魔王と冒険者 その8
相変わらず美味しい食事であった。
色々な世界の麵類を食べたことがあるが、あのラーメンなる料理に勝るものを食したことはない。
さて、腹も膨れたことだし、目の前のこの冒険者を何とかせねばな。
「まず聞きたいのだが、先ほどみたいな失敗動画を上げるつもりは今後もないのだな?」
志保が友人に凄い動画を撮ると大見得を切った手前、上げるつもりはないことがわかっているが、一応の確認である。
「うん……できたらイヤかな。けどそれしかないって言うんなら……うぅ……けどやっぱりいやや……」
「悩むくらいならやめておけ。そんな嫌々やるようなことではないだろう」
「えっ? そ、そうなん。意外と優しいんやな」
「それに、凄い動画とやらであっと言わせてやるというのも悪くない」
その方が面白い。
何よりも魔王たる吾輩が助けるのだから、それくらいのことがないと困る。
「ホンマに?」
「魔王に二言はない」
「そ、そうなんか……」
さて何からやるべきか。
身体能力強化の魔法でも掛けて筋肉を増強して、たくましい肉体にするというのが手っ取り早そうではある。
が、そんなムキムキ姿の志保など吾輩を含めて誰が見たいのか。
となれば順当に冒険者として強くなってもらうしかない。
そのためには再生数を稼げるようにする必要がある。
「まず最低限の条件としてだな」
「うん?」
「動画内で変に気取るんじゃない。こうして吾輩と接しているように方言のままでいるのだ。画面映りを気にして過度に声を出したり動く必要もない」
「はい……その通りだと思います……」
腕の立つ冒険者なら格好をつけた方がよいのだろうが、志保のような初心者がそれで失敗しては話にならない。
そういうのはしばらく我慢してもらおう。
「次に」
「次に?」
「研究のために動画を見る。スマホを貸してくれ」
「え、そんなん嫌なんやけど」
即答であった。
ほんの数秒前までしおらしい雰囲気であったのに、完全に不審な者を見る目に変わっている。
「なぜだ?」
「なぜも何も十七歳の女の子のスマホをホイホイと貸せるわけないやろう!」
「むっ……」
この期に及んで何を言っているのだと思う。
こちらはお前のためを思って提案しているというのに。
一方で、三郎曰くスマホにはプライベートな情報が大量に入っているとも聞いている。
それに、あの道具は便利であるから手元にないと困るというのもあるのだろう。
ふむ……反論に理がないわけではないか。
「動画を見るだけで他の情報を覗くつもりはない」
「……ホ、ホンマか?」
「さっきも言っただろう」
「ホンマに、ホンマやろな⁉」
「魔王に二言はない。それに何か見られて困るものでもあるのか? 安心しろ。お前と想い人のやり取りなど見たりはせん」
「そんな諺なんて知らんし……。それに、ウチにはそんな奴おらんわ。嫌みか……」
最後の方は小声となって聞き取り辛かったが、吾輩が失礼なことを言ってしまったようである。
謝罪くらいはしてやろう。
「う、うむ。そうであったか。それは悪いことを言った」
「謝んなや! なんか余計に惨めになるやん! はぁ。まあ、ウチのためやからしゃあないか……」
そう言って、わざわざ冒険者公式サイトの投稿動画ページを開いてからスマホを手渡してくる。
「監視しとるからな」
「わかっている。安心しろ」
と言っても全ての動画を見ていたのではとてもではないが時間が足りない。
よって、まずは初心者冒険者向けというゴブリン関連の動画を見ていく。
検索機能というのは何とも便利なものだ。
時折、監視の鋭い視線が飛んでくるが無視して動画視聴を続ける。
「なぁ……もうそろそろ寝たいんやけど……」
夕食の時間も無視して動画を見続けていると随分と時間が経っていたようだ。
ベッドに寝転んでいる志保が背後から声を掛けてくる。
監視しやすいようにと、吾輩は床に座ってベッドに背を預けている。
だが、まだまだ動画は残っている。
「お前は寝るといい。吾輩はまだ動画を見終わってない」
「いや、それじゃ監視できへんやん」
「なら起きているといい」
「ええ……お、起きてるし」
「そうか」
再び動画を見る作業に戻る。
こうしてある程度のゴブリン動画を見たが、初心者が倒される系か普通に倒す系の動画に大別できる。
前者の中には志保のように愉快な倒され方をしたことで再生数を稼いでいるものもあるが、基本的にはやはり応援目的で数百回前後の再生数である。
一方で後者の再生数はまちまちである。
適正レベルの冒険者がゴブリンを倒すだけの動画は、再生数の伸びが悪い。
逆に一流の冒険者が華麗にゴブリンを倒す動画だと、再生数が数万回を超えるものばかりである。
中には今では上位になっている冒険者が初心者だったころの動画ということで、淡白な内容でも伸びているものもあるが。
「志保ではどちらの動画も無理だな……」
倒される動画は上げないと約束した。
かといって適正レベルではないのでゴブリンを普通に倒すことはできない。
もちろん華麗な技など有り得ない。
「ほう……なるほどな……」
そんなときに目に留まったのは上級者が色々な装備や条件で戦う動画であった。
【初期装備の青銅の剣でゴブリンと戦ってみた】とか【防具無しでゴブリンとタイマンした結果】とか【ゴブリンとか目隠しでも余裕なんだが】とかいう題名が付されている。
「この路線なら……っつ、なんだ?」
急に背中を殴られたので振り返る。
なんということはない。
眠気に耐え切れなかった志保が眠りに落ちて、力の抜けた手が吾輩の背中に当たったのだ。
「全く、監視するのではなかったのか。世話の焼ける娘だ」
昨日に続いて再び志保を布団の中へと入れてやる。
その後も、吾輩の研究は夜を徹して続く。