余命18億秒の俺が死神と交わしたヤバい契約について

 広告まみれのサイトに「読めない駅」の都市伝説がまとめられているのを見つけた俺は、くだらないと思いながらもつい、時間潰しに画面をスクロールしてしまう。



 電車が■■■駅に停まったら、すぐに引き返してください。

 ホームに降りて、反対方向の電車に乗れば元の駅に戻れるらしいです。簡単ですね。

 ただし、注意事項が三つあります。

 一、他の乗客を見ないでください。

 二、改札の外を見ないでください。

 三、駅員に話し掛けては絶対いけません。

 なぜなら■■■駅は死者の魂が集まる冥界の入口だからです。生者が紛れていると死者に気付かれてしまうと、魂が「改札の外」に引き寄せられてしまうといいます。

 ただ、無事に生還したとしても、■■■駅に迷い込んだ人は最長でも一ヵ月以内に亡くなってしまうようです。病気を患ったり、不幸な事故に遭ったり、殺されたり、原因は様々のようです。

 もともと死期の近い人が「呼ばれて」しまうのか、それとも駅で「引き寄せられて」しまうのかは分かりません。もし後者なら、三つの注意事項に気を付ければ生き残れるかもしれませんね。

 いかがでしたか?

 今回は■■■駅について調べてみました。都市伝説って怖いですね。

 皆さんも電車に乗るときはくれぐれも気を



 暗転。

 あれ。充電切れ? まだ半分くらい残ってなかったか。不思議に感じつつ通学鞄に腕を突っ込む。教科書とくちゃくちゃのプリントの奥からモバイルバッテリーをサルベージすると、プレゼント用の包装紙に手の甲が触れて、可愛げのない幼馴染の顔が思い浮かんだ。


「明日のアイツの顔が楽しみだな」


 見上げれば、時が止まったようなセピア色がどこまでも広がっている。夕暮れの一種だろうか、珍しい。スマホのレンズを向けてから、電源が切れていることを思い出す。

 五分おきに来る電車からは、揃いも揃ってサラリーマンみたいに死んだ顔の老若男女が押し寄せる。空にも俺にも目もくれず、まっすぐ改札を通り抜けていく。知らない駅まで寝過ごしてしまった俺は、改札脇の窓口で駅員を待っている。帰りの電車はまだ来ない。

 改札の外は霧が濃くて、目をこらしてもよく見えない。ホームに設置された木簡みたいに古びた駅看板を振り返ってみても、三つ並んだ文字には読み方のとっかかりすらない。世の中にはこうも難しい漢字があるんだな、と感心していると。


「おっ、お客様。すみません、こちらをご覧ください」


 十分ぶりに窓口のシャッターが開いた。駅員の女性が恥ずかしそうに右半分だけ顔を覗かせ、震える手でカウンターに火の灯った小皿を置いた。なんだこれ?


「あの、確かさっきの話じゃ折り返しの切符をくれるって」


「ひいいっ、すみませんすみませんすみません。あたしも早くお客様に帰ってほしいんです。でもなかなか火が見つからなくってですね」


 駅員さんはなぜか俺の反応を過剰に怖がって、いじめられた亀みたいに顔を引っ込めてしまう。まともに話が進まない。なにかこう、世間話でもして場を和ますべきか。


「……そういえばこの駅ってなんて読むんですか?」


「へ? あの、■■■駅です」


 口元が隠れているせいもあってか、あいにくと上手く聞き取れなかった。もう一度聞いたらまた恐縮されるに違いない。


「あー、さっき調べたんですけど、もしかしてこの駅、すごい風評被害受けてません? 迷い込むと死ぬとか出てきて。ほんっとくだらないですよね。ここで働く人とか、住んでる人の気持ちを考えて――」


 喋っているうちに警戒が解けたか、駅員さんの顔の70パーセントくらいを露出させることに成功した。最高記録だ。密かにガッツポーズをするが、彼女の顔はひどく申し訳なげだった。


「すっ、すみませんお客様、お気遣いをありがとうございます。でもあの、それ、だいたい本当のことなので……」


 駅員さんはカウンターの火に視線を落とす。俺はようやく、その火がロウソクに灯っていると気付いた。蝋は限界の石鹸くらい禿びていて、よくまだ燃えてるな、と思う。


「なんだ。てっきりあることないこと書かれてるのかと……ん?」


 じゃあつまり、なんだ? あのサイトに書かれてたことが本当ってことは。あれ?

 三つの注意事項があります。他の客をじろじろ観察して。改札の外をまじまじ見て。駅員さんとべらべら喋って。スリーアウトで圧倒的に手遅れだ。いや、まさか。


「え。えっ、あの。そしたら俺って、もうすぐ死ぬってことになりません?」


「あー、まあっ、そのっ、そうなっちゃい、ますねえ。残念ながら」


 消え入りそうな声が読点で区切られるたび、水平移動で俺の視界から消えていく駅員さん。完全に隠れてしまってからも台詞は続いた。


「たっ、たまにいるんですよ。強い力で『死』に引き寄せられて、寿命よりも前に迷い込んじゃう人が。面倒だし対応したくないのであたしはそのまま通しちゃいたいんですけど、規則なので。死神執行法施行規則の……第何条だったかな」


「し、死神? い……いや、いやいやいや、でも俺が死ぬなんてあり得ないっていうか、なんで俺が死ななきゃいけないんですか!」


 俺の怒号に、駅員さんもとい死神さんは「ひっ!」と短い悲鳴を壁越しに漏らす。

 死ぬ? でも俺はまだ健康だし、明日には18歳になって今度の選挙では投票できるし、好きな漫画の最終回もまだ読めてないし、大学生になったら思いっきり遊ぶつもりだし。怒りっぽい母親も酒好きの父親も悲しむだろうし、仏頂面な幼馴染のアイツのことだってある。死ぬなんて、俺のいない世界があるなんて、想像もつかないわけで。


「……あの、死神さん。なんとかならないんですか? 時間を巻き戻したりとか、寿命を延ばしたりとか。ホントになんでもするんで。ヤバい契約でもなんでも。ほらあの、リボ払いとかサブリース? とか」


 俺の必死な訴えが実を結んだか、死神さんがそーっと現れる。接客業にあるまじき、うんざりしたような表情だった。


「ああもう、これだからヤなんですよ。こういうクレームってニンゲンだけですよ。死ぬって知ったら怒って、かと思えばすがってきて。あたしはもう五億余年、あなた方がおサカナさんだった頃から冥界の番をしてきましたけど、見てください。そして諦めてください」


 死神さんは、ずばりとロウソクの灯火を長い爪で指差した。


「このローソクが伸びたことは―― 一度もありませんから」


 ぞくり。甘くて痛い、耳をすり抜け脳髄に響くような声だった。

 ばくばくと心臓が胸を叩き始める。喉がかーっと熱くなって、額がさーっと冷たくなる。すすの臭いがツンとして、直感的に理解する。これは死の香りだ。


「これって……俺の寿命ですか?」


「そうです、このローソクの長さがお客様が死ぬまでの長さです。そしてあたし達は、早く呼んでしまったお客様にはお詫びとしてその『残り時間』を伝える義務があります」


 死神さんはカウンターの下から無地の切符を取り出して、ロウソクの火で炙り始める。

 ごくり。息を呑む。俺に残された時間はいったいどのくらいなのか。さらさらと落ちる砂時計をイメージしながら、砂の残量に思いを馳せる。一ヵ月か、一週間か、それとも一日。永遠とも思える十秒が過ぎた後、薄茶色の数字が滲むように浮き出てきて、俺は熱さも気にせず死神さんの指から切符をひったくった。

 1,802,394,127――これが俺の寿命。これが俺の寿命?


