二章 パンドラゲーム、オンエア!(2)

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 パンドラゲームは、ご契約者様の〝希望〟を叶える夢のゲームです。

 パンドラゲームの勝者は、自らの〝希望〟を敗者から〝徴収〟することができます。

 パンドラゲームの敗者は、勝者の〝希望〟を叶える〝義務〟が課されます。

 パンドラゲームでは、対戦相手が〝希望〟するモノこそがあなたの〝チップ〟となります。

 パンドラゲームに必要となる手続きは総て《NAV.bitナビット》にお任せください。

 あなたの夢や理想、そして欲望の総ては必ずやこのパンドラで見つかることでしょう。

 さあ、《NAV.bitナビット》と共にあなたと〝希望〟が出逢うためのゲームを始めましょう──


「──そんな話、聞いてない」

 広場のモニターに映し出された『パンドラゲームのご案内』を読み終えた波止場は、開口一番にそう言った。やっぱり詐欺じゃないか。

「だからいま説明したじゃないですか。ここはもっとテンションぶち上げるとこですよ?」

「ゲームで希望を叶えろだなんて急に言われて、すぐに納得できるわけないよ……」

 そんな簡単に未知の世界に飛び込んでいけるのは、漫画やアニメの主人公だけだ。

「……悪いけど、俺はやらないよ。やらない。そんな胡散臭いゲーム、どうせ碌でもない結果になるに決まってる。これ以上よく解らないことに関わるのは御免だ」

「でも、いいんですか? このまま何もしなければ野宿確定、なんですよね?」

 踵を返しそそくさと立ち去ろうとした波止場の足が、止まる。

「見知らぬ土地でひもじい思いをしながら夜を過ごす。あぁ、なんて憐れな波止場様」

 ヨヨヨ、と泣き真似付きで弱みを突いてくるツキウサギに、波止場は言い返せない。

 ──ゲームの勝敗によって、対戦相手に自分の〝希望〟を叶えてもらう。

 ツキウサギの言うパンドラゲームとは、簡単に言えばそういう理屈だ。

 それが確かなら、さっき出逢ったばかりの女の子に「今晩家に泊めてよ」という突拍子のない望みを叶えてもらうこともできるわけだ。それが本当なら渡りに船。だが……

「──ところでポッポ君はさ、そのバニーちゃんに何をリクエストしたの?」

 煮え切らない波止場を見かねてか、視聴者の反応も気にしつつ櫃辻がそう訊ねる。

「……それは、その──〝なんとかしてくれ〟って」

「なんとか?」

「俺、帰る家も頼れる人の顔も憶えてなくてさ……それでまぁ、今日行く当てがない」

「ふんふん、なるほどなるほど。よーするにポッポ君は、櫃辻に助けて欲しいわけだ」

「そう、なるのかな?」

「うん、イイよ」と即答。

「ポッポ君が櫃辻にゲームで勝てたら、櫃辻がキミの願いを叶えて進ぜよう!」

「……えっ、いいの? そんなあっさり……」

「櫃辻のリスナーが証人になるよ。それなら少しは信じられるでしょ?」

 やけに物分かりがよすぎる展開に、波止場は素直に喜んでいいのかが解らない。

 しかし彼女の言葉には、「けど」と続く当然の要求があった。

「だけど、もし櫃辻が勝ったらそのときは──」

 櫃辻はモニターに映った自分の姿を目の端に意識しながら、悪戯っぽく笑った。

「そのときはポッポ君には──櫃辻の〝彼氏〟になってもらうよ♪」

「…………えっ?」

 照れも脈絡もない唐突な告白に、宙に浮かんでは消えていくコメント欄も『えっ……』と動揺を隠せない様子で、波止場は故の解らぬ殺気に怯えながらも訊ねる。

「か、彼氏って……俺が? なんで……?」

「櫃辻にはね、夢があるんだよ。それも夢を一〇〇個叶えるっていう、超壮大な夢がね。

 題して──『ユメ一〇〇企画』! 大きな夢も些細な夢も全部含めて、思いついた夢を全部叶えてみるっていう夢凸企画なんだけど、次でその夢も丁度折り返しになるんだよね。せっかくの節目だし、なんか記念になりそうな夢を叶えてみたいなー、ってさ」

「その記念になりそうな夢ってのが、彼氏作ること?」

 そ、と櫃辻は爽やかなウインクを一つ。それが偶々キミだったわけ、と指を差す。

(……なるほど。つまり誰でもよかったってわけ……)

 波止場は密かに肩を落とした。一瞬でもドキリとした自分が恥ずかしい。

「──だからそろそろ始めよーよ。待ちくたびれた子羊諸君が、嫉妬のあまりポッポ君をリアルでもネットでも焼き鳥にしちゃう前に、ね♪」

 広場のモニター群には、波止場の逃げ場を閉ざすように彼の顔が映し出されていて、コメント欄は推しに男の影が迫る危機に阿鼻叫喚。やらなきゃ野宿、やったらやったで彼女のファンからは総叩きに遭いそうなこの状況。今日という日はとんだ厄日かもしれないなぁ、とは思いつつ──やらないという選択肢はもう、波止場の頭から消えていた。

