お前ら、おひとり様の俺のこと好きすぎだろ。

著者:凪木エコ
イラスト:あゆま紗由



1巻書影

プロローグ

 桜く4月しよじゆん。新たなスタートを切るには、どんなことでさえ運命だと思えてしまう暖かい季節に、彼女は目の前に現れた。

「あ、あの!」

「はい?」

 朝の通学時。電車から降り、改札口を出たときだった。

 イヤホンで音楽をいていると、自分が声をけられたのが分かった。改札前に立っていた少女が、俺の真正面まであし気味にやって来ていたから。

 他校の制服に身を包む少女は、若干大きめのブレザーにそでを通し、かたに掛ける革製のスクールバッグは真新しくこうたくがかっている。俺と同じく新入生なのだろう。

 がらきやしやな体つきに、あどけない顔立ち。ハーフ? というよりクォーターくらいだろうか。西洋ゆずりと思われるはだの白さやガラス玉のようなひとみ、地毛であろうブロンド色のかみは、人形のような童顔をかがやかせる。整った身だしなみから育ちも良さげで、甘いかおりだけでなく甘いふんただよわせる。総じて、絵本から出てきたのかと思うくらいに可愛かわいらしい子だった。

 俺には見覚えがあった。停止ボタンをタップし、イヤホンを耳から外す動作を律義に待ってくれた少女は、俺の目を真っ直ぐ見つめてくる。

「私のこと、……覚えてますか?」

「えっと……、自分の受験する高校をちがえてた人、だよな?」

 余程、俺が覚えていたのがうれしかったのか。「そうです! そうです!」と力強く何度もうなずく少女は、照れもあるようだが喜びが勝っているように顔をほころばせる。

 2ヶ月ほど前の高校受験日。自分の受けるはずの高校と場所を間違えてしまった少女に、本来行くはずの学校前で停まる最寄のバス停を俺は教えてあげた。

 最初は他のやつ同様、立ちくす少女を無視しようと思った。けれど、彼女の人生が左右される大一番なのは当たり前に分かっていたから、自分に差し支えない程度には手を差しべようと動いてしまった。

 あの日のおくをなぞり終えるころ、少女は深々と頭を下げてくる。ロータリーを歩く人々が何事かと注目するくらい、ていねいかつ全身ぜんれいのおだった。

「本当にありがとうございました。貴方あなたのおかげで無事に合格することができて、ずっとお礼が言いたかったんです」

 その気持ちにうそいつわりないと容易に分かるほど、少女は顔を上げても感謝の言葉をつむぎ続ける。きんちようが解けてきたのか、印象はより柔らかなものへと変わっていく。

 俺のおかげで着れたと言わんばかりに、晴れ着となった制服を回って見せびらかしたり、そのこうずかしさを覚え、そうと大きな瞳が細くなるくらい笑ったり。

 つうに可愛い。たかだか道を教えただけだが、ここまで感謝されれば助けたもあったと思える。俺まで嬉しくなってしまう。

 朗らかな笑みをかべていた少女は、ハッ、と思い出すかのように電光けいばんに設置された時計を見上げる。俺は若干のゆうがあるものの、少女のほうは時間が押しているらしい。

 向かう先は反対なので、「それじゃあ」としやくして立ち去ろうとする。

「あ、あの!」

「ん?」

「あの……、よろしければ今日の放課後、お茶でもしませんか?」

「えっ。……俺と?」

 おどろかないわけがない。コクコクと頷く目の前の可愛い少女が、ほぼほぼ初対面、それどころか自分のような不愛想な男をお茶にさそっているのだから。それだけでも性格の良さが分かってしまう。何より、「これは、ひょっとして……」というあわい考えが生まれてしまう。

「あっ! そちらの予定も聞かず、いきなりすいません! で、ですが……、ここで会ったのも何かのえんというか、その……、また出会えたことに、う、運命を感じてしまいまして……」

「運、命……?」

「は、はい……」

 自分で言っていて恥ずかしいのは重々承知のようで、少女の顔はみるみる紅潮していく。色白な肌なだけにによじつに赤さが伝わって来てしまう。俺としたら当事者の実感がかず。テレビでも見ているような、第三者感覚で彼女を見続けてしまう。

 しばらくすると、彼女は瞳を閉じて大きく深呼吸を一ぱく、二拍。き出す息、胸に当てた右手は小刻みにふるえているが、あわただしかった雰囲気は静かなものへと変化していく。

 そして、意を決したかのように瞳を開く。

「その……、遠回しはめて、正直な想いを打ち明けますね……?」

「!」

 夢見心地気分からだつしてしまう。ひょっとしたらが確信に変わってしまったから。

 本気なんだと思った。だからこそ、俺も本気で聞く義務があると思った。なまつばを飲み込み、背筋を伸ばしてしまう。

 俺の行動をみ取った少女が頭を下げ、手を差し出してくる。

「あのとき私に手を差し伸べてくれた貴方が、ずっと気になっていました! 私と付き合ってください!」

 新たなスタートを切るには、どんなことでさえ運命だと思えてしまう暖かい季節。

 高鳴る心臓に負けじと、せいいつぱいの声で俺は彼女に応える。


「放課後は独りで過ごしたいので、ごめんなさいっ」


「……。へ?」

 顔を上げた少女がポカンと俺を見つめ、すれちがうリーマンも俺を三度見。愛想笑う俺氏。

「あの……、理由をもう一度聞かせてもらっても……」

「独りが好きなんだ」

「……」

 そくとうする俺とちんもくする彼女。

 告白が嬉しいか嬉しくないかで言うと、当たり前に嬉しい。

 目の前の女の子は、俺とはり合わないほど可愛いし、性格も良いに違いない。

 けど、ソレはソレ。コレはコレ。独りをてんびんに掛けられれば話は別。

 独りisプライスレス。

 お気に入りの小説や新発売された雑誌を、かすかなBGMが流れるきつてんで独り読んだり、ひいにしているバンドやゲームじつきよう者の動画を日の当たるベッドの上で独りちようしたりする時間には、ラブラブなこいびと生活であろうと入り込む余地などあるはずがない。独りは最強なのだ。

 というわけで、勝者独り。

 こんな俺をいつしゆんでも好きになってくれた彼女へと、感謝を込めて一礼。

「俺、コンビニ寄ってシャーしん買いたいから。それじゃ、お気をつけて」

「コンビニ……、シャー芯……。ま、待ってください! せめて名前だけでも! というか! 私、自己しようかいもできてないです!」

「名乗るほどの者ではないんで、お構いなく」

「私が構うんです! というか! 私も名乗るほどの者ではないってことになってますよ!?」

「……」

 くさっても恩人なのだから、少しのミスくらいのがしてくれてもいいじゃないですか。

「じゃあそういうことで」

「どういうことですか!? い、行かないでくださ───い!」

 仏の顔も三度目まで。故に我止まらず。早くコンビニ行きたい。

「私、あきらめませんから──!」というぶつそうなワードが背後から聞こえた気がするが気のせいに違いない。

 駅のロータリーをけ、道中のコンビニを目指しつつ考える。付き合えば価値観が変わるとかよく言うが、別に変えたくないのだからしょうがない。

 海外旅行をすれば自分の価値観が変わるというやからもいるが、あんなもんうそっぱちだ。遠出したくらいで変わる価値観なら、お前の価値観は最初から無かっただけ。もしくは、遠出してテンションが上がっているだけ。近所でも散歩していつたん落ち着け。

 そもそも、あの日助けたのが俺じゃなくてこんのオッサンだったらどうする。オッサンにディスティニーを感じて交際をスタートするのだろうか。奥さんにりんがバレてドロドロの昼ドラ展開でも興じるというのだろうか。

 様々なことをこうりよして、名も知らぬ少女に改めてごめんなさいと胸の中で頭を下げる。

 桜い散る春。コンビニの自動ドアが開けば、慣れ親しんだ来店を知らせる電子音が俺をおむかえ。

 電子音が鳴り終わる頃、俺の頭の中はHBを買うかBを買うかでいっぱいになっていた。

1章 ひめみやはるいちは独りを愛す

 俺、姫宮春一は独りが好きだ。愛していると言っても過言ではない。

 厳密に言えば、独りで過ごす時間が好きだ。1分1秒、全ての時間が自分のためだけに流れていると考えただけですごぜいたくな気分になれる。ゆったりと流れる時間をぼんやり好きなことに集中し続け、気付いたら日がしずんでいた、ともなれば言うことはない。

 集団に属するのはきらいだ。ストレスフリーな毎日を望む俺にとって、無理矢理、人と合わせたり顔色をうかがい続ける生活は大いにストレスがかる。

 JKはすごい。「それな」「あーね」「んごんご」を連呼しつつ、ズッ友とだれと誰が付き合っているだのパコついただのと、内容のな──、他愛のない会話をドリンクバー単品で延々と話し続けることができるのだから。俺には絶対にできない。絶対ちゆうで帰る。

 別に人が嫌いというわけではない。けれど、どこかの集団に属するということは、づかいが大なり小なり発生してしまう。気を遣ってまでいつしよに過ごしたいとは思えない。1日は24時間しかないのだ。自分が楽しい、有意義だと思えることだけに時間を費やしたい。

 独り=恥ずかしいという考えはちがっている。独り旅から始まり、独りカラオケ、独り焼肉、ソロキャンプ、独身貴族などなど。誰にかんされることなく、のびのびと自分だけの時間を望む人々は増加けいこうにあり、ニーズに合わせて店やサービスもおひとり様をかんげいする形態へと変化しているほどなのだから。

 ワンマンプレーと言えば自己中心的なイメージをいだく者が多いが、単独だからこそ成功することだってある。人とれ合い手と手をつなぎ合うことで世界平和は築けるかもしれないが、また、人と触れ合わなければ戦争の火種も生まれない。

 きよくたんな話、個人個人がこく同士だとしても、世界は平和を築けていると俺は思う。

 ウダウダ言いつつ、俺が鎖国状態、無かんしようでいられるなら、他国同士が友好条約を結んでいようが戦争をり広げていようが構わない。要するにウチはウチ、ヨソはヨソ。「どうぞご自由に」のスタンスである。

 しかし、もし俺の独りの時間や居場所をうばったり、価値観を鹿にするような黒船が来航したのなら、俺は刀を抜くだろう。ペリーにくつぷくしてお友達ごっこをなくされるくらいなら戦って死んだほうがマシ。何なら切腹したほうがマシ。

 独りだからと誰にめいわくを掛けているわけでもない。だからこそ、お前の生き方は青春のづかいだとか、底の浅い生活を送っていると評価される筋合いもない。他人の評価など知らん。

 それでも「ボッチおつ」と馬鹿にするやつがいるのなら中指を立てて言ってやる。

 独りが最強だと。

※ ※ ※

 おとづか高校に入学して早2週間。新しいかんきようを新しいと思わなくなってきた今日このごろ。自分の教室である1年B組へと入り、自分の席へとこしを下ろす。

 2週間も経てば、クラスの交友関係はできあがったと言ってもいい。すなわち、クラスでの自分の立ち位置を全員があくする。

 簡単に分ければ、自分がイケているかイケていないか。リアじゆうか非リア充か。はっちゃけていい人間かはっちゃけてはいけない人間か、などなど。分ける表現は様々だが、意味に大きく差異はない。

 実際は上下関係など存在しないはずなのだが、この見えない線引きは必ずある。自他ともに意識して作ってしまうものであり、学校というコミュニティに属せば、どの学校にも例外なく存在してしまう。

 もちろん、友達ゼロの俺はド底辺のイケていない側、それどころかクラスカーストの組織に入っているのかも疑わしい。しかし、入っていようが入ってなかろうが心底どうでもいい。無理にどこかのグループに属すくらいなら、今のように独りで本を読んでいるほうが楽しいし、気楽だ。

 欠伸あくびついでに、教室後ろのロッカー付近にたむろする男子グループにぼんやりとしようてんを合わせる。我らが主人公とでも言いたげに談笑する男子らは、総じて身だしなみが整っており、各々がワックスで毛先を遊ばせたり、パーマでかみを立体的に表現したり。制服の着こなしにも各々なりのこだわりが窺え、カッコいい奴はやはりカッコいい。グループの中心人物であろうなみかわしゆんろうなど、「姉がこっそりれき書送ったらぼうアイドル事務所入れました」とか言いそうなくらいのイケメンっぷりである。

 対して、きようだん前ほどの席にいる2人、あめたけはどうだろうか。両者とも身だしなみを気にしていないらしく、飴屋のほうはぐせで頭頂部がもてあそばれ、武智のほうはびきったモッサリ天パ。服装は総じて地味、ダサいという印象はけられない。

 両グループともスマホでゲームを楽しんでおり、会話の内容から同じサバイバルゲームをしているのだろう。今話題のゲームで、オンラインでランダムに選ばれた100人が最後の1人、もしくは1チームになるまで戦うというものだ。オタクの飴屋と武智、リア充の波川たち、ボッチの俺もインストールしているのだから中々に流行していると言える。

 だんは大人しい飴屋と武智も大盛り上がり。

「ちょw 応急キット俺にもよこせしww えんびん置くなしwww」

「ヘッショも満足にできない奴は、包帯1つで十分なんですけどw! わ、分かったから火炎瓶構え──、うおおおおっ! マジでブン投げるとかアホすぎるんですけどwww」

 波川グループも大盛り上がり。波川近くの取り巻き的ポジションのかりが特にさわがしい。

しゆん君ヤベー! もう1人殺してんじゃん! 前世テロリストかよ!」

「適当にったらぐうぜん当たっただけだって」

「偶然で当てるとか天才じゃね? 俊君いれば1位ゆうじゃね!? 俺らも続け続け!」

 会話の程度は五十歩百歩。それどころか、対等な関係でゲームを楽しんでいるのは飴屋と武智だと思う。しかし、波川たちと親しい女子たちの考えは俺とは異なる。飴屋たちには「オタクやば……」というさげすみの視線を送り、波川には「俊太郎ヤバ!」としようさんを送る神対応。同じゲームをしているのにだ。

 世界史で人種差別を教わり、日本史で部落差別を教わった。クラス内でのカースト差別は誰にも教わってはいない。にもかかわらず俺たちは、どんな教科よりもくわしくクラスカーストについて学んできたと言っても過言ではない。多くの者たちが現状の立ち位置を自分の立ち位置だと受け入れ、気の合う仲間たちと学園生活を過ごしていく。

 しかし、カーストの階級をちようえつした奴も極まれに存在する。

 うわさをすれば、ご本人登場。

「おはよう!」

 教室の入り口前。彼女の明るくはずんだ一声に、教室が一層のにぎわいを見せる。誰もが彼女のあいさつに反応を示し、彼女もくつたくのない笑顔で1人1人に応えていく。

 彼女の名をさきりん。この短期間でクラスや学年のわくを飛びえ、乙塚高校のアイドルとなった絶対ヒロイン。

 入学式、新入生代表として入試トップの美咲がだんじように上がったしゆんかん、全校生徒が色めき立ったのを今でも覚えている。人に関心がない俺でさえ、小さく声がれていた。

 はなやかな存在だと思った。たぐい稀なる容姿を持ち、勉強もできる高スペック。ものじせず笑顔で高校生となった意気込みを語る姿に、誰もが口を閉じ、耳をまし、目を奪われてしまう。入学1日目で、美咲がカーストさいこうほうの頂へと君臨した瞬間だった。

 勝ち組故のまんしんが生まれてもおかしくないのだが、美咲には一切のおごりがない。

 美咲を一言で表すと、博愛主義者。

 スクールカーストの頂にいるにも拘らず、人はみな平等と言わんばかりに誰にでも明るく接し、誰にでも優しく手を差し伸べる。誰と話していても、今が一番楽しいのだと感じさせてしまうほどに笑みを絶やさない。

 ファンなどの一部の者たちから、カリン様とあがめられているのもうなずけてしまう。

 誰もを愛するからこそ、誰にも愛されているのが、美咲華梨という存在である。

 今現在も、飴屋と武智に挨拶を交わした美咲は、

「わ! 今日も1位ったんだ! 2人ともすごいね!」

 と、2人がゲームクリアしたことをまるで自分のことのように喜んでいる。

「私も飴屋君と武智君がやってて面白そうだったから、インストールしてみたんだけど全然ダメだったよ。私、武器探してる間にいっつも撃たれちゃうんだ。へっどしょっと? 何あれズルいよ! フライパンじゃ勝てないよ!」

 飴屋と武智もきんちようしたり照れているものの、り手振りを加えつつコロコロ変わる美咲の表情にいやされているのは言うまでもない。周りにいるクラスメイトも会話を聞いて楽しそうに笑っている。

 波川たちも美咲へと挨拶を交わす。

「おっす華梨」

「おはよー」と挨拶した美咲は、波川がロッカー上に置きっぱなしにしているスマホに目を向け、「あらら」と口にする。どうやらぜんめつしてしまったようだ。

「このゲーム難しいよねー」

「な。俺一生1位獲れないわ」

「飴屋君と武智君に教えてもらいなよ。2人ともすごい上手じようずだからさ。敵が現れたらいつしゆんでパーン! ってたおしちゃうくらいだし!」

「へー。もう少しやってみて無理そうなら聞いてみるわ」

 美咲からの提案を受け取りつつ、波川は再ちようせんするかのようにスマホを手に取る。すると伊刈たちも、「もういっちょ、やんべ!」と士気を高め始める。飴屋と武智といえば、自分たちが噂されていたのがうれしくてたまらないのかソワソワと挙動しんげ。

 その後の美咲も、教室を歩くだけで声を掛けられたり、声を掛けたり。友達の女子から「華梨ー。英語の課題手伝ってー」とたのまれ、「えー。まだやってないの? しょうがないなぁ」と応対したり、を食べている男子に、「朝からチョコ食べてるー。私は太るからりませーん」などとからかったり。1人1人の性格やしゆを熟知しているかのように、それぞれの話題に花をかせ続ける。

 美咲にとって博愛主義の対象は俺も例外ではない。

「おはよう、姫宮君」

「おはよう」

 本日初めてのおはよう。美咲で始まって美咲で終わることはザラ。

 俺の開いたままの本を美咲はのぞき込んでくる。

「姫宮君って読むペース速いよね。昨日読み始めたって言ってたのに、もう読み終わりかけだもん」

 よくもまぁ、そんなさいな情報まで覚えているものだ。

おそいほうだと思うぞ。もくもくと読んでこれくらいのペースだから」

「姫宮君、本読みすぎ。虫になっちゃうよ?」

 本の虫とでも言いたいらしい。美咲はカマキリでも表現したいのか、両手をかまっぽい形にしてり上げたり振り下ろしたり。美人は何をやっても可愛かわいく見えるから得だなと思う。

「たまにはクラスのみんなと仲良くしなきゃダメだよ? それじゃあ今日も1日がんろうね!」

 俺へと小さく手を振り終えた美咲は、また別のクラスメイトたちと挨拶を交わしていく。

 毎回言われる最後のセリフ。博愛主義者の美咲としては、他のクラスメイト同様、俺が友達のいない可哀かわいそうな奴に映っているのはちがいない。はたから見たらそうなのだから仕方ないし、独り好きだからほっといてくださいと主張するのもめんどうくさい。

 そんなことを考えるよりと、俺は本へと視線をもどす。

※ ※ ※

 本日の授業がしゆうりようし、一同が各々の放課後をむかえるべく席をはなれていく。

 4月いっぱいまで部活動は仮入部期間なものの、すでせんぱいと後輩で上下関係が成り立っているのだろう。体育会系の部活に属する奴らは、あし気味に部室とう目指して教室を去っていく。

 部活に属さないリア充女子たちは、

「どこのカラオケ行く? 駅前?」

さんのみやー。TWICEの新曲歌いたいからDAMいつたくね!」

 などと取り立て急ぐこともなく、はばを合わせてグループで教室を去っていく。

 部活に属さない飴屋と武智たちも、

「どこの本屋行く? アニメイト?」

「とらのあながいいです。てん特典エロそうだからメロンブックスも寄りたいです」

 目的や行き先がちがうだけで、多くの帰宅部も同じように気の合う仲間と放課後を過ごすのは言うまでもない。

 当たり前に帰宅部の俺も、だれに挨拶することなく教室を去る。しかし、目指す場所は正門ではない。

 ヤンキーは深夜のコンビニとドンキを愛し、リアじゆうたちはドリンク飲み放題のファミレスとカラオケを愛する。

 独り好きの俺にも愛する場所は存在する。落ち着ける静かな空間である。

 集団生活ぎらいな俺が、半日以上教室で過ごすのは、体力や精神力、その他諸々がゴリゴリけずられてしまうのは理の当然。となれば、心身を回復するいこいの場、充電スポットは必要不可欠になってくる。

 今現在、文化棟4階にある空き教室もとい、手中に収めたプライベートルームにて俺は読書中。もちろん誰もおらず。

「春一君にうってつけな場所が学校にあるよ」と、とあるOGから誰も使用していないであろう空き教室の存在を教えてもらい、ここ数日、プライベートルームとして利用を開始したのだ。もちろん周囲には秘密である。幸いまんできる友達もいない。

 最初はしんあんだった。「空き教室だろうが、無断使用したらまずいでしょ」とOGに問えば、「非公式の同好会がコッソリ使ってたけど、バレてなかったからだいじようだよー」と、すごい軽めにあしらわれたのはおくに新しい。

 そもそも、非公式の同好会ってなんぞや。未だに存続していたらどうする。かぎは? などなど。複数の疑問をいだきつつ空き教室へと出向けば、百聞は一見にかずとはよく言ったもので、おおよその疑問はぬぐえてしまう。

 鍵はこわれているようで出入りし放題、室内は片付けられているがほこりかぶった状態。部屋を物色すれば、OGが同好会の名前を教えてくれなかった理由もおおよそ理解できた。

 とまぁ、複数個あった疑問を拭えれば、理想的な空間と言わざるを得ない。

 独りで使うには十分すぎる十二じようの空間には、向かい合った長机と、部屋すみにデスクトップPCやほんだながあるくらい。決して快適とは言えないかもしれない。それでも、ラジオや音楽をきつつ、小説やまんを読んだりスマホをいじれるだけの机と椅子があるだけで、それ以上のぜいたくはこのプライベートルームに俺は望まない。

 家でくつろげ鹿ろう、という意見はきやつ。家でくつろげるものなら俺だって真っ直ぐ帰る。けれど、この時間帯に帰ってしまえば、残念な妹の相手をほぼほぼ100%しなければならない。大切な放課後を妹のために2、3時間消費してしまうのはめんこうむる。

 だったら図書室に行け馬鹿野郎、という意見も却下。図書室はスマホやけいたいゲーム機などもれられないし、おまけに飲食も厳禁。仮に全てを許容されるかんきようになったとしても、俺はこの空き教室を選ぶ。俺だって思春期真っ盛りの男。『独りで使える』というワードは、とてつもなくりよく的に心へとひびくものがある。

 小学生のころ、公園裏のしげみに自分専用の秘密基地を完成させ、安いスナックかんジュースを相棒に日がしずむまで遊んでいた日々がなつかしい。1週間くらいで、「毎日1人でいる。家出少年かもしれない」と近所のオッサンに通報され、いかしんとうの親父といつしよに秘密基地を取り壊した思い出は一生忘れられない。すごい泣いた。

 良い思い出とつらい思い出がこんだくしつつ、やはりいくつになってもプライベートな空間、男のかく的なモノにはあこがれてしまうと再認識してしまう。

 読んでいる小説が山場を迎える直前、本をいつたん机に置く。これからの展開に胸を弾ませつつ、まだあわてるような時間じゃないと、いつの間にかかわいていたのどうるおすべく缶コーヒーに口を付ける。

 飲もうとしたタイミング。空き教室のとびらが開いた。

「うぉっ!?」

 不測の事態に変な声を出してしまう。完全に油断していた。鍵が壊れてじようできない教室だろうが、こんな辺境な場所になど誰も来ないとたかくくっていたから。

 コーヒーが気管に入りなみだでむせつつ、招かれざる客へ視線を合わせようとする。

「こら姫宮君!」

「ず、ずみまぜ──、……」

 何故だろうか。𠮟しつせきされたにもかかわらず、謝罪やしようそうの気持ちが消失。あんかんへとあっという間に上書きされてしまう。

 聞き覚えのある、大人にしては幼すぎる声だからか。

 涙を拭い、目測で見上げようとしていた視線をおもかじいつぱい、上から下気味へとへんこう。予想通りがらな人物が扉前に。胸をでおろしつつ、再度、缶コーヒーを一口。

「何だ……、あま先生か。おどろいて損した……」

「損じゃないですよ!? というより何で今飲むんですか!?」

「あ、すいません。ナチュラルミスです」

「もう!」と、ついげきの怒りをぶつけてくるが、申し訳ないくらいにこわくない。プンスカやプンプンなどのおん語が良く似合う。

 幼女の名──、否。彼女の名は天海水面みなも。俺クラスの担任であり、生徒たちの間ではアマちゃん先生のあいしようで呼ばれる、乙塚高校のマスコット的存在。

 持ち歩くめい簿よりランドセルのほうが似合うくらい、容姿や体つきが小学生。幼女体型がコンプレックスなのだが、いかんせんレディースよりキッズサイズ専門店のほうが似合う服が多いんだとか。

 今日もつつましい体型を隠すゆるやかなワンピース。無理してレディースで買ったのだろう。ひと回り程大きいワンピースは、レース素材も相まって今からるんですか? と聞きたくなるほどにナイトウェアチック。

 ズンズンとおおまたで俺へと近づいてくるが、ちょこちょこという表現が相応ふさわしく、椅子に座る俺と良い勝負の身長は、140あるかみようなところ。

 天海先生のまんまるなそうぼうが半分にせばまる。

「姫宮君。今、失礼なこと考えてませんか……?」

 するどい。

「い、いや……、先生って身長いくつかなーと」

「女性に身長とねんれいを聞くのはデリカシーないですよ?」

 それを言うなら年齢と体重だろうに。

「そんなことよりです! 仮入部しんせいしていない姫宮君が、文化棟に入るところを見かけてたので、ずっとさがしていたのです。まさかこんな場所にいるなんて驚きですよ先生は」

 本格的に説教が始まるのか。かべぎわに押しやられた大量の椅子から、一番上の椅子を取り出そうとしている。小さき者には一苦労な仕事であり、プルプルとびきった細いうでが悲鳴を上げ始めている。二頭筋雑魚か。

 見ちゃおれん。代わりに椅子を取り出し、俺と向かい側の机へ席を用意してやれば、「あ。どうもです」とペコリと一礼して天海先生は着席。足が長いタイプの椅子なだけに、足先はゆかに着いておらず。

 見ちゃおれん。

「小さいから毎日辛いですね」

「辛くはないですよ!? 大変って言ってください!」

 大変ではあるらしい。

 わざとらしいせきばらいをして天海先生は場の空気を整える。さすがの俺も姿勢を正すべく、机にかたひじつくのをめ、足をそろえて座り直してしまう。

 説教される環境作りを手伝ってしまってから言うのもアレだが、やはり説教されるのは気がる。10:0で俺が悪いとしても。

 へい的な空間に2人だけというのが取り調ベをほう彿ふつさせ、「ぬすんでないです」と万引きした主婦の往生際の悪さが今だけは分かる気がする。カバンを見せろと言われて号泣し始める姿は、役者顔負けの演技力があると毎度毎度、密着警察を観ていて感心するものだ。

 俺も「家族にはないしよにしてください───! ンフンフッハアアアアア!」くらい泣きさけべば、ワンチャンのがしてくれないだろうか。

 否。俺はまだ人間を止めたくはない。それならば厳重注意を甘んじて受け入れる。

 人間素直が一番である。

「勝手に教室を使用してすいませんでした」

「姫宮君。どうしてこんなところに独りでいたんですか?」

「家庭の事情です」

「! そ、それは……、重たい話ですか……?」

 静かにうなずくと、天海先生は驚きを隠せない様子。しかし、教師である自分がどうようしてどうするといった風に背筋を伸ばすと、胸に手を当てて力強いまなしでうつたえてくる。

「先生は小さいですが先生です! 姫宮君! 必ず助けになりますから先生に相談してみてください! 一緒にご家庭のなやみを解決しましょう!」

「あ。そんな重くないです。残念な妹がうるさくて、家で静かに過ごせないからこの教室を利用していただけです」

「先生の心配返せです!」

 ほおをパンパンにふくらましてご立腹の天海先生。その姿はおこっているというより、頰ぶくろにエサをめ込んだリスに見えてしまう。

 先生は分かっていないのだ、あのバカのおそろしさを。というかめんどうくささを。

「全く! ただでさえ先生は、姫宮君はいつも1人だけどクラスにめてないのかな? 大丈夫かな? ってたくさん心配しているのに!」

 頭の中でカチッ、とスイッチが入る音がした。

「先生」

「はい?」

「独りってそんなにダメなことなんですか?」

「え……」

 俺の悪いくせだ。独りを『悪』のように語られてしまえば、いくら教師、チビッ子であろうと歯向かってしまうのは。

「独り=クラスに馴染めていない、というのは疑似相関です。確かに独りの俺はクラスに馴染めていないでしょう。けれど、他人からの評価を気にして集団で群れるやつは、果たして馴染めていると言えるでしょうか?」

 怒りから一変。「むぅ」と口をつぐむ天海先生。あながち俺の発言がちがっていないからに違いない。

「先生は独りだけで行うしゆやイベントなどはありますか?」

「え、えっと……。月末の休日は自分へのごほうにと、洋食屋さんでハンバーグランチをいただきます。デザートに生クリームたっぷりのプリンも」

「うん、いいですね。だれかと待ち合わせるわけでもなく、ぶらっと立ち寄った店で自分の好きなものを好きなだけ食べる。他に何かありますか?」

 共感を得てもらえたらしく、先生も「そうなんですよねー」と頷きつつ、

「どうしてもつかれが取れない日の週末は、がんばんよく付きのスーパー銭湯で身体からだいやしてます。先生は長派なので、お友達と行くと気をつかってしまうので」

「そんな先生にイメージしていただきたいです。俺を空気の読めない職場のこうはいだと思ってください」

「イメージ、ですか……? わ、分かりました!」

 問題ばっちこいと身構える天海先生。

 一つ咳払いして、ワントーン高めの声にて。イメージは入社1ヶ月目の新卒OL。

「え───。天海せんぱいってー、月末に独りでご飯食べて、週末は独りで銭湯行ったりしてるんですかー? 一緒に行ってくれる彼氏とか友達いないんですかー? さびしくなくないんですかー? ハンバーグランチってお子様ランチですか───? その身長なら銭湯行かなくても家のよくそうで足伸ばせば事足りませんか───?」

「キ────! めちゃくちゃムカつきます────! 主に姫宮君に────!」

「ですよね、ムカつきますよね。……。え。俺ぇっ!?」

 いかん。後半のアレンジが強すぎてほこさきが俺ののどもとにめり込んどる。

 やろう、ぶっころしてやると言わんばかりにさくらんする天海先生を落ち着かせる。

「ま、まぁ、俺が言いたいのは、別に独りだから寂しいとか負け組とかはちがうでしょ? ってことですよ。先生のしんらつな言葉に、さっき俺も今の先生くらい傷付いたってことを再現しただけです。別に先生の悪口を言っていたわけではないのでしからず」

 思ったことを言っただけです、なんて今は言えない。

 自身の身体を大きく見せようと両手を上げていた天海先生も、「確かにおあいこだったかもしれませんね……。大人げなかったです」と、ようやくクールダウンしたようで両手を下げる。子供ってじゆんすい

「姫宮君が傷付いたなら謝ります。でもでも! 先生が言いたいのは独りが悪いということではなく、クラスに馴染めていないってことですよ!」

「む」と今度は俺が口をつぐんでしまう。クラスに馴染めていないところだけをピックアップされてしまえば反論はできない。

「姫宮君は学校生活が楽しいですか?」

「楽しくはない、ですかね。つまらなくもないですが」

「それでは、質問を変えましょう。姫宮君は1人で過ごす学校生活は楽しいですか?」

「気楽で楽しいです」

「しつこいようですが、本当に無理はしてないですよね?」

ちかいます。俺は真正の独り好きです」

 ノータイムでそくとう

 ふむ……、ふむ……、と先生は小さい身体の全身を使って頷く。じっと見ていると、授業に集中できないアホな小学生に見えてくる。

 しかし、天海先生は俺の話をしっかり聞いており、ハッキリと言うのだ。

「うん。なら姫宮君の意見を先生は尊重します」

「……。え? それって、俺は今のまま、独り好きでもおとがめなしってことですか……?」

「はい♪ 姫宮君が友達を必要としなければ、それはそれで先生は構わないと思います。もちろんいたほうがいいとは思いますが、今のご時世です。色々な子の気持ちを先生は尊重してあげたいのです」

 ペカー! と、大満足げに晴れやかな笑顔の天海先生。

「先生……」

 小中時代の教師は、友達いない=不良品とでも言いたげで、生徒指導書にでもさいされとんのかと思うくらいに、「もっと自分から友達に話しかけましょう」と通知表の備考らんに書かれてきたものだ。友達いなかったから話しかけなかったけど。

 だが天海先生は違う。俺の意見を聞いてくれた上で、受け入れてくれるではないか。

 そんじょそこらの大人より、天海先生が大きな存在に見えてしまう……!

