公女殿下の家庭教師 謙虚チートな魔法授業をはじめます

第1章 その6

 とうとつではあるが、ここで僕の家族について少し述べたい。

 両親は貴族じゃなく一般平民。夫婦仲は極めて良好。息子の僕から見ても、照れる位だ。何しろおさなじみがそのままけつこんしたというから筋金入り。因みにこの話を聞いた腐れ縁は、何故か顔を赤らめこう言った。

『……あんた、どうして私と生まれた時からいつしよじゃなかったのよ? 今からどうにかして、幼馴染になりなさいっ!』

 無理です。こういう事を平然と言う子なのだ。……四年目の僕。もっと厳しく育てないと、後が大変だよ? じようだんきで。

 両親の話にもどる。剣や攻撃魔法といったあらごととはえんの生活で、王国東部の要で、つうしよう『森の都』とも呼ばれるとうにて小さな魔道具屋を営んでいる。二人共、多少の生活魔法を使える程度。上級魔法なんて思いもよらない。

 僕が生まれるずいぶん前に亡くなった祖母は少し名の知られたほう使つかいだったらしいから、その才が妹にがれているらしい。

 現在、王立学校へ通う今年で十五歳になる彼女は、妹ながらとても優秀。

 性格も良く、びいながら美人と言っていいと思う。ゆいいつの難点は、未だに兄ばなれが出来ていないことだけど……当面は可愛いから許す。りよう生活中でおやばなれは出来ているし。

 このまま成長していけばいずれ王国でもくつの前衛系ほうになるだろう。一族の長すらねらえるかもしれない。出世する事に関しては本人もその気だし、たのもしいことだ。

『王宮ほう筆頭になってお兄ちゃんを死ぬまで養ってあげるね!』と小さなころよく、言ってくれたっけ。


 ──僕? ああ、全然。


 学問はそれなりだったけれど、知っての通り魔力は平均以下だし、実技も……王宮ほうに落ちる程度だ。

 僕が王立学校から、大学校まで行けたのは、単にあの腐れ縁にしてぼうじやくじんな天才、リディヤ・リンスターのお目付け役としての側面がかなり強い。いや、むしろそれが九割五分をめているのだと素直に思う。何せあいつ『自分が出来るならだれでも出来る』と思っている節があるからして……。

 あいつに巻き込まれて、何人の将来有望、とされていた貴族の──特に子息様方がほうむられた事か! 百人は言い過ぎ……かなぁ。ちょっと自信がない。けれど、それでも相当少なく見積もった方だ。

 けんじゆつバカだった入学当初ならいざ知らず、魔法においても国内最強格となってしまった現在、無茶ぶりをされてしのべる人間はかなり少ない。そのいけにえ──もとい、かいじゆう役にされたというわけ。

 最初に会った時から、公女殿でんとはつゆほども思えなかったこともあり、今やおたがねしない仲である。

 最近に至っては下宿先に平然とまっていったりもする。そして、翌朝『どうして、手を出さないのよ!』となぐられるのが定番。せぬ。出したら出したで、ようしやなくろうとしたり、燃やそうとしたりするだろうに……。ここだけの話、おこると王国内で一番こわいだろうリディヤの母様にも言いふくめられているのでそういう事は絶対出来ないし。

 長々と語ってきたけれど……同じ公女殿下とはいえ、リディヤと殿下じゃ余りにもちがい過ぎるのだ。

 平民階級で育った僕は、当然の事ながらリディヤ以外に貴族階級のれいじようなんかよく知らない。いや、厳密に言うと同期内でもう一人、僕を『大切な友人』と呼んでくれた人も知ってはいる。だけど……あの御方は特別過ぎる。今後の人生で会えるかもあやしい。

 今までの経験から考えるとリディヤは例外中の例外だろう。あんな子がそこら中にいたら、僕はそくに王国から共和国へ亡命する。あ、それより商業国家のすいとかいいかもしれない。人の出入りにかんようだし。

 故にいくらなんでも、本物のじようさま、しかも『公女殿下』相手へ無礼を働くわけにもいかない。

 僕にだってその程度の分別はつくのだ。

 御分かりいただけましたか?

「……でも、先生はリディヤ様もよく撫でられる、しかも理由無しで、とお聞きしています。また、誰もいないとずっと御二人はくっ付いておられてその間無言。お互い通じ合っているふんものすごく出されて、とにかく部屋へ入りづらい、とも」

「ご、誤解です! あれはそうしないと怒るから仕方なしに……自らの命を守るためにしているだけであって、それ以上でもそれ以下でもありません。そ、そもそも、そんな話をいったい誰からお聞きに? ……教授ですか?」

 こくりとうなずく殿下。

 おのれあのくさ親父おやじっ! 僕のイメージを不当におとしめるとは。何だか、僕とリディヤがとっても仲良しに聞こえるじゃないか!

