Track 2:スタンドアップ!シスター(1)
「
「そうなあ……」
「そっかあ。私、歌詞書けないんだよね……どうしよう?」
「……おれも書けないけど」
何かを期待するみたいに身体を斜めに傾けてこちらに問いかけてくる市川を横目で見ながら、平静を装うおれの心臓はバクバクと脈打っていた。
歌詞がどうとか、ぶっちゃけそんなことは問題じゃない。
だってこの状況、やばいだろ。
ミュージシャンとして、という前提はあるが、3年近く憧れている相手との下校イベントが突発的に発生してるんだから。
「こういう時、どうすればいいんだ……」
「ね、どうしようね?」
隣で思案顔をしている市川は、歌詞の話でおれが悩んでいると思っているらしい。まあ、そりゃそうですよね。
学校から最寄駅である
「あの、市川、ちょっとコンビニ寄っても良いか? 暑いからアイス買いたい」
「へ? いいけど、今日そんなに暑いかな? あれ、小沼くん、すごい汗かいてるね?」
え、暑くないの? もしかしておれだけ……?
自動ドアを開けて、弱冷房の店内へと入った。
「ねえ、歌詞、試しに小沼くんが書いてみるっていうのはどうかな?」
「無理」
「うわあ、即答だ……!」
amaneの曲は作詞もamaneがしていたわけだから、本当は市川にだって歌詞を書く能力自体はあるはずだ。でも、市川が音楽を出来なくなった理由をかんがみたら、むしろ曲よりも歌詞の方が書けなさそうなのも納得がいく。
「んー、困ったなあ……」
また頭をひねり始めた市川と平型の冷凍庫の前に立つ。
さて、どのアイスにしようか……。歌詞のことも大事だが、100円の使い道は死活問題だ。このアイスでおれは火照った頭やら身体やらを冷まさないといけない。
うーんうーんと、ふたり別々のことを悩んでいると、
「あれ、あまねさ……市川さん?」
後ろから声がした。
振り返ると、コンビニの制服を着ている茶髪でパーマがかったショートボブの女子が、目を丸くして立っている。
その胸元の名札には『
「はい、市川です、けど……? えっと、私たちどこかで……?」
「あ、ごめんいきなり声かけちゃって! あたしのこと知らないよね。あたしは
どうやらコンビニ店員の吾妻さんはうちの生徒らしい。
「ど、どうも……?」
だとしてなんで私のことを知ってるんだろう? という顔で首をかしげ続けている市川に、
「ほ、ほら、この間のロック部のライブ観に行ってたから一方的に知ってるっていうか!」
なぜか言い訳がましく吾妻は説明する。
「ああ、そういうことか! 観てくれてありがとう!」
「ううん、こちらこそ……!」
まあ実際、ロック部のライブに行っていなくても市川のことを知っていた可能性は高い。
市川は入学式で入学生代表のスピーチとかもやっていたし、その時に上級生も含めて、とんでもない美少女がいると話題になっているみたいだった。amaneが同じ高校に入学していることをおれが認識したのもそのタイミングだ。
「で、そちらの男子は?」
「ああ……2年6組の小沼です」
「小沼君、よろしくね。っていうかさ、」
吾妻はそこから少し声をひそめて、片眉を吊り上げた。
「……二人って付き合ってたりしないよね?」
「へっ!? そ、そんなことはないけど……! どうして?」
その市川の反応を見て吾妻はやけに安心したように笑う。
「だよね、ごめんごめん、冗談」
胸の前で手を振ってから、もう一度声をひそめる吾妻。
「ところで、さっき歌詞がどうとか聞こえたんだけど……?」
「うっ……」
「そ、それは……そう! お菓子を買おうかって……」
「本当……?」
言葉を詰まらせた市川におれが被せてごまかそうとすると怪訝そうに目を細められてしまう。
その時、コンビニの制服を着たおじさんが通りかかり、吾妻の後ろでこほんと咳払いをした。
「あ、やば、店長……! ごめん、あんま話してると怒られちゃうから行くね。ごゆっくり!」
吾妻は舌をぺろっと出してバツの悪そうな顔をしたあと、手を振りながら業務に戻っていく。コンビニでごゆっくりって合ってるのか……?