 自分のかがやかしさに気付いているのか、えっへん! と天海先生は胸を張る。

「先生の器はとっても大きいのです! あ! 絶対今、器『だけ』って思いましたよね!? 絶対思った!」

 器ちっせー……。

 敬愛の眼差しではなくなったことに気付いたのか。少しでもばんかいしようと、天海先生は話を再開する。

「でもでも。友達がらないからといって、クラスに馴染もうとしないのは先生は許しませんよ? ソレとコレとは話は別です。学校行事やイベントではコミュニケーション能力はひつですし、姫宮君が社会に出たときにも以下同文です」

「……」

 なまじ俺の独り好きを認めてくれただけに、バツの悪い顔くらいしかできん。

「そんなブチャイクな顔をしてもダメなものはダメなのです。いいですか姫宮君。人は決して1人では生きてはいけない生き物なのです。もしそれがいやなら、サバンナに行って野生動物さんとして暮らしていくか、火星に行ってエイリアンさんとして生きていくことを先生は姫宮君にオススメするです」

ようえんころ、「将来の夢は木、何もしなくていいから」と発表会で言ったのを不意に思い出しました。木もアリかもですね」

「どうしても木になりたいなら、そのときは先生が手伝ってあげるです」

めるってことですか……?」

 笑えねー……。

 人は決して1人では生きてはいけない。こればかりは論破できないし、そもそも1人で生きていけるなどと、はなから考えてなどいない。俺はちっぽけな存在だと日々みしめて生きているくらいだ。ちっぽけな存在と認知した上で、必要最低限の人間関係で独り気ままに生きていきたいと願っているだけ。

 挙手し、「どうぞ、姫宮君」と発言の許可をもらう。

「でも先生。あしを取るようで申し訳ないんですけど、『友達は作らなくてもいいけど、クラスには馴染め』ってトンチ利きすぎじゃないですか?」

 トンチどころかエッジききすぎ。こんなもん、一休でも殿とのさまに出題されたら舌打ちレベルだ。たがいがけんのんなムードから「俺一休、お前ファッキュー」「俺殿様、お前何様」的なフリースタイルダンジョンが始まってしまうわ。

 うでを組んでくちびるき出すがらな一休もとい天海先生は、「うーん……」とうなり始める。

 しばらくすると、名案が思いかんだように大きく頷く。

「ではでは、こういうのはいかがでしょうか? 先生の手の届かない、生徒間で発生するイベントなどを姫宮君に協力してもらうというのは。クラスの子たちとれ合える機会を設けるのです」

 ねこの手も借りたいとでも言いたいのか。両手を猫の手にした天海先生がニャンニャンと口ずさむ。はたから見たら可愛かわいいとか思うのだろうが、俺はだまされん。

 嫌に決まっている。誰がしたくもないことのためにタダ働きなどするものか。先生は残業が当たり前で土日もつぶれる職業だから、仕事に対する感覚がしている。教師って本当にブラック。こんな小さな子の思考もくるわせるのだから。

「もちろんタダでとは言いません。先生のお手伝いをけいぞく的に引き受けてくれる場合、この教室の使用を正式に許可します」

「! マ、マジですか……?」

「マジです。先生に二言はないのです」

 夢にも思わない発言に、俺の感情がさぶられまくり。もはや手放すことは当たり前だと思っていただけにしようげきは大きい。

 したくもないことのためにタダ働きは嫌だが、欲しいもののために働くのは至極当然のこと。あれだけ嫌だった提案も、そんな簡単なことでプライベートルームが手に入るんですか? とさえ考えてしまっている。

 俺ってば現金な奴だと思う。甘いみつに飛びつかずにはいられない。

「乗ります! 先生のお手伝いさせていただきます!」

 天海先生の気分が変わらないうちにと高速手のひら返し。

 計画通りとか、お前はチョロインかよと思われようがどうでもいい。こちとら真正の独り好き。人の目など気にしていたらやってはいられない。

 小さい手をパチパチたたく天海先生はうれしげ。

けいやくかんりようですね♪ それでは早速で申し訳ないのですが、姫宮君にお願いしたいことがあります」

「? 何ですか?」

「クラスしんぼく会の幹事をやってほしいのです」

「親睦会の幹事、ですか?」

「はい♪」


 このときは思いもしなかった。幹事の仕事の一件によって、俺のへいおん無事な生活をおびやかされるようになるとは。

※ ※ ※

 親睦会のしようさいやプライベートルーム使用にあたっての注意こうなどを天海先生から聞き終えた頃には、すでに夕陽がしずみかけていた。

 何をするにもちゆうはんな時間ということもあり、いつもより早めの家路に就く。

 こうかいさきたず。やはり、真っ直ぐ家に帰るべきではないと思った。

「は、はるぃ……! 春兄ぃぃぃ────!」

「……」

 我が家にとうちやくし、その足で自分の部屋のとびらを開けたしゆんかん、妹のゆずが泣きベソかきながら飛びついてくる。

 スク水姿で。

「なんて格好してんだよ……」

 生き別れた兄と再会したのかよというくらい小3の妹は泣き声を上げているものの、そんな大層なイベントではない。日常茶飯事な光景である。

「で、今日は何をやらかした……?」

「来て!」

 えることすら許されず。ゆずにぐいぐいと背中を押され、行きつく先は

 おそる恐る風呂場の扉を開けてみる。

「うお……! 気持ち悪っ……」

 よくそうの中がワカメ・ワカメ・ワカメ。

 わかめおうじでも沈んどんのかと思うくらいに、浴槽いつぱいぼうちようした大量のワカメが浮かび上がっており、ゆかには『増えるワカメ(業務用)』とラベルがられた大ぶくろがスッカラカンで放置状態。

 ゆっくりと犯人を見下ろすと、両指をこねくり回しつつ言い訳開始。

「あのね、あのね……! 水に入れると大きくなるビーズをお風呂にたくさん入れて遊んでる動画が面白そうだったから、ゆずもやってみたいと思ったの。でも家にそんなビーズないから、あ! ワカメ! って思って入れてみたの」

「……」

「そしたら、ぶわぁぁぁぁぁぁっ! ってものすごい勢いでふくらみ始めて、ゆずもひゃぁぁぁぁぁぁっ! って! こわくなってお風呂のせん引っこいたら、お風呂の水が全然抜けなくなっちゃったの。これはお母さんに絶対おこられるでしょ? だから春兄を待ってたの!」

「何でお前は毎回、最終的な解決方法が俺待ちなんだよ……」

「春兄は独りでも生きていけるカッコイイお兄ちゃんなんだもん!」

「仮にもカッコイイお兄ちゃんにワカメじよさせようとするなよ……」

 俺を心からすうはいしているであろう笑みには、怒る気力も失せてしまう。

「はぁ……。ゴミ袋大量に持ってこい。あとパイプユニッシュも」

「うん♪」とゆずがキッチンへとけて行き、かいぶつと化したワカメの集合体を処理していくべく制服をいでいく。

「こんなことなら、学校に残るなりきつてんにでも寄れば良かった……」

 家に帰ってくれば、何かしらのトラブルをかかえたゆずが俺を待っているのはめずらしいことではない。大好きなユーチューバーのコメント欄でキッズたちとけんして、アカウントをBANされて助けを求めてきたり、アルミホイルを丸めて鉄球を作ろうとして、俺の部屋で大量のアルミホイルをハンマーで叩き続けていたり。事例を挙げればキリがない。

 万が一何も無いとしても、いつしよにゲームしようだの宿題教えてだのと、兄ばなれができておらず。故に俺は独りのんびりする時間をほつし、放課後は安住の地を求めてほうろうする日々、というわけだ。

 そろそろ妹にはんこう期は訪れてくれないだろうか。

 そんなことを考えつつ、いそくさい浴槽に手を突っ込み、ゴミ袋へワカメをぶち込んでいく。

 というかアイツ、よくワカメ風呂に入ろうと思ったな……。

※ ※ ※

 翌朝のショートHRホームルーム。降りそうで降らない空模様を自席からながめていると、きようだん前に立つ天海先生が生徒たちの注目を集める。今日も絶好調に身長は小さく、足りない身長を補うためのだい、黄色いおけをひっくり返した上に立っている。つうの踏み台を持ち歩くより、チョークや出席簿を入れることができる風呂桶がベストなんだとか。ろうで出くわすと今から銭湯に行く小学生にしか見えないし、銭湯によく行くという発言から、マイ桶として持参しているのではなかろうか……。

みなさーん。4月も半ばに入りましたが新生活は慣れてきましたかー?」

 歌のお姉さん的な発言なものの、お姉さんのけ声で集まって来るチビッ子のほうが先生には適役だと思う。

「慣れたという子も、まだまだ慣れていないという子もいると思います。そこで先生からの提案です。もっと皆さんがきよを縮めるためにクラス親睦会をしたいと思います」

 昨日のうちに話を聞いていた俺はしんせんな反応ができないものの、初耳のクラスメイトたちは当たり前に様々な反応を示す。賛成か反対かはさておき、提案するにはベストなころいだと思う。4月末の仮入部期間が終われば本格的に部活が始まるし、交友関係が間もないやつらが休日に集まるきっかけにもなるから。

もちろん、無理に参加しなくても構いませんし、先生のポッケから多少ではありますがお金も出そうと思っています」

 ポケットマネーが支給されると聞き、「「「おお───!」」」とザワツキ始める生徒たち。

 クラスの調子者たちが、「アマちゃんのクラスで良かった!」「小さいけど太っ腹!」などと都合よく持てはやし、天海先生もまんざらでもなさげに、えっへん! と胸を張る。2週間足らずで生徒の心をわしづかんでいるのだから大したものだが、金で生徒の心を摑むのは大人としていかがなものか。

 チラ、と天海先生の視線が俺へと向けられる。

「そこでです。大まかなことは親睦会の幹事さんに一任したいと思っています。ということで! 親睦会の幹事さんをやってもいいよー、という心優しい子を大大大しゆうします。どなたかいませんかー?」

 ナチュラルにハードル上げるなよ。

 けどまぁ、そんなハードルもプライベートルームのことを考えるとやすいもの。

 天海先生と交わしたけいやくじゆんしゆすべく、遵守してもらうべく、ゆっくりと手を挙げる。

 いつしゆん、俺へとクラスメイトの視線が集まってくるのが分かった。「え? お前が?」という文字が顔には張り付いている。

 けれど、直ぐにどうでも良いといったように、視線を前へともどす。

 予想通りの反応である。はっちゃける奴らは、はっちゃけることしか考えないし、目立ちたくない奴らは、目立たないことしか考えない。共通こうとしてめんどうなことはしたくない。

 俺だってそうだ。理由が無ければ手など挙げない。理由無しに手を挙げる奴のほうがどうかしてるとさえ思う。

 天海先生もうなずいたし、もういいだろうと手を下げようとした瞬間だった。

 クラス中がザワついた。

「先生、私も姫宮君と幹事します!」

 あ?

 手を挙げる人物のほうへり向けば、クラスメイトがザワつく理由を納得してしまう。

 この人気者ならやりねないと思ったから。

 丁度良くチャイムが鳴り、先生は大満足げな表情かべつつ、風呂桶から飛び下りる。

「ではでは。よろしくお願いしますね♪ 姫宮君と美咲さん」

「はい! がんろうね姫宮君!」

「お、おう……」

 2人目の幹事となった美咲華梨が、あいきようたっぷりに俺へと微笑ほほえみかける。あまりのまぶしさに、自分でも出ているか出ていないか分からない返事しかできず。

 なぜ予想できなかったのだろう。カリン様と呼ばれる博愛主義者の美咲なら、親睦会の幹事に立候補しそうなことなど容易に想定できたはずなのに。

 けどだ。想像できようができなかろうが、俺が幹事に立候補しない理由にはならない。こちとらプライベートルームを自由に使える権利がかかっているのだから。

 ポジティブに考えていこう。2人で分担して作業するほうが楽な仕事もあるし、人気者の美咲だからこそ進行しやすい作業も多いと。

※ ※ ※

 放課後。早速、堂々と使えるようになったプライベートルームでひままんきつ中。

 天気は相変わらずのりようで、一向に雲がうすくなっていく気配は見えない。むしろくなっており、ついにはポツポツとすいてきが窓に付着し始める。

 窓しにグラウンドを見下ろせば、「これしきの雨、降っているうちに入らない」とでも言いたげ。何処の部活動も何食わぬ顔して、それぞれのスポーツに精を出している。

 じゆんすいにスゲーと思ってしまう。有り余っているエネルギーを発散させている姿は、見ている分にはカッコいいとさえ感じる。しかし、あの中に自分が入ることを想像すると、苦笑いしかいてこない。我ながら似合わなすぎる。

 時計を見れば17時手前。これ以上、天気がひどくなる前に帰ってしまおうと、読みかけの本をカバンにしまう。今日はゆずがスイミングスクールに通う日だし、家に着いたら自分の部屋でゆっくりできるだろう。


 ビニールがさを持ってきて正解だったと思いつつ、正門目指して歩いていると、

「おーい、姫宮くーん!」

 後方から名前を呼ばれて振り向けば、駆け足で走って来る少女の姿が。

 美咲だ。

「駅まで傘に入ーれて♪」

 小雨が降り注ぐ中、両手を合わせてお願いする美咲は、それだけでも絵になる。故に傘などらないのではなかろうか。

 だからと言って、「無理。これ1人用だから」と非道な一言を告げて立ち去れるわけもなく、美咲の入るスペース分の傘をずらす。

「どうぞ」

「ありがとう!」

 その晴れやかな笑顔を俺でなく空へ放てば、厚い雲などき飛ばせるのではなかろうか。

 美咲は律義にも、「おじやします」としやくしてから傘へと入って来る。

「ゴメンね。それじゃ行こっか」

「おう」

 俺が一歩踏み出せば、美咲も一歩、また一歩と横を並び歩く。さすがは美咲。俺へとかたれようとお構いなしで、さも友人、をすればこいびとのよう。俺だって男子高校生だ。やった! カリン様とあいあいがさだ! と、テンションを上げることはないものの、芸能人やモデルとそんしよくない奴と相合傘ともなれば、意識してしまうのは仕方がない。

 正門を出たタイミングで美咲にたずねられる。

「姫宮君も部活見学?」

「ん? ああ、ちがうぞ。天気が良くなるのを待ってただけで、結局、雨が降って来たからあきらめて帰るとこ」

「ふふっ」

「? 何で笑うんだよ」

 お前の顔面キモすぎワロタ。とでもとうとつに思ったのだろうか。

 というわけではないらしい。

「だってさ。姫宮君って、「俺は雨が好きだ……」的な感じだもん。朝のショートHRのときも、ずっと空眺めてたし」

「なんだよ、そのカッコつけてる感じ……。というか、普通に晴れのほうが好きだから。余計な手荷物増えるし」

「そうだよねー。今はもうあったかいけど、冬の雨なんか特に私は苦手。あとぜんぱん苦手かな。かみ広がっちゃうし」

 困ったものですよ、と頷く美咲のつややかな髪がれる。雨の日でもお構いなしに優しく光る髪も、梅雨の時季には苦戦するようだ。

「『も』ってことは、美咲は部活見学してたのか?」

「うん。マネージャーやらないかって、何人かのせんぱいさそわれてたから。誘われた部活を全部見学してたら、こんな時間になっちゃった」

 1つ1つ足を運ぶのが美咲らしい。人気者は大変だな。

 美咲は「うーん……」とうなる。

「どの部活もいまいちピンと来なかったよ。というか、押しに負けて見に来ただけの私が、マネージャーするのは失礼だなって実感しただけ。見学に行って期待させちゃったし、先輩たちには悪いことしちゃったな」

「無理に誘われて足を運んだんだから、気にしなくていいだろ」

 そうかな? とホッとするような表情を浮かべる美咲が、少しずかしげに笑う。

「私が運動苦手っていうのもあるんだけどね」

「へー、意外だな。勝手なイメージだけど、美咲って何でもできる奴だと思ってた。入試で一番だったし」

「私が何でもできる? できないできない」と美咲は手と首をおおに振る。

「入試では確かに手応えあったけど、たまたまだよ。それに私が何でもできる人なら、乙塚高校よりもっとへん高い高校行ってるでしょ? かん高校とか」

「家が近いから選んだとか?」

「姫宮君、まんの見すぎ」

 ずい、と一回り小さい美咲がのぞき込むように見上げてくる。

 否定はできんとだまった俺に対して、「あはは! 図星なんだ!」と美咲が笑うのだが、不快感は全くない。むしろめいなことなのではないかとさつかくしてしまうくらいだ。


 その後の帰路も、美咲のコミュ力におどろかされるばかりだった。共通の話題などしんぼく会の幹事くらいなのに、会話がれたり気まずいふんになることがない。何のへんてつもない話も、2人だけの特別な話のように錯覚させられてしまう。マジシャンかよというくらい錯覚させてくる。

 何より驚かされるのは、学校以外でも美咲の愛されっぷりがじんじようじゃないこと。

 パン屋の前を通り過ぎれば、店前をそうする店長らしきオバさんが、「あら華梨ちゃん、気を付けて帰りなさいね」と笑顔で見送ってくれ、「はーい。また買いに来ますね!」と美咲も愛想よく手を振って別れを告げる。

 交差点で信号を待っていれば、「おじようちゃん、この前は助かったよ。友達といつしよに食べな」といつぞや助けたらしいおじいさんからもらい、「わー! イチゴ大福だ! ありがとう!」と美咲はてんしんらんまんな笑みで感謝する。

 公園横を通り過ぎれば、飼い主そっちのけで大型犬が美咲にり寄ってくる。「タロウは相変わらず元気だね~! 早く帰らないとズブれになっちゃうぞ~」と、しゃがんだ美咲は犬の首元をワシャワシャと両手でで回す。

 人間だけでなく動物にも愛されてるとか。コイツには地域密着型アイドルでも打ちできないだろう。

「すごいな。高校卒業するまでに、ここら辺の人たち全員と仲良くなれそうな勢いだぞ」

「えへへ。もちろん地域の人たちみんなと仲良くなりたいと思ってるよ。でも、それよりも先に全校生徒の皆と仲良くなるのが私の目標なんだ」

「全校生徒と?」

「うん!」

 決してじようだんで言っているわけではないことが、たった一言の返事で分かってしまう。それだけでなく、ぼうにも近い目標のはずがコイツなら簡単に達成してしまうのではないかとさえ思える。

 美咲のにゆうひとみが、ビニールがさしにろんな空をながめる。

「高校生の3年間ってあっという間だろうし、せっかくの高校生活だもん。皆と仲良く過ごせれば絶対楽しいから」

 俺の目に広がるくもぞらではなく、んだ青空が美咲には見えているようだった。けれど、不確かな世界を心から楽しみにしているのだとすれば、同じ景色が見えているのだろう。

 俺としては人との関わりが多ければ多いほどストレスはまるし、めんどう事が増えるだけとしか思えない。何より、独りで過ごすほうが気楽で楽しい。

 俺が理解できないように、美咲からしたら俺の考えなどとうてい理解できないに違いない。俺が思うマイナスなことなど、美咲にとっては、ちっぽけなことだろうし。ちっぽけだからこそ、カーストの上下であったり、老若男女も問わずに分けへだてなく人と優しく接することができるのだから。

 結論。俺と美咲は分かり合えない。

 とはいうものの、たがいの考えが理解できなくとも構わないではないか。別に理解されようとも思わんし、分かり合う必要もない。ウチはウチ、ヨソはヨソ。

 マイノリティだろうがマジョリティだろうが、天動説だろうが地動説だろうが、自分の正しいと思える道を真っ直ぐ進めればそれで良い。

 かんしようしない平和にかんぱい


 気付けば駅前。ロータリーに入り傘を閉じると、

「ありがとね、姫宮君」

 感謝を告げる美咲はパーソナルスペースがせまいためか、相合傘のときと、さほど俺とのきよはなさない。

「姫宮君ってもっと固い人だと思ってた。ていしゆ関白! ちゃぶ台バーン! って感じの」

「俺のイメージどんなだよ……。亭主関白で固いってことは、がんってことか?」

「頑固というか、何て言えばいいんだろ? うーん……」

 そういう意味ではないが、言い表す表現が見当たらないらしい。

「でもさ。実際、話しかけるなオーラ結構出してるでしょ?」

「意図的には出してない。出てるだけだ」

「それは同じだよ……」

 自然にれているなら俺は漏らし続ける。まんしてぼうこうえんになどなりたくない。

「もっとやわらかくしたほうが友達たくさんできるよ。笑顔、笑顔♪」

 美咲の120点の笑顔に対し、愛想笑い返し。

「もっと口角を上げなさーい」

 美咲が両方の人差し指で俺のほおをリフトアップ。俺の目が死んでいるだけに「……ぷっ。あはははは!」と笑われてしまい、結果、美咲の笑顔が200点になっただけ。

 改札をけ、うめ方面とひめ方面のホームへと分かれる中央で美咲は立ち止まる。

「私は姫路方面だけど、姫宮君はどっち方面?」

「梅田方面」

「そっか。じゃあここでバイバイだね」

「ん」

 愛想の良い美咲に対し、不愛想この上ないのは重々承知。デフォルトがこれだから仕方ないし、直すつもりもサラサラない。

「傘持ってけ。俺、駅から家近いから」

 傘の持ち手を差し出せば、俺の行動が予想外だったのか美咲はキョトン、とする。しかし、直ぐにうんうんとうなずき始め、いつもの朗らかな笑みへともどる。

「やっぱり姫宮君って亭主関白だよ。いつしゆん、キュンッとしちゃった」

「……。反応に困るから、そういうのは口に出さないで欲しい」

 あはは! と笑う美咲だったが、乗るであろう直通特急のアナウンスを聞くと「あ……電車来ちゃった」と、さもしそうにつぶやく。

 早く受け取れと傘を揺らすが、

「また明日ね!」

「だからかさ──、……」

 受け取る気はサラサラないと、美咲はホームへと続くエスカレーター目指して小走り。

 エスカレーター手前。未だに立ちくす俺へと美咲がり向く。

 カバンから何かを取り出し、それを見せびらかしてくる。

 たたがさだった。

「あいつ……」

 作戦大成功と言わんばかりに白い歯を見せつつ、美咲は手を振ってくる。

「親睦会の幹事、がんっていこうね! 私も姫宮君のちようせんを全力でサポートするから!」

「ん? あ、ああ……」

 傘が無いフリをしていたのは、帰り道にひまつぶしたかっただけか、はたまた親睦会の幹事同士だからか。いや、俺とも仲良くしようと手を差しべただけか。

 美咲が見えなくなり、俺も梅田方面を目指して歩き始める。エスカレーターに乗りつつ、ふと、別れ際の美咲の言葉にかんを感じてしまう。

「まぁ、気のせいだろう」と、イヤホンを耳へと付けて音楽を再生していく。

※ ※ ※

 翌朝。昨夜の雨模様がうそのような快晴。グラウンドもかわききり水たまり1つなし。

 今日も1日、へいおん無事な生活を望みつつ、自分の席へと向かう。

 しかし、そこには、

「おはよう、姫宮君!」

「お、おう……」

 呆気にとられてしまう。俺の席には学園アイドルの美咲が座っていたから。

「昨日はありがとね」

 朝にもかかわらず、気だるさをじんも感じさせない笑顔がまぶしく、お天気お姉さん顔負け。

 周囲の視線が痛い。表情だけで「何で?」とか「姫宮のくせに」という言葉を表現できるのだから大したものだ。役者でも志望すればいいのに。志望して世界の広さに絶望すればいいのに。

 傘の件で小言の1つでも言いたいところだが、クラスメイトにこれ以上注目されるのはいやだからえてれない。

 どいたどいた、と美咲を俺の席から追い出してこしを下ろす。

「親睦会のことか?」

 俺の言葉と同時。柔らかい印象だった美咲の瞳が細まり、なみだぶくろが強調される。むすっ、とした表情に。

「用事が無いと話しかけちゃダメみたいな発言は傷つくなー」

「でも実際、親睦会関係だろ」

「減らず口めっ」

 短く舌を出す美咲だったが、直ぐにげんな演技をめて「そうなんだけどさ」と、いつもの笑みに戻る。

「昨日も話したけど、今日から色々やっていこうと思うんだ」

「俺は何をすればいいんだ?」

 俺の質問に対し、よくぞ聞いてくれました! と、美咲は手のひらをきつけてくる。

「5人だよ姫宮君」

「5人?」

「うん。まずはクラスの男の子5人に話しかけてみよっか」

「……は?」

 ナニイッテンダコイツ。

 ??? 本気で意味が分からない。にぎこぶしを額へ合わせ、目をつぶって考えてみても結果は変わらず。聞きちがいかもと美咲を見てみるが、相も変わらずニコニコ。

「?」と首をかしげる姿も可愛かわいくて、無駄に腹が立つ。ナンダコイツ。

「……あのさ。しんぼく会の予定を立てていくんじゃないのか?」

 お前は何も分かってないなー、と言いたげに、美咲は人差し指をらす。

「姫宮君は親睦会の予定を立てる以前の問題だよ。まずはウォーミングアップとして、皆とコミュニケーションをしっかり取ることから始めていこうよ」

 遊び人で経験積まないとけんじやにはなれない的な?

