1 第三迷宮高等専門学校(7)
学生がダンジョン内に滞在できる時間は決められていた。
朝は始校時刻が八時で、夕方の終校時刻が十八時である。事前許可なく八時以前にダンジョンゲートを通過することができず、退出が遅れるとペナルティーがある。
朝早くから一日中鍛錬するのも疲れるので、朝はのんびり登校し午前中はジョギング
や体力作りに当てる。
午後からは各種武器を借り、サンドバック相手に打ち込みの練習などを行うようにした。
朝が遅かった分、帰りはギリギリまで鍛錬して帰ることにした。
ダンジョン外施設にも図書室や職員室などさまざまな学校施設があるが、こちらも学生は十八時までである。
バスに乗り込むと、後方に空きがあったので座ることができた。
「す、すみません乗ります!」
ドアが閉まりかけた時、外から声がかかり運転手はドアを開けた。
「すみません、ありがとうございます」
礼を言いながら乗り込んできたのは、昨日の医薬科の女子だった。
「やっぱり医薬科にコース変更とか、ないよな」
進級のために必死で勉強はしたが、俺は身体を動かす方が好きなたちだ。休日や長期休日まで勉強とか、短期だからできたのだ。それが年間を通してというのは無理な話だった。
バスに揺られながら、母親から帰省についてのメールが来ていたので返事を打っていると、自分が降りるバス停のアナウンスがあった。
降車ボタンを押そうと顔を上げると、ピンポンと音が鳴り、『次止まります』の表示が点灯した。
降りようと立ち上がると、医薬科の女子が先に降りていった。
「同じバス停……ってあ、夕食コンビニで買って帰らないと」
降りた途端目に入ったコンビニに、明日の朝食分も買わないといけないなと思いながら足を向けた。
翌日の日曜日は少し早めに鍛錬を終え、駅前のスーパーまで買い物に行くことにした。流石に毎日コンビニでは高くつくのだ。
「駅前に百円ショップあったよな。鍋かフライパンくらい買ってこよう」
自炊といっても鍋一つでは袋麺くらいしか調理できないだろう。割り箸より普通の端の方がいいが、洗剤とスポンジも必要になるな、などと買い物リストを思い浮かべながら駅に向かって歩く。
「洗い物すると食器カゴもいるよな。結構買うものがいっぱいあるかも」
財布の中身が寂しくなるので、帰省した時ばあちゃんにお小遣い強請ろうか、なんてことも企んでいた。
駅近くにはスーパーやホームセンターなんかも揃っており、安いものを探し回ったことで、結構な時間を費やしていた。
「百均でも鍋売ってるんだ、百円じゃなかったけど」
結局百円ショップで鍋に包丁まな板と、キッチン用品コーナーで次々にカゴに投入し購入した。
スーパーでは食材と言いながら5パック入り袋麺二種類と、野菜はキャベツしか購入しなかった。
駅方面のバス停はいつものバス停より距離が離れていた。両手の荷物を抱え直し前を向くと、前を同じ方向に向かってとぼとぼ歩く女性に目を止めた。
「あれって、バスで見かけた女子だよな。あ、俯いて歩いていると前から……」
酔っ払っているのか足元の怪しい二人連れが、ふらふらと彼女の方へ向かっていく。
「ってーなあ、どこ見て歩いてんだよ」
「す、すいません」
よろけたふりをしてぶつかった。というかどう見ても二人連れの男は避けられたのにわざとぶつかった感じがする。
「あやまって済むならケーサツはいらねえんだよ」
「あー、肩が外れたかも、いてーなあ」
今時そんな昭和ドラマなセリフ吐くチンピラとかいるんだなと、そこに驚く。
「す、すいませんすいません」
「申し訳ないと思うんなら、ちょっと一杯付き合えよ」
嫌がる女の子の手を掴む酔っ払い。
「私服を着ていても高校生ってわかると思うんだけど。未成年に飲酒進めるのは犯罪だし、怪我したんなら病院行くか救急車呼べよ」
独り言のつもりだったが、チンピラには聞こえたらしい。
「何だ、てめえ」
「通りすがりの高校生です。あ消防ですか? 肩が外れたっていう怪我人がいるので救急車をお願いします」