 あの無言の中に、どれ程の争いがあると思っているんだ。この前だって──。

。私まだ、読み終わってない』

『いや、勝手に寄りかかって来たのは君でしょうに』

『読み終わった。次、めくって』

『……はい』

 不覚にも涙が出てきそうになる……。

 いいだろう。この戦争、買おうじゃないか。今度会う時までにある事ない事、うわさにして広めてくれる!

 いや……家庭に落ち着いてもらった方がいいかな? およめさんを押しつけた方がより、精神的げきあたえられるような気が! くくく……僕を敵に回したことをこうかいさせてやるっ。

 はっ……いかりで我を忘れてた。目の前のねている殿下を何とかしないと。

「ズルいです。先生は私をめてくださるとおつしやいました。ならでる事も要求します! いっぱい、撫でてください! それと、想像以上にお優しいのはもう分かったので、私にもだんからもっと優しくしてください!」

「はぁ……分かりました。だけど条件があります。今からやる魔法の実習を上手く出来たらティナがいやがるまで撫でましょう。優しくするのは、少し分からないのですが……善処はします」

「本当ですか!」

うそは言いません」

「──ほうじゆに記録させました。さ、私は何をすれば良いんですか? 今なら、何でも出来そうですっ! 『せつろう』位なら、発動出来そうですっ!」

 う~ん……この御嬢さん、少しだけリディヤと同じ気配を感じるから気を付けよう。

 ただ、やる気があるのは良いことだ。そろそろ、彼女も──

「し、失礼します」

 ほら、来た。丁度良いタイミング。ゆっくりとエリーさんがトレイを持って部屋に入って来た。

 実習で使う物を彼女に頼んでおいたのだ。わざわざせてくる必要はなかったんだけど。ふくろで良かったのに。

 ──この後の展開が読めます。

「アレン先生、言われた通りに、きゃっ」

「っと、危ない危ない」

 何もない所で転びそうになったエリーさんをきしめつつ、空中で物を静止させる。

 ぷかぷか、とかばせ机の上にゆっくりと着地。

 一、二、三──うん、ろうそくは丁度八本。これでようやく実習が出来る。

「ア、アレン先生そのあのえっと……」

「──先生、エリーが嫌がっています。早くはなれてください」

 ほおを赤らめて、うでの中であたふたしているメイドさん。小動物的。

 それを見て微笑ほほえみに極寒の気配をただよわせる殿下。

 ……ふむ。エリーさんを、ぎゅーっ、と抱きしめる。うわぁ、抱き心地がすごく良い。

「え、あうあうあうあう、あのそのえっとそのあの」

「先生っ! 離れてっ、今すぐにっ!!」

 十分楽しんだので解放。

 メイドさんがずかし気に目をせつつ、スカート部分を両手でつかみ、ちょっとだけ不満そうにしている。やっぱり愛らしい。

 殿下からの視線が痛いなぁ、ははは。

「……先生は、やっぱり意地悪です。やらしいです」

「バレましたか」

「…………凄い人です。ゆうほうをあんな簡単に使う人を初めて見ました」

「簡単ですからね」

「……噓つき」

 しっかりと見ている。この子はやはりかしこい。

 ──真面目にやるとしようか。蠟燭を机の上に置く。

「今日──と言うより、これから三ヶ月でティナにはこの蠟燭を一つずつ別の魔法でつけてもらいます」

「つまり?」

所謂いわゆる『七属性』。そしてそれに『氷』を加えた旧八属性全てですね」

「…………やっぱり先生は意地悪です」

「そんな事ないですよ。なら──」

 満面の笑みを浮かべ本心を告げる。

「ティナなら何の問題もなく達成出来ると信じていますから」

「……出来たら、ぎゅー、も追加でお願いします」

「ええ、喜んで」

 さ、間に合うかな? やってみないと分からないけれど、分は悪いかもしれない。

 けれど間に合ってしまったら、こうしやくらいには応えられないだろう。むしろ……。

 とりあえず、始める前にこれだけは聞いておかないと。

「一つだけ──エリーには一昨日聞きましたね。ティナは、王立学校へ本当に行きたいのですか?」

 何度も思っているが、この殿下には才能がある。すえおそろしい程の。

 仮に魔法が一切使えないまま春をむかえたとしても、王立学校入学は特例として許可されるだろう。そうでなかったらどうかしている。

 だけど本人が義務感で行こうとしているなら止めた方がいい。あそこは魔法を使えない者にとって、少々めんどうくさい所だ。

 僕も何度、「リンスター公女殿下から離れろ」「お前のような無能はこの学校に相応しくない」「せんの者が」等々言われたか。代わってくれるなら代わるけど、君達じゃ無理だよ、あいつの相手は。

 そう言えば、次席での飛び級卒業が決まった時はこの世の終わりみたいな顔をしていたっけ、なつかしい。

 殿下の場合、すでに作物研究で結果を出されている。義務だけなら、そんな所にわざわざ行くよりも、北方で経験を積んだ方がいいと思うのだけど──僕を見る強い意志が宿ったひとみ


