プロローグ
草木の枯れ果てた荒涼とした大地。
昼とも夜とも分からぬ赤黒い空。
そんないかにも人間ではない者が住んでいそうな場所に、我が魔王城は存在している。
吾輩と共に様々な世界を転移し、勇者や英雄を撃退した難攻不落の自慢の城である。
「ふむ……暇である……」
この世界に転移してきて早や何年か。
最近は玉座に根を張ってしまったのではないかと思うほど何もしていない。
チラッと横に控える側近に視線を遣ると、ため息をつきながら反応をする。
「それは魔王様があまりにも卑怯な方法を採るからですよ」
側近が策を献ずるでもなく、生意気なことに反論をしてくる。
が、その反論はもっともであったので吾輩も強く言い返せぬ。
この世界は妙に担当の女神に気に入られているのか、何度も何度もその加護を受けた色々な輩が城を攻めて来た。
もちろん、吾輩とてそうした戦いが楽しみで、敢えてこの世界を選んだというのもある。
ただ、あまりにも執拗かつ面倒であったので、ここ数年は女神の加護を受けそうな子供が生まれたらすぐに潰していた。
潰すと言っても赤子を殺すような愚かな行為はせず、住処の近くに強力な魔族を配置して村や街の外に出る気を失わせている。
「お前の言う通りであるがなぁ……」
完璧な対策のおかげで、魔王城まで攻め上る者がいなくなったのであるが、今度は暇になってしまったのである。
以前は本当に面倒だと思っていたのに、こんなにも勇者等々に来て欲しいと思うようになるとは考えもしなかった。
しかし、今からその勇者が現れるように仕向けたところで、何年かかるのかも分からぬ。
「人間の街でも襲いますか? そうすれば少しは魔王様を攻めようという気になるかもしれませんよ?」
「それも面倒だな……」
面倒くさそうに策らしきものを側近が提言してくるが却下である。
人間の街を攻めて魔族に死者でも出たら、その対処で大変なのである。
葬式を上げてやらなくてはならないし、遺族の生活保障も考えなくてはならない。
何よりも勇者の攻撃に対する防衛ならよいのだが、吾輩の攻撃命令で死んだとなると少々心が痛む。
「この世界も潮時だな」
「また別の世界に転移するのですか? この世界はかなり居心地がいいので多くの者が反対しますよ?」
下々の生活を考えるのも魔王である吾輩の仕事であった。
この世界を選んだもうひとつの理由は、女神の恩恵を多く受けている世界のため、土地が豊かであるということである。
この魔王城の建っている地域は人間どもが荒れ地として放置していた地域である。
それでも魔族の魔法さえあれば、十二分に肥沃な大地となるだけのポテンシャルを秘めていた。
魔王城の周囲のみ、雰囲気作りのためにわざと荒涼とさせているのだ。
少し城から離れれば、魔族の運営する長閑な田園が広がっている。
そんな土地をむざむざ捨てるというのは反発が大きそうである。
「そうだな……では今回は吾輩だけで転移しよう」
「本気で言っているんですか⁉」
側近が随分と驚いたような声を上げる。
「吾輩の道楽に皆を付き合わせる必要もなかろう」
「確かにそうですね。名案でございます」
おい、そこは側近なら心配でもしたらどうなんだ。
まあ、吾輩は最強であるから心配など不要ではあるが、それでももう少し引き留めたらどうなのだ。
「それでは魔王様だけを転移させる魔法陣の用意をいたしますので、どんな世界に転移しますか?」
随分と手際がよいのは助かるが、ちょっとした寂しさすら覚える。
あれ、もしかして吾輩は嫌われていたりするのか?
転移してくれた方がいい感じなのか?
「う、うむ……。そうだな……魔王に挑む存在がいない世界がよいな」
とはいえ、転移すると言った以上は引き下がるわけにはいかぬ。
魔王に二言はない。
「いつもの魔王様とは真逆ですね。勇者がいる方がよいとおっしゃるのに」
「奴らとの戯れも飽きた。違う楽しみのある世界がよい」
「承知しました。では適当に飛ばします」
適当とはなんだ適当とは……。
まあ細かいことはこの際気にしないようにしよう。
それもまた上に立つ者の器量というものだ。
「じゃあ、準備をいたします」
側近も手慣れたもので、吾輩だけを飛ばす程度の魔法陣なら、この短時間で床に描いてしまう。
「魔法陣が完成しましたので、こちらへどうぞ」
「いつ見てもお前は魔法陣の作製だけは綺麗であるな」
「は、はあ。どうも。ささ、早く」
せっかく褒めてやったというのに何とも言えない態度を取る。
そんな側近に促されるまま、魔法陣の中央に立つ。
魔力を込め、魔法陣が紫色に明滅し始めれば転移開始が近い合図である。
「それでは魔王様、良い旅を」
「ああ。行ってくる」
一層強い紫光に包まれたことで側近の顔が見えなくなると、今度は一転して真っ暗な空間に包まれる。
そして、体が両側からきつく押されるような感覚に襲われる。
時空を移動している証拠であるが何度味わっても慣れないものだ。
徐々に周りに光が満ちてきて、最後にもう一度強い光に包まれる。
こうして吾輩は新たな世界へと転移を果たしたのであった。