右手に持ったスマホを耳に当ててながら、視線は酔っ払い男にむけたまま。進級ギリギリだったといっても素人ではない。身体能力は上がっているので酔っ払いくらいはあしらえるだろうと、いつでも対応できるよう注意は怠らなかった。
「お、おい。不味いぞ」
「くそ、覚えてろ!」
二人はそそくさと走り去っていく。
「何だか捨て台詞まで昭和くさいな。テンプレ通り越してレトロな感じがするよ」
そんな感想を呟くと女子が頭を下げてきた。
「あ、ありがとうございます」
そう言って深く下げた頭を起こした女の子の目元は、泣いた後の様で腫れていた。
「救急車、断らないと……」
心配げにいう彼女に待ち受け画面のままのスマホを見せる。実はかけてないという古典的な手法である。
少し驚いた顔をするもすぐに改まり。
「あの、探索者コースの人ですよね?」
小首を傾げ問う仕草は自然なもので、ひながおねだりの時の仕草とはダンチだ、なんてことを考える。
「君ははサポートコース?」
「はい、サポートコース医薬科治療師専攻の新井志乃です。助けてくださってありがとうございました」
まだ赤みの残る目を俺に向けてくる。
「俺は探索者コースの「知ってます。鹿納くんですよね。前年度最終試験でダンジョン学トップだった」あー、そう。俺面識あったっけ?」
こんな可愛い子の知り合いはいないはず、というかそもそも他コースに知り合いはいなかった。
「一方的です。あの試験私がトップだと思ってたのに、結果は二位だったのでトップがどんな人かなって、あ、ごめんなさい」
最終試験を必死に勉強したが、偏差値段違いの治療師専攻の子に、ダンジョン学だけとはいえ勝ったのだ。総合では全く勝ててないけどな、と心の中でゴチる。
「こんな時間だし、あーゆーの他にもいるだろうから家の近くまで送るけど?」
迷高専の女子寮はこっちじゃないから、俺と同じくどこかの賃貸しに入っているんだろうと考えた。
「この先のメルヴェーユ春花第二ってアパートなんです」
「俺と一緒?」
同じバス停で降りたのは、同じアパートだったからだ。
「え、そうなんですか?」
「うん、俺106号室」
「あ、私203号室です」
学生に斡旋するアパートだから他にも生徒がいるのは知ってた。俺がちょうど入れたのも卒業生が出たので空きがあったからだ。
「ご近所さんでしたか」
アパートの住人と一切接触がなかったというか、どんな人が住んでるかとか興味なかったし、学生寮代わりなので引っ越しの挨拶もしていなかった。
向かう方向が同じなので、連れ立って歩く。
だが彼女いない歴=年齢なので家族と親戚、ご近所さん以外の女性と話す機会は全くない。それでも俯き加減な彼女を元気つけようと話を振ってみた。
「そういえばさ、メルヴェーユってフランス語で素晴らしいって意味らしいけど、あのアパートの建物、初めて見た時『どこがっ』ってツッコミを入れたくなったよ」
「ふふ、でも家具家電付き光熱費込みであの価格ですから、文句はいえません」
少し笑顔を見せた彼女に聞かせる話はないかと考え、アパートまでのそう長くない距離を、妹のひなの失敗談を話すことにした。
「送ってくれてありがとう」
「いや、同じ方向だし」
「そうですね、それじゃあさようなら」
「さよなら」
彼女は階段を登っていき、俺は一階の自室の鍵を開けた。真っ暗な部屋に入って荷物を下ろすと、大きく息を吐いた。
「なんか緊張した」
自主鍛錬とは違った疲れを、この短時間で感じた。
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試し読みは以上です。
続きは2022年1月28日(金)発売
『学校に内緒でダンジョンマスターになりました。』
でお楽しみください!
※本ページ内の文章は制作中のものです。実際の商品と一部異なる場合があります。
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