第1章②

 ニカ様の最初の訪問から三週間がった。週一でやって来るあの王族に、何故か私より勤務先のパン屋の店主ミシェルさんの方が慣れてつうに世間話している事もあるのだから頭が痛い。

 いや、私だってニカ様の事は好きだ。ニカ様は、同じ王族として未来に王を支える立場として兄として、俺様殿下セス様のこんやくしやである私に幼少期からやさしく声をかけてくださる方だった。貴族の中での友人作りよりばん固めにいそがしかった私にとって、レディロのこうりやくキャラの中で…いっそ、この世界の中で一番仲が良い人だったかもしれない。ニカ様側からは当然違うだろうけど。

 その為、ニカ様にはいまいち攻略キャラという意識よりお世話になった優しい人という印象の方が強い。こと内心でめまくるのに関しては他ニカ様ファンからの刷り込みの方がやっぱり比重は大きいけど。

 でもニカ様の存在はあまりにも私の平民ライフに支障をきたしかねない。王族なんだし忙しいんだから、学園からも城からも遠い城下町のはじっこになんてはるばる来ないで欲しい。

「あのよく来るぎんぱつの貴族君、あの子ってフィーちゃんが好きなのかねぇ。フィーちゃん美人さんだしねぇ」

 そしてミシェルさんに困った誤解をされかけている。いやなフラグが立ちそうだったので、私は早々に誤解を解く事にした。

「違うんです、ニカ様が会いに来られたり良くしてくださるのは…私への負い目ですから」

 ニカ様は昔から私に優しかったけど、それは前提として私が俺様殿下の婚約者だったからなのだ。そして今も、間接的に弟の婚約のせいで平民になった私へのしよくざいをしなければという気持ちを一番に、ほかにも正義感、リリちゃんへのけんかんなどが彼をこうまで動かしているのだろうと私は推測している。

 そこに断じてこいごころはない。むしろあってもらっては困る。ニカ様は性格が俺様じゃなくてきなだけで、他の条件は俺様殿下とあまり変わらない。ニカ様ルートに行けば私の幸せ平民ライフは終幕間違いない。

「妹のようだった私を心配してくださっているというのもあるとは思いますが…すみません、おもしろれんあい話でなくて」

「そりゃ構わないけど…本当にそれだけかねぇ?」

 ミシェルさんはにやにやと笑う。私はしようした。ご期待のところ申し訳ないが、私達の関係は本当の本当にそれだけだ。

「お、うわさをすりゃ来たね。あたしゃあの子の事好きだよ。お貴族様なのにり散らさないし、こっちのめいわく考えて閉店間近に来て売れ残り買いめてはフィーちゃんを家まで送ってくれる。良い所くしだからねぇ」

 私は複雑なおもいでうなずいた。あれからニカ様は、自分が王族なのは当然明かさず変わり者の貴族として最低限のマナーを守り、ミシェルさんにも他のお客さんにも迷惑をかけないように立ち回ってくれている。そのせいでもう来ないでと遠回しにも言いづらいんだけど。

 パン屋の前で止まった平民の町には場違いな馬の鳴き声や車輪、要するに馬車の音が聞こえても、私はあきらめた目で待つしかない。

「失礼する。…すまない、じやだったかな?」

 ミシェルさんと私からいつもより注目されている空気を察した、王族なのに平民にづかいの出来る人ニカ様が申し訳なさそうな顔をする。

 …平民相手にこうも容易たやすく謝れる人なんて貴族の中でも何人居るだろうか。貴族としてめられてはいけないというのもそりゃあるし、良くも悪くも人は権力を持つとごうまんになるものだし、みなそうしろなんて思わないけど…身分に関係なく人を気遣ったり非を認められたりする人は個人的に大好きだ。俺様殿下との対比で余計そう思えるというのは当然ある。

「むしろその逆の話をフィーちゃんとしてたところだよ」

 ああミシェルさん、その通りだけど言って欲しくはなかった言葉…! しかもその言い方だとあたかも私もニカ様をかんげいしているように聞こえる…!