「一、十、百、千……十億って、いや、どういう? メチャクチャ長くないですか?」


「え? 長っ、え? いや、あの。全然ですよお客様。よく聞いてください。お客様の寿命……たったの、18億と、239万と、4,127秒ですよ?」


 死神の余命宣告を聞いた瞬間。俺は思った。

 いや、それってつまり何日だよ。

 だって一分が60秒で、一時間が3,600秒で、一日がそれに24を掛けるから……ああ駄目だもう分からん。でもロウソクはもうこんな惨状だし、死神さんの口ぶり的にも短そうだ。一ヵ月とかを秒にしたら、案外そのくらいになるのかも。

 スマホの電源は復活していた。電卓アプリを開く。震える指で割り算を続けて出てきた答えは――57年。


「長いじゃねえか!」


 おかしいだろ。だってこういうのって、もっと短いもんだろ。余命宣告されて残りの貴重な時間をどう使おうってなるやつだろ。57年後って、75歳だ。めっちゃ普通に老後じゃねえか。やり残したこととか考えるまでもなくできる。イメージしていた砂時計は一気に東京タワーよりもデカくなった。


「はあ。でもニシオンデンザメとかムョモヮペヵリ第七形態とかベニクラゲとか、あたし達死神とかと比べたら短いじゃないですか」


「だとしても短すぎるだろこのロウソク。この状態から60年近く粘るのかよ。というか一個知らないのがいるんだが未発見の生き物か?」


「あ~もう、しつこいですよお客様! あの部屋に一体どんだけローソクがあると思ってんですか! 収納スペース考えたらこれが限界ですよっ! これだからニンゲンは――」


 死神さんがカウンターをドン、と叩く。衝撃で一瞬火が消えかけて、「あ、待っ」と変な声が出て、今までとは逆方向から電車の音が聞こえて、死神さんは向こうを指差す。


「ほら、帰りの電車が来ましたよ。早くお帰りください。乗り過ごすと次は5,181,980秒後ですから。お客様にとっては長いんですよね?」


 計算する。二ヵ月後だ。慌てて切符をポケットにぶち込んで、死神さんに背を向ける。


「マジで命のスケールが違いすぎるじゃねえかクソッ!」


 なんなんだよこの駅は。この駅員は。バリアフリーもばっちりなスロープを横目に階段を六段上ると、電車の前照灯とちょうど目が合った。

 古びたブレーキの甲高い音が止むとともに、俺の足も止まる。

 俺のほかにもう一人、帰りの電車を待つ人物がいたからだ。ただの客なら俺だって驚かない。だけど違う。まるで自分の部屋の配置が微妙に変わっていたような些細で強烈な違和感が、俺の足に発せられるはずの電気信号を打ち消したのだ。

 相羽あいばすみれ。

 10メートルほど先、セピアの空を背景に立つ幼馴染の少女は、無表情で単語カードをぺらぺらと捲っていた。

 ぷしゅう。空気圧の音とともにドアが開く。相羽は手元から目を離すことなく、吸い込まれるように車内に踏み入る。ふわふわと揺れる長い黒髪は白を基調とした制服によく映えて、整ったその毛先もやがて視界から消えた。

 ぴろぴろぴろ。急かすようなサイレンにハッとして、俺は電車に駆け込む。車両の一番奥、隅っこの席に相羽は座っていて、黙って単語カードを繰り続けていた。まったくこいつは、こんな状況でも平常運転か。


「隣、いいか?」


 俺が隣に座ると、流石の相羽も少しだけ驚いた風にまばたきをして、でもすぐに睫毛の下がったすまし顔に戻って、「わらび」と俺の苗字を無感情に呼んだ。


「今日は火曜だけど」


「別に、いつもだって約束してるわけじゃないだろ」


 つんとした横顔は、それだけで絵画のように美しかった。彼女の高校が共学だったらさぞモテていたことだろう。多くの男子に校舎裏に呼び出され、その全てを時間の無駄だと切り捨て無視したに違いなかった。

 がたごとと動き出した景色を、すれ違う電車がひた隠す。行きは五分間隔で、帰りは数ヵ月間隔。マジでイカれた死の路線だ。


「相羽が乗り過ごすなんて、明日は雪でも降るかもな」


「……乗り過ごしてないよ。電車が東杠葉ひがしゆずりはに停まらなかっただけ」


 唇の角度から察するに、相羽の中では非現実的な出来事への恐怖よりも強制的に連れてこられて時間を無駄にした不愉快さが勝っているようだった。


「でも都市伝説を実際に目の当たりにするなんて、レアな体験じゃないか? いや、相羽は知らないよな。あの駅は簡単に言うと死者の集まる駅で――おい聞いてるか?」


「ううん。もう済んだことだし、知る意味ないでしょ」


 つれない返事をする相羽の目線は、単語カードに釘付けだ。ちらとのぞき見すれば、俺の高校では教師含めても誰一人知らなそうな難解な英単語が書かれていた。


「相羽もあの切符、もらったんだろ」


 隣の少女はこくりと、俺だけに判別できる最小限の動きで頷いた。相羽に普通のコミュニケーションを期待することこそ無駄だ。反抗期の娘に一生懸命話しかける父親みたいな気分になってくる。

 俺も相当な物好きだな、と思う。ここ一年くらい、この可愛げのない幼馴染に会うために、毎週水曜日には必ず、共通の乗換駅である東杠葉駅の16時発の下り電車の五両目三ドア目に、わざわざ二本見送ってまで待ち構えているのだから。


「相羽はさ、切符の寿命見て、自分が死ぬって知って、どう思った?」


「……べつに。何も変わらないよ」


「お、珍しく同意見だ。75歳で死ぬって今から言われても、実感なんて湧かないし、やり残したことをやり始めるにも早すぎるし、結局、受験も就職もしなきゃいけないわけだし。何も変わらないよな」


 俺は腰をずらして後頭部で両手を組んだ。ここは心なしか空気が薄い気がして、上を向いて息を吸い込む。相羽は俺を一瞥し、呆れたように息を吐く。


「そういう意味じゃないけど」


「じゃあどういう意味だよ」


 相羽は答えない。考え中か、それとも無視か。中吊り広告の一つもない無表情な車内を観察して待つも、五秒ともたずに飽きた。窓の外ではまだ晴れないセピアを横切る二つの電線が、一瞬交差して、すぐに離れた。


「……ま、いつ死のうが相羽のやるべきことは変わらないもんな。最高効率で人生を進めるだけ、だろ?」


 昔から相羽すみれは攻略本片手に最短ルートでRPGをクリアするような子供だった。

 今や攻略するのは人生という名のゲームに変わり、規則的な生活は基本中の基本、毎朝のジョギングで体力と集中力を鍛え、あらゆる所作に無駄がなく、受験や資格の勉強を詰め込むから空き時間なんて存在せず、存在しないはずの空き時間には世界経済の動向を追っているという。都市伝説よりよっぽど恐怖だ。