「もしかして、私たちの関係、感づかれちゃったかな?」
市川がおれの耳元で囁く。ちょっとその言い方、逆に意味深なんですけど……!
「さ、さあ、ごまかせたとは思うけど……」
おれはその秘密っぽい感じにドキドキしつつ、どうにかこうにか返事をする。
「だったらいいんだけど……。それで、アイスはどれ買うの?」
「ああ……これにしようかな。待たせてすまん」
市川は、『ちょっと寄るって言ってたのにちょっとじゃないじゃん』と言いたいのだろう。それもそうだ。
慌てて、とりあえず手近にあった棒アイスを手に取った。
「ねえねえ、それ、美味しい?」
すると、なぜか興味津々におれの手元をじいっと見てくる市川。
「うん、まあ、普通にバニラだけど……。食べたことない?」
「うん……。というか、私が食べたことあるアイス、ここにないみたい」
「まじで……? かなりメジャーなアイスしか置いてないけど……」
いや、待てよ。おれは一つの可能性に思い当たる。
「市川、あっちの棚のアイスとかはどう……?」
「ああ、うん! あっちのは見たことある!」
平型の冷凍庫とは別の冷凍棚に鎮座しているのは、一個300円近くする高級アイスの数々。さてはこの人、お嬢様だな……?
「まじか……。こっちのアイスもうまいよ。いや、市川の口に合うかはわかんないけど……」
「へえ……買ってみようかな」
市川はその整った顔をむむむと強張らせて冷凍庫を覗き込んだ。
「その覚悟を決めてるみたいな顔はなんだよ?」
「ううん、学校からの帰り道にコンビニに寄るのも初めてだし、アイスとか買ってその場で食べることなんてないから……」
「買い食いしたことないってことか……?」
「うん……」
やっぱり、なかなかの箱入り娘っぷりらしい。それこそ箱入りアイスなんか食べたことないくらい。(うまくない)
「……ねえ、小沼くん。買っても良いと思う?」
「いや、おれに聞かれても……。親御さんに怒られても責任取れないし」
「むう、分かってるよ……」
少し拗ねたように眉をひそめて数秒。
「……買ってみようと思います」
「はあ、どうぞ……」
おれと同じ棒アイスを手にとり、鼻息を荒くして「よしっ」とか言ってる市川とレジに並ぶ。吾妻ではなく先ほどの店長らしきおじさんが会計をしてくれて、おれたちは外に出た。
おれが包装を剥いて店の前のゴミ箱に捨てると、市川は「へえ、そこに捨てるんだ……」とかなんとか小さく呟いて、おれの動きを真似るようにアイスを取り出した。なんか、妹と初めて二人で買い物行った時を思い出すな……。
おれが棒アイスを咥えて歩き出すと、少し後ろから市川もとことことついてくる。
「歌詞の話に戻るんだけどね、さっき見た時、曲名は付いてたみたいだったけど、仮の歌詞とかもないの? あれ、インストじゃなくて歌付きの曲なんでしょ?」
「ああ、まあ、そういうのはなくはないけど……」
「それ、見せてもらえたら嬉しいなあ。もちろん、無理にとは言わないけど」
アイスをはむはむと食べてから、市川はまたハの字眉で笑う。
「……明日」
……おれはその笑顔で何かを頼まれたら、承諾することしか出来ないのかもしれない。
「ん?」
「明日、ノート持ってくるわ。……内容は期待するなよ、まじで」
おれがしぶしぶそう言うと、
「ありがとう、小沼くん!」
市川が瞳を輝かせて、やっと嬉しそうに笑ってくれた。
……いやいや、『くれた』とかじゃないだろ。初めて話した日にどんだけ絆されてるんだ、おれは。しっかりしろ。