 親睦会の予定って、コミュ力上げから始めないとダメとか初耳だ。

 ……なわけあるか。

 要するに、美咲は試したいのだろう。いつも自分の席で独りな俺が、親睦会の幹事をえんかつに進められるコミュ力を持っているかどうか。

 いや、違うな。持っていないと思われているからこそ、ミッション的なものを提案しているわけだし。まぁ、俺がコミュ力持ってないのは正解だけど。

 少し前の俺ならば、「断る。コミュニケーションなどクソくらえ」と中指を立てていたかもしれない。美咲に中指を立ててクラスの男たちに中指をへし折られていたかもしれない。

 だがしかし。プライベートルームという文字が頭にかんでしまう。さらには、天海先生の言っていたセリフさえ浮かんでくる。


「学校行事やイベントではコミュニケーション能力はひつ


 うむ……。郷に入っては郷に従え。

 ましてや、人を束ねるような仕事が全く未経験の俺である。コミュ力モンスター美咲の提案なだけに、幹事の仕事をこなしていく上で合理的な気がしてきてしまう。

 それだけでなく、

「物事には順序があるから、1つずつ頑張ってみようよ。もちろん私も協力するから。ね?」

 美咲にとっては不必要な業務、俺に関することなのに、ここまでたのみ込まれてしまえばバツが悪い。ありがためいわくなことに変わりはなくともだ。

 これもプライベートルームのためか……。

「はぁ……。男子5人に話しかければいいんだな?」

「うん!」

 しぶしぶの俺とは対照的に、「えらい姫宮君!」と喜ぶ美咲。何がそんなに偉いものか。

「早速だけど、今から頑張っていこうよ」

「分かった」

「一言二言でもだいじようだから、あせらずに落ち着いて話していこうね」

 頷きつつ重い腰を上げれば、美咲が俺の横へと並んでくる。

「ん? 美咲も付いてくるのか?」

「うんっ。私がとなりでサポートするから安心してね」

「いや、全然1人でいいけど」

「……え?」

 というか1人がいいんですけど。

 仕返し? 今度は美咲が、ナニイッテンダコイツみたいにフリーズ。思考停止する美咲の顔をながめていても、整ってるなぁコイツくらいしか思わないし時間の無駄。

 びしつつ周囲をわたす。おおよそのクラスメイトはすでに登校しているようで、仲の良い友とれいが鳴るまでの時間を談笑していたり、1人でスマホをいじっていたり、宿題に追われる者もチラホラ。

 うん。ある程度目星は付けた。

「本当に大丈夫……? 私もいつしよに付いて行くよ?」

「過保護のオカンかよ。お前はそこで見といてくれ」

「で、でも無理しないほうが──、」

「行っちゃった……」という美咲の言葉を背に、窓際席の男子のもとへ向かう。

 辿たどり着いたと同時、

。悪いけど、寒いから窓閉めてもらってもいいか?」

「あいよー」

「ども」

 1人目達成。

 その近場。飴屋と武智のもとへ。

 飴屋は今日も鏡を見てこなかったのか。

「飴屋。ぐせひどいぞ」

「えっ……、これ、ワックス付けてんだけど……」

「え」

 俺だけでなく、武智までもがしようげきの事実におどろきをかくせない。

 かんではあるが、現実を受け入れるなら早めのほうが良い。

「女子たちから寝ぐせヤバいって言われてるから、セットするならちゃんとセットしたほうがいいぞ」

「……噓……だろ……?」

 そんなオサレに言っても、かみがたはオサレにはならないからざんこくだ。

「噓をつくために、わざわざ俺が話しかけに来ると思うか?」

「……思わない」

「雑誌でも買って頑張れ。あと、武智おはよう」

「えっ! あ、おは、おはよよ……」

 2人目と3人目達成。

 自分の席へと帰り際。2人組の男子の会話が聞こえてくる。

「芸術のせんたく科目、何にする?」

「何があったっけ? 美術と音楽と……」

「書道だぞ」

「おお、そうそう!」「教えてくれてサンキュなー」

「どういたしまして」

 4人目と5人目達成。はい終わり。

 経過時間は3分も経ってないと思う。自分の席に座り直し、目の前のポカン、と口を開けたまま固まる美咲へと話しかける。

「今のでいいのか?」

 数秒のちんもく後、ようやく我に返った美咲は大興奮。

「バッチリだよ姫宮君! 1人で話せるどころか、予想よりずっと早く達成できたからビックリしちゃった! 不愛想なのが少し気になっちゃったけど!」

 不愛想で悪かったな。

 というか、

「たかが話しかけただけだろ。そんなに俺がしやべれないやつと思ってたのかよ」

「! ……」

 はくしゆを止めた美咲は、視線をらすと白々しく口笛をピーピーき始める。

「マジかお前……」

「だ、だって! 姫宮君がみんなと話してるとこ見たことなかったんだもん。てっきりずかしがり屋かと……」

めるなよ。俺は話しかけられないんじゃない、話しかけないだけだ」

「話しかけなよっ!」

 用があれば話しかけますけども。

「でも、良い方向に予想外ならだいかんげいだよ。話しかけることにていこうないなら、これからはもう少し難しかったり、具体的な課題を出していくね」

「まだやんのかよ……」

「まだまだ道のりは長いよ?」

 そんな、「俺たちの戦いはまだまだこれからだ!」的な発言されてもだな。打ち切りでいいんじゃないですかね。姫宮春一の来世にご期待くださいって最後のページにれとけよ。

※ ※ ※

 以降の休み時間も俺のコミュ力を上げるためにと、美咲かんしゆうによるなぞのコミュニケーション講座は続く。ウォーミングアップというだけあり、そこまで大層なものでもなく、ただ単に出された課題をこなしていくだけ。朝の段階では美咲と一緒にいるとこうしつの目を向けられたものの、親睦会業務のいつかんと認知されれば、一緒にいても悪目立ちしなくなったのは幸いか。全然、業務じゃないのだが。

 果たして、こんなことをやってコミュ力が身につくのだろうか。「あ! このシチュエーション、進研ゼミでやったことある!」という日が来るのだろうか。絶対来ねーよ。

 しかし、り返しとなるがプライベートルームのためである。


 1限目終わりの休み時間。課題はクラスメイトの相談に乗る。

「いい姫宮君? この課題は、困ってたりなやんでる人の発見から、相談に乗るまでのセットだからね。さっきの課題より難しいけどがんって!」

「りょーかい」

 美咲に見送られつつ、教室内をじゆんかい。すると、机に置いたバイト求人誌を囲うように話し合っている男子2人組の姿が目に入る。

 会話から察するに、2人一緒にバイトする場所を探しているようだ。

「だいぶしぼったけど、どこからおうすんよ?」

「うーん……。条件はあんまし変わんないから、どこでもいいかなぁ。正味な話、人間関係良好なとこだったら時給安くても俺、全然いいわ」

「分かるわー。けど、求人誌だけじゃ人間関係なんて分かんねーよなぁ……」

「悪いところなら大体分かるぞ」

「「え……?」」

 フォロー外から失礼しますかのごとし。2人の背後から俺登場。

 いきなり話しかけられ、「こ、こいつの名前なんだっけ……?」的に固まる2人をしりに、候補であろう求人誌に赤マル付けている店を指差す。

「例えばこの焼き肉屋。『スタッフ全員、家族みたいに仲が良い』とうたっているが、写真に写ってるスタッフは派手なグループと地味なグループに見事に分かれてる。全員仲が良いというのはうその可能性大だな」

「マジか……」「ホントだ……」

 次いで、別の赤マルの付いた店を指差し、

「こっちの居酒屋もあやしい。週1日3H~可、高時給、髪型ネイル自由、簡単なお仕事ですとか、良い条件しか書いてないのにスタッフを大量しゆうしてるからな。そんだけ好条件でスタッフが大量に欲しいってことは、人間関係に問題がある可能性が高い」

「「な、成程……!」」

「人間関係が良いところを見つけるのは難しいかもしれないけど、悪かったり怪しそうなところは案外見つけやすいもんだぞ」

 目からうろこといったようにうなずく2人は身を乗り出す。

「この店! この店はどうだ!?」「こっちの店も見てくれ! というか、良さげなところ選んでくれ!」

「おう」と言いつつ、美咲のほうをり向く。

「クリアだし、すごいよ? けど、アドバイスが後ろめたいから素直にめづらい……!」


 2限目終わりの休み時間。課題はクラスメイトの良いところを10コ以上褒める。

「いい姫宮君? 1人1コでも大丈夫だから、皆の良いと思ったところを素直に口に出していこうね。言葉で伝えるのって、案外勇気がいることだから頑張ってみて!」

「はあ」

 美咲に見送られつつ、教室内を見渡す。すると、ロッカー付近で談笑するリアじゆう男子たちを発見。イケメン波川俊太郎と、取り巻き的ポジションの伊刈とごしたちだ。

「俊君、仮入部なのにテニス部の部長に勝ったとかヤバすぎっしょ! もう期待のエースじゃん! てか部長じゃん!」

「勝ったって言っても、ミニゲームだからな? おおすぎ」

「でも、俊太郎って全中出てんし、5歳からテニスやってんだろ? そりゃ部長でも勝てねーわ」

「波川はイケメンなのにテニスもいのか。すごいな」

「「「うおっ!?」」」

 死角からの話しかけに波川たちが声をあららげる。

 どーも皆さん、おはこんばにちは。第三の取り巻き姫宮です。

 ずっと俺のターン。

「波川は、イケメン・テニスが上手い・身長が高い・スタイルが良い・人気者、えっと、あとさわやかだな」

「あ、ありがとう……」

 あと4つ。

「夏越は、ヘアスタイルがオシャレ、制服の着こなしがオシャレ、くつがオシャレだな」

「バリエーション……」

 あと1つ。

「伊刈は、えっと……。…………うん、お前は声が大きいな」

「……。おお……」

 コンプリート。

 混乱するリア充グループにしやくしつつ、美咲のほうを振り向く。

「見切り発車で話しかけられる度胸が逆にスゴい……!」


 3限目終わりの休み時間。課題は、クラスの女子グループの会話に混ざる。

「いい姫宮君? 今までは男の子にしか話しかけてこなかったけど、今回は女の子、しかもグループ限定だからね。すごくハードル高いし、きんちようしちゃうと思うけど頑張って!」

「はいはい」

 美咲に見送られつつ、教室内で耳をませる。そして、とある女子3人組の会話をキャッチ。いわゆるガールズトーク中。

「ウチらのクラスで彼氏彼女がいる人って、どれくらいだと思う?」

「んー。さすがに高校生になったばかりだし、数人だけじゃないかなぁ」

「私もそう思う。華梨ちゃんと波川君はこいびといるだろうから、そのことまえると4、5人くらい?」

「美咲はいないっぽいから、3、4人じゃないか?」

「「「えっ」」」

 盛り上がってるところに失敬します。

「美咲が、「今は恋人を作るより友達をたくさん作りたいから、ごめんなさい」って告白を断ってるところを見たことがあるんだ」

「マジ!?」

「ちょっとくわしく聞かせてよ!」

「座って座って!」

 さすがはJK。こいバナの前では、俺への不信感は簡単に消え去っている。

 すすめられるがままにへと座り、ガールズトークwith H(姫宮)を結成。

 すかさず美咲のほうを振り向く。

「女子トークに簡単にけ込めててすごい! けどだよ? 何でそのこと知ってるの!?」

 校内をのんびり散歩している道中に、もくげきしてましたから。

※ ※ ※

 昼休み。美咲の表情は、底なしにうれしげ。

「すごいよ姫宮君! 用意してた課題が、午前中でほとんど終わっちゃった!」

「ソーデスカ」

 慣れないことをし続ければ、そりゃ心も失う。もとより感情ははくだが。

「殆どってことは、まだあるんだろ? 次に俺は何をすればいいか教えてくれ」

 決してヤル気があるわけではない。さっさと終わらせてへいおんな時間を取りもどしたいだけである。俺は夏休みの宿題は7月で終わらせて、8月をエンジョイするタイプの人間だから。しかし、美咲としては、俺の言動がヤル気から来ているとかんちがいしているっぽい。

 もっとよく見ろ。お前のキラキラしたひとみに映る男の表情は死んでいるだろう。

 もとから死んでるから気付かないってかバカヤロウ。

 我ながらくだらない1人ツッコミをしていると、「次の課題を発表するね」と美咲は空気を改める。

「クラスメイト40人と話してください」

ずいぶん多いな。というか全員だな」

「本当はボツにしてた課題なんだ。はんが広すぎるし、単純だからこそ難しくなるのは分かってたから」

 ボツにした理由も頷ける。クラスメイト全員ということは、今までのように話しかける人間を選定することができない。何より、かんげいされていない人物にも話しかけなければいけない。美咲くらい人気者ならやすく達成できるだろう。けれど、中間層くらいのやつならなんするレベルだし、俺くらいのカースト層になれば、できない奴のほうが多いと思う。

 美咲は真っ直ぐに俺をえる。

「ボツにしたんだけどさ。簡単に課題をこなしていく姫宮君の姿を見てたら、できるんじゃないかなって思っちゃうんだ。だからね、すごく難しいとは思うけど、この課題をしゆうりようテストとして頑張ってみてくれないかな?」

「やることないからやれ」とかだったらきやつしていたが、美咲なりにおもわくがあるようだ。

「まぁ、課題が最後だって言うならやるよ」

「うんっ! ありがとう!」

 大した奴だよな。俺のために提案していることなのに、感謝するのだから。

「課題の期限は、今週末までを目指そっか」

「分かった」

 間もなくして、「華梨ちゃーん。となりクラスの子が呼んでるよー」と出入り口前にいる女子が美咲に呼びかける。

「はーい。ごめんね姫宮君。呼ばれてるみたいだから行くね」

「おう」

「今までの集大成だから、きっと大変になるだろうけど頑張ろうね!」と、手を振ってくる美咲に別れを告げ終え、かべけ時計を見上げる。まだ半分くらい時間は余っている。

 美咲がいなければだれに話しかけても意味はないものの、課題を進めることはできる。

 独りの時間をまんきつしたい気持ちをグッ、とおさえつつ教室を去る。

※ ※ ※

 帰りのショートHR。おけに乗った天海先生がいつも通り、今日までに伝えておきたい諸れんらくを話し終える。最後に、「何かみなさんから報告したいことはありますかー?」と周囲をわたすお決まりパターン。いつもなら、特に何もなく帰りのあいさつめるが今日は異なる。

 美咲が、「えっ?」と声を出す。

 俺が手を挙げていたから。

「はい、姫宮君。どーぞ」

 天海先生から発言の許可を得て立ち上がり、そのままクラスメイトに話しかける。

しんぼく会の参加人数や希望日をあくしたいから、今から配るアンケート用紙を記入していってほしい」

 昼休みのうちに天海先生に印刷してもらっていたお手製のアンケート用紙40枚分を、一列ずつ配布していく。

 俺は夏休みの宿題をもらった当日からやっていくタイプ。天海先生から幹事をたのまれた日の夜からアンケート用紙は作っておいたのだ。

「もし、書き終わったら俺のところに持ってきてくれ。期限は今週末までで頼む」

 プリントを全て配り終わり、美咲のほうをながめる。

 美咲の表情は目が丸で、口が逆三角になっていた。

「え……。ど、どういうこと……?」


 俺がそう当番を終えるのを待っていたかのよう。美咲は教室に入って来ると、そのまま俺のもとに。

 美咲はおこっているのではなく、取り乱している。

「姫宮君! どうしてみんなに話しかけないで、アンケート用紙を配ったの!?」

「40人全員分のアンケート用紙を配れば、あとは回収するだけで全員と話すことができるからだけど」

「! ……な、成程」

「勝手に親睦会の業務を進めて悪いとは思ってる。けど、結局はスケジュール調整する必要もあったわけだし、結果として一石二鳥だっただろ?」

「確かにそうなんだけどさ……」

 美咲はイマイチに落ちないようだが、合点していることも多いようでブツブツとつぶやく。

「できてる、できてないかで言うと、でき過ぎてるくらいなんだよね……。たった数時間で皆と話す理由を作ったり、皆の前でつうに話せたり……。やっぱり何も問題ない……」

 自問自答することしばらく。美咲は、ようやく納得のいく答えを出せたようで、「うん」とうなずく。そして、にこやかな笑顔で告げてくる。

「コミュニケーション講座は無事全てしゆうりようです」

「いいのか? まだアンケート用紙を配っただけだぞ」

「皆に話しかける理由をたった1日で作れただけで、合格あげられちゃうよ。それに、皆の前で姫宮君が話す姿を見たら、何も問題ないことくらい分かっちゃったしね」

「今日1日おつかれ様!」と、改めて美咲から賛辞とはくしゆを送られ、あんの息がダダれ。

「やっと終わったか……」

 さすがに今日は疲れた。いくらプライベートルームのためとはいえ、休み時間は絶えず美咲の課題をこなしていたから。疲れはもちろん、あつとう的独りの時間が不足している。

 早くプライベートルームでゆっくりしたい……。

 カバンを背負い直し、「じゃあ、今日はこれで」と立ち去ろうとする。

「待ってよ姫宮君」

「? まだ何かあるのか?」

「そうじゃなくてさ。せっかくだし皆でいつしよに帰ろうよ」

「え」

 皆とは、教室の出入り口前にいる女子2人のことだろう。美咲と仲の良い2人は俺たちの会話が終わるのを待っている様子だ。

「一緒に帰ろ。ね?」

「あー悪い。俺、まだ学校残るから」

「……え?」

 断られると思っていなかったからか。にこやかだった美咲の表情が一気にかげりを見せる。その反応は、一緒に帰ることを断られたにしては、あまりにもオーバーに思えた。

「一緒に帰れないの……?」

「? おう」

「どうしても……?」

「まぁ、どうしてもだな」

 仕方ないんです。俺、プライベートルームで独りゆっくりしたいんです。

 未だに俺の返答に納得がいかないのか。美咲はしばらく俺を見続ける。

 何だろう? 俺の様子をうかがっているような気がせんでもないような?

 よく分からん。

「悪いけど、俺もう行くから」

 再び別れを告げれば、「あ──、うん……。また明日ね」と、いつもとはちがったテンションで美咲は別れを告げてきた。

 教室を出てプライベートルーム目指す道中、考えてしまう。

 美咲は何故、あそこまで残念そうな反応を示していたのだろうか。

 皆仲良く一緒に帰りたかったから?

 帰りに親睦会の予定を立てようと思っていたから?

 人気者である自分が断られるなんて予想外だったから?

 思いかぶ回答はイマイチしっくりこないものばかり。

 分からないものを考えるだけ時間のか。

 切りえるべく、今から何をして独りを満喫しようか考えつつろうを歩いていく。

※ ※ ※

 プライベートルームへととうちやくし、大きくび。未だに少しほこりっぽいが、独りだけの空間というだけで快適なかんきように変わりはない。ましてや、この部屋を守るために今日1日働いたのだから今まで以上に快適さをみ締めてしまう。

 いつもなら椅子1つにこしけて独りの時間を満喫していくが、今日ばかりは特別。ぜいたくに3つ並べた椅子をベッド代わりに横たわってしまう。

 わずかに開いた窓から入って来る春の風が心地よく、やわらかい日差しはじんわりと身体からだを温め続ける。俺はえんがわに横たわっているのかとさつかくしてしまう。

「うん……、俺はこのために生きている……。というか、もう死んでもいい……」

 独り最強かよ……。

 今日はそこそこ頑張ったし、これくらい安らいでもいいじゃないか。

 うっすら開いていた目がじよじよに閉じていき、意識がれ途切れになっていく。すいがかなりのところまで来てしまっているようだ。

 睡魔に逆らう必要もない。完全にひとみを閉じてしまう。


 どのくらいていただろうか。

「起きて。ねぇ。姫宮君ってば」

「……ん」

 誰だろうか? 誰かが人の贅沢な時間をじやしている?

「…………ちっ」

「舌打ち!? ごとだよね! 故意じゃないよねっ!?」

 声のトーンが大きくなり、身体まで強くすられれば起きざるを得ない。

 目を開けば、

「み、さき……? ……。美咲ぃ!?」

「あ。やっと起きた。おはよう」

「お、おう……」

 西日よりまぶしい笑顔の美咲がおむかえ。

 新妻に朝起こされるシチュエーションは、男ならかなり上位のランキングに入ってくるのではなかろうか。しかし、今は夕方前だし、俺はしようがい独身を望んでいる身なのでひびかない。それどころか勝手に起こされて殺意すら芽生えている。

 横たわる俺をちゆうごしで見降ろす美咲は、スカートの中が見えないようにとモモに両手をえているものの、胸を強調させるポーズがかえってなやましい感じでエロい。

 とかしょうもないことを考えている場合ではない!

「か、帰ったんじゃないのか? というか! 何でこの場所にいるんだ?」

「えっとね。姫宮君にどうしても伝えたいことがあったから、私だけもどって来たんだ。それでアマちゃん先生を見かけたから、「姫宮君どこにいるか知りませんか?」って聞いたら、多分ここにいるって」

 あの幼女、チクりやがったな……。

 コソコソする必要性は無くなったとはいえ、極力バラしたくはないのは言うまでもない。パリピにバレたら俺のいこいの場が、遊び場になる可能性大だし。

 仮に遊び場にされたとしても、俺はテコでも居座り続けてやる。グループでトランプしている机のド真ん中でブレイクダンスの練習してやる。

 いつまでも美咲の悩ましいポーズを眺めているわけにはいかないと起き上がり、一きやくに座り直す。美咲も中腰をめてボーナスタイム終了。

「なぁ美咲。親睦会の話なら明日でも良かったんじゃないか? せつまってるわけでもないし、わざわざ戻って来てまで話すようなこともないだろ」

「違うよ」

「?」

「言ったでしょ? 姫宮君にどうしても伝えたいことがあって戻ってきたって」

「俺に伝えたいこと?」

 気付けば美咲の表情はしんけんそのもの。デフォルトである笑顔からの真顔は、それだけでも真面目な話だと分かってしまう。別れ際の出来事に直結することなのだろうか。

 美咲が一歩、二歩と、俺へときよめてくる。ついには俺となりの椅子へとこしを下ろし、身体は俺へと向き直す。椅子をベッド代わりにき詰めていただけに、椅子と椅子のすきはほぼゼロ。すなわち、美咲と俺の距離はあいあいがさのとき以上に近い。

 至近距離でジッ、とんだ瞳に見つめられてしまえば、だれだって学園アイドルの視線からのがれられないし、息をんでしまう。

「姫宮君」

「な、なんだよ……」

「あと少しの勇気だけだからだいじようだよ」

「…………。はい?」

 ナニガ?

「あと少しの勇気をしぼるだけで、姫宮君はクラスのみんなと絶対仲良くなれるよ」

「……」

「昨日、姫宮君と話しながら帰るのは楽しかったし、今日だってクラスの皆と自然に話せてたもん。私が課題なんかを出す必要なかったくらい」

「……」

「ごめんね。や瑠璃と仲良くなってもらおうと思って一緒に帰ろうってさそったけど、女の子3人と帰るのはずかしいよね。明日は男の子も誘うから一緒に帰ってみようよ」

「あの──、「もし、まだ他の人たちと話すのがこわいなら、れるまでは2人で一緒に帰ろ? 少しずつ慣れていけば、きっと誰にでも話せるようになるから!」」

 俺の言葉をさえぎった今もなお、美咲は俺のためにと語り続ける。会話を聞けば聞くほど、コイツが盛大なかんちがいをしていることに気付かされる。

 そして、言うのだ。決定的な言葉を。


「せっかく友達を作るために幹事に立候補したんだから、あと一歩み出そうよ!」


 脳みそバルス。急な頭痛におそわれ、長机へとしてしまう。

「ひ、姫宮君!?」

 あいたたたたたたた……。あー、頭痛薬が欲しい……。半分優しさじゃなくて、ちゃんと純度100%のやつが飲みたい……。

 まさかだ。まさか、友達欲しさで幹事に立候補した可哀かわいそうな奴だと美咲に思われていたとは……。今日の課題の数々は、友達作りのいつかんだったんかい……。しんぼく会のためじゃなかったんかい……。

 よくよく考えればそうだよな。いつも1人でいる奴が幹事に立候補したら、何かしら理由はあると思うよな。博愛主義者からしたら、友達欲しくて立候補したと思うわな。

 俺が落ち込んでいる理由など、知る由もない美咲は混乱気味。それでもはげまそうと傷口にあらじおってくださる。

「だ、大丈夫だよ! 姫宮君が皆と仲良くなれるまで私も協力するから!」

 ちよう優しいし、超余計なお世話じゃん。クーリングオフしてー……。

 ゆっくりと机から顔を上げる。目の前には博愛主義者。笑顔が眩しい。眩しすぎる。

「気分が悪い……」

「人の顔見ながら失礼だよっ!?」

「すまん……お前の優しさが身に染みて……気持ち悪くなった……」

「身に染みたのに!?」と、ツッコみまくりの美咲。その間も心配そうに俺の顔をのぞくコイツは、本当にいい奴なんだと思う。

 だからこそ、しっかり伝えなければいけない。かんなきまでに。

「あのさ、美咲」

「うん……?」

「俺さ。友達欲しさで幹事に立候補したわけじゃないから」

「……え?」

 予想通り、美咲はおどろきをかくせない様子。

「じゃ、じゃあ何で立候補したの?」

「この空き教室を自由に使っていいっていう約束を天海先生としてて、そのこうかん条件の1つとして幹事を引き受けたんだよ」

「そ、そうなんだ……。てっきり、姫宮君がいつも1人でいるから友達が欲しいとばかり……。で、でも! 本当は友達欲しいんだよ──、「いいえ、全く」」

 食い気味のノーサンキュー。「ごいつしよにポテトいかがですか?」を言わせないレベル。

 美咲の笑顔は引きつり、水をうばわれた魚のごとし。

「俺、独りがめちゃくちゃ好きだから。友達は特に必要とはしていない。むしろ独りの時間をこうそくされるくらいなららん」

 厚意をにして申し訳ない気持ちも僅かながらある。けどだ。自分の気持ちにうそをついてまで独りの生活を手放そうとは決して思わない。やはり独りの時間は、何物にも代えがたい代物だから。誰にねすることなく、自由に好きなことを俺はやっていきたい。

 よって、美咲の勘違いによる、俺の友達作りサポートは今日を以てしゆうりよう

 結論としては、学園アイドル、博愛主義者、カリン様らの異名を持つ美咲であろうと、勘違いするということ。ドンマイ美咲。切り替えてこーぜ。

 美咲の人間らしい勘違いも見れたし、貴重な観測ができたということで手を打とうではないか。

 お出口はアチラですと、見送るべく立ち上がろうとする。

 しかし、美咲はぜん、椅子に座ったまま動こうとしない。

「美咲?」

 不思議に思っているのも束の間、「……うん」と意味ありげにうなずいた美咲が顔を上げる。

「ねぇ姫宮君。だまされたと思って、このまま友達作りがんってみないかな?」

「……。はい?」

「やっぱり、独りだけの生活なんて悲しいよ」

「……独りが悲しい?」

「うん。やっぱり、皆で笑い合うのが一番楽しいから。絶対姫宮君も友達ができたらそう思うようになるから友達作り頑張ろうよ」

 美咲が俺へと手を差しべる。

「私も全力で協力するから! 独りだけのさびしい生活とはサヨナラしよ。ね?」

 自分の全ての気持ちを伝え終えたと、美咲はいつもの柔らかい笑みへと戻る。

 美咲の瞳はあいに満ちあふれている。土砂降りの中にたたずむ捨て犬に、かさを差し出すかのように。真冬の公園で寒さにふるえるホームレスに、温かいスープをわたすかのように。

 コイツの瞳に映っている俺は、か弱い存在なのは明白。

 だからこそ、俺はくちびるが震えてしまう。

「く……」

 ゆっくりでいいから貴方あなたの言葉を聞かせてと、美咲は尚も微笑ほほえみ続ける。

「く、……く、く」

「うん」

 そんな美咲の笑顔に、震えるいかりをこらえきれなかった。


「くたばれ博愛主義者ぁぁぁ───────!」


「………………。はぇっ!?」

 はとがブローニングM2じゆうかんじゆうくらったかのようにぼうぜんとする美咲。そんなのお構いなし。勢いよく立ち上がった俺は勢いそのままに中指を突き立ててこうげき開始。

「もー限界だ! だまって聞いてりゃ言いたいことボロカス言いやがって! そんな生活絶対ちがってる? 1人だけの寂しい生活? お前の生活基準にはJISマークでも付いてんのかよ! いつぱん論は一般論だから! 俺の生活基準は俺が決めるから余計なお世話だバカヤロウ!」

 たいていのことはまんできる。しかし、俺のポリシーである独りをここまで否定してくるなら話は別。仮に悪気が無かったとしてもだ。むしろ悪気がないからこそたちが悪いことだってある。

 土砂降りの中に佇む捨て犬は、シャワーを浴びていただけかもしれない。真冬の公園で寒さに震えるホームレスは、スープの中に死ぬほどきらいなものが入っていて飲めないかもしれない。

 有り得ないことなどない。世の中、当事者にしか分からないことばかりなのだから。

 故に博愛主義者の考えが絶対なわけなどない。

「いくら、お前の顔面がめちゃくちゃ可愛かわいかろうが! 性格がめちゃくちゃ良かろうが! 高スペックだろうが! 誰にも愛される存在だろうが! 何でもかんでもお前が正しいと思うな!」

「ひ、姫宮君……!」

「何だよ?」

「そ、そういうことを面と向かれて言われるのは、その……恥ずかしい……です……」

「説教中に照れてんじゃねぇぞ!?」

「説教中でも恥ずかしいんだもん!」

 頭ん中ハッピーセットかよ。というか聞き馴れてんだろお前は。

 赤面してほおさえる美咲をしりに、半分以上あったペットボトルの中身を一気に飲み干し、口のかわきをうるおしつつクールダウン。久々にここまで声をあらげた気がする。しかし、女子だから可哀想だし、この辺で説教は終わりにしようという考えはない。だんそんじよの時代は終わったのだ。そもそもコイツ反省してるか分からない。

「いいか美咲。この際だから、お前のためを思ってハッキリ言ってやる。俺が人のためを思うとか貴重だからありがたく言葉を聞け」

「は、はい……」

「何でもかんでも人に手を差し伸べないで、ちゃんと1人1人の気持ちを考えながら手を差し伸べてくれ」

「!」

 美咲の大きなひとみは一層大きく開く。どうやら心にひびいてくれたらしい。

 基本悪い奴ではない。というより全く悪くない。誰にでも優しすぎるが故にはいりよが足りなかっただけなのだから。

「全員が修学旅行やパジャマパーティを楽しみだと思うな。独りじゃないとれない奴もいる。ウサギが寂しいと死ぬと思うな。むしろ、うるさいほうがストレスで死ぬ。誰もがリアじゆうみたいに「うぇ~~~いwww 海を背景に片手かかげて皆でドンッ! うぇ~~~いwww」なパーリー思考だと思うな。ひっそりはまで日焼けしたい奴だっている。もう俺が何を言いたいか分かるな?」

「う、うん。多少のやみを感じるけど……」

 闇などない。真実だ。

 一仕事終え、大きくためいきをつけば一気に身体からだが重くなる。堪えきれずへと深くこしけてしまう。

「分かってくれたなら、それでいい。もう帰っていいぞ」

 おつかれしたー。とこうを出入り口へとる。

 が、未だに美咲は立ち去ろうとはしない。

「何だ? 幹事の仕事なら気にしなくていいぞ。もとから1人でするもんだと思ってたし」

「ごめんなさい!」

「!」

 頭を下げる美咲。本当に罪悪感を感じているのが伝わってくる謝罪だった。

「姫宮君の言う通りだと思いました! これからは人の気持ちを理解しながら手を差し伸べていけるように努力していきます!」

「お、おう……」

 ここまで素直に謝罪されると、せいを浴びせすぎたと俺までも反省してしまう。

「その、なんだ……。だれにでもちがいはあるし、今後に活かしてもらえるなら俺は全く気にしないから。頭を上げてくれ」

「うん。ありがとう」

 下げていた頭を美咲は上げる。許しを得られたことがうれしいのか、美咲の表情は元気いっぱいにもどっていた。

 そんな誰もに愛し愛される笑顔を持つ美咲が言う。

「これからは、ちゃんと姫宮君の気持ちを考えつつ接していくね」

「……あ?」

「姫宮君が私のことを友達って言ってくれるくらい仲良くなれるように頑張るよ! 引き続き、しんぼく会の幹事もよろしくね!」

「……」

 開いた口がふさがらない。

 二度と俺に近づきたくないくらい結構ボロカスにたたいたつもりだったんだが……。

 なんだこのハードメンタリスト。心臓にA.T.フィールドでもとうさいしてんのか?