 一方の俺はといえば、情熱を捧げる趣味も部活も友人も恋人もなく、暇さえあればスマホで漫画を読んでソシャゲをして寝転がってぼーっとして、たまには勉強でもするかと思い立った三分後には部屋の掃除を始めて、そのまた三分後にはお気に入りの漫画を読み返す日々を過ごしている。俺ほど時間を無駄にしている受験生もそうそういるまい。


「無駄を愛する俺と効率を愛する相羽。幼馴染じゃなきゃ絶対交わらなかった人生だな」


「違うよ」


 珍しく相羽がまっすぐに答えるから、俺は思う。そうかそうか、相羽も案外俺との関係を気に入ってくれてるんだな。嬉しくて鼻を鳴らすと、相羽が続ける。


「私は効率が好きなんじゃなくて、無駄なことが嫌いなだけ」


「おい、そっちの否定かよ。いやまあ、そうだろうとは思ったけど。でも無駄が嫌いとか言うけど、俺といる時間だって無駄じゃねえの。そこんとこどうなんだよ」


「それは――」


 相羽は答えに詰まって、単語カードを片手でぎゅう、と握り締める。電車はまだ、死の香りを切り裂きながら進んでいる。相羽はもう一度「それは」とうわごとのように呟く。


「蕨が時間を無駄にしているのを見ると、安心するから」


「下を見て優越感に浸るんじゃねえよ」


「そう言う蕨こそ。私と一緒にいた時間、つまらなくて、無駄だったでしょ」


 なんで過去形? 思いながらも俺は「ああ、無駄だな」とすっぱり答える。


「だって相羽はリアクション薄いし、まともに返事もしないし、口を開けば辛辣だ。でも無駄だからこそ、俺的にはまあ、逆説的に楽しいってことになるかもな」


「そっか。なら、よかったよ」


「……あのなあ相羽。俺、結構むちゃくちゃなこと言ってたぞ。少しは疑ったりしろよ」


 相羽は「ん」と声を漏らしながら前傾し、膝に両肘をついて上目遣いを向ける。


「だって、蕨の言うことを疑うなんてそれこそ無駄でしょ?」


 ああ、相羽すみれはズルい。普段はこの世の全部がどうでもいいみたいな顔してるくせに、ときどき子供みたいに純粋な瞳で、可愛らしい角度で俺を捉えて離さない。


「まっ、まあ確かに、嘘つくのは苦手だけど。見透かされたみたいでムカつくな」


 逸らした視線の先で、吊り革が示し合わせたように同じ動きで揺れている。再び単語カードを捲りだした相羽の唇の角度はちょっと得意げだった。


「……いや、でもやっぱりついてたな、嘘」


 べつに相羽を出し抜きたかったわけじゃないけど、なんとなく思いついて呟くと、相羽の身体がほんの少しこっちに傾く。なんだよ、気になるのか。


「死ぬって知っても何も変わらないって言ったけど、ちょっと怖かったんだ。死ぬのが怖いんじゃない。もうすぐ死ぬかもって思ったときに浮かんだことが、漠然としてて」


 いくら無駄を愛するとか言ったって、死ぬ前に思いを馳せるのが連載中の漫画とか、一度は経験してみたい選挙とか、入学できる気でいる大学とか。それでいいのかよ、じゃあ俺ってなんなんだろうって、流石に思ってしまう。

 林立する煙突が、色せた空を不規則なリズムでつつく。這い出た鈍色の煙は筒の表面を伝うように落ちて、地上へと充満していく。


「もっとこう、さ。普通もっとあるだろ、色々」


「色々って?」


 だって俺がもし部活に精を出してたら、大会とか文化祭までは死ねないと思うだろう。ちゃんと勉学に身を入れてたら、せめて努力が報われるまで待って欲しいと思うだろう。俺が小説家なら最高の作品を書き上げるまでは死ねないと思うだろうし、生物学者ならムョモヮペヵリの、せめて第一形態を発見するまでは死にたくないと思うだろう。

 だから、俺にはどうしようもなく欠けているものがある。


「それは……なんていうんだろうな。人生のテーマみたいな」


 相羽はどこかを見ている。俺の言葉に意味があるのかないのか、判断するように。


「つまりあれだ、一番大切にしたいもの、とか。死ぬ間際に真っ先に思い浮かべるもので、どうしてもやり遂げたいこと。たとえば俺の人生が一つの物語だとしたら、それこそテーマになるような、生き様みたいなもの、かな」


 まあ俺はまだ未成年で、これから色んなことを経験するはずで、無限の可能性がある。だからそのうち見つかるだろうって、楽観的に考える。

 でも同時に、憂鬱にもなる。同い年のヤツがテレビやネットやスポーツで活躍してるのを見たり、同じ学校のヤツが何かの賞を取ったりして。すごいって感想の次くらいにはもう、言葉にできない焦りみたいなのがあって。

 そうするとたまに、息が上手く吸えなかったりする。


「……いや、なんでもない。俺らしくない話だったな」


 らしくないついでに、俺もたまには勉強するか。鞄の内ポケットから単語カードを取り出す。次に相羽から同じ質問をされた時には、相羽との時間も無駄じゃないって言えるように。相羽がくれた単語カードで、成績が上がったんだぜって。


「使ってくれてるんだ、それ」


「……ん。まあな」


 家には同じものがもう十個ほどある。先週の水曜にいきなり「余ってるから」「ちょっと早いけど」と相羽が誕生日プレゼントにくれたのだ。プレゼントっぽくないとはいえまさか相羽から何か貰えるなんて思ってもなかったから、慌てて色々と調べてちょうど今日、お返しを買ってきたところだった。俺の鞄には今、相羽への誕生日プレゼントが入っている。


「あのさ相羽、明日――」


 突然のことだった。

 がたん。何かにぶつかったように、電車が大きく揺れながら、減速していく。アナウンスが響く。間もなく――■■■駅。■■■駅。■■■駅の次は、■■■駅です。いやそれおかしくないか。そう考えた意識はもう、どこか遠くへ消えた。


 ――俺と相羽すみれは、生まれた日付が一緒だった。

 へその緒を切った病院も、行きつけの公園も、就学前の恩師も一緒。徒歩五分程度のご近所とくれば、よく遊ぶ仲になるのも必然のことだった。

 相羽はよく俺をからかっては笑って、俺をいじめるヤツを不敵な笑みで論破して、お得意の効率化を俺に見せつけては得意げに微笑んで、とにかくいつも俺に笑顔を見せていた。俺達は腐れ縁の幼馴染で、一生つるんでるだろうって不思議な連帯感があった。

 でもそれはまったくの錯覚だった。もとより勉強熱心だった相羽が難関校の入試を突破して別々の中学に入った途端、俺と相羽はあっさり疎遠になった。

 通学時間と通学路が変わって、環境が変わって。俺達の距離は自然と離れた。町でばったり会うみたいな一さじの偶然すら起きることはなかった。連絡は時々取っていたけど、やがて返ってこなくなったし、俺もさして気にしなかった。

 人間関係なんてそんなもんだ。同じ電車の同じ区間にたまたま乗り合わせただけの人間のように、簡単にいなくなって、二度と会わなくなる。

 そう考えたことすら忘れていた去年。17歳の誕生日に、俺達は再会した。

 東杠葉駅の下り電車の五両目の三ドア目で、二度と交錯しないはずの人生が、再び触れ合った。俺は自分の誕生日ケーキを買った帰りで、相羽の方も塾が休講になったとかで、ようやく一さじ分、俺達に偶然が降りかかった。

 五年ぶりの邂逅かいこう。俺の背は相羽を抜かしていたから、距離感がバグって違和感しかなかった。何を話せばいいか分からず、ほぼ沈黙のまま最寄り駅に着く頃。電車が大きく揺れて、俺は壁に貼られた新作ゲームの広告に手をついて、ようやく会話の糸口を見つけた。


 ――あ、これ。続編出てたのか。相羽これ好きだったよな。買ったのか?


