一章 酒クズ女と一晩中
所属する文芸サークルの
共に田舎から上京してきた幼なじみの恋人をイケメン早慶ボーイに寝取られた
……僕や佐川君が大学に入って三ヶ月程度しか経っていないはずなのだが、恐ろしい早さだ。都会というのはかくも恐ろしい。
「けど、仕方ないじゃん! 彼女のとなりで土下座までされたらごねられないじゃん!」
そう嘆きながらグラスの中の酒を浴びるように飲む佐川君。そんな彼に集まった面々が慰めの言葉をかけ、彼の隣に座った女の子が空いたグラスにすぐさま酒を注ぎ入れる。
僕は愛想笑いを顔に貼り付けながら、彼らの言葉に同調するように適当にうなずきつつリビングの隅っこの方でちびちびとグラスに入ったビールに口をつけていた。
ビールが苦手なお子ちゃま舌なので、こっそりコーラで割ってディーゼルにして飲んでいるのだが、ビールの苦みを完全には打ち消してくれないのでなかなか中身が片付かない。
大学に入ってからというもの(実はその前にも少し)、お酒を口にする機会は何度かあった。基本的に好きとも嫌いとも思わないが、ビールの味だけはだめだ。苦みが口に残るのも不快であるし、のどごしを楽しめと言われても、さっぱり理解できない。
次からはビールはできる限り飲まないと心に誓いつつ、そんな心情を表に出さないようにしながら佐川君が周囲にだる絡みし始めたのを眺めていると、新垣先輩がやってきて僕のとなりに座った。
「よう、やってるか?」
ええまあ、ぼちぼち。
「そうかそうか。今日はありがとな、急な話なのに来てもらって」
それに関しては問題ない。どうせ家に帰っても、図書館で借りた本を読むという予定とも言えないような予定しかなかったのだ。
むしろ、サークルに入ったくせに部員との交流もほとんどしていない半幽霊部員の僕にわざわざ声をかけていただいて申し訳ないと思う。
というか、会の趣旨を考えると佐川君とたいして仲が良いわけではない僕がこの場にいても役には立たないんじゃないだろうか。
「ああ、そういうのは気にしないでいいさ。お前に来てもらったのは佐川のためじゃなくて俺がお前と飲んでみたかっただけだから」
そう言ってにやりと笑う新垣先輩が差し出したグラスに、僕は空気を読んで自分のグラスを打ち付けた。
乾杯とは杯を乾すという。ある意味ちょうどいいきっかけだ。僕は覚悟を決めて残りのディーゼルを一息に飲み干した。
「おいおい、無理して飲むなよ。先輩に強要されて急性アルコール中毒なんて不祥事は起こしたくないぞ、俺は」
心配ご無用だ。ビールの味が好かないだけでお酒に弱いわけではないのだ、僕は。しかし、新垣先輩に心配をかけるわけにはいかないので、先輩が差し出してきた水はありがたく頂戴することにする。
新垣先輩はサークル内でも人格者で名が通っているお人である。実際僕のようなはみ出し者にも声をかけて、あまつさえ交流を持とうとしてくれるのだからそれも名ばかりではないのだろう。
しかも実家が開業医だとかで、今日の会場にもなっている先輩の住むマンションの一室は、一人暮らしには大袈裟すぎるほどの広さだし、本日の酒やつまみもすべて先輩のポケットマネーから出ているらしい。
そういうことができるめぐまれた環境を鼻にかけることもなく、またおおらかな人柄と見た目の恰幅の良さからサークル内外で大御所と呼ばれ慕われている。本日の突発的な飲み会に十を超える人数を集められたのも、新垣先輩の人徳のなせる業だろう。
「どうだ? 大学には慣れたか?」
どうだろうか。
文字通り会話のとっかかりの、ありきたりな問いにしばし黙考する。
地方の片田舎から一人首都圏に出てきておよそ三ヶ月。最近になってようやく一人暮らしに慣れてきたところだ。
