第三章 フィオナとフィオナ(3)

 いったいどっちが『正解』のフィオナなんだ――?

 帰宅後、自室にこもった俊斗は宿題なんてそっちのけ。

 机で一人、例の難問に頭を悩ませていた。

「見た目もそっくりだし、やっぱ恵令奈ちゃんが正解……だよな? けど夜神さんのあのオーラは疑いようもなく本物だし、でもフィオナの自覚があるのは恵令奈ちゃんの方で……って、あーもうマジでわっかんねぇ!」

 椅子の背にもたれかかり、わしゃわしゃっと乱暴に頭を掻いていると、

「やあやあ、『答え』は出たかい?」

 ミリュビルがどこからともなく現れた。紫のツインテールに黒のロリータドレス――相も変わらず幼女の姿に化けている。

「うっせぇ、今考えてる最中だ。つーか勝手に入ってくんな!」

 苛立ちをあらわにすると、ミリュビルはにまぁっと口の端を上げる。

「あれあれぇ、もしかして迷ってるぅ? あんなにも自信満々だったくせにぃ~~」

「だからうるせぇわ! つーか、お前は『正解』を知ってる……んだよな?」

「そりゃぁもちろん☆」

「じゃ、じゃあ答えを……」

「教えるわけないじゃぁ~ん♪」

 軽い口調とは裏腹に、ミリュビルの瞳は底冷えするような冷たさをまとっていた。

「キミが悩めば悩むほど、ボクがいただくご馳走は極上のものになるんだからさぁ」

「ちょっと待て、ご馳走って何の話だ?」

「初代との契約をねじ曲げてまでキミと契約したんだ、ボクにだってメリットがなきゃぁ。このボクが何の見返りもなく人助けするとでも思ったぁ?」

「やっぱり何か企んでやがったのか」

 前世じゃフィオナを助けたい一心だったんだろう、『レオ』はミリュビルの協力を純粋に喜んでたみたいだけど、今思うと怪しさしかねぇ。

「ボクさぁ、これでも元はキラッキラに光る宝石だったんだよ。どんな星よりも美しく輝く、世界にたった一つの秘宝だったんだ」

「はぁ? いきなり何の話だよ」

「手にした者の願いを叶える、なんて言い伝えまであってね。ボクを巡って戦争なんかも起きたりして。ほんっと引く手数多あまただったんだから」

 戸惑う俊斗に構わず、懐かしそうに明かしたミリュビルは「でもさぁ――」と、不穏な笑みで続ける。

「いろんなやつの歪んだ念を吸い続けてるうちにボク、暗黒に染まっちゃって、気付けば自我と魔力を宿すようになってたんだよねぇ」

「なっ、それって人間の念が元で魔石になったってことか?」

「まぁそういうことになるね。感情はボクにとって貴重な栄養源なんだ。飢えを満たすために魔獣化して大暴れ――人間どもの恐怖を食い荒らしてたんだけどほら、キミの先祖に捕まっちゃっただろぉ?」

 しゅんと眉を下げたミリュビルは、同情を誘うように言った。

「それまではいろんな人間から自由に感情を吸えたのに、キミの先祖のせいで契約者以外からの搾取は禁じられちゃったんだよ、ひどい話だろぉ?」

「や、ひどいのは暴れてたお前……ってちょっと待て、契約者以外からは吸えないってことは……」

「うん、今はキミからちゅーちゅーしてるよ♪」

 愛らしい唇をタコのようにすぼめたミリュビルが、ちゅーっと吸い出すような仕草をする。無駄に可愛いが、無性に腹立つなおい!

「人の感情を勝手にエネルギー化すんな!」

「いいじゃぁん、ボクたちウィンウィンの関係ってやつだろ。誰が前世でフィオナを助けたと思ってるのさ」

「けどお前のせいで、現世のフィオナが危険にさらされてんだぞ!」

「それってボクのせい?」

「は……?」

「契約に応じたのはキミだろ? フィオナが犠牲になるとしたら、それはボクじゃない、『正解』を選べなかったキミのせいさ」

 禍々しいほどの紅。ミリュビルの無機的な双眸が、俊斗を冷ややかにとらえる。

「ボクは責任を果たした、今度はキミの番だよ」

「それは……そうだけど……」

 正論で迫られて、何も言えなくなってしまう。

「こう長いこと生きてると、大抵の感情は食べ飽きてるんだよねぇ。ありきたりな味じゃツマンナイし、もっと面白い料理を食べたいなぁって。前世から漬け込んだ年代物――キミのおかげでようやく願いが叶うよ」