 相羽は「ううん」とシンプルに否定した。緊張してるのかと思ったけど、違う。本当に興味がなさそうだった。


 ――あー、ゲームはもう卒業した感じか。なんだよ、昔はゲーム会社に入りたいって言って、それで勉強も頑張ってたのにな。


 相羽からの返事に、俺は耳を疑った。「ゲームなんてやっても意味ないよ、時間の無駄」と言ったのだ。確かに相羽は昔から無駄が嫌いで、無駄を削ることに情熱を捧げていた。でもまさか、その矛先が自分の好きだったことにまで向くなんて、ちょっとおかしい。


 ――相羽は今、やりたいこととか、目標とかあるのか?


 恐る恐る訊ねた俺の質問に、相羽は答えた。「いい大学に入ること」「いい会社に入ること」「出世すること」「お金を稼ぐこと」つまり、時間を効率的に使って人生をより良く設計すること。けどそこに、相羽の幸福は存在しないように思えた。効率を求めるがあまりに好きなものを失くした相羽は、一ミリたりとも笑わなくなっていた。

 それから俺は、相羽のことが気がかりで、学校帰りにいつも彼女の姿を探すようになった。乗換えから最寄り駅を出るまで最も移動距離の短い、五両目の三ドア目。見つけられたのは、水曜日の16時の電車だけだった。そうして俺と相羽は週一回、ほんの数駅分だけ一緒に帰る関係になった。相羽の笑顔をどうしても取り戻したくて、相羽が好きだったものについて一生懸命話した。怖い話。ケチャップ多めのオムライス。市民プール帰りのアイス。天体観測。一つずつ確かめて、チェックリストにペケをつける。どれももう、彼女の心の中からは綺麗に消し去られてしまっていた。

 相羽すみれは、より高くまで飛ぶために自らの羽まで毟ってしまった鳥のようだった。


 ――東杠葉駅――東杠葉駅、――線は三番ホームにお乗り換えです。


「あれ……相羽?」


 気付けば相羽すみれは、俺の隣にいなかった。というか座席の位置も変わってる。いつの間にか乗客も増えている。ぼんやりとした頭で状況を整理して、気付く。これはあの駅からの帰りの電車じゃない。あの駅に着く前に乗ってた電車だ。つまり。

「なんだよ。じゃあ……盛大な夢オチってことか」

 随分とリアルな夢だったな。俺は大っぴらに欠伸を晒して、伸びをしながら空を見上げる。夕焼けが綺麗で、セピアの色はどこにもない。行き交う老若男女はやっぱりコンクリートとか光る画面に夢中で、眼下に広がる開発済みの町並みには大型商業施設もコンビニもスーパーもあって、駅員さんは額に汗を浮かべてキビキビ働いている。

 帰ったら、たまにはちゃんと勉強するか。気休めの決意を維持するために、眠気覚ましのコーヒーを自販機に要求する。決済でスマホを取り出すと、はらり。何かが落ちた。


「……え?」


 屈んで手を伸ばした先には――切符があった。印字されているのは『1,802,394,015』という数字の羅列。あ、知ってる。そう思った。少し減っているが、これは俺の寿命だ。

 ふと吸い込んだ空気が薄くて、まだ自分の魂があの電車に揺られているような気がしてしまう。


「夢……じゃない? いやいや、でも電車は夢だったし。というか相羽もいないし」


 でも切符は確かにここにある。俺の寿命は確かに18億秒で、それで、相羽は?

 途端に、ばくばくと心臓が胸を叩き始めた。喉がかーっと熱くなって、額がさーっと冷たくなる。死の香りがした、気がした。ロウソクを目の前にしたときと同じ感覚だ。でも今感じているこの予感は、57年後の未だリアリティのない死についてじゃない。

 俺は俺自身に問う。なあ、相羽すみれの寿命はいつだと思う? 俺は答えられない。代わりに浮かぶのは幾つもの疑問。なぜ相羽は寿命を知って「変わらない」と言った? なぜ相羽は過去形を使った? なぜ明日じゃなく先週に誕生日プレゼントをくれた? あの相羽が単語カードを余らせることがあるか? どうして相羽は、あの駅にいたんだ?

 全部、最初から決まっていたことだったとしたら。

 これは仮定だ。あくまで仮の話だ。相羽が最初から死ぬつもりだったとしたら。強烈な力で自分を死に引き寄せていたのだとしたら。あの駅に迷い込んでもおかしくない。

 くだらない妄想だ。根拠のない思い込みだ。自分に言い聞かせながら、俺はもう走っていた。缶コーヒーを置き去りに。人混みなんておかまいなしに。駅メロとは違う拍子で階段を駆け上がって、向こうのホームに駆け下りる。目指すは五両目の三ドア目。今日は火曜日で16時ももう過ぎてるけど、彼女はそこにいるはずだった。


 相羽、相羽、相羽――!


 心の中で何度も呼んで、右足と左足を交互に前に出す。先頭で電車を待つ白い制服を見つけた瞬間、その足は更に加速する。

 相羽の双眸は、いったいどこを見ているのだろう。遠くを見つめるようで何も見ていない目。毎週水曜日、相羽はいつもそんな目で電車を待っていた。多分、俺が知らないだけで、月曜日も火曜日も木曜日も金曜日も、土日だってそんな目をしていただろう。

 列車が来る。定められた速度でレールに沿って定刻どおりに一直線に向かってくる。同じ速さで手を伸ばす。相羽の冷たい手を掴む。死よりも強い力で引き寄せる。


「死ぬな、相羽!」


 音を立てながら、先頭車両が目の前を通り過ぎていく。遅れて風が吹いた。

 バランスを崩して俺に抱き留められた相羽が、じいっと俺を見つめる。流石の相羽も、驚いて目を丸くすることがあるらしい。脈が速くなることがあるらしい。


「蕨、なんで。今日は火曜だけど」


「別に、いつもだって約束してるわけじゃないだろ。てか二回目だぞこの台詞」


「……夢じゃなかったんだね」


「夢かどうかなんて知らないけど、あの電車で相羽と一緒にいた俺は、確かに俺だ。だから相羽の不自然な言動とか、そもそもあの駅にいたこととか考えたら、相羽が心配になって、死なないで欲しくて、俺は」