学業については、講義はまじめに出席しているが、興味深く面白い講義もあれば、教授の言葉が眠りを誘い、受けているだけで苦行となるような講義もある。課題が多い講義もあるがそれも無難にこなしていると言っていい。
ようするに、普通ということだろう。
「ははは、普通か。講義は真面目に出ているようで感心感心」
僕の言葉を聞いて新垣先輩は愉快そうに笑う。
「けど、大学生活ってのは学業だけじゃないだろ? 四年しかないモラトリアムだからな。先輩としては後輩に楽しく過ごしてもらいたいのよ。だからこうしてお前を酒の席に誘ったわけだ。飲みニケーションなんて時代じゃないとか言われそうだが、酒を飲む飲まないは自由だし、その場にいてこうやって話をするのが大切だと俺は思うね。ま、飲めた方が馴染みやすいのは確かだけどな。そういう意味じゃ、お前がいける口でよかったよ」
先輩の言葉に、僕は自分が誘われた理由に今更ながら気がついた。どうやら僕の交友関係が希薄なことを新垣先輩は気にかけてくれているらしい。
ともすれば余計なお節介ともとれる先輩の好意だが、僕自身にそんな反発心はなく、わざわざ僕のことまで気をつかってもらって申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
昔からそうなのだが、僕は友達を作るのが大の苦手で、無二の友と呼べる相手はひとりもいない。ぼっちになるほど孤立していたわけではないが、誰にとっても友人の中のひとりといった程度で、学校やクラスが分かれてしまえばそれで縁の切れてしまうような、そんな関係しか築くことができなかった。
結果、クラスという集合単位のない大学に入ってしまえば大多数の一にもなれなかった。
これではいけないとこの文芸サークルに入部してはみたものの、特に話ができる相手ができるでもなく現在に至っている。
言わば、現状は自業自得でしかない。
「しっかし、今日はみんなペース早いな。やっぱり綺麗どころがいるからかね」
曖昧に笑ってごまかす僕の様子を見て、さっと話題を切り替える新垣先輩。こういうところは僕にはとても真似できないなと思いつつテーブルの方を見ると、空いた缶や酒瓶の数が先ほどまでよりも明らかに増えている。
こういった飲み会はサークルの新入生歓迎会以来だったが、その時と比べてもいささか以上に酒量が多い気がする。
先輩の言う綺麗どころとは、佐川君の隣でお酌をしている彼女のことだろう。
腰のあたりまで伸びた艶やかな黒髪に、垂れ目で柔和な可愛らしい顔立ち。フリル付きのフレアスカートが良く似合っている。清楚ながらノースリーブのシャツから覗く白く細い腕がまぶしい、そういった感性に乏しい僕でも美人だと思う女の子だった。
これで眼鏡でもかけていれば、どこに出しても文句なしの文学美少女だっただろう。
名前は……。ええと、
「
おしい。口に出す前に答えを聞けてよかった。
しかし、他の女子はダメで西園寺さんだけは良いというのはどういうことだろう。
「西園寺は新歓で粉をかけてきた男どもをまとめて酔い潰したほどの酒豪だからな。今日みたいな飲み会にはうってつけだ」
なるほど。サークルの女性陣にも西園寺さん自身にも聞かせられないが、ぶっちゃけ見た目の良さだけで選ばれたのだと思っていた。
一見、箸より重いものは持ちません、と言い出してもおかしくなさそうに見えるおしとやかな雰囲気で微笑んでいる彼女だが、確かに他人の空いたグラスには容赦なく酒を注ぎ、返杯を涼しい顔で消化している。
人は見かけによらないなと感心しつつ、その辺に置いてあった酒瓶の中身を新垣先輩と分け合い、無双する西園寺さんを肴に乾杯する。何かのスポーツでも観戦している気分だ。
