プロローグ
桜
「あ、あの!」
「はい?」
朝の通学時。電車から降り、改札口を出たときだった。
イヤホンで音楽を
他校の制服に身を包む少女は、若干大きめのブレザーに
俺には見覚えがあった。停止ボタンをタップし、イヤホンを耳から外す動作を律義に待ってくれた少女は、俺の目を真っ直ぐ見つめてくる。
「私のこと、……覚えてますか?」
「えっと……、自分の受験する高校を
余程、俺が覚えていたのが
2ヶ月ほど前の高校受験日。自分の受けるはずの高校と場所を間違えてしまった少女に、本来行くはずの学校前で停まる最寄のバス停を俺は教えてあげた。
最初は他の
あの日の
「本当にありがとうございました。
その気持ちに
俺のおかげで着れたと言わんばかりに、晴れ着となった制服を回って見せびらかしたり、その
朗らかな笑みを
向かう先は反対なので、「それじゃあ」と
「あ、あの!」
「ん?」
「あの……、よろしければ今日の放課後、お茶でもしませんか?」
「えっ。……俺と?」
「あっ! そちらの予定も聞かず、いきなりすいません! で、ですが……、ここで会ったのも何かの
「運、命……?」
「は、はい……」
自分で言っていて恥ずかしいのは重々承知のようで、少女の顔はみるみる紅潮していく。色白な肌なだけに
しばらくすると、彼女は瞳を閉じて大きく深呼吸を一
そして、意を決したかのように瞳を開く。
「その……、遠回しは
「!」
夢見心地気分から
本気なんだと思った。だからこそ、俺も本気で聞く義務があると思った。
俺の行動を
「あのとき私に手を差し伸べてくれた貴方が、ずっと気になっていました! 私と付き合ってください!」
新たなスタートを切るには、どんなことでさえ運命だと思えてしまう暖かい季節。
高鳴る心臓に負けじと、
「放課後は独りで過ごしたいので、ごめんなさいっ」
「……。へ?」
顔を上げた少女がポカンと俺を見つめ、すれ
「あの……、理由をもう一度聞かせてもらっても……」
「独りが好きなんだ」
「……」
告白が嬉しいか嬉しくないかで言うと、当たり前に嬉しい。
目の前の女の子は、俺とは
けど、ソレはソレ。コレはコレ。独りを
独りisプライスレス。
お気に入りの小説や新発売された雑誌を、
というわけで、勝者独り。
こんな俺を
「俺、コンビニ寄ってシャー
「コンビニ……、シャー芯……。ま、待ってください! せめて名前だけでも! というか! 私、自己
「名乗るほどの者ではないんで、お構いなく」
「私が構うんです! というか! 私も名乗るほどの者ではないってことになってますよ!?」
「……」
「じゃあそういうことで」
「どういうことですか!? い、行かないでくださ───い!」
仏の顔も三度目まで。故に我止まらず。早くコンビニ行きたい。
「私、
駅のロータリーを
海外旅行をすれば自分の価値観が変わるという
そもそも、あの日助けたのが俺じゃなくて
様々なことを
桜
電子音が鳴り終わる頃、俺の頭の中はHBを買うかBを買うかでいっぱいになっていた。
1章
俺、姫宮春一は独りが好きだ。愛していると言っても過言ではない。
厳密に言えば、独りで過ごす時間が好きだ。1分1秒、全ての時間が自分のためだけに流れていると考えただけで
集団に属するのは
JKはすごい。「それな」「あーね」「んごんご」を連呼しつつ、ズッ友と
別に人が嫌いというわけではない。けれど、どこかの集団に属するということは、
独り=恥ずかしいという考えは
ワンマンプレーと言えば自己中心的なイメージを
ウダウダ言いつつ、俺が鎖国状態、無
しかし、もし俺の独りの時間や居場所を
独りだからと誰に
それでも「ボッチ
独りが最強だと。
※ ※ ※
2週間も経てば、クラスの交友関係はできあがったと言ってもいい。すなわち、クラスでの自分の立ち位置を全員が
簡単に分ければ、自分がイケているかイケていないか。リア
実際は上下関係など存在しないはずなのだが、この見えない線引きは必ずある。自他ともに意識して作ってしまうものであり、学校というコミュニティに属せば、どの学校にも例外なく存在してしまう。
対して、
両グループともスマホでゲームを楽しんでおり、会話の内容から同じサバイバルゲームをしているのだろう。今話題のゲームで、オンラインでランダムに選ばれた100人が最後の1人、もしくは1チームになるまで戦うというものだ。オタクの飴屋と武智、リア充の波川たち、ボッチの俺もインストールしているのだから中々に流行していると言える。
「ちょw 応急キット俺にもよこせしww
「ヘッショも満足にできない奴は、包帯1つで十分なんですけどw! わ、分かったから火炎瓶構え──、うおおおおっ! マジでブン投げるとかアホすぎるんですけどwww」
波川グループも大盛り上がり。波川近くの取り巻き的ポジションの
「
「適当に
「偶然で当てるとか天才じゃね? 俊君いれば1位
会話の程度は五十歩百歩。それどころか、対等な関係でゲームを楽しんでいるのは飴屋と武智だと思う。しかし、波川たちと親しい女子たちの考えは俺とは異なる。飴屋たちには「オタクやば……」という
世界史で人種差別を教わり、日本史で部落差別を教わった。クラス内でのカースト差別は誰にも教わってはいない。にも
しかし、カーストの階級を
「おはよう!」
教室の入り口前。彼女の明るく
彼女の名を
入学式、新入生代表として入試トップの美咲が
勝ち組故の
美咲を一言で表すと、博愛主義者。
スクールカーストの頂にいるにも拘らず、人は
ファンなどの一部の者たちから、カリン様と
誰もを愛するからこそ、誰にも愛されているのが、美咲華梨という存在である。
今現在も、飴屋と武智に挨拶を交わした美咲は、
「わ! 今日も1位
と、2人がゲームクリアしたことをまるで自分のことのように喜んでいる。
「私も飴屋君と武智君がやってて面白そうだったから、インストールしてみたんだけど全然ダメだったよ。私、武器探してる間にいっつも撃たれちゃうんだ。へっどしょっと? 何あれズルいよ! フライパンじゃ勝てないよ!」
飴屋と武智も
波川たちも美咲へと挨拶を交わす。
「おっす華梨」
「おはよー」と挨拶した美咲は、波川がロッカー上に置きっぱなしにしているスマホに目を向け、「あらら」と口にする。どうやら
「このゲーム難しいよねー」
「な。俺一生1位獲れないわ」
「飴屋君と武智君に教えてもらいなよ。2人ともすごい
「へー。もう少しやってみて無理そうなら聞いてみるわ」
美咲からの提案を受け取りつつ、波川は再
その後の美咲も、教室を歩くだけで声を掛けられたり、声を掛けたり。友達の女子から「華梨ー。英語の課題手伝ってー」と
美咲にとって博愛主義の対象は俺も例外ではない。
「おはよう、姫宮君」
「おはよう」
本日初めてのおはよう。美咲で始まって美咲で終わることはザラ。
俺の開いたままの本を美咲は
「姫宮君って読むペース速いよね。昨日読み始めたって言ってたのに、もう読み終わりかけだもん」
よくもまぁ、そんな
「
「姫宮君、本読みすぎ。虫になっちゃうよ?」
本の虫とでも言いたいらしい。美咲はカマキリでも表現したいのか、両手を
「たまにはクラスの
俺へと小さく手を振り終えた美咲は、また別のクラスメイトたちと挨拶を交わしていく。
毎回言われる最後のセリフ。博愛主義者の美咲としては、他のクラスメイト同様、俺が友達のいない
そんなことを考えるよりと、俺は本へと視線を
※ ※ ※
本日の授業が
4月いっぱいまで部活動は仮入部期間なものの、
部活に属さないリア充女子たちは、
「どこのカラオケ行く? 駅前?」
「
などと取り立て急ぐこともなく、
部活に属さない飴屋と武智たちも、
「どこの本屋行く? アニメイト?」
「とらのあながいいです。
目的や行き先が
当たり前に帰宅部の俺も、
ヤンキーは深夜のコンビニとドンキを愛し、リア
独り好きの俺にも愛する場所は存在する。落ち着ける静かな空間である。
集団生活
今現在、文化棟4階にある空き教室もとい、手中に収めたプライベートルームにて俺は読書中。もちろん誰もおらず。
「春一君にうってつけな場所が学校にあるよ」と、とあるOGから誰も使用していないであろう空き教室の存在を教えてもらい、ここ数日、プライベートルームとして利用を開始したのだ。もちろん周囲には秘密である。幸い
最初は
そもそも、非公式の同好会ってなんぞや。未だに存続していたらどうする。
鍵は
とまぁ、複数個あった疑問を拭えれば、理想的な空間と言わざるを得ない。
独りで使うには十分すぎる十二
家でくつろげ
だったら図書室に行け馬鹿野郎、という意見も却下。図書室はスマホや
小学生の
良い思い出と
読んでいる小説が山場を迎える直前、本を
飲もうとしたタイミング。空き教室の
「うぉっ!?」
不測の事態に変な声を出してしまう。完全に油断していた。鍵が壊れて
コーヒーが気管に入り
「こら姫宮君!」
「ず、ずみまぜ──、……」
何故だろうか。
聞き覚えのある、大人にしては幼すぎる声だからか。
涙を拭い、目測で見上げようとしていた視線を
「何だ……、
「損じゃないですよ!? というより何で今飲むんですか!?」
「あ、すいません。ナチュラルミスです」
「もう!」と、
幼女の名──、否。彼女の名は天海
持ち歩く
今日も
ズンズンと
天海先生のまんまるな
「姫宮君。今、失礼なこと考えてませんか……?」
「い、いや……、先生って身長いくつかなーと」
「女性に身長と
それを言うなら年齢と体重だろうに。
「そんなことよりです! 仮入部
本格的に説教が始まるのか。
見ちゃおれん。代わりに椅子を取り出し、俺と向かい側の机へ席を用意してやれば、「あ。どうもです」とペコリと一礼して天海先生は着席。足が長いタイプの椅子なだけに、足先は
見ちゃおれん。
「小さいから毎日辛いですね」
「辛くはないですよ!? 大変って言ってください!」
大変ではあるらしい。
わざとらしい
説教される環境作りを手伝ってしまってから言うのもアレだが、やはり説教されるのは気が
俺も「家族には
否。俺はまだ人間を止めたくはない。それならば厳重注意を甘んじて受け入れる。
人間素直が一番である。
「勝手に教室を使用してすいませんでした」
「姫宮君。どうしてこんなところに独りでいたんですか?」
「家庭の事情です」
「! そ、それは……、重たい話ですか……?」
静かに
「先生は小さいですが先生です! 姫宮君! 必ず助けになりますから先生に相談してみてください! 一緒にご家庭の
「あ。そんな重くないです。残念な妹がうるさくて、家で静かに過ごせないからこの教室を利用していただけです」
「先生の心配返せです!」
先生は分かっていないのだ、あのバカの
「全く! ただでさえ先生は、姫宮君はいつも1人だけどクラスに
頭の中でカチッ、とスイッチが入る音がした。
「先生」
「はい?」
「独りってそんなにダメなことなんですか?」
「え……」
俺の悪い
「独り=クラスに馴染めていない、というのは疑似相関です。確かに独りの俺はクラスに馴染めていないでしょう。けれど、他人からの評価を気にして集団で群れる
怒りから一変。「むぅ」と口をつぐむ天海先生。あながち俺の発言が
「先生は独りだけで行う
「え、えっと……。月末の休日は自分へのご
「うん、いいですね。
共感を得てもらえたらしく、先生も「そうなんですよねー」と頷きつつ、
「どうしても
「そんな先生にイメージしていただきたいです。俺を空気の読めない職場の
「イメージ、ですか……? わ、分かりました!」
問題ばっちこいと身構える天海先生。
一つ咳払いして、ワントーン高めの声にて。イメージは入社1ヶ月目の新卒OL。
「え───。天海
「キ────! めちゃくちゃムカつきます────! 主に姫宮君に────!」
「ですよね、ムカつきますよね。……。え。俺ぇっ!?」
いかん。後半のアレンジが強すぎて
やろう、ぶっころしてやると言わんばかりに
「ま、まぁ、俺が言いたいのは、別に独りだから寂しいとか負け組とかは
思ったことを言っただけです、なんて今は言えない。
自身の身体を大きく見せようと両手を上げていた天海先生も、「確かにおあいこだったかもしれませんね……。大人げなかったです」と、ようやくクールダウンしたようで両手を下げる。子供って
「姫宮君が傷付いたなら謝ります。でもでも! 先生が言いたいのは独りが悪いということではなく、クラスに馴染めていないってことですよ!」
「む」と今度は俺が口をつぐんでしまう。クラスに馴染めていないところだけをピックアップされてしまえば反論はできない。
「姫宮君は学校生活が楽しいですか?」
「楽しくはない、ですかね。つまらなくもないですが」
「それでは、質問を変えましょう。姫宮君は1人で過ごす学校生活は楽しいですか?」
「気楽で楽しいです」
「しつこいようですが、本当に無理はしてないですよね?」
「
ノータイムで
ふむ……、ふむ……、と先生は小さい身体の全身を使って頷く。じっと見ていると、授業に集中できないアホな小学生に見えてくる。
しかし、天海先生は俺の話をしっかり聞いており、ハッキリと言うのだ。
「うん。なら姫宮君の意見を先生は尊重します」
「……。え? それって、俺は今のまま、独り好きでもお
「はい♪ 姫宮君が友達を必要としなければ、それはそれで先生は構わないと思います。
ペカー! と、大満足げに晴れやかな笑顔の天海先生。
「先生……」
小中時代の教師は、友達いない=不良品とでも言いたげで、生徒指導書にでも
だが天海先生は違う。俺の意見を聞いてくれた上で、受け入れてくれるではないか。
そんじょそこらの大人より、天海先生が大きな存在に見えてしまう……!
自分の
「先生の器はとっても大きいのです! あ! 絶対今、器『だけ』って思いましたよね!? 絶対思った!」
器ちっせー……。
敬愛の眼差しではなくなったことに気付いたのか。少しでも
「でもでも。友達が
「……」
なまじ俺の独り好きを認めてくれただけに、バツの悪い顔くらいしかできん。
「そんなブチャイクな顔をしてもダメなものはダメなのです。いいですか姫宮君。人は決して1人では生きてはいけない生き物なのです。もしそれが
「
「どうしても木になりたいなら、そのときは先生が手伝ってあげるです」
「
笑えねー……。
人は決して1人では生きてはいけない。こればかりは論破できないし、そもそも1人で生きていけるなどと、はなから考えてなどいない。俺はちっぽけな存在だと日々
挙手し、「どうぞ、姫宮君」と発言の許可を
「でも先生。
トンチどころかエッジききすぎ。こんなもん、一休でも
しばらくすると、名案が思い
「ではでは、こういうのはいかがでしょうか? 先生の手の届かない、生徒間で発生するイベントなどを姫宮君に協力してもらうというのは。クラスの子たちと
嫌に決まっている。誰がしたくもないことのためにタダ働きなどするものか。先生は残業が当たり前で土日も
「もちろんタダでとは言いません。先生のお手伝いを
「! マ、マジですか……?」
「マジです。先生に二言はないのです」
夢にも思わない発言に、俺の感情が
したくもないことのためにタダ働きは嫌だが、欲しいもののために働くのは至極当然のこと。あれだけ嫌だった提案も、そんな簡単なことでプライベートルームが手に入るんですか? とさえ考えてしまっている。
俺ってば現金な奴だと思う。甘い
「乗ります! 先生のお手伝いさせていただきます!」
天海先生の気分が変わらないうちにと高速手のひら返し。
計画通りとか、お前はチョロインかよと思われようがどうでもいい。こちとら真正の独り好き。人の目など気にしていたらやってはいられない。
小さい手をパチパチ
「
「? 何ですか?」
「クラス
「親睦会の幹事、ですか?」
「はい♪」
このときは思いもしなかった。幹事の仕事の一件によって、俺の
※ ※ ※
親睦会の
何をするにも
「は、
「……」
我が家に
スク水姿で。
「なんて格好してんだよ……」
生き別れた兄と再会したのかよというくらい小3の妹は泣き声を上げているものの、そんな大層なイベントではない。日常茶飯事な光景である。
「で、今日は何をやらかした……?」
「来て!」
「うお……! 気持ち悪っ……」
わかめおうじでも沈んどんのかと思うくらいに、浴槽
ゆっくりと犯人を見下ろすと、両指をこねくり回しつつ言い訳開始。
「あのね、あのね……! 水に入れると大きくなるビーズをお風呂に
「……」
「そしたら、ぶわぁぁぁぁぁぁっ! って
「何でお前は毎回、最終的な解決方法が俺待ちなんだよ……」
「春兄は独りでも生きていけるカッコイイお兄ちゃんなんだもん!」
「仮にもカッコイイお兄ちゃんにワカメ
俺を心から
「はぁ……。ゴミ袋大量に持ってこい。あとパイプユニッシュも」
「うん♪」とゆずがキッチンへと
「こんなことなら、学校に残るなり
家に帰ってくれば、何かしらのトラブルを
万が一何も無いとしても、
そろそろ妹に
そんなことを考えつつ、
というかアイツ、よくワカメ風呂に入ろうと思ったな……。
※ ※ ※
翌朝のショート
「
歌のお姉さん的な発言なものの、お姉さんの
「慣れたという子も、まだまだ慣れていないという子もいると思います。そこで先生からの提案です。もっと皆さんが
昨日のうちに話を聞いていた俺は
「
ポケットマネーが支給されると聞き、「「「おお───!」」」とザワツキ始める生徒たち。
クラスの調子者たちが、「アマちゃんのクラスで良かった!」「小さいけど太っ腹!」などと都合よく持てはやし、天海先生もまんざらでもなさげに、えっへん! と胸を張る。2週間足らずで生徒の心を
チラ、と天海先生の視線が俺へと向けられる。
「そこでです。大まかなことは親睦会の幹事さんに一任したいと思っています。ということで! 親睦会の幹事さんをやってもいいよー、という心優しい子を大大大
ナチュラルにハードル上げるなよ。
けどまぁ、そんなハードルもプライベートルームのことを考えると
天海先生と交わした
けれど、直ぐにどうでも良いといったように、視線を前へと
予想通りの反応である。はっちゃける奴らは、はっちゃけることしか考えないし、目立ちたくない奴らは、目立たないことしか考えない。共通
俺だってそうだ。理由が無ければ手など挙げない。理由無しに手を挙げる奴のほうがどうかしてるとさえ思う。
天海先生も
クラス中がザワついた。
「先生、私も姫宮君と幹事します!」
あ?