「それは光栄だ」

 ニカ様のゆうの社交辞令っぽさがあふれた反応に、私はほっとした。

 せめてひんぱんに会いに来るのがニカ様で良かったと考えるべき、かな。これがちょろわんこエヴァン君とか他の攻略対象キャラだったら笑えない事になっていたのは想像にかたくない。

 …もし私がレディロを単純にゲームとして楽しんでいたというより、ゲームキャラに本気で恋していたタイプのおとゲームプレイヤーかつ現実となってもその想いをけいぞくしていたとしたら、平民の地位なげうってもいいからニカ様辺りと結婚したい! なんて思っていたのかもなぁ…。俺様殿下以外は皆好きだけど、こう可愛かわいいなぁ格好いいなぁ以上の感情は持っていなかったし、現実とゲームはやっぱりちょっと違うよね…。

「じゃ、彼氏のおむかえが来た事だしフィーちゃんはもう上がっていいよ」

「いえそんな関係ではありませんし、まだ仕事も終わっていません」

「ちょうど閉店時間だし、残りのパンは貴族のお兄ちゃんが引き取ってくれるらしいし、後は十分ぐらい閉店仕事すりゃいいだけだからいいんだよ。ほら帰った帰った」

 私はにやにや笑っているミシェルさんに半ば追い出される形で店から出た。続いて護衛二人にパンの入ったかみぶくろを持たせたニカ様が出て来る。

 王族と、平民の焼いたパン袋を持つ護衛達。なんというミスマッチ。

「どうした?」

「…いえ、その引き取ったパンっていつもどうされているのかと思いまして」

「はは、パンは食べるに決まっているだろう」

「ですよね、平民の焼いたパンですから捨てているに決ま……はい?」

 はいぃ? なんて言った、この王族?

 お金をはらっているとはいえ、金銭力に任せてもったいない事をしやがってやれやれとあきれる気満々だった私に、なんて仰いました?

「…護衛や使用人にわたしているという事でしょうか?」

「義務として毒見はさせているが、私が食べている。私はあの平べったいチーズパンが好きだ」

 おい王族ッ!

 私は半ばねこかぶりを忘れ、ちょっとお前等何やってんだよちゃんと止めろよ! という想いをありありと込めてニカ様の護衛達をり返った。護衛達はほんの少しだけ表情を変えると諦め切った顔で同時に首を振った。

 何諦めてんの!? それ職務放棄だよ、大問題だよちょっと…! だいたいお前等、私に週一でニカ様が会いに来るのからして危険きわまりないんだから止めろよ! ん張れよ!

「どうした? フィー」

「…何でもありません。職場の商品をお気に入り頂けたようで嬉しいです」

 あなた様がどうしたなんですよ。と言いたいけれどさすがに本人には言えないので、私は猫をかぶり直してふんわり微笑ほほえみ流した。小心者なんじゃなくわたり上手なんです。

「フィーもそのうちパンを作るようになるのか? 楽しみだな」

 私はにこにことあいづちを打ちながら、ツッコミ待ちとしか思えない発言を総スルーするのにじんりよくした。

 さっきからニカ様ものすごくキャラぶれしているけどだいじよう? わんこポジションはエヴァン君のものだし、天然ポジションは俺様殿でんや他攻略キャラがへいにんしているから、そんな風にかぶせて来なくていいのよ? 見た目は王者オーラ持った冷たいイケメンなのに、何でこんなギャップをねらっているみたいなふわふわちゃんになっているの? ストレスのせいなの?

