第二章 暗闇を塗り替える④

 クラウィスはけにイルミナのしつ室へ向かうが、ノックをしても返事はない。めずらしくどこかへ外出中のようだ。

 とびらの前のに座って待っていると、しばらくしてイルミナがアルフリートと共にもどってきた。

「待たせたかしら?」

「いいえ、来たばかりですよ。何かありましたか?」

「ちょっと国王陛下に呼ばれていただけですわ。さあ入って」

 クラウィスがイルミナのあとに続いて執務室に入ると、彼女はソファに座りもせずにくるりとり返る。

「まずは報告を」

「はい。例の花がかくにんされたのはイルミナさまの住まいに数か所とエリスさまの部屋のみでした」

「わかりましたわ。協力してくれたみなにもお礼を伝えてくださる?」

「もちろんです」

 彼女は一日の大半を自分の執務室で過ごす。ここ最近は領地を治める貴族についての報告書を読んでいるのか、ときどき目をするどくさせていた。

 イルミナはゆっくりとした足取りでクラウィスの目の前まできよめると、ももいろうすくちびるえがく。

「クラウィス。もう一度問いますが、今回の件はあなたの調べによるもので間違いありませんわね?」

「ええ」

 クラウィスもまた口角を上げて答えるが、イルミナはいまなつとくできないのか紫色の瞳を鋭く細めた。

「わたくしにかくし事ができると本気で思っていますの?」

 見た目はれんな少女だというのに、まるでけんじゆつ猛者もさと手合わせをしている気分になり、背筋をぞわぞわときんちようかんがせりあがってくる。ふとクラウィスののうにエリスの姿が思いかんだ。

(同じ紫色の瞳でも、彼女の生意気な感じはしんせんだったな)

 イルミナの顔立ちと比べるとエリスは少し目じりがつり上がっていて、見方によってはひとれしていないねこのようにとらえることができた。それを口に出せばエリスはげんそこねるだろうと思いつつ、クラウィスはかたをすくめる。

「手厳しいですね、イルミナさまは」

じようきようを正しくすべて知っておかなければ気が済みませんの」

 わかっているくせにといわんばかりの圧力にクラウィスがしようしたとき、背後のかべ側にたたずんでいた気配が動く。

「まあまあ、イルミナさま。これはしょうがないと思うよ。あんなに健気けなげに『私があの子の身を案じていたことを言わないで!』とお願いされればね」

 アルフリートがゆったりとした足取りでこちらにやってきた。

「おい、勝手なことを言うな」

 そうにらみつけると、彼は大げさに口元を押さえる。

「おっと。独り言のつもりだったのに」

「そんな大きな声の独り言があってたまるか」

 クラウィスが横目でイルミナを見つめると、彼女は考えるそぶりを見せていたが、心なしか口元からは困ったようなうれしいような複雑な様子がうかがえた。

(まさかエリスさまが、きとめたお礼としてしようたずさえて俺の前に現れるとは)

 その日の夕暮れ時に、エリスは再びクラウィスの前に姿を現した。そして誕生日のお祝いとして運び込まれた花の中に一時的にりよくおさえることができる花が用意され、すべての花をせんじて調合すると毒になるかもしれないと言われた。

 そこでさつきゆうに医師に調べてもらった結果、魔力が豊富な人ほど体に不調をきたす効果が出る可能性が高いことがつい先ほどわかった。

 クラウィスは知識として観賞用の花にさえごく少量の毒がふくまれていることを知っていたが、まさかエリスが『月夜のしんじゆ』だとすぐに判断し、ほかの花についても調合によってはもうどくになることをくとは思ってもいなかった。

(むしろエリスさまが第一発見者でよかった)