 というか、俺が独り好きって言ったの無視すんじゃねーよ……。

 博愛主義者を説得するには、どうしたものかとなやんでいると、出入り口前には俺らの様子を見に来た天海先生が。小さい故、いつからいたのか気付かず。

 おけを両手にかんがい深げに頷く姿は、さも「青春だなぁ」と言いたげ。

 俺が助けを求めようとするよりも先、美咲が天海先生へと話しかける。

「アマちゃん先生! 私もこの教室、これから使いたいです!」

「いいですよー」

 天海先生は特に考える間もなく心地よい返事。俺にとっては心地よいわけがない。

いやですよ! もし美咲が使うなら、俺は何のために先生の手伝いをしているか分からなくなるじゃないですか! 1人部屋から相部屋にされたら、この教室のりよくが半減です!」

 天海先生は唇に指を押し当てつつ意見を述べる。

「うーん……。確かにそうですけど、美咲さんだって親睦会の幹事さんを引き受けてくれているわけですし、姫宮君にだけひいするのは先生好かないです」

 く……。そう言われてしまえば、言い返せん……。

 とりあえず八つ当たりしておこうと美咲をにらみつけてみるものの、ベッ、と舌を出された後に満面の笑み。ムカつく感情に可愛いが追加されているのが余計腹立つ。

「ではでは、とりあえず美咲さんはお試し期間にする、というのはいかがでしょうか?」

 天海先生の提案に、俺と美咲が「「お試し期間?」」とハウリング。

「親睦会の幹事の期間、美咲さんもこの教室を使えるようにするのです。それ以降は、また考えるということで」

「それって問題を先延ばしにするだけじゃないですか……?」

「姫宮君のためのお試し期間なんだから、これ以上のじようを先生はしませんっ! もし、姫宮君が部屋を1人で使いたいと主張し続けるのであれば、先生としては美咲さんに今後お手伝いしてもらっても構わないのです」

 天海先生は風呂桶に入った出席簿など一式を長机に置くと、風呂桶をひっくり返してその上に乗る。椅子に座る俺を見降ろす形に。風呂桶とばしたい。

「先生は姫宮君の独り好きの考えを尊重はしますが、美咲さんの友達がたくさんいるほうが楽しいという考えも尊重します。あくまで先生は中立の立場なのです。ということなので、自主的に美咲さんが姫宮君の気持ちを理解したり、姫宮君の友達になりたいのなら手を差し伸べたいのです」

 自主的。教師の大好きな言葉。要は手のかからない&万が一何かやらかしても自分の責任がうすまる生徒が教師は大好きに違いない。

 でもなぁ。じんやワガママ言っているのは俺のほうなんだよなぁ……。

「お願い姫宮君! 先生の言う通り、幹事の間だけでいいから!」

 美咲は俺ごときに後生のたのみだと言いたげに手を合わせてくる。

 何故、コイツはそこまでして他人と深く関わりたいのか。

 前世が天使なのか、はたまた前世は歴史的大罪人で罪の意識からのがれるためか。

 考えても。独り好きな俺が、博愛主義者の考えなど分かるわけがない。

「……分かったよ。幹事の間だけだからな」

 仕方なしに容認してしまう。こいつのがんさは昨日と今日だけで十二分に理解した。故にゴネたところで無意味。だったら、4月末の親睦会までしんぼうしたほうがマシだ。それまで辛抱すれば、俺の独り至上主義の考えがブレないことに気付きあきらめてくれるだろう。

 何が嬉しいのか。笑顔をほこらせる美咲はポケットからスマホを取り出し、俺へと急接近。ちようまぶしい。

「姫宮君! LINEこうかんしよ!」

 机の上のスマホを早急に胸ポケットに回収。

「嫌──、じゃなくて、LINEやってない」

「ウソつかないで、ふるふるしよっ! 振るのは首じゃなくてスマホね!」


 その夜。無理矢理交換させられた俺のスマホには、「明日からもヨロシクね!」というメッセージとスタンプが届いていた。

 もちろんどくスルーした。

2章 とりのマシンガントーク

 翌朝の通学中。本日も日課であるラジオをきながら、学校へと続く道を歩いていく。

 聴いているのは専ら、関西ローカルのFM802。各時間帯を担当するパーソナリティが最新曲からなつかしい曲までをしようかいしてくれたり、リスナーからの何気ないメッセージに受け答えたり。手軽にアプリで聴け、通学中であったり放課後の読書や宿題をしながらなど、作業のお供には打ってつけな放送局である。

「お」と思わず声がれてしまう。俺イチ押しバンドの新曲が流れ始めたから。YouTubeで先行配信されたPVを何度も聴いているものの、明快かつアップテンポな曲は何度聴いてもきが来ない。

 心地よい音楽の世界にひたっていると、ふと周囲の異変に気付く。同じく登校中の生徒たちが足を止めて振り向いていた。

「───くーん!」

 イヤホンしからでもわずかに聞こえてくる声は聞き覚えアリ。イヤホンを片耳だけ外して振り向く。

「あ。やっと気付いた。おーい、ひめみやくーん」

 歩道前。私はここにいますよとピョンピョン飛びねつつ、両手を大きく振ってあいさつしてくるさきの姿が。雨の日に呼び止められたときも思ったが、よくもまぁ、会って間もないやつの後ろ姿だけで人を判別できるものだ。

 周囲の人物は朝から美咲を見れて眼福といったふうにほおゆるめ、その視線に気付いた美咲も元気いっぱいの挨拶で応えていく。あいきようある笑顔をえて。

みんなおはよう!」

「おはようございます! カリン様!」「りんちゃん、おはよー!」「おっす美咲さん!」

 お前は下界へ降りてきた神か。

 そんな美咲は、赤信号故にわたれないらしい。

 申し訳なさげに向かい側の俺へと手を合わせてくる。

「ごめんね姫宮君、ちょっと待──、「ども」」

 いつもより早め&遠めの挨拶を美咲と交わした後、イヤホンを付け直し、再び学校目指して歩き始める。ちっ……、サビの部分き逃した。

 気を取り直して音楽の世界にぼつとうしようとしてから数秒後。

「うお!?」

 ものすごい勢いで追いかけてきた美咲が、俺の行先を立ち塞ぐ。

 勢いそのままに俺のイヤホンを引っこいてくる。

「何で先行っちゃうの!?」

「いや……、別にいつしよに行く約束してなかったし。というか、ラジオ聴いていい──、

「ダ・メ・で・す!」」

 この場合、俺とコイツ、どっちがワガママなのだろうか。

 そもそもだ。独りで過ごしたい俺の友達になろうとする奴と、一緒に歩くメリットが見当たらないんですけど。ラジオ聴きたいんですけど。

 美咲は未だに不満があるのか。「そ・れ・と!」と言いながら自分のスマホを取り出して俺へとき出してくる。

 ディスプレイにはLINEのチャットらんが表示されており、メッセージをもくどくすれば、

【カリン】登録したよー

【カリン】明日からもヨロシクね!

【カリン】もしかして、姫宮君にメッセージ届いてない……?

 の3通と、ウサギのスタンプが数個。

「昨日も見たけど?」

「じゃあ既読スルーしないでよっ! ずっと返事待ってたのに!」

 未読スルーならおこられなかったのだろうか。友達いないから分かんない。

 ここまで自分を空気あつかいされた経験がないからか、美咲はなみだ。感情は、いかり1:悲しさ6:ずかしさ3といったところか。

 周囲の生徒たちが、

「あいつ、カリン様を無視して歩いてたぞ……。ちゆう、舌打ちも聞こえたような……」

「カリン様のメッセージを既読スルー!? 未読スルーされたのちがいだろ!」

「俺だったら10秒以内に送り返すし、メッセージ欄スクショして待ち受けにするのに……! クソ! 何であんな不愛想な顔面の奴が!」

 などとさわいでいる。うるせー。

 いいめいわくだ。言葉は短いが挨拶したし、返事はしていないが既読だって付けた。不愛想な顔面だろうと最低限のマナーは果たしたではないか。

 目の前の天使様の前では、俺はたん者とでも言いたげである。しかし、俺が異端者だと言うのなら、異端者で大いに結構。むしろ独りだけの存在は誇らしいとすら感じる。

 むぅぅぅ……! と、未だげんそうに口を結ぶ美咲。

「姫宮君と話したかっただけなのに……!」

 いくら可愛かわいい発言や表情だからとだまされてはダメ。

 学校で毎日会っているというのに、夜な夜な何を語り合うことがあるというのだ。友達(笑)の素晴らしさとかか? んなもん聞かされるくらいなら、妹のなかよし4月号読むわ。

「ちなみに美咲。ネットニュースで見たことがあるんだが、既読スルーを経験したことのある10代女子は4割をえるらしいぞ」

 不機嫌から一変。美咲の表情がおどろきへ。

「そ、そうなんだ。意外と多いね」

「ということはだ。お前が既読スルーされることなんて、別にめずらしいケースではないんじゃないか?」

「! 確かに……」

 ド真ん中に的を射た発言だったようで、俺の話に引き込まれる美咲。こういう素直なところがだれにも愛されるけつなのだろう。

「既読したのにメッセージ返さないくらいでヤイヤイ言うなって。大体お前らリアじゆうはLINEにしゆうちやくしすぎ。そんなんだから既読付いたのに返事しない奴をグループでブロックしようとかホザくピーキーな奴がばくたんするんだろ」

「う……」と言葉をまらせる美咲はがちになる。

「それは……、おっしゃる通りです……」

「だろ? ホーム画面だけでメッセージ確認して未読のフリする奴らも、何かしらの負担を感じて未読スルーしてるわけだし。グループから抜けたほうが気が楽だって。24時間メッセージ待機してそくレスとかジャパネットかよ」

「……ぐうの音も出ません」

 既読スルーを気にしすぎるのは、昨今の若者を取巻くしき習慣であり、お友達ごっこを助長させるのルールだと俺は思う。

「以上の観点から、既読スルーされて苦情を言うのはめていただきたい」

「以後、気を付けます……」

「うん、分かればいい」

 しゅん、とかたを落とした美咲は、しっかり反省の色が見えている。

「それじゃあ」と別れを告げつつイヤホンを付け直そうとする。

 が、追いかけてきた美咲にりよううでを下げられる。ちくしょう。

「で、でもさ! 姫宮君」

「おう」

「意味のあるメッセージや確認を込めたメッセージを、既読だけで済ませるのってどうなの?」

「そこそこ失礼なこうだと思う」

そくとうで罪を認めたっ!?」

かんちがいするな美咲」

「?」

「俺は他の奴らみたいに負い目を感じつつ既読スルーしているわけじゃない」

「じゃあどんな気持ちなのさ」

じゆんすいめんどうだなと」

「余計タチ悪いよっ! あ! 待ちなさ────い!」

 歩きながらイヤホンを付け直そうとするが、やはり追いかけてくる美咲にじやをされてしまう。

※ ※ ※

 昼休み。どくのグルメを決め込むべく食堂へ。

 トレーにラーメンセットとお冷をせつつ、辺りをながめる。当たり前だが人・人・人。

 カウンター席が好ましいものの、4限目が体育だっただけにスタートダッシュが切れず満席。残念ではあるが、それだけ1人で利用する者も増えていると思うとあきらめもつく。

 仕方なしにテーブル席へこしを下ろすと、集団グループが「んだよ、1人で利用すんなよ」的な冷めた視線を浴びせてくるが知ったこっちゃない。俺がテーブル席をどくせんしているわけではないのだ。そんなに別々で食うのがいやならレジャーシートでもいて中庭で食えばいい。

 食堂が全てカウンター席ならいいのにな。そうすれば、集団でりながらダラダラ食べる生徒は激減して、利用生徒の回転率も増えるから。最悪、立ち食いでも可。

 うん。我ながら良いアイデアだな。生徒会の相談箱にとうかんしても良いレベルである。

「アレー? ワー、姫宮君ダー」

「……」

 はしが止まり、目の前にいる女子を見上げてしまう。

 そこには弁当箱とすいとうボトルを持った美咲が。

「スゴイぐうぜんダナー」

 白々しくも棒読み感MAX。コイツの浅はかなねらいが丸分かり。

 とてつもなく嫌な顔をすれば、化けの皮が簡単にがれる。

「べ、別に付いてきたわけじゃないよ? 私も今日は食堂だったから、姫宮君いないかな? あ! いた! って感じだから!」

おもわくをダダらすなよ……」

「ゴホン……。となりいいよね?」

 切りくそかよ。

 めんをすすり終えてから念のために周囲をわたすが、やはりどこの席も混んでおり俺1人移動することもできない。

 仕方がない。

「……。どうぞ」

「今のワンクッション、絶対らないよね……?」

「気にするな。俺には必要なことだったんだ」

 美咲のジト目もなんのその。お構いなしに食事を再開していると、美咲が「英玲奈ー、ー。こっちこっちー」と2人の女子を手招きする。

「お。姫宮じゃん。わたし初からみかも!」

「私も初めて」

 やって来た2人が美咲にすすめられるままに前方2席へと腰を下ろす。

 ただでさえはなやいでいた空間が一層華やかになる。

「姫宮君。しようかいしなくても知ってるよね?」

「そりゃクラスメイトだからな」

 俺の言葉をきっかけに、目の前の席に座るテンション高めの女子と目が合う。

 3人の中で一回り小さい彼女は、2つしばりした毛先にゆるくパーマをあて、素顔をいろどるナチュラルメイク。ワンサイズ大きめなクリーム色のカーディガンと真っ赤なスニーカーはポップな印象をあたえる。

 そんな彼女が、「わたしの名前、言ってみ言ってみ?」と楽しげに自分の顔を指差すので、

くらしき瑠璃」

「おー! フルネームで覚えてくれてるとかうれしいじゃん。いやー、わたしってそんなに目立っちゃうのかなー? 参っちゃうなあ」

しんぼく会のめい簿作ったときに大体覚えただけだぞ」

じようだんなんだから、マジ顔で言うなよー」

 ぶー、とくちびるとがらせていた倉敷だったが、直ぐにたつげにソースをかけるかマヨネーズをかけるかでなやみ始める。

「華梨なら何かける?」

「うーんとね。シンプルにソースかな」

「つまんない。七味マヨにしよ」

「何故、聞いたっ!?」

「その反応が見たいからに決まってんじゃーん」

 怒る美咲を見て、イタズラげに八重歯をのぞかせる倉敷は満足げ。

「マヨと七味取ってー」と倉敷にたのまれたのでわたしていると、斜め前の席に座る女子から視線を感じてしまう。

 長く真っ直ぐびたくろかみ大和やまと撫子なでしこほう彿ふつとさせ、制服を校則にからない程度に着くずす装いは、倉敷のようなポップさはないものの、せい感があり彼女には合っている。長身かつスタイルも良さげで、同年代の女子より総じて大人びた印象。特にブレザーしからでも十二分に押し上げる胸は、モデルよりグラビアのほうが映えるだろうと思わず確信してしまう程である。

「羽鳥英玲奈、だよな?」

「うん。よろしく」

 静かで上品な笑みをいつしゆんかべた羽鳥は、俺から視線を外すと「いただきます」と一礼してから食事していく。隣がテンションの高い倉敷なだけに、クールっぽさや大人びたふんがよりにじみ出ている。

 美咲・倉敷・羽鳥の3人組は、クラスでも人気グループだと俺は認知している。休み時間や帰りなど、基本は3人で行動しているがへい的なコミュニティというわけではないので、男女関係なく色々なグループと接しているのを度々見かけるから。いくつかあるリア充グループの中では、『おんけん派』や『エンジョイ勢』などの言葉がピッタリではなかろうか。

 まぁ、だからといってお近づきになりたいとかはかいもくないのだけれど。俺、ソロ勢だし。

 可愛い系と美人系を連れてきたところで、俺のおひとり様アイデンティティがらぐと思ったらおおちがい。「私、そんなに軽い男じゃありませんから」という意味を込め、美咲をひとにらみするが、美咲はのんにダシ巻き卵をくわえてモグモグと口を動かし中。俺の視線に気付けば、弁当箱から残りのダシ巻き卵を箸でつかんで「はいどーぞ」と俺の皿へと置いてくる。欲しいから見てたんじゃねーよ。

 一応は感謝しつつ口へと放り込む。冷めていてもふっくら仕上がっており、むたびにかおりが口いっぱいに拡がる。はんこうかん

いな」

「えへへー」とじようげんにはにかむ美咲。

「私、料理するの好きなんだ。麵つゆでいてみました」

 どうやら弁当はお手製らしい。

 新しく知った美咲の才能にしたつづみしていると、倉敷が「バカップルかよー」とニヤつきつつ、美咲の弁当へと箸を伸ばす。美咲は弁当箱を持ち上げて

「バカ呼ばわりする人にあげるオカズはありませーん」

「じゃあバカップルじゃなくて、カップルかよー。良かったね姫宮。華梨公認じゃん」

「倉敷。俺だって傷つくことはあるぞ」

「今の発言に私は傷ついたよ!」

「ニャハハハハ! 今度は夫婦まんざいかよ!」

 笑いつつ倉敷は、いつしゆんすきをついて美咲の弁当から生春巻を回収。そのまま口の中へ。してやったりのドヤ顔を見せる倉敷に、くやしそうに口を結ぶ美咲。羽鳥は2人のやり取りを微笑ほほえましく眺めつつ、コップのお茶をゆっくりと飲んでいる。

 倉敷がかんきゆうだいといったように、

「ところで、お二人さん。親睦会のしんちよく具合は順調かね?」

「うん。姫宮君ががんってくれてるから順調だよ。あと大きく決めなきゃいけないのは、お店選びくらいかな」

「店ってどういうところ?」と羽鳥が首をかしげる。

「えっとね。みんなが集まりやすい学校近くか、三宮にあるお店にしようとは思ってるけど、具体的にはまだ考え中なんだ。何か要望とかあれば聞くよ?」

「はいはいはい! 美味しいケーキが食べれるとこ!」

「英玲奈は何かある?」

「雰囲気がいいところ、かな……?」

 倉敷は羽鳥へと「んー?」と顔を近づけつつ、

「さすが英玲奈、おっとなー。ケーキって答えたわたしが幼く見えちゃうなー」

 羽鳥は顔をらす。

「……。可愛く見られていいと思う」

「か───っ! 受け流すあたりが大人かよっ。わたしも大人になりたーい」

 ぺしぺし、と羽鳥の立派な胸をたたく倉敷。さすがの羽鳥も「! ちょっと……」とじようなボディタッチに、過剰なほどかたね上がらせる。

 セクハラするあたり、倉敷も立派な大人だろ。オッサンだけど。

「いいなー。スプーンとかるでしょ、この立派なもんは」

「載せようとしないで……」

「こら瑠璃! 男の子がいる前で変なちようせんしないの!」

「じゃあ姫宮、目つぶっててー」

「減らず口めっ!」

 冗談じゃーん。と倉敷は笑いつつ、載せようとしてたスプーンを卵スープの器にんでかき混ぜる。

「まったく瑠璃は……。英玲奈も嫌ならハッキリ言わなきゃダメだよ?」

「うん。ありがとう」と苦笑いをかべる羽鳥は、倉敷へ特におこる様子もなく食事を再開。

 バランスの取れた3人だと思う。自由ほんぽうな倉敷を大人な羽鳥が受け止め、めんどうの良い美咲がさばいている。2週間足らずで仲良し3人組を印象付けるだけはある。

 気を取り直すように美咲が胸ポケットから生徒手帳とペンを取り出すと、「えっと……、雰囲気よくて、美味しいケーキがあるところ……」と、2人からの要望をメモしていく。

 書き終えた美咲は良さげな店があるか考えるが、現状すぐには思いつかない様子。

「姫宮君はどこか良い店知ってる?」

 学校か駅近くのオシャレで美味いケーキが食べれる場所か……。

「サイゼかロイホ?」

「話聞いてた!?」「ブッ……!」「……」

 おどろく美咲、き出す倉敷、引き気味の羽鳥。

「姫宮君! せっかく幹事に立候補したんだから、クラスの皆に一目置かれるようなお店にしようよ! おもてなしだよ! お・も・て・な・し!」

「ニャハハハハ! 確かにパッと見オシャレだしケーキもあるけども! 姫宮天才じゃん! でも放課後にでも行けるからきやつ! てか昨日も行った!」

「……もう少し考えたほうが良いと思う」

 何だコイツら。ファミレスに親でも殺されたのだろうか。口数少ない羽鳥の言葉が一番しんらつなんですけど。

 しかしだ。クラス代表のようなやつらがもうはんたいするということは、大多数の人間にも反対されるのは目に見えている。俺の感性が死んでいるのを認めるしかない。

「はー……、笑い死ぬかと思った……。わたし、姫宮がこんな面白い奴だとは知んなかったわ。無口系だと思ったら、天然系とかインパクト最強かよ」

 倉敷に不満を述べようとしたのも束の間、美咲がとうとつに目をかがやかせてテンションMAX。

「だよね! 姫宮君って多少というか、だいぶ個性的で面白いんだよ! もっと皆と仲良くすればいいのにって思うよね! 英玲奈もそう思うよね?」

「なのかな?」と羽鳥のどっちとも取れる返事を聞きつつ、この流れはめんどうくさくなりそうだな、と思ってしまう。

 面倒事とは重なるもの。


「お。華梨たちじゃん」


 声がするほうへり向く。すると、「よっす」とさわやかにあいさつするなみかわを筆頭に、見覚えのある男女グループが近づいてきていた。ロッカー付近でよく見かけるリアじゆうたちだ。座る席を探している最中に俺ら、というか美咲たちを見つけたらしい。

 取り巻きのかりが、たんたんめんをすする俺の存在を発見して「???」とクエスチョンマークを浮かべまくる。しやべらずとも、「何でお前が華梨たちと?」と伝えられるのだから大したものだ。悪意というより疑問が強そうな表情で、妹のゆずが算数ドリルに苦戦するときの表情とこくしている。ストレートに言うとアホっぽい。

 そんなにジロジロ見るな。一体俺が何をしたというのだ。もっと、夢の国のネズミ見つけたくらいのテンションで俺を見ろ。……いや、それはそれで気持ち悪いか……。

 百歩ゆずってジロジロ見るのは許してもいいが、せいかんざいしゆうタイプにしていただきたい。塩味のスープとせいりようかんたっぷりシトラスミントの香りはミスマッチすぎるので。

「波川君たち、ずいぶんおそいお昼だね」

が体育から教室にもどって来るの遅かったからな」

 波川が「困った奴だよ」と苦笑いを浮かべて振り向けば、

かみ全然キマらなかったんだし、しょうがないじゃん? これでも急いだほうだかんね!」

 比奈こと、えんどう比奈は不満げな発言ながら、ねこなでごえで波川へとちょっかいを出す。

 ふわふわにパーマがかった、かなり明るめなショートヘアは、波川たちを遅くまで待たせるのも納得するほど立体的な仕上がりになっている。ヘアスタイルだけでなくしようもしっかりと整え、自分を最大限に可愛く魅せる表現を知っているのだろう。

 後ろで喋っている女子2人、うろわたずみらも遠藤と同じように目立つ装いで、総じて「今ワタシたち、女子高生楽しんでます!」といった雰囲気をただよわせる。けれど、気合いが入りすぎてて、カースト上位であったりギャル好きでなければ近寄りがたい感じは否めない。俺のようなカースト下位の人間と接しているところを見たことがないし、視線やら態度やらで、どう思われているのかは簡単に分かる。

 大いに女子高生をおうしてもらって構わないものの、食事処ではこうすいひかえていただきたい。塩味のスープと甘ったるいお花畑の香りはデスマッチすぎるので。

 ふと、俺らとなりにいるグループが食べ終わったようで立ち上がる。

 そのタイミングで波川がたずねる。

「隣いいか?」

 実にスマートかつスムーズな物言い。「俺んとこ来ないか?」ってコイツが言えば、ワンナイトカーニバルな曲が流れそうな勢いすらある。

「あれ?」

 どうしたことか。イケメンが困っている。美咲たちが波川の尋ねにだれも答えないから。

 こいつら3人はブス専なのだろうか。時々いるよな。美女とじゆうみたいなカップル。

「俺の声、聞こえてる? おーい姫宮」

「ん? あ。俺?」

 俺に聞いていたらしい。

 仲の良い美咲たちじゃなく俺に聞くあたり、性格もイケメンの模様。

 そんな残念そうなまなしで俺を見るな美咲。倉敷は笑うな。

 にしても、どれだけ俺にイケメンアピールしてくれば波川は気が済むのだろうか。俺だったら、自分のことをいきなりめてくるようなやからには絶対近づかないけどな。

 念のために周囲をわたそうと首をばすと、美咲に「あ! またそういうことする!」と𠮟しつせきされる。独りぞんしようくせだからのがして欲しい。

「どうぞ」と相席許可を出せば、波川は「サンキュな」と空いた席へとこしを下ろし、他の奴らも連動するかのように座っていく。あっという間に計9名、俺もふくめれば計10名の大所帯グループへと変化をげる。


 大所帯ともなれば、しよくたくは騒が──、にぎわしい。

 お祭りムードの中、「何故、俺はここにいるのだろう? 記録係か何かですか?」と思ってしまう。否。記録係にもなれておらず。空気ですから。

 それくらい俺はこの場にんでおらず、メンバーの中で浮いてしまっている。

 今現在、メインのトーク内容は、春から放送開始されている学園ドラマについて。少女まん発、ティーン層向けというだけあり、リア充グループにとってHOTな話題のようだ。

 遠藤一派の渡住と洞ヶ瀬が、

つばさ役の大和やまと君ヤバすぎ! 付き合うなら絶っ対、塩顔系男子!」

「ソース顔のがカッコよくない? ウチはいつたく

 チャーハンをき込みながら思う。顔を調味料でたとえる風潮は如何いかがなものだろうかと。調味料で付き合う男を決めるなら、そこらへんにいる男子の顔面に調味料振りかけて、冷蔵庫で一晩かしたら好みの顔になるんじゃないですかね。

 どうでもいいけど、甘ったるい香水のかおりを漂わせるのは、どうにかならんのか。俺のチャーハンがリアル味の宝石箱になってるんだが。

 波川一派の伊刈とごしが、

「ニーナ相変わらず可愛かわいかったわー! スタイル良すぎじゃね!?」

「今のニーナのかみがた苦手だわ。お前ハーフのモデル好きよな。前はアメリ可愛いって言ってたし」

 餃子ぎようざを口に放り込みながら思う。どんだけハーフ系モデルやタレントはぞうしよくしてるのだろうかと。ニーナだのアメリだのハイジだの、もう覚えられん。

 どうでもいいけど、制汗剤の香りを漂わせるのは、どうにかならんのか。俺の餃子がスーパーサイヤ人になろうとしてるんだが。

 つくづく思い知らされる。こんなしょうもないことを考えている時点で、俺はリア充グループとは馴染めないと。そもそもの話、ストーリーを語らずにキャストの外見しか話さない奴らと馴染める気がしない。馴染もうとも思わんが。

「姫宮君はドラマ観てる?」

「観てないな。ドキュメンタリー観てた」

 すいません。そもそも、そのドラマ観てませんでした。裏でやってたドキュメンタリー観てました。昨日の『下町ネジ工場のぎやくしゆう』最高でした。

 美咲は俺がグループであぶれないようにとづかっているのだろう。独りで食事する俺に度々話を振って来たり、同意を求めてくる。俺のことなど気にせず、リア充グループのトークに専念してくれて一向に構わないのに。

 早くこの空間からけ出して、独りでのんびりしたい。

「英玲奈は何顔系の男子が好きー?」

 斜め前席の羽鳥が、渡住に話しかけられている光景が目に入る。

 不意に話しかけられたからか。羽鳥は、ピクッと長いまつを一度らす。

「特にはない、かな……?」

 周りの奴がキャイキャイどの顔面が良いかさわぎ立てる中、見た目やイメージ通り、大人な回答を述べる。

 対して、はいはいはい! と挙手する倉敷はよくぼう丸出し。

「あたしはイケメンだったら何顔でもいい! あわよくば大学生の彼氏が欲しい!」

「瑠璃、夢見すぎな」

「何おうっ! 人よりイケメンだからって調子乗んなよしゆんろう!」

「乗ってねーから!」

 倉敷と波川のやり取りに一同はだいばくしよう

 しかし、羽鳥だけはちがった。明らかに周りに比べてリアクションがうすい。一応は笑っているものの、無理している感は否めない。

 いろこいトークが苦手なのだろうか? はたまた、3人でいたときも自己主張は控えめだったし、集団行動となれば一層そのけいこうがあるのか。

 グループが倉敷と波川のやり取りを笑いながら見守り続けている中、羽鳥は一足先に笑うのをめると、誰にも分からない程度の小さなためいきらす。その溜息は、あんの息という表現が適切だろうか。

 リフレッシュを終え、顔を上げた羽鳥と視線が合ってしまう。

 見られていたことに少々の驚きを隠せない様子の羽鳥は、またしてもピクッ、と長い睫毛を一度揺らす。けれど、すぐにおっとりとした表情に戻ると、静かに口角を上げてさみし気に微笑ほほえみかけてくる。

「このふんに馴染めていない同士だね」、と言われているような気がした。

 ふと、もう一つ視線を感じ、目を合わせてしまう。合わせるべきではなかった。


「っていうかさ、何で姫宮っていんの?」


 今の一言は完全に気のせいではなく、『言われた』。

 言葉の主は伊刈で、地声がデカいだけによくひびく。いつかは聞いてきそうな雰囲気は出していたものの、いざ言葉にされるとやはり面倒だな。

 ひどい話だ。独りで食べていた俺からすれば、「何でお前らいんの?」ってレベルなのに。

 伊刈が俺への悪意があっての発言か、じゆんすいな質問なのかは分からない。分かることと言えば、俺へ好意がある発言ではないこと、俺がこの場所にそぐわないと思っていること。

