第一章 南の島(5)
「な……!?」
「ごめんなさい。本当は、明かすつもりはなかったの……レクシアさんたちには、この島の楽しい思い出だけ持って帰ってほしかった……」
絶句するレクシアたちに、ジゼルは微笑む。
「アウレア山は数百年に一度、空に凶星が七つ揃った時に噴火するという伝説があるの。そして噴火が起これば、世界が暗雲に覆われて滅んでしまうとも」
「せ、世界が、滅ぶ……!?」
「ええ。それを阻止するために、この島には、アウレア山の噴火が近付くと精霊術を宿す人間が生まれてくる……ハルワ島に住む人々は、精霊術を宿す生贄をアウレア山に捧げることで噴火を抑え、世界滅亡を回避してきたのよ」
「そんな……じゃあアウレア山の噴火を抑えるために、ジゼルさんが生贄に……?」
「そうか、その役目を果たすために、精霊術を宿す者は島の外に出ることを禁じられているのか……」
レクシアが憤然と食ってかかる。
「生贄を捧げることで噴火を止めるなんて、この島の人たちは本当にそんなこと信じてるの? 噴火って自然現象でしょ? そんな方法で収まるわけないじゃない!」
「いや、だがジゼルの自然を操るという特殊な能力――精霊術を見れば、あの力で自然現象を抑えるというのも納得できる……」
「ええ。伝承に従って、生贄の習わしは太古の昔からずっと続いてきたの。そしてまさに今、アウレア山は噴火しようとしている」
ジゼルが夕暮れの空を仰ぐ。
細い指が、アウレア山の上に輝くふたつの星を指さした。
「あれが凶星よ。凶星は一夜にひとつ増えていって、七つ揃った夜にアウレア山が噴火すると言われているの。だから生贄は、凶星が七つ揃った日の夕方に、アウレア山に身を捧げることになっている……でも今回は、少しだけ早いみたい」
「そんな……いくら噴火を止めるためでも、そんなことって……!」
声を上擦らせるレクシアに、ジゼルは首を横に振った。
「いいの。これが私の役目だから。いつかこの日が来るって分かってた……精霊術をこの身に宿して生まれた時から、私の運命は決まっていたの。私の命で世界を守ることができるなんて、とても幸せなことだわ」
ジゼルは柔らかく笑った。
海風がエメラルドグリーンの髪を揺らし、大きな瞳が月光に煌めく。
「今日ね、すごく、すごく楽しかった! たくさんお話したり、泳いだり、思いっきり遊んだり……! 私は島の人たちから特別視されていたから、今まで一緒に遊べるお友だちがいなくて……それにお友だちを作っても、いつかは分かれなくちゃならないのが悲しくて……。でも本当は、一度でいいからこんな風に、お友だちとはしゃいでみたかったの。レクシアさんたちのおかげで夢が叶ったわ。これでもう、思い残すことはないわ。最後に夢を叶えてくれて、ありがとう」
しかし、レクシアは勢いよく立ち上がった。
拳を握りしめ、叩き付けるように叫ぶ。
「そんなのおかしいわ!」
「……レクシアさん……」
驚いて見上げるジゼルに、レクシアは涙を堪えながら声を張った。
「一度でいいからなんて、そんなわけないじゃない! 思い残すことはないなんて、そんなわけないじゃない! ジゼルの人生には、これから先、もっともっと楽しいことが待ってるんだから……見せてあげたい景色がたくさんあるんだから! ジゼルを生贄なんかにさせない、これを最後なんかにさせない! だから、本当の言葉を聞かせてよ!」
「……でも……」
ジゼルは声を詰まらせて俯く。
胸元でぎゅっと握りしめられた手が、その胸に様々な想いが押し寄せていることを物語っていた。
そんなジゼルを見つめながら、レクシアは静かに言葉を紡ぐ。
「……私ね、王女なの」
「え……?」
「私の名前はレクシア――レクシア・フォン・アルセリア。正真正銘、アルセリア王国の第一王女よ」
「レクシアさんが……王女、様……?」
ジゼルが目を見開く。
レクシアは遠く祖国へと続く海を見晴るかした。
「本当なら、私はたくさんの人たちに守られて、人生のほとんどをお城の中で過ごすはずだった……でも私は、そんな誰かに定められたみたいに生きていくのは嫌だったの。自分で運命を切り開きたくて、この足で世界を知りたくて、大好きな人に相応しい存在になりたくて――困っている人たちを救いたくて、お城を飛び出したの」
「私たちは、ただの旅人ではないんだ」
ルナも静かに言の葉を継ぐ。
「この島に来るまでに、サハル王国を、ロメール帝国を、リアンシ皇国を救ってきた。人助けになら、多少の覚えはある」
