【5/20(金)発売!!】史上最強の大魔王、村人Aに転生する 10

閑話 真なる神と、《邪神》の諦観


 ――時は、僅かに遡る。

 アルヴァート・エグゼクス、並びにライザー・ベルフェニックス。

 結託した元・四天王、二人の手によって引き起こされた世界改変。

 その渦中にて、アード・メテオール達が足掻く中。


《邪神》・メフィスト=ユー=フェゴールは独り、彼等の動向を観察し続けていた。


 かつて地上世界を気ままに闊歩し、世に混沌をもたらしてきた怪物は今、古代における最終決戦での敗北を経て、ある山脈へと閉じ込められていた。

 そこは《魔王》の手による永劫の牢獄であり、メフィストは果てなき苦痛を味わい続け、いずれその精神を崩壊させる……はずだったのだが。

「ライザー君も詰めが甘いなぁ~。魔力を封じたから終わりだなんて、ちょっとハニーのことを侮ってるよねぇ~」

 石室に封じられたメフィストの顔に、苦悶など微塵もない。

 おぞましき牢獄であるはずの空間はしかし、彼の手によってリフォームされ、住みよい空間へと変わり果てていた。

 彼に苦痛を与え続けるため、ヴァルヴァトスが施した魔法の数々もまた、「なんか鬱陶しい」という軽い気持ちでことごとくが解除され……

「アハハハハハハ! シルフィーちゃんの大立ち回りは最高だなぁ! 下手なコメディーよりもずっと笑える! アハハハハハハハハハ!」

 ソファの上に寝転がり、菓子など咀嚼しながら、遠望の魔法によって召喚された大鏡を見て笑う。その様はまるで、演劇鑑賞などの娯楽に興ずる中年女性のようだった。

「今回の一件も見応えあるねぇ。……ただ、満点をあげるにはまだ足りてないかな」

 メフィストは思う。自分だったらもっと面白く出来るのに、と。

「はぁ。外に出て遊びたいなぁ」

 叶わぬ夢を抱き、嘆息するメフィスト。

 自身の拘束と嫌がらせを目的とした拷問魔法に関しては、容易に対処出来た。しかし最後の砦である封印の魔法だけは未だ、解除するための糸口すら掴めてない。

「いやぁ、本当、失敗したなぁ。こんなことなら保険を掛けておくべきだった」

 言葉に反して、メフィストの声音は明るかった。

 なぜなら彼は、自分のことを信じているからだ。

 確かに、ここから出ることは不可能。それは叶わぬ夢。

 しかし。自分を信じ、努力を積み重ねたなら、いつか必ず。

 と、そのような楽観的思考に対し、次の瞬間――


「君の、望みは……間接的に、叶う……」


 なんの前触れもなく、室内に第三者の声が響いた。

 それを耳にすると同時に、メフィストは片目を眇めて一言。

「想定外、極まりないな」

 彼の声音には動揺の色があった。

 メフィストは大鏡から視線を外し、闖入者の姿を目にする。

 白い衣服に身を包んだ、青い髪の少年。

 彼はメフィストの発言を無視して、淡々と言葉を紡いでいく。

「近い、将来……ライザー・ベルフェニックスが、ここへ来る……君を、切り札として、利用するために……」

「ふぅん。君がそう言うのなら、きっとその通りになるのだろうね」

 このメフィストという男を知る者からすれば、今、彼が見せている姿は意外な様相として映るだろう。

「それで……僕に、なんの用かな?」

 緊張している。この《邪神》が、明らかに、緊張している。

 当人からしてみれば、無理からぬことだった。

 何せ相対しているのは本物の神であり……かつて自分を、孤独に陥れた存在なのだから。

「まさかまさか、僕に先々の情報を伝えに来たってだけじゃあないんだろ?」

 相手方を睨むように目を細め、問い尋ねる。

 これに対し白服の少年はひどく無機質な調子で受け応えた。

「ぼく達にとって……君は、特別な、人物……定められた結末を、唯一、変えた存在……そう、だからこそ……君に、選択権を、与えることに、した……」

「選択権?」

 小さく頷いてから、少年は次の言葉を出した。

「先程述べた通り……近いうちに、ライザー・ベルフェニックスが……ここへ、やって来る……君は間接的に、自由の身となり……その後、紆余曲折あって……今回の一件は、終わりを、迎える…………物語は、そこまでだ」

 少年の言葉がいかなる意味を持つのか。

 それを把握したメフィストは、唖然とした顔で、絶句する。

 一言も発しない彼に反し、白服の少年はさらなる言葉を紡いでいった。

「この一件、以降……ぼく達は、この世界を、観測しない……因果を、紡がない……新たな人物を、登場させることは、ない……」

 メフィストはしばし無言のまま、相手方を睨むのみだったが。

「……皮肉なもんだね。他人に二者択一を迫ってきた僕が、最後の最後、より上位の存在に同じことをされて、苦しむだなんて。これぞまさに因果応報ってやつか」

 微笑が口元に戻ってくる。

 だがそれは、普段の超然としたものではない。

 諦観に満ちたその表情は、どうしようもない現実に打ちのめされた、弱者のそれだった。

「ぼく達に、結末を一任するか……あるいは、君自身が、決着を付けるのか……行動で以て、答えてほしい……」

 どうやら彼は、目的を果たし終えたらしい。口を閉じた途端、その姿を消失させた。

 再び独りとなったメフィストは拳を握り締め、天井を見上げながら、

「元居た世界の、彼だったなら。あるいはハニー、君だったなら。諦めるだなんて選択は、決してしないのだろうね。……でも、僕は」

 瞼を閉じて、思い返す。

 とある世界の結末を。

 己が生まれ育った、故郷の末期を。

「永遠に続くような遊びはない。玩具はいずれ、親に取り上げられて。嫌なことに向き合う瞬間が、必ずやって来る。それがまさに、今だ」

 そしてメフィストは、結論へと至った。


「――――ハニー。せめて僕は、君を」

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