処理できる量以上に買い取ってしまってははい物が発生してしまう。

 さらに販売先までの輸送コスト、売れ残りや輸送時の破損による損失などもこうりよした上で値段を付けてこうにゆうしないといけない。

 ──と、しようがくれた冊子に書いてあった。

 各種素材の王都での販売価格や仕入れ価格の表まで付いていたのだけど、その価格を単純に参考にするだけだとすぐに赤字になるぞ、と注意書きが。

「買い取りはともかく、店の方はいつ開店する予定なんだい?」

「えっと、お掃除して、準備してだから……一週間ぐらい先でしょうか」

 中を見てないのではっきりとは言えないけど、まだ商品を作っていないのでそのくらいはかかると思う。

「そうかい、そうかい。何か手伝えることがあったら言っとくれ」

「ありがとうございます」

 にこやかにそう言うエルズさんに、私は再び頭を下げた。


    ◇ ◇ ◇


 エルズさんを見送った後、草抜きを再開した私は、ほどなくとびらまで辿たどり着いた。

 ポケットから取り出したかぎを、鍵穴に差し込んで回すと、軽い音と共に鍵が開く。

 扉を引けば、予想外にがたつきも無く、スムーズに開く。

「……思ったよりも、よごれてない、ね?」

 扉を入ってすぐの所はてんスペース。

 ほこりい上がる事もかくしていたのに、たなゆかも、予想外にれい

「そういえば、錬金術師のお店だし、『せいそう』の刻印があるのかな?」

 通常、錬成具アーテイフアクトを作製する場合は、対象物をれんきんがまに入れて錬成を行う。

 では、錬金釜に入らないような錬成具アーテイフアクトは作製できないのかと言えば、そうではない。

 そのための方法が〝刻印〟である。

 ただし、錬金釜を使う場合に比べると手順が複雑になる。

 簡単な物ならとくしゆりようで文様をえがくだけで作れるが、複雑な物になると複数の錬成具アーテイフアクトを特定の場所にめ込んだり、対象物を刻印に合わせた形にしたりと手間がかる。

 例えば家であれば、部屋やろうの位置、部屋の使用よう、窓やえんとつなども刻印にふくめてしまうのだ。

 これにより、理論上は都市を丸ごと錬成具アーテイフアクトにすることも可能なのだが、錬金釜を使った場合と比べると手順の複雑さ以外にもデメリットは大きい。

 まず第一に、効率が悪い。

 同等の効果でかくするなら、必要な技術とコストは何倍にもなる。

 また、錬金術師による定期的なメンテナンスやりよくじゆうなども必要で、現状ではあまり一般的に使われるような技術ではない。

 逆に言えば、錬金術師の店なら十分に使う価値があるんだけどね。

「師匠のお店だと、こうぼうかべにコアがあったんだけど……」

 コアとは刻印の基点となる物で、最も重要な部分のことだ。

 とはいえ、一度作ってしまえば、後は魔力を注ぐ時ぐらいしか使わないので、適度にじやにならない、それでいて魔力注入がやりやすい場所に設置するのがつう

 取りあえず、各部屋の窓を開けて空気を入れえながら、コアを探すことにする。

 店舗スペースの右奥、カウンターの中にある扉から続く廊下の左側には倉庫、工房、空き部屋と階段が並び、き当たりにあるのが台所。

「……あ、ここにコアがある」

 階段の下、壁の中に埋め込まれたしようせき

 一見すると普通の石みたいで何か印があるわけではないが、そこから家全体に魔力が流れているため、錬金術師ならすぐにわかる。

「でも、ほとんど切れてるね」

 魔晶石から流れ出る魔力はごくごくりようで、刻印のだけでせいいつぱいというレベル。

 もう一年もすれば刻印自体が機能停止していたんじゃないかな?

「……取りあえず、めいっぱい注いでおこうっと」

 まんじゃないけど、私、魔力量だけには自信があるんだよね。

 たぶん、師匠が採用してくれた理由の一つはこれ。

 コアにれて、そっと魔力を流していくと、魔晶石の周りに刻印の文様が浮かび上がってくる。

「うん、やっぱり『清掃』が……あれ? それに『防犯』も含まれてる?」

 学校の授業で簡単な実習をしただけで、家みたいに大型の刻印を作ったことはないが、習うだけは習っているので読み取ることはできる。

 うでの良い錬金術師が作ったのか、かなり複雑な刻印になっているが、メインとして『清掃』、サブとして『防犯』が含まれていることは見て取れた。

 じやつかんよくわからない部分もあるが、家主に不利益な物は含まれていないはずなので、どんどん魔力を注ぐ。

「……う~ん、結構、容量があるね」

 私の全魔力、その半分程度を注いだところで、いったん手を離す。

 これで一杯にならないとか、魔力量に自信を持っていた私としては、なかなかにショックなんだけど……。

 錬金術師としては新米だけど、師匠にちょっとあきれられるぐらい魔力はあるんだよ?

「……まぁ、いいか。動作に問題は無いし、ぼちぼち追加していけば」

 刻印の機能さえ回復するなら無理して満タンにする必要も無いし、魔力を使い切ると、働く気力も無くなってしまう。

 最低限、今日る部屋と台所だけはおそうしておかないとね。

 せっかく新しい家に着いたんだから!

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