 相羽は「蕨の考え方、非効率的」と俺をぐいっと押して離れると、左腕をしゃかしゃかと振る。何かと思えば、俺はずっと相羽を掴みっぱなしだった。慌てて放すと、相羽の左腕にはシンプルで小ぶりな腕時計だけが残った。


「ここから飛び込んだって簡単には死ねないよ」


 ああ、確かにそうだよな。やるならせめて十両目からだ。上がった息の合間を縫いながら、言葉を続ける。


「悪い、俺、勝手に逸って、相羽を無駄に驚かせて、でも俺、ほんとに、相羽が自殺、するのかと思って」


 相羽は表情を変えず、被せるように「まだだよ」と呟いた。


「私が死ぬのは、今夜だから」


『東杠葉駅――東杠葉駅――次は――に停まります。――線、――線はお乗り換えです』

 開かれたドアの先、車内はいつもの電車より少し混んでいた。

 相羽はすたすたと涼しげな顔で奥のドアに背を向けて立ち、俺は追いかけて隣を陣取る。それから心臓を落ち着けた俺は、相羽のつむじに問う。


「なあ。もう一回聞いていいか? 相羽がいつ死ぬって?」


 答えが変わるかもと、聞き間違いであってくれと、願う猶予は一秒にも満たず。


「私は今夜、日付が変わって18歳になる瞬間に死ぬ。それが私の寿命」


 淡々と言い放つ相羽は、死神よりもよっぽど死神らしかった。


「そんな――」


「だから、蕨が止めようとしても意味ないんだよ」


 なんて言えばいいのか分からない。思考が混乱してまとまらない。本当に意味がないのか? 相羽はそれで納得してるのか? そもそも相羽は、なんで死のうとしてるんだ?

 何一つ分からない俺と数時間後に死んでしまう相羽を乗せて、電車は俺達の生まれ育った町へとまっすぐ進む。一駅分が過ぎてようやく、俺は乾いた口から声を出す。


「……相羽は。相羽はそれでいいのかよ。今日で本当に終わりなんだぞ。やり残したこととか、本当にないのかよ」


「やることはもう終わってるよ。銀行口座も携帯電話も解約して、遺書も作ったし、私物もぜんぶ燃えるゴミと燃えないゴミに分けた」


「違う。そうじゃない。そうじゃなくてさ」


 騒がしいくらいに車内にひしめく広告が、謎解きイベントとか、グルメフェアとか、新作映画とか、明日発売する本とか、脱毛とか、マンションとかを宣伝する。そのどれもが相羽には刺さらない。


「俺が言ってるのは、相羽が本当にやりたいことを出来たのかってことだ」


 困ったように。相羽は一年前に再会した日と同じくらい気まずそうに、目を伏せたり、逸らしたり。相羽の目には今も、窓の向こうがセピア色に見えているのかもしれない。空だけじゃなくて、チラチラとこちらを気にする乗客も、鞄の紐を握り締める俺も、ビルも、目に映る全ての物体が。


「それは蕨が一番よく知ってるでしょ」


 答えに詰まる。そのとおりだ。記憶を辿って作った相羽の好きなことリストには全部ペケがついていて、相羽にとってそれは、やり残したことがないか一つずつ確認する作業でしかなかった。今の相羽には何もない。空っぽだ。それを証明したのは俺だ。


「だいたい、なんで死のうとするんだよ。いつからそんな風に決めてたんだよ、俺になんも言わずに勝手に」


「蕨に言う必要ないよ。蕨には、私の痛みも、苦しさも、つらさも、分からないのに」


 相羽は俺のワイシャツの袖をつまむと、俺を見上げて、ぱくぱくと小さな口を開け閉めする。電車は次の駅に止まって、数人程度の乗客と空気がほんの少し、入れ替わる。それでも相羽の、まるで痛みに悶えるように歪んだ表情は戻らない。


「それは……確かに俺には分からないよ。俺に言っても何も解決しないし、無駄、なんだろうな、相羽にとっては」


 相羽が小さく頷く。ワイシャツの袖が、ほんの少し揺らめく。


「でも俺にとっては違う。明日からどれだけ待っても相羽が駅に来ない理由を、ちゃんと知って、納得したい。納得なんて絶対出来ないだろうけど」


「じゃあ、蕨にとっても聞くだけ無駄だよ」


 相羽はそう言い切って下を向くが、俺に無駄を説くのがいかに無駄かすぐに気付いたようで、固く結んだはずの唇を解いた。


「……胸が、痛いの」


 俺の袖を握り締める力が強まる。俺はただ、黙って相羽の言葉を聞く。


「一秒ごとに、秒針が胸をざくざく刺すように痛いの。ゲームでミスした瞬間みたいな苛立ちが、自分を責め立てるの。はじめのうちは何もしてない時に痛くなるだけだった。でも段々酷くなって、少しでも無駄なことをするだけで、痛むようになって」


 走行音にかき消されそうな独白を、俺は必死で耳にかき集める。相羽の痛みは、行きすぎた効率主義が自分自身を追い詰めるようなものだった。


「それで、高一のとき、隣になった子に言われたの。相羽さんってつまんないね、って」


 つらそうに伏せられた目の奥に、自分自身の経験を重ねる。俺も同じ時期、部活に邁進する同級生に、俺があまりに非生産的に生きていることを馬鹿にされたことがあった。まあ事実だから言い返せなかったけど。思い出したら腹が立ってきた。


「相羽は何か言い返したのか?」


「言い返さないよ。ただ自分の人生がつまらないって気付いただけ。その日を境に私は、今度は息苦しさまで感じるようになった。常に苦しいか、痛いかのどっちかで、私はそれで、18歳で死ぬことに決めたの。別に絶望したわけじゃないし、最初は本気でもなかった。そういうつもりで生きて、将来のために何かする意味自体を消せば、無駄とか、無為とか、無意味とか、考えずに好きなものが見つけられると思ったから」


 電車が停まって、ドアが開く。乗客は降りるばかりで、誰も乗ってこない。


「……でもだめだった。何をしても苦痛は和らがなくて、それどころか今はもう、何をしても痛いし、どこにいても苦しい。どうしてか分かる? 私自身がもう、私に生きてる意味がないって思ってるからだよ」


 相羽すみれには生きてる意味がない? そんなわけ、ないだろ。

 反論するのは簡単だ。相羽は俺に必要だって言えばいい。

 でも俺はその言葉を吐けない。だって俺はあれだけ仲のよかった相羽と、あっさり会わなくなった。連絡がつかなくても平気だった。俺の人生にはもう二度と登場しないと考えてた。一緒に帰るようになってからも、大学生になればまた会わなくなると思ってた。

 あの電車で言ったとおりだ。たまたま同じ日に生まれなければ、俺達の人生はそもそも触れ合うことすらなかったはずだ。だから俺は相羽の言葉を否定できない。でも。


「それでも俺は、相羽の最後が自殺で終わるのは嫌だ」


「もう、埒があかないから蕨の言葉を借りるよ。私の人生のテーマは効率化で、その極致が死ぬことなんだよ。だから自分の手で終わらせるのが、一番綺麗でしょ」


 苦し紛れの言葉は、相羽に届かない。きめ細かい肌にいとも容易く跳ね返される。


「それに、蕨は私の寿命が今日だって知ってるから、そんな風に止められるんだよ。もし私が死ぬのをやめて、それで長く生きられたとして、結局何も見つけられずに、苦痛だけが続いて、後悔だけが残ったら、蕨は責任取れる? そのくらいの覚悟で言ってる?」