「……解ったよ、やるよ。これ以上俺みたいな一般人に尺使わせるのも悪いし、どうせこっちも余裕なくて困ってはいたんだ」

 波止場は今日で何度目かも知れぬ溜息をついて、どうとでもなれ、と諸手を挙げた。

「──で、俺たちは何のゲームで戦えばいいわけ? じゃんけん? にらめっこ? 俺でも解るような簡単なやつだと嬉しいんだけど……」

「櫃辻は何でもイイよ。でもどうせなら、子羊たちも一緒に盛り上がれるのがイイかな」

「です、ゲームのことなら総て《NAV.bitナビット》にお任せください。お二人の希望に叶う最高のゲームと舞台をご提案致しますよ」

 そう言ってツキウサギは大仰な仕草と溜めを作ると、カメラ目線に口を開いた。


「──整いました。今からお二人にプレイしていただくゲームは、ツキウサギ式かくれんぼ。題して──『ハイド&シープ』です! ええ、ヒツツジシープ様だけに」


 ダジャレじゃないか……と早くも不安に駆られる波止場をよそに、ツキウサギは宙に投影したモニターの一枚を背に、すっかり進行役モードで話を進めていく。

「ルールは簡単です。お二人には狩人役と羊役とに分かれていただき、狩人は羊を見つけることで勝利とし、羊は制限時間いっぱい逃げ切ることで勝利とします。ですが、普通にかくれんぼするだけでは面白味に欠けるので、狩人には〝これ〟を使っていただきます」

 ツキウサギはやおら両手を波止場の眼前に掲げると、指を「」の形に構え──

「──ふぉーかす、おん」

 ウインクの直後、パシャッ、というシャッター音と眩いフラッシュが炸裂した。

「──ッ、眩し! いきなり何するんだよ、ツキウサギさん……!?」

「んはは。使うのはこれ──〝カメラ〟です」

 不意の目眩ましに波止場が怯むのも構わずに、ツキウサギは説明を続ける。

「ゲーム中、羊役には撮影箇所ヒットポイントとなるアクセサリーを装備していただきます。場所は頭部と胸と背中、両手両足にそれぞれ一つずつ。これらはカメラで撮られることで反応し、砕ける仕様になっています。つまり、この──計七ヵ所の撮影箇所ヒットポイントを総てことができたら狩人の勝ち。撮影箇所ヒットポイントを一つでも守り切れたら羊の勝ち、ということですね」

「はい、質問! 撮影に使うカメラはなんでもイイの?」

「です。先ほどは説明のため、お二人の《KOSM‐OSコスモス》にも標準搭載されているカメラアプリを使いましたが、実際にゲームで使用するアプリに制限はありません。ただ、動画や切り抜きスクリーンショットはダメです。撮影箇所ヒットポイントが反応するのはあくまでリアルタイムに撮影されたその瞬間に限りますので。まぁ、それさえ守っていただければ基本なんでもありです」

「そっか。それなら一応ポッポ君にとってもフェアになるのかな」

 どうやら櫃辻には初心者を気遣う余裕もあるらしい。ゲーム慣れしている、という印象を受ける。その一方で、彼女の相棒であるはずのむーとんは主の肩ではなぢょうちんを膨らませてこっくりこっくりと船を漕いでいた。随分と余裕だなぁ、と敵ながら心配になる。

「さて、補足ルールとしては──」

 一つ、ゲームの制限時間は一時間。

 二つ、六號第四区の一部地域より半径一キロ圏内を移動可能範囲とし、

   建物構内への立ち入りは禁止。移動可能範囲外に出たプレイヤーはその時点で敗北。

 三つ、暴力行為はダメ絶対。

「──ま、こんな感じですかね。他に質問ありますか?」

 一通り説明を終えたところで、ツキウサギはプレイヤー二人を交互に見やる。

 ルール自体はそう難しいものではない、と思う。ゲームの細かい仕様に関してはゲームを通して慣れるしかないだろう。しかし、ここで一番の問題となるのは──

「狩人役と羊役。配役はどう決めるわけ?」

「そうですねー。別にじゃんけんでも、コイントスでも結構ですが──」

「じゃあ、はい! 櫃辻、狩人やりたい!」

 と、まさかの挙手制に波止場は目を丸くする。

「……え、いいの? 多分これ、狩人役の方が結構不利じゃない?」

「ポッポ君、パンドラゲーム初見でしょ? 土地勘皆無のフィールドに慣れないゲーム。そんな状態で初心者のキミが街中駆け回って、本気で隠れてる人間一人見つけるのって、けっこー無理ゲーだと思うんだよね。だから未来ときめく配信者的には、少しでもフェアにやりたいわけだよ。──それに、そっちの方が配信映えしそうだしね♪」

「もしかしてめっちゃいい奴? 君」

 出逢い方こそ衝突事故一歩手前だったが、なんなら炎上不可避の飛び火まで喰らったが、ここにきて初めて人の優しさに触れた気がして、不意に目頭が熱くなる。

 ……あとでチャンネル登録しておこう。

「では、説明パートはこれくらいにして。そろそろゲーム開始の宣言コールといきましょうか」

 ツキウサギが袖を振ると、波止場と櫃辻との間に割り込むように六角形の表示窓ディスプレイが二つ、それぞれの正面に現れた。そこにはただ一言──《Ready?》とだけ書かれている。

 言葉の意味は解る。ついに始まるのだ。

「それでは皆々様方、準備のほどはよろしいですか? ──あー、ゆー、れでぃ?」

 フラッグでも掲げるように両袖を振り上げて、ツキウサギは問いかける。

「ポッポ君。櫃辻を本気で惚れさせてみせてね?」

「……え?」

「じゃないと、すぐフっちゃうから」

 宣戦布告にも似た言葉と不敵な笑みを添えて、櫃辻は目の前の表示に手を重ねる。

 波止場も遅れて彼女と同じように手を重ね──

「──Ready!」

「……れ、レディ」

 二人分の宣誓を開始の承認とし、二つの表示窓ディスプレイが光に溶けた。そして──

「です。それでは──」

 始まる。ツキウサギは宣言と共に、スタートフラッグを振り下ろした。その直後、二人は人ならざる力によってスタート地点へと──〝転送〟された。

「──パンドラゲーム『ハイド&シープ』! ゲームスタートです!」

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