ファースト・ドロー 機械仕掛けの神 1-2

「中古車を買おうかと思って、結局我慢したんだよ……! そろそろ通帳を返してくれ! て言うか君、まさか持ち逃げしたりしないだろうな!? 秘書カードに資金持ち逃げされました、なんてことになったら俺は恥ずかしくて生きていけないぞ!」

「やだ、しつれーな。私はマスターを裏切ったりなんかしませんよ。そもそも、できないように設定されてますし」

 通帳をひらひらと振りながら、キャロが答える。

「私達秘書カードには、世界の基本知識をあらかじめインプットされると同時に、いろいろとプロテクトがかかってます。まず、マスターは裏切れません。また、自分の意思でマスターから逃げることもできません。自分の意思でマスターに損をさせるような行為もできません。秘書カードは、その存在あるかぎりマスターの味方です。ただ、まあ……」

 そこまで言って、ニヤリとキャロが笑ってみせる。そうして、自分のスカートの裾をついっとつまんでわずかに引き上げたあと、

「私だけじゃなくて、私への行為にもプロテクトが掛かってます。具体的に言うと、過度の虐待、攻撃、及び性的な行為などが禁止されております。……だからぁ、幾ら私が可愛かわいすぎるからって無理やり押し倒したりしたら、その場で私は〝割れて〟しまいますので、注意してくださいね……ま・す・た・あ」

 と、あおるように言った。アキトは、わずかに顔を赤くして目をそらす。

〝割れる〟と言うのは、カードが破壊されることを言う。カードは普通、期限終了まで手元に存在するが、なんらかの理由で重大な損傷を受けた場合などは耐えきれずその存在が消えてしまうのだ。

 その場合カードはもう元通りには戻らず、女神の元に去り、またガチャに仕込まれるのだという。

「……シチュエーションカードとかとは違う、というわけか」

「ええ、あれはただの現象ですから。個人のあれこれはないです。ですが、私のような秘書カードは一個の人格を持ち自分で考え動きます。あれらと違い、都合で動きを止めたりなんてこともできません。ですので、女神は私達を守る保護をかけてくれてるわけです」

 キャロは自分の薄い胸に手を当てて誇らしげに言う。彼女にとって、自己を持つことには特別な意味があるのかもしれない。

「ああ、とはいえ、所詮はカード。ゆえに、使い捨てられるのも普通です。それも役目みたいなものです。ですので、何も同じ人間のように私を扱う必要はないですよ。私には、食事も睡眠も必要ないですし。……まあ、優しくしてくれればうれしいし、御飯をもらえればしくいただきますし、マスターが私のためにたっっっっかいプレゼントをくれるなら大歓迎しますけどね」

 そういうと、またニッコリと微笑ほほえんでみせる。

「それに、私たちは割れれば記憶を全部失いますので。使い捨てられても、どれだけ傷ついてもそうすれば元通り、次の持ち主に握られるだけです。ですのでご安心を」

「……記憶を失う、か。聞いてはいたけど本当なんだな……じゃあ、もし君の期限が終わった後もう一度来てもらったとしても、もう俺のことは覚えていないのか」

「ええ、残念ながら」

 さして残念でもなさそうにキャロが言う。キャラクターカードには必ず期限があり、それを超えれば手元からは失われる。その時に記憶も消されてしまうのである。

「……寂しいもんだな。君たちは毎回忘れてしまうんだから」

「ええまあ、なにしろ、記憶を引き継いじゃったら前の持ち主の個人情報とかもついてきちゃいますしね。現在の持ち主に求められたら、私たちはそれを黙っていられないですし、それにほら、せっかく手に入れたのに、そのカードが前の持ち主を引きずってたりしたら嫌でしょう? 引かれたからには、その方に尽くすのが私達の使命。それにぶっちゃけ邪魔だし、記憶なんて残らないほうが良いですよ」

 特に思うところのない様子でキャロが言う。彼女たちにとって、それは当たり前のことなのだ。一年で記憶を失い、次に向かう刹那的な命。

 そう考え、なんだかアキトは悲しくなってしまった。

「……嫌じゃないのか?」

「いいえ、別に。そういうものですし。私としては、その時その時でお金と楽しく戯れられたらそれで満足ですよ」

 そう言うと、キャロは通帳をアキトに返した。

(……たった一年しか一緒にいられない、か。……なら、少しでもいい思いをさせてあげたいな)