手を挙げる人物のほうへ
この人気者ならやり
丁度良くチャイムが鳴り、先生は大満足げな表情
「ではでは。よろしくお願いしますね♪ 姫宮君と美咲さん」
「はい!
「お、おう……」
2人目の幹事となった美咲華梨が、
なぜ予想できなかったのだろう。カリン様と呼ばれる博愛主義者の美咲なら、親睦会の幹事に立候補しそうなことなど容易に想定できたはずなのに。
けどだ。想像できようができなかろうが、俺が幹事に立候補しない理由にはならない。こちとらプライベートルームを自由に使える権利がかかっているのだから。
ポジティブに考えていこう。2人で分担して作業するほうが楽な仕事もあるし、人気者の美咲だからこそ進行しやすい作業も多いと。
※ ※ ※
放課後。早速、堂々と使えるようになったプライベートルームで
天気は相変わらずの
窓
時計を見れば17時手前。これ以上、天気が
ビニール
「おーい、姫宮くーん!」
後方から名前を呼ばれて振り向けば、駆け足で走って来る少女の姿が。
美咲だ。
「駅まで傘に入ーれて♪」
小雨が降り注ぐ中、両手を合わせてお願いする美咲は、それだけでも絵になる。故に傘など
だからと言って、「無理。これ1人用だから」と非道な一言を告げて立ち去れるわけもなく、美咲の入るスペース分の傘をずらす。
「どうぞ」
「ありがとう!」
その晴れやかな笑顔を俺でなく空へ放てば、厚い雲など
美咲は律義にも、「お
「ゴメンね。それじゃ行こっか」
「おう」
俺が一歩踏み出せば、美咲も一歩、また一歩と横を並び歩く。さすがは美咲。俺へと
正門を出たタイミングで美咲に
「姫宮君も部活見学?」
「ん? ああ、
「ふふっ」
「? 何で笑うんだよ」
お前の顔面キモすぎワロタ。とでも
というわけではないらしい。
「だってさ。姫宮君って、「俺は雨が好きだ……」的な感じだもん。朝のショートHRのときも、ずっと空眺めてたし」
「なんだよ、そのカッコつけてる感じ……。というか、普通に晴れのほうが好きだから。余計な手荷物増えるし」
「そうだよねー。今はもうあったかいけど、冬の雨なんか特に私は苦手。あと
困ったものですよ、と頷く美咲の
「『も』ってことは、美咲は部活見学してたのか?」
「うん。マネージャーやらないかって、何人かの
1つ1つ足を運ぶのが美咲らしい。人気者は大変だな。
美咲は「うーん……」と
「どの部活もいまいちピンと来なかったよ。というか、押しに負けて見に来ただけの私が、マネージャーするのは失礼だなって実感しただけ。見学に行って期待させちゃったし、先輩たちには悪いことしちゃったな」
「無理に誘われて足を運んだんだから、気にしなくていいだろ」
そうかな? とホッとするような表情を浮かべる美咲が、少し
「私が運動苦手っていうのもあるんだけどね」
「へー、意外だな。勝手なイメージだけど、美咲って何でもできる奴だと思ってた。入試で一番だったし」
「私が何でもできる? できないできない」と美咲は手と首を
「入試では確かに手応えあったけど、たまたまだよ。それに私が何でもできる人なら、乙塚高校よりもっと
「家が近いから選んだとか?」
「姫宮君、
ずい、と一回り小さい美咲が
否定はできんと
その後の帰路も、美咲のコミュ力に
何より驚かされるのは、学校以外でも美咲の愛されっぷりが
パン屋の前を通り過ぎれば、店前を
交差点で信号を待っていれば、「お
公園横を通り過ぎれば、飼い主そっちのけで大型犬が美咲に
人間だけでなく動物にも愛されてるとか。コイツには地域密着型アイドルでも
「すごいな。高校卒業するまでに、ここら辺の人たち全員と仲良くなれそうな勢いだぞ」
「えへへ。もちろん地域の人たち
「全校生徒と?」
「うん!」
決して
美咲の
「高校生の3年間ってあっという間だろうし、せっかくの高校生活だもん。皆と仲良く過ごせれば絶対楽しいから」
俺の目に広がる
俺としては人との関わりが多ければ多いほどストレスは
俺が理解できないように、美咲からしたら俺の考えなど
結論。俺と美咲は分かり合えない。
とはいうものの、
マイノリティだろうがマジョリティだろうが、天動説だろうが地動説だろうが、自分の正しいと思える道を真っ直ぐ進めればそれで良い。
気付けば駅前。ロータリーに入り傘を閉じると、
「ありがとね、姫宮君」
感謝を告げる美咲はパーソナルスペースが
「姫宮君ってもっと固い人だと思ってた。
「俺のイメージどんなだよ……。亭主関白で固いってことは、
「頑固というか、何て言えばいいんだろ? うーん……」
そういう意味ではないが、言い表す表現が見当たらないらしい。
「でもさ。実際、話しかけるなオーラ結構出してるでしょ?」
「意図的には出してない。出てるだけだ」
「それは同じだよ……」
自然に
「もっと
美咲の120点の笑顔に対し、愛想笑い返し。
「もっと口角を上げなさーい」
美咲が両方の人差し指で俺の
改札を
「私は姫路方面だけど、姫宮君はどっち方面?」
「梅田方面」
「そっか。じゃあここでバイバイだね」
「ん」
愛想の良い美咲に対し、不愛想この上ないのは重々承知。デフォルトがこれだから仕方ないし、直すつもりもサラサラない。
「傘持ってけ。俺、駅から家近いから」
傘の持ち手を差し出せば、俺の行動が予想外だったのか美咲はキョトン、とする。しかし、直ぐにうんうんと
「やっぱり姫宮君って亭主関白だよ。
「……。反応に困るから、そういうのは口に出さないで欲しい」
あはは! と笑う美咲だったが、乗るであろう直通特急のアナウンスを聞くと「あ……電車来ちゃった」と、さも
早く受け取れと傘を揺らすが、
「また明日ね!」
「だから
受け取る気はサラサラないと、美咲はホームへと続くエスカレーター目指して小走り。
エスカレーター手前。未だに立ち
カバンから何かを取り出し、それを見せびらかしてくる。
「あいつ……」
作戦大成功と言わんばかりに白い歯を見せつつ、美咲は手を振ってくる。
「親睦会の幹事、
「ん? あ、ああ……」
傘が無いフリをしていたのは、帰り道に
美咲が見えなくなり、俺も梅田方面を目指して歩き始める。エスカレーターに乗りつつ、ふと、別れ際の美咲の言葉に
「まぁ、気のせいだろう」と、イヤホンを耳へと付けて音楽を再生していく。
※ ※ ※
翌朝。昨夜の雨模様が
今日も1日、
しかし、そこには、
「おはよう、姫宮君!」
「お、おう……」
呆気にとられてしまう。俺の席には学園アイドルの美咲が座っていたから。
「昨日はありがとね」
朝にも
周囲の視線が痛い。表情だけで「何で?」とか「姫宮のくせに」という言葉を表現できるのだから大したものだ。役者でも志望すればいいのに。志望して世界の広さに絶望すればいいのに。
傘の件で小言の1つでも言いたいところだが、クラスメイトにこれ以上注目されるのは
どいたどいた、と美咲を俺の席から追い出して
「親睦会のことか?」
俺の言葉と同時。柔らかい印象だった美咲の瞳が細まり、
「用事が無いと話しかけちゃダメみたいな発言は傷つくなー」
「でも実際、親睦会関係だろ」
「減らず口めっ」
短く舌を出す美咲だったが、直ぐに
「昨日も話したけど、今日から色々やっていこうと思うんだ」
「俺は何をすればいいんだ?」
俺の質問に対し、よくぞ聞いてくれました! と、美咲は手のひらを
「5人だよ姫宮君」
「5人?」
「うん。まずはクラスの男の子5人に話しかけてみよっか」
「……は?」
ナニイッテンダコイツ。
??? 本気で意味が分からない。
「?」と首を
「……あのさ。
お前は何も分かってないなー、と言いたげに、美咲は人差し指を
「姫宮君は親睦会の予定を立てる以前の問題だよ。まずはウォーミングアップとして、皆とコミュニケーションをしっかり取ることから始めていこうよ」
遊び人で経験積まないと
親睦会の予定って、コミュ力上げから始めないとダメとか初耳だ。
……なわけあるか。
要するに、美咲は試したいのだろう。いつも自分の席で独りな俺が、親睦会の幹事を
いや、違うな。持っていないと思われているからこそ、ミッション的なものを提案しているわけだし。まぁ、俺がコミュ力持ってないのは正解だけど。
少し前の俺ならば、「断る。コミュニケーションなどクソくらえ」と中指を立てていたかもしれない。美咲に中指を立ててクラスの男たちに中指をへし折られていたかもしれない。
だがしかし。プライベートルームという文字が頭に
「学校行事やイベントではコミュニケーション能力は
うむ……。郷に入っては郷に従え。
ましてや、人を束ねるような仕事が全く未経験の俺である。コミュ力モンスター美咲の提案なだけに、幹事の仕事をこなしていく上で合理的な気がしてきてしまう。
それだけでなく、
「物事には順序があるから、1つずつ頑張ってみようよ。もちろん私も協力するから。ね?」
美咲にとっては不必要な業務、俺に関することなのに、ここまで
これもプライベートルームのためか……。
「はぁ……。男子5人に話しかければいいんだな?」
「うん!」
「早速だけど、今から頑張っていこうよ」
「分かった」
「一言二言でも
頷きつつ重い腰を上げれば、美咲が俺の横へと並んでくる。
「ん? 美咲も付いてくるのか?」
「うんっ。私が
「いや、全然1人でいいけど」
「……え?」
というか1人がいいんですけど。
仕返し? 今度は美咲が、ナニイッテンダコイツみたいにフリーズ。思考停止する美咲の顔を
うん。ある程度目星は付けた。
「本当に大丈夫……? 私も
「過保護のオカンかよ。お前はそこで見といてくれ」
「で、でも無理しないほうが──、」
「行っちゃった……」という美咲の言葉を背に、窓際席の男子のもとへ向かう。
「
「あいよー」
「ども」
1人目達成。
その近場。飴屋と武智のもとへ。
飴屋は今日も鏡を見てこなかったのか。
「飴屋。
「えっ……、これ、ワックス付けてんだけど……」
「え」
俺だけでなく、武智までもが
「女子たちから寝ぐせヤバいって言われてるから、セットするならちゃんとセットしたほうがいいぞ」
「……噓……だろ……?」
そんなオサレに言っても、
「噓をつくために、わざわざ俺が話しかけに来ると思うか?」
「……思わない」
「雑誌でも買って頑張れ。あと、武智おはよう」
「えっ! あ、おは、おはよよ……」
2人目と3人目達成。
自分の席へと帰り際。2人組の男子の会話が聞こえてくる。
「芸術の
「何があったっけ? 美術と音楽と……」
「書道だぞ」
「おお、そうそう!」「教えてくれてサンキュなー」
「どういたしまして」
4人目と5人目達成。はい終わり。
経過時間は3分も経ってないと思う。自分の席に座り直し、目の前のポカン、と口を開けたまま固まる美咲へと話しかける。
「今のでいいのか?」
数秒の
「バッチリだよ姫宮君! 1人で話せるどころか、予想よりずっと早く達成できたからビックリしちゃった! 不愛想なのが少し気になっちゃったけど!」
不愛想で悪かったな。
というか、
「たかが話しかけただけだろ。そんなに俺が
「! ……」
「マジかお前……」
「だ、だって! 姫宮君が
「
「話しかけなよっ!」
用があれば話しかけますけども。
「でも、良い方向に予想外なら
「まだやんのかよ……」
「まだまだ道のりは長いよ?」
そんな、「俺たちの戦いはまだまだこれからだ!」的な発言されてもだな。打ち切りでいいんじゃないですかね。姫宮春一の来世にご期待くださいって最後のページに
※ ※ ※
以降の休み時間も俺のコミュ力を上げるためにと、美咲
果たして、こんなことをやってコミュ力が身につくのだろうか。「あ! このシチュエーション、進研ゼミでやったことある!」という日が来るのだろうか。絶対来ねーよ。
しかし、
1限目終わりの休み時間。課題はクラスメイトの相談に乗る。
「いい姫宮君? この課題は、困ってたり
「りょーかい」
美咲に見送られつつ、教室内を
会話から察するに、2人一緒にバイトする場所を探しているようだ。
「だいぶ
「うーん……。条件はあんまし変わんないから、どこでもいいかなぁ。正味な話、人間関係良好なとこだったら時給安くても俺、全然いいわ」
「分かるわー。けど、求人誌だけじゃ人間関係なんて分かんねーよなぁ……」
「悪いところなら大体分かるぞ」
「「え……?」」
フォロー外から失礼しますかの
いきなり話しかけられ、「こ、こいつの名前なんだっけ……?」的に固まる2人を
「例えばこの焼き肉屋。『スタッフ全員、家族みたいに仲が良い』と
「マジか……」「ホントだ……」
次いで、別の赤マルの付いた店を指差し、
「こっちの居酒屋も
「「な、成程……!」」
「人間関係が良いところを見つけるのは難しいかもしれないけど、悪かったり怪しそうなところは案外見つけやすいもんだぞ」
目から
「この店! この店はどうだ!?」「こっちの店も見てくれ! というか、良さげなところ選んでくれ!」
「おう」と言いつつ、美咲のほうを
「クリアだし、すごいよ? けど、アドバイスが後ろめたいから素直に
2限目終わりの休み時間。課題はクラスメイトの良いところを10コ以上褒める。
「いい姫宮君? 1人1コでも大丈夫だから、皆の良いと思ったところを素直に口に出していこうね。言葉で伝えるのって、案外勇気がいることだから頑張ってみて!」
「はあ」
美咲に見送られつつ、教室内を見渡す。すると、ロッカー付近で談笑するリア
「俊君、仮入部なのにテニス部の部長に勝ったとかヤバすぎっしょ! もう期待のエースじゃん! てか部長じゃん!」
「勝ったって言っても、ミニゲームだからな?