 じゅるり、と舌なめずり。赤い瞳を不気味に輝かせたミリュビルは、

「前世からずっと待ってたんだよぉ? 本物のフィオナは誰か、キミには悩みに悩み抜いて至高の絶品に仕上げてもらわないと――」

 俊斗にゆっくりと顔を寄せ、ニタァっと妖しく笑う。

「『本物』を選べたときの歓喜はさぞ美味だろうし、選択を誤ってフィオナを見殺しにしたときの絶望なんて……ああ、考えただけでもゾクゾクしてくるよ! 調理過程の苦悩すら蕩けるほどの甘美! どこを齧っても旨みしかないなんて、キミってば最高だよ……!」

 頬を上気させ、恍惚の表情を浮かべたミリュビルが、まだ見ぬご馳走への期待に身をよじらせる。

「くそっ、あの鬼畜仕様の契約はそれが狙いかよ!」

「あはは! 責任重大、キミが間違えたらフィオナが死んじゃうよ~♪」

 楽しげに言ったミリュビルはくるくると踊るように一回転。ツインテールをぴょんぴょん弾ませ、口笛まで吹き出す始末だ。

「さすがに趣味悪すぎんだろ……。フィオナを救うためじゃなきゃ、お前になんか助けを求めなかったのに……!」

 ぎりぎりと拳を震わせた俊斗は、だがふっと引っかかる。

 そもそも、フィオナはなんで命の危機に瀕してたんだ――?

 不治の病……いや、悪質な呪いのせいで……?

 思い出そうとしても、前世の記憶は相変わらず靄のかかったような状態――ひどく曖昧で、手掛かりさえ掴めない。

「なぁ、せめて前世で何があったかくらいは教えろよ。前世の責任を取るにしたって、覚えてることが少なすぎてフェアじゃねぇ」

「えー、知りたい~?」

 髪の毛の先を指でくるくる。もったいつけるように弄んだミリュビルは「じゃあさぁ~」と、呆れるくらいの笑顔で言った。

「とりま、フィオナ候補の二人と平等にイチャコラすればいいんじゃないかな☆」

「はぁあ? この状況でよくそんなこと言えるな、人をからかうのもいい加減に……」

「やだなぁ、理に適った方法だよ。記憶の解放に必要なのはデジャブなんだ。前世を思わせるイチャコラ重ねるのが、記憶を取り戻す一番の近道だと思うけどなぁ~」

「ハッ、騙されるかよ。そんなわけな…………くもないのか――?」

 そもそも前世を思い出したのって、恵令奈ちゃんと花火を見たのがきっかけだったわけだし――?

 そっか、あれってデジャブを感じたから記憶が戻ったのか……。

 納得していると、「ねぇねぇ」とミリュビルが恋バナ好きの女子みたいにささやく。

「現時点ではどっちが気になってるの? 七星恵令奈? それとも夜神瑠衣の方?」

「ってサラッと候補者特定してんじゃねぇよ、お前には絶対言わねぇし!」

 まぁ、まだどっちも好きじゃないってのがホントのとこだけど――。

 恵令奈ちゃんのことは嫌いじゃないけど、妹フィルター強すぎて『恋』って感じではないし、夜神さんに至っては今日出会ったばかり。

 オーラがあまりにもフィオナだから強く惹かれはするけど、それが『恋』かと聞かれるとうーん、どうなんだ? レオとしての記憶が曖昧だから、借り物の感情を味わってる気もして、いまいち実感が伴わない。

「にしてもイチャコラって……」

「やだなぁ硬派ぶっちゃって。前世じゃいろいろやってたくせにぃ」

「知るかよ、その記憶すらあやふやなんだよ、こっちは!」

 ――ていうか実際、レオとフィオナってどこまで進んでたんだ?

 建国祭の日とか、あの後どうなったんだろう。かなりイイ感じだったし、恋人っぽく抱き寄せてキスとか――――ってこれ記憶じゃねぇ、ただの妄想じゃん……!