「これまで、もう無理だって思っちゃうような試練もたくさんありました! でも、その度に成長して乗り越えて、今ここにいます! だから、頼ってください!」
ティトも涙を浮かべながら、声を上げた。
「ルナさん、ティトさん……」
声を失うジゼルの手を、レクシアが力強く握る。
「最強で最かわな私たちに任せておけば、心配いらないわ! 生贄なんていう運命から、絶対にジゼルを救ってみせる! ジゼルが見たいのなら、砂漠にだって雪原にだって連れて行ってあげる――未来を見せてあげる! だからお願い、本当の声を聞かせてよ!」
「…………」
まっすぐな目をしたレクシアを、ジゼルが見上げる。
エメラルドの瞳に涙が滲んだ。
「死にたく、ない……」
震える唇から、掠れた声が零れる。
小麦色に焼けた頬に、透き通る雫がぽたぽたと落ちた。
「生贄になんかなりたくない……私も普通の女の子みたいに生きたい……もっともっと、レクシアさんたちと笑ったり、きれいな景色を見たい……! まだ、生きていたい……!」
ずっと誰にも言えず、胸の底に封じ込めていたであろう言葉が、涙と共に溢れ出す。
それは生贄になる運命を受け入れて生きてきた少女が初めて零す、心からの叫びだった。
「お願い……助けて……――!」
命を振り絞るようなその叫びを、レクシアは眩い笑顔で受け止めた。
気高く胸を張り、絹のごとき金髪を鮮やかに払う。
「任せて! 一緒に噴火を止めて、世界を救っちゃいましょう!」
「……っ!」
わななくジゼルの背中を撫でながら、ルナが笑う。
「そうと決まれば、さっそく手がかりを探さなければな」
「そうよ、絶対に何か他の方法があるはずだわ! 何が何でも見つけてみせるんだから!」
「私、師匠に手紙を送ってみます! 師匠は鉱物や地質を研究しているので、火山にも詳しいかもしれません!」
ティトの師匠――『爪聖』グロリアのことを思い出しながら、ルナも頷く。
「そういえば、グロリア様は出会った時に、特別な鉱物を譲ってくれたんだったな」
「すっごく心強いわ!」
ティトは早速グロリアに手紙をしたためた。
ジゼルが指笛を吹いて、一羽の小鳥を呼ぶ。
「手紙を届けるのは、この子にお願いしましょう。人捜しが得意で、相手がどこにいてもすぐに見つけてくれるわ」
「よろしくお願いします!」
「ピィィィッ!」
手紙を足に結びつけると、小鳥は鋭く鳴いて飛び立った。
「こちらもこちらで動こう。あの山に関する文献ならば、この島のどこかにありそうなものだが……」
思案するルナに、ジゼルは力なく首を横に振った。
「長たちも、私を生贄にしない方法はないか、必死に島中を探してくれたのだけれど、それらしい手がかりは見つからなかったわ。ただ――」
「ただ?」
ジゼルはアウレア山の西側に茂る密林に目を馳せる。
「ひょっとすると、あの密林の遺跡に、何か噴火を止める手がかりがあるのかもしれないという話も出たのだけれど、あそこはあまりに危険すぎて……」
それを聞いて、レクシアが目を輝かせた。
「そこよ! きっとその遺跡に、噴火の秘密を解き明かす重大な鍵が眠っているのよ!」
「お前はまた……思いつきでものをしゃべるな」
「だって、誰も手を付けていない場所なんて、あそこくらいしかないじゃない!」
レクシアが勝ち誇るが、ジゼルは慌てて口を開く。
「ま、待って、あの密林は本当に危ないの! かつては神秘の森として敬われていたけれど、いつからかとても凶悪な魔物が棲み着いてしまったの。しかもその魔物たちの頂点に『密林の王』と呼ばれる恐ろしい魔物が君臨していて……過去に多くの被害が出ていて、誰も近付くことさえできないのよ」
「大丈夫よ、私たちなら行けるわ! なんたって、ルナとティトがいるんですもの!」
それを聞いて、ジゼルはルナとティトに目を移す。
「そういえば二人とも、海で何かすごい技を繰り出していたけれど……それに三つの国を救ったって……一体何者なの……?」
ルナは涼しい顔で肩を竦めた。
「大きな声では言えないが、私は裏社会では少しばかり名の知れた暗殺者でな」
「あ、暗殺者!?」
「ああ。だが今は、レクシアの子守り……お守り……いや、護衛をしている。魔物との戦闘ならばお手の物だ」
「ルナはとっても凄いのよ。愛用の糸で、どんな強大な魔物だって切り刻んじゃうんだから!」
胸を張るレクシアの隣で、ティトが拳を握った。
「私も、『爪聖』の弟子としてがんばります!」