「でも、俊太郎って全中出てんし、5歳からテニスやってんだろ? そりゃ部長でも勝てねーわ」
「波川はイケメンなのにテニスも
「「「うおっ!?」」」
死角からの話しかけに波川たちが声を
どーも皆さん、おはこんばにちは。第三の取り巻き姫宮です。
ずっと俺のターン。
「波川は、イケメン・テニスが上手い・身長が高い・スタイルが良い・人気者、えっと、あと
「あ、ありがとう……」
あと4つ。
「夏越は、ヘアスタイルがオシャレ、制服の着こなしがオシャレ、
「バリエーション……」
あと1つ。
「伊刈は、えっと……。…………うん、お前は声が大きいな」
「……。おお……」
コンプリート。
混乱するリア充グループに
「見切り発車で話しかけられる度胸が逆にスゴい……!」
3限目終わりの休み時間。課題は、クラスの女子グループの会話に混ざる。
「いい姫宮君? 今までは男の子にしか話しかけてこなかったけど、今回は女の子、しかもグループ限定だからね。すごくハードル高いし、
「はいはい」
美咲に見送られつつ、教室内で耳を
「ウチらのクラスで彼氏彼女がいる人って、どれくらいだと思う?」
「んー。さすがに高校生になったばかりだし、数人だけじゃないかなぁ」
「私もそう思う。華梨ちゃんと波川君は
「美咲はいないっぽいから、3、4人じゃないか?」
「「「えっ」」」
盛り上がってるところに失敬します。
「美咲が、「今は恋人を作るより友達を
「マジ!?」
「ちょっと
「座って座って!」
さすがはJK。
すかさず美咲のほうを振り向く。
「女子トークに簡単に
校内をのんびり散歩している道中に、
※ ※ ※
昼休み。美咲の表情は、底なしに
「すごいよ姫宮君! 用意してた課題が、午前中で
「ソーデスカ」
慣れないことをし続ければ、そりゃ心も失う。もとより感情は
「殆どってことは、まだあるんだろ? 次に俺は何をすればいいか教えてくれ」
決してヤル気があるわけではない。さっさと終わらせて
もっとよく見ろ。お前のキラキラした
もとから死んでるから気付かないってかバカヤロウ。
我ながらくだらない1人ツッコミをしていると、「次の課題を発表するね」と美咲は空気を改める。
「クラスメイト40人と話してください」
「
「本当はボツにしてた課題なんだ。
ボツにした理由も頷ける。クラスメイト全員ということは、今までのように話しかける人間を選定することができない。何より、
美咲は真っ直ぐに俺を
「ボツにしたんだけどさ。簡単に課題をこなしていく姫宮君の姿を見てたら、できるんじゃないかなって思っちゃうんだ。だからね、すごく難しいとは思うけど、この課題を
「やることないからやれ」とかだったら
「まぁ、課題が最後だって言うならやるよ」
「うんっ! ありがとう!」
大した奴だよな。俺のために提案していることなのに、感謝するのだから。
「課題の期限は、今週末までを目指そっか」
「分かった」
間もなくして、「華梨ちゃーん。
「はーい。ごめんね姫宮君。呼ばれてるみたいだから行くね」
「おう」
「今までの集大成だから、きっと大変になるだろうけど頑張ろうね!」と、手を振ってくる美咲に別れを告げ終え、
美咲がいなければ
独りの時間を
※ ※ ※
帰りのショートHR。
美咲が、「えっ?」と声を出す。
俺が手を挙げていたから。
「はい、姫宮君。どーぞ」
天海先生から発言の許可を得て立ち上がり、そのままクラスメイトに話しかける。
「
昼休みのうちに天海先生に印刷してもらっていたお手製のアンケート用紙40枚分を、一列ずつ配布していく。
俺は夏休みの宿題を
「もし、書き終わったら俺のところに持ってきてくれ。期限は今週末までで頼む」
プリントを全て配り終わり、美咲のほうを
美咲の表情は目が丸で、口が逆三角になっていた。
「え……。ど、どういうこと……?」
俺が
美咲は
「姫宮君! どうして
「40人全員分のアンケート用紙を配れば、あとは回収するだけで全員と話すことができるからだけど」
「! ……な、成程」
「勝手に親睦会の業務を進めて悪いとは思ってる。けど、結局はスケジュール調整する必要もあったわけだし、結果として一石二鳥だっただろ?」
「確かにそうなんだけどさ……」
美咲はイマイチ
「できてる、できてないかで言うと、でき過ぎてるくらいなんだよね……。たった数時間で皆と話す理由を作ったり、皆の前で
自問自答することしばらく。美咲は、ようやく納得のいく答えを出せたようで、「うん」と
「コミュニケーション講座は無事全て
「いいのか? まだアンケート用紙を配っただけだぞ」
「皆に話しかける理由をたった1日で作れただけで、合格あげられちゃうよ。それに、皆の前で姫宮君が話す姿を見たら、何も問題ないことくらい分かっちゃったしね」
「今日1日お
「やっと終わったか……」
さすがに今日は疲れた。いくらプライベートルームのためとはいえ、休み時間は絶えず美咲の課題をこなしていたから。疲れはもちろん、
早くプライベートルームでゆっくりしたい……。
カバンを背負い直し、「じゃあ、今日はこれで」と立ち去ろうとする。
「待ってよ姫宮君」
「? まだ何かあるのか?」
「そうじゃなくてさ。せっかくだし皆で
「え」
皆とは、教室の出入り口前にいる女子2人のことだろう。美咲と仲の良い2人は俺たちの会話が終わるのを待っている様子だ。
「一緒に帰ろ。ね?」
「あー悪い。俺、まだ学校残るから」
「……え?」
断られると思っていなかったからか。にこやかだった美咲の表情が一気に
「一緒に帰れないの……?」
「? おう」
「どうしても……?」
「まぁ、どうしてもだな」
仕方ないんです。俺、プライベートルームで独りゆっくりしたいんです。
未だに俺の返答に納得がいかないのか。美咲はしばらく俺を見続ける。
何だろう? 俺の様子を
よく分からん。
「悪いけど、俺もう行くから」
再び別れを告げれば、「あ──、うん……。また明日ね」と、いつもとは
教室を出てプライベートルーム目指す道中、考えてしまう。
美咲は何故、あそこまで残念そうな反応を示していたのだろうか。
皆仲良く一緒に帰りたかったから?
帰りに親睦会の予定を立てようと思っていたから?
人気者である自分が断られるなんて予想外だったから?
思い
分からないものを考えるだけ時間の
切り
※ ※ ※
プライベートルームへと
いつもなら椅子1つに
「うん……、俺はこのために生きている……。というか、もう死んでもいい……」
独り最強かよ……。
今日はそこそこ頑張ったし、これくらい安らいでもいいじゃないか。
うっすら開いていた目が
睡魔に逆らう必要もない。完全に
どのくらい
「起きて。ねぇ。姫宮君ってば」
「……ん」
誰だろうか? 誰かが人の贅沢な時間を
「…………ちっ」
「舌打ち!?
声のトーンが大きくなり、身体まで強く
目を開けば、
「み、さき……? ……。美咲ぃ!?」
「あ。やっと起きた。おはよう」
「お、おう……」
西日より
新妻に朝起こされるシチュエーションは、男ならかなり上位のランキングに入ってくるのではなかろうか。しかし、今は夕方前だし、俺は
横たわる俺を
とかしょうもないことを考えている場合ではない!
「か、帰ったんじゃないのか? というか! 何でこの場所にいるんだ?」
「えっとね。姫宮君にどうしても伝えたいことがあったから、私だけ
あの幼女、チクりやがったな……。
コソコソする必要性は無くなったとはいえ、極力バラしたくはないのは言うまでもない。パリピにバレたら俺の
仮に遊び場にされたとしても、俺はテコでも居座り続けてやる。グループでトランプしている机のド真ん中でブレイクダンスの練習してやる。
いつまでも美咲の悩ましいポーズを眺めているわけにはいかないと起き上がり、一
「なぁ美咲。親睦会の話なら明日でも良かったんじゃないか?
「違うよ」
「?」
「言ったでしょ? 姫宮君にどうしても伝えたいことがあって戻ってきたって」
「俺に伝えたいこと?」
気付けば美咲の表情は
美咲が一歩、二歩と、俺へと
至近距離でジッ、と
「姫宮君」
「な、なんだよ……」
「あと少しの勇気だけだから
「…………。はい?」
ナニガ?
「あと少しの勇気を
「……」
「昨日、姫宮君と話しながら帰るのは楽しかったし、今日だってクラスの皆と自然に話せてたもん。私が課題なんかを出す必要なかったくらい」
「……」
「ごめんね。
「あの──、「もし、まだ他の人たちと話すのが
俺の言葉を
そして、言うのだ。決定的な言葉を。
「せっかく友達を作るために幹事に立候補したんだから、あと一歩
脳みそバルス。急な頭痛に
「ひ、姫宮君!?」
あいたたたたたたた……。あー、頭痛薬が欲しい……。半分優しさじゃなくて、ちゃんと純度100%の
まさかだ。まさか、友達欲しさで幹事に立候補した
よくよく考えればそうだよな。いつも1人でいる奴が幹事に立候補したら、何かしら理由はあると思うよな。博愛主義者からしたら、友達欲しくて立候補したと思うわな。
俺が落ち込んでいる理由など、知る由もない美咲は混乱気味。それでも
「だ、大丈夫だよ! 姫宮君が皆と仲良くなれるまで私も協力するから!」
ゆっくりと机から顔を上げる。目の前には博愛主義者。笑顔が眩しい。眩しすぎる。
「気分が悪い……」
「人の顔見ながら失礼だよっ!?」
「すまん……お前の優しさが身に染みて……気持ち悪くなった……」
「身に染みたのに!?」と、ツッコみまくりの美咲。その間も心配そうに俺の顔を
だからこそ、しっかり伝えなければいけない。
「あのさ、美咲」
「うん……?」
「俺さ。友達欲しさで幹事に立候補したわけじゃないから」
「……え?」
予想通り、美咲は
「じゃ、じゃあ何で立候補したの?」
「この空き教室を自由に使っていいっていう約束を天海先生としてて、その
「そ、そうなんだ……。てっきり、姫宮君がいつも1人でいるから友達が欲しいとばかり……。で、でも! 本当は友達欲しいんだよ──、「いいえ、全く」」
食い気味のノーサンキュー。「ご
美咲の笑顔は引きつり、水を
「俺、独りがめちゃくちゃ好きだから。友達は特に必要とはしていない。むしろ独りの時間を
厚意を
よって、美咲の勘違いによる、俺の友達作りサポートは今日を以て
結論としては、学園アイドル、博愛主義者、カリン様らの異名を持つ美咲であろうと、勘違いするということ。ドンマイ美咲。切り替えてこーぜ。
美咲の人間らしい勘違いも見れたし、貴重な観測ができたということで手を打とうではないか。
お出口はアチラですと、見送るべく立ち上がろうとする。
しかし、美咲は
「美咲?」
不思議に思っているのも束の間、「……うん」と意味ありげに
「ねぇ姫宮君。
「……。はい?」
「やっぱり、独りだけの生活なんて悲しいよ」
「……独りが悲しい?」
「うん。やっぱり、皆で笑い合うのが一番楽しいから。絶対姫宮君も友達ができたらそう思うようになるから友達作り頑張ろうよ」
美咲が俺へと手を差し
「私も全力で協力するから! 独りだけの
自分の全ての気持ちを伝え終えたと、美咲はいつもの柔らかい笑みへと戻る。
美咲の瞳は
コイツの瞳に映っている俺は、か弱い存在なのは明白。
だからこそ、俺は
「く……」
ゆっくりでいいから
「く、……く、く」
「うん」
そんな美咲の笑顔に、震える
「くたばれ博愛主義者ぁぁぁ───────!」
「………………。はぇっ!?」
「もー限界だ!
たいていのことは
土砂降りの中に佇む捨て犬は、シャワーを浴びていただけかもしれない。真冬の公園で寒さに震えるホームレスは、スープの中に死ぬほど
有り得ないことなどない。世の中、当事者にしか分からないことばかりなのだから。
故に博愛主義者の考えが絶対なわけなどない。
「いくら、お前の顔面がめちゃくちゃ
「ひ、姫宮君……!」
「何だよ?」
「そ、そういうことを面と向かれて言われるのは、その……恥ずかしい……です……」
「説教中に照れてんじゃねぇぞ!?」
「説教中でも恥ずかしいんだもん!」
頭ん中ハッピーセットかよ。というか聞き馴れてんだろお前は。
赤面して
「いいか美咲。この際だから、お前のためを思ってハッキリ言ってやる。俺が人のためを思うとか貴重だからありがたく言葉を聞け」
「は、はい……」
「何でもかんでも人に手を差し伸べないで、ちゃんと1人1人の気持ちを考えながら手を差し伸べてくれ」
「!」
美咲の大きな
基本悪い奴ではない。というより全く悪くない。誰にでも優しすぎるが故に
「全員が修学旅行やパジャマパーティを楽しみだと思うな。独りじゃないと
「う、うん。多少の
闇などない。真実だ。
一仕事終え、大きく
「分かってくれたなら、それでいい。もう帰っていいぞ」
おつかれしたー。と
が、未だに美咲は立ち去ろうとはしない。
「何だ? 幹事の仕事なら気にしなくていいぞ。もとから1人でするもんだと思ってたし」
「ごめんなさい!」
「!」
頭を下げる美咲。本当に罪悪感を感じているのが伝わってくる謝罪だった。
「姫宮君の言う通りだと思いました! これからは人の気持ちを理解しながら手を差し伸べていけるように努力していきます!」
「お、おう……」
ここまで素直に謝罪されると、
「その、なんだ……。
「うん。ありがとう」
下げていた頭を美咲は上げる。許しを得られたことが
そんな誰もに愛し愛される笑顔を持つ美咲が言う。
「これからは、ちゃんと姫宮君の気持ちを考えつつ接していくね」
「……あ?」
「姫宮君が私のことを友達って言ってくれるくらい仲良くなれるように頑張るよ! 引き続き、
「……」
開いた口が
二度と俺に近づきたくないくらい結構ボロカスに
なんだこのハードメンタリスト。心臓にA.T.フィールドでも
というか、俺が独り好きって言ったの無視すんじゃねーよ……。
博愛主義者を説得するには、どうしたものかと
俺が助けを求めようとするよりも先、美咲が天海先生へと話しかける。
「アマちゃん先生! 私もこの教室、これから使いたいです!」
「いいですよー」
天海先生は特に考える間もなく心地よい返事。俺にとっては心地よいわけがない。
「
天海先生は唇に指を押し当てつつ意見を述べる。
「うーん……。確かにそうですけど、美咲さんだって親睦会の幹事さんを引き受けてくれているわけですし、姫宮君にだけ
く……。そう言われてしまえば、言い返せん……。
とりあえず八つ当たりしておこうと美咲を
「ではでは、とりあえず美咲さんはお試し期間にする、というのはいかがでしょうか?」
天海先生の提案に、俺と美咲が「「お試し期間?」」とハウリング。
「親睦会の幹事の期間、美咲さんもこの教室を使えるようにするのです。それ以降は、また考えるということで」
「それって問題を先延ばしにするだけじゃないですか……?」
「姫宮君のためのお試し期間なんだから、これ以上の
天海先生は風呂桶に入った出席
「先生は姫宮君の独り好きの考えを尊重はしますが、美咲さんの友達が
自主的。教師の大好きな言葉。要は手のかからない&万が一何かやらかしても自分の責任が
でもなぁ。
「お願い姫宮君! 先生の言う通り、幹事の間だけでいいから!」
美咲は俺
何故、コイツはそこまでして他人と深く関わりたいのか。
前世が天使なのか、はたまた前世は歴史的大罪人で罪の意識から
考えても
「……分かったよ。幹事の間だけだからな」
仕方なしに容認してしまう。こいつの
何が嬉しいのか。笑顔を
「姫宮君! LINE
机の上のスマホを早急に胸ポケットに回収。
「嫌──、じゃなくて、LINEやってない」
「ウソつかないで、ふるふるしよっ! 振るのは首じゃなくてスマホね!」
その夜。無理矢理交換させられた俺のスマホには、「明日からもヨロシクね!」というメッセージとスタンプが届いていた。
もちろん
2章
翌朝の通学中。本日も日課であるラジオを
聴いているのは専ら、関西ローカルのFM802。各時間帯を担当するパーソナリティが最新曲から
「お」と思わず声が
心地よい音楽の世界に
「───くーん!」
イヤホン
「あ。やっと気付いた。おーい、
歩道前。私はここにいますよとピョンピョン飛び
周囲の人物は朝から美咲を見れて眼福といったふうに
「
「おはようございます! カリン様!」「
お前は下界へ降りてきた神か。
そんな美咲は、赤信号故に
申し訳なさげに向かい側の俺へと手を合わせてくる。
「ごめんね姫宮君、ちょっと待──、「ども」」
いつもより早め&遠めの挨拶を美咲と交わした後、イヤホンを付け直し、再び学校目指して歩き始める。ちっ……、サビの部分
気を取り直して音楽の世界に
「うお!?」
勢いそのままに俺のイヤホンを引っこ
「何で先行っちゃうの!?」
「いや……、別に
「ダ・メ・で・す!」」
この場合、俺とコイツ、どっちがワガママなのだろうか。
そもそもだ。独りで過ごしたい俺の友達になろうとする奴と、一緒に歩くメリットが見当たらないんですけど。ラジオ聴きたいんですけど。
美咲は未だに不満があるのか。「そ・れ・と!」と言いながら自分のスマホを取り出して俺へと
ディスプレイにはLINEのチャット
【カリン】登録したよー
【カリン】明日からもヨロシクね!
