プロローグ『崖っぷちVTuber、その名も加々宮エリン』

「――これでまた一歩、一人前のメイドに近付いた気がいたします。そしてご主人様達へ溢れんばかりの愛と感謝を伝えて、本日はこれで終了とさせて頂きますね!!」

 軽く頭を下げれば、自身の分身であるアバターは深くお辞儀をする。

・おつエリ〜今日も健気で良かった!!

・仕事の疲れが癒されたよ。今日もありがとう、エリンちゃん

 そうすると相当過疎っていたコメント欄が漸く動きを見せ始めた。

 このコメント欄が常に動いていれば成功と言える。つまり現状はもう全然ダメ。

「……またここに帰ってきてくださると嬉しく思います。おつエリ、でした!!」

 エンディング用の一枚絵をOBSで設定し、マイクをミュートにする。

 同時にクソデカ溜息を放出。肺の空気全部出すぐらいに。

「っはぁ~、ちょっと引くぐらい同接来なくて笑う。いや、本当は笑えないんだけどさ」

 配信時と比べて明らかに覇気が無い声で思わず出てきたのは、そんな言葉。

「見た目の可愛さとか最強だし、すっごいメイド頑張ってるのに何で伸びないかなぁ……。うさぎの見習いメイドキャラなんて普通推したくなるでしょ、ならない訳が無い」

 短く纏めた金髪の上に立っているうさ耳。そしてゴシックが映えるフリフリのメイド服。

 鏡の国からやってきた見習いメイドうさぎの『加々宮かがみやエリン』というキャラ設定。

 Vとして活動しようと決めた時に丸三日徹夜して考えた私の性癖の塊。

 天然でポンコツだけど、丁寧に献身的に奉仕をしようとする姿が愛らしい。

「そう思ってるのは私だけか!? そもそも私がちゃんとロールプレイ出来てないのか!?」

 それが思っていたよりも人気が出ていないのが納得いかない。

「あ、でも今日の配信で登録者千人越えてんじゃーん!! んで、公開してる動画の総再生時間も……ギリ越えてる!! っふぅー、遂に収益化チャンスだ!! 申請通ればだけど!!」

 上手くいってないこともあれば、なんとか一つの壁を越えられた事実もあり。

「ここから私の逆襲が始まる……。崖際一歩手前のこの状況からの脱却……!!」

 独り言が止まらない。決意というのは言葉に出してこそだが。

 一応マイクがミュートになっており、配信が切れていることを確認する。

 裏側の人間の欲望を聞かれるのはあまりよろしくない。

 加々宮エリンとして活動して早二週間。炎上で終了だけは避けたかった。



 俺は三樹春人みきはると、十七歳の高校二年生。特徴無し、特技無し、彼女無しの平凡な男。

 Vオタクとして数多の配信を見続けてきた。大手の箱だけでなく個人勢の配信まで回り続けて漸く見つけられた最推しが加々宮エリンというメイド系VTuberだった。

 ガワの可愛さは勿論、健気に頑張るところと垣間見える天然さにハマった俺は、約二週間程前から他のVの配信を差し置いて常に彼女の配信に入り浸るつもりだったのだが。

「――ふふっ……マジで上手くいかなかったら詰む……。じゃないと借金返せない……」

(まさか中の人が借金をスパチャや広告収入で返そうと考えてる人だったとはなぁ……)

 そんな俺は何故か加々宮エリンが使っているマイクになっていた。

 何を言ってるか分からんと思うけど、本当に俺も分からん。

 分かっているのは彼女がマイクを使う時に俺の意識が飛ばされること。

 マイクをオンにした瞬間から、マイクをオフにするまでの間の出来事だ。

 最初こそ戸惑ったものの、実質的に最高の特等席で推しの配信を見られると気付いてから全てが変わった。サクッと受け入れてしまえば楽になるものの方が世の中には多い。

「どうして借金は減らないんだろう? そしてどうして私にはお金が無いんだろう?」

(あまりのダメ人間っぷりが垣間見えるこの配信終了後が本当に面白いんだよな)

 ひょんなことから加々宮エリンの裏の顔(表の顔?)を知ることとなったが、これがどうにも面白い。キャラの違いは勿論のこと、素が本当にダメ人間の見本のような人だった。

「やばっ、消費者金融から電話……。ま、普通に出ないけど!! だって返せないし!!」

 当然のようにかかってきた電話を無視して、彼女はメールボックスを開く。

「……見なかったことにしよう!! さて、気を取り直して明日の競馬の予想でも……」

(典型的な破滅するタイプだ……。本当にこの人大丈夫なのかな……)

 そう思いながらも、配信中とのギャップが凄まじくて見ているだけで面白い。

 借金に塗れた人間が、メイドとしてVをやっているその状況。

「競馬配信とか……クソッ、したかったけど……。一応メイドだから、私は……!!」

 その中でキャラ設定を守ろうと、そういう側面を見せないようにしていた。

 苦しんでいる……とは少し違うが、何か悩んでいるように見える。

(……そもそもこの人、だからな。何とか出来ないかな……)

 マイクの状態で『見た』というのも変な話だが。加々宮エリンは自分の知り合いだった。

 そんな風に思った瞬間に彼女がマイクの電源をオフにする。

 こんな状況でも変に明るい彼女の声を聴きながら、俺の意識は遠退いていった。

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