 会話のネタ、笑いのタネになれば、それでいいのだろう。

「姫宮が華梨と同じしんぼく会の幹事だからじゃねーの? そんでぐうぜん居合わせた3人といつしよに食べてただけだろ」

 夏越の推理がピンときたのか、「あー! だからか!」と伊刈はオーバーでワザとらしく額をたたく。

「華梨、誰にでも優しすぎ! ナイチンゲールかよ!」

 伊刈がケラケラと笑えば、遠藤一派の女子たちにも笑いが伝染。クスクスと笑い始める。いつもは空気あつかいするくせに、こういうときだけ俺はハッキリと見えるようだ。

 人の不幸はみつの味。メシウマ。さぞ、俺をおかずに食べる昼食はしいんでしょうね。俺はつけものかよ。

 俺がメシマズなのは言うまでもない。タダでさえ低下していたしよくよくがますます下がっていく。こういうリアじゆうのノリってだいきらいだ。


「残念! 外れだよ─」


 太陽のように明るくハツラツとした声が、不快な雰囲気をいつしゆんで晴らす。

 美咲だ。

「幹事は関係ないよ。私が姫宮君と一緒に食べたくて、ここに座っただけだから。みんなで仲良く食べたほうが楽しいからね!」

 美咲の言葉は、実に博愛主義者らしい。場の空気をかんしようと笑みを絶やさないところも。言葉通り、今も本気で全員と仲良く食べようとしている。

 倉敷も、美咲の行動に続くかのように伊刈へと笑いかける。

 笑顔というより、イタズラげにニヤリと。

「伊刈さー。姫宮に華梨取られたからってしつしてんだろー?」

「はぁ!?」

 倉敷が「嫉妬おっつー♪」とおおに口を動かす。あっという間に笑いのターゲットが俺から伊刈へと変わる。美咲と倉敷の見事なれんけいプレーをかい見る。

 笑わせるのも笑われるのもどちらでも構わないのか。伊刈は「一本取られた!」とでも言いたげに、またしてもオーバーなリアクション。

「実は……、姫宮に嫉妬してましたっ!」

 リア充たちが大爆笑。ツボが分からん。

 置き去りにされている感じは否めないが、否めないからこそ、俺は空気にもどることができたと実感できる。

「改めてさ。華梨の言う通り、皆仲良く食べていこうぜ?」

 ストーリーテラーさながら。波川の事態を収束に向かわせる発言に賛同した一同は、またしてもドラマの話へと戻っていく。

 カーストのへだてなく、皆仲良く楽しく、美味しい美味しい昼食をいただきましたとさ。

 めでたし、めでたし。


 とかなると思ってんのかよ。


 俺はもう限界だから。むしろよくえたとさえ思う。

 コップに入った水を一気に飲み干して、ひざに力を入れる。

 俺が立ち上がったことに気付いた美咲は見上げてくる。

「ひめ、みや……くん?」

「盛り上がってるとこ悪いけど、俺、気分悪いからもう行くわ」

 思いも寄らぬ発言といったように、美咲の表情が大きく変化する。俺を見つめる羽鳥のひとみが、大きく開いたのも目のはしとらえる。おまけにリア充集団たちのぜんとした視線も。

 この際、どれだけ視線を向けられようが関係ない。俺は絶対にくつしない。

「それじゃ」

 トレー両手に食器へんきやく口へ向かえば向かうほど、リア充たちから遠ざかれば遠ざかるほど、俺の気分は軽くなっていく。

※ ※ ※

 教室に真っ直ぐ帰る気分になれず。本とうへと取り付けられた非常階段を上がっていき、お気に入りスポットの1つである最上階、おどへととうちやく

 全く人が来ない静かな空間は、自分の心がゆったりと落ち着いていくのがよく分かる。

 最上段の階段へとこしけ、大きく深呼吸を何度も何度もり返す。

「姫宮君!」

「美咲?」

 俺を追いかけてきたのだろうか? かたを上下させ、息を乱す美咲が目の前に現れた。

 その姿は、朝の通学時とは比べ物にならないほどに、せまるものを感じてしまう。

 いつもの笑顔はなく、とても傷ついているような悲しさを帯びた表情だった。

「ごめんなさい……っ」

「何でお前が謝るんだよ」

「私が姫宮君のとなりに座らなかったら、その……、姫宮君が気分を害するようなことは無かったから……!」

 そんなことのために、こいつは全速力で追いかけてきたのか。

 相変わらずの博愛主義者というか、お人好しというか。

「きっかけは美咲かもしれないけど、美咲のせいじゃないだろ。むしろ、お前は俺に気をつかってさえいたしおこってなんて──、「気なんか遣ってない!」」

「!」

 美咲は胸に手を当て、呼吸が乱れたままにせいいつぱいの言葉をぶつけてくる。

「私がそうしたいって思っただけだから! 純粋に姫宮君と一緒に食べたり、お話したいだけだよ!」

 ああ。忘れていた。コイツが、そんじょそこらの博愛主義者じゃないことを。

 美咲は、他人の幸せが自分の幸せだとか平気で言うようなやつなのだ。

 だからこそ、ハッキリ言わないと心の広い美咲には伝わらない。

 おににならないと天使様には伝わらない。

「ハッキリ言う。俺はアイツらと昼食を食べることはもうしない。飯がくなる」

「! で、でもっ……!」

「だって有り得ないだろ!」

「っ!」

 感極まって声をあらげてしまえば、さすがの美咲もだまることしかできない。

 ここまで来れば、躊躇ためらうことなど何も無い。もとよりそんな感情は持ち合わせていない。

 美咲の瞳を真っ直ぐに見て、食堂で感じた思いのたけ全てを言葉で放つ。


「食事中なのにアイツら、こうすいとかせいかんざいにおいキツすぎんだろ!」


「…………。え?」

 こおり付く美咲。感情をぶつけるのはお角違いかもしれない。けれどもう止まらない。

「美咲は風上だったから、そこまで気にならなかっただろうけど、俺、空調の真下だったからな? モロにアイツらの香水やら制汗剤の混ざったしゆうぎながら、飯食ってたんだよ! そりゃ気分も悪くなるだろ! ……というか、ウッ……、思い出しただけで気分悪くなる……」

「……」

「主婦とかOLでもすごいキツイ匂いの奴いるだろ? 香水やらヘアムースやらボディクリームだけじゃなくて、衣類にまでアロマビーズ配合とかのじゆうなんざい使ってる奴。アイツらはゾンビか何かなのか? はいしゆうをイイ匂いでかくそうとでも思ってんのか?」

「……」

「何でイイ匂いとイイ匂いで相乗効果生まれると思ってるのかが理解できん。そんなんでイイ匂いになるのってカレーのスパイスくらいなのにな」

「あのさ……、姫宮君」

「? おう、どうした」

 心なしか美咲の感情に『あきれ』がブレンドされている気がした。

 何故?

「気分が悪いのって、伊刈君たちが問題じゃないの……?」

「ん? アイツらが問題だぞ。何回も言うけど、アイツらが体育後だろうが多量に香水やら制汗剤やらをりまくから気分悪くなったって言ってんじゃねーか。……あれ? 美咲?」

 何だろう。目の前の美咲が、ぐぬぬぬぬ……! と口を強く結んで俺をにらんでる?

 そのまま階段を一段、また一段と、美咲が俺へと急接近。目の前まで来ると、俺隣へと急降下で腰掛け、手に持っていた弁当箱の包みをひざうえで乱雑に開いていく。

「私! 姫宮君追いかけてきたせいで、お弁当まだ食べてない! ココで食べさせていただきます!」

「お、おう……。それじゃあ、ごゆっくり──、「姫宮君もここにいなさい!」」

「……」

 こいつは何で怒ってるのだろうか。

 リア充とか女子高生って、本当分かんない。

※ ※ ※

「あれ? 今日はもう帰るのですか?」

 放課後。本棟と文化棟とつなわたろうにて、あま先生とバッタリそうぐう。やはりおけ両手で、銭湯に行く小学生にしか見えず。

 天海先生が言いたいことは、今日はプライベートルームを使用しないのか、ということにちがいない。

「本当は使いたかったんですけどね……」

「?」


 さかのぼること、ほんの少し前。

「立ち入り禁止です! 今日は帰ってください!」

「……」

 プライベートルーム前。すでに中にいた美咲が両手で大きなバツ印を作りつつ、俺の目の前に立ちはだかる。何故か服装は体操着姿。

「何でだよ」

「この部屋をおおそうします!」

「はあ」

 美咲は早くそうをしたくてたまらないといった様子でウズウズし始める。

「光に反射して見えるでしょ? この部屋すっごいほこりだらけ! それに見て! ほんだなかべすきにカビまで! このままじゃ姫宮君の身体からだあくえいきよう出ちゃうよ。お願い! 今日は姫宮君の秘密基地をてつてい的に掃除させて!」

「秘密基地て……。というより、俺がたのむならまだしも、何でお前が頭を下げんだよ」

「掃除が大好きなのっ!」

 そしてこの笑顔である。


 以上、回想終わり。

 料理好きで掃除も大好き。高スペックで家事もできる美少女とか。

 クローン技術で人間作れるようになったら、俺はアイツをすいせんする。

 とまぁ、部屋を使えないのは残念だが、掃除をしてくれるというならいたかたない。そんなけいもあり、別の落ち着ける場所へ向かうべく学校を後にしようとしていたわけだ。

 事情を説明すれば、「そういうことでしたか」と、天海先生は納得してくれる。

 そのまま、ここで会ったのも何かのえんといったようにたずねられる。

「どうですか? しんぼく会の幹事はくやれていますか?」

「何事もなく進んでますよ。順調なほうだと思います」

「それじゃあ、クラスの子たちとはコミュニケーションを取れてるんですね♪」

「さようなら」

がさないですっ!」

 立ち去ることは許さんと、小さな手でうでつかまれる。幼女のこうそくなど容易に引きがせるが、両目をつぶり、プルプルと必死に力を入れられてしまえば、あくりよくとは別の力で強くしばられてしまう。

 その必死で呼び止める姿勢は、何かやらかしたときに助けを求めてくるゆずのリアクションとこくしている。昼休みの食堂でもゆずを見かけた気がするが、気のせいだろうか。

「リアじゆうはやっぱり苦手だと再認識しました。何ならきそうでした」

 食堂の一件を思い出しつつ、正直に自白。

 呆れられると思ったが、手をはなしてくれた天海先生は、ふむふむうなずき始める。

 そして、ニッコリ。

「そうですか、そうですか」

「怒らないんですか?」

「だって、『やっぱり苦手』ってことは、ちゃんとコミュニケ─ションを取った結果、知ったことじゃないですか。怒ることなんて何一つありませんよ」

「そんなもんですかね」

「いいんですよ。先生は姫宮君にクラスの子たちと仲良くなれと言っているわけではありません。しっかり色々な子たちとつうできるようになってほしいだけです」

「だけって言うけど、それはそれで難しいと思うのは俺だけでしょうか」

「もちろん簡単なことではありませんよ? ですから、美咲さんといつしよがんってください」

「美咲とね……」とつぶやいてしまう。俺と美咲との関係は4月末まで。やはり、独り好きな俺にとっては、ビジネスライクな関係である。

「先生は、姫宮君と美咲さんの目標は似てると思うんですよ」

「俺と美咲が?」

「だってそうじゃないですか。コミュニケーションをどちらも学ぶために頑張っているのですから。美咲さんは自発的で、姫宮君は強制ではありますが」

 俺はモノにられて、美咲はしようの愛のため。この時点で人間の出来が違うっぽいが。

 俺の生き方のが人間らしくて良いと思うのは、しみだろうか。

 とはいえ、そう言われれば似てるかもしれない。

 やってるゲームは同じだけど楽しみ方がちがう的な。イメージとしては、俺がのんびりとイージーモードでストーリーを進める中、美咲は完全こうりやくを目指してハーデストデストロイヤーモードでモンスターをガンガンたおしたり、仲間を全員集めたり、アイテムや装備をフルコンプしようとしている感じ。その過程で俺というモブキャラも収集しようとする。

 全校生徒と仲良くなりたいと言っていたのだから、おおむね正しい例だと思う。

 美咲にとって達成感のある目標だろうが、俺にとっては徒労感しか生まれそうにない。

 逆もまた然りなのだろうが。

※ ※ ※

 時刻は17時半手前。プライベートルームを使えないことから、学校近くにあるお気に入りのきつてんで独りをまんきつした帰り道。

 駅のホームにとうちやくし、電光けいばんを見上げれば、次の電車まで10分弱といったところ。

 横に5つ並べられたベンチにこしけ、YouTubeでも観ようとしているとひとかげが足元で止まる。

「あ……、姫宮」

「え」

 声を掛けられ、思わず顔を上げてしまう。

 目の前には羽鳥が立っていた。どうやら俺と同じ方面で、今から帰るところらしい。

「ども」

「うん」

 あいさつしゆうりようたがいに、友達の友達は友達とかいうパリピ思考なタイプではないだろうし、こんなもんだろう。そもそも、羽鳥は美咲の友達だが、俺は美咲の友達じゃない。

「?」

 俺と1つきよを空けているものの、羽鳥はベンチへと腰を下ろす。そのまま立ち去るだろうと思っていただけに意外な行動だった。

 しかし、

「……」「……」

「姫宮って今まで何してたの?」

「喫茶店で本読んでた」

「そうなんだ。私、図書委員」

「おう」

「……」「……」

「あ。次の電車、少しえんするみたいだな」

「ほんとだね」

「……」「……」

「姫宮ってどこ住んでるの?」

「六アイ」

「そうなんだ。私、あし

「おう」

「……」「……」

 俺ら会話のキャッチボールすぎぃっ。

 熟年こん前の夫婦と良い勝負すぎんだろ。

 そりゃそうだ。俺と羽鳥が直接交わした会話は、食堂での「羽鳥英玲奈、だよな?」「うん。よろしく」くらいだし。

 決定的なのは、羽鳥が話し手ではなく聞く手側の人間に違いないこと。そんな受け身スタンスの羽鳥が、独り好き系男子の俺と2人で帰れば、お通夜ムードになるのは目に見えている。めいてきなのは、俺が会話する気ゼロということだが。

 とつじよ、ポケットのスマホがしんどうし始める。

 同時に聞き覚えのない通知音も聞こえ、「ん?」と首をかしげてしまう。

 いつこんな可愛かわいい通知音にへんこうしたのかと不思議に思っていると、通知音の正体は羽鳥。ただ単にタイミング良く2人ともメッセージが来ただけのようだ。

ぐうだね」と羽鳥が微笑ほほえみかけてくるので、「奇遇だな」と愛想笑い。

 先にスマホをのぞいた羽鳥の表情が少しだけ明るくなった。みように口角が上がったのだが、横に俺がいるので素直に喜べないといった様子。俺なんか存在しないと思ってくれればいいのに。

 メッセージが来て喜ぶ=彼氏?

 おいおい俺。発想が脳内ハッピーターンなJKすぎて、自分でも悲しくなるわ。

 他人のことをせんさくするのもすいだし、自分のスマホからのメッセージを予想してみる。

 母さんから『帰りに牛乳買ってきて』に100万ペリカ。俺のスマホのメッセージ8割これ。

 画面を確認し、「お」と思わず口が開いてしまう。100万ペリカ失ったものの、うれしい知らせだった。メッセージではなくYouTubeから通知が届いており、お気に入りゲームじつきよう者『2SIS』の動画こうしんを知らせる内容だったから。

 というわけで俺、ゲーム実況楽しみます。

 こんな俺と会話するくらいなら、チャットででも楽しく会話していたほうが羽鳥も有意義だろう。現にチラチラとこっちの様子を気にしていることから、れんらくを取りたいにちがいない。間違いない。

 自分勝手な希望的観測も加味しつつ、スマホからYouTubeアプリを起動。そのままゲーム実況の動画画面を開き、カバンからイヤホンを取り出そうととなりのベンチにスマホをいつたん置く。

 ひざにカバンを置き、中を漁っていると、


うそ……」


 横からきようがく、ドン引きといったような声音が聞こえてくる。

「お前、隣にクラスメイトいるのに動画観るかつう……?」って感じだろうか。

 すいませんが、観ちゃうんですよコレが。

 そちらはそちらでお楽しみくださいと思いつつ、ようやくカバンからイヤホンをゲット。そのまま横に置いたスマホを摑もうとする。

 が、摑もうとする手を思わず止めてしまう。

 ベンチに置いたスマホを羽鳥がガン見していたから。

「えっと……、羽鳥?」

「ゲーム実況とかオタク丸出しキモス」とでも思っているのだろうか?

 というわけではないらしい。羽鳥の表情を観察してもけんかんであったり、いかりのたぐいの感情は見られない。

「この動画って、もしかしてDbDのゲーム実況……?」

「? お、おう」

 おどろいた。大人系女子な羽鳥の口から、サバイバルホラー、デッドバイデイライト、略してDbDのゲームタイトルが出てきたから。

だれのゲーム実況観ようとしてるの……?」

「えっと……、2SISっていうゲーム実況者のだけど……」

「……。……わ」

「わ? !? うお!?」

 俺のスマホをにぎめた羽鳥が、空いたベンチ、さらには俺のベンチへと座る勢いで急接近!?


「~~~~っ! 私も! 私も2SIS大好きっ!」


 キャラほうかいりんとした姿勢で大人びたふんかもし出していた羽鳥は何処へ。俺へとぜんけい姿勢でピュアッピュアに目をかがやかせてほおほころばせる。感情をばくはつさせ、ぎゅぅぅぅぅっ! と、両手にかかえる俺のスマホが、羽鳥の豊満な胸へと押し込まれていく。

 マシンガントークが止まらない。

「2SISの動画更新の通知来たから、すぐ動画見たいな、でも姫宮いるし見れないな……。あれ? でも姫宮も同じタイミングで通知来てたし、もしかして……。あ! DbDの動画観ようとしてる! って! すごぐうぜんだったから思わず話しかけちゃった!」

「お、おう……」

「私、ゲームするのは苦手なんだけど、ゲーム実況観るの大好きっ! 2SISの妹者ってどのゲームセンスもピカイチだし、姉者はチームプレイで的確なれいとうって感じだよね! おつよんさんはスリルのあるゲームもいるだけでホッコリしちゃう!」

「そ、そうだな……。俺、今から実況観るから──、「2SISのDbD実況って、この前シーズン3終わっちゃったじゃない? だから新シリーズのPS4版が始まるの知ったとき私すっごい嬉しかった! おつよんさんと妹者の協力プレイも大好きだし、妹者が単独でキラー側のプレイをするのも大好きっ!」」

「わ、分かったから、とりあえずスマホを返せ──、「昨日のライブ配信も──……」」

 こいつちよううるせー……。


 電車に乗ったころには、羽鳥のテンションもホームのときよりかは落ち着いてくる。というか、落ち着くよう命じた。

 もはや当たり前に電車の座席はとなりどうもくで聞き手にてつする羽鳥は目の前におらず。

「姫宮もFM802いてるんだ。私も聴いてる。最近ユニゾンにハマってて、新シングルの発売凄い楽しみ」

「マジか。俺もユニゾンがバンドで一番好きだぞ」

「ホントにっ!?」と声を上げる羽鳥は、自分でもテンションが上がっているのに気付き、照れつつ口を押える。

 俺と羽鳥はゲーム実況だけでなく、しゆこうが多くかぶっていた。

 羽鳥はサブカル女子のようだ。

 サブカル女子。映画、アーティストやバンド、お笑い、本、写真、ゲーム実況などなど、一部のコアな人間に熱く支持されているサブカルチャーが大好きな女子たちのことを広義では言うんだとか。自分の好きなものに対してストイックかつ熱く語る姿は、オタクと通じるものがある、と俺は思う。

「姫宮は他に好きなゲーム実況者はいる?」

「2SIS以外でチャンネル登録してるのは四にんしようかな」

「あ、知ってる! 時々、2SISとコラボしてる人たちだよね?」

「そうそう。俺も2SISとコラボしてるのを観たのがキッカケだな。今は四人称が一番ゲーム実況で観てる」

「あの人たちって凄い楽しそうにゲームするよね!」

「あのゆるい感じがスゲー好きなんだよ。水曜どうでしょうのメンバーがゲーム実況してる感じで」

「うそ!? 姫宮も水どう好きなの? 私も好きでDVD全巻持ってる! 姫宮は何のかくが好き? 私はサイコロの旅っ!」

「そうだな……、原付西日本せいかな。俺はDVDは持ってないけど、CSの一挙放送を録画したのを見直してる」

「CSに入ってるの? も、もしかして、ゲームセンターCXとかも観てる……?」

「毎回観てるぞ。ドンキーコング2とゼルダの伝説64に関しては、自分でも引くくらい見直してる」

「~~~っ! どうしよう! 姫宮と趣味が合いすぎて時間が全然足りない!」

「羽鳥、車内では静かにな」

「! う、うん……。……♪」

 この後も羽鳥はノンストップで、童心に返るかのように自分の好きなモノに対して熱く語り続ける。時には俺に意見を求めたり、新たな好きなモノや面白いモノを発見しようとたずねてきたり。俺も趣味が合うだけにいつもより口数は増えていたと思う。

 アナウンスが俺の降りるうおざき駅を知らせ、羽鳥よりも一足先に立ち上がる。

「俺ここで乗りえだから」

 羽鳥はあれだけ話しても話し足りないようで、「あ……」とさみし気な声を出してくる。

 そして、電車がゆっくりと速度を落としていくのに合わせるかのように、先ほどまで楽し気に話していた羽鳥は噓のようにしぼんでいった。

「あ、あの……姫宮」

「ん?」

「このことは、華梨や瑠璃たちにはないしよにしてくれる……?」

 このことの意味が、自分がサブカル女子のことを指しているのは容易に分かる。

「別にいいけど、2人とも知らないのか?」

「……うん」

 未だに誰かに他言されるのが心配なのか、ジッ、と見つめてくる羽鳥。

「安心しろ。誰にも言わない。というか俺、教える友達いないから」

 満足いく回答だったのか。羽鳥が1つうなずくと、あんするかのように「ありがとう」と微笑みかけてくる。俺の友達いない発言にどれだけのしんらいがあるのだろうか。

 駅へととうちやくして車内のとびらが開いたので、「それじゃあ」と席をはなれる。

「うん。今日は楽しかったし、嬉しかった。また明日」

 小さく手をって来る羽鳥は、すでにテンションはいつも通りにもどっていた。

 羽鳥のいつも通りが、『さっきまで』と『学校生活』のどちらかは知らないが。

※ ※ ※

 翌朝。日直は俺。だんより20分早く家を出て、職員室で天海先生から日誌や教室のかぎやらを受け取る。

 その足で扉を開けるべく、教室前へと辿たどり着く。

「……」

 かべを背にしゃがみ込み、いきを立てる羽鳥がいた。

 ベストスポットらしい。朝の陽光を浴びられるろう側の窓前、気持ち良さげにスヤスヤとねむり、さながら日向ぼっこする姿はくろねこのよう。

 日直待ちだったとしたら起こすのが筋だとは思う。けれど、日直でも無いのにこれだけ早く登校する羽鳥に、いやな予感がしてならない。

 気持ちよく寝ているし、このまま寝かしといてやろうと思った。

 が、

はながら……」

 羽鳥のパンツが丸見え。本人の代わりにパンツが、「オハヨウゴザイマス!」と俺へとあいさつしてきているではないか。壁にもたれ体育座りしているのだが、じゆくすいの過程で少し姿勢がくずれたらしい。スカートがペロン、と重力に負けた結果の事故。しかも、姿勢が姿勢なだけに、パンツだけでなく際どいモモとかデリケートな部分とか。

 ごしゆうしようさまというか、ごそうさまというか……。

 このまま放置してしまえば、これから通り過ぎるであろう多くの生徒たちにも、羽鳥のパンツは挨拶し続けてしまう。男子高校生が美少女のラッキースケベをのがすわけがない。おそろしく可愛かわいいパンツ、男なら見逃さないね状態である。

 恐ろしく可愛いパンツってなんだよ。可愛いパンツだけれども。

 そんなくだらないことを言っている場合ではない。事態は一刻を争う。

 しゃがみつつ、「羽鳥、起きろ」とかたたたく。

「……ん……。ひめ、……みや? ! 姫宮!」

「お、おう……!」

 さっきまで寝ていたのがうそのよう。羽鳥のひとみいつしゆんで輝きを帯び、表情をはなやがせる。

 昨日の放課後に見た笑顔が目の前にはあった。朝から元気いっぱい。

「姫宮に教えてもらった四人称のゲームじつきよう動画、すっっっごく面白かった! 面白すぎて、かししちゃった!」

 成程。夜更かしがたたって、こんなところで寝てたのか。よくよく見れば目の下にはうっすらとクマもできている。

「早く中で話そ?」

「いや、俺独りで本読──、「早く」」

 聞いちゃいねー。

 羽鳥は俺とゲーム実況談議をするために、わざわざ寝る間をしんでまで早く学校に来たのだろうか?

 よく俺が日直だと覚えていたなと思うが、昨日は羽鳥が日直だったことを思い出す。出席番号が連番同士なだけにお見通しのようだ。

 自分の机にカバンを置いた羽鳥は、ノンストップで俺前の席へとこしを下ろす。以前もちがやつで同じようなシチュエーションがあったおくがある。

 けれど、今回の奴はスゲーしやべる。とにかく喋り続ける。

「他の実況者だとこわくて見れなかったサイコブレイクも、四人称なら笑いながら見ることができたの! サイコブレイク2も気になるけど、今日はマイクラ! マイクラって多くの実況者が同じようなことやってるのに、不思議と全然きないよね!」

「お、おう……」

「だよね! それでサイコブレイクの話に戻るけど──、」

 かんはつれずのマシンガントーク。もし羽鳥がボクサーだとしたら、1ラウンド全てフルスイングのデンプシーロール。こぶしの雨は止まらず、マットにしずんでいる俺にまたがってなぐり続ける勢い。もはや総合かくとうじゃねーか。レフェリー止めて。

 昨日も思ったが、羽鳥の興奮しているときのくせらしい。にぎった両拳やうでを、ぎゅぅぅぅぅっ! と自分の胸がへしゃげるくらいに押し付け続けている。ブレザーをきゆうくつそうにあつぱくさせる胸は見ていて飽きないが、目のやり場には果てしなく困る。

「それでね! 姫み──、「やっとメッセージくれたと思ったら、それは無いんじゃないかな姫宮君!」」

 教室へ入る早々、俺へとなみだでクレームを入れる美咲が登場。

 昨日のLINEの内容を思い返す。

【カリン】秘密基地ピカピカになったよー

【姫宮春一】そうしてくれてありがとう

【カリン】どういたしまして! 明日からいつしよに使っていこうね

【カリン】というか、姫宮君から初メッセージだ!

【カリン】今は何してるの? 私は海外ドラマ観てるよー。最近のマイブーム!

 1時間後。

【カリン】めんどくさいと思ってるから無視してるよね……?

【姫宮春一】おう

 最後に、暴れくるうウサギの顔文字スタンプが5コ連続で送られてきた。

 というのが、昨夜の出来事である。

 余程、物申したかったんだろうな。朝イチで学校来てるし。

 何でお前らは日直情報にくわしいんだよ。

「あれ……? 英玲奈だ」

 美咲の俺に対するいかりや不満はあっという間に消失。

 俺しかいないと思っていた教室に羽鳥の存在、さらには俺と羽鳥が2人話し合っている光景に美咲は目を丸くする。

 羽鳥といえば、まさに飛ぶ鳥を落とす勢い。

「う、うん。おはよう……」

 先程までのマシンガントークはかげもなく、両手はひざの上。借りてきたねこ状態だ。

 その様子だけで昨日の発言通り、美咲たちには自分がサブカル女子ないし、自分のしゆを告白していないことが分かってしまう。

 独り愛好家の俺が、友である羽鳥と話しているのが余程うれしいのか。美咲は「いつの間にか2人とも仲良くなってる! 私も混ぜて!」と大喜び。

 を持ってきた美咲が羽鳥の横に座り、尋ねてくる。

「何の話してたの?」

 余計なことを言って羽鳥のことをせんさくされるわけにもいかない。何よりめんどうっちい。

「別に」

「姫宮君がイジワルしても、英玲奈が教えてくれるからいいもーん。ねー、英玲奈ー?」

「ひ、秘密……」

「え……?」

 友から予想だにしないもくけんを行使され、美咲の表情が笑顔のままこおる。

 羽鳥よ。お前はもう少しせんのか。

 どうやら、直ぐに切りえられるほど器用ではないようだ。

 羽鳥のマシンガントークが禁止され、美咲が固まってしまえば、教室内はサイレントな空間のできあがり。良い空間である。

 というわけで、俺、読書楽しみます。あとはJK2人でごゆっくり。

 小説をカバンから取り出し、いざ読んでいこうとする。しかし、フリーズが解除された美咲が、ふてくされるように俺の机へとす。さらには、「ふーん……」とくちびるとがらせ、ジト目でにらんでくる。

「何だよ」

「英玲奈とは喋るのに、私とは話相手になってくれないんだー。へこむなー」

 LINEの件は忘れてくれず。

「違うぞ。美咲」

「?」

「お前にはねする必要がないから、無視してるだけだぞ」

「全然嬉しくないよっ!」

※ ※ ※

 2限目の授業は移動教室。各々が授業に必要なテキストなどを準備すると、仲の良い友やグループで固まりつつ教室を後にしていく。いつもの俺なら独り早めに教室を出て、移動教室先で時間をつぶすものの今日は日直。全員が出ていくのを気長に待つ。

 しばらくすれば、俺独りだけの空間の出来上がり。姫宮キングダムの完成である。

 ほうら独り。

 ギリギリまで独りの時間を楽しもうと引き出しから本を取り出し、ページを開く。

「姫宮」

「ん?」

 声のするほうへと顔を上げれば、

「……。またお前か……」

 廊下側の出入り口からひょっこり顔を出す羽鳥が俺を見つめていた。

「もうだれもいない?」

「お前以外は全員出て行ったけど」

「♪」

 俺が全ての言葉を言い終えたしゆんかんじようげんで教室に入ってきた羽鳥はそのまま扉を閉め、次いで後ろ側の扉も閉める。日直の手伝いではないのは明白。

 姫宮キングダム、秒でほうかい。全てのとびらや窓がふうされた、半密室空間の出来上がり。

 犯人もとい羽鳥が俺けて小走り。今から俺は殺されるんですか? と言いたくなるが、羽鳥の表情は怒りやぞう感情とは程遠い、喜色満面の笑顔。クールっぽさや知的さは何処へやら。

「美咲や倉敷と一緒に行かなくていいのか?」

「2人には先に行ってもらったからだいじよう。ずっとろうで待ってた」

 羽鳥は俺となりの椅子を拝借。くっつける勢いで俺の横へと設置してそのまま座る。

 ポケットからスマホとイヤホンを取り出し、片側のイヤホンを俺へと向けてくる。

「ユニゾンの新しいカップリング曲、一緒に聴こ?」

「いや……、おたがいのスマホで聞けばいいんじゃ──、「早く」」

 言うが早しと、俺の右耳にイヤホンを、そっと差し込んでくる。他人に耳をいじられるのはみようにくすぐったい。

 羽鳥も自身のちようはつをかき分けてイヤホンをはめ込む。サイドのかみが一瞬無くなり、とても楽し気な表情をかべているのが見えてしまえば、不覚にもどうが速くなる。

 思わず背筋をばしてしまい、連動するかのようにコードがピン、と伸びきってしまう。これ以上伸びれば落ちてしまうと、羽鳥は俺へとさらきよめてくる。

「! お、お前、近……」

 もはや寄りってきている。身体からだと身体がれ合うのはもちろんのこと、顔同士もかなり近い。みぎうでに関しては羽鳥の胸が当たっている。もちろん本人は夢中過ぎて自覚がない。

「流すね?」

「お、おう……」

 当たってますよ、などと言えるわけもなく、ぼんのうを断ち切るべくく力に一点集中。


 気付けば1曲が終わっていた。

「どうだった?」

「……すごかった」

「だよね! どういうところが良かった?」

やわらかいところ……」

「柔らかい?」

「! ちがう違う! せ、せんさいって意味だから! 柔らかいってそういう意味だから!」

 いつぱんの男子高校生が胸と音楽で音楽に集中できるわけがなかった。

 いかん。このままでは、ただの変態評論家に成り下がってしまう……!

