第1話 メイド・in・異世界《ファンタジア》 その4
なるほどね。
仲村マリナは戸の向こうの会話を聞いて、つまらなそうに鼻を鳴らした。
この二人の会話が聞こえてきたのは、部屋を抜け出し城内を探っていた最中だった。生まれてこの方、民兵組織でゲリラ戦に従事してきた身の上だ。情報収集は基本中の基本。置いてけぼりを食らって大人しくしてようはずもない。
だが、そうして分かったのはエリザベートという少女の困窮具合だけだった。
この城は空っぽだ。
住んでいる屋敷こそ〝城〟と言って差し支えないほど巨大だが、その中にはあるべき物が全くと言って良いほど存在しない。装飾品、衣服、家財道具、嗜好品――ありとあらゆるものが必要最小限。各国軍の野戦服と武器弾薬を揃えていたマリナの方がよほど物を持っているだろう。しかも役人との会話から察するに天涯孤独の身の上のようだ。
そしてかの少女は今まさに、僅かに残された財産すらも奪われようとしている。
まあ、そんな事はよくある話。マリナからすれば、どうでもよいことだった。
――マリナは自身の両手へ視線を落とす。
そこには削り出した白木で出来た掌がある。球体関節で繋がれた指はマリナの意思に応じて違和感なく動いた。それだけでなく、今やマリナの肉体はすべて削り出された木材で出来ているのだ。顔だけは人工皮膚らしき樹脂で覆われ、マリナ自身の表情を浮かび上がらせている。――まったく、何が何やらまったく分からない。
だが、怖がって足を止めるわけにはいかない。それは最も愚かな選択だ。
分からないことは〝分からないこと〟として頭の片隅に置いておき、まずは行動すべき。
マリナはいつもの癖で、自身の額を人差し指でトントンと叩く。
優先すべきは状況の確認と、原隊への復帰。
ニッポンに帰るならば、現地で公的立場にある人物に接触すべきだろう。だが権力者はダメだ。金では動かず、脅迫は逆効果。権力そのものへの反逆だからだ。脅した相手がどんな貧乏貴族でも、他の貴族が許さない。
最適なのは小役人。賄賂も脅迫も効く。
――そして都合の良いことに、ここには二人の現地人がいる。
立場の違う二人だが、どちらに取り入るべきかは火を見るより明白。
決断したマリナは応接間の隣の部屋へと向かった。
そこに置かれたクローゼットに〝あるもの〟を見つけていたからだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「それではここまでと致しましょう。かのヴラディーミア十三世の一人娘、いつかは芽を出してくれるはずと今日までお待ちしましたが、これまでのようだ」
「お待ちくださいエッジリア様! 領地の運営は滞りなく行えています。ここにガラン大公の親書も入って、」
「ハっ!」
追いすがるエリザを、エッジリアは鼻で笑った。
「メイド一人すら雇えぬ状態で、よくも〝滞りなく〟などと言えましたな」
「――――ッ」
もうダメなの……。
こんな事で、お父様が残してくれた最後の領地すら失ってしまうの。
エリザは溢れそうになる涙を堪え、エッジリアは嗜虐心に満ちた笑みを溢し、
――応接間の戸がノックされた。
二人の間に沈黙が流れる。エッジリアはもちろん、城の主であるエリザですら困惑していた。今この城には、エリザとエッジリアの二人しか居ないのだから。
いや、そうだ。
一人だけ、いた。
まさか、
応接間の戸が開かれる。
「失礼します。――お茶の用意が調いました」
給仕台車を押して現れたのは、赤髪の魂魄人形だった。
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試し読みは以上です。
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『武装メイドに魔法は要らない』
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