 私の心配をよそに、ニカ様はパン談義を始めた。この人はどこに向かっているのだろう…。


   ● ● ●


 ニカ様の事は放置する事に決めた。かんこそ禁じ得なかったが、今のところはそれにより何もへいがいは発生していないからだ。

 それに何より、ついに職場でパン作りにかかわらせてもらえるようになり、その事で私の頭はいっぱいだからだ。同じように作ったつもりでものこね方・成形・焼き加減・かざり付け…私とミシェルさんの作ったパンはまったくちがう。前世でははんばいしかしていなかったけど、パン作りとはなんて奥が深いんだ…! 早く…早くあの美味おいしいパンの数々を私も焼けるようになりたい…! こんな楽しみを見つけられたのも平民になれたおかげ! 人生楽しい!

 だけど今日は仕事が休みです。

 働かせて欲しい…働かせてください…馬車馬のように働くから、私に開店前と閉店後パンを焼く練習をさせて欲しい…。

 家に居てもずっとそう考えてはせまい家の中をうろうろふらふらするだけなので、私は目的こそ無かったもののそれよりは生産性があるだろう散歩でもしようと家を出た。

 すると、そうぐうした。

「フェリシア姉上、お久しぶりですね」

 かんどうされる前の私の義理の弟、シェド・スワローズに。

 とりあえず二度見する。こんな所に護衛も連れずシェドが居るはずがない。だって義理とはいえこうしやく家の長男だ。…けど、無表情によくようの無い話し方、私へのその呼び方、くろかみ金目の中性的美少年な容姿…どんな角度から見てもシェドだ。

 彼、シェド・スワローズは殿下と私をこんやくさせるにあたりあとり問題を解消するためにと遠いしんせきから、おそらくかなり無理やりな手段で父親に引き取られて来た。私が殿下との婚約を両親に伝えられてからすぐ、とくちように見覚えがあり過ぎる一歳下の弟が出来た私は、これもう間違いもあらがいようもなくあの乙女ゲームのレディロだ…と強く実感した過去がある。

 私はそんなシェドとの遭遇に急速に血の気がせるのを感じ、けいそつに家から出てしまったのかと激しいこうかいわれた。

「…あれ、もう敬語じゃなくていいのかな?」

 うーん、とマイペースにシェドが首をかしげる。それにともないそのにさらっさらでつやのある黒髪が横に流れた。

 …落ち着け。落ち着け私。まずはシェドがに居る理由を聞き出さなければならない。シェドは…見た目でクールお人形系キャラと見せかけ、中身はわりとチャラいナンパ系キャラと見せかけ、その実──であるゆえに、レディロの中でもずいいち気をつけなければいけない相手だ。

「…何故此処に?」

「ん? 元気にしてるのかなーって思って」

 そんなフランクな理由で私の心臓に必要以上の仕事をいるのはやめて。まだどっくんどっくん言っているから。

 …いや待て待て待て。あの、レディロのトラップボーイと名高いシェド・スワローズが、本当にそんな理由だけで私に会いに来る訳がない。顔からも声からも感情を読み取れないせいでこっちの方がどうようしてしまうが、私はこんなハプニング程度でるんるん平民ライフの幕を閉じる気はないんだから…!

「私の家にでも来ますか? スワローズ家の一番小さい部屋の半分程度の広さですけれど」

「へぇ、フェリシア姉上は犬小屋に住んでるんだ。うん、いいよ。見てみたいし」

 どくぜつな事については全然気にならない。こいつはただ身内には口が軽いかつ悪いうちべんけいなだけでしようは悪くないからね。心底人を見下したりしているわけでもなければ、自分が他人よりすぐれているとナルシストな思想をしているわけでもない。

 という事情を、レディロのお陰で私は知っているから良いけど、もし知らなかったらつうに何こいつ性格悪! ってドン引きしていただろう。

 そう、私がシェドにびくびくしているのはそんなちゃちな理由じゃない。

「…ほとんど話した事の無い元義理の姉に会いに、よくこんな遠くまで来ましたね」

 私は大好きなゲームのこうりやくキャラにもかかわらずシェドのとある事を恐れて、今まで家でも学園でも必要以上にせつしよくけて来た。私とシェドの関係性はどう思い返してもスカスカで、何ならただのクラスメイトなんかとの方が会話の機会は多かったんじゃと思うぐらいだ。

