2章 出会い①


 かの『お友達大作戦』からあっという間に月日は流れ、気が付けば半年もっていた。初めは王子の頭の良さや甘いぼうほんろうされていたが、半年も経てば慣れが出るようで、今ではきんちょうすることなく会話ができるまで成長した。

 ここまで仲良くなれたのは、あの日思いきって『お友達大作戦』を決行したからだし、想像するよりずっと王子があまえんぼうだったためである。前世の弟の幼い頃を思い出して心がほっこりしたのはここだけの秘密だ。

 王子と仲良くなれた今、次の段階に進む時が来た。ずっと気になっていた、王子の側近についてである。


 ダークブルーのかみに赤黒いひとみを持つ眼鏡の美少年。名はシュヴァルツ・リーツィオ。王子とはまたちがった美貌の人物で、無表情でもくな彼は王子のゆいいつの側近である。いつもかげのように王子にい、必要以上に私たちにせっしょくしてくることはなく、その存在はなぞに包まれている。

 にんじゃかと思うくらい気配を消すことが上手うまくて、時々彼の存在を忘れてしまうほどだ。主である王子と話しているところすら見たことがないので、私はひそかに彼をけいかいしていた。もしかしたら、おうたいの命令で王子を見張っているのかもしれない、というのが私の予想。

 王宮では王子と仲良くなると王太子のぼうがいが入ると聞くから、王子とシュヴァルツの不仲は可能性として一番ありそうだった。

「ベル? ぼーっとしてどうしたの?」

 考えごとに夢中になっていたせいか、王子が顔をのぞき込んだのに反応がおくれた。おどろいて身を引くと、王子は不満そうにほおふくらませる。

「俺といっしょにいるんだから、ちゃんと俺を見てよ」

「すみません、実は昨日よくねむれていなくて……」

 とっに出た言い訳に、王子はきょとんとしてから心配そうにまゆじりを下げた。

だいじょう? 具合悪いの?」

「大丈夫です。つきが悪かっただけですから」

「ならいいけど……」

 それ以上聞くことをやめた王子は手元のカードに視線をもどす。

 王子がより楽しく遊べるようにこうさくした結果、トランプを職人さんに作ってもらうことになった。硬いプラスチックのような素材にはなやかな絵がおどるようにえがかれている。

 トランプなんて一通り遊べばきてしまうと思っていたが、王子は我が家をおとずれたら一回は必ずトランプをしたがった。「俺とベルだけのゲームだもんね」とうれしそうに言った王子を無下にすることなんてできず、私はいつも負けて終わる。

 今日も今日とて王道のババきをしているが、私はここ最近、王子の側近をどうさぐろうかなやんでいるため気持ちが入らない。もっと情報がしいと思ったところで、王子と目が合う。王子は不思議そうに首をかしげたが、私はひらめくものを感じた。

「あの、殿でんうかがいたいことがあるのですが」

「え? なに、どうしたの?」

「殿下の、側近の方のことです」

「シュヴァルツのことかな。シュヴァルツがどうかした?」

 どう切り出そうか思案したのはいっしゅんで、しはやめようとすぐに王子をまっすぐ見つめた。

「その、あまり殿下とお話しにならないので、どんな方なのだろうと思って」

「まさか、シュヴァルツが気になってるの?」

「違います!」

 けんのあるこわいろに驚いてあわてて否定した。

「ただ、主である殿下との関わりがあまりにもはくな気がして……」

 歯切れの悪い私を、王子はじっと見る。真顔でこちらを見るものだから、おこらせたかとあせにじんだ。

「……申し訳ありません、差し出がましいですよね」

 言葉をちがえたかと謝ると、王子はふるふると首を横にった。そして、私を安心させるかのように自然な仕草で私の頰にれた。以前だったら委縮していたこのきょかんも、半年経った今ではかんなく受け入れられる。