【カリン】もしかして、姫宮君にメッセージ届いてない……?
の3通と、ウサギのスタンプが数個。
「昨日も見たけど?」
「じゃあ既読スルーしないでよっ! ずっと返事待ってたのに!」
未読スルーなら
ここまで自分を空気
周囲の生徒たちが、
「あいつ、カリン様を無視して歩いてたぞ……。
「カリン様のメッセージを既読スルー!? 未読スルーされたの
「俺だったら10秒以内に送り返すし、メッセージ欄スクショして待ち受けにするのに……! クソ! 何であんな不愛想な顔面の奴が!」
などと
いい
目の前の天使様の前では、俺は
むぅぅぅ……! と、未だ
「姫宮君と話したかっただけなのに……!」
いくら
学校で毎日会っているというのに、夜な夜な何を語り合うことがあるというのだ。友達(笑)の素晴らしさとかか? んなもん聞かされるくらいなら、妹のなかよし4月号読むわ。
「ちなみに美咲。ネットニュースで見たことがあるんだが、既読スルーを経験したことのある10代女子は4割を
不機嫌から一変。美咲の表情が
「そ、そうなんだ。意外と多いね」
「ということはだ。お前が既読スルーされることなんて、別に
「! 確かに……」
ド真ん中に的を射た発言だったようで、俺の話に引き込まれる美咲。こういう素直なところが
「既読したのにメッセージ返さないくらいでヤイヤイ言うなって。大体お前らリア
「う……」と言葉を
「それは……、おっしゃる通りです……」
「だろ? ホーム画面だけでメッセージ確認して未読のフリする奴らも、何かしらの負担を感じて未読スルーしてるわけだし。グループから抜けたほうが気が楽だって。24時間メッセージ待機して
「……ぐうの音も出ません」
既読スルーを気にしすぎるのは、昨今の若者を取巻く
「以上の観点から、既読スルーされて苦情を言うのは
「以後、気を付けます……」
「うん、分かればいい」
しゅん、と
「それじゃあ」と別れを告げつつイヤホンを付け直そうとする。
が、追いかけてきた美咲に
「で、でもさ! 姫宮君」
「おう」
「意味のあるメッセージや確認を込めたメッセージを、既読だけで済ませるのってどうなの?」
「そこそこ失礼な
「
「
「?」
「俺は他の奴らみたいに負い目を感じつつ既読スルーしているわけじゃない」
「じゃあどんな気持ちなのさ」
「
「余計タチ悪いよっ! あ! 待ちなさ────い!」
歩きながらイヤホンを付け直そうとするが、やはり追いかけてくる美咲に
※ ※ ※
昼休み。
トレーにラーメンセットとお冷を
カウンター席が好ましいものの、4限目が体育だっただけにスタートダッシュが切れず満席。残念ではあるが、それだけ1人で利用する者も増えていると思うと
仕方なしにテーブル席へ
食堂が全てカウンター席ならいいのにな。そうすれば、集団で
うん。我ながら良いアイデアだな。生徒会の相談箱に
「アレー? ワー、姫宮君ダー」
「……」
そこには弁当箱と
「スゴイ
白々しくも棒読み感MAX。コイツの浅はかな
とてつもなく嫌な顔をすれば、化けの皮が簡単に
「べ、別に付いてきたわけじゃないよ? 私も今日は食堂だったから、姫宮君いないかな? あ! いた! って感じだから!」
「
「ゴホン……。
切り
仕方がない。
「……。どうぞ」
「今のワンクッション、絶対
「気にするな。俺には必要なことだったんだ」
美咲のジト目もなんのその。お構いなしに食事を再開していると、美咲が「英玲奈ー、
「お。姫宮じゃん。わたし初
「私も初めて」
やって来た2人が美咲に
ただでさえ
「姫宮君。
「そりゃクラスメイトだからな」
俺の言葉をきっかけに、目の前の席に座るテンション高めの女子と目が合う。
3人の中で一回り小さい彼女は、2つ
そんな彼女が、「わたしの名前、言ってみ言ってみ?」と楽しげに自分の顔を指差すので、
「
「おー! フルネームで覚えてくれてるとか
「
「
ぶー、と
「華梨なら何かける?」
「うーんとね。シンプルにソースかな」
「つまんない。七味マヨにしよ」
「何故、聞いたっ!?」
「その反応が見たいからに決まってんじゃーん」
怒る美咲を見て、イタズラげに八重歯を
「マヨと七味取ってー」と倉敷に
長く真っ直ぐ
「羽鳥英玲奈、だよな?」
「うん。よろしく」
静かで上品な笑みを
美咲・倉敷・羽鳥の3人組は、クラスでも人気グループだと俺は認知している。休み時間や帰りなど、基本は3人で行動しているが
まぁ、だからといってお近づきになりたいとかは
可愛い系と美人系を連れてきたところで、俺のおひとり様アイデンティティが
一応は感謝しつつ口へと放り込む。冷めていてもふっくら仕上がっており、
「
「えへへー」と
「私、料理するの好きなんだ。麵つゆで
どうやら弁当はお手製らしい。
新しく知った美咲の才能に
「バカ呼ばわりする人にあげるオカズはありませーん」
「じゃあバカップルじゃなくて、カップルかよー。良かったね姫宮。華梨公認じゃん」
「倉敷。俺だって傷つくことはあるぞ」
「今の発言に私は傷ついたよ!」
「ニャハハハハ! 今度は夫婦
笑いつつ倉敷は、
倉敷が
「ところで、お二人さん。親睦会の
「うん。姫宮君が
「店ってどういうところ?」と羽鳥が首を
「えっとね。
「はいはいはい! 美味しいケーキが食べれるとこ!」
「英玲奈は何かある?」
「雰囲気がいいところ、かな……?」
倉敷は羽鳥へと「んー?」と顔を近づけつつ、
「さすが英玲奈、おっとなー。ケーキって答えたわたしが幼く見えちゃうなー」
羽鳥は顔を
「……。可愛く見られていいと思う」
「か───っ! 受け流すあたりが大人かよっ。わたしも大人になりたーい」
ぺしぺし、と羽鳥の立派な胸を
セクハラするあたり、倉敷も立派な大人だろ。オッサンだけど。
「いいなー。スプーンとか
「載せようとしないで……」
「こら瑠璃! 男の子がいる前で変な
「じゃあ姫宮、目
「減らず口めっ!」
冗談じゃーん。と倉敷は笑いつつ、載せようとしてたスプーンを卵スープの器に
「まったく瑠璃は……。英玲奈も嫌ならハッキリ言わなきゃダメだよ?」
「うん。ありがとう」と苦笑いを
バランスの取れた3人だと思う。自由
気を取り直すように美咲が胸ポケットから生徒手帳とペンを取り出すと、「えっと……、雰囲気よくて、美味しいケーキがあるところ……」と、2人からの要望をメモしていく。
書き終えた美咲は良さげな店があるか考えるが、現状すぐには思いつかない様子。
「姫宮君はどこか良い店知ってる?」
学校か駅近くのオシャレで美味いケーキが食べれる場所か……。
「サイゼかロイホ?」
「話聞いてた!?」「ブッ……!」「……」
「姫宮君! せっかく幹事に立候補したんだから、クラスの皆に一目置かれるようなお店にしようよ! おもてなしだよ! お・も・て・な・し!」
「ニャハハハハ! 確かにパッと見オシャレだしケーキもあるけども! 姫宮天才じゃん! でも放課後にでも行けるから
「……もう少し考えたほうが良いと思う」
何だコイツら。ファミレスに親でも殺されたのだろうか。口数少ない羽鳥の言葉が一番
しかしだ。クラス代表のような
「はー……、笑い死ぬかと思った……。わたし、姫宮がこんな面白い奴だとは知んなかったわ。無口系だと思ったら、天然系とかインパクト最強かよ」
倉敷に不満を述べようとしたのも束の間、美咲が
「だよね! 姫宮君って多少というか、だいぶ個性的で面白いんだよ! もっと皆と仲良くすればいいのにって思うよね! 英玲奈もそう思うよね?」
「なのかな?」と羽鳥のどっちとも取れる返事を聞きつつ、この流れは
面倒事とは重なるもの。
「お。華梨たちじゃん」
声がするほうへ
取り巻きの
そんなにジロジロ見るな。一体俺が何をしたというのだ。もっと、夢の国のネズミ見つけたくらいのテンションで俺を見ろ。……いや、それはそれで気持ち悪いか……。
百歩
「波川君たち、ずいぶん
「
波川が「困った奴だよ」と苦笑いを浮かべて振り向けば、
「
比奈こと、
ふわふわにパーマがかった、かなり明るめなショートヘアは、波川たちを遅くまで待たせるのも納得するほど立体的な仕上がりになっている。ヘアスタイルだけでなく
後ろで喋っている女子2人、
大いに女子高生を
ふと、俺ら
そのタイミングで波川が
「隣いいか?」
実にスマートかつスムーズな物言い。「俺んとこ来ないか?」ってコイツが言えば、ワンナイトカーニバルな曲が流れそうな勢いすらある。
「あれ?」
どうしたことか。イケメンが困っている。美咲たちが波川の尋ねに
こいつら3人はブス専なのだろうか。時々いるよな。美女と
「俺の声、聞こえてる? おーい姫宮」
「ん? あ。俺?」
俺に聞いていたらしい。
仲の良い美咲たちじゃなく俺に聞くあたり、性格もイケメンの模様。
そんな残念そうな
にしても、どれだけ俺にイケメンアピールしてくれば波川は気が済むのだろうか。俺だったら、自分のことをいきなり
念のために周囲を
「どうぞ」と相席許可を出せば、波川は「サンキュな」と空いた席へと
大所帯ともなれば、
お祭りムードの中、「何故、俺はここにいるのだろう? 記録係か何かですか?」と思ってしまう。否。記録係にもなれておらず。空気ですから。
それくらい俺はこの場に
今現在、メインのトーク内容は、春から放送開始されている学園ドラマについて。少女
遠藤一派の渡住と洞ヶ瀬が、
「
「ソース顔のがカッコよくない? ウチは
チャーハンを
どうでもいいけど、甘ったるい香水の
波川一派の伊刈と
「ニーナ相変わらず
「今のニーナの
どうでもいいけど、制汗剤の香りを漂わせるのは、どうにかならんのか。俺の餃子がスーパーサイヤ人になろうとしてるんだが。
つくづく思い知らされる。こんなしょうもないことを考えている時点で、俺はリア充グループとは馴染めないと。そもそもの話、ストーリーを語らずにキャストの外見しか話さない奴らと馴染める気がしない。馴染もうとも思わんが。
「姫宮君はドラマ観てる?」
「観てないな。ドキュメンタリー観てた」
すいません。そもそも、そのドラマ観てませんでした。裏でやってたドキュメンタリー観てました。昨日の『下町ネジ工場の
美咲は俺がグループであぶれないようにと
早くこの空間から
「英玲奈は何顔系の男子が好きー?」
斜め前席の羽鳥が、渡住に話しかけられている光景が目に入る。
不意に話しかけられたからか。羽鳥は、ピクッと長い
「特にはない、かな……?」
周りの奴がキャイキャイどの顔面が良いか
対して、はいはいはい! と挙手する倉敷は
「あたしはイケメンだったら何顔でもいい! あわよくば大学生の彼氏が欲しい!」
「瑠璃、夢見すぎな」
「何おうっ! 人よりイケメンだからって調子乗んなよ
「乗ってねーから!」
倉敷と波川のやり取りに一同は
しかし、羽鳥だけは
グループが倉敷と波川のやり取りを笑いながら見守り続けている中、羽鳥は一足先に笑うのを
リフレッシュを終え、顔を上げた羽鳥と視線が合ってしまう。
見られていたことに少々の驚きを隠せない様子の羽鳥は、またしてもピクッ、と長い睫毛を一度揺らす。けれど、すぐにおっとりとした表情に戻ると、静かに口角を上げて
「この
ふと、もう一つ視線を感じ、目を合わせてしまう。合わせるべきではなかった。
「っていうかさ、何で姫宮っていんの?」
今の一言は完全に気のせいではなく、『言われた』。
言葉の主は伊刈で、地声がデカいだけによく
伊刈が俺への悪意があっての発言か、
会話のネタ、笑いのタネになれば、それでいいのだろう。
「姫宮が華梨と同じ
夏越の推理がピンときたのか、「あー! だからか!」と伊刈はオーバーでワザとらしく額を
「華梨、誰にでも優しすぎ! ナイチンゲールかよ!」
伊刈がケラケラと笑えば、遠藤一派の女子たちにも笑いが伝染。クスクスと笑い始める。いつもは空気
人の不幸は
俺がメシマズなのは言うまでもない。タダでさえ低下していた
「残念! 外れだよ─」
太陽のように明るくハツラツとした声が、不快な雰囲気を
美咲だ。
「幹事は関係ないよ。私が姫宮君と一緒に食べたくて、ここに座っただけだから。
美咲の言葉は、実に博愛主義者らしい。場の空気を
倉敷も、美咲の行動に続くかのように伊刈へと笑いかける。
笑顔というより、イタズラげにニヤリと。
「伊刈さー。姫宮に華梨取られたからって
「はぁ!?」
倉敷が「嫉妬おっつー♪」と
笑わせるのも笑われるのもどちらでも構わないのか。伊刈は「一本取られた!」とでも言いたげに、またしてもオーバーなリアクション。
「実は……、姫宮に嫉妬してましたっ!」
リア充たちが大爆笑。ツボが分からん。
置き去りにされている感じは否めないが、否めないからこそ、俺は空気に
「改めてさ。華梨の言う通り、皆仲良く食べていこうぜ?」
ストーリーテラーさながら。波川の事態を収束に向かわせる発言に賛同した一同は、またしてもドラマの話へと戻っていく。
カーストの
めでたし、めでたし。
とかなると思ってんのかよ。
俺はもう限界だから。むしろよく
コップに入った水を一気に飲み干して、
俺が立ち上がったことに気付いた美咲は見上げてくる。
「ひめ、みや……くん?」
「盛り上がってるとこ悪いけど、俺、気分悪いからもう行くわ」
思いも寄らぬ発言といったように、美咲の表情が大きく変化する。俺を見つめる羽鳥の
この際、どれだけ視線を向けられようが関係ない。俺は絶対に
「それじゃ」
トレー両手に食器
※ ※ ※
教室に真っ直ぐ帰る気分になれず。本
全く人が来ない静かな空間は、自分の心がゆったりと落ち着いていくのがよく分かる。
最上段の階段へと
「姫宮君!」
「美咲?」
俺を追いかけてきたのだろうか?