 ああ、本当に相羽はズルい。俺のことをよく知っていて、だからこれ以上なく効率的に俺を諦めさせようとする。


「……取れるわけ、ないだろ」


 ここで責任を取ってやる、なんて言えるほど無責任なヤツに、俺はなれない。だけどここで納得して、このままの相羽をあの世に見送るのだって同じくらい無責任だ。だから俺は終わらせない。鼻腔に残った死の香りを辿って、相羽の腕をもう一度引き寄せる。


「でも相羽。これだけは聞いてくれ。俺があの駅に迷い込んだのは、偶然じゃない」


「……どういうこと?」


「あの駅は死に引き寄せられた人間が迷い込む場所で、だから相羽はあの駅にいた。じゃあ俺はどうしてあの駅に迷い込んだ? 75歳まで死ななくて、死ぬことなんて欠片も考えてないってのに。原因があるとすればそれは俺じゃなくて――」


 相羽の鼻先を打ち抜くように指差して、結論づける。


「相羽が無意識に、俺をあの駅に呼んだんだ。だから本当は相羽も、俺に助けて欲しいと思ってるはずだって、俺は思う」


 相羽は「そんなの」と呟いて、否定も肯定もしなかった。相羽はきっとまだ無自覚で、でも俺は確信していた。そうじゃなきゃ、そもそも相羽が俺に寿命を明かすわけがない。

 相羽は俺の言うことが正しいのか間違っているのか、心の中へ問い合わせるように、目を細めてずっと考え込んでいた。

 やがて車内案内の液晶には俺達の最寄り駅が表示されて、電車がゆっくりと減速して、

俺達を吐き出すために扉が開く。だけど相羽はまったく動こうとしない。


「降りるぞ、相羽」


 俺は相羽の手を引くが、相羽は小さな身体で踏ん張って、足裏を床から剥がさない。


「ねえ蕨。やっぱり、蕨の言うとおりかもしれない」


 相羽は俺の手を掴み返して、思いっきり引っ張った。俺はバランスを崩して、相羽を覆うように壁に手をつく。体勢のせいで、目線の高さがぴったり合った。


「だから死ぬ前にやりたいこと、一つだけ思いついたよ」


 こんなに可愛げがないくせに幼さを残したままの顔が、眼前にあった。これほど近くで相羽の顔を見たのは何年ぶりか。そう思った時にはもう、純粋な瞳が俺を撃ち抜いた。


「私、蕨と一緒に遊びに行きたい」


 俺達を車内に取り残して、ドアがゆっくりと閉まった。

 


 長旅を終えた列車が息継ぎのように扉を開くと、侵入してきた潮の香りが俺達を包んだ。


「終点ってこんなに遠いんだね」


「ああ。思ったよりも長かったな」


 時刻は21時を過ぎた頃だった。いざ改札を目の前にすると、外に出るのが躊躇ためらわれた。見知った世界と全く違う景色は、まるで異界のようだった。一歩でも踏み出せば、大人みたいにどうしようもなく自由になってしまう気がした。


「何してるの、蕨」


「切符を使うかタッチで出るか、迷ってるんだよ」


 足を止めた俺をじーっと見る相羽に、強がって答える。ポケットから取り出した切符に

は『1,802,381,801』と書かれている。さっきよりも減っていた。瞬きをするとまた減ったので、リアルタイムで寿命が表示されるらしい。


「タッチで出ないとだめに決まってるでしょ」


「それもそうだよな」


 あの駅は存在していて、実在していないのだから。

 メロンパン。2リットルのコーラ。チューペット。お菓子をたくさん。コンビニで最後の晩餐を買い込んた俺達は、道路沿いにぶらぶらと歩く。スマホの電源はとっくにオフにしてるから、今ごろ相羽母からは大量の着信履歴が溜まっているはずだった。もしかしたら、俺の方にも連絡が来てるかもしれない。


「見て、海だよ蕨」


「ああ。海だな」


 分かりきったことを声にして、無駄に確認し合う。俺達の目の前には、岩場があって、砂浜があって、海があった。

 相羽はその場でローファーとソックスを脱ぐと、四連続で海に投擲した。もう全部が無駄なものだと言わんばかりに、なんの躊躇もなく。


「ほら、蕨も投げて」


「俺に裸足で帰れと? 嫌だよ」


 相羽は俺の返事も聞かずに岩場を伝って砂浜に降りた。パンパンに膨らんだビニール袋を持った俺には真似できず、遠回りして階段から合流する。

 寄せては返す波に、中途半端な太さの月。都会から離れたおかげで、星もけっこう綺麗に見えた。俺にはどれが何座かは分からないが、砂なんて微塵も気にせず仰向けで寝そべる相羽は星空を指でなぞっていた。

 相羽は今もまだ、苦しいのだろうか。その痛みに耐えながら、最期の時間を過ごしているのだろうか。それとも今はもう、全てから解放されて身体が軽かったりするのだろうか。相羽の表情からは判別がつかない。

 俺の呼吸も、あの電車からずっと苦しいままだ。もしもこの息苦しさが相羽の苦しみとほんの少しでも重なるなら、俺はまだ、相羽を救えるのだろうか。

 微かにそんなことを思いつつも、俺はこの息苦しさの正体が、未だに掴めないでいた。


「相羽。このグミが美味いんだよ。中に果汁が入ってて、いくらでも食べられる」


「……うーん、別に普通かな」


 相羽と二人で、何の話をしてただろうか。多分、とりとめのない無駄話だ。回し飲みしたペットボトルはもう空になっていて、栄養ゼロ点な食事は二人の胃袋に全て消えた。

 広げた銀袋の中に何も残ってないことを確認して、相羽は立ち上がる。乱暴に投げ置かれた自分の鞄を拾うと、教科書も参考書もノートも筆記用具もなにもかも、ひっくり返して海に全部捨てた。

 そして、あろうことか空っぽになった鞄に海水を汲んで――戻ってきて、構えた。

 俺は危機を察知してすぐに飛び退く。ばしゃあ。寸前にいた場所は、あっという間に海水に濡れて漆黒に染まった。


「――っ! いきなり何するんだよ!」


「生き死にの水かけ論にはもう疲れたから、水かけ合戦だよ」


 たぷたぷの鞄を残忍に振り回す相羽から、俺は逃げる。逃げ回る。砂浜には円を描くように足跡がいくつも刻まれて、円の中心はどんどん海の側へと近づいていく。


「ぷあっ!」


 もとより運動不足な上に疲労の溜まっていた俺は、ついに足をもつれさせ思いっきり後ろにひっくり返った。ばしゃあん、と水しぶきが舞って、一瞬で全身がびしょ濡れ。ミネラルたっぷりな制服の完成だ。