 幸いにも、昨日のうちに同じ曲をちよう済み。

「ごほん……。いつもと曲調が違うバラードだから最初はまどいそうになるんだけど、やっぱり独特の歌詞はユニゾンだなって。サビに入るころにはとっくにかん無くなってるどころか、「あ、新境地きたな」って思うくらいだし」

 罪悪感を感じているときって、いつもよりじようぜつになると身をもって思い知らされる。

「ユニゾンの歌詞って、1句1句独特な表現とか言い回しが多いから歌詞単体では理解するのは難しいんだけど、リズムとボーカルの声が加わると、不思議とすんなり理解できるようになっちゃうんだよなぁ」

 自分の発言に自分で納得するようにうなずきつつ、時間も時間なのでイヤホンを外して羽鳥へと差し出す。

 ? 何やら羽鳥が小さく唇を動かしていた。

「羽鳥、どうした?」

「……す」

「す?」

「すぅぅぅぅ~~~……ごっい! 分かる!!!」

 余程意見が合ったことが嬉しかったらしく、イヤホンだけでなく俺の右手まで両手でにぎめてくる。

 だけでは終わらなかった。

「!? お、おま……!」

 羽鳥のくせが発動。無意識に握ったであろう俺の右手を、自分の胸へこれでもかと、ぎゅぅぅぅぅぅ! と押しこんでくる、包み込んでくる。ズッポリと……!

 羽鳥の豊満でたわわな果実の柔らかなかんしよくや体温が、右手から全身、脳を支配。不愛想な俺でさえ顔がばくはつしそうだ。

 俺の手がじんじようじゃない熱を発していたからか。

「…………。ふぇ……?」

 自分の胸にしずみ込んだ、俺の右手の存在に羽鳥はようやく気付く。

 真っ赤な表情、うるんだひとみで見上げてくる。しかもちよう至近距離。

「お、おう……」

「ひ、姫宮……! ~~~っ!」

 どうようMAX。羽鳥の手の力がようやく弱まり、俺の右手がようやく天国から解放される。

「~~~ううっ! わ、私! もう次の教室行くから!」

 走ってなきゃやってられないくらいの勢い。羽鳥は俺からげるように教室を飛び出していった。

 静まり返った教室に俺1人。残ったのは右手に未だにおくされる胸の感触。

「……。俺も行こ……」

 次の授業の席は出席番号順なので、となりどうで超気まずかった。

※ ※ ※

 その後の羽鳥も、人目をぬすんでは俺へとサブカル談議をり広げ続ける。

 お前はアサシンかよと言いたくなるくらい、俺が独りになれば必ず出現。独り好きな人間にマンツーマンディフェンスはもはやイジメだと思う。

 隣同士の授業中には、乳を押し付けたことを忘れたかのように筆談で話しかけてくる。

 2限目終わりの休み時間には、トイレから出てくると羽鳥が出待ち。そのまま誰もいない場所にまでゆうどうされ、当たり前に雑談をなくされる。

 自分のを他人にさわらせる・メッセージを送り続ける・トイレで出待ち・人気のない場所に連れて行く。やってること変態とほとんど変わんねーじゃねーか。俺と羽鳥の立ち位置が逆だとすれば、いまごろ俺は留置所でヨロシクやっているレベル。美人って本当にズルい。

 好きな話題の共有は楽しいと言えば楽しい。それでもひんぱんにしたいかと言えばNO。俺としては好きなモノについて話し合いをするよりも、好きなモノを独りもくもくと楽しむほうがやはり好きなのだ。俺はアウトプット派ではなく、インプット派だから。

 というわけで、学校にいる間、度々話しかけられるこのじようきようは至って好ましくない。この調子だと放課後も羽鳥の話に付き合うことになってしまう可能性大であり、そうなればプライベートルームの存在もバレてしまう。うるさいやつが2人も増えるのはゴメンだ。

 どうにかして問題を解決しなければ……。


 昼休み。昼食を食べ終え、自分の机で独りの時間をエンジョイ中。午前のうちに読み終える予定だった小説をマイペースに読んでいく。

 羽鳥も俺の席近くにいるが、話しかけて来ることはない。美咲と倉敷、いつもの仲良し3人組で集まっているのだ。

 ありがとう美咲。今までで一番、お前にそう言ってやりたい。言わねーけど。

 3人が何をしているかといえば、倉敷の持参したファッション誌をながめつつガールズトーク中である。雑誌の表紙には、『鉄板から流行まで! 男子ウケコーデで意中をち落とせ!』と、暗殺指示書かよと言いたくなるくらいぶつそうこの上ない言葉が、デカデカと印字されていた。

 初夏にオススメのスナイパーライフルでもしようかいされているのだろうか。

「このワンピ可愛かわいい! 値段は──、……。うひゃ~……」

 お求めにくい価格だったようで倉敷はかたをガックシ落とす。

 のぞき込んだ美咲と羽鳥も苦笑い。

「雑誌にってる服とかアイテムって高いモノが多いから、似たようなモノ買うしかないもんね」

「そうなんだよなぁー。……ん?」

 とつじよ、倉敷がいぶかし気な声を出しつつ、羽鳥の足元と雑誌を行ったり来たり。

「このモデルがいてるローファー……、英玲奈の履いてるのと同じっぽくない?」

 どれどれ? と、美咲もそうほうを見比べれば、「ほんとだー!」と表情をかがやかせる。

 値段の話をしていた故、羽鳥としては気まずいのか。両かかとをサッ、と上げ、を死角にくつかくす。

「似てるだけだと思う……」

 白を切ろうとする羽鳥に倉敷が詰め寄る。

「本当か~?」

「う、うん……」

 そうは問屋がおろさない。

「ダウト! 華梨っ、英玲奈をらえいっ!」

りようかいです!」

「きゃ……!」

 美咲は「ごめんね」と言いつつ、羽鳥をさえ込むように横からき締める。いつもなら止める役の美咲だが、オシャレのこととなれば話は別らしく、倉敷とけつたく

 倉敷が「でかしたっ!」と、そのすきに羽鳥の足元へとしゃがみ込み、片足をガッシリつかむ。そのまま靴のチェックを開始。

 すみから隅まで調査し、予想通りの結果が出たようだ。

「やっぱり同じじゃん! しかも有名ブランド! このブルジョアめ!」

「い、いや……毎日使うモノだから、だんより少し良いのを買ってくれただけで……」

「少し!?」

「あ、あう……、そういうわけじゃ……」

 言葉のあやなのは分かるが、墓穴りすぎ。

 倉敷ご乱心。座っている羽鳥の正面から、飛びつくかのように抱きつく。というかおそかる。逃がすものかと羽鳥のこしへと手を回し、羽鳥の大きな胸へと顔をうずめる姿は、もはや

「このこのっ! どうせキュートなあしのわたしには、しよみん派スニーカーがお似合いだい! きやくな英玲奈様には大人っぽいローファーが大変お似合いでございますよーだ!」

ずかしいから……!」

「知らんっ! 傷ついたわたしのためにきよにゆうを貸せいっ!」

 倉敷ははなれる気ゼロで、そのまま抱きつきを続行。自分の顔を羽鳥の胸に沈ませれば沈ませるほど、倉敷の表情はフニャア……、とろけていく。胸のヒーリング効果は絶大らしい。

「温かいし柔らいし、フカフカでまらん~……」

 倉敷の気持ちは分からんでもないと、経験者は思う。

 羽鳥は、とりあえず美咲から離れてもらおうと、未だに真横から抱きつく美咲をジッ……、と見つめる。視線に気づいた美咲は、「んー……」と少し考えるが、すぐにニッコリとした表情に。

「腹いせに抱き着かせろー♪」

 美咲、さらに羽鳥へと高密着。ほおと頰など完全に触れ合っている。

「華梨まで……!? ん……! 2人とも、く、くすぐったい……!」

 美咲と倉敷がおこっているわけもなく、ただ羽鳥とスキンシップを取りたいだけなのは言うまでもない。2人がキャッキャッとうれし気に笑い合えば、羽鳥も恥ずかしいと言いつつも、表情には笑顔がかび上がっている。

 美少女3人のなかむつまじい&百合百合しい光景に、男子たちの視線はくぎけ。俺もふくめて。

「マジじゃ~ん! 英玲奈のローファー、雑誌のと同じ~!」

 すご~い♪ と手を合わせて大はしゃぎするのは、取り巻き2人を引き連れてやって来たクイーンの遠藤比奈。相変わらず甘ったるいこうすいただよわせ、甘ったるい声をひびかせる奴である。遠藤グループに話しかけられたことにより、百合百合タイムがしゆうりよう。男子たちが現実世界へとかんしていく。

 食堂のときも思ったが、グループは違えど両グループともカースト上位。見た目や性格的にたがいの系統は違えど、やはり話し合う仲のようだ。

 そのまま、ファッションの話題にでも花をかせると思いきや、「あ! これ名案かも~!」ととうとつに遠藤が両手を合わせる。

「ねー、英玲奈がしんぼく会の店選びしてよ~!」

「……私?」「英玲奈が?」

 羽鳥だけでなく、幹事の美咲までおどろきを隠せない様子。

 だれでも驚くわ。話にみやくらく無さすぎんだろ。

「英玲奈って大人っぽいから色々オシャレなカフェとか知ってそうじゃん? ヒナ、最近カフェめぐりにハマってるじゃん? だから、英玲奈オススメの店に連れてって~♪」

 大人っぽい=オシャレな店を知っている。たんらく的な発想と言えば発想だが、俺もそう思う。高校生の思考回路なんてそんなもんだ。

「私、人並みくらいしか知らないと思うけど……」

「全然おっけ~。つうは人並みも知らないから~♪」

 羽鳥のけんそんも、遠藤はまるで気に留める様子を見せず。それどころか、同調するように洞ヶ瀬と渡住も「ウチもヒナに賛成」「さんせ~い!」などと、ゴリ押しのパワープレイ。

 ここまで図太いと天晴と言わざるを得ない。俺はともかく、幹事である美咲の許可も取らず、羽鳥に店選びをたのもうとしているのだから。ましてや羽鳥など無関係である。

「華梨たちがそれでいいなら」

 羽鳥がしばししゆんじゆんした後にそう答えれば、先ほどまでのじゃれ合いモードをめ、真面目な表情になった美咲が問い直す。

「私も英玲奈が手伝ってくれるなら百人力だけど、……本当にいいの?」

「うん」とうなずく羽鳥が、今度は俺のほうを見る。

「姫宮もだいじよう?」

「おう。頼めるなら」

 俺とすれば、頼めるなら願ったりかなったりなだけに断る理由も無い。

「やった! ちよう楽しみ~!」

 遠藤は合わせていた両手を開くと、羽鳥の両手をにぎめてキャイキャイ喜ぶ。

 その光景も百合百合しいものの、素直に微笑ほほえましい光景とは思えなかった。

 他人のせいの上に成り立つ百合は、眼福にはなれないようだ。

 そもそも、羽鳥の表情がさっきまでの表情とはちがいすぎるし。

 さて。そろそろ読書に集中したい。さすがにカースト上位のJK集まりすぎで、本を読めるかんきようではない。

 静かな場所にでも行こうと本片手に立ち上がる。

※ ※ ※

 俺のお気に入りスポット、非常階段の最上階にあるおどへととうちやく

 大きくびをし終え、本格的に本を読んでいこうと腰を下ろして直ぐ。

「姫宮っ」

「……」

 あの空間からけ出すことはないと思っていただけに、かつだった。

 俺の後を追いかけてきていたらしい。羽鳥が階段下から俺を見上げていた。

 自分の名を呼びつつ可愛い少女がうれしそうに近づいてくるのは、胸熱なシチュエーションかもしれない。けれど、せまりくる人物は俺にとって危険因子。最上階という環境もあり、もはや追いめられたとしか思えず。

 思い切って本とうへとげ込もうとも考えたが、時すでにおそし。となりに座られ、そでまで握られてしまう。

 羽鳥は大それた行動の自覚があるのか。ずかし気に口元に手をあててモジモジ。

「2人きりなれたから、……いつしよに話そ?」

「……おう」

 とうそう失敗。


 この時間も羽鳥は絶好調。朝や休み時間の熱弁だけでは物足りなかったかのように、ゲームじつきようやバンドの話を止めどなくマシンガントーク。相も変わらず目を輝かせ、はち切れんばかりの胸がりよううでつぶされ続けている。もはやこうれい行事。祭りだワッショイ。

 ひと通り話し終えた羽鳥は一息つく。

「ごめんね姫宮」

「ん? 何が?」

「休み時間の度に、私の話聞いてもらって」

 めいわくを掛けている自覚はあったようだ。

「休み時間だけじゃなくて、授業中も聞いてたけどな」

 俺の皮肉に「!」とまつらす羽鳥は、少し頰をふくれさせる。

「いじわる言わないで」

 大人系女子なだけに子供っぽさを出すのは反則級。

 さらに反則コンボ。

「だって……」

「だって?」

「……私の話に付いてこれる人、姫宮が初めてだから……」

 たいていの男なら、お前の愛くるしいうわづかいな発言にコロッとかんちがいしてしまうだろうよ。

 けれど、相手が悪かったな羽鳥。相手はソロじゆうの俺。そんな初めてりません。

「別に俺なんかが話し相手にならなくても、羽鳥の周りにも同じようなしゆやつたくさんいそうだけどな」

 というより絶対いるだろ。

「うん。絶対いるから、これからは俺じゃなくてその友達と仲良──、「だめ!」」

 逃走失敗。階段を降りようとするも、またしても袖を摑まれてしまう。

 その姿は小さくて、声はしおらしい。

「姫宮がいい……」

「何でだよ」

「周りには私の好きなもの知られたくない……」

「俺は都合の良い男かよ」

「ち、違う! そういうわけじゃ──、「じようだんだって」」

 前言てつかいさせるのもめんどうであると、言葉を止めてしまう。

「知られたくない理由は、恥ずかしいからか?」

「うん。私のキャラには似合わない……」

「羽鳥のキャラ?」

「大人っぽいとか、クールだとか……」

 りようひざかかえた羽鳥はうつむきつつつぶやく。自分で自分のキャラを説明するのが恥ずかしいのか。「お前なぁ。大人っぽいキャラが他人の視線気にしてどうすんだよ。気にするほうが子供っぽいと思うぞ?」

「だって私、子供だもん」

 何だコイツ。たんにガキんちょ宣言し出したぞ。

「私、大人っぽいって周りに言われるけど全然そんなことない。ただ大人しいだけ」

 大人っぽいと大人しいは、同じ漢字を使っているだけに紙一重ではなかろうか。紙一重だからこそ、一緒くたにしてもいいと思う。けれど、羽鳥としては違うカテゴリーらしい。

「比奈たちは、私が色々とカフェ知ってそうって言うけど全然知らない。私だってみんなと同じで高校生になったばかりだもん。1人でカフェに入ったこともないし」

「意外だな。俺も羽鳥はスタバ女子だとてっきり思ってたから。……ん? ということは親睦会の店決めって……」

 不安的中。だんの上品な微笑というより、あいしゆうただよう笑みを羽鳥は浮かべていた。

だましてるみたいになってごめん。私、オシャレな店なんて全然知らない」

「そう、なのか……? だったら、別に無理に引き受けなくてもいいぞ?」

「大丈夫。ちゃんとネットとか雑誌とかで探すから」

「だってお前……、カフェには全然行ったことないって、今さっき言ってたじゃねーか」

 作り笑顔を保ち続ける羽鳥は、周りの期待に応えるべく大人っぽく思われようと努力している。と言えば聞こえはいいが、うそで固めているとも言える。自分で自分の首をめているとも言える。

 羽鳥にとって、大人っぽく見られたりクールだと思われることが、学校生活をスマートに生きるための処世術なのだろう。だからこそ、サブカル好きなことを周りには公表せずにかくし続けているに違いない。仲の良い美咲と倉敷にさえも。

 いや……、仲が良いからこそ、余計言えないのか。

 先ほど教室で見た、羽鳥たち3人が仲良くき合っている光景を見てしまえば、そう思えてならない。あの関係性がくずれるのが羽鳥はこわいのだろう。

「羽鳥が大人っぽいか大人っぽくないかはさておき。サブカル好きでも大人っぽい性格の奴は沢山いると思うけどな」

「私もいると思う。けど、サブカル好きとかオタクっていうだけで、ぎらいする子も少なからずいるから」

「まぁ、否定はできないな」

「でしょ? 女子って1人にきらわれたら皆に嫌われるみたいなことが普通にあるし、言いづらい……」

 男女問わず交友関係を全く持たない俺でも、女子の交友関係が何かと複雑だということくらい知っている。だから羽鳥の言っていることも何となしに分かる。発言力の強い女子が、黒って言ったら黒になるし、白って言ったら白になるようなイメージだ。男子にもあるだろうが、女子は特にけんちよに見える。

 羽鳥の話を聞けば聞くほど、改めて人間関係って面倒だと思う。そこまでして集団にけ込む必要性が分からないし、そこまでして個を殺す理由が分からない。

 分かるわけがない。だって俺、独り好きだし。

 なやみを打ち明けられようが、カースト上位を生きる羽鳥に的確なアドバイスなどできるはずがない。そもそもな話、俺は独り好きでもあるが、ド底辺の存在。

 できることと言えば、自分の感想をボヤくくらいだ。

「自分の趣味を打ち明けた結果、友達めるって奴らが現れたら、そいつらと別れて正解だと俺は思うけどな」

「え?」

 羽鳥は俺が何を言っているのか全く理解できていないようだった。

「どうして?」

「どうしてってお前……。だって、友達の趣味にドン引きしてえんを切ってきたり、周りの意見に流されてきよを置いてくる奴なんて、その程度の人間ってことだろ? そんなもん、こっちから願い下げだろ」

 羽鳥は長い睫毛を揺らして目をパチクリ。

「す、すごい考え方……!」

「いやいや、全然凄くねーから。お前、自分の好きなゲーム実況者とかバンドとか、バラエティ番組を否定されるんだぞ? ムカつくだろ」

「それは、……ムカつくかも。……ううん、ムカつく」

 不確定から確定の言葉に変えるくらいだ。羽鳥はちゆうはんな気持ちでサブカルチャーの数々を好きなわけではないことが分かる。

「だろ? ゲームしてるオタクキモー、とか言ってる奴らに限って、スマホでツムツムしてたり、ゲーセンでマリカしてんだよ。アニメ観てるオタクキモー、とか言ってる奴に限って、まん原作のドラマ観てたり、君の名ガッツリ観てんだよ。人の趣味否定したり他人の意見に流される奴なんて、自分ルールゆるゆるで頭のネジもゆるゆるな奴らばっかりだろ。そんな友達こっちから願い下げだから」

 羽鳥は俺の言葉に「うん……うん……」とうなずき続けている。ひとみの奥には、何かしらの感情が芽生えているように見えた。周りのことを気にしすぎて、自らと全く向き合えていなかったことに気付いたように見えた。

 あとは羽鳥自身の気持ち次第。俺としては羽鳥が現状しようと正解だと思うし、からを破りたいなら破ればいいと思う。自分の人生だから好きにすればいい。

 もはや何も言うことなどない。というか元からないはずなんだが。

 今度こそ教室にもどろうと階段を降りようと立ち上がると、見慣れた奴が階段下から顔を出す。美咲である。

「姫宮君、また独りで黄昏たそがれてたんでしょ? あれ!? 英玲奈も!」

 俺の行動パターンってそんなに読みやすいのだろうか……。

「ねぇ。ほんと、いつ仲良しになったの?」とたずねてくる美咲の質問はスルー。

「美咲」

「何?」

「お前とは放課後にどうせしやべるんだから、昼休みくらい俺をそっとしておいてほしい」

「それじゃあ、今日から放課後はたっぷり話し相手になってもらおうかな。夜も放課後だから毎日電話でお喋りしようね?」

「すまんかった」

「どれだけいやなのさ!?」

 はぁ──────……、としようちんしつつ、あっけらかんと立ちくす羽鳥へと伝える。

「世の中くいかないことだらけだ……。それでも声を出さないとだれにも思いは伝わらん……。そのことだけはお前に伝えられたと思う……」

「……! もしかして、私のために身をもって教えてくれたの……?」

 ちがいます。自分のために身を使っておおしただけです。

 とはいうものの、羽鳥には弱者の言葉がひびいたようだ。

 大きく深呼吸を1つした羽鳥が、美咲の前に立つ。

 そのまま大きく頭を下げる。

「ごめんなさい……!」

 羽鳥の予想だにしない謝罪に、「ど、どうしたの!?」と美咲はおどろきを隠せない。

「私、オシャレなカフェなんて本当は知らないの……。皆の期待を裏切らないようにって、見栄を張っちゃっただけなの……!」

 羽鳥はふるえる声で必死に言葉をつむぎ続ける。

「それに私、皆が思ってるみたいに大人っぽくなんかなくて、YouTubeのゲームじつきようとか、売れ始めのバンドとか、深夜バラエティなんかが大好きなサブカル女子だから……! 大人に見られようと、色々隠してたり、噓ついててごめんなさい……!」

「もしかして、朝の教室で英玲奈が秘密にしてたことって、このこと?」

「う、うん……」

「なーんだ……。良かったぁ……!」

「え?」

 美咲は心からあんするかのように胸をでおろす。

 そして、顔を上げた羽鳥に微笑ほほえみかける。

「もしかして、何か英玲奈に嫌なことしちゃったのかな? って考えてたんだよ?」

「そ、そんなことない!」

「うん。だから分かって安心したよ」

 美咲の今までと全く変わらない笑顔や反応に、羽鳥はおそる恐る尋ねてしまう。

「引いたり、おこらないの?」

「どうして? むしろ、英玲奈ってあまり自分のこと話してくれないから、すっごくうれしいよ? ありがとね、話してくれて!」

「……! うん……」

 俺としては、美咲の反応はおおよそ予想通りである。

 だって、博愛主義者のカリン様なのだから。

「でも。姫宮君にはしつしちゃうな。英玲奈とは私のほうが仲良いと思ってたのに、先に英玲奈のしゆを知ってるんだから」

 羽鳥が「ごめんね」と美咲に告げるが、美咲が怒っているわけもない。

「ねぇ英玲奈。しんぼく会で使うオシャレなカフェ、いつしよに探してもらってもいいかな?」

「……協力してもいいの?」

「うん♪ 一緒にいいお店見つけようね!」

 2人はたがいに笑い合い、さらに仲を深めたことが簡単に分かってしまう。

 うんうん。素晴らしき友情。これで、俺の静かな生活も戻ってきそうである。

 2人の美しい友情をじやしないように、しん的な行動として場を後にしようとするが、今度は美咲に呼び止められる。

「姫宮君も親睦会のお店探し、一緒に行こうね!」

「え……」

※ ※ ※

 6限目はHRホームルーム。本日のメインイベントであるせきえ中。

 何のへんてつもないオーソドックスな席の決め方で、番号入りの紙クジを1人1人が引いていき、黒板に書かれた番号と同じ席に移動するというもの。

 人数分の紙クジをおけに入れ、よくかき混ぜていく天海先生。風呂桶のはんよう性高すぎ。

 生徒の当たり席と言えば最後方一列に違いないだろう。教師の目に届きづらい故に、喋っていたりねむりしていてもバレにくいスポットだから。

 しかし、俺が求める席はそこらではない。

 天海先生がクジを混ぜ終える。

 今だ。

「先生。俺、目が悪いんで前の席がいいです」

「はーい。姫宮君、どこの席を希望しますか?」

「一番左で」

 よしっ。窓際最前列の席ゲット。

 この席こそ、俺が中学時代から気に入っている特等席。人との関わりが最小限かつ、日差しが良好な好物件だ。何より、目が悪いの一言で労せず確保できる点が素晴らしい。

 視力2・0ですけど何か? マサイ族に比べたら目は悪い。

 今後の席替えイベントも、この殺し文句で特等席を確保していこうじゃないか。


「先生。私も目が悪いので前の席がいいです……!」


「あ?」

 声がするほうを向く。そこには羽鳥が。

 おい……、まさかお前……。

「はーい。羽鳥さんは、どこの席がいいですか?」

「姫宮の後ろで」

 マジか、あのろう……。


 席替えがかんりようり向けば当たり前に羽鳥が。

「ワザと後ろ選んだだろ」というクレームたっぷりの視線を送れば、サッ、と視線を外される。一応は視力悪いですよアピールのためか、黒のセルフレームメガネを着用しているがていこうである。知的さが増して美人ですね。

 泣きっ面にはちとはよく言ったもの。

 右を向けば、

「よろしくね姫宮君!」

「……おう」

 美咲いるんですけど。

 何でコイツは俺のとなりをしれっと引いてんだよ。お前の席、つうやつなら結構な外れだからもっとへこめよ。

 右に美咲、後ろに羽鳥。絶対うるさくなるパターンの席じゃねーか。

 うるさいリアじゆうたちが来るよりマシと考えるしかないか……。

「ん?」

 ふと、後ろから背中をツンツン。振り向けば、羽鳥が何やら小さな紙をわたして来た?