「そ、そうせい? そうせい――って、それってまさかおとぎ話に出てくる、世界最強の『聖』の一人、『爪聖』のこと……!?」
「ええ、そうよ! 『聖』はおとぎ話じゃなくて実在しているし、ティトはそのお弟子さんなの! とっても強いんだから!」
「まだまだ未熟ですが、全力でジゼルさんを守ります! 安心してくださいっ!」
次々に明かされるとんでもない事実に、ジゼルは目眩さえ覚えていた。
「す、すごいわ……じゃあ本当に三人だけで、国を三つも救ってきたの……?」
「そうよ! サハル王国では伝説のキメラを倒して、宰相の国家転覆の野望を阻止したし、ロメール帝国では呪いの吹雪を振りまく恐ろしい氷霊を倒したわ! リアンシ皇国では、皇女様と一緒に【七大罪】の焔虎をやっつけたの!」
「え、えええええええええ!? す、すごすぎるわ……このままじゃ三人とも、生きた伝説になっちゃうんじゃ……!?」
ジゼルが目を白黒させる一方で、レクシアは晴れ晴れとした顔で胸をなで下ろす。
「ふう、全部言えてすっきりしたわ!」
「そんなに言いたかったのか」
「だって、ずっとジゼルに隠し事をしているみたいで落ち着かなかったんだもの」
「ふふ、レクシアさんらしいですね」
ジゼルは改めてレクシアたちを唖然と見渡した。
「一国の王女様に、凄腕の暗殺者に、『爪聖』のお弟子さん……! 普通の女の子たちではないとは思っていたけれど、まさかそんなすごい人たちだったなんて……!」
震える手をぎゅっと握り、覚悟を決めたように頷く。
「今まで、精霊術を戦うために使ったことはなかったけど……私も少しでも力になれるよう、がんばるわ! 改めて、どうかよろしくお願いします!」
「とっても心強いわ! こちらこそよろしくねっ!」
レクシアは立ち上がると、遠く夜闇に沈む密林をびしりと指さした。
「よーし、明日は噴火を止める手がかりを探して、いざ密林に眠る遺跡へ突入するわよ! というわけで――今夜は朝までガールズトークよっ!」
「なんでだ!?」
「そこはゆっくり休んで明日に備える流れでは!?」
「あら、だってせっかくのお泊まり会だもの。お泊まり会にはガールズトークがつきものって、相場は決まってるのよ。ねっ、ジゼル!」
「そ、そうなのね! 私、こんな風にお友だちと過ごすのは初めてで……」
「じゃあ、なおさら最高の思い出にしなきゃ! 今夜は楽しく語り合いましょう!」
こうして、四人は賑やかな一夜を過ごすことになったのだった。
***
四人は集落の人たちにもらったごはんに舌鼓を打って、入浴を済ませると、大きなベッドの前に集合した。
「それじゃあ、みんなで一緒に寝るわよ! そーれ!」
「きゃっ!」
レクシアはジゼルに抱き付いてベッドに飛び込む。
「さあ、ガールズトークの醍醐味といえば恋バナよねっ!」
「はあ。レクシア、明日に備えるんだろう? 夜更かしせずに早く寝るぞ」
「あら、私はユウヤ様の魅力を一晩中でも語れるけど、ルナは参加しなくていいの?」
「くっ……!? わ、私だって、ユウヤのことならいくらでも語れるぞ……!」
「えへへ、ジゼルさんと一緒に寝られるの、嬉しいです!」
「私もよ。ずっと一人で寝ていたから、なんだか不思議な感じがするわ」
四人で寄り添い合うようにして、いろいろなことを語り合う。
レクシアたちのぬくもりを感じながら、ジゼルが目を細めた。
「なんだか嘘みたい。小さい頃から、いつか生贄になるのが私の定めなんだって思って生きてきたから……運命に抗うなんて、考えもしなかった。でも、レクシアさんたちといると勇気が湧いてくるわ」
「よく言われるわ! 私たちと一緒にいれば、怖いものなんてないんだから!」
「まあ、恐れ知らずという意味ではレクシアの右に出る者はいないな」
「なによルナ、私のこと無鉄砲とでも言いたいの?」
「そうだな」
「そうなの!?」
「大丈夫です、ジゼルさん! 心配なんて全部吹き飛ばすので、安心してください!」
ジゼルはふふっと吐息を漏らすと目を閉じた。
「不思議ね。ここのところ、あまり眠れなかったのに……今夜は、よく眠れそう」
「ええ……おやすみなさい、ジゼル」
開けっ放しの窓から流れ込んでくる潮風は温かく、揺れる水面にきらきらと月光が反射する。
優しい波の音を子守歌に、四人は一夜を明かしたのだった。
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