その姿は、朝の通学時とは比べ物にならないほどに、
いつもの笑顔はなく、とても傷ついているような悲しさを帯びた表情だった。
「ごめんなさい……っ」
「何でお前が謝るんだよ」
「私が姫宮君の
そんなことのために、こいつは全速力で追いかけてきたのか。
相変わらずの博愛主義者というか、お人好しというか。
「きっかけは美咲かもしれないけど、美咲のせいじゃないだろ。むしろ、お前は俺に気を
「!」
美咲は胸に手を当て、呼吸が乱れたままに
「私がそうしたいって思っただけだから! 純粋に姫宮君と一緒に食べたり、お話したいだけだよ!」
ああ。忘れていた。コイツが、そんじょそこらの博愛主義者じゃないことを。
美咲は、他人の幸せが自分の幸せだとか平気で言うような
だからこそ、ハッキリ言わないと心の広い美咲には伝わらない。
「ハッキリ言う。俺はアイツらと昼食を食べることはもうしない。飯が
「! で、でもっ……!」
「だって有り得ないだろ!」
「っ!」
感極まって声を
ここまで来れば、
美咲の瞳を真っ直ぐに見て、食堂で感じた思いの
「食事中なのにアイツら、
「…………。え?」
「美咲は風上だったから、そこまで気にならなかっただろうけど、俺、空調の真下だったからな? モロにアイツらの香水やら制汗剤の混ざった
「……」
「主婦とかOLでも
「……」
「何でイイ匂いとイイ匂いで相乗効果生まれると思ってるのかが理解できん。そんなんでイイ匂いになるのってカレーのスパイスくらいなのにな」
「あのさ……、姫宮君」
「? おう、どうした」
心なしか美咲の感情に『
何故?
「気分が悪いのって、伊刈君たちが問題じゃないの……?」
「ん? アイツらが問題だぞ。何回も言うけど、アイツらが体育後だろうが多量に香水やら制汗剤やらを
何だろう。目の前の美咲が、ぐぬぬぬぬ……! と口を強く結んで俺を
そのまま階段を一段、また一段と、美咲が俺へと急接近。目の前まで来ると、俺隣へと急降下で腰掛け、手に持っていた弁当箱の包みを
「私! 姫宮君追いかけてきたせいで、お弁当まだ食べてない! ココで食べさせていただきます!」
「お、おう……。それじゃあ、ごゆっくり──、「姫宮君もここにいなさい!」」
「……」
こいつは何で怒ってるのだろうか。
リア充とか女子高生って、本当分かんない。
※ ※ ※
「あれ? 今日はもう帰るのですか?」
放課後。本棟と文化棟と
天海先生が言いたいことは、今日はプライベートルームを使用しないのか、ということに
「本当は使いたかったんですけどね……」
「?」
「立ち入り禁止です! 今日は帰ってください!」
「……」
プライベートルーム前。
「何でだよ」
「この部屋を
「はあ」
美咲は早く
「光に反射して見えるでしょ? この部屋すっごい
「秘密基地て……。というより、俺が
「掃除が大好きなのっ!」
そしてこの笑顔である。
以上、回想終わり。
料理好きで掃除も大好き。高スペックで家事もできる美少女とか。
クローン技術で人間作れるようになったら、俺はアイツを
とまぁ、部屋を使えないのは残念だが、掃除をしてくれるというなら
事情を説明すれば、「そういうことでしたか」と、天海先生は納得してくれる。
そのまま、ここで会ったのも何かの
「どうですか?
「何事もなく進んでますよ。順調なほうだと思います」
「それじゃあ、クラスの子たちとはコミュニケーションを取れてるんですね♪」
「さようなら」
「
立ち去ることは許さんと、小さな手で
その必死で呼び止める姿勢は、何かやらかしたときに助けを求めてくるゆずのリアクションと
「リア
食堂の一件を思い出しつつ、正直に自白。
呆れられると思ったが、手を
そして、ニッコリ。
「そうですか、そうですか」
「怒らないんですか?」
「だって、『やっぱり苦手』ってことは、ちゃんとコミュニケ─ションを取った結果、知ったことじゃないですか。怒ることなんて何一つありませんよ」
「そんなもんですかね」
「いいんですよ。先生は姫宮君にクラスの子たちと仲良くなれと言っているわけではありません。しっかり色々な子たちと
「だけって言うけど、それはそれで難しいと思うのは俺だけでしょうか」
「もちろん簡単なことではありませんよ? ですから、美咲さんと
「美咲とね……」と
「先生は、姫宮君と美咲さんの目標は似てると思うんですよ」
「俺と美咲が?」
「だってそうじゃないですか。コミュニケーションをどちらも学ぶために頑張っているのですから。美咲さんは自発的で、姫宮君は強制ではありますが」
俺はモノに
俺の生き方のが人間らしくて良いと思うのは、
とはいえ、そう言われれば似てるかもしれない。
やってるゲームは同じだけど楽しみ方が
全校生徒と仲良くなりたいと言っていたのだから、
美咲にとって達成感のある目標だろうが、俺にとっては徒労感しか生まれそうにない。
逆もまた然りなのだろうが。
※ ※ ※
時刻は17時半手前。プライベートルームを使えないことから、学校近くにあるお気に入りの
駅のホームに
横に5つ並べられたベンチに
「あ……、姫宮」
「え」
声を掛けられ、思わず顔を上げてしまう。
目の前には羽鳥が立っていた。どうやら俺と同じ方面で、今から帰るところらしい。
「ども」
「うん」
「?」
俺と1つ
しかし、
「……」「……」
「姫宮って今まで何してたの?」
「喫茶店で本読んでた」
「そうなんだ。私、図書委員」
「おう」
「……」「……」
「あ。次の電車、少し
「ほんとだね」
「……」「……」
「姫宮ってどこ住んでるの?」
「六アイ」
「そうなんだ。私、
「おう」
「……」「……」
俺ら会話のキャッチボール
熟年
そりゃそうだ。俺と羽鳥が直接交わした会話は、食堂での「羽鳥英玲奈、だよな?」「うん。よろしく」くらいだし。
決定的なのは、羽鳥が話し手ではなく聞く手側の人間に違いないこと。そんな受け身スタンスの羽鳥が、独り好き系男子の俺と2人で帰れば、お通夜ムードになるのは目に見えている。
同時に聞き覚えのない通知音も聞こえ、「ん?」と首を
いつこんな
「
先にスマホを
メッセージが来て喜ぶ=彼氏?
おいおい俺。発想が脳内ハッピーターンなJKすぎて、自分でも悲しくなるわ。
他人のことを
母さんから『帰りに牛乳買ってきて』に100万ペリカ。俺のスマホのメッセージ8割これ。
画面を確認し、「お」と思わず口が開いてしまう。100万ペリカ失ったものの、
というわけで俺、ゲーム実況楽しみます。
こんな俺と会話するくらいなら、チャットででも楽しく会話していたほうが羽鳥も有意義だろう。現にチラチラとこっちの様子を気にしていることから、
自分勝手な希望的観測も加味しつつ、スマホからYouTubeアプリを起動。そのままゲーム実況の動画画面を開き、カバンからイヤホンを取り出そうと
「
横から
「お前、隣にクラスメイトいるのに動画観るか
すいませんが、観ちゃうんですよコレが。
そちらはそちらでお楽しみくださいと思いつつ、ようやくカバンからイヤホンをゲット。そのまま横に置いたスマホを摑もうとする。
が、摑もうとする手を思わず止めてしまう。
ベンチに置いたスマホを羽鳥がガン見していたから。
「えっと……、羽鳥?」
「ゲーム実況とかオタク丸出しキモス」とでも思っているのだろうか?
というわけではないらしい。羽鳥の表情を観察しても
「この動画って、もしかしてDbDのゲーム実況……?」
「? お、おう」
「
「えっと……、2SISっていうゲーム実況者のだけど……」
「……。……わ」
「わ? !? うお!?」
俺のスマホを
「~~~~っ! 私も! 私も2SIS大好きっ!」
キャラ
マシンガントークが止まらない。
「2SISの動画更新の通知来たから、すぐ動画見たいな、でも姫宮いるし見れないな……。あれ? でも姫宮も同じタイミングで通知来てたし、もしかして……。あ! DbDの動画観ようとしてる! って!
「お、おう……」
「私、ゲームするのは苦手なんだけど、ゲーム実況観るの大好きっ! 2SISの妹者ってどのゲームセンスもピカイチだし、姉者はチームプレイで的確な
「そ、そうだな……。俺、今から実況観るから──、「2SISのDbD実況って、この前シーズン3終わっちゃったじゃない? だから新シリーズのPS4版が始まるの知ったとき私すっごい嬉しかった! おつよんさんと妹者の協力プレイも大好きだし、妹者が単独でキラー側のプレイをするのも大好きっ!」」
「わ、分かったから、とりあえずスマホを返せ──、「昨日のライブ配信も──……」」
こいつ
電車に乗った
もはや当たり前に電車の座席は
「姫宮もFM802
「マジか。俺もユニゾンがバンドで一番好きだぞ」
「ホントにっ!?」と声を上げる羽鳥は、自分でもテンションが上がっているのに気付き、照れつつ口を押える。
俺と羽鳥はゲーム実況だけでなく、
羽鳥はサブカル女子のようだ。
サブカル女子。映画、アーティストやバンド、お笑い、本、写真、ゲーム実況などなど、一部のコアな人間に熱く支持されているサブカルチャーが大好きな女子たちのことを広義では言うんだとか。自分の好きなものに対してストイックかつ熱く語る姿は、オタクと通じるものがある、と俺は思う。
「姫宮は他に好きなゲーム実況者はいる?」
「2SIS以外でチャンネル登録してるのは四
「あ、知ってる! 時々、2SISとコラボしてる人たちだよね?」
「そうそう。俺も2SISとコラボしてるのを観たのがキッカケだな。今は四人称が一番ゲーム実況で観てる」
「あの人たちって凄い楽しそうにゲームするよね!」
「あの
「うそ!? 姫宮も水どう好きなの? 私も好きでDVD全巻持ってる! 姫宮は何の
「そうだな……、原付西日本
「CSに入ってるの? も、もしかして、ゲームセンターCXとかも観てる……?」
「毎回観てるぞ。ドンキーコング2とゼルダの伝説64に関しては、自分でも引くくらい見直してる」
「~~~っ! どうしよう! 姫宮と趣味が合いすぎて時間が全然足りない!」
「羽鳥、車内では静かにな」
「! う、うん……。……♪」
この後も羽鳥はノンストップで、童心に返るかのように自分の好きなモノに対して熱く語り続ける。時には俺に意見を求めたり、新たな好きなモノや面白いモノを発見しようと
アナウンスが俺の降りる
「俺ここで乗り
羽鳥はあれだけ話しても話し足りないようで、「あ……」と
そして、電車がゆっくりと速度を落としていくのに合わせるかのように、先ほどまで楽し気に話していた羽鳥は噓のように
「あ、あの……姫宮」
「ん?」
「このことは、華梨や瑠璃たちには
このことの意味が、自分がサブカル女子のことを指しているのは容易に分かる。
「別にいいけど、2人とも知らないのか?」
「……うん」
未だに誰かに他言されるのが心配なのか、ジッ、と見つめてくる羽鳥。
「安心しろ。誰にも言わない。というか俺、教える友達いないから」
満足いく回答だったのか。羽鳥が1つ
駅へと
「うん。今日は楽しかったし、嬉しかった。また明日」
小さく手を
羽鳥のいつも通りが、『さっきまで』と『学校生活』のどちらかは知らないが。
※ ※ ※
翌朝。日直は俺。
その足で扉を開けるべく、教室前へと
「……」
ベストスポットらしい。朝の陽光を浴びられる
日直待ちだったとしたら起こすのが筋だとは思う。けれど、日直でも無いのにこれだけ早く登校する羽鳥に、
気持ちよく寝ているし、このまま寝かしといてやろうと思った。
が、
「
羽鳥のパンツが丸見え。本人の代わりにパンツが、「オハヨウゴザイマス!」と俺へと
ご
このまま放置してしまえば、これから通り過ぎるであろう多くの生徒たちにも、羽鳥のパンツは挨拶し続けてしまう。男子高校生が美少女のラッキースケベを
恐ろしく可愛いパンツってなんだよ。可愛いパンツだけれども。
そんなくだらないことを言っている場合ではない。事態は一刻を争う。
しゃがみつつ、「羽鳥、起きろ」と
「……ん……。ひめ、……みや? ! 姫宮!」
「お、おう……!」
さっきまで寝ていたのが
昨日の放課後に見た笑顔が目の前にはあった。朝から元気いっぱい。
「姫宮に教えてもらった四人称のゲーム
成程。夜更かしが
「早く中で話そ?」
「いや、俺独りで本読──、「早く」」
聞いちゃいねー。
羽鳥は俺とゲーム実況談議をするために、わざわざ寝る間を
よく俺が日直だと覚えていたなと思うが、昨日は羽鳥が日直だったことを思い出す。出席番号が連番同士なだけにお見通しのようだ。
自分の机にカバンを置いた羽鳥は、ノンストップで俺前の席へと
けれど、今回の奴はスゲー
「他の実況者だと
「お、おう……」
「だよね! それでサイコブレイクの話に戻るけど──、」
昨日も思ったが、羽鳥の興奮しているときの
「それでね! 姫み──、「やっとメッセージくれたと思ったら、それは無いんじゃないかな姫宮君!」」
教室へ入る早々、俺へと
昨日のLINEの内容を思い返す。
【カリン】秘密基地ピカピカになったよー
【姫宮春一】
【カリン】どういたしまして! 明日から
【カリン】というか、姫宮君から初メッセージだ!
【カリン】今は何してるの? 私は海外ドラマ観てるよー。最近のマイブーム!
1時間後。
【カリン】めんどくさいと思ってるから無視してるよね……?
【姫宮春一】おう
最後に、暴れ
というのが、昨夜の出来事である。
余程、物申したかったんだろうな。朝イチで学校来てるし。
何でお前らは日直情報に
「あれ……? 英玲奈だ」
美咲の俺に対する
俺しかいないと思っていた教室に羽鳥の存在、さらには俺と羽鳥が2人話し合っている光景に美咲は目を丸くする。
羽鳥といえば、まさに飛ぶ鳥を落とす勢い。
「う、うん。おはよう……」
先程までのマシンガントークは
その様子だけで昨日の発言通り、美咲たちには自分がサブカル女子ないし、自分の
独り愛好家の俺が、友である羽鳥と話しているのが余程
「何の話してたの?」
余計なことを言って羽鳥のことを
「別に」
「姫宮君がイジワルしても、英玲奈が教えてくれるからいいもーん。ねー、英玲奈ー?」
「ひ、秘密……」
「え……?」
友から予想だにしない
羽鳥よ。お前はもう少し
どうやら、直ぐに切り
羽鳥のマシンガントークが禁止され、美咲が固まってしまえば、教室内はサイレントな空間のできあがり。良い空間である。
というわけで、俺、読書楽しみます。あとはJK2人でごゆっくり。
小説をカバンから取り出し、いざ読んでいこうとする。しかし、フリーズが解除された美咲が、ふてくされるように俺の机へと
「何だよ」
「英玲奈とは喋るのに、私とは話相手になってくれないんだー。へこむなー」
LINEの件は忘れてくれず。
「違うぞ。美咲」
「?」
「お前には
「全然嬉しくないよっ!」
※ ※ ※
2限目の授業は移動教室。各々が授業に必要なテキストなどを準備すると、仲の良い友やグループで固まりつつ教室を後にしていく。いつもの俺なら独り早めに教室を出て、移動教室先で時間を
しばらくすれば、俺独りだけの空間の出来上がり。姫宮キングダムの完成である。
ほうら独り。
ギリギリまで独りの時間を楽しもうと引き出しから本を取り出し、ページを開く。
「姫宮」
「ん?」
声のするほうへと顔を上げれば、
「……。またお前か……」
廊下側の出入り口からひょっこり顔を出す羽鳥が俺を見つめていた。
「もう
「お前以外は全員出て行ったけど」
「♪」
俺が全ての言葉を言い終えた
姫宮キングダム、秒で
犯人もとい羽鳥が俺
「美咲や倉敷と一緒に行かなくていいのか?」
「2人には先に行ってもらったから
羽鳥は俺
ポケットからスマホとイヤホンを取り出し、片側のイヤホンを俺へと向けてくる。
「ユニゾンの新しいカップリング曲、一緒に聴こ?」
「いや……、お
言うが早しと、俺の右耳にイヤホンを、そっと差し込んでくる。他人に耳をいじられるのは
羽鳥も自身の
思わず背筋を
「! お、お前、近……」
もはや寄り
「流すね?」
「お、おう……」
当たってますよ、などと言えるわけもなく、
気付けば1曲が終わっていた。
「どうだった?」
「……
「だよね! どういうところが良かった?」
「
「柔らかい?」
「!