「蕨、なに今の声。え、もう一回やってよ」


「やらねえよ――ぶはっ!?」


 浅瀬に漂う巨大な植物プランクトンこと俺めがけた、鞄一杯分の無慈悲な追撃。なにするんだよ相羽、と文句を言う気も失せた俺は、代わりにこう指摘する。


「……なんだよ。相羽も笑えるんじゃないか」


 そこには小さい頃と変わらない笑顔が、月よりも綺麗に輝いていた。


「あ。ほんとだ。……ならやっぱり、死ぬって決めてよかったよ」


「そこは違うだろ。俺と遊んでよかったって言えよ」


「うん。蕨と遊んでよかった」


 星空を背負った相羽は、珍しく素直に頷いた。


「ああ。だからこれからもさ、気晴らしに俺と遊ぼう。きっと楽しいから。それでもし相羽がちょっとでも楽になるなら、俺は人生最後の日まで、相羽に付き合うから。だから」


 出来ない約束だとしても、相羽の心が軽くなればいい。あわよくば奇跡が起きて、運命が変わればいい。そんな想いを込めていたからか、俺の声が震え始める。俺の唇を、そっと人差し指が塞いだ。逆さまに映る相羽がふるふると首を横に振る。


「だめだよ。これが私に最後に残った、たったひとつの好きなことだから。なのに私は今も痛くて、苦しくて。きっと明日にも捨てちゃうから。捨てちゃう前に、やっぱり死にたいよ。本当の空っぽになる前に、蕨の記憶の中に、今の笑えてる私をセーブしたい」


 そんなこと言われたら、もう何も言い返せない。

 相羽が腕時計を外して、ベルトをつまんで俺に見せる。逆さまになった時計を読めば、日付が変わるまで残り600秒。相羽は大人になる前に、死んでしまう。


「じゃあね」


 砂浜に腕時計を置き去りに、相羽はゆっくりゆっくりと、海の一番奥を目指して進んでいく。手を伸ばしても届かない。このまま一人で行かせたくない。起き上がった俺は相羽を追いかけて、懲りずにまた小さな手を掴んだ。


「止める気?」


「……もうそんなつもりはない。さっき言ったばかりだろ。人生最後の日まで相羽に付き合うって」


 相羽は無言で頷いて、足は止めない。掴んだはずの手はいつのまにか繋ぐようになっていて、波にもまれながら、俺達はどんどん深くへ進んでいく。


「蕨。まだ大丈夫?」


「相羽が大丈夫なうちはな。俺の方が背が高い」


「そっか。小五の時に抜かしたのに、また追い抜かれちゃったね」


 跳ねた水しぶきが顔にかかるようになってきた。そろそろ相羽の首筋が見えなくなりそうになった頃に、相羽は足を止めた。


「ねえ。蕨は何歳まで生きるんだっけ」


 振り返らないまま、相羽は俺に訊く。たぶん、これが最後の会話だ。


「75歳だ。長いって思ったけど、案外あっという間かもな」


「それまでに、人生のテーマは見つけられそう?」


「……さあな。まだ分からない。でも、早く見つけなきゃだよな」


 人生は絶対に有限で、時間は平等に過ぎていく。好きなことのために生きることで、人生は色づく。やりたいことをやることで、人は満たされる。テーマがあってこそ、人生という物語は生き生きと輝いて、後悔のない死を迎えられる。

 俺は自分が死ぬと言われて初めてそれに気付いた。あの駅に迷い込まなければ、自分が死ぬなんて想像もせずに人生を無為に過ごしただろう。死というゴールに向けて自分の人生を作るのは、他でもない自分自身だ。

 だけど。

 そうやって考えれば考えるほど、息が苦しくなる。

 身体がゆらゆらと揺れる。海の底で溺れているような感覚がした。

 だから今の俺には、その素晴らしい法則がどうしても間違ってるとしか思えなかった。


「なあ、相羽。最後にもう一回だけ、俺の言葉を聞いてくれないか」


「……ん。いいよ。子守歌だと思って聞く」


 この息苦しさが相羽との共通言語だと信じて、俺は謳う。


「やっぱりさ。やりたいことなんて、好きなことなんて、なくていいんじゃないか?」


「え。いや、いまさら何言ってるの。人生のテーマはどうしたの?」


 呆れたような声だった。ざざん、ざざんと夜の海も怒ったように鳴った。


「そうだよな。確かに俺が言ったことだ。もちろん否定するわけじゃない。テーマのある人生はそれで、きっと素晴らしいだろうよ。でも、息苦しいんだ」


「苦しい。……うん。そう、だね」


 波に揺られる相羽は、乱れた呼吸で俺に首肯した。相羽のつむじに向けて、俺も頷く。


「昨日までの俺は無駄を愛してた。それは多分、強がりだ。本当は何もしない自分を肯定するために、俺は無駄が好きなんだって言い聞かせてただけだ。でもなんで、強がらなきゃいけないんだ?」


「そういう人生は、つまらないからでしょ」


 相羽も俺も、人生が充実しているであろうヤツからそう評価された。何かに打ち込む人生は、何にも打ち込まない人生よりも面白い。それはそうだろうよ。


「そこがおかしいんだよ。つまらなくて何が悪いんだよ。だって、俺達の人生は誰かを楽しませるためのものじゃないだろ。俺達の人生は俺達だけのものだろ。だから、そうだよ。人生は物語なんかじゃないし、ましてやゲームでもないんだ。目標なんて立派なものも、テーマなんて大仰なものもなくていい」


 自分で作って自分を縛ろうとした理屈を海に放り投げ、新しい言葉を組み立てていく。まだ上手く、説明できないけれど。


「そしたら、私はなんのために生きればいいの? やりたいことも好きなこともない人生は、空っぽだとしか思えない」


 相羽が見つけた最後にやりたいことは、俺と遊ぶことだった。そうして数年ぶりに笑って、心から楽しんでいた。それすらも楽しめなくなったとしたら、何のために生きればいいのか。

 好きなことして生きるのが一番の幸せ。大事なのは自分らしく生きること。やりがい。生き甲斐。綺麗で前向きで希望に満ちあふれた、正しい言葉だ。

 でも、俺達にはそれが苦しい。息ができない。

 じゃあ、好きなことがなければ不幸で、自分らしく生きないことは不正解で、やりがいや生き甲斐がなければ可哀想なのかよ。言われてないのにそう感じてしまうから。

 それは本気で何かにのめりこめなかった俺のせいか? 好きなものを見失った相羽のせいか? 違うはずだろ。


「なんのために生きるとか、そういうんじゃない。なんとなく生きるだけでもいいだろ。与えられた一秒をどう使おうと、俺達の勝手だ。だから俺は明日からも無駄に過ごすし、相羽も効率を追い求めて生きたことを、否定なんてしなくていい」


「でも、ただ生きてるだけじゃ、私が私である意味がないよ」


「自分が自分である意味って、何をするかじゃないだろ。俺も、相羽も。心の中では悩んで、苦しんで、色々なことを考えてて、ときどきそれを言葉にして、それでまた誰かが何かを考えて。それだけで相羽が相羽である意味はある」