「なんで? シュヴァルツと上手くいっていないと思って、俺のこと心配してくれたんでしょ?」

 ベルが俺のことを考えてくれたのが嬉しい、とはにかんだ王子に年相応の幼さを感じて、胸が切なくなった。シュヴァルツがどんな人物であろうと、私は王子の味方だ。

 本格的にシュヴァルツの対策を始めようとひっそり心に決めた。

【画像】

 天気のい昼下がり、ニコニコと微笑ほほえみながらも目は全く笑っていない王子に、私はとんでもないミスをおかしたのではないかと内心気が気じゃない。

 ゆったりとほおづえをついた王子が目の前の少年をにらみつけた。

「どうしてここにシュヴァルツがいるのかなぁ?」

 いつもであればこの空間にはいないはずの人物が、ごこわるそうに身じろぎする。私は慌てて身を乗り出し名乗り出た。

「あの、私が呼びました!」

 小さく挙手すると王子は私をするどく睨む。いつもはやさしく微笑んでくれるその瞳に睨まれるなど心臓に悪すぎる。

 かくするようなとげとげしい声色で、王子は私をめた。

「ここは俺とベルの秘密基地じゃなかったの?」

「そ、それはそうなのですが……」

「ベルティーア様、せっかくのおさそいですが私はえんりょしておきます」

 いつもなら、いるはずのない人物──王子の側近であるシュヴァルツは感情の分からない無表情のまま、立ち上がった。ここに来て、初めて彼の声を聞いたかもしれない。

 シュヴァルツを探るためにはどうしても彼の人となりを理解するしかないのだが、どう見ても聞いたところでなおに応じてくれそうな感じではない。

 きずなを深めるなら一緒に過ごすのが一番だという安直な考えのもと、こうしてシュヴァルツを招いたが、やはりごういんすぎたかもしれない。

 王子が席を外した一瞬のすきをついて外にひかえていたシュヴァルツをダメ元で誘ってみたら、意外にもゲームに参加してくれることになったのだ。誘った手前、今さら追い出すことなどできないのだが……あくしゅだったとこうかいするしかない。王子はシュヴァルツを見て不満をおさえきれないようで、口をとがらせてねたようにそっぽを向く。

「別に、いなくなれって意味じゃないし」

「じゃあ、睨むのはやめてくれませんかね」

 王子がぶっきらぼうにそう告げると、シュヴァルツは困ったように笑ってかたすくめた。側近であるにもかかわらずシュヴァルツは王子とかなりくだけた話し方をしている。思ったよりも仲が悪いわけではなさそうだ。

 口もきたくないレベルの仲の悪さを想像していただけにひょうけする。

 もしかして、私が一人でかんちがいしてな気を利かせているだけ……? なにそれ、めちゃくちゃずかしい。

 視線を泳がせながらも、せっかくだしと気持ちをえるようにせきばらいをする。

「ええっと、ここは王道のババ抜きで……」

「だいたい、ベルが悪いんだよ」

 立ち去ろうとしたシュヴァルツを無理やり座らせた王子が、げんそうに私を睨んだ。王子のいかりのほこさきがいきなりこちらに向くので驚いて肩をらす。

【画像】

 余計な世話を焼いた自覚があるだけに何も言い返すことができずしどろもどろだ。そんな私を見た王子は不機嫌オーラをかくしもせずにっこり笑った。がおあつするの、本当にやめてくれませんかね。こわいから。

「俺がこの場所を気に入ってるの、ベルは知ってるはずだよね? 俺とベルだけの秘密の場所だって言ったのはベルだよ。俺を裏切るの?」

「え、ここってお二人の愛の巣的なあれですか」

「そういう意味じゃありません」

 シュヴァルツが大変な誤解をしているようなので、かんはつ入れずに私は口をはさんだ。

 それに対して王子がますますげんそこねる。

「あまりかんげいされていないようですし、私はいつもの場所で待機していますね」

 そう言ったシュヴァルツは再び立ち上がって私たちに背を向けた。

 私が誘ったため、はいそうですかと言うわけにもいかず、あわあわとまどった声を上げることしかできない。

 助けを求めるように王子を見ると、どうだにしなかったきんぱつがふわりと揺れた。自分でいた種のくせに最後は王子にたよるなど情けなさすぎる。

「シュヴァルツ」

 シュヴァルツにとってやっぱり王子は主なわけで。王子が名前を呼べばピタリと歩くのを止めた。主の話に耳をかたむけるようにくるりと体を反転させ王子と向き合う。

「俺たちの秘密基地を知ってしまったのは仕方のないことだ。お前の意思じゃないしな」

 ちらりと王子に横目で見られて思わず縮こまった。

「それに俺はお前には怒っていない。俺は、ベルに、怒っているんだ」

 私のけいそつな態度が王子のしゃくさわったようで、小さくなってうなれる。そんなに怒る必要ある? と首を傾げたいところではあるけれど。言ったが最後、王子の機嫌が最底辺を行くのは目に見えている。