いかん。このままでは、ただの変態評論家に成り下がってしまう……!
幸いにも、昨日のうちに同じ曲を
「ごほん……。いつもと曲調が違うバラードだから最初は
罪悪感を感じているときって、いつもより
「ユニゾンの歌詞って、1句1句独特な表現とか言い回しが多いから歌詞単体では理解するのは難しいんだけど、リズムとボーカルの声が加わると、不思議とすんなり理解できるようになっちゃうんだよなぁ」
自分の発言に自分で納得するように
? 何やら羽鳥が小さく唇を動かしていた。
「羽鳥、どうした?」
「……す」
「す?」
「すぅぅぅぅ~~~……ごっい! 分かる!!!」
余程意見が合ったことが嬉しかったらしく、イヤホンだけでなく俺の右手まで両手で
だけでは終わらなかった。
「!? お、おま……!」
羽鳥の
羽鳥の豊満でたわわな果実の柔らかな
俺の手が
「…………。ふぇ……?」
自分の胸に
真っ赤な表情、
「お、おう……」
「ひ、姫宮……! ~~~っ!」
「~~~ううっ! わ、私! もう次の教室行くから!」
走ってなきゃやってられないくらいの勢い。羽鳥は俺から
静まり返った教室に俺1人。残ったのは右手に未だに
「……。俺も行こ……」
次の授業の席は出席番号順なので、
※ ※ ※
その後の羽鳥も、人目を
お前はアサシンかよと言いたくなるくらい、俺が独りになれば必ず出現。独り好きな人間にマンツーマンディフェンスはもはやイジメだと思う。
隣同士の授業中には、乳を押し付けたことを忘れたかのように筆談で話しかけてくる。
2限目終わりの休み時間には、トイレから出てくると羽鳥が出待ち。そのまま誰もいない場所にまで
自分の
好きな話題の共有は楽しいと言えば楽しい。それでも
というわけで、学校にいる間、度々話しかけられるこの
どうにかして問題を解決しなければ……。
昼休み。昼食を食べ終え、自分の机で独りの時間をエンジョイ中。午前のうちに読み終える予定だった小説をマイペースに読んでいく。
羽鳥も俺の席近くにいるが、話しかけて来ることはない。美咲と倉敷、いつもの仲良し3人組で集まっているのだ。
ありがとう美咲。今までで一番、お前にそう言ってやりたい。言わねーけど。
3人が何をしているかといえば、倉敷の持参したファッション誌を
初夏にオススメのスナイパーライフルでも
「このワンピ
お求めにくい価格だったようで倉敷は
「雑誌に
「そうなんだよなぁー。……ん?」
「このモデルが
どれどれ? と、美咲も
値段の話をしていた故、羽鳥としては気まずいのか。両かかとをサッ、と上げ、
「似てるだけだと思う……」
白を切ろうとする羽鳥に倉敷が詰め寄る。
「本当か~?」
「う、うん……」
そうは問屋が
「ダウト! 華梨っ、英玲奈を
「
「きゃ……!」
美咲は「ごめんね」と言いつつ、羽鳥を
倉敷が「でかしたっ!」と、その
「やっぱり同じじゃん! しかも有名ブランド! このブルジョアめ!」
「い、いや……毎日使うモノだから、
「少し!?」
「あ、あう……、そういうわけじゃ……」
言葉の
倉敷ご乱心。座っている羽鳥の正面から、飛びつくかのように抱きつく。というか
「このこのっ! どうせキュートな
「
「知らんっ! 傷ついたわたしのために
倉敷は
「温かいし柔らいし、フカフカで
倉敷の気持ちは分からんでもないと、経験者は思う。
羽鳥は、とりあえず美咲から離れてもらおうと、未だに真横から抱きつく美咲をジッ……、と見つめる。視線に気づいた美咲は、「んー……」と少し考えるが、すぐにニッコリとした表情に。
「腹いせに抱き着かせろー♪」
美咲、さらに羽鳥へと高密着。
「華梨まで……!? ん……! 2人とも、く、くすぐったい……!」
美咲と倉敷が
美少女3人の
「マジじゃ~ん! 英玲奈のローファー、雑誌のと同じ~!」
すご~い♪ と手を合わせて大はしゃぎするのは、取り巻き2人を引き連れてやって来たクイーンの遠藤比奈。相変わらず甘ったるい
食堂のときも思ったが、グループは違えど両グループともカースト上位。見た目や性格的に
そのまま、ファッションの話題にでも花を
「ねー、英玲奈が
「……私?」「英玲奈が?」
羽鳥だけでなく、幹事の美咲まで
「英玲奈って大人っぽいから色々オシャレなカフェとか知ってそうじゃん? ヒナ、最近カフェ
大人っぽい=オシャレな店を知っている。
「私、人並みくらいしか知らないと思うけど……」
「全然おっけ~。
羽鳥の
ここまで図太いと天晴と言わざるを得ない。俺はともかく、幹事である美咲の許可も取らず、羽鳥に店選びを
「華梨たちがそれでいいなら」
羽鳥がしばし
「私も英玲奈が手伝ってくれるなら百人力だけど、……本当にいいの?」
「うん」と
「姫宮も
「おう。頼めるなら」
俺とすれば、頼めるなら願ったり
「やった!
遠藤は合わせていた両手を開くと、羽鳥の両手を
その光景も百合百合しいものの、素直に
他人の
そもそも、羽鳥の表情がさっきまでの表情とは
さて。そろそろ読書に集中したい。さすがにカースト上位のJK集まりすぎで、本を読める
静かな場所にでも行こうと本片手に立ち上がる。
※ ※ ※
俺のお気に入りスポット、非常階段の最上階にある
大きく
「姫宮っ」
「……」
あの空間から
俺の後を追いかけてきていたらしい。羽鳥が階段下から俺を見上げていた。
自分の名を呼びつつ可愛い少女が
思い切って本
羽鳥は大それた行動の自覚があるのか。
「2人きりなれたから、……
「……おう」
この時間も羽鳥は絶好調。朝や休み時間の熱弁だけでは物足りなかったかのように、ゲーム
ひと通り話し終えた羽鳥は一息つく。
「ごめんね姫宮」
「ん? 何が?」
「休み時間の度に、私の話聞いてもらって」
「休み時間だけじゃなくて、授業中も聞いてたけどな」
俺の皮肉に「!」と
「いじわる言わないで」
大人系女子なだけに子供っぽさを出すのは反則級。
さらに反則コンボ。
「だって……」
「だって?」
「……私の話に付いてこれる人、姫宮が初めてだから……」
けれど、相手が悪かったな羽鳥。相手はソロ
「別に俺なんかが話し相手にならなくても、羽鳥の周りにも同じような
というより絶対いるだろ。
「うん。絶対いるから、これからは俺じゃなくてその友達と仲良──、「だめ!」」
逃走失敗。階段を降りようとするも、またしても袖を摑まれてしまう。
その姿は小さくて、声はしおらしい。
「姫宮がいい……」
「何でだよ」
「周りには私の好きなもの知られたくない……」
「俺は都合の良い男かよ」
「ち、違う! そういうわけじゃ──、「
前言
「知られたくない理由は、恥ずかしいからか?」
「うん。私のキャラには似合わない……」
「羽鳥のキャラ?」
「大人っぽいとか、クールだとか……」
「だって私、子供だもん」
何だコイツ。
「私、大人っぽいって周りに言われるけど全然そんなことない。ただ大人しいだけ」
大人っぽいと大人しいは、同じ漢字を使っているだけに紙一重ではなかろうか。紙一重だからこそ、一緒くたにしてもいいと思う。けれど、羽鳥としては違うカテゴリーらしい。
「比奈たちは、私が色々とカフェ知ってそうって言うけど全然知らない。私だって
「意外だな。俺も羽鳥はスタバ女子だとてっきり思ってたから。……ん? ということは親睦会の店決めって……」
不安的中。
「
「そう、なのか……? だったら、別に無理に引き受けなくてもいいぞ?」
「大丈夫。ちゃんとネットとか雑誌とかで探すから」
「だってお前……、カフェには全然行ったことないって、今さっき言ってたじゃねーか」
作り笑顔を保ち続ける羽鳥は、周りの期待に応えるべく大人っぽく思われようと努力している。と言えば聞こえはいいが、
羽鳥にとって、大人っぽく見られたりクールだと思われることが、学校生活をスマートに生きるための処世術なのだろう。だからこそ、サブカル好きなことを周りには公表せずに
いや……、仲が良いからこそ、余計言えないのか。
先ほど教室で見た、羽鳥たち3人が仲良く
「羽鳥が大人っぽいか大人っぽくないかはさておき。サブカル好きでも大人っぽい性格の奴は沢山いると思うけどな」
「私もいると思う。けど、サブカル好きとかオタクっていうだけで、
「まぁ、否定はできないな」
「でしょ? 女子って1人に
男女問わず交友関係を全く持たない俺でも、女子の交友関係が何かと複雑だということくらい知っている。だから羽鳥の言っていることも何となしに分かる。発言力の強い女子が、黒って言ったら黒になるし、白って言ったら白になるようなイメージだ。男子にもあるだろうが、女子は特に
羽鳥の話を聞けば聞くほど、改めて人間関係って面倒だと思う。そこまでして集団に
分かるわけがない。だって俺、独り好きだし。
できることと言えば、自分の感想をボヤくくらいだ。
「自分の趣味を打ち明けた結果、友達
「え?」
羽鳥は俺が何を言っているのか全く理解できていないようだった。
「どうして?」
「どうしてってお前……。だって、友達の趣味にドン引きして
羽鳥は長い睫毛を揺らして目をパチクリ。
「す、
「いやいや、全然凄くねーから。お前、自分の好きなゲーム実況者とかバンドとか、バラエティ番組を否定されるんだぞ? ムカつくだろ」
「それは、……ムカつくかも。……ううん、ムカつく」
不確定から確定の言葉に変えるくらいだ。羽鳥は
「だろ? ゲームしてるオタクキモー、とか言ってる奴らに限って、スマホでツムツムしてたり、ゲーセンでマリカしてんだよ。アニメ観てるオタクキモー、とか言ってる奴に限って、
羽鳥は俺の言葉に「うん……うん……」と
あとは羽鳥自身の気持ち次第。俺としては羽鳥が現状
もはや何も言うことなどない。というか元からないはずなんだが。
今度こそ教室に
「姫宮君、また独りで
俺の行動パターンってそんなに読みやすいのだろうか……。
「ねぇ。ほんと、いつ仲良しになったの?」と
「美咲」
「何?」
「お前とは放課後にどうせ
「それじゃあ、今日から放課後はたっぷり話し相手になってもらおうかな。夜も放課後だから毎日電話でお喋りしようね?」
「すまんかった」
「どれだけ
はぁ──────……、と
「世の中
「……! もしかして、私のために身をもって教えてくれたの……?」
とはいうものの、羽鳥には弱者の言葉が
大きく深呼吸を1つした羽鳥が、美咲の前に立つ。
そのまま大きく頭を下げる。
「ごめんなさい……!」
羽鳥の予想だにしない謝罪に、「ど、どうしたの!?」と美咲は
「私、オシャレなカフェなんて本当は知らないの……。皆の期待を裏切らないようにって、見栄を張っちゃっただけなの……!」
羽鳥は
「それに私、皆が思ってるみたいに大人っぽくなんかなくて、YouTubeのゲーム
「もしかして、朝の教室で英玲奈が秘密にしてたことって、このこと?」
「う、うん……」
「なーんだ……。良かったぁ……!」
「え?」
美咲は心から
そして、顔を上げた羽鳥に
「もしかして、何か英玲奈に嫌なことしちゃったのかな? って考えてたんだよ?」
「そ、そんなことない!」
「うん。だから分かって安心したよ」
美咲の今までと全く変わらない笑顔や反応に、羽鳥は
「引いたり、
「どうして? むしろ、英玲奈ってあまり自分のこと話してくれないから、すっごく
「……! うん……」
俺としては、美咲の反応はおおよそ予想通りである。
だって、博愛主義者のカリン様なのだから。
「でも。姫宮君には
羽鳥が「ごめんね」と美咲に告げるが、美咲が怒っているわけもない。
「ねぇ英玲奈。
「……協力してもいいの?」
「うん♪ 一緒にいいお店見つけようね!」
2人は
うんうん。素晴らしき友情。これで、俺の静かな生活も戻ってきそうである。
2人の美しい友情を
「姫宮君も親睦会のお店探し、一緒に行こうね!」
「え……」
※ ※ ※
6限目は
何の
人数分の紙クジを
生徒の当たり席と言えば最後方一列に違いないだろう。教師の目に届きづらい故に、喋っていたり
しかし、俺が求める席はそこらではない。
天海先生がクジを混ぜ終える。
今だ。
「先生。俺、目が悪いんで前の席がいいです」
「はーい。姫宮君、どこの席を希望しますか?」
「一番左で」
よしっ。窓際最前列の席ゲット。
この席こそ、俺が中学時代から気に入っている特等席。人との関わりが最小限かつ、日差しが良好な好物件だ。何より、目が悪いの一言で労せず確保できる点が素晴らしい。
視力2・0ですけど何か? マサイ族に比べたら目は悪い。
今後の席替えイベントも、この殺し文句で特等席を確保していこうじゃないか。
「先生。私も目が悪いので前の席がいいです……!」
「あ?」
声がするほうを向く。そこには羽鳥が。
おい……、まさかお前……。
「はーい。羽鳥さんは、どこの席がいいですか?」
「姫宮の後ろで」
マジか、あの
席替えが
「ワザと後ろ選んだだろ」というクレームたっぷりの視線を送れば、サッ、と視線を外される。一応は視力悪いですよアピールのためか、黒のセルフレームメガネを着用しているが
泣きっ面に
右を向けば、
「よろしくね姫宮君!」
「……おう」
美咲いるんですけど。
何でコイツは俺の
右に美咲、後ろに羽鳥。絶対うるさくなるパターンの席じゃねーか。
うるさいリア
「ん?」
ふと、後ろから背中をツンツン。振り向けば、羽鳥が何やら小さな紙を
「紙クジのゴミを捨てておけゴミ」と言っているわけではないようで、受け取った紙片は
前を向きつつ開いてみる。
そこには、『今日はありがとう。これからも話聞いてね』というメッセージが意外にも丸っこい文字で書かれており、その下にはLINEのIDも書かれていた。
これからもですか……。
再度、後ろを振り向けば、視線に気付いた羽鳥が笑いかけてくる。
微笑みではなく、
その笑顔に
たまにだが。
3章
プライベートルームにてラジオを垂れ流して
「
「えっと……、1日空いてるし土曜日、かな」
「じゃあ、土曜日に親睦会のお店探しに行こっか。せっかくだし雑貨屋さんも寄ろうね。この部屋、殺風景だから色々
「私も服見に行きたい。
「もちろんいいよー。一緒に選びっこしようね!」
向かい側の席で、
1人増えとる……。
プライベートルームに羽鳥参入。
羽鳥は幹事ではないものの、店探しを手伝ってくれることからプライベートルームを使う条件を満たしている。故に何も言えず。
「
「何で俺も行く前提で進んでんだよ……」
「幹事の姫宮君に
「ある」
「「え」」と美咲と羽鳥がハウリング。
失礼な奴らだ。独り好きには用事がないとでも思っとんのか。
「どんな用事があるの?」
「まだ観てないバラエティ番組を消化したい」
「
何だコイツ。
大人しかった羽鳥が、俺寄りに
「な、何観るの……?」
「先週の雨トークSP」
「! 私観たっ! 方向
「い、今は落ち着いて英玲奈!」
ハッ、と我に返った羽鳥は、「~~~っ……! ご、ごめんなさい……」と赤面しつつ静かなテンションに。相変わらず暴走モードに入ると一苦労な奴である。
「私も観たから後で一緒に話そうね」と美咲が羽鳥をなだめれば、羽鳥は
仲の良い
めでたい話はさておき。
「
「何が酷いのさ?」
「1人で過ごす時間は
「こんな感じ、前にもあったような……」と美咲はデジャブを感じつつ身構える。
「だ、だってさ! 録画してるならいつでも観れるでしょ?」
「『友達と一緒に観る』って言ったら?」
「! そ、それは……」
「1人が
美咲が「ぐぬっ……」と言葉を
「お前らリア充にとって『遊ぶ相手がいない=暇』かもしれないが、ソロ充の俺にとってはイコールじゃない。だってソロ充の考え方は『独りの時間=充実してる』だから。価値観が
共感性を持たせるとしたら、そうだな。
「お前らだって、集団行動より単独行動を優先したいときがあるんじゃないか? 遊びに
「返事はくれないのに、ちゃんと文章は読んでくれてるのが
羽鳥は完全にこちら側。
「姫宮の言ってること、すごい分かる……! 私の場合、付き合い悪いって思われたくないから遊びに行っちゃうけど」
「だろ? 羽鳥みたいな
「これだから今の世代は」と言われたら言ってやれ。「
「というわけでだ。以上のことを
「はい……。私の発言が浅はかでした……」
「うん、分かればいい」
美咲が失言を認めたので試合
以上、俺の独り至上主義運動でした。
缶コーヒーを1口。やはり、運動を終えてからの一
「で、でもさ。姫宮君」
「おう」
「姫宮君みたいなソロ充の人って、どうすれば暇になるの? ソロ充の人は延々と予定が詰まってるから、誘うにも誘えないよね?」
「確かにそうだな。でも、今回に限っては、そこまで心配することじゃないぞ」
「え……? どうして?」
「ウダウダ言ったけど、店探しも幹事の仕事だからな。参加しないわけにはいかないだろ」
「……」
「そもそも、バラエティは録画してるから何時でも観れるし」
美咲は
「~~~っ! この人ホント
それほどでも。
※ ※ ※
本日の家庭科は調理実習。レクリエーション的な役割も持つ授業とあって、調理実習室内は多くのクラスメイトたちが授業前からワイワイと
「~♪」
同じ班である美咲も
料理好きと知っているだけに、エプロン姿の美咲は家庭的に見えてしまう。厚手の
美咲のエプロン姿を見る俺の顔は、
「姫宮君、調理実習だよ? もっと楽しんでいこうよ」
「俺はハンバーグでテンション上がる小学生かよ」
「今日作るのはハンバーグじゃなくて、パウンドケーキだけどね。……今、絶対めんどくさい
「思ったんじゃない。思ってるんだ」
「進行形は止めて欲しいよっ!」
過去形だったら良かったんかい。
とはいうものの、美咲の判断通り、俺のテンションは普段より若干低い。
「パウンドケーキ作るんだったらハンバーグのが作りたかったな」
「? 甘いもの苦手だったら、今日のケーキは
「甘いものは人並に好きだから大丈夫。いや、そういうことじゃなくてだな。
「そこまでの心構えで調理実習に臨んでいるのは姫宮君くらいだよ……」
「授業に本気で取り組んで何が悪い」
「カッコいい発言なのに、背景が残念すぎる……!」
だって仕方ないだろ。パウンドケーキなんて
自分の誕生日? 悲しすぎんだろ。
「パウンドケーキを焼く焼かないは
「人を愛し、人に愛される自信が無い」
ジト目になった美咲が半歩詰め寄ってくる。
「姫宮君は自信が無いんじゃなくて、気が無いだけだからね?」
あながち
目を背ける視線の先。同じ班である男子2人組が視界に入る。
「俺もあの2人くらい、テンション上げて料理していけばいいのか?」
「?」と小首を
そこには、テンションMAXの飴屋と武智の姿が。
「ジャキンッ! はいジャストガード余裕~! 俺の防具、ガード性能のスキル付いてるから余裕~! ちょ!