テーブルを囲む男性陣はもう佐川君をなぐさめるようなそぶりも見せず、積極的に西園寺さんに話しかけつつ杯を乾している。というか、佐川君もその中に交じって熱心に彼女に話しかけていた。
……まあ、彼が失恋を乗り越えて次の恋を見つけたのなら本日の席は成功しているということだろう。
高みの見物を決め込んでいる僕と新垣先輩、他数名が見守る中彼らは奮闘していたが、ひとり、またひとりと沈んでいき、もしくは先を争うようにトイレに駆け込んでいく。
明らかに無理をしようとしている人は新垣先輩がめざとく見つけてストップをかける。こうやって他人をよく見てフォローできるところが皆に慕われる秘訣なのだろう。
西園寺さんがこの屍の山の頂点に立つ姿を拝みたくはあったが、途中、主賓の佐川君がテーブルに突っ伏していびきを掻き始めたのを見て、僕は新垣先輩に暇を告げた。
「お、もう帰るのか? まあ、佐川も潰れちまったしお開きみたいなもんか。今日は来てくれてありがとな。片付け? いいよ気にすんな。どうせこの後も生き残ったやつで飲み直すから」
引き留めの言葉もなく、ひらひらと手を振る新垣先輩に心から礼を言って席を立つ。大して飲んでいるわけではないのでふらつくこともなく部屋を出ることができた。
時刻は深夜というにはまだ早い時間帯。日中は半袖でも過ごせるぐらいの陽気であったのに、この時間になるとマンションの廊下に吹き込む風はまだまだ冷たかった。しかし、酒精でほてった身体にはそれが心地よい。
エレベーターを待ちながら(エレベーターがあるというだけでこのマンションの家賃は推して知るべしである)考えてしまうのは、先ほどまで参加していた飲み会のことだ。
楽しかったな、とか、誘ってもらえてうれしかったな、とか、そういったことを考えているのではない。
頭をよぎるのは、何かへまをしなかったかとか、周囲を不快にさせる言動をしなかったかとか、そういう心配事ばかりだ。色々と気にしすぎだとは自分でも思う。
しかし、これは昔からの性分だ。今さらどうしようもない。だが、それだけの理由で飲み会を辞したわけではない。
結局のところ、これ以上遅くまで居残って新垣先輩やサークルの人たちと飲んで語らうことが面倒くさくなったのだ。
愛想笑いを浮かべながらありきたりな話題で相手のことを探って、共通点を見出し仲を深める。そんな作業に時間を使うことの苦痛に耐えられなくて、佐川君が潰れたのを言い訳にして逃げてきたのである。
……ああ、今僕は、過去の自分と同じ道を辿っている。
大学生活も、今までと同じく寂しく過ごすことになりそうだと内心自嘲しつつ、エレベーターに乗り込む。
――と、そこで。
一階のボタンを押して扉が閉まり切る直前。
ぱたぱたと小走りで廊下をかける音を聞いた僕は、咄嗟にボタンを押してエレベーターの扉を開いてから顔をしかめた。こんなタイミングでエレベーターに乗り込むような人物は、マンションの住人ではなく飲み会の参加者である可能性が高いだろう。
足音はひとつ。足音の人物が飲み会参加者だった場合、一対一でその人とエレベーターを降りて、場合によっては駅まで一緒にいなければならないのだ。
少人数で話すことも拒否して逃げてきた僕であるのに、サシでの会話なんぞ苦行すぎる展開である。
気がつかなかったフリをしてエレベーターを閉めてしまえばよかったとか、どうやって帰りの道中をやり過ごそうかとか考えているうちに、その人物がエレベーターに飛び込んできた。
「ありがとう。実に良いタイミングだったよ」
そう言って、足音の主――西園寺さんはにこりと笑う。
予想外の人物に僕は一瞬言葉を失った。いやまあ、彼女がそのまま泊まり込むとは思わなかったけれど、今この時、毒にも薬にもならなそうな男ひとりと同じタイミングで飲み会から出てくるとは予想しなかった。