 そうでなければ毒物を用意した犯人として真っ先に彼女が疑われていた。

 イルミナはソファに座ると、クラウィスにも対面にこしをかけるよううながしてくる。

「花を持ち込んだ使用人の身元の調べはついていますの?」

「ええ。ですが彼らも別の使用人にここにかざるよう告げられたようで追って調査中です」

「必ずき止めなさい──それと、ベランダのテーブルに細工をした犯人のことも」

 イルミナはいかりをこらえているのかにぎりしめる両手に力を込めた。

 クラウィスがエリスを抱きとめたとき、彼女は花のことを疑問に思ったようだが、自分はテーブルの支柱がもろくなっていたことに注目していた。

 彼女を見送ったあとに調べてみると、くさりやすくなるよう細工されていたけいせきがあった。

「……エリスにはなかったのよね?」

 ふとイルミナがつぶやいた。クラウィスはやさしいこわいろで告げる。

「ええ。彼女のじよにも確認を取っています」

 おそらくエリスはテーブルの細工のことに気づいてはいない。クラウィスは今後も彼女に告げることはないだろう。

 報告を終えたクラウィスがソファに座ると、アルフリートがひじけに寄りかかってきた。

「ねえクラウィス、テーブルに細工して毒の花を仕込んだのはイルミナさまの王位けいしように反対するやつらかな?」

「ああ、おそらくな」

 一部の者しか知らないが、イルミナは幼少期から命を狙われることがあった。王国初の女王になることを期待する人もいれば、それを認めたくない人たちもいる。

 特にアレン派の動きが年々活発化してきたため、クラウィスとイルミナは彼らの動向を注視していた。クラウィスがエリスの教育係けんダンスの相手をしようだくしたのは、彼女とアレン派につながりがないか調べるためでもあった。

 もしも彼女のやみ魔法がきばをむいたら、立ち向かえるのはイルミナだけだ。

(以前、念には念をと、エリスさまにじゆもんさえ唱えさせなければ対処できることを印象付けるためにおどしてしまったが……)

 クラウィスはこのバラシオン家由来の脳筋的思考回路があまり好きではなかった。彼女の引きつった顔を思い出し、やりすぎたことをいまさらながら反省する。

(近づけば近づくほど、彼女はちがった表情を見せる。それはなぜだ?)

 エリスがとう会のしゆうばんでアレンとマリアンヌと出会ったときの反応を見るに、彼女もまた彼らを疑っているりがあった。

 クラウィスはうでを組みながら口を開く。

「例の劇薬ですが、イルミナさまとエリスさまの部屋で見つかったということは、お二人に飲ませようとしたのか、それとも片方が片方に飲ませようとしたのか。そのどちらかですね」

 正直なところ、イルミナがエリスに飲ませてもなんの利点もない。

 イルミナは困ったように肩をすくめる。

「エリスとわたくしの不仲を利用し、エリスがわたくしを殺そうとくわだてたと周囲に思い込ませるためのわな、という可能性が一番高いわね」

 彼女の『』の魔法は猛毒をせつしゆしてもすぐに回復できるほどの力を持つ。おそらく今回は日々の食事に少しずつ混ぜる予定だったのだろう。

 それに国王の病をこうりよするに、退位に向けてきなくさい動きがいくつかある。ここでイルミナがたきりになってしまえば、初期対応がおくれて犯罪が横行し、周囲はその犯人としてエリスを疑っていたはず。

「そうなればアレン派に好き勝手やられてしまいますね」

「それがねらいかもしれませんわ。お父さまは……残念だけど長くはないもの。わたくしとエリスがともだおれをすれば、王位を手にするのはアレンですもの」

 それを聞いたアルフリートは顔をこれでもかとしかめた。

「へえ。悲劇のふたひめに代わって立ち上がった名君とかふいちようされそう。これってだれがエリスさまを裁いたかで王国の方針が変わるよね」

 彼はまれに鋭いてきをする。クラウィスは内心で舌を巻いた。

 アレンにがらうばわれたら、今までのイルミナの努力はすべてなかったことになる。それだけはけたい。

(身分のことしか考えていない奴らに主導権をわたすわけにはいかない)

 そのためにクラウィスは今この場にいるのだから。

 ひざうえに置かれていた両手に無意識のうちに力が入っていたようだ。白いぶくろしにもつめあとがついていることがわかる。

「クラウィス」

 イルミナに名前を呼ばれて顔を上げる。彼女ははかなげな容姿とは裏腹にどんな状況でもぜんとしている。クラウィスもアルフリートも彼女がほんかいげることができるよう忠誠をちかっていた。

「今回はエリスのとつな行動が実を結びましたけれど。あなたの目にあの子はどう映りました?」

 それはクラウィスにとってもっともこくな問いかけだった。困ったようにしようしてからまぶたを閉じる。

(……エリスさまの様子、か)

 クラウィスは心のどこかでエリスは舞踏会を乗り切ることができないと思っていた。ぼうだいな課題を用意したのは彼女のにんたい力をためすためだった。

 それに彼女は人と接することが苦手だ。ダンスでは男性にめんえきがないこともあって最初はできるだけ密着しないようにおどろうとしていた。だからわざと彼女をり回すように課題からダンスの練習に切りえたこともあった。

