【新作ラノベ先読み感想文レビュー】
今回はMF文庫Jから12月25日に刊行される『巡る冬の果てで、君の名前を呼び続けた』です。みなさんの感想も聞かせてください!
「人が死ぬのは命が絶えた時ではなく、他者から忘れられた時である」──本作を読んでいる間、この言葉が頭を離れませんでした。
病に冒されたエルメと、不死のディートの旅。エルメが少しずつ笑顔を取り戻し、確実に二人の距離が近づいていくのを見ていると、やがて来る別れを意識せずにはいられません。美しい旅のワンシーンや微笑ましいやりとりに、切なさが込み上げてきました。しかし、これは生きる時間が限られている人の感覚です。死に関するイメージが希薄なディートにとっては、エルメを失ってからが本当の苦難の始まりだったのですね……。
自分がエルメを覚えていれば彼女が死ぬことはなく、遙かな未来まで連れていけると思っていたディート。しかし、肉体は不死でも記憶は永遠ではありません。時の流れの中で思い出は薄れ、それを偲ばせる形跡さえ消えていきます。果てしなく続くひとりぼっちの世界で、孤独を埋める唯一のものが手からどんどんこぼれ落ちていく。生きる理由である約束が守れなくなる。それはどんなに苦しいことなのか。人間には経験できない絶望を想像すると、胸が掻きむしられるようで、そこはかとない恐ろしさまでも覚えました。
読者はディートの置かれた状況を、文面から伺い知ることしかできません。それでも必死に足掻くディートに惹きつけられるのは、もう会えない人の思い出が薄れていく寂しさを知っているからではないでしょうか。彼が迎える結末は、きっとあなたの心にも何かを残すことでしょう。
文:安芸沙織理
ざっくり言うとこんな作品
1)滅びゆく世界で思い出を残そうとするエルメとディートの、切なくも心温まる旅路。美しい情景描写がさらに情緒を掻き立てる。
2)旅の中で二人に芽生える淡い恋。徐々に病に冒されていくエルメと、不死のディートの間で、想いの成長速度が違うのがもどかしい。
3)移り変わる時の中で、エルメとの思い出を忘れたくないと必死に足掻くディート。どんな時も揺らがない意志の強さとその結末が胸を打つ。
主要キャラ紹介
▼エルメイル・ライフォーレン(エルメ)
魔王を倒した勇者たちの中で、唯一生き残った魔法師の少女。世界滅亡のきっかけをつくってしまったことに絶望するが、ディートの言葉により自分の生きた証を残す旅に出る。
▼ディート
不死の少年。偶然出会ったエルメに旅を提案し、彼女との思い出を積み重ねていく。どんなに時が流れてもそれを忘れないことで、エルメを未来に連れて行くと約束する。
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巡る冬の果てで、君の名前を呼び続けた
著者: 鹿毛 おどり イラスト: chooco
第20回MF文庫Jライトノベル新人賞〈優秀賞〉受賞作!
勇者によって魔王は討ち倒され、この世界から魔王の脅威はなくなった――だが世界は平穏を手にすることはできなかった。決戦時の強大な魔力の余波が、人類を侵し滅びをもたらしてしまったのである。
世界の平和と人々の命を守るために尽くした勇者一行の一人・魔法師エルメもその例に漏れず、大切な人を失い、自らの死期もそう遠くないことを悟った。
孤独となり自身の存在意義と未来を見失った彼女は、がむしゃらに王都から飛び出した先で、アンデッドの少年と出会う。
不思議な彼に勇気を貰い、余命わずかな少女と不死の少年は、終わりゆく世界を巡って、幸せな思い出と生きた証を後世に残すことを目指す旅に出る――