 普通、そんな元義理の姉で今他人な女に軽い気持ちではるばる会いに来るか…? 来ない。絶対来ない。

「学園ちょうど夏休みだったし、ひまだったんだよね。それに、」

 ……。

 シェドを見る。相変わらずの無表情で、こいつ意識あるのかってぐらいの死んだ目で歩いている。お人形のようなたんせいなお顔が無表情で目は金色と来たら、まるで人外の生き物のようだ。レディロはそういう世界観ではないので本当に人外でしたという落ちは無いが。

 ……。

 三分経過。

 …ちょっと! それに、何!? 言葉の続きはどうした!?

 明らかにおかしなタイミングで言葉を切ったのはそっちのくせに、何でいくら続きをうながす視線を送っても無視するのこいつ!? 天然キャラじゃないんだから、絶対視線に気づいてはいるだろ! わかってんだぞ!?

 私のもやもやした気持ちを知ってか知らずか、シェドは結局その後私の家に着くまで一言も言葉を発する事は無かった。これは性格は悪くないという評価をてつかいしなければならないかもしれない。

「犬小屋より狭い」

 そして家に着いてからの第一声がこれである。

 私はニカ様に頂いたお高い紅茶をれる為お湯をかし、その間にニカ様に頂いたお高いビスケットをおちやとして出した。両方平民暮らしには相応ふさわしくなくもらった時は好意だろうとはいえ複雑な気持ちだったのだけど、まさか活用する機会がおとずれるとは…訪れなくて良かったのに。

「…美味しい。このビスケットって高いのだよね? 何で平民のフェリシア姉上がこんなの出せるの?」

「ニカ様に頂いたんです」

「ニカ様…ニコラス・キャボット? 何であの人がフェリシア姉上に?」

「私へのしよぐうがあまりにも重過ぎると同情してくださっているみたいなんですよ」

「ふーん」

 一応なつとくしてくれたらしい。

 俺様殿下が直接的に私にした事は婚約だけだ。これは何の問題もない。正確にはあのまま貴族をやって行くとしたらまともな相手は選べなくなるとか色々あるけど、それは置いておいて。

 問題は、両親が下し私が大喜びしている家からほうり出され平民降格させられたしよばつ。これに関しては、私がもし普通の公爵れいじようだったとしたら……相当に重く、けいに等しい。

 普通なら、上に立つ者として貴族としてしか生きて来なかった者が、たった一人で知らない場所に放り出されて平民として暮らして行ける訳がない。プライドの問題でどうしても出来ない事も多く、それを乗りえられたとしても平民なら当たり前に出来る事でも常識の違いにより、どうやればいいのかわからない事も多々あるだろう。生活レベルの急激な降下にえられず自決を選ぶ人も居そうだし、いを変えられず村八分とされ生活にこんきゆうする事もありそうだ。…まあ、挙げ出したらキリがないからこの辺にしておこう。

 私が幸せに暮らせているのは、この世界とは違いも多々あるものの前世で平民暮らしを経験しており、さらにこうなる未来を十年前から望み、人知れず平民の暮らしをしつように研究調査していたからだ。

 つまり、ニカ様が私に同情してもはたから見て何らおかしい事はない。えんざいだとバレているからです、なんてシェドに鹿正直に説明してやる気は毛頭ないんですよ。

「ニコラス様とよく会ってるの?」

「たまにですよ」

 具体的な数を言わない限り、それは個人の主観に過ぎない。仕事の場ではこういう主観による意見のそうで失敗する事があるから気をつけるべきだと前世で社会人になった時の為にとよくよく教えられたけど、私はあえてそれを利用しくつを重ね平和に生きます。

 話している間にいい感じにれた紅茶をカップに移し、シェドの前と自分の前に出す。

「フェリシア姉上、なんか生き生きしてるね」

「ええ、貴族暮らしより此処での暮らしの方が案外性に合っていたみたいです」

「ふーん、楽しい?」

「はい」

 なんか傍からはそこそこ良好な仲のきようだい会話に思えそうなんだけど、私達は今まで全然会話のなかった仲の冷え切った姉弟です。そしてシェドはばくだんかかえているので、私はさっきからただ話しているだけなのに神経すり減らしています。

「俺もなんかやらかして追い出されちゃおっかなー。フェリシア姉上、その時はいつしよに暮らそ?」

 絶っっっ対にいやです!