 人のほんしようゆうがないときに現れる。

 かんだかい声でもう限界と泣きさけぶのか、それともクラウィスに怒りをぶつけてくるのか。

 だが、どちらの予想も裏切る努力をエリスは見せた。

 引きこもっているときに本を相当読んでいたようで、課題でちがえたところは二度間違えなかったし、復習と予習もしっかりとこなしていた。ダンスに至っては最終的にどこに出してもずかしくない仕上がりになった。

「一か月ほど彼女と共に過ごしてみて、上の年代の方々が言っていることがあてにならないことがわかりました」

 エリスは王族としておとっているわけではない。周りにいた大人たちが闇属性ということだけで彼女をおそれ、才能をばそうとしなかっただけだった。もともと探求心の強い彼女にとってなつとくできない仕打ちであり、周囲から確かな反応をもらうためにはんこう的な態度を取るようになってしまったのだろう。

「俺は今のエリスさまならイルミナさまのお役に立てると判断します」

「……そう。それはよかったわ」

 イルミナはほっとしたように目を細める。

 王族であるエリスの闇属性は他国からも注目を浴びる存在だ。危険なほうが多いことから敬遠されがちだが、彼女が王国にいるかぎり他国は下手へたに手出しすることはできない。同時に国内の敵対勢力へのけんせいにもなる、とイルミナは考えていた。

 現在のレストレア王国の貴族たちは先祖からけいしようした身分に物を言わせる者が多い。

 特に問題なのはマリアンヌだ。おうのユーリスが故郷でりようよう中であることから、彼女は社交界で好き勝手にい、派手でぜいたくな生活を楽しんでいる。

 イルミナは自分だけではづなにぎり切れないと判断し、彼らをよくするために成人をむかえる今こそ牽制の役割を果たしてもらおうとエリスに舞踏会への参加を命じた。

(まさかエリスさまのほうから舞踏会に参加したいと告げられたときはおどろいたが)

 彼女はイルミナの期待以上の動きをしてくれ、あの舞踏会で貴族たちのエリスに対する評価が確かに変わった。

(それは俺にも言える)

 クラウィスはふと、十五歳で見習いを卒業してから初めての夜会の警護中に、エリスに話しかけたことを思い出した。

 彼女は一人ぼっちでかべぎわに立っていた。一方でイルミナは人々に囲まれて妹のことをするように周囲を盛り上げていた。

(だから俺はエリスさまに声をかけた。イルミナさまにたよりっぱなしでいいのですか、と)

 すると彼女はにごったで『頼りっぱなし? なんのことかしら。イルミナが勝手にやっているだけでしょう』と言った。

 それから数日後。彼女は王族としての責務をほうするように人目を避けて引きこもるようになり、王族という立場からげ出したことにクラウィスは心の底からがっかりした。

 だからこそエリスに対し、昔からよくない印象をいだいていたが。

 クラウィスは真っすぐに視線をイルミナに向ける。

「どうしてエリスさまは人目を避けるようになってしまったのか、今度こそ教えていただけますか」

 約六年前、エリスが引きこもった直後にイルミナと会話をわしたときも同じ質問をした。でも彼女は悲しそうに目をせて答えをはぐらかした。

(本当はエリスさまの口から直接聞きたかったが……)

 クラウィスがこんがんするように目に力を入れると、イルミナは何かをためらうように目を伏せたあと、おもむろに口を開く。

「ごめんなさい。実はわたくしもしようさいまでは知りませんの」

「そう、なのですか」

「ええ。ただきっかけとなった事件があったことは間違いありませんわ」

 事件、と聞いてまゆを寄せる。そんな話は聞いたことがない。クラウィスが顔色を変えると、アルフリートもまた姿勢を正した。

 彼女はまつ毛を伏せて語り出す。

「その事件が起きたのはわたくしたちが十歳のころ。その日は近しい年代のれいじようたちと交流するために王宮の庭園でお茶会が開かれましたわ。でも、わたくしは用事が入って、遅れて参加することになりましたの」

 ここで一度言葉がれた。イルミナは当時の光景を思い出しているのか苦々しい表情をかべる。

「わたくしがけつけたときには、なみだする令嬢たちの姿と、体中から黒いもやのようなりよくをにじませるエリスの姿がありましたわ。じようきようを聞いたところ、令嬢たちはエリスのよそおいを否定したようで……当時のあの子は派手なドレスばかり着ていましたから。それでエリスはからかわれたことに逆上して『かい』のやみ魔法を使っておどしたようなの」

 クラウィスは身をこおりつかせる。

(エリスさまが、人に向けて魔法を使った?)