「
「俺の素材が下級なわけないやろし! G級やし! 飴屋の天鱗やし! というかモンスターやないし!」
「ふふふふふ!」「ぷすすすす!」
ガード性能がエプロンに
2人を簡単に識別するとすれば、
今日も絶好調にオタトーク全開。今の
「こらっ! 包丁あるんだから危ないでしょ!」
今は俺と議論を交わしている場合ではないと判断してか、美咲は2人の注意に入る。本気で怒られていないことを理解しているのか、2人はじゃれ合いを止めつつも表情筋は緩んだまま。普段から美咲のことをカリン様と
「もう暴れちゃダメだよ? 分かった?」
「「
相変わらず
美咲と入れ
そんな羽鳥が恐る恐るといったように俺を見つめてくる。
「……。ねぇ姫宮」
「ん?」
「私も好きな話してるときって、飴屋と武智みたいになってる……?」
あー……。
「周りが見えなくなるのは、ちょっと似てるかもな」
「! ~~~っ! は、
以上の4人に俺を加えたメンバーが本日の調理班。教室班がそのまま調理班なので、目新しくもないメンバー構成となっている。目新しさは求めていないから特に不満もないが、強いて挙げるとすれば、もう少し
いざ調理実習開始。
したのだが……、
「姫宮! 俺と
「姫宮が一緒に
「俺、独りで食器洗いしたいんだけど」
「「姫宮!?」」
今現在、飴屋と武智、
2人が何を
そして事件は起こる。女子に
ついには、
「俺が姫宮と組むから、武智が男子ソロやれし」
「は? 僕が姫宮とデュオ組むんですけど。これ以上、意味不明なこと言ってたら、ヘッショすっぞ」
「「ああん!?」」
「2人とも
お前らすごいな……。
色んな意味で。
仲の良い2人だと思っていたが、自分の保身のためなら友など要らぬといった光景は実に人間らしい。もはや清々しさすら感じる。
しかし、いくら好感を持とうが、俺の身体は1つ。どちらかのチームに入ればどちらかを見捨てることになってしまい、あちらを立てればこちらが立たず状態。
別に共
「はぁ……。分かったから落ち着け。俺は男1人のチームでいいから、お前ら2人はもう片方のチームに入ればいい。それなら問題ないだろ?」
「「ある!」」
「は?」
2人は俺を手引きすると、そのまま美咲と羽鳥に聞こえないようにと耳打ちしてくる。
飴屋が、
「俺はカリン様と作りたい。丈の短いエプロン姿が
武智が、
「僕は羽鳥さんと作りたい。エプロン横から
「ふふふふふ!」「ぷすすすす!」
「クソ野郎かよ」
何をハニかんどんだ貴様らは。
女子と一緒に作りたいけど、2人きりは恥ずかしいからNGってなんだよ。
「姫宮君、悪いんだけどさ。食器洗い係でいいから、2人の様子を見ててあげてくれないかな?」
「え……」
「このままじゃ、いつまで経っても次の工程に進めないでしょ?」
羽鳥も羽鳥で接点の無い男子と2人きりになるのは気まずいと言いたげ。
「私もそうしてくれたら嬉しい……」
しまいには一同の視線が俺へと
ここまで来れば深く考えるの
「分かったよ……」と力無く一つ
「うんっ」「ありがとう」「「さすがです姫宮様!」」
様付けはやめろよ。
が、紆余曲折は続く。
「姫宮、見て見て。AME'Sキッチン」
シロップ作りしている美咲は、笑顔なのに目が笑ってない。
「飴屋君? 包丁は危ないものって、さっきも言ったよね? 伝わってなかったのかな?」
「ひゃ、ひゃい……」
左隣の武智が、
「姫宮、ご覧あれ。世界一セクシーな料理人」
「抹茶はこう
黒豆の水気を切っている羽鳥は、クールではなく冷めきっている。
「武智。せっかく計量したのに、ボウルから零れてるから止めて」
「しゅ、しゅいませんっ!」
「お前らは何やってんだよ……」
美咲と羽鳥の目が死んでいるのも無理はない。この不毛なやり取り、10回以上
ふざけられても見捨てない女子2人が
というか、推しメンがいるから各々別れたくせに、緊張して俺ばっかりに話しかけてたら意味ねーじゃねーか。
作業
その2人を見守る美咲と羽鳥の目力が凄い。もはや見守るというより2人を
生地を流す直前、飴屋と武智が俺のほうを見て、「これってフリ?」と小声で
何事もなく全ての生地が型へと流し込まれれば、美咲と羽鳥が
美咲を見守るフリして背後から生足を
なんなんコイツらマジで。
「終わったぁ……」「お
あとは焼き上がるのを待つだけ。美咲と羽鳥はもう限界ですと、持ってきた
さて。2人の正体はさておき、メイン業務が食器洗いの俺はここからが本番である。
シンク前で
しかし、2度見せずにはいられない。
「「……」」
仕事が終わったにも
親しい故人でもオーブンで焼いているのだろうか……。
そんなわけあるか。オーブンの中はパウンドケーキだろ。
「何やってんだお前ら」
「「最初で最後の美少女たちとの共同作業が終わったことに感動してました」」
「
俺の言葉に対し、飴屋と武智は首を大きく振る。
「甘いし姫宮。カリン様の班じゃなかったら、ここまで楽しく調理実習できなかったし。他の女子たちとやってたら、分担作業という名の島流し決定だし」
「そうですとも。
「さすがにそこまでは言われねーよ」
「「どうだか」」と大袈裟に
けど、2人の言いたいことも分かる。飴屋、武智、俺を
気付いてしまう。飴屋と武智は調理実習中、ただ単に空気が読めなくてふざけていただけではなく、ちゃんと女子2人と共同作業ができるのが
一見無意味に思えた俺という
「自然学校の
「お! 武智もか! 俺も飴屋
笑ってるのは声だけで、顔は笑っておらず。
「ふふふふふ……!」「ぷすすすす……!」
「心から笑って流せないなら、
それくらいエグイ過去があったなら、今回の調理実習の暴れっぷりは目を
※ ※ ※
調理実習後の授業は体育。2クラス合同で行われ、男子の1学期前半の種目はサッカーである。今はウォーミングアップの最中で、俺は普段通り体育倉庫の
いるのだが、
「くらえし! タイガーシュウウウウウウウト!」
「甘いですぞ! ファイアトルネードゥゥゥ───────!」
「ふふふふふ!」「ぷすすすす!」
「……」
背後の
俺の背後。いつもはいないはずの飴屋と武智が、デタラメなシュートフォームで
俺が目を瞑ったのは、調理実習のときだけなんですけど。
「飴屋と武智。悪いけど、もう少し俺から
「いやいやいや! 姫宮を1人にさせるわけにはいかないし! 俺たちはパウンドケーキを作り合った同志だし!」
「そうですとも! もはや僕らは運命共同体! 姫宮がここに残ると言うなら、僕らもここに残ります! 死ぬときは3人
「じゃあ、別の壁探すから行くわ」
「「
そんなこと言われてもだな。同じ人種と思われたくないんだから仕方ないだろ。
飴屋と武智が仲間になりたそうな目でこっちを見ているのではなく、仲間になった気で俺を見ているのが納得いかん。
不満をぶつけるかのように、体育倉庫の壁
「ささ。そんなボロっちいボールは捨て置いて、こっちの
「比較的ってことは、そっちもボロいんじゃねーか」
飴屋が
真新しいボールを使っているのは、今現在、ゴールポストを
カースト下位&団体競技にモチベーションを見い出せない俺がボールカゴを
飴屋の言う通り、俺の使っているボールは一際オンボロなボールだと思う。糸がほつれ、破れた革からは内側のチューブが見えてしまっているし、真っ直ぐにも転がらない。けれど、俺はこのボールに愛着を持っている。
壁を使った練習も好きだ。壁は何も言わずに
よって、ボロいボールだろうが、壁相手だろうが俺は現状の練習で満足している。
俺に構うなと自分のボールを取りに行こうとするが、ボールがない。
武智に回収されていた。
「おい」
聞く耳持たず。俺のボールを手に、武智と飴屋が広いスペース目指して
「俺らの前では
「いや別に演じてなんか──、」
「さぁ姫宮! 試合まで時間がないから3人合体技の特訓に早く入りましょう! 技は何がお望みですか?」
「ジェットストリームにする?」
「ビッグバンにする?」
「「それともジ・アース?」」
「新妻かよ」
「「同志ですけど?」」
クソうぜー。
バカは死んでも治らないと言うし、こいつら、生まれ変わってもバカやってると思う。
誰か
ウォーミングアップも終わり、メインである各クラス
俺のポジションはキーパー。毎回必ず希望するポジションで、もはや固定ポジションと言ってもいい。キーパーは良い。青空を
そろそろジャージが
ボールを
「マイボ! マイボ!」
「逆サイ空いてんぞ! パスパス!」
「ぎゃははは!
などと、声を大にして大盛り上がり。正直、
カースト上位以外の連中は、触らぬリア
実際は、試合に参加している
醸し出すことすら
「俺、思うんだし。両指を切り落とした
「でしたら、こういうのはいかがですかな。両指ではなく、両乳首を切り落とすんです。乳首から念弾を飛ばすのは相当の
「ほうほう!
「そうでしょうそうでしょう! 後は名前を考えれば
「
「それ採用」
「ふふふふふ!」「ぷすすすす!」
「
「「
それ以外の何物でもないわ。
俺の背後から打って変わり、俺の前で
何故コイツらは敵にプレッシャーをかけず、俺の
「お前ら何のために必殺技の練習してたんだよ。ここでしょうもない話してないで
飴屋が
「しょうもないとは失礼だし! いくら姫宮でもハンターを否定するなら許さないし!」
「お前を否定してんだよ」
「はうっ!」
武智がニヤつく。
「いやー、姫宮もハンターの会話に入りたくて
「男を語る奴が横乳コッソリ拝んでんじゃねーよ」
「だはっ……!」
オーバーにも心臓を
けれど、2人は死なない。無限
「はーっはっはっ。姫宮の歯に衣着せぬ物言いは良いですなぁ」
「だしだし。
「ぷすすすす!」「ふふふふふ!」
コイツらに、どうやったら俺の想いは伝わるのだろうか……。
「カウンタ────!」
「「あい?」」
間の
「え、あ……やべし……」
飴屋は今が試合中ということを思い出した模様。「奪え! 奪え!」「出せ! 出せ!」と、両チームのリア充たちが、自身目掛けて
「あ、ちょうちょ」
友のピンチも何のその。武智が自分は無関係ですよとでも言いたげに、安全地帯目指してフィールドを駆けていく。
助けてやれよ……。
「とりあえず外にボールを出せ」と助言すれば、
「いっけ────!」
飴屋の大声に
忘れていた。飴屋もクズだった。
お前だけ
「おろんっ!? へぶっ……!」
武智が派手に
さっきまで意気投合していたのに、よくここまで仲間割れできるなコイツら……。
「ナイスクリア!」と、誰よりも早く
敵のDF
あっという間の波川劇場だった。
「俊太郎ナイッシュー!」
「ははっ。センタリングが完璧だったからな。さすがサッカー部」
「「いえーい」」と
さらには、大
一方その
「何逃げ出そうとしてんだし! 友のために
「はああああ!? 僕らはギブアンドテイクの関係ですから! 僕にとって裏切りはコーヒーブレイクと何ら変わらないですから!」
運命共同体とか3
※ ※ ※
試合は引き続き波川
一足先に授業が終わった女子グループが試合を観戦中で、波川がボールを持つだけで遠藤一派の女子たちが黄色い
「俊太郎~~~、がんば~~~っ♪」
遠藤よ。次は昼休みだから、波川は
「コラ────! 俊太郎1人に押されるな! 3人くらいでマークしとけ────!」
倉敷よ。何故、お前は
「姫宮く──ん! 空ばっかり見てないでボールをちゃんと見なさ───いっ」
美咲よ。うるせー。
女子たちの何色か分からない声援がグラウンド横から飛び交う中、波川がダメ押しの1点を決める。ついには相手クラスのヤル気スイッチがOFF。消化試合まっしぐら。
俺クラスのカースト
攻撃
波川の取り巻き2人、伊刈と
ジャージを
「俺らんとこのケーキ、失敗してチョイ
「バカ。それは伊刈が適当な目分量で作ったからだろ」
「だってさー、作るん
しゃがみ込んで
「そーいや華梨の班、オリジナルでチョコレート味と
「マ?