 これもまだ、ちょっと違う気がする。


「蕨。もういいよ。もう、何も言わないでいいから。こんな問答、いまさら無駄だよ」


 相羽の手が震えている。死を目前にした相羽にこんなこと喚き散らして、意味があるのだろうか。浮かび上がった思考を、すぐに海の底へ沈める。

 意味があるとかないとか、そういうことじゃないんだ。

 俺はただ、相羽を肯定したい。そして俺自身を肯定したいだけなんだ。


「なあ、頼むよ。死なないでくれよ、相羽すみれ。俺は相羽がいなくなったら嫌だ。それは相羽が勉強ができて将来の選択肢がたくさんあるからとか、幼馴染って関係だからとか、好きだからとか嫌いだからとかそういうんじゃなくて。俺が相羽といる時間に意味があるとかじゃなくて」


 気付けば俺は不安定な足場を踏みしめて、波に必死で抵抗しながら、相羽を引き留めていた。止める気がないって言ったのに、これじゃあまったくの嘘だ。息を深く吸って、吐いて、大きく吸う。煤けた臭いはどこにもない。


「俺は、相羽が生きるはずだった時間が消えるのが嫌なんだよ。相羽が抱くはずだった相羽だけの感情がこの世から消えるのが嫌なんだよ!」


 なんだか、堂々巡りで同じ結論に戻ってきてしまった気がする。それもそうだ。結論ありきで話しているんだから。


「蕨は本当に、馬鹿だよ。何も考えてない。もう放してよ」


 相羽は俺のことなんてお構いなしに、腕をぐいぐい引っ張って進もうとする。波の力に押されて、繋いだ手がほどけそうで、それでも俺は負けない。


「嫌だね。絶対に放さない!」


「どれだけ蕨が止めても、私はどっちにしろ死ぬんだよ?」


「そんなの知らねえよ! だって俺はただ、相羽に死んで欲しくないだけだから! 約束する。意味なんてなくていい。空っぽでもいい。もし俺の言ってることが間違ってたら責任取って一緒に死んでもいい。だから、だから生きてくれよ。生きるって決めてくれよ、相羽すみれ!」


 これだけ魂込めて叫べば、あのビビりな死神に届く気がした。ロウソクが伸びる奇跡だって余裕で起きると信じられた。


「……なに、それ。死ぬって。本気で言ってるの、蕨」


 海に入ってから初めて、相羽は俺を振り返った。この期に及んで読みにくい表情だった。涙の一粒くらい流しておいてくれと思う。

 だけど俺には分かった。俺にだけは分かった。今この瞬間、奇跡が起きたのだと。


「当たり前だろ。本気で言ってる」


「そんなの、重すぎるよ。なんにも安心できないし、死ぬときくらい一人で死なせてよ」


「いいや、駄目だね。少なくとも相羽は18億237万1884秒後まで俺と一緒だ。たった今そういうことになった」


 ポケットから取り出したびしょ濡れの切符に書かれた数字を読み上げながら、俺は相羽の手を固く握って引き寄せた。もう抵抗はない。ざぶざぶと大股で、陸へと戻る歩を進めていく。


「そっか。それが蕨の答えなんだ。……結局、こうなるんだね」


 相羽が一歩、二歩と水中でホップして、俺と横並びになる。何を考えてるのかさっぱり分からない絵画みたいな横顔は、たぶん、月を見上げていた。


「ところで蕨は、こういう数字に見覚えあるよね?」


 相羽がどこからか切符をを取り出して、俺に見せつける。そこには『1,802,371,870』と書かれていた。


「……え。いや、どういうことだよこれ。だって相羽はもうすぐ死ぬんじゃ」

「嘘、ついてたんだ。ちょっとした可愛い嘘を。私の寿命は、最初から18億秒」


「はあ? いや、そんな、え。ぜんぜん可愛くないだろそれ」


「でも私、本当に今日死ぬつもりだったんだよ。死神に切符を貰った時もそんなはずないって思ったし、予定どおり決行しようとしてたし。なのに本当に、運命は変えられないんだね。残念」


 相羽は俺の切符をひったくって、二つの切符を、月を挟むように並べて掲げた。瞬きすると、綺麗に同じ数字に揃っていた。――18億と237万と1829秒。相羽の寿命は、俺の寿命とまったく同じ。これが示すところは、すなわち?

 俺が困った表情で答えを求めると、相羽はばしゃばしゃと波を蹴って走って、砂浜に一番乗り。こっちを振り返り、彼女なりの大声を海と俺にぶつけた。


「蕨はすごいね! 本当に責任取って死ぬつもりなんだ、私と一緒に!」


 ああ。やっぱり、そういうことになるよな。

 だとしたら。もしかすると俺は今、とんでもない契約をしてしまったんじゃないか?

 途端に相羽が死神のように見えてきた。真っ白い装束に長い黒髪を垂らした、表情乏しく効率主義の死神。やっぱり死神よりも死神らしいじゃないか。

 ……あれ? でもそれって。


「そしたら俺の言ってること、間違ってたってことにならないか?」


 二着で砂浜に、一着で相羽のもとに戻った俺は、相羽と同じ目線に屈んで、とんでもない大発見を報告する。


「確かに。じゃあ、死に直そっか」


 相羽は俺の手をぎゅうと握りしめて、一歩踏み出す素振りをした。もう勘弁して欲しい。


「いや待て。もしかしたら全然違う理由で死ぬかもしれない。一緒に事故に遭ってとか、そういう感じでさ。だから即断はやめてくれ。な?」


 相羽は黙って肩を竦めると、その場で体育座りして「今日のところはね」と答えた。


「ところで蕨は、私のこと好きなの?」


「はあ? なんで急にそうなるんだよ」


 脈絡のない発言が怖すぎて、俺は相羽と二人分くらいの距離を取って、砂浜に尻をつけないように腰を落として屈む。


「だってさっきの、誰がどう聞いても告白だと思うよ。普通、一緒に死ぬとか言わないよ。しかも75歳になってまでさ。おまけに有言実行確定だし。そんなのもう、ただならぬ関係だと考えるしかないけど」


 ぐい、と一歩詰めてきた相羽は、頬の一つも染めずに端的に考察を述べ上げた。


「じゃあ逆に聞くけど、相羽は俺のことが好きなのかよ?」


「ぜんぜん違うけど」


 純粋な瞳が俺を射貫く。それはそれで傷つくな。


「でももしこれから紆余曲折があってそうなるんだとしたら、早いうちに付き合った方が効率的だと思わない?」


「いや、マジでどうなってんだよその思考回路。ニューロンがバグってるぞ」


 全身砂だらけの怪物が腕をついてぐいぐいぐいと迫ってくるので、俺は照準を定めて、額にデコピンをお見舞いする。


「いっ……たいなあ、もう」


「そんな安易な答えが、長旅の果ての正解であってたまるか」


 ふと、砂上に放置された腕時計が目に入る。ホッとしたような表情を浮かべる相羽を、俺は尊いと思った。この瞬間を迎えられて、本当によかった。


「まあ、あれだ。今の俺が相羽に言えることがあるとするなら、一つだけだ」


「それって?」


 不思議そうに首を傾げる幼馴染は、これからいったいどんな顔をするだろうか。

 俺は砂だらけになった自分の鞄を引き寄せて、乾きかけの腕を無造作に突っ込む。目当ての物を取り出して、目も合わせないまま最大限にぶっきらぼうに突きつけた。


「誕生日おめでとう、相羽すみれ」

MF文庫J evo

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