 レストレア王国では人を守ることに魔法を使うことが美徳とされている。王族がそれに反することをすれば大問題だ。

 クラウィスの耳にも入っていない情報ということはかんこうれいがしかれている。

「令嬢の言い分は?」

いやみとして受け取られてしまった、の一点張りでしたわ。それ以上のついきゆうは陛下が許さなかったから。わたくしはエリスからたった一言でもいいから真実の言葉を聞きたくて何度も問いかけました。でもあの子は何も答えてくれなくて……」

 イルミナは膝上に置かれた両手をぎゅっと握りめる。

「あなたたちには信じがたいかもしれませんが、わたくしはあの子が感情任せに魔法を使うはずがないと思っていますの。一番近くで魔力のせいぎよを必死に身につけようとする姿を見てきたから」

 彼女は弱々しく微笑ほほえむ。だんは誰にもすきを見せないよう振る舞っているが、まだ大人になり切れない部分がかいえた。

「それにこの事件には裏があるはずよ。だってお茶会のしゆさいしやはマリアンヌ・ウィリア・アインハウアーだもの」

 クラウィスは息をみ、ややあってからあごに手をえる。

「そういえばアレン派が本格的に盛り上がりを見せたのはこの頃でしたね」

「ええ、彼女はわたくしよりも先にさわぎを聞きつけてあの場に現れましたの。エリスが魔法を使ったしゆんかんは見ていなくても事件があったことは知っている。だから国王陛下にだまっているかわりにアレンのことを気にかけるよう取引したかもしれないわ」

 彼女は息子むすこを王にするためにかげあんやくしているという黒いうわさが絶えなかった。一説によると、きさきのユーリスを王宮から故郷に追いやったのも彼女だという。

(だがマリアンヌさまが国王陛下と取引したというしようがない)

 あくまでイルミナの推測に過ぎないのだ。きっと彼女は真実を確かめようと行動したのだろうが、当時の彼女はまだ十歳で、大人たちとやり合う力はなかった。

 それにクラウィスはエリスのことを快く思っていなかった。だから打ち明ける機会をうかがっていたのだろう。

 クラウィスは日差しを浴びた海のようなひとみえる。

「では俺が真実をき止めます」

 未来の王に仕える側近として、彼女のうれいは晴らしたい。それにエリスのとつぴようもない行動の背景に何があるのか。気になって仕方ない。

 おそらくエリスは変わり始めている。自らとう会への参加を表明したのがその第一歩なのだろう。

 イルミナはクラウィスのかくを受け取ったのか、じよじよに不敵なみとなる。

「やるからにはマリアンヌ叔母おばさまを出しきなさい」

おおせのままに」

 クラウィスがその場でかしずくと、イルミナは気が少し抜けたのか、めずらしく「ふふ」と笑い声をあげる。

「でも珍しいこともあるのね。あなたがわたくしの命令以外でエリスのことを気にかけるようになるなんて」

「……え?」

「それとも昔の立場を思い出してしまった?」

「イルミナさま。それ以上のせんさくはよしてください」

 クラウィスにとって大切なのはだ。片手で口元を押さえると、真横から視線を感じた。にらむように視線を向けると、アルフリートが「あら~」とにやにやしていたのでひじいた。

「二人とも、ほどほどにしなさい」

 イルミナはあきれ声を出すが、その顔色は青白くなっていた。クラウィスは立ち上がって声をかける。

「もうお休みになったほうがいいのでは?」

よ。まっている資料に目を通さないと……」

「イルミナさまに元気でいてもらわないとこの状況を打破することはできないと思うな」

 アルフリートは相変わらず軽快な口調だが、彼の主人へのづかいは伝わった。ややあって、イルミナはうなずく。

「わかったわ。じよに朝はいつも通りの時間に起こしていいとだけ伝えておいて」

 そういってイルミナは自室に向かう。彼女もまた努力家だった。クラウィスはふと、意外とふたらしいところはあるんだなと思う。

「そうだわ。クラウィス、ひとつだけお願いしてもいいかしら」

 イルミナはり返ると、持っていた資料をクラウィスにたくした。

「引き続きあの子の周囲のけいかいをしつつ、この役人のことを調べてくださる? 彼の羽振りの良さが気になるの」

 そこに書かれていた名前を見て、クラウィスは眉をひそめる。資料にはその人物がアレン派の知り合いを増やしているという情報が書かれていた。

 クラウィスはイルミナにこうべを垂れ、りよう的なするどさをあらわにした。



  ◆ ◆ ◆


続きは本編でお楽しみください。

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