第1章 その6
両親は貴族じゃなく一般平民。夫婦仲は極めて良好。息子の僕から見ても、照れる位だ。何しろ
『……あんた、どうして私と生まれた時から
無理です。こういう事を平然と言う子なのだ。……四年目の僕。もっと厳しく育てないと、後が大変だよ?
両親の話に
僕が生まれる
現在、王立学校へ通う今年で十五歳になる彼女は、妹ながらとても優秀。
性格も良く、
このまま成長していけば
『王宮
──僕? ああ、全然。
学問はそれなりだったけれど、知っての通り魔力は平均以下だし、実技も……王宮
僕が王立学校から、大学校まで行けたのは、単にあの腐れ縁にして
あいつに巻き込まれて、何人の将来有望、とされていた貴族の──特に子息様方が
最初に会った時から、公女
最近に至っては下宿先に平然と
長々と語ってきたけれど……同じ公女殿下とはいえ、リディヤと殿下じゃ余りにも
平民階級で育った僕は、当然の事ながらリディヤ以外に貴族階級の
今までの経験から考えるとリディヤは例外中の例外だろう。あんな子がそこら中にいたら、僕は
故に
僕にだってその程度の分別はつくのだ。
御分かりいただけましたか?
「……でも、先生はリディヤ様もよく撫でられる、しかも理由無しで、とお聞きしています。また、誰もいないとずっと御二人はくっ付いておられてその間無言。お互い通じ合っている
「ご、誤解です! あれはそうしないと怒るから仕方なしに……自らの命を守る
こくりと
おのれあの
あの無言の中に、どれ程の争いがあると思っているんだ。この前だって──。
『
『いや、勝手に寄りかかって来たのは君でしょうに』
『読み終わった。次、
『……はい』
不覚にも涙が出てきそうになる……。
いいだろう。この戦争、買おうじゃないか。今度会う時までにある事ない事、
いや……家庭に落ち着いてもらった方がいいかな? お
はっ……
「ズルいです。先生は私を
「はぁ……分かりました。だけど条件があります。今からやる魔法の実習を上手く出来たらティナが
「本当ですか!」
「
「──
う~ん……この御嬢さん、少しだけリディヤと同じ気配を感じるから気を付けよう。
ただ、やる気があるのは良いことだ。そろそろ、彼女も──
「し、失礼します」
ほら、来た。丁度良いタイミング。ゆっくりとエリーさんがトレイを持って部屋に入って来た。
実習で使う物を彼女に頼んでおいたのだ。わざわざ
──この後の展開が読めます。
「アレン先生、言われた通りに、きゃっ」
「っと、危ない危ない」
何もない所で転びそうになったエリーさんを
ぷかぷか、と
一、二、三──うん、
「ア、アレン先生そのあのえっと……」
「──先生、エリーが嫌がっています。早く
それを見て
……ふむ。エリーさんを、ぎゅーっ、と抱きしめる。うわぁ、抱き心地が
「え、あうあうあうあう、あのそのえっとそのあの」
「先生っ! 離れてっ、今すぐにっ!!」
十分楽しんだので解放。
メイドさんが
殿下からの視線が痛いなぁ、ははは。
「……先生は、やっぱり意地悪です。やらしいです」
「バレましたか」
「…………凄い人です。
「簡単ですからね」
「……噓つき」
しっかりと見ている。この子はやはり
──真面目にやるとしようか。蠟燭を机の上に置く。
「今日──と言うより、これから三ヶ月でティナにはこの蠟燭を一つずつ別の魔法でつけてもらいます」
「つまり?」
「
「…………やっぱり先生は意地悪です」
「そんな事ないですよ。
満面の笑みを浮かべ本心を告げる。
「ティナなら何の問題もなく達成出来ると信じていますから」
「……出来たら、ぎゅー、も追加でお願いします」
「ええ、喜んで」
さ、間に合うかな? やってみないと分からないけれど、分は悪いかもしれない。
けれど間に合ってしまったら、
とりあえず、始める前にこれだけは聞いておかないと。
