序章 死に過ぎチュートリアル その3

 時刻は朝の九時五十九分。いよいよ正式サービス開始まであと一分だ。私は気持ちを落ち着けて、VRの中の何もない空間で開始を待つ。 

 そしていよいよカウントダウンが始まり、目の前が一瞬真っ白になる。

——ようこそ、エイス大陸へ。願わくば、あなたが主役のクロニクルを……。

 そんな女性的な声の後、真っ白になっていた視界に徐々に色が戻り……真っ暗になった。

「あれ?」

 いや、目を凝らせば見えないこともない。薄暗くても、すぐ傍に何かがあるのは分かった。状況は分からないけど、生き物ではなさそうなので近づいてみる。

『弔いの碑石をリスポーン地点に登録しますか? YES/NO』

 近づくと、機械音が跳ねるように、そんな表示が出てくる。よく分からないけれど、たしかリスポーン地点って復活地点のことだったはず。登録しておいて間違いはないだろう。

 YESを選択すると、登録されたことを告げる表示が出た。これで死んだらここに戻ってくるみたいだ。

 しかし、ここはどこなんだろうか。RPGをしたことはないので判然としないけど、最初は始まりの街とかからスタートなんじゃないの?

 周囲は薄暗くてよく見えはしないが、ここがまともな場所でないことは分かる。近くの壁とか触った感じ、どう考えても石か岩でコンクリートなどではない。

 ちょっと砂っぽいのが壁を擦った指に付着するあたり、本当にこのゲームはリアルだよね。格ゲーはVRでも床ペロしたところで顔に土とかつかないし。

「取りあえず、ここが街の中じゃないことは分かった」

 もしかしたら始まりの街にある建物とかの中かもしれないけれど、このままでは埒が明かない。

 少しずつ暗闇に目が慣れてきたことだし、私は周囲を探索してみることにした。

 腰に差していた、錆びて刃毀れしている剣に不安を覚えながらも握りしめ、ゆっくりと辺りを警戒しつつ歩いてみる。そうして歩いていると膜のようなものを潜り抜けるような感触があって、少し驚く。そしてそれを感じた途端、周囲の気配が一変した。

 私の格闘ゲームで鍛えた勘が告げている。——ここはやばい、と。

 とんでもない化け物から放たれる気配が周囲に満ちている、と。

「あ、もしかしてさっきの場所は——」

『——セーフティエリアと呼ばれるモノか』と続けようとした私の首が、呆気なく宙を舞った。

 そして暗転し、気付けば『弔いの碑石』とかいう石の前に立っている——わけが分からない。

 いや、本当は分かっている。きっと私は殺されたのだ。不用意な私の言葉に反応したモンスターに。

 しかし、気配を感じる間もなく殺されてしまった。相手の姿も見えなかったし、なかなかの戦力差と言えよう。格闘ゲームで殴殺されたり窒息死させられたりしたことはあるけれど、首を斬られて殺されたのは初めてだ。少しだけ怖かった。

 暗闇だったし、R15指定だったからか血や断面はモザイク処理されていたのでまだ救いだ。これがR18で鮮明に見える場所だったらトラウマになっていたかもしれない。

「さてどうしよう。これが噂のチュートリアルって奴だろうけど、思ってたより難しそうだ」

 ここはおそらくセーフティエリアと呼ばれる、モンスターが出現しないところなので喋っても大丈夫だろう。それよりも問題なのは、どうすればチュートリアルを終えられるか、だ。

 もう一度セーフティエリアから出て、周囲を窺う。先ほどよりも足音も気配も殺し、ゆっくりと進む。

 そして見た。

 こちらに背を向けている、大きなカマキリみたいな化け物を——。

「……っ!」

 驚きで口から漏れそうになった叫びを掌を使って抑え込む。これ、気付かれたら一瞬で死ぬ。

 いや、だってデカすぎる。暗くてよく分からないけれど、私の背が低いのを差し引いても十メートル以上あるって。怪物じゃん。

『ギギ、グガガ?』

 別に声は出していないはずなのに、気配を感じたようにカマキリがこちらを振り返る。そして目が合い——。

「……おっかしいなぁ」

 私は再びリスポーン地点へと戻って来ていた。

 あのカマキリの鎌の一振りは、辛うじて見えたが見えただけだった。身体が上手く反応してくれなくて躱しきれず、胴体を真っ二つにされてしまった。その瞬間、視界を何かで隠された気もしたけど、それはきっと関係ない。

 どうしようと為す術もなかったのは間違いなかった。こりゃあ、格闘ゲームをやり込んでいい気になっていたかもしれない。

 VRMMORPG……侮りがたし。まさか序盤で躓くとは。

「けどまぁ、そうこなくっちゃね。ふふふ、楽しくなってきた」

 ゲームはまだまだ始まったばかりで、私の夏休みも始まったばかりだ。時間ならたっぷりある。あのデカブツカマキリくらい、サクッと殺せるようにならなくちゃね。

 私の冒険はこれからだ——。


「——と思っていた時期が私にもありました」

 これで本日二十四回目の死に戻りを果たした私は、一度状況を整理することにした。

 まず、ここはどこかの建物なのは間違いない。随分と目が暗闇に慣れたおかげで、辺りが支障なく見えるようになってきた。なんか一般スキル欄に『夜目』ってのが増えたおかげだろうけど、その結果、通路は人工的な石の壁や足場で覆われていることが分かった。

 そして私のステータス上の数値だけど、モンスターを倒せていないので今のところ一般スキル以外は変動がない。死に戻りをすることによるデスペナルティは、『次のレベルに上がるために獲得した経験値を0にする』なので問題ない。ゲームによってはアイテムや所持金の消失もあるみたいだけれど、今の私はどちらも持っていないのでそれでも問題なかっただろう。

 問題なのは、未だにカマキリ相手に一撃も入れられていないことだ。あいつ本当に素早すぎ。あんなの本当に勝てるのかな?

「とはいえ、挑んで挑んで挑みまくるしかないんだよね」

 気合いを入れ直し、再び私はセーフティエリアから出てカマキリを探す。するとこちらに背を向けていたカマキリを発見する。

 ゆっくりと慎重に近づき、ぎりぎりまで傍に寄る。

 そして持っていた刃毀れしている剣で素早く、カマキリの足目掛けて斬りつけた。

『ギ?』

「やったっ! 当たったっ! ざまぁみ——」

 油断しきっていたカマキリは私の攻撃を見事に喰らい、そして次の瞬間、私の首は宙に舞った。

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