 私はシェドの無表情ながらもゆうわくするような流し目に毛程もるがされる事なく、心の中で全力きよした。シェドと暮らすなんて、それはすなわち私の平民ライフしゆうりようフラグだ。そんな旗は全力でぶち折る。

「シェド、スワローズ家のあとりの貴方あなたじようだんでもそんな事言うものではありませんよ」

「自分は上手うまげた癖によく言う」

 私は動揺をさとられないよう、きょとんとした顔で首を傾げた。

 カマをかけられただけ…か? でも話の流れが嫌な方向に行っているのをひしひしと感じる。

 まるでそんな私の考えをこうていするかのように、無表情なままにシェドの口元がえがいた。そのしゆんかん、私の嫌な予感がぶわりと総毛立つ。

「フェリシア姉上は昔からずっとそうだね。さすがかんぺき令嬢レディローズってみなに呼ばれてるだけあっていつもがおで何でも軽くこなして、なのに俺を避けるし、きっとものすごく色々な事をみ込んでる。ねぇ、なら俺の事も吞み込んでよ」

 あっ…あっ…私、これと似た台詞せりふ凄く聞き覚えある…。

 レディロシェドルートのちゆうばんにて、今まで外見クールで中身チャラ男のギャップ凄いなぁと思っていたプレイヤー達のぎもく予兆無しの特大トラップ解放合図。

「俺さ、姉上の事ずっと、」

 その続きは聞きたくない。

 私は無我夢中ですぐ近くに置いていたものを引っつかみ、シェドの顔面目がけてぶん投げた。

「うぶっ…! な、…パ、パン?」

 シェドが私の投げたそれを見て、こんわくの目を向けて来る。

 そうだ、パンだ。顔に当たってもソフトなタッチでにならないやわらかパン。昨日職場から貰ってきたはいパンそのものだ。

 今の言葉の先を言われるとシェドルート確定から平民さらばまでののがれられない未来が見えたからために食べ物、しかもミシェルさんの絶品パンを物凄く申し訳ないが使わせてもらった。ミシェルさんとパンへの罪悪感の代わりに、私は見事発言のきんきゆうキャンセルに成功した。

「パンを食べましょう…!」

「え、は、は?」

「シェドが変なのはおなかが減っているからにちがいありませんっ!」

「いや違、」

美味おいしいものを食べておけば、私もあなたもスマイル! ミシェルさんのパンはニカ様さえうならせた美味しさですからね! ほら安心して食べる!」

「えっと、」

「いただきます!」

「……いただきます」

 やった! 話題の頭の悪さがひどかったけど、勢い重視でどかどかたたみかけシリアスをき飛ばし見事話を流す事に成功しました! け引きも何も無い、とってもちからわざだね!

 あきらめたように平民の作ったパンを毒見なしで食べるこうしやくあとぎを目前に、私は内心勝ちほこりながら同じくパンにかぶりついた。平民だからちぎって上品になんて食べなくていいんです! ああ美味しっ!

 ……シェドの言葉の続き。あれが例えば「だって、姉上の事ずっと愛していたんだ…!」なんて言われるのだったらまだ可愛かわいげがあった。むしろおとゲームとしてはそれが正しい。でもレディロのシェド・スワローズはそんな可愛い義理の弟ちゃんポジションじゃないんですよ。やつが言おうとしていた台詞…それは──

「姉上の事ずっと飼いたかったんだ」です。

 そんな告白吞み込めるわけねぇだろ、このトラップヤンデレマンめが! お前のルートだけバッドエンドがかんきんエンドと心中エンド二つもあってこわいんだよ!