 そう思いつつ、自分の命綱である通帳を大事そうにしまうアキトを見ながら、キャロが続けた。

「たしかに、資金の方、確認させてもらいましたマスター。一千万GP超えの資金、さっきも言ったとおり、そのとしにしてはたいした金額ですわ。私を引き当てた根性もご立派。ですが、その上で言わせていただくのならば……」

 アキトの顔をじっと見つめながら、キャロがそこで言葉を切る。

 何を言うつもりだろうか。ごくり、とアキトがつばを飲み込むと、

「……その金額で、今すぐCVCに挑むのは無謀もいいとこですね。多分、半年以内に負けて全部失うことになると思います。生き残れる可能性は、まあ……10%あるかないかってとこじゃないですかね」

 と、キャロはバッサリと斬り捨てた。

「……えっ……」

 アキトに動揺が走る。……うそだろ。ずっとCVCを目指してやってきたんだぞ。

 そして、ついに夢の扉が開いたと思ったのに……10%?

 逆に言えば、半年後には自分のカンパニーが生きていない可能性が、90%……?

「……嘘だろ……?」

「残念ながら、本当です。はっきり言って、このヒナト国のCVCに挑戦できる金額ではないですね。もっともっと貧乏な国のへきなら十分でしょうが……多分、ここだとすぐに死ぬと思いますよ」

 にべもない。ひどい。

 ……そこまで難易度が高いのか。この国でやっていくのは。

「まあヒナトは世界でもかなり裕福な方の国ですしね。それに、この世で貧乏人がお金持ちになろうとすることは、とても難易度が高いんですよ。残念ながら、資金としての一千万程度は小銭と言わざるをえませんね」

「……マジか」

 がっくりと肩が落ちる。どこかで、これから成功が待っていると確信している自分がいた。なにしろ、ついに念願の秘書カードを手に入れたのだからと。

 だが、まさかその秘書カードからこれほど厳しい現実を突きつけられるとは。

「……俺が、たとえば優れたバトルカードの操作技術を持つマスターだとしても?」

「優れた操作技術を持ってるんですか?」

 わらにもすがるつもりで言った言葉に、キャロが質問で返す。うぐ、と返答に詰まる。

 を張ろうかとも思ったが、無意味なので素直に答えた。

「……実は、まだまともにバトルカードを持ったことはないんだ……」

「あら」

 キャロが、驚いた声を上げる。そう、バトルカードマニアのアキトは、だがまだバトルカードを持ったことがないのである。

 レアリティNのカードならば、えり好みしなければ数万程度で購入できるので入手は容易だ。だが、アキトはどうせ手にするのならば初めてはR以上が良いと思っていた。

 なぜならば、Nのバトルカードはただ力が強いだけで独自の特性などを持っていないが、R以上ならばカードによってはスキルと呼ばれる特殊能力を持っているらしいからだ。

 様々な個性を持つカードたちの特別なスキル……。それは、アキトにとって憧れだったのである。

「……よくそれでいきなりCVC挑もうと思いましたね……。無謀すぎる……」

「うっ……」

 キャロの指摘にまた肩が下がる。このままでは肩が地面に触れてしまいそうな勢いだ。

 Nカードでもいい、それで練習を続けておくべきだっただろうか。だが、一年で消えるカードに投資をしていては今現在手元にある資金はもっと小さいものだっただろう。

「……だけど、誰だって最初はそうだろう? 最初は素人なんだ、でも皆それを乗り越えて駆け上がっていくんだ、いきなり実戦に飛び込むしか……」

「マスター。もしかして、〝ホルダー〟持ってなかったりします?」

 言い訳じみたことを言うアキトの言葉を遮って、キャロが尋ねる。

〝ホルダー〟。聞いたことがある。たしか、〝カードホルダー〟の略だ。マスターたちはそれを持ち、カードたちを保護するのだという。

 だが、それが今なんだというんだろう。

「あー……マスター、もしかしてそのあたり細かく調べずに目指してたんですか……。あー、なるほどなるほど、あんな山の中で仕事してたら世の中の情報から隔絶されちゃいますもんねえ。そっか、そこから説明が必要でしたか。すみません、秘書カードをコールするぐらいだから全部把握してるもんだと」

 キャロが、納得がいったという顔でうなずいてみせる。

 そうして、身を翻すと、

「よしっ、じゃあ最初にやることは決まりましたね! マスター……まずは、最低限の装備を手に入れるところから始めましょうっ!」

 そう言い、理解の追いついていないアキトの手を引いて歩き出した。


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試し読みは以上です。

続きは製品版でお楽しみください!

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