始 真丘家の男の宿命

始 真丘家の男の宿命

「お前は運命の女性を見つけるんだ……」

 叔父さんは十八歳の誕生日に死んだ。

 死因は、見ず知らずの女性ストーカーに刺されたこと。

 辞世の句は、

「童貞捨てたかった」

 だった。


 俺ことおかりくが覚えている最古の受難は、四歳の時だった。

「ねえ、りくくん、わたしのことすき?」

 長い髪の女の子。近所に住んでいて保育園も一緒。優しくて可愛かわいくてふわふわしているお姉さん風で、俺に質問しながらハサミを突きつけてきた。先生が、ただならぬ雰囲気に気づいてくれて助かった。

 八歳の時は、バレンタインデーに手作りチョコをもらった。髪の毛と爪が入っていた。送り主は隣のクラスの女の子。黒魔術に傾倒していた。自宅には、首が切られた鶏と、ぼうせいの中心に配置された俺の盗撮写真があったらしい。

 十五歳、電車で痴漢のえんざいをかけられる。一緒にいた友人のおかげで事なきを得るが、冤罪をかけた女性いわく、「一生、私を忘れないようにしたかった」とのこと。俺に何かつながりでもあるかと思えば、その日、俺を見て一目ぼれしたらしい。

 そして、今日は四月三日。俺の十七歳の誕生日。

 女性という人類の半分を占める生命体に恐れを抱くしかない人生も十七年だが、誕生日とくればめでたい──わけがなかった。

「はぁっぴばぁすでぇ~」

 読経のようなバースデーソング。十七本、ろうそくが立ったケーキ。鼻水を流しながらろうそくを吹き消す俺と、通夜のような重々しい顔の母さんとじいちゃん。

「陸がもう十七歳なんて……うぅ」

「お、おさん。ほら、ケーキ切りましょ。何はともあれ、十七年間無事に育ったんだから」

 無事と言えるだろうか?

 先週、俺の子を妊娠したという女性に出会ったのですが、残念ながら清い体です。ええ、残念ながら。

 悲しみにくれつつも、母さんはケーキを切り分ける。不器用な人だけど、普通一番大きいケーキを息子にやるもんでしょう。なんで自分が一番大きいケーキを取ってるのかな。本当にちゃっかりしている。

「母さんにじいちゃん、ケーキ食べよ……。わぁい、俺の好きなメロンだー」

 俺はカラ元気を振りまきつつ、なぜかしょっぱいメロンケーキをほおる。

 そんな中、呼び鈴が鳴るとともに、どたどたと誰かが入ってくる音がした。俺らがいる居間にやってきたのは、すらりとしたたい、甘い顔立ち、けれどどこかあいきようがあるこいつは、控え目に言ってイケメンと呼ばれる。色素の薄い髪をふわりとさせて、長い手を大きく上げた。

「誕生日おめでとう!」

 パーンと、爆発音とともに、紙吹雪とリボンが舞い散る。葬式めいた誕生日がほんの少し明るくなった。

「ユキ! めっちゃケーキにかかってる」

 俺は紙吹雪が積もったケーキを掲げ、クリームがついたリボンをつまむ。

「わっ、ごめん! あっ、おばさん、おじいちゃんこんにちは!」

「ふふふ、相変わらず元気ねえ、ユキくん」

「前よりもカッコよくなったのう」

 慣れた様子で母さんとじいちゃんはユキを迎える。

 ユキは俺とおさなじみで、小中高一緒の腐れ縁だ。

「ほい。誕生日プレゼント! 全然、めでたくなさそうだけど、ないよりましだろ?」

 ぽいっと投げられる紙袋を受け取る俺。

「開けるね」

「どうぞ」

 妙にドヤッとした表情を見せるユキ。

 紙袋の中には懐中電灯が入っていた。

「なんで懐中電灯?」

 俺だけでなく、母さんとじいちゃんも不思議そうにのぞき込む。

「これはこう使うんだ」

 にこにこ笑いつつ、ユキは懐中電灯のスイッチをカチャカチャ動かす。強烈な光とともに、バチッと電流が走った。

「光だけでもひるませられるけど、だめだったらここのスイッチ切り替えてスタンさせる。もちろん、電池の消費が激しいから気を付けてね」

「いやいやいや」

 誕生日プレゼントに懐中電灯型スタンガン。ユキは幼馴染だけあって、俺の引き寄せ体質を熟知している。ユキに何度、痴漢のえんざいやストーカー被害から助けられただろう。

「ユキくんがいると心強いわ」

「そうだなあ、剣道も空手もどちらも強いからなあ」

りくもそのくらい強ければいいんだけどねえ」

 母さんとじいちゃんは、俺を見て大きなため息をつく。

「あー、もううるさいなあ! ほら、ユキも食うだろ、ケーキ」

「食べる! いただきまーす」

 丸いケーキは四等分されていたのでちょうどよかった。たぶん、残ったら母さんが食べただろうけど。

 俺は、物騒な誕生日プレゼントを横に置くと、またフォークを手にした。

 ユキのおかげで少し気持ちは明るくなったものの、俺の中のカウントダウンは止まらない。

 俺は今日で十七歳。おか家の男子は十八までに運命の女性に出会わなくてはいけない。でなければ──。

 十八歳で必ず死ぬ。

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