 つい浮かんだ甘い一コマを、ぶんぶんと首を振って掻き消す。

「そういや契約上の『フィオナに愛を誓う』って、具体的にはどういうレベルの話なんだ? 告白とか交際するとか、そういうこと?」

 先ほど恵令奈とのやり取りでも気になったことを聞いてみる。

 だって二人とイチャコラしろなんて、下手したら契約に引っかかりそうだし。

 さすがに『手を繋いだだけでアウト!』ってことはないんだろうが、不用意な言動で『愛』を認定されたら、しかもそれが『本物』に対しての行為じゃなかったら、その時点でフィオナの命は――。

「つーかやべぇ、花火大会の日、恵令奈ちゃんのこと抱き締めてんじゃん!」

 前世ぶりの再会で感極まった恵令奈ちゃんが飛びついてきて、だからそれに応えちゃったけど、あれ大丈夫なのか?

「もし恵令奈ちゃんが『正解』じゃなかったら、夜神さんの寿命が削れてたりしねぇ?」

 今さら慌てふためく俊斗に、「大丈夫だから落ち着きなよぉ」とミリュビル。

「ハグなんか挨拶だろ。さすがに裸同士はどうかと思うけど、服着てるなら全然セーフだよ」

「そ、そんなもん? この国じゃハグも結構ラブな行為……ってか裸同士って!」

 思わず赤面する俊斗に、にまぁっと目を細めたミリュビルは、

「キスも挨拶だし、軽いやつはセーフだけど、舌入れてじゅびじゅば吸うのはアウトかなぁ~。あ、まぐわうのは一発退場ね☆」

 愛らしい幼女の顔でとんでもないことを付け足す。

「ちょっ、お前その姿でそーゆーこと言うなよ!」

「やだぁ~耳まで真っ赤じゃん。キミってば現世じゃ意外とウブ? 前世じゃあんなに激しかったくせに」

「マジか!? 全然覚えがねぇんだけど……」

「もうね、魔獣もびっくりの獣っぷりだったよ。なかなか会えないからって、野外でも平気で交わってたよねぇ~。昼間っから森の中でも、じゅびじゅばアンアン……」

「ちょっと待て、俺の反応見て楽しんでんな? よく考えたらフィオナって聖女じゃん!」

 ふと脳裏に浮かんだのは、聖女の服に身を包んだ神々しいフィオナの姿だ。

 そうだよ、フィオナって確か、他の聖女にはない破格の力を持ってるって、シャニール王国でも有名だったはず……。

 敵国の聖女ではあるけど、慈愛に満ちた奇跡の女神だって、密かに崇める人も多くて――そんな神聖な聖女サマ相手に、そうそう変なコトできねぇだろ。

「聖女ってほら、そーゆーことすると神聖力を失うって聞くし、穢すようなマネはしてねぇよ、たぶん……」

「え~! キミが手を出したせいでフィオナは弱っちゃったんじゃぁん、それすら忘れちゃったのぉぉ?」

「マジかよ、レオ最低か……!」

「――とまあ冗談はさておき、フィオナに愛を誓うってのは『一生幸せにする』ってことになるんじゃないかなぁ」

 けろっと本題に戻ったミリュビルが、退屈そうにあくびする。

「って冗談かよ!」

 一拍遅れたツッコミを入れつつも、「一生幸せに、か――」と了解する。

 でもそれって、どんな感じなんだ……? いわゆるその……結婚とか――?

『俊斗』としては恋愛経験ゼロなせいか、いまいちピンとこない。

 二人のこともっと知らなきゃ、そんな気持ちにはなり得ないんだろうし……。

 イチャコラっつーか、まずは二人との距離を自然な感じで縮めてみるしかないか……。

 前世の記憶も取り戻さなきゃだし――。

 とはいえ、デジャブが起こりそうなイベントって何だ――?

 花火以外でフィオナと過ごした思い出って……ダメだ、全然思いつかねぇ。

 一緒にゲームで村づくり……はしてねぇよな、前世じゃカラオケとかボーリングも無理そうだし……。

「あーもう! 何かねぇのかよ、シャニールの騎士とランブレジェの聖女がやってそうなこと…………って、そうだ――!」

 不意に名案をひらめいて、すぐさま二人のフィオナ候補――ではなく、親友の誠司に連絡を入れた。


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試し読みは以上です。


続きは2024年1月25日(木)発売

『私を選んで、あなたのキスで ~運命のカノジョは私だけ!~』でお楽しみください!


※本ページ内の文章は制作中のものです。製品版と一部異なる場合があります。

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