 絶対に今後も言わせないからかくしておけよ、いいなシェド!


 元義理の姉弟な公爵家跡取りと平民で向かい合い無言でパンを食べ終えるというちんみような事をした後、ごちそうさまを言い終えるか終えないかの時点で私は勢い良く席から立ち上がった。

「ではシェド、元姉弟の心温まる交流も終わった事ですしもう夜おそいのでお帰り頂いても?」

「…うん」

 我ながら何処どこに心温まる要素があったのか不明だけど、ヤンデレ爆弾シェドが大人しく帰ってくれると言っているのでそんな細かい事はどうでもいい。さいな問題だ。

 外へ通じるドアまで歩いて行ったシェドは、私を振り返り何か言いたそうな顔をした。

「何でしょう?」

 ヤンデレ発言以外なら発言を許そう。言うがよい。

「あの、フェリシア姉上って…あー…パン好きなの?」

「はい。今の目標はパン作りをきわめる事です」

「そ、そう…」

 発言キャンセルにパン投げを使ったせいか、シェドがどことなく私に引いているような空気をひしひしと感じる。異様にしおらしい。そして絶対聞きたかった事はそれじゃないと思う。私の平民パワーにされたのか。

「えと…また来るね」

 いや来ないで。

 そんな無表情ながらちらちらうかがうようなしつけられた子犬の目で見て来ても、お前の中身がヤンデレなのは事前知識でバレバレだから。そんなまさか、あのシェド・スワローズさんを一回パン投げつけただけで躾けられるわけないじゃないですか。

「ええ、また」

 がいめんだけはゆうの笑みで、少し歩いてはちらちら振り返るシェドを見送った。見た目はやっぱり美少年だからかわいいね。三十秒経った時点でまだ背中が見えていてももういいやと思ってようしやなくドア閉めたけど。

 あ。名前フェリシアからフィーにていせいするの忘れていた。…まあいい、別に問題あるまい。

 まったく、今日は酷い休日だった。

 …でも、何で今になってシェドのルートフラグが立ったんだろう。

 レディロで公式にひとれをこじらせているエヴァン君と弟のこんやくへの負い目けん正義感で動いているニカ様は説明つくとして、シェドはとつぜん過ぎて不気味なんだよな…いや、ヤンデレの思考を私に理解出来るのかと聞かれればそりゃ出来ないとは思うんだけど。

 だけど今までほぼ話さえせず暮らして来たのに、人目をしのんでどころか護衛が付いていなかった事から見ておそらくいてまで私に会いに来たのといい、いきなり好感度をそこそこ上げなきゃ発動しないはずのヤンデレ爆弾が起動しかけたのといい、どう考えても不自然だ。

 不自然といえば、やっぱりニカ様の様子もおかしい。パン美味しいってもぐもぐしているだけだから、シェドと違って王族としては問題でも私に実害は無いんだけど…。

 ──まさか、私がシナリオと大きく外れた行動を取ったせいでこうりやくキャラ達がバグってるなんて事無い…よね?

 ……。

 な、無い無い! だっていくら前世の乙女ゲーム世界とそっくりどころかほぼ同じとはいえ、私も皆も生きているし! システム上の問題でバグなんて、そんな機械的な話にはならないに決まっている!

 婚約破棄のくだり以外にも実は私は一つ、どうしてもやむを得ず必要に駆られてゲームの展開をおおはばれる…どころかぶちこわす事を幼少期にやってしまっているんだけど…それが今後ひびいて来たりする事も無いに決まっている。

 だいじよう、今回のこれはたまたまだ。また明日あしたからはハッピーへいおん平民ライフにもどれるはずだ。うん。フラグじゃないです。

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