「私が、軽率でした。ごめんなさい」

「何が悪かったか分かってる?」

「ええっと……シュヴァルツ様に秘密基地を教えたことですかね?」

 首を傾げながらそう答えるも、王子の機嫌は良くならない。

「……シュヴァルツ様って名前呼びなのもむかつく」

 機嫌の直らない王子を困った顔で見つめていたら、王子がふと目をそらして下を向く。れいな髪を軽くきながら机にした。

「ごめん……シュヴァルツもベルも悪くない。俺が勝手にしっしてるだけ」

 小さな声で、本当にか細い声で王子が言った。

 嫉妬? え、嫉妬してるの?

 王子は言いにくそうにこちらをうかがいながらそっとつぶやいた。

「だってベルは……俺の、親友、なんだろ……?」

 そう言って赤くなった顔を隠すように自分のうでうずめた。王子の言葉は少し遠くにいたシュヴァルツにもばっちり聞こえていたようで、眼鏡の奥の瞳がきょうがくの色をかべている。

「ディラン様、一体なにがあったんです? 貴方あなたらしくもない」

「っ、うるさいなあ」

 王子は顔を赤くしたまま悪態をつく。私はもうなんかいろいろとたまらなくなって、思い切り机から身を乗り出し大声で宣言した。自分の勘違いなんか頭の中からはすっとんでいて、王子が可愛かわいいとしか思わなかった。

「そうですよね! 私たち、親友、ですからね!」

 私が思い切り微笑むと、王子は照れくさそうにそっぽを向きながらも小さくうなずいた。

 そんな私たちのやり取りをぼうかんしていたシュヴァルツは、無言でに座った。

「……では、ディラン様の寛大なお心に甘えて、今日だけご一緒させてもらいます」

 無表情のまま、シュヴァルツは王子を見る。

「ディラン様、ご安心ください、明日にはお二人の愛の巣に戻っていますから大丈夫です」

「愛の巣じゃありません!」

 そくとうした私を無視して今度は王子が口を開く。

「へぇ、愛の巣か。いいこと言うね。ねぇベルはどんな家が欲しい? 俺はゆったりしたところでベルと住みたいなぁ」

 いつもの調子を取り戻した王子にほっとしながらも、頰杖をつきながらうっとりと笑う様子にただならないものを感じて内心ぶるいした。目が、なんか目が怖い。

「私たちは親友なのでは?」

「うん。親友でありこんやくしゃでしょ? 好きな人と一緒に暮らせる俺は本当に幸運だよね」

 王子の言う「好き」に、友愛の意味しかふくまれていないことはわかっている。

 ヒロインが現れるまでの代役としては大変満足な解答だけれど、婚約やらけっこんやらの話はれんあいてきな意味で好きな人とするものだと思っていたので、まるで当然のことのように語る王子に少々違和感があった。

「あ、クリルヴェル領はどうですか? 王都の外れですが、自然が豊かでいいところですよ」

「うーん、確かにあそこはいいところだけど王都から遠いしね。仕事できないよ」

「あの、そろそろトランプしませんか?」

 未来という私にとっては不確定すぎる話題を振り切るように会話をさえぎると、二人の視線が私に向けられた。

「ベルはどこがいい?」

「まだ先の話ですから、よく分かりませんよ」

 そっか残念、と微笑んだ王子は、だが食い下がるように言葉を重ねた。

「でもいつか一緒に住むことになるんだから、考えておくんだよ?」

「はい。分かりました」

「ベルは俺と結婚するんだから」

「本当に好きになった方と結婚された方がよろしいのでは?」

 思わずそういてみれば、王子は驚いたように目を見開いた。

「俺はベルのことが好きだよ?」

「いや、そうではなく……」

「無駄ですよ。ディラン様は愛だとかこいだとかそういう感情を理解できないですし、そもそも貴族の婚姻に純愛など求められていません。考えるだけ無駄というものです」

 シュヴァルツは興味なさげに机の上に放置されたトランプをいじりながら口を開いた。その表情がじゃっかん暗く見えるのは気のせいだろうか。

 シュヴァルツとは対照的に王子は不自然なほどみをくずさず、シュヴァルツの言葉を否定もこうていもしなかった。

 これ以上この話をげる必要もないので、私はようやくといったおもちでトランプを手に取った。


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