「華梨が作ったから羨ましいだけじゃねーの?」
「それもある! 美少女のケーキ食いてー!」
伊刈のネタ走った
その一連の会話は、飴屋と武智にも届いている。2人は何も悪いことなどしていないのに、みるみる居心地の悪そうに小さくなっていた。
俺と同じ、いや、それ以上に
けれど、厄介ごとを伊刈が思いついてしまう。
「俺は決めた! 自分のケーキを
リア
ギャラリーの女子たちにも聞こえており、遠藤一派の
「華梨たちと
ついには、リア充たちの視線が俺らに向けられる。その表情はさらに明るく、近づいてくる伊刈の足取りは軽やか。メンツを見て、勝ちを確信したからだろう。
確信したのなら
「なー姫宮! この後の自由練習でパウンドケーキ賭けてPK勝負しようぜ!」
「やだ」
「は?」
ボールではなく提案を
断られるのが予想外だったように、しばらく口を開けたままの伊刈。お世辞にも
「何で?」
「メリットがない。お前のケーキ焦げてるらしいし」
「どうしても?」
「どうしても」
「……。ノリ悪っ」
悪くてスマンな。しかし、いくら
俺はお前らパリピ勢みたいに、ノリで生きてます系男子ではないのだ。
よって、「つまんねー奴」と伊刈に
「なぁ。飴屋と武智ー。お前らはやるよなー!?」
「「……っ」」
まるで、
「別にいいじゃんな? ケーキ賭けて勝負しようぜ! な?」
「……べ、別にいいけど」
「右に同じく……」
「よっしゃ! そうこなきゃな!」
「ふふふふふ……」「ぷすすすす……」
伊刈たちの笑い声と、飴屋と武智の
「アホ……」と、思わず苦言を
何故、飴屋と武智は「NO」のたった一言が言えないのか。
間もなくして、試合
俺の足は飴屋と武智のいるコーナー角隅へと向かってしまう。
ウォーミングアップや試合中の2人を見てしまえば、サッカーどころか運動が
「今なら、まだ間に合うだろ」
俺の声に反応した2人は、丸めていた背中を
「え、姫宮。何の話?」
「予約特典ですか? 僕ら、そこらへんには
俺の言葉の意味を理解しているに
あいにく俺は空気が読めない。
「いいのかよ。女子らとの最初で最後の共同作業って言ってたのに、このままじゃアイツらの胃の中で終わるぞ。お前らの最初で最後が、伊刈たちに
「気色悪いこと言うなし!?」「気色悪いこと言わないでくれません!?」
2人は参ったと言いたげに
「姫宮ー……。せっかく、俺らが
「そうですよ。「何で私の気持ちを分かってくれないのかしら……?」って
「何で俺は、お前らのヒロインなんだよ……」
「ふふふふふ!」「ぷすすすす!」
笑っとる場合か。
道化のように笑い続けていた2人は、笑い
そんな2人の顔には、『諦め』という文字が
「まぁ、俺らは主人公じゃなくてモブキャラだから仕方ないんだし」
「ですねー。モブキャラというかNPC?
まるで伊刈たちがモンスターで、自分たち村人は
「そうか」
難聴系主人公を止め、村人NPCだと
「行ってくるし!」「行ってくるであります!」
俺へと敬礼した2人は、カースト上位の待つゴールへと向かっていく。
敗北を
カースト下位の奴らは
その生きザマを俺はカッコイイとは思えないし、そこまで死に急ぐ必要などないんじゃないかと思う。『いのちだいじに』でいいじゃないか。
村人だろうと、
とは言いつつ、コイツらにはコイツらの生き方や考え方があることも分かっている。静かに波風立てたくないからこその行動なのも。だからこそ、自分の考えを押し付けるのは良くない。俺だって、他人に独りが好きなことを否定されるのは
1人きりになったと思いきや、背後から1人の女子がやって来る。
「一応まだ授業中だぞ」
「隅っこでサボってる姫宮君に言われたくありませーん」
美咲がベッ、と短く舌を出す。
おどけた表情から、いつもの
「飴屋君と武智君を助けてあげないの?」
「あのな……。助けるも何も、俺が参加しても結果なんか
「でも少しは変わるんでしょ?」
「……。
美咲は笑みを
「姫宮君が私の出題した課題をこなしてたときさ。姫宮君の行動って予想の
「課題なんてあくまで課題だろ」
「課題のことだけを言ってるんじゃないよ。英玲奈も救ってくれたじゃない。英玲奈がずっと誰にも言えなかった
「……」
「2人を助けてあげてよ。ね?」
手を合わせてくる美咲。俺が凄いと思ってる奴が評価してくれてるということは、相当凄いことなのだろう。
それでも、
「断る。厄介ごとに関わるメリットが俺にはない」
「相変わらず、ドライだなぁ……」
俺は博愛主義者ではない。そもそもの話、厄介ごとを未然に防ぐために俺は勝負を断ったのだから。
それに、俺だってプライドはある。どの面下げて、PK勝負に入れてくれと
「うーん……。じゃあ、こういうのはどうかな?」
「?」
「もし姫宮君たちがPK勝負に勝ったら、今週土曜日に行く
ヤル気スイッチON。
「言葉に
「すごい食いついてきた!?」
俺の高速手のひら返しに「
プライドなどクソくらえ。そんな
「提案は
「何が?」
「女の子2人と
「魅力はあるぞ」
「じゃあ、どうしてさ?」
「独りの魅力には
「せめて
「もう!」と、声を
「それじゃあ
エールを送り終えた美咲は、羽鳥や倉敷たちのいる元の位置へと戻っていく。
勝負は体裁で、美咲の意図が2人を救うことなのは重々承知。
足早にサッカーゴール付近へ向かうと、
同じく
「伊刈」
「あ?」
「やっぱり俺も参加する」
「おおマジか! 姫宮もノリ分かってんじゃん!」
「
「ひ、姫宮……?」
「もしかして、僕らのために……?」
「
飴屋と武智は数秒見つめ合っていたと思いきや、
「姫宮って、何だかんだ言って俺らのこと好きなんじゃねーの?」
「ですね。今のツンデレ発言的に間違いないかと。大好きなんですよきっと」
「おい……、俺は別に──、」
言葉の最中、飴屋と武智が「「うん……!」」と大きく
そして、忠誠を
なんでやねん。
「姫宮がそこまで心配してくれるなら、死ぬ気でPK勝負頑張るし! 主人公補正で何とかするし!」
「右に同じく! 姫宮の止めどない期待に沿うために、この身に代えてもパウンドケーキを守ってみせます! 今なら俺TUEEE! な
「ぷすすすす!」「ふふふふふ!」
いつからお前らは主人公に戻ったのだろうか。あと、俺を姫感覚で
「はぁ……。何でもいいから、勝ちにいくぞ……」
俺の力無い
何て単純な奴らなのだろう……。
2人に負けじとギャラリーが何やら騒がしい。
「俊太郎参戦だ!」「俊太郎の
どうやら波川も参加するようだ。
俺が参加
伊刈はヤル気満々。
「3対3だし団体戦でいいよな!?」
お前らが団体戦がいいだけだろ。
と言いたいところだが、俺も提案したかっただけに好都合だ。
美咲は、「姫宮君『たち』がPK勝負に勝ったら」と言っていたから。俺だけが勝利できたとしても、それでは意味がない。
あくまで、団体戦は初耳でしたの
「なら、こっちからも1つ条件出していいか?」
「いいぜ!」
負けられない戦いが今始まる。
※ ※ ※
PK勝負のルールは至ってシンプル。3対3の団体戦で、
俺らクラスの男子や女子だけでなく、
しかし、俺たちが乳牛だろうと、闘牛士に一矢報いることは十分に可能である。
俺チームの1人目は飴屋。キーパーは波川。
「ボールを相手のゴールにシュウウウッ─────!」という掛け声と同時に放たれるシュートは、鼻垂れるシュートというほうが
「届けぇぇぇぇぇ!」
飴屋が願うのも無理はない。ド真ん中目掛けて蹴られたボールが、残念なくらい失速。ゴールから程遠い前方で静止する。論外。
「くっ……! さっき
お前がグネってたの利き足な。
相手チームの1人目は伊刈。キーパーは俺。
「おらぁぁぁ!」という掛け声と同時に放たれるシュートは、中々に力強い。
しかし、
「はぁ!?」
伊刈が
俺チームの2人目は武智。
「3、2、1、ゴ~~シュウウウッ─────ト!」という掛け声と同時に放たれるシュートは、コロコロとゴール目指して地面を
「よろしくお願いしま─────────す!」
武智が
「グッ……! さっき転んだときに失笑さえされていなければ……!」
心の傷な。
相手チームの2人目はサッカー部の
「パウンドケーキもらい!」という掛け声と同時に放たれるシュートは、
しかし、
「あ?」
津上が
案の定の結果しか出さなかった飴屋と武智はさておき。
まともな奴らが2人も蹴れば、蹴った本人やギャラリーは異変に気付く。
「有り得ねーって! こんなボール、無理ゲーに決まってんじゃん!」
ギャースカ騒ぐ伊刈が試合で使われているボールを持ち上げる。そのボールは、糸がほつれ、破れた革からは内側のチューブが見えてしまっているほどボロボロなもの。
そう。俺がウォーミングアップの時間に愛用しているオンボロボールだ。
このボロ球を試合球として使用することこそが、俺が試合前に出した条件である。
「ボロすぎだろ!」と、伊刈がボールを地面に
ご覧のように、蹴る・転がす・叩きつけるなどのアクションに対し、普通のボールとは全く
「俺は俺の道を進む」と言っている感じが個性的で素晴らしいボールだ。
飴屋と武智は大はしゃぎ。
「わざと使い物にならないボールで戦って時間切れ
「無効試合で勝負を無かったことにするなんて思いつきもしなかったです! さすがです姫宮! 考え方がコスい!」
「「だがそこがいい!」」
やかましいわ。同類みたいに思われるから
そもそも、
「あのなぁ……、引き分けようなんて思ってないから」
「「え?」」
「さっきも言っただろ。やるからには勝ちにいくって」
「でも、そんなボールじゃ……」
「そ、そうですよ。サッカー部の津上だって
「いいから
2人は「「ぎょ、
さて、ここが一番の
「姫宮の作戦が時間切れ狙いじゃなくて良かった」
ボールを地面にセッティングしていると、ゴール下で待機する波川が話しかけてくる。
「何でだ?」
「だって時間切れだとウヤムヤのまま終わるだろ? ここで解決したほうが
確かに波川の言う通りだ。PK勝負が無効試合になったとしても、結局は別の形でパウンドケーキ
しかし、根本的に波川は勘違いしている。
俺は他班のパウンドケーキが欲しかったり、ノリが良いとか悪いとかでPK勝負に参加しているわけではない。
今週土曜日の休みを手に入れるため、自分のためにPK勝負を引き受けているだけなのだから。その過程で飴屋と武智であったり、ケーキが関わっているだけだ。
「さあ姫宮。来い!」
俺がボールから助走
いざ勝負。
ボール目掛けてステップイン。
コーナーギリギリを狙ったり、
だからこそ、ゴールのド真ん中目掛けてシュート。それだけでいい。
波川へと真っ直ぐ蹴り出されたボールは、何の
……ではない。
「!」
ボールとゴールの
それはまさに、
「「無回転シュート!?」」
飴屋と武智のリアクションと同時、ボールの揺れが『暴れ』に変わる。
空気の
波川がボールに飛びつこうと足に力を入れる。
その
「くっ……!」
中指がボールを
ギャンブル性の高いシュートなだけに、決まって一安心してしまう。
「やった! 姫宮君がゴール決めたよ! 英玲奈見た? ボールすっごく曲がったよね!?」
「うん! 無回転シュートって初めて生で見た……! 姫宮すごい!」
ワンテンポ
「なんだ今のボール!?」「あいつマジで決めやがった!」「無回転打てるとかやべー!」「姫宮って何者!?」
飴屋と武智も大騒ぎ。全国大会への
それにしても、ぶっつけ本番で決まって本当に良かった。
簡易的に無回転シュートが打てる。この機能こそ、俺の愛用するボロ球に秘められた真の機能である。
実はあのボール、外側に飛び出した
別に血の
波川が決められたにも
「すごいな。姫宮が
いい奴なのかスポ根脳なのか。
「よし! もう1回
「え? ああ。そっか……」
うっかりしていた。まだ波川が蹴っていなかった。
入れ
ゴール下に立ち、もはや俺の心は
パウンドケーキが手に入ったからではない。土曜日が自由になったから。
さて、次の土曜日は何をしようか。朝はラジオ
ああ。楽しみだな土曜──、
ザシュウッッッ!
「……。ん?」
俺の真横を何かが掠め、
サイドネットにシュルシュルとボールが
「おー。入った入った」と波川が
え? こんなボロボールを
波川の人並み外れた
「「「「「おおおおおおおおおお~~~~~~!」」」」」
ギャラリー大盛り上がり。
伊刈が「最高だぜ
美咲がジトー、と俺を見ている、「今、ヨソ見してたでしょ……?」と言いたげ。
正直に告白するとヨソ見してた。何なら浮かれさえしていた。けどだ、ヨソ見してなくとも絶対取れなかったから。波川がTUEEEすぎる。
やって来る波川が、俺へとボールを
そして、相も変わらず
「よし姫宮。もう1勝負しようぜ!」
空き地でキャッチボールしようぜ感覚で言うなよ。
延長戦待ったなし。
※ ※ ※
昼休み。中庭のベンチにて。
俺の
「あーあ……。あそこで姫宮さんが決めてれば、パウンドケーキ食べれたかもしれんかったし……」
「ですよねー……。夢を見せるなら最後まで見せて欲しかったですよ……」
「悪かったな」
敗者である俺たちは、パウンドケーキの代わりとでも言わんばかりに、売店の売れ残りのコッペパンをさもしくも分け合っていた。
延長のPK戦。
一方、波川の
さようならパウンドケーキ。さようなら土曜日。
本来なら、しっとりしたパウンドケーキを
飴屋と武智が思い出したかのように笑う。
「でも、楽しかったし!」
「ですね!」
「は?」
「いつもはアイツらに
「いつもはボールを大きく蹴り出すときに、「取って来いポチたち」って思いつつボールを蹴るくらいしかできなかったですしね!」
「相変わらずクソ
「ふふふふふ!」「ぷすすすす!」
「まぁ、お前らが満足したならそれでいいけどさ」
俺としてはコイツらが何か変化したことあったか? と思う程度だ。けれど、気持ちは本人たち次第。試合にも負けたし勝負にも負けた。それでも得たものがあるのなら、それでいいではないか。そうでも思わないと、俺の
昼休みの中庭で
「姫宮さん! 僕も姫宮さんみたいに無回転シュート打てるようになりたいです!
「まず普通の球を蹴れるようになってからな」
「姫宮さーん。そんなこと言って、実は1日で習得できる裏技があるってオチでしょ? 何のスキルに極振りすれば使えるようになるんだし?」
「ゲーム脳止めろ。というか、」
「「というか?」」
「さっきから何で、俺のことを『さん』付けで呼ぶんだよ」
体育終わりからだ。コイツらが俺のことを、さん付けで呼ぶようになったのは。
「いやいや! 姫宮さんは姫宮さんだし!」
「右に同じく! 今日の
「ふふふふふ!」「ぷすすすす!」
「……もう勝手にしろよ」
「お、いたいた」
「波川?」
俺らの口から水分を奪った決定主、波川がやって来た。
「伊刈が無理矢理、勝負申し込んで悪かったな」
「それをわざわざ言いに来たのか?」
「それだけじゃないぞ。ほら」
波川が手渡してきたもの。それはラップで包装されたパウンドケーキだった。
「俺、甘いの苦手だから返すわ。2つしかなくて悪いけどさ」
イケメンかよ。
「今日は敵同士だったけど、いつもは同じチームだろ? 姫宮、キーパーばっかりしてるからさ、今度は
「気が向いたらな」
「約束な?」と爽やかな笑顔の波川は、待ち合わせしているであろう食堂へと去っていく。
波川って平和主義者っぽいし、こうなることを見通して、勝負に参加していたのかもしれない。敗者である俺らのケアまでしてくれるのだから、完敗としか言いようがない。
結論。全てにおいて波川はイケメンである。
それに引き
「チョコレート味は俺とカリン様が作ったから俺のだし!」
「はああああ!? お前PKでクソの役にも立たなかったんだから、コッペパンでも食ってなさいよ! ヘッショすっぞ!」
そういうところがモテない原因なんだろうなぁ……。
「ん?」
ふと、スマホにLINEが届いていることに気付く。
画面を見ると、美咲からだ。
【カリン】PK勝負
【カリン】でも、飴屋君と武智君は助けてあげられたんじゃないかな?
【カリン】私は姫宮君のおかげで2人は元気でいられてると思うな
【カリン】でも、約束は約束です! 土曜日は一緒に
というメッセージと、いつものウサギの顔文字スタンプが。
メッセージは終わりかと思いきや、さらにもう1通。
【カリン】P.S.返事をくれたら、3人分のパウンドケーキ分けてあげる
よろしくお願いします、と。