花街の用心棒 深海亮「贈り物に下心」
贈り物に下心
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彼は借金を勝手に清算し、代わりとして後宮である仕事をしろと命じたのだ。それは最上級の身分である貴妃の護衛。貴妃は暗殺者に狙われているというが……。
自分のような民をとりたてる志輝を怪しみながらも、守銭奴っぷりを発揮して契約した雪花。
だが、この後宮での護衛と暗殺騒ぎが、雪花が捨て去った宮廷にまつわる過去にまで繋がり――?
――そして、これはその裏で起こっていた、知られざる一幕。
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宮中行事の一つである春宴が間近に迫ってきた。
するとなんの遠慮もなく扉が開かれて、見慣れた男が入ってきた。
志輝は眉を顰め、筆を置いた。
「なんの御用ですか」
「え、特にないよ」
「……」
帰れ、と言わんばかりに志輝は反故にした紙を投げつけておいた。目の前の男――白哉は軽々と避けてみせると、楽し気に口端を吊り上げている。
「冗談だって。あれ、不機嫌?」
「邪魔しに来ただけなら帰って下さい」
「まあまあ。休憩休憩」
白哉はそう言うと、来客用に置かれている椅子に勝手に腰かけた。
「ほら。おすそ分け」
「なんですか」
「お菓子だよ。持って行けって。はい、水も持ってきてるよ」
破籠に水筒まで準備してきたらしい。これは長居するつもりだな、と志輝は諦めてため息をついた。
「逍遥様が?」
「そっ。作りすぎたから、持って行けって」
逍遥とは白哉の養母のことだ。料理が得意というか趣味で、自ら厨房に立ってご馳走をふるまってくれる。
差し出された饅頭を受け取り、志輝は齧り付いた。
「春宴、もうすぐだねえ。捗ってる?」
「そうなんじゃないですか」
「はは、投げやり。今年も志輝、モテモテなんだから少しは楽しんだらいいのに」
「……それ、言わないでくれますか」
志輝は両目を眇め、鬱陶し気なため息を零した。
後宮の女性達も参加できる数少ない行事は、志輝にとったら苦行だ。表情には出さずいつもの笑みを張り付けているものの、突き刺さる視線も、女たちの集団に囲まれるのも、捨て身で突撃してくる女性達を捌くのも面倒なのだ。非常に、無駄な労力を使う。
自分のこの顔が人を惹きつけることは十分理解して、時に利用もしているが、その分、色々な弊害を被ってきた。
「珠華がいた時は、うまいこと半減できてたのにねえ」
「……」
確かにそうだと思う。自分と同じ顔を持つ、双子の姉が官吏でいた時は、うまく分散されていた気がする。
珠華は竹を割ったような性格で、姉御肌というか、ある意味志輝よりも男気があるというか、雑というか……。志輝とは別の意味で、女性たちにモテていた。
「珠華に身代わり頼めば?」
にやにやしつつ、白哉はいいこと思いついたと言わんばかりに提案した。
「今頃はきっと、海の上ですよ」
「あ、そうなんだ。相変わらず元気だねえ」
商人の元に嫁いだ姉は、今頃船で他国に向かっているはずだ。
「じゃ、あとは厄除けならぬ女除けでも用意するかだね」
「……は?」
どういう意味だ、と志輝は視線で問うた。白哉は口元を親指で拭い、首を傾げる。
「いや、だからさ。志輝は特定の誰かを作ってないじゃん。だから狙われるのさ。だから、そろそろ本格的に誰か見つけたら? 自分はこの女性に夢中なんで、他所当たって下さいみたいな。いないなら、誰かに恋人役でも頼むとか」
「簡単に言ってくれますけど、それこそ余計にややこしく……」
と、そこで志輝は言葉を切って押し黙った。
ふと、思い浮かんだのは不愛想な
そうだ、彼女も春宴に参加するはず。彼女に自分との繋がりを連想させる何かを手渡して、身につけさせていれば――女性たちの視線は自然と彼女に向くだろう。
それに当日、人目がある場所で彼女に会いにいけば、自然とそういった噂が勝手に出来上がり、一瞬で広がってくれるはずだ。と同時に、彼女に近づこうとする男への牽制にもなるだろう。彼女は相手にしないだろうが、外野から手を出されるのは気に食わない。
自分に色目を使うことなく、むしろ嫌がってみせる面白い女性など貴重な存在なのだ。
知らずのうちに、志輝は人の悪い笑みを浮かべていた。
「おーい、志輝。悪人面になってるよ」
「そうですか?」
白哉が呆れた顔で、志輝の目の前で手を振っていた。
「ろくでもないこと、思いついたでしょ」
「まさか。名案を思い付いただけですよ」
志輝はほくそ笑みながら、何を渡そうかと、さっそく考え始めたのであった。