「私は王立学校へ行きたいです。義務感からではありません」


 はっきりとした口調での断言。

 八本の蠟燭を、少し離しながら並べていく。準備かんりよう

「本当ですか? この温室だけでも、ティナの植物や作物を研究する事に対する想いは伝わるのですが」

「植物も作物も大好きです。新しい品種が育ったのもうれしかった。でも……笑わないですか?」

「笑いませんよ」

「小さいころ、御母様が読んでくれた物語で、えいゆうの方々が使われた大ほうあこがれているんです。何時か、私もあんな風に使いこなしてみたい、って」

 照れくさそうに答えてくれた。ふむ。

 殿下の頭をぽんぽん、とする。さー始めようかな。

「!? な、何ですか、今のは、何の意味が??」

「説明をします。エリーも聞いてください。後で試験も返します」

「は、はいっ! が、がんりますっ」

「せ、先生! 説明、説明を要求します!!」

「ええ、頑張りましょう。エリーは本当に良い子ですね」

 無意識に手がびてしまい、なでなで。

「……どうして、そこですぐエリーは撫でるんですか? ひいです。改善を要求します」

 殿下はとても不満気である。となりのエリーさんはおろおろしながらも、頭を撫でやすいように動かしている。

 この二人は見ていて、ほんとにきない。良い事だ。

「さて、ここに八本の蠟燭があります。これにそれぞれ違う魔法を使ってください」

「無視ですか、もうっ……先程、仰っていた基本七属性と氷ですね」

「そうです。エリー、ほのお魔法は使えますか?」

「は、はい!」

「そんなに固くならないで。気楽に、気楽に」

「え、えっと、火をつければ良いんですか?」

「そうですね。まずはそこからでしょうか」

 おずおずと、エリーさんが一本目の蠟燭へ炎魔法を使うと、小さな火がついた。

「はい、よく出来ました。では、次の蠟燭へすいてきをつけてもらえますか?」

「ご、ごめんなさい! 私、炎と風の魔法が少しだけ使えるだけなんです……」

「なら、風を起こしてみてください」

「わ、分かりました」

 二本目の蠟燭へ手をかざすと、しんが少しれた。

 炎と風を最初から使えるのか。この子も中々ゆうしゆうだ。

 魔法のすそが広がり、エリーさんみたいに初歩の魔法を使える人は増えているが、一属性だけが大半。自分の向き、不向きを家系で決めてきたへいがいがここでも出ている。

「はい、ありがとう。最初から二つの魔法をあつかえるなんて、エリーは将来有望ですね」

「あ、ありがとうございます。でも、その、私なんてダメダメで……」

「そんな事ないですよ。これなら、春の入学試験には十分間に合うでしょう。目指すは上位合格ですね」

「じ、上位?」

「さて、では次にティナ」

「私は魔法を全く使えません」

「やってみてください。でないと教えようもありません。それに、何でも出来そう、と力強く仰ったじゃありませんか」

「……分かりました」

 殿でんそう感を漂わせつつ、蠟燭に手をやった。

 ──りよくの動きを感じる。

 魔法式もれいに構築されている。真面目な性格がよく出ている基本に忠実な構築だ。


 しかし……全く発動しない。


 不思議だ。見たところちがいは発見出来ない。はん的とさえ言えるんだけどな。

 殿下がかざしていた手を力なく下ろした。ちょっと泣きそうな表情。

「…………ごめんなさい。やっぱり、出来ませんでした」

「謝る必要はないですよ。だいじようです。魔力があるのは分かりました。後はどうして発動しないかをき止めるだけです」

「……はい」

「おや? ティナは僕を信じてくれないのですか?」

「そんな! その、ないですけど……」

 伏し目がちだった視線をこちらに向けてくるが、自信なさげにまた下へ。

 ……結構じゆうしよう。今までの教師達にいらない事を散々言われてきたのだろう。

 確かに魔力があり、構築も間違ってないのに発動しないというのは、つうの人からするとわけが分からないかもしれない。

 ただ、構築のセンスも高いみたいだし、原因さえ分かれば突きけるだろう。間違いなく。

「では、模範例を見せましょう。二人にも出来るようになってもらいますから、そのつもりでいてくださいね」

 どうしようかな? 初級魔法を使うだけじゃ面白味に欠けるし。何より楽しくない。

 そうだ。こうしてみようか。これなら多少は見栄えもするだろう。

 蠟燭の前で軽く手と手を合わせて、ほんの少しだけ魔力を動かした。

 すると──

「「!?」」

「うん──中々ですね」

 二人がひどおどろいている。おおな。

 簡単とは言わないけれど、こつさえつかめれば難しくないのだ。実際、教授の研究室では……どうだったかな? 全部は余りいなかったかもしれない。

 まぁ八本のろうそくそれぞれ、別の属性で花をかせる位は出来るようになる。


 ──かつて「無能」と呼ばれた僕に出来るのだから。

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