「紙クジのゴミを捨てておけゴミ」と言っているわけではないようで、受け取った紙片はていねいかつ可愛かわいく折りたたまれている。

 前を向きつつ開いてみる。

 そこには、『今日はありがとう。これからも話聞いてね』というメッセージが意外にも丸っこい文字で書かれており、その下にはLINEのIDも書かれていた。

 これからもですか……。

 再度、後ろを振り向けば、視線に気付いた羽鳥が笑いかけてくる。

 微笑みではなく、こぼれるような笑顔で。

 その笑顔にめんじて、たまにくらいなら話を聞いてやってもいいとは思う。

 たまにだが。

3章 あめもんたけおうすけは気配を消しがち

 プライベートルームにてラジオを垂れ流してほうけ中。

 はんで買ってきたかんコーヒーを口にふくみつつ、おもむろに視線を前へと向ける。

は、今週の土曜日と日曜日ならどっちがいい?」

「えっと……、1日空いてるし土曜日、かな」

「じゃあ、土曜日に親睦会のお店探しに行こっか。せっかくだし雑貨屋さんも寄ろうね。この部屋、殺風景だから色々そろえたいんだ」

「私も服見に行きたい。りんがよく行くお店、しようかいしてもらってもいい?」

「もちろんいいよー。一緒に選びっこしようね!」

 向かい側の席で、さきとりが和気あいあいと雑談中。当たり前に。

 1人増えとる……。

 プライベートルームに羽鳥参入。

 羽鳥は幹事ではないものの、店探しを手伝ってくれることからプライベートルームを使う条件を満たしている。故に何も言えず。

ひめみや君も土曜日でだいじよう?」

「何で俺も行く前提で進んでんだよ……」

「幹事の姫宮君にきよ権はありません。用事が無い場合は絶対参加だよ」

「ある」

「「え」」と美咲と羽鳥がハウリング。

 失礼な奴らだ。独り好きには用事がないとでも思っとんのか。

「どんな用事があるの?」

「まだ観てないバラエティ番組を消化したい」

きやつです!」

 何だコイツ。

 大人しかった羽鳥が、俺寄りにまえかがみになっていた。豊満な胸がテーブルに、たゆんとるくらい。

「な、何観るの……?」

「先週の雨トークSP」

「! 私観たっ! 方向おん芸人すっごく面白かった! あと真似したい1グランプ──、」

「い、今は落ち着いて英玲奈!」

 ハッ、と我に返った羽鳥は、「~~~っ……! ご、ごめんなさい……」と赤面しつつ静かなテンションに。相変わらず暴走モードに入ると一苦労な奴である。

「私も観たから後で一緒に話そうね」と美咲が羽鳥をなだめれば、羽鳥はずかしがりつつもうれし気に1つうなずく。かくし事が無くなった分、より一層2人の関係は親密になったのではなかろうか。

 仲の良いくらしきにも、自分がサブカル女子なことを羽鳥はカミングアウトしたようだ。案の定、倉敷が引くわけもなく、「ギャップえでモテ要素追加かよっ」とななめ上の回答を返してきたんだとか。

 めでたい話はさておき。

ひどい話だよな」

「何が酷いのさ?」

「1人で過ごす時間はひまとみなされ、集団で過ごす時間はじゆうじつしてるみたいな風潮」

「こんな感じ、前にもあったような……」と美咲はデジャブを感じつつ身構える。

「だ、だってさ! 録画してるならいつでも観れるでしょ?」

「『友達と一緒に観る』って言ったら?」

「! そ、それは……」

「1人がきつてんで本を読むのは暇で、グループ同士がファミレスでこいバナするのはいそがしいのか? 1人で映画を観に行くのはさびしくて、カップルで映画を観に行くのは充実してることなのか? 人数で決まるとか数の暴力かよ」

 美咲が「ぐぬっ……」と言葉をまらせ、羽鳥はフムフムと興味深げに耳をかたむける。

「お前らリア充にとって『遊ぶ相手がいない=暇』かもしれないが、ソロ充の俺にとってはイコールじゃない。だってソロ充の考え方は『独りの時間=充実してる』だから。価値観がちがうんだよ」

 共感性を持たせるとしたら、そうだな。

「お前らだって、集団行動より単独行動を優先したいときがあるんじゃないか? 遊びにさそわれてはいるものの、本当は家に真っ直ぐ帰ってマイブームの海外ドラマを観たいだとか、お気に入りのゲームじつきよう者の配信を観たいだとか」

「返事はくれないのに、ちゃんと文章は読んでくれてるのがにくい……!」とおこっているようで、実際はほおゆるみをおさえている様子の美咲。お前はチョロインか。

 羽鳥は完全にこちら側。

「姫宮の言ってること、すごい分かる……! 私の場合、付き合い悪いって思われたくないから遊びに行っちゃうけど」

「だろ? 羽鳥みたいななやみを持つ奴って案外多いと思うんだ。多いからこそ、もっと独りの時間を大事にするべきだし、主張もすべきだと思う。新卒の社会人なんて特にがんっていただきたい。アフターを独りゆっくり過ごしたいなら、せんぱい上司からの飲みニケーションという名のアルハラは、勇気を振りしぼって断るべきだ。無駄な残業を発生させたくないなら」

「これだから今の世代は」と言われたら言ってやれ。「かいちゆうおつ」と。

 ゆうがあるなら、「そんな昔が良ければ、バックトゥザフューチャーして現代に二度ともどってくんな」とも言ってやれ。

「というわけでだ。以上のことをまえて、独りだから暇だとか、独りだから充実してないみたいな発言はめていただきたい」

「はい……。私の発言が浅はかでした……」

「うん、分かればいい」

 美咲が失言を認めたので試合しゆうりよう

 以上、俺の独り至上主義運動でした。

 缶コーヒーを1口。やはり、運動を終えてからの一ぱいは格別だな。

「で、でもさ。姫宮君」

「おう」

「姫宮君みたいなソロ充の人って、どうすれば暇になるの? ソロ充の人は延々と予定が詰まってるから、誘うにも誘えないよね?」

「確かにそうだな。でも、今回に限っては、そこまで心配することじゃないぞ」

「え……? どうして?」

「ウダウダ言ったけど、店探しも幹事の仕事だからな。参加しないわけにはいかないだろ」

「……」

「そもそも、バラエティは録画してるから何時でも観れるし」

 美咲はぜんから一変。

「~~~っ! この人ホントめんどうくさいっ!」

 それほどでも。

※ ※ ※

 本日の家庭科は調理実習。レクリエーション的な役割も持つ授業とあって、調理実習室内は多くのクラスメイトたちが授業前からワイワイとにぎわっている。

「~♪」

 同じ班である美咲もだん以上にじようげん。聞き覚えのあるCMソングなぞ鼻歌まじりに歌いつつ、手際よく食材の準備を進めていた。

 料理好きと知っているだけに、エプロン姿の美咲は家庭的に見えてしまう。厚手のあさ生地に英字がプリントされたエプロンは、一見するとシンプルなデザインなのだが、短めにカットされたたけや大きめなポケットがアクセントとなっており、使いやすさの中にも可愛かわいらしさが備わっている。普段から愛用しているからこそのデザインなのだろう。

 美咲のエプロン姿を見る俺の顔は、退たいくつそうだったらしい。

「姫宮君、調理実習だよ? もっと楽しんでいこうよ」

「俺はハンバーグでテンション上がる小学生かよ」

「今日作るのはハンバーグじゃなくて、パウンドケーキだけどね。……今、絶対めんどくさいやつだと思ったでしょ?」

「思ったんじゃない。思ってるんだ」

「進行形は止めて欲しいよっ!」

 過去形だったら良かったんかい。

 とはいうものの、美咲の判断通り、俺のテンションは普段より若干低い。

「パウンドケーキ作るんだったらハンバーグのが作りたかったな」

「? 甘いもの苦手だったら、今日のケーキはあまひかえめにしよっか?」

「甘いものは人並に好きだから大丈夫。いや、そういうことじゃなくてだな。しようがい独身の身としては、もっとガッツリした料理を学びたかったなと」

「そこまでの心構えで調理実習に臨んでいるのは姫宮君くらいだよ……」

「授業に本気で取り組んで何が悪い」

「カッコいい発言なのに、背景が残念すぎる……!」

 だって仕方ないだろ。パウンドケーキなんて洒落じやれたもの、今後生きていく上で焼かない自信がにあるんだから。独身で40過ぎのオッサンと化した俺が、高校時代に作ったパウンドケーキを思い出しつつ焼くシーンが全く思いかばん。だれのため、何のために焼いてんだよ。

 自分の誕生日? 悲しすぎんだろ。

「パウンドケーキを焼く焼かないはいつたん置いといてさ。高校生になったばっかりなのに生涯独身宣言は早すぎるよ。姫宮君だって、好きな人ができたら将来けつこんするんじゃないかな?」

「人を愛し、人に愛される自信が無い」

 ジト目になった美咲が半歩詰め寄ってくる。

「姫宮君は自信が無いんじゃなくて、気が無いだけだからね?」

 あながちちがってないだけに目を背けずにはいられない。

 目を背ける視線の先。同じ班である男子2人組が視界に入る。

「俺もあの2人くらい、テンション上げて料理していけばいいのか?」

「?」と小首をかしげる美咲が、俺の指差す先を見る。

 そこには、テンションMAXの飴屋と武智の姿が。

「ジャキンッ! はいジャストガード余裕~! 俺の防具、ガード性能のスキル付いてるから余裕~! ちょ! わきばらこうげき止めろし!」

無駄無駄ぁ! こっちの防具、かい王付けてますから! 部位破壊とか余裕ですから! 破壊ボーナス、飴屋のうろことからね! ゴミおつでぇ~す!」

「俺の素材が下級なわけないやろし! G級やし! 飴屋の天鱗やし! というかモンスターやないし!」

「ふふふふふ!」「ぷすすすす!」

 ガード性能がエプロンにとうさいされている飴屋と、破壊王がエプロンに搭載されている武智は、デュクシ、デュクシとなぞの効果音付きの手刀でたわむれ続ける。

 2人を簡単に識別するとすれば、によく『し』を付けるぐせかワックスか分からない太いほうが飴屋で、デスマス口調でモッサリ天パのヒョロいほうが武智である。

 とくちよう的な2人のかみはバンダナで見えないものの、その代わり、おそろしいほどにペイズリーがらのバンダナが似合っている。

 今日も絶好調にオタトーク全開。今のいつしゆんで俺に負けないくらいカーストが低いのが分かってしまうのだから大したものだ。

「こらっ! 包丁あるんだから危ないでしょ!」

 今は俺と議論を交わしている場合ではないと判断してか、美咲は2人の注意に入る。本気で怒られていないことを理解しているのか、2人はじゃれ合いを止めつつも表情筋は緩んだまま。普段から美咲のことをカリン様とすうはいしているのも頷ける表情であり、話しかけられてうれしそうにすら見える。反省をしろ。

「もう暴れちゃダメだよ? 分かった?」

「「ぎよ!」」

 相変わらずい奴らである。

 美咲と入れわるように羽鳥がとなりにやって来る。雪模様レースが控えめに浮かぶエプロンは前結びのひもであったり、ゆったりと広がる丈がスカートのようで、ワンピーステイストなデザイン。長い髪を1つに束ねているヘアスタイルもいつもと違った印象をあたえ、別の切り口で大人っぽさが表現されていた。

 そんな羽鳥が恐る恐るといったように俺を見つめてくる。

「……。ねぇ姫宮」

「ん?」

「私も好きな話してるときって、飴屋と武智みたいになってる……?」

 あー……。

「周りが見えなくなるのは、ちょっと似てるかもな」

「! ~~~っ! は、ずかしいっ……!」

 しゆうおぼれるかのように、羽鳥は顔を押さえて大赤面。顔を押さえるついでにうでも胸を押さえつけてしまっており、エプロンから胸がはみ出している。胸が大きいって大変。

 以上の4人に俺を加えたメンバーが本日の調理班。教室班がそのまま調理班なので、目新しくもないメンバー構成となっている。目新しさは求めていないから特に不満もないが、強いて挙げるとすれば、もう少しうすいメンバーが良かった。


 いざ調理実習開始。

 したのだが……、

「姫宮! 俺といつしよにチョコレート味をレッツクッキングしようし! ごげんなパーリーにしようし!」

「姫宮が一緒にまつちや味を作ってくれないときんちようで死んじゃいますから! というかいちゃうんですけど!? 僕とけいやくして専属パティシエになってよ!」

「俺、独りで食器洗いしたいんだけど」

「「姫宮!?」」

 今現在、飴屋と武智、ろう2人が俺をうばい合うという俺至上、最も嬉しくないイベントが発生中。

 2人が何をさわいでいるかと言うと、土台となる生地を混ぜ終えたタイミング、「2種類作るから二手に分かれよっか」という美咲の発言が事のほつたん。料理経験にとぼしい男たちに1つの味を任せるのは心もと無いと、チョコレート味を美咲チーム、抹茶味を羽鳥チームで作っていく流れに。

 そして事件は起こる。女子にめんえきがない2人は、美咲や羽鳥と1対1で調理をすれば死ぬと言わんばかりに、俺を自分のチームへとさそっているというわけだ。

 ついには、たがいのエプロンのすそにぎり合って、いがみ合う2人。せめて胸ぐらをつかみ合え胸ぐらを。

「俺が姫宮と組むから、武智が男子ソロやれし」

「は? 僕が姫宮とデュオ組むんですけど。これ以上、意味不明なこと言ってたら、ヘッショすっぞ」

「「ああん!?」」

「2人ともめなさ───い!」

 お前らすごいな……。

 色んな意味で。

 仲の良い2人だと思っていたが、自分の保身のためなら友など要らぬといった光景は実に人間らしい。もはや清々しさすら感じる。

 しかし、いくら好感を持とうが、俺の身体は1つ。どちらかのチームに入ればどちらかを見捨てることになってしまい、あちらを立てればこちらが立たず状態。

 別に共だおれしてくれて構わないけど。

「はぁ……。分かったから落ち着け。俺は男1人のチームでいいから、お前ら2人はもう片方のチームに入ればいい。それなら問題ないだろ?」

「「ある!」」

「は?」

 2人は俺を手引きすると、そのまま美咲と羽鳥に聞こえないようにと耳打ちしてくる。

 飴屋が、

「俺はカリン様と作りたい。丈の短いエプロン姿がはだかエプロンっぽいから間近で拝みたい」

 武智が、

「僕は羽鳥さんと作りたい。エプロン横からこぼれそうなオッパイを間近で拝みたい」

「ふふふふふ!」「ぷすすすす!」

「クソ野郎かよ」

 何をハニかんどんだ貴様らは。

 女子と一緒に作りたいけど、2人きりは恥ずかしいからNGってなんだよ。

 ちようめんどくせー……。

 よこしまな感情をいだかれていることなど知る由もない美咲と羽鳥が近づいてくる。

「姫宮君、悪いんだけどさ。食器洗い係でいいから、2人の様子を見ててあげてくれないかな?」

「え……」

「このままじゃ、いつまで経っても次の工程に進めないでしょ?」

 羽鳥も羽鳥で接点の無い男子と2人きりになるのは気まずいと言いたげ。

「私もそうしてくれたら嬉しい……」

 しまいには一同の視線が俺へとさってしまう。

 ここまで来れば深く考えるの鹿らしい、というか最早どうでもいい。

「分かったよ……」と力無く一つうなずくと、一同大喜び。

「うんっ」「ありがとう」「「さすがです姫宮様!」」

 様付けはやめろよ。


 きよくせつありつつも、パウンドケーキ作りが再開。

 が、紆余曲折は続く。

 みぎどなりの飴屋が、

「姫宮、見て見て。AME'Sキッチン」

 とうとつにも「アタタタタタタタタ!」とさけびながら雑な包丁さばきで板チョコを刻んでいく。

 シロップ作りしている美咲は、笑顔なのに目が笑ってない。

「飴屋君? 包丁は危ないものって、さっきも言ったよね? 伝わってなかったのかな?」

「ひゃ、ひゃい……」

 左隣の武智が、

「姫宮、ご覧あれ。世界一セクシーな料理人」

「抹茶はこうるんだベイビー」と、ひとつまみした抹茶パウダーを顔の近くからボウルへと振りかける。

 黒豆の水気を切っている羽鳥は、クールではなく冷めきっている。

「武智。せっかく計量したのに、ボウルから零れてるから止めて」

「しゅ、しゅいませんっ!」

「お前らは何やってんだよ……」

 美咲と羽鳥の目が死んでいるのも無理はない。この不毛なやり取り、10回以上かえされてるし。他の女子たちなら1人で作ったほうが速いと、愛想をかしてもおかしくないレベルである。

 ふざけられても見捨てない女子2人がすごいのか、注意されても折れない男子2人が凄いのか。精神安定ざいとして野郎2人に話しかけられ続ける俺が凄いのか。

 というか、推しメンがいるから各々別れたくせに、緊張して俺ばっかりに話しかけてたら意味ねーじゃねーか。

 作業しゆうばん。ようやく2種類の生地が完成し、飴屋と武智がサラダ油をった型へと生地を流し込んでいく。

 その2人を見守る美咲と羽鳥の目力が凄い。もはや見守るというより2人をかんしている状態。目を見ただけで「コイツら、放っておいたら何しでかすか分からない」というメッセージがひしひし伝わって来る。

 生地を流す直前、飴屋と武智が俺のほうを見て、「これってフリ?」と小声でたずねてきたのが恐ろしい。

 何事もなく全ての生地が型へと流し込まれれば、美咲と羽鳥があんの息を吐く。そのまま最後の気力をしぼるかのように、あらかじめ予熱しておいたオーブンへと生地を運んでいくと、飴屋と武智も2人に付いていく。

 美咲を見守るフリして背後から生足をぎんする飴屋と、羽鳥を見守るフリして真横から横乳をガン見する武智。

 なんなんコイツらマジで。

「終わったぁ……」「おつかれ様……」

 あとは焼き上がるのを待つだけ。美咲と羽鳥はもう限界ですと、持ってきたに座ったたん、力きたかのように調理台にしてしまう。こればかりは、お疲れ様ですと言わざるを得ない。

 だん以上に活力に満ちあふれていた美咲や、実は内にぼうだいな活力を秘めている羽鳥から全てのエネルギーを吸い尽くす飴屋と武智って一体何なのだろう。セル?

 さて。2人の正体はさておき、メイン業務が食器洗いの俺はここからが本番である。

 シンク前でそでをまくり、使い終わった調理器具を洗い始めようとする。

 しかし、2度見せずにはいられない。

「「……」」

 仕事が終わったにもかかわらず、飴屋と武智は立ちっぱなし。調理台上に置かれたオーブンをまばたき一つせずに見つめ続けていた。そのひとみにはなみだにじみ、オーブン内の赤い光熱がごうごうと映し出されている。

 親しい故人でもオーブンで焼いているのだろうか……。

 そんなわけあるか。オーブンの中はパウンドケーキだろ。

「何やってんだお前ら」

「「最初で最後の美少女たちとの共同作業が終わったことに感動してました」」

おおかよ」

 俺の言葉に対し、飴屋と武智は首を大きく振る。

「甘いし姫宮。カリン様の班じゃなかったら、ここまで楽しく調理実習できなかったし。他の女子たちとやってたら、分担作業という名の島流し決定だし」

「そうですとも。えんどうとかうろとかあそこら辺のギャルたちと一緒に調理実習してごらんなさいよ。「手伝わなくていいから、パウンドケーキに合うジュース買ってこい」ってパシられるのが関の山ですよ。自費で」

「さすがにそこまでは言われねーよ」

「「どうだか」」と大袈裟にかたをすくめる2人の顔がスゲー腹立つ。手に持った食器用せんざいで眼球をねらいたいくらい。

 けど、2人の言いたいことも分かる。飴屋、武智、俺をふくめた3人が遠藤らの班と一緒に作っていれば、ちがいなく『ハズレ』と思われていただろう。俺ら3人はいないものとして調理実習は進んでいくのは間違いない。

 みんなと友達になりたい美咲と、その美咲の友人である羽鳥だからこそ、ここまで互いが協力的に調理実習ができたのは、飴屋と武智の言う通りだと思う。

 気付いてしまう。飴屋と武智は調理実習中、ただ単に空気が読めなくてふざけていただけではなく、ちゃんと女子2人と共同作業ができるのがうれしくて空回りしていたのだと。

 一見無意味に思えた俺というかんしようざいの役割も、実は意味があったようだ。

「自然学校のはんごうすいさんのときなんか、武智ウイルス、しようしてT‐ウイルスがまんえんするからって、女子たちに火起こし係しかさせてもらえなかったくらいですから」

「お! 武智もか! 俺も飴屋きん、略してAMEKINが蔓延するから食材にさわるなって言われたことあるし! 俺、チャンネル登録数600万とつなんかしとらんし! 俺のチャンネル登録数6人やし!」

 笑ってるのは声だけで、顔は笑っておらず。

「ふふふふふ……!」「ぷすすすす……!」

「心から笑って流せないなら、ぎやくするなよ……」

 それくらいエグイ過去があったなら、今回の調理実習の暴れっぷりは目をつぶってやろうと思えてしまう。

※ ※ ※

 調理実習後の授業は体育。2クラス合同で行われ、男子の1学期前半の種目はサッカーである。今はウォーミングアップの最中で、俺は普段通り体育倉庫のかべを相棒に、独りもくもくり続けている。

 いるのだが、

「くらえし! タイガーシュウウウウウウウト!」

「甘いですぞ! ファイアトルネードゥゥゥ───────!」

「ふふふふふ!」「ぷすすすす!」

「……」

 背後のやつらがうるさい。というか、うざい……。

 俺の背後。いつもはいないはずの飴屋と武智が、デタラメなシュートフォームでたがいに技名を叫びながらキャッキャウフフとはしゃいでいる。明らかに俺を意識しているきよ

 俺が目を瞑ったのは、調理実習のときだけなんですけど。

「飴屋と武智。悪いけど、もう少し俺からはなれたところで練習してくれよ」

「いやいやいや! 姫宮を1人にさせるわけにはいかないし! 俺たちはパウンドケーキを作り合った同志だし!」

「そうですとも! もはや僕らは運命共同体! 姫宮がここに残ると言うなら、僕らもここに残ります! 死ぬときは3人いつしよですとも!」

「じゃあ、別の壁探すから行くわ」

「「ひどいっ!」」

 そんなこと言われてもだな。同じ人種と思われたくないんだから仕方ないだろ。

 飴屋と武智が仲間になりたそうな目でこっちを見ているのではなく、仲間になった気で俺を見ているのが納得いかん。

 不満をぶつけるかのように、体育倉庫の壁けてサッカーボールを力いっぱい蹴る。壁へとたたきつけられたボールは、ペコンッ! と情けない音を出しつつ俺の足元へと転がってくるが、ちゆうで失速して止まってしまう。それほどまでに俺のボールはボロい。

「ささ。そんなボロっちいボールは捨て置いて、こっちのかくてきつうのボールで一緒に練習しようし」

「比較的ってことは、そっちもボロいんじゃねーか」

 飴屋がほこらしげに見せつけてくるまんげなボールも、そこそこに年季が入っている。それもそのはず。カースト下位ともなれば、あんもくのルールのようにボールを選ぶ順番は必然的に最後になるから。俺らのような者はっかすなボールしか残されていないのだ。

 真新しいボールを使っているのは、今現在、ゴールポストをどくせんしているなみかわグループや、となりクラスの装いはなやかな連中だけ。

 カースト下位&団体競技にモチベーションを見い出せない俺がボールカゴをのぞころには、メルカリでも売れないさんなボールたちばかりになっているのは言うまでもない。

 飴屋の言う通り、俺の使っているボールは一際オンボロなボールだと思う。糸がほつれ、破れた革からは内側のチューブが見えてしまっているし、真っ直ぐにも転がらない。けれど、俺はこのボールに愛着を持っている。だれにも選ばれず独りポツンとしている感じが気に入っており、毎回の授業で好き好んで使っているくらいだ。最近ではやっとあつかえるようになってきて、一層の愛着もいている。

 壁を使った練習も好きだ。壁は何も言わずにたんたんと俺の相手をしてくれるから。どこぞの2人のように必殺技をさけばない辺りが高評価。

 よって、ボロいボールだろうが、壁相手だろうが俺は現状の練習で満足している。

 俺に構うなと自分のボールを取りに行こうとするが、ボールがない。

 武智に回収されていた。

「おい」

 聞く耳持たず。俺のボールを手に、武智と飴屋が広いスペース目指してけ始める。ぜんキャッキャウフフとはしゃぐ姿は、「私たちを追いかけてごらんなさ~い」と言っているようでもよおす。

「俺らの前ではいつぴきおおかみキャラを演じなくてもだいじようだし! 3びきの子ブタでも楽しければいいじゃない!」

「いや別に演じてなんか──、」

「さぁ姫宮! 試合まで時間がないから3人合体技の特訓に早く入りましょう! 技は何がお望みですか?」

「ジェットストリームにする?」

「ビッグバンにする?」

「「それともジ・アース?」」

「新妻かよ」

「「同志ですけど?」」

 クソうぜー。

 バカは死んでも治らないと言うし、こいつら、生まれ変わってもバカやってると思う。

 誰かふういんしてくんねーかな。ふうでもふうじんでもいいから。


 ウォーミングアップも終わり、メインである各クラスたいこうのゲーム中。

 俺のポジションはキーパー。毎回必ず希望するポジションで、もはや固定ポジションと言ってもいい。キーパーは良い。青空をながめてほうけていても、一定の評価を得ることができるポジションだから。

 そろそろジャージがらないくらい暖かくなってきたなー、とはだで感じつつ、中央付近のせめぎ合いをぼんやり眺める。

 ボールをうばい合うのは、ジャージをオシャレに着こなすカースト上位の連中ばかり。

「マイボ! マイボ!」

「逆サイ空いてんぞ! パスパス!」

「ぎゃははは! くそかよ!」

 などと、声を大にして大盛り上がり。正直、くない奴もいるが、それでも楽しそうにプレーをしている。

 カースト上位以外の連中は、触らぬリアじゆうたたりなしといったところか。俺と同じくボールを目で追うくらいで、足を使ってまで追いかけようとはしない。むしろ、自分のところには来るなと言いたげにぜつみような距離を保ち続け、時々転がって来るボールにのみ対処することに心血を注ぐ。いつしゆんにのみ命をける姿は居合の達人をほう彿ふつとさせ、コート内にどれだけ多くの達人がひそんでいるのだろうか。

 実際は、試合に参加しているふんかもし出すプロたちなのだが。

 醸し出すことすらほうする奴らもいる。

「俺、思うんだし。両指を切り落としたかくねんだんりよくが上がるんだったら、もっとすごい覚悟やリスクを負えば、とてつもない威力になるんじゃないかって」

「でしたら、こういうのはいかがですかな。両指ではなく、両乳首を切り落とすんです。乳首から念弾を飛ばすのは相当のはずかしめだから、威力はやく的に上がるでしょう。毎回シャツをたくし上げる動作も制約に加えれば、もっと威力を上げることも可能ですぞ」

「ほうほう! しゆうしんをリスクにする考えは無かったし! 昨今のせいびようしやに対するコンプライアンスが厳しい中、乳首描写をかいすることでクレームへのはいりよできているところも気に入ったし!」

「そうでしょうそうでしょう! 後は名前を考えればかんぺきでしょう!」

俺の両乳首は機関銃チクビマシンガンってのはどう?」

「それ採用」

「ふふふふふ!」「ぷすすすす!」

じよねんで消えろ」

「「おんねんあつかい!?」」

 それ以外の何物でもないわ。

 俺の背後から打って変わり、俺の前でDFデイフエンスのフリすらしない飴屋と武智は、試合も折り返しだというのに延々とアホなことを雑談し続けるのみ。

 何故コイツらは敵にプレッシャーをかけず、俺のSANサン値をけずり続けることに専念するのだろうか。そんなポジションねーよ。

「お前ら何のために必殺技の練習してたんだよ。ここでしょうもない話してないでめてこい。点数れとは言わないから」

 飴屋がえる。

「しょうもないとは失礼だし! いくら姫宮でもハンターを否定するなら許さないし!」

「お前を否定してんだよ」

「はうっ!」

 武智がニヤつく。

「いやー、姫宮もハンターの会話に入りたくてねちゃってるだけでしょ? 男児たるもの、りというワードはまんだろうがゲームだろうがたぎりますからなぁ」

「男を語る奴が横乳コッソリ拝んでんじゃねーよ」

「だはっ……!」

 オーバーにも心臓をさえてかたひざつく2人は、モンスターなら狩ることは成功しただろう。

 けれど、2人は死なない。無限きらしい。

「はーっはっはっ。姫宮の歯に衣着せぬ物言いは良いですなぁ」

「だしだし。かげでグチグチ言われるより、直接言ってくれるからかえって清々しいし」

「ぷすすすす!」「ふふふふふ!」

 コイツらに、どうやったら俺の想いは伝わるのだろうか……。


「カウンタ────!」


「「あい?」」

 間のけた空気を切りえるかのよう。カースト上位らしき大声と共に、大きくクリアリングされたボールが俺たちのいるじんへと1バウンド、2バウンドと大きくねながら近づいてくる。じよじよに勢いを失っていくボールが、飴屋の足元で止まる。

「え、あ……やべし……」

 飴屋は今が試合中ということを思い出した模様。「奪え! 奪え!」「出せ! 出せ!」と、両チームのリア充たちが、自身目掛けてんでくる光景に立ちくしてしまう。

 きゆうに立たされると本性が現れるとはよく言ったもの。

「あ、ちょうちょ」

 友のピンチも何のその。武智が自分は無関係ですよとでも言いたげに、安全地帯目指してフィールドを駆けていく。

 助けてやれよ……。

「とりあえず外にボールを出せ」と助言すれば、すんでのところで我に返った飴屋が、「たぁっ!」と大声を上げながらボール目掛けてキック。足先の9割以上を地面に強打しつつ、かろうじてボールをかすめることに成功。しかし、そのボールは外目掛けて転がってはいかず。

「いっけ────!」

 飴屋の大声にり合わず、コロコロと転がっていくボールの行き先は武智。

 忘れていた。飴屋もクズだった。

 お前だけげるなというおんねんまったボールが武智を追いかけ、死角からのパスを予期していない武智の片足が、地面に着く前に入り込んできたボールをんでしまう。

「おろんっ!? へぶっ……!」

 武智が派手にてんとうし、ぐねった足を押さえていた飴屋が、「っし!」と小さくガッツボーズ。

 さっきまで意気投合していたのに、よくここまで仲間割れできるなコイツら……。

 みにくい2人はさておき、前方へ転がっていくボールの動向を辿たどる。そこには波川が。

「ナイスクリア!」と、誰よりも早くもどって来た波川がボールを回収すると、誰よりも早くグラウンドを駆け抜ける。テニス部期待のエースはスポーツ万能らしい。敵のカースト上位たちが、「しゆんろうを止めろ!」「ファールでもいいからっ込め!」などとさわぎ立てるが、誰も波川の動きを止めるどころか、背中に追いつくこともできない。ツンツンにワックスでかみを立てた連中もイケメン波川の前では、モブキャラにまで成り下がってしまう。ウニA、ウニB、くりAとか。

 敵のDFじんうきあし立つ中、波川は冷静にも仲間へバックパス。そのままペナルティエリアへと単身で入り込み、再び仲間からもらったパスをれいにもジャンピングボレー。キーパーが身動き取ることなく、ゴールネットをボールがらす。

 あっという間の波川劇場だった。

「俊太郎ナイッシュー!」

「ははっ。センタリングが完璧だったからな。さすがサッカー部」

「「いえーい」」とこぶし同士を2人は近づけ、ワチャワチャと上や下に合わせたり、最後はたがいの手をパァン! とたたき合う。ザイルとかがやってそう。

 さらには、大かんするかりやリア充たちが波川のもとへ集まってくる。かたを組んだり、背中に乗っかったりとウイイレで良く見る光景。実に青春らしい1ページである。

 一方そのころ、飴屋と武智の茶番劇はまだり広げられていた。

「何逃げ出そうとしてんだし! 友のために身体からだを張って死ねし! 率先して死ねっ!」

「はああああ!? 僕らはギブアンドテイクの関係ですから! 僕にとって裏切りはコーヒーブレイクと何ら変わらないですから!」

 運命共同体とか3びきの子ブタのくだりは何だったのだろうか。

※ ※ ※

 試合は引き続き波川そう。ゴールを量産するだけではき足らず、アシストまでこなすのだからおそろしい。向こうのキーパーが半泣きなのは同情するし、俺が向こうチームのキーパーなら倍は取られる自信がある。波川こわい。

