悪役令嬢は隣国の王太子に溺愛される/ぷにちゃん
※こちらはビーズログ文庫「悪役令嬢は隣国の王太子に溺愛される」の書き下ろしショートストーリーです。
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タイトル『ステンドグラスクッキーよりも甘い?』
妊娠をしてから外出を控えるようになったティアラローズは、読書をしたり、スイーツレシピを書き起こしたりして過ごしていた。
そこに、紅茶を淹れた侍女のフィリーネがやってきた。
「どうぞ。新しいレシピですか?」
「ありがとう。ええ、可愛いでしょう?」
「はい!」
ティアラローズの書いたレシピを見たフィリーネが、目を輝かせている。
「これから作ってみようと思って」
そう言って、ティアラローズは紅茶を一口飲む。
飲んだらさっそく始めようと思っていると、部屋にノックの音が響いた。フィリーネが対応すると、アクアスティードが顔を出した。
「ティアラ、体調はどう?」
「大丈夫です」
アクアスティードは「よかった」と、ティアラローズの隣に座る。
「ああ、お菓子のレシピを書いていたの?」
「これなら、落ち着いて出来るかと思いまして」
お菓子作りをしてはいるが、回数は減った。そのせいもあり、レシピを書き出したりすることが増えている。
「今はまだ無理が出来ないからね。でも、それだとティアラが退屈かもしれないから……そうだ、国民に向けて作りやすいお菓子のレシピを配ってみたらどうかな?」
「え、わたくしの……ですか?」
予想していなかった提案に、ティアラローズは驚いた。
けれど、自分のスイーツで国民が少しでも笑顔になってくれるなら、これほど嬉しいことはない。
「ティアラのお菓子は人気だからね。どう?」
「ぜひ、やりたいです! あ、だったらこのレシピはいかがですか? 今から作ろうと思っていたんです」
ちょうど書き終わったレシピを見せると、アクアスティードが「いいね」と頷いてくれた。
***
時間があるということで、アクアスティードがお菓子作りを手伝うと申し出てくれた。
ということで、キッチンに二人で並んでいる。
「でも、こんな綺麗なクッキーどうやって作るの?」
ティアラローズの描いた完成図を見て、アクアスティードは首を傾げる。
「これを使うんです」
「ああ、確かに綺麗だね」
ティアラローズが取り出したものは、飴。
けれど、まずはクッキー生地を用意するのが先だ。
「いつも通り生地を伸ばして、好きな型でくり抜きます」
ティアラローズは花の型で生地をくり抜き、アクアスティードは猫の型で生地をくり抜いていく。
「そうしたら、穴をあける感じで中心部分をくり抜きます」
今くり抜いた花の型よりも、一回り小さな型で穴をあける。
アクアスティードも頷くが……猫の型は一つの大きさしかないので、穴をあけることが出来ない。
「……この場合はどうすればいい?」
「ここにお魚の型があるので、これはどうですか?」
「ああ、確かにこれなら小さいからちょうどいいし、穴もあけられるね」
アクアスティードの猫のクッキー生地に、魚の形をした穴があいた。
「そうしたら、今度は生地を焼きます」
オーブンに入れて十分ほど。
「その間に、飴を砕きます」
ティアラローズは袋に入れた飴をめん棒叩き、細かく砕いてみせる。すると、アクアスティードが「それなら」と口を開く。
「私がやるよ」
「はい、お願いします」
アクアスティードにバトンタッチをし、残りを綺麗に砕いてもらう。すると、ちょうどクッキーが焼けた。
オーブンから取り出してみると、薄いきつね色と香ばしい匂いが広がる。
「上手に焼けました」
「うん、美味しそうだ」
ここまできたら、完成まであと少し。
「くり抜いて穴があいた部分に、砕いた飴を入れるんです」
「あ……もしかして、もう一回焼いて飴を溶かす?」
「正解です!」
さすがはアクアスティードだと、ティアラローズは微笑む。
ピンク、黄色、水色……と、カラフルな飴をくり抜いた部分に敷き詰めていく。これで、五分ほど焼いたら出来上がりだ。
ティアラローズがオーブンへ入れると、アクアスティードが覗き込んだ。
「完成が楽しみだ」
「すぐですよ」
ティアラローズがくすりと笑うと、後ろからアクアスティードに抱きしめられる。調理中だと言おうとするも、先手を打たれてしまう。
「焼き上がるまでこうさせて?」
「……っ、はい」
耳元で甘く囁かれては、拒否することなんて出来ない。
――焼いてるのを見てるだけだもの。
オーブンの前ということもあってか、ティアラローズの顔は赤くなる。
「こうやって二人でお菓子を作るのもいいね」
アクアスティードはそう言って、優しく微笑む。
確かに、普段は仕事が忙しく、二人そろってお菓子作りなんてすることはない。そう考えると、今はいい機会でもあるのかもしれない。
さらにこのレシピは国民に配るので、同じように家族で作る人も出てくるかもしれない。
――お菓子作り好きの男性が増えるのは、大歓迎!
そんなことを考えていると、オーブンの中の飴が溶け出してちょうどいい頃合いになった。
「あっ! 焼けました、アクア様!」
「私が取り出すよ」
ティアラローズの頭をぽんと撫でて、アクアスティードはミトンを付けてオーブンからクッキーを取り出した。
「これはすごいな……想像していた以上に、綺麗だ」
「よかった、上手くいきましたね」
出来上がったのは、『ステンドグラスクッキー』だ。
くり抜いた穴に流し込んでいた飴が溶けて、キラキラしている。飴の部分は日の光にかざすと、さらに美しさが増す。
これからの未来も、きっとこのクッキーのように明るいだろうと思えてくる。
あとは飴が固まるまで冷やしたら、出来上がりだ。
「そうか、すぐには食べられないのか……」
「もう少しの我慢ですね。その間は、お茶を飲みながらゆっくりしましょう」
「ああ」
ささっとキッチンを片付け、部屋へ戻る。
すると、アクアスティードがソファへ座って「おいで」と腕を広げた。
「――っ!」
もしや、自分の膝の上においでということだろうか。いや、間違いなくそうだろう。
悩みつつも、ティアラローズはアクアスティードの膝の上にちょこんと座る。すると、アクアスティードがぷっと噴き出した。
「もっと近くにおいで」
「あっ!」
ぐいっと腰を引かれて、アクアスティードの胸に抱きしめられる。そのまま頭にちゅっと口づけられ、「クッキーの匂いがするね」と言われてしまう。
「今まで作っていましたから」
そう言ってティアラローズが顔を上げると、アクアスティードの金色の瞳と目が合って、どきりとする。
「ティアラはいつも甘いのに、これじゃあ本当のお菓子みたいだ」
「アクア様、ん……っ」
おしゃべりは後でとでも言うように、キスで唇を塞がれてしまう。飴を舐めたように甘いのに、こちらが溶かされてしまいそうだ。
「飴が冷めるまでキスさせて?」
「っ、さ、さすがに長すぎです……!」
そう言いつつも、ティアラローズは目を閉じてアクアスティードのキスを受け入れた。
後日、国民に配布したステンドグラスクッキーのレシピは大好評だった。
その見た目の美しさから専門店の立ち上げ話も出ているようで、ティアラローズは両手をあげて喜んだのだった。