「一つだけ──エリーには一昨日聞きましたね。ティナは、王立学校へ本当に行きたいのですか?」
何度も思っているが、この殿下には才能がある。
仮に魔法が一切使えないまま春を
だけど本人が義務感で行こうとしているなら止めた方がいい。あそこは魔法を使えない者にとって、少々
僕も何度、「リンスター公女殿下から離れろ」「お前のような無能はこの学校に相応しくない」「
そう言えば、次席での飛び級卒業が決まった時はこの世の終わりみたいな顔をしていたっけ、
殿下の場合、
「私は王立学校へ行きたいです。義務感からではありません」
はっきりとした口調での断言。
八本の蠟燭を、少し離しながら並べていく。準備
「本当ですか? この温室だけでも、ティナの植物や作物を研究する事に対する想いは伝わるのですが」
「植物も作物も大好きです。新しい品種が育ったのも
「笑いませんよ」
「小さい
照れくさそうに答えてくれた。ふむ。
殿下の頭をぽんぽん、とする。さー始めようかな。
「!? な、何ですか、今のは、何の意味が??」
「説明をします。エリーも聞いてください。後で試験も返します」
「は、はいっ! が、
「せ、先生! 説明、説明を要求します!!」
「ええ、頑張りましょう。エリーは本当に良い子ですね」
無意識に手が
「……どうして、そこですぐエリーは撫でるんですか?
殿下はとても不満気である。
この二人は見ていて、ほんとに
「さて、ここに八本の蠟燭があります。これにそれぞれ違う魔法を使ってください」
「無視ですか、もうっ……先程、仰っていた基本七属性と氷ですね」
「そうです。エリー、
「は、はい!」
「そんなに固くならないで。気楽に、気楽に」
「え、えっと、火をつければ良いんですか?」
「そうですね。まずはそこからでしょうか」
おずおずと、エリーさんが一本目の蠟燭へ炎魔法を使うと、小さな火がついた。
「はい、よく出来ました。では、次の蠟燭へ
「ご、ごめんなさい! 私、炎と風の魔法が少しだけ使えるだけなんです……」
「なら、風を起こしてみてください」
「わ、分かりました」
二本目の蠟燭へ手をかざすと、
炎と風を最初から使えるのか。この子も中々
魔法の
「はい、ありがとう。最初から二つの魔法を
「あ、ありがとうございます。でも、その、私なんてダメダメで……」
「そんな事ないですよ。これなら、春の入学試験には十分間に合うでしょう。目指すは上位合格ですね」
「じ、上位?」
「さて、では次にティナ」
「私は魔法を全く使えません」
「やってみてください。でないと教えようもありません。それに、何でも出来そう、と力強く仰ったじゃありませんか」
「……分かりました」
──
魔法式も
しかし……全く発動しない。
不思議だ。見たところ
殿下がかざしていた手を力なく下ろした。ちょっと泣きそうな表情。
「…………ごめんなさい。やっぱり、出来ませんでした」
「謝る必要はないですよ。
「……はい」
「おや? ティナは僕を信じてくれないのですか?」
「そんな! その、ないですけど……」
伏し目がちだった視線をこちらに向けてくるが、自信なさげにまた下へ。
……結構
確かに魔力があり、構築も間違ってないのに発動しないというのは、
ただ、構築のセンスも高いみたいだし、原因さえ分かれば突き
「では、模範例を見せましょう。二人にも出来るようになってもらいますから、そのつもりでいてくださいね」
どうしようかな? 初級魔法を使うだけじゃ面白味に欠けるし。何より楽しくない。
そうだ。こうしてみようか。これなら多少は見栄えもするだろう。
蠟燭の前で軽く手と手を合わせて、ほんの少しだけ魔力を動かした。
すると──
「「!?」」
「うん──中々ですね」
二人が
簡単とは言わないけれど、こつさえ
まぁ八本の
──かつて「無能」と呼ばれた僕に出来るのだから。