 一足先に授業が終わった女子グループが試合を観戦中で、波川がボールを持つだけで遠藤一派の女子たちが黄色いせいえんを上げる。

「俊太郎~~~、がんば~~~っ♪」

 遠藤よ。次は昼休みだから、波川はおうえんされるより早くえて髪のセットをかんりようさせたほうが喜ぶと思うぞ。どうせ食堂行くんだろうし。

「コラ────! 俊太郎1人に押されるな! 3人くらいでマークしとけ────!」

 倉敷よ。何故、お前はとなりのクラスを応援する。近所の草野球見るオッサンかよ。

「姫宮く──ん! 空ばっかり見てないでボールをちゃんと見なさ───いっ」

 美咲よ。うるせー。

 女子たちの何色か分からない声援がグラウンド横から飛び交う中、波川がダメ押しの1点を決める。ついには相手クラスのヤル気スイッチがOFF。消化試合まっしぐら。

 俺クラスのカーストじようじんも、ひとしきり暴れ回って満足げな様子。こうげきめだと、DFラインに下がってきゆうけいモードに。

 攻撃じんうすになっても、飴屋と武智は攻めには行かず。自分たちの居場所をリア充に取られてしまったからか、コーナー角すみかたを寄せて砂いじりしていた。オーラを消すな。絶使いかよ。

 波川の取り巻き2人、伊刈とごしの話題は、先ほどの調理実習について。

 ジャージをいで体操着をパタつかせる伊刈の声は相変わらずデカい。

「俺らんとこのケーキ、失敗してチョイげてんだけど! 絶対苦いとこあるわ!」

「バカ。それは伊刈が適当な目分量で作ったからだろ」

「だってさー、作るんめんどうだし仕方ねーじゃん? 食うだけに集中してーわ!」

 しゃがみ込んでくつに付いたつちぼこりを落としていた夏越が、思い出したように顔を上げる。

「そーいや華梨の班、オリジナルでチョコレート味とまつちや味の2種類も作ってたらしいな」

「マ? ちよううらやましいじゃん!」

「華梨が作ったから羨ましいだけじゃねーの?」

「それもある! 美少女のケーキ食いてー!」

 伊刈のネタ走ったさけびに、周りの連中もドッと笑う。

 その一連の会話は、飴屋と武智にも届いている。2人は何も悪いことなどしていないのに、みるみる居心地の悪そうに小さくなっていた。

 俺と同じ、いや、それ以上にやつかいごとにならないことを願っているのだろう。

 けれど、厄介ごとを伊刈が思いついてしまう。

「俺は決めた! 自分のケーキをけて、華梨たちの班にPK勝負をいどむ!」

 リアじゆうの悪ノリというやつだろうか。周りの連中も「何その面白かく!」「俺も参加するわ!」「俺も俺も!」などと騒ぎ始める。

 ギャラリーの女子たちにも聞こえており、遠藤一派のわたずみが「また男子が鹿なこと考えてるー」とのんに笑い、美咲や羽鳥たちはおんな空気を察知してか、心配げに俺たちへと視線を送ってきていた。

 へいおんだった空気が、あっという間にいやな空気へと変わってしまう。

「華梨たちといつしよに作ってた男子ってだれだっけ?」と誰かが疑問をいだけば、人物特定に時間はからない。

 ついには、リア充たちの視線が俺らに向けられる。その表情はさらに明るく、近づいてくる伊刈の足取りは軽やか。メンツを見て、勝ちを確信したからだろう。

 確信したのならかんちがいもはなはだしい。

「なー姫宮! この後の自由練習でパウンドケーキ賭けてPK勝負しようぜ!」

「やだ」

「は?」

 ボールではなく提案をあざやかにいつしゆう。そりゃそうだ。勝ち負けぜんに、こっちにはヤル気がない。

 断られるのが予想外だったように、しばらく口を開けたままの伊刈。お世辞にもかしこそうな顔には見えない。

「何で?」

「メリットがない。お前のケーキ焦げてるらしいし」

「どうしても?」

「どうしても」

「……。ノリ悪っ」

 悪くてスマンな。しかし、いくらちようはつされようが乗る気ゼロ。俺は嫌なことはNOとハッキリ言う系男子だから。

 俺はお前らパリピ勢みたいに、ノリで生きてます系男子ではないのだ。

 よって、「つまんねー奴」と伊刈にてられようが俺にはひびかない。

「なぁ。飴屋と武智ー。お前らはやるよなー!?」

「「……っ」」

 まるで、へびにらまれたかえるとはこのこと。遠くから話しかけられようが関係なしに、飴屋と武智の動きが不自然なくらいピタッ、と止まる。2人の視線はうつむいたまま。

「別にいいじゃんな? ケーキ賭けて勝負しようぜ! な?」

「……べ、別にいいけど」

「右に同じく……」

「よっしゃ! そうこなきゃな!」

「ふふふふふ……」「ぷすすすす……」

 伊刈たちの笑い声と、飴屋と武智のかわいた笑い声がシンクロ。

「アホ……」と、思わず苦言をつぶやいてしまう。

 何故、飴屋と武智は「NO」のたった一言が言えないのか。

 間もなくして、試合しゆうりようを知らせるホイッスルが鳴り響く。

 俺の足は飴屋と武智のいるコーナー角隅へと向かってしまう。

 ウォーミングアップや試合中の2人を見てしまえば、サッカーどころか運動がかいめつ的に苦手なのは分かるし、当の本人たちが自覚していないわけもない。負けは100に限りになく近い。

「今なら、まだ間に合うだろ」

 俺の声に反応した2人は、丸めていた背中をおおなほど反らせ、不自然な笑顔を作る。

「え、姫宮。何の話?」

「予約特典ですか? 僕ら、そこらへんにはかりありませんよ?」

 俺の言葉の意味を理解しているにちがいない。それでも、2人は理解できないフリをする。

 あいにく俺は空気が読めない。

「いいのかよ。女子らとの最初で最後の共同作業って言ってたのに、このままじゃアイツらの胃の中で終わるぞ。お前らの最初で最後が、伊刈たちにうばわれるぞ」

「気色悪いこと言うなし!?」「気色悪いこと言わないでくれません!?」

 2人は参ったと言いたげにためいき

「姫宮ー……。せっかく、俺らがなんちよう系主人公やってるんだから、そこは気付かないフリして欲しいし」

「そうですよ。「何で私の気持ちを分かってくれないのかしら……?」ってあきらめて去るところでしょうに。主人公がヒロインを好きになるまで、告白イベントはお預けが鉄板ですからね?」

「何で俺は、お前らのヒロインなんだよ……」

「ふふふふふ!」「ぷすすすす!」

 笑っとる場合か。

 道化のように笑い続けていた2人は、笑いつかれたようにが無くなっていく。

 そんな2人の顔には、『諦め』という文字がかび上がっている。

「まぁ、俺らは主人公じゃなくてモブキャラだから仕方ないんだし」

「ですねー。モブキャラというかNPC? おうおびえて暮らす村人みたいな感じですよ」

 まるで伊刈たちがモンスターで、自分たち村人はあらがうようなプログラミングされていない、だからイベントは強制で起こる、と言いたげ。実際、そう言っている。

「そうか」

 難聴系主人公を止め、村人NPCだとぎやくしてまで、2人は勝負を挑むのだから俺からはもう何も言えない。

「行ってくるし!」「行ってくるであります!」

 俺へと敬礼した2人は、カースト上位の待つゴールへと向かっていく。

 敗北をかくしつつサッカーゴールへと足を運ぶ姿は、死を覚悟しつつてきじんへとむ武士をほう彿ふつとさせる。命じゃなくてパウンドケーキ奪われるだけだが。

 カースト下位の奴らは大和やまとだましいを持つ奴がやたら多い。武士だけではなく、いかなるじんなことにもしのにんじやふくめ、ちよくな奴ばかりだ。

 その生きザマを俺はカッコイイとは思えないし、そこまで死に急ぐ必要などないんじゃないかと思う。『いのちだいじに』でいいじゃないか。

 村人だろうと、ひやくしよういつして魔王をっていいとすら思う。

 とは言いつつ、コイツらにはコイツらの生き方や考え方があることも分かっている。静かに波風立てたくないからこその行動なのも。だからこそ、自分の考えを押し付けるのは良くない。俺だって、他人に独りが好きなことを否定されるのはだいきらいだから。

 1人きりになったと思いきや、背後から1人の女子がやって来る。

「一応まだ授業中だぞ」

「隅っこでサボってる姫宮君に言われたくありませーん」

 美咲がベッ、と短く舌を出す。

 おどけた表情から、いつものやわらかい表情にもどった美咲に、さらりと言われる。

「飴屋君と武智君を助けてあげないの?」

「あのな……。助けるも何も、俺が参加しても結果なんかほとんど変わらないから」

「でも少しは変わるんでしょ?」

「……。ゆうどうじんもんかよ」

 美咲は笑みをくずさない。

「姫宮君が私の出題した課題をこなしてたときさ。姫宮君の行動って予想のななめ上ばかりなんだけど、かんぺきにクリアしてたじゃない? だからね。今回も2人の力になってあげられると思うんだ」

「課題なんてあくまで課題だろ」

「課題のことだけを言ってるんじゃないよ。英玲奈も救ってくれたじゃない。英玲奈がずっと誰にも言えなかったなやみを、姫宮君はたった1日で解決したんだよ? それってすごいことだよ。少なくとも私にはとうていできないことだもん」

「……」

「2人を助けてあげてよ。ね?」

 手を合わせてくる美咲。俺が凄いと思ってる奴が評価してくれてるということは、相当凄いことなのだろう。

 それでも、

「断る。厄介ごとに関わるメリットが俺にはない」

「相変わらず、ドライだなぁ……」

 俺は博愛主義者ではない。そもそもの話、厄介ごとを未然に防ぐために俺は勝負を断ったのだから。

 それに、俺だってプライドはある。どの面下げて、PK勝負に入れてくれとたのむのだ。

「うーん……。じゃあ、こういうのはどうかな?」

「?」

「もし姫宮君たちがPK勝負に勝ったら、今週土曜日に行くしんぼく会のお店探しは、私と英玲奈だけで行く、っていうのは」

 ヤル気スイッチON。

「言葉にあやは無いな? 無いなら直ぐにPK勝負しに行ってくるけど、じようだんとか言わないよな?」

「すごい食いついてきた!?」

 俺の高速手のひら返しに「そくとうすぎるよ姫宮君……」と美咲はどうようかくせず。

 プライドなどクソくらえ。そんなりよく的な案件チラつかされたら食いつきますよそりゃ。

「提案はうそじゃないからだいじよう。けど、へこむなー……」

「何が?」

「女の子2人といつしよに遊べるのって、つうの男の子なら結構うれしいことだと思うもん。そんなに魅力ないかなぁ……」

「魅力はあるぞ」

「じゃあ、どうしてさ?」

「独りの魅力にははるおとる」

「せめてきんって言ってほしいよ!」

「もう!」と、声をあらげる美咲だったが、今はおこっている場合ではないと、深呼吸を1つして気分を一新。

「それじゃあがんってね。向こうでおうえんしてるからさ」

 エールを送り終えた美咲は、羽鳥や倉敷たちのいる元の位置へと戻っていく。

 勝負は体裁で、美咲の意図が2人を救うことなのは重々承知。

 められてはいない。嵌まりにいったのは俺のほうだし。


 足早にサッカーゴール付近へ向かうと、すでにB組男子は大盛り上がり。だれがパウンドケーキをけてPK勝負するか話し合っていた。そのちゆうにいるはずの飴屋と武智は、取り残されたかのように俯いている。かごめかごめ状態。

 同じくうずの中心にいる伊刈のもとへ。

「伊刈」

「あ?」

「やっぱり俺も参加する」

「おおマジか! 姫宮もノリ分かってんじゃん!」

みんな! 姫宮も参加するってよ!」と伊刈がさわげば、美咲や羽鳥お手製の美少女ケーキが1つ増え、多くのやつらが大喜び。俺らワースト3の手作りでもあることを忘れるなよ。

「ひ、姫宮……?」

「もしかして、僕らのために……?」

かんちがいするな。俺にも戦う理由ができただけだ」

 飴屋と武智は数秒見つめ合っていたと思いきや、たんにヒソヒソ。

「姫宮って、何だかんだ言って俺らのこと好きなんじゃねーの?」

「ですね。今のツンデレ発言的に間違いないかと。大好きなんですよきっと」

「おい……、俺は別に──、」

 言葉の最中、飴屋と武智が「「うん……!」」と大きくうなずく。

 そして、忠誠をちかうかのように俺へとたてひざつき、ひとみには力強い覇気を宿す。

 なんでやねん。

「姫宮がそこまで心配してくれるなら、死ぬ気でPK勝負頑張るし! 主人公補正で何とかするし!」

「右に同じく! 姫宮の止めどない期待に沿うために、この身に代えてもパウンドケーキを守ってみせます! 今なら俺TUEEE! なそう状態になれる気がします!」

「ぷすすすす!」「ふふふふふ!」

 いつからお前らは主人公に戻ったのだろうか。あと、俺を姫感覚であがめるな。

「はぁ……。何でもいいから、勝ちにいくぞ……」

 俺の力無いけ声にも、「「おおおおおお!」」と2人は士気を高める。

 何て単純な奴らなのだろう……。

 2人に負けじとギャラリーが何やら騒がしい。

「俊太郎参戦だ!」「俊太郎のだんがんシュート来るぞ!?」「ゴラッソォォォォォNAMIKAWAAAAA!」

 どうやら波川も参加するようだ。

 俺が参加ようせいしたときを、遥かに上回るだいかんせい。スマブラの新キャラ発表会でたとえるなら、俺の歓声具合はWiiFitお姉さんで、波川がスネーク。お姉さん強いけどな。

 伊刈はヤル気満々。

「3対3だし団体戦でいいよな!?」

 お前らが団体戦がいいだけだろ。

 と言いたいところだが、俺も提案したかっただけに好都合だ。

 美咲は、「姫宮君『たち』がPK勝負に勝ったら」と言っていたから。俺だけが勝利できたとしても、それでは意味がない。

 あくまで、団体戦は初耳でしたのふんただよわせつつ、「おう」と容認。

「なら、こっちからも1つ条件出していいか?」

「いいぜ!」

 かいだくする伊刈に、心からの「ありがとう」がこぼれる。


 負けられない戦いが今始まる。


※ ※ ※

 PK勝負のルールは至ってシンプル。3対3の団体戦で、こうに1本ずつシュートをっていくだけ。最終的により多くのゴールを決めたチームが、相手チームのパウンドケーキを総取りできる、というものだ。

 俺らクラスの男子や女子だけでなく、となりクラスの男子も、面白そうなことをやっているとギャラリーに加わりお祭りムード。とうぎゆうの競技を見るくらいの感覚だろうか。もちろん、相手側が闘牛士で、俺らが闘牛。乳牛のほうがしっくりくるかもしれない。

 しかし、俺たちが乳牛だろうと、闘牛士に一矢報いることは十分に可能である。

 俺チームの1人目は飴屋。キーパーは波川。

「ボールを相手のゴールにシュウウウッ─────!」という掛け声と同時に放たれるシュートは、鼻垂れるシュートというほうが相応ふさわしいくらい死に球。

「届けぇぇぇぇぇ!」

 飴屋が願うのも無理はない。ド真ん中目掛けて蹴られたボールが、残念なくらい失速。ゴールから程遠い前方で静止する。論外。

「くっ……! さっきじくあしひねらなければ決まってたのに……!」

 お前がグネってたの利き足な。

 相手チームの1人目は伊刈。キーパーは俺。

「おらぁぁぁ!」という掛け声と同時に放たれるシュートは、中々に力強い。

 しかし、

「はぁ!?」

 伊刈がけな声を出すのも無理はない。俺の頭上目掛けて蹴られたボールのどうが、売れっ子アイドルに熱愛が発覚したときのトレンドキーワードばりにきゆうじようしよう。ゴールとは程遠い後方へと飛んでいく。

 俺チームの2人目は武智。

「3、2、1、ゴ~~シュウウウッ─────ト!」という掛け声と同時に放たれるシュートは、コロコロとゴール目指して地面をる。速度はルンバ。

「よろしくお願いしま─────────す!」

 武智がかみだのみするのも無理はない。マイペースに転がるボールは同情するくらい横にだつせん。波川が苦笑いしつつ、転がっていくボールを回収する。アウトオブ眼中。

「グッ……! さっき転んだときに失笑さえされていなければ……!」

 心の傷な。

 相手チームの2人目はサッカー部のがみ

「パウンドケーキもらい!」という掛け声と同時に放たれるシュートは、な力のけたれいなフォーム。

 しかし、

「あ?」

 津上がいぶかし気な声を出すのも無理はない。カーブがかったボールの軌道が、清純派女優にうわが発覚したときの好感度ばりに急降下。俺へと吸い寄せられるかのように軌道を変え、簡単にキャッチできてしまう。


 案の定の結果しか出さなかった飴屋と武智はさておき。

 まともな奴らが2人も蹴れば、蹴った本人やギャラリーは異変に気付く。

「有り得ねーって! こんなボール、無理ゲーに決まってんじゃん!」

 ギャースカ騒ぐ伊刈が試合で使われているボールを持ち上げる。そのボールは、糸がほつれ、破れた革からは内側のチューブが見えてしまっているほどボロボロなもの。

 そう。俺がウォーミングアップの時間に愛用しているオンボロボールだ。

 このボロ球を試合球として使用することこそが、俺が試合前に出した条件である。

「ボロすぎだろ!」と、伊刈がボールを地面にたたきつける。ペコンッ! と情けない音を出すボールは真っ直ぐ上にはねず、伊刈からげるように不規則な軌道をえがきつつ俺の足元で止まる。おかえりマイボール。

 ご覧のように、蹴る・転がす・叩きつけるなどのアクションに対し、普通のボールとは全くちがった動きを見せるこのボールこそが俺のマイボール。

「俺は俺の道を進む」と言っている感じが個性的で素晴らしいボールだ。

 飴屋と武智は大はしゃぎ。

「わざと使い物にならないボールで戦って時間切れねらい! さすが姫宮だし! 考え方がれつ!」

「無効試合で勝負を無かったことにするなんて思いつきもしなかったです! さすがです姫宮! 考え方がコスい!」

「「だがそこがいい!」」

 やかましいわ。同類みたいに思われるからめろ。

 そもそも、けんとうちがいもいいところだ。

「あのなぁ……、引き分けようなんて思ってないから」

「「え?」」

「さっきも言っただろ。やるからには勝ちにいくって」

「でも、そんなボールじゃ……」

「そ、そうですよ。サッカー部の津上だってあつかえてなかったじゃないですか」

「いいからだまって見とけ」

 2人は「「ぎょ、ぎよ!」」と敬礼してくる。一応俺のことを信用しているのか。

 さて、ここが一番のもん。3人目の俺が蹴る番だ。ここに全て掛かっていると言ってもいい。マイボール片手にペナルティエリアへと出向く。ギャラリーをわたせば、俺の発言などハッタリだし、シュートも入るわけないと言いたげ。違う感情を持っていそうなのは、美咲や羽鳥くらい。タオルをにぎめ、いのるように俺を見つめ続けている。スタンド席で応援するチアリーダーかお前らは。

「姫宮の作戦が時間切れ狙いじゃなくて良かった」

 ボールを地面にセッティングしていると、ゴール下で待機する波川が話しかけてくる。

「何でだ?」

「だって時間切れだとウヤムヤのまま終わるだろ? ここで解決したほうがあとくされなくスッキリできると思うからさ」

 確かに波川の言う通りだ。PK勝負が無効試合になったとしても、結局は別の形でパウンドケーキそうだつ戦がり広げられるだけだろうし。

 しかし、根本的に波川は勘違いしている。

 俺は他班のパウンドケーキが欲しかったり、ノリが良いとか悪いとかでPK勝負に参加しているわけではない。

 今週土曜日の休みを手に入れるため、自分のためにPK勝負を引き受けているだけなのだから。その過程で飴屋と武智であったり、ケーキが関わっているだけだ。

「さあ姫宮。来い!」

 俺がボールから助走はんを取り終えると、波川も臨戦態勢。手加減する気はないようにこしかがめ、両手を広げる。

 いざ勝負。

 ボール目掛けてステップイン。

 コーナーギリギリを狙ったり、きゆうを強めようなどと色気は要らない。ボールに回転を掛けたりフェイント入れたりする技術も要らないし、もとよりそんな技術は持ち合わせていない。

 だからこそ、ゴールのド真ん中目掛けてシュート。それだけでいい。

 波川へと真っ直ぐ蹴り出されたボールは、何のへんてつもないへいぼんなシュート。

 ……ではない。

「!」

 たいする波川がいち早く異変に気付く。

 ボールとゴールのきよが縮まれば縮まるほど、ボールは小さくふるえつつ、またたにグラグラと大きなれを生み出し始める。

 それはまさに、

「「無回転シュート!?」」

 飴屋と武智のリアクションと同時、ボールの揺れが『暴れ』に変わる。

 空気のていこうをモロに受けるボールが、波川をけるように大きく左へとカクカクした動きでれていく。

 波川がボールに飛びつこうと足に力を入れる。

 そのせつ、ボールの軌道が急降下。

「くっ……!」

 とつの判断を見せ、波川は流れる身体からだに逆らいつつせいいつぱいかたうでばす。

 中指がボールをかすめるものの、完全に勢いは殺すことができずボールはゴールの中へ。

 ギャンブル性の高いシュートなだけに、決まって一安心してしまう。

 せいじやくに包まれる中、美咲や羽鳥が大きくはくしゆしたり、たがいの手を合わせたりと、喜びを分かち合っている。

「やった! 姫宮君がゴール決めたよ! 英玲奈見た? ボールすっごく曲がったよね!?」

「うん! 無回転シュートって初めて生で見た……! 姫宮すごい!」

 ワンテンポおくれて、流し見で観覧していたギャラリーもおおさわぎ。

「なんだ今のボール!?」「あいつマジで決めやがった!」「無回転打てるとかやべー!」「姫宮って何者!?」

 飴屋と武智も大騒ぎ。全国大会へのきつかってたのかよ、というくらいのさわぎっぷりで、「姫宮半端ないって!」「そんなんできひんやん普通!」とうるせー。

 それにしても、ぶっつけ本番で決まって本当に良かった。

 簡易的に無回転シュートが打てる。この機能こそ、俺の愛用するボロ球に秘められた真の機能である。

 実はあのボール、外側に飛び出したいびつなチューブ部分が、異常なまでに反発性に富んでいる。そこをピンポイントに狙ってやれば高確率で無回転シュートを打つことが可能というわけだ。もちろん、ある程度の練習は必要だし、コツも存在する。る角度がシビアにえいきようする故、ボールのセッティングは重要だし、チューブ部分を内側へともどす感覚がキモだったり。

 別に血のにじむような努力、一日一万回感謝のシュートをして編み出した必殺技でもない。他のやつらが楽しくサッカーしてる中、独り好きの俺がもくもくと蹴り続けて、発見および開発したらく程度の小技。まさかおする日が来るとは思っていなかった。

 波川が決められたにもかかわらず、軽やかな笑みをかべつつやって来る。

「すごいな。姫宮がかべで1人で練習してたのは知ってたけど、まさか無回転の練習してたなんて思わなかったわ」

 つう、俺のようなカーストの低い奴に負けたら、ムカつくって感情がカースト上位にはく奴が多い。しかし、波川は「くっそぉ~……。あと少しで止めれたんだけどなぁ……!」と、勝負を心底楽しんでいたかのようにくやし気にも白い歯見せて笑う。

 いい奴なのかスポ根脳なのか。

「よし! もう1回ちようせんしたいから、延長戦まで何とか持ち込むわ!」

「え? ああ。そっか……」

 うっかりしていた。まだ波川が蹴っていなかった。

 入れわるように波川とポジションを入れ替える。

 ゴール下に立ち、もはや俺の心はうきあし立っていた。

 パウンドケーキが手に入ったからではない。土曜日が自由になったから。

 さて、次の土曜日は何をしようか。朝はラジオきながら散歩したり、ベンチで日光浴でもしよう。昼からはそうだな、未消化の録画番組を観終わったら、最近お気に入りのきつてんに行って読書タイムをまんきつしよう。夕方からは何をしようか。

 ああ。楽しみだな土曜──、


 ザシュウッッッ!


「……。ん?」

 俺の真横を何かが掠め、り向く。

 サイドネットにシュルシュルとボールがさり、ボトッ、と地面にボールが落ちる。

 まごうことなき、俺のオンボロボール。

「おー。入った入った」と波川がひようひようとしつつ大きくガッツポーズ。

 え? こんなボロボールをせいこうほう貴方あなた入れたんですか?

 波川の人並み外れたきやくりよくの前では、ボールのボロさなど関係ないことが判明。

「「「「「おおおおおおおおおお~~~~~~!」」」」」

 ギャラリー大盛り上がり。

 伊刈が「最高だぜしゆん君! イェェェェェェ!」とたけびを上げ、遠藤が「キャ────! 俊太郎ヤバ~~~~!」と出川状態。

 美咲がジトー、と俺を見ている、「今、ヨソ見してたでしょ……?」と言いたげ。

 正直に告白するとヨソ見してた。何なら浮かれさえしていた。けどだ、ヨソ見してなくとも絶対取れなかったから。波川がTUEEEすぎる。

 やって来る波川が、俺へとボールをわたしてくる。

 そして、相も変わらずさわやかな笑顔で言うのだ。

「よし姫宮。もう1勝負しようぜ!」

 空き地でキャッチボールしようぜ感覚で言うなよ。

 延長戦待ったなし。

※ ※ ※

 昼休み。中庭のベンチにて。

 俺のりようどなりがグチグチうるさい。

「あーあ……。あそこで姫宮さんが決めてれば、パウンドケーキ食べれたかもしれんかったし……」

「ですよねー……。夢を見せるなら最後まで見せて欲しかったですよ……」

「悪かったな」

 敗者である俺たちは、パウンドケーキの代わりとでも言わんばかりに、売店の売れ残りのコッペパンをさもしくも分け合っていた。

 延長のPK戦。しよせんは運だのみな俺のシュートが連続で入るわけもなく、風にあおられたボールはゴールポストに当たるものの入ることはなかった。所詮、俺は持っていない人間ということだ。

 一方、波川のごうかいなシュートは運に左右されることはなく、2本目もなんなく決められた。アイツのシュート速すぎ。二度と俺目掛けて打たないで欲しい。

 さようならパウンドケーキ。さようなら土曜日。

 本来なら、しっとりしたパウンドケーキをたんのうしていたのだろうが、今ではモッサリしたコッペパンが口の中の水分をうばうだけ。

 飴屋と武智が思い出したかのように笑う。

「でも、楽しかったし!」

「ですね!」

「は?」

「いつもはアイツらに鹿にされても、ポケットの中で中指立てるくらいしかしなかったけど、今日は面と向かって戦えたし!」

「いつもはボールを大きく蹴り出すときに、「取って来いポチたち」って思いつつボールを蹴るくらいしかできなかったですしね!」

「相変わらずクソろうだなお前ら」

「ふふふふふ!」「ぷすすすす!」

 めてねーから。

「まぁ、お前らが満足したならそれでいいけどさ」

 俺としてはコイツらが何か変化したことあったか? と思う程度だ。けれど、気持ちは本人たち次第。試合にも負けたし勝負にも負けた。それでも得たものがあるのなら、それでいいではないか。そうでも思わないと、俺のがんりが無意味になってしまうし。

 昼休みの中庭でえない3人組でコッペパンを分け合って食べるのも、今日くらいはいいかもと思えてしまう。

「姫宮さん! 僕も姫宮さんみたいに無回転シュート打てるようになりたいです! ご指導ごべんたつを!」

「まず普通の球を蹴れるようになってからな」

「姫宮さーん。そんなこと言って、実は1日で習得できる裏技があるってオチでしょ? 何のスキルに極振りすれば使えるようになるんだし?」

「ゲーム脳止めろ。というか、」

「「というか?」」

「さっきから何で、俺のことを『さん』付けで呼ぶんだよ」

 体育終わりからだ。コイツらが俺のことを、さん付けで呼ぶようになったのは。

「いやいや! 姫宮さんは姫宮さんだし!」

「右に同じく! 今日のえいゆうたんを振り返れば、呼び捨てなんて最早できませんから!」

「ふふふふふ!」「ぷすすすす!」

「……もう勝手にしろよ」

「お、いたいた」

「波川?」

 俺らの口から水分を奪った決定主、波川がやって来た。

「伊刈が無理矢理、勝負申し込んで悪かったな」

「それをわざわざ言いに来たのか?」

「それだけじゃないぞ。ほら」

 波川が手渡してきたもの。それはラップで包装されたパウンドケーキだった。

「俺、甘いの苦手だから返すわ。2つしかなくて悪いけどさ」

 イケメンかよ。

「今日は敵同士だったけど、いつもは同じチームだろ? 姫宮、キーパーばっかりしてるからさ、今度はいつしよめようぜ?」

「気が向いたらな」

「約束な?」と爽やかな笑顔の波川は、待ち合わせしているであろう食堂へと去っていく。

 波川って平和主義者っぽいし、こうなることを見通して、勝負に参加していたのかもしれない。敗者である俺らのケアまでしてくれるのだから、完敗としか言いようがない。

 結論。全てにおいて波川はイケメンである。

 それに引きえ……、

「チョコレート味は俺とカリン様が作ったから俺のだし!」

「はああああ!? お前PKでクソの役にも立たなかったんだから、コッペパンでも食ってなさいよ! ヘッショすっぞ!」

 そういうところがモテない原因なんだろうなぁ……。

「ん?」

 ふと、スマホにLINEが届いていることに気付く。

 画面を見ると、美咲からだ。

【カリン】PK勝負しかったね

【カリン】でも、飴屋君と武智君は助けてあげられたんじゃないかな?

【カリン】私は姫宮君のおかげで2人は元気でいられてると思うな

【カリン】でも、約束は約束です! 土曜日は一緒にしんぼく会のお店選び頑張ろうね!

 というメッセージと、いつものウサギの顔文字スタンプが。

 メッセージは終わりかと思いきや、さらにもう1通。

【カリン】P.S.返事をくれたら、3人分のパウンドケーキ分けてあげる

 となりみにくやつらのためにもと、どくスルーせずに文字を打ち込んでいく。

 よろしくお願いします、と。

気になる続きは本編で!
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