しかし、良いタイミングとはどういうことだろうか。
「ああ、新垣先輩から頼まれた仕事は終わったからね。さっさと帰ろうと思っていたんだけれど、ボクが中座したせいで解散の流れになったら申し訳ないだろう? うまいこと言い訳できるタイミングを見計らってたんだ。そしたら君がしれっと帰ろうとしたから、君に送ってもらうって言って追いかけてきたってわけさ」
いやあ助かったと、西園寺さんは笑みを浮かべている。
僕はそんな西園寺さんの態度に戸惑ってしまう。先ほどの飲み会ではもっと見た目通りお淑やかそうに微笑んでいたような気がするのだけれど、今の彼女の笑みはその時とは違うもっと砕けたものに見える。
その容貌から箱入りの大和撫子みたいな性格を想像していたのだが、しゃべり口調はハキハキとしていてお淑やかさは微塵も見当たらない。
それに、あれだけの酒を飲んでいたのにふらつくことなく平然としているのもある意味恐ろしかった。
というかボク、という一人称を使う同年代の女子を初めて見た。まあ、対人関係の希薄な僕が知る中だけのことなので、実際にはそれなりにいるのかもしれないけれど。
「そういう訳だから駅まで送ってくれたまえよ。新垣先輩に聞いたけど、君の家は駅の向こうなんだろう? 帰宅ついでということでひとつよろしく」
新垣先輩め、余計なことを。
僕は表向き困ったと言わんばかりの笑みを貼りつけながら、西園寺さんを笑顔で送り出して部屋で気持ちよく飲んでいるであろう新垣先輩を想像して内心舌を打つ。これで家が別方向だからという言い訳ができなくなった。
……まあ、仕方ない。あまり変な言い訳をして、〝こいつボクといたくないんだな〟とか思われるのも困る。好きの反対は無関心で嫌いはむしろ相手に関心があると聞くが、僕はどちらかと言えば人には無関心でいられたいのだ。
それが、一番疲れずにすむ。
そういうわけで、どうにかして別々に帰宅するという選択肢を早々に放棄した僕はエレベーターを降りてマンションの外に出ると、西園寺さんと二人並んで駅の方へ歩き始めたのだが、いかんせん話題がない。
他人といるときに沈黙が続くのは精神的に辛いので、仕方なく当たり障りのない話題を振ることにする。苦し紛れだろうが何もしゃべらないよりはましというものだ。さしあたっては、彼女のバッグからはみ出る縦長の箱についてとか。
「ああ、これかい? これは今日のバイト代さ。季節限定の日本酒で、けっこうレアものなんだよ。定価で諭吉先生がひとり消えていくやつだ」
なんと。
新垣先輩、人ひとり呼ぶためだけにわざわざそんなものまで用意するとは。お金に困っていないとはいっても、そんなもの軽い気持ちで準備できるものでもあるまいに。先輩の人徳のなせる業ということなのか、あるいは後輩思いが強すぎるのか。
「いいや、あの人の場合は今日の彼……えっと、そう、佐川君のためだけじゃないと思うよ。彼を喜ばすためということもあるにはあるだろうけど、同時にボクの関心を得るためでもあるだろうね」
ふうん。
そうすると、新垣先輩も西園寺さんにお熱だということか。今日の先輩を見ているとそんな雰囲気はなさそうだったが、はみ出し者には難しい機微である。
「そういうのとも違うね、あれは。どうも先輩は女としてのボクには興味なさそうだ。ただ文字通りの意味で仲良くしたいだけだと思うよ。ボクに対しても、わざわざ声をかけた君に対しても。本当にそれだけが理由なんじゃないかと思うね」
なにやらもってまわった、意味深な口ぶりをする西園寺さんに新垣先輩の純粋な好意がなにか裏がありそうな感じに思えてくる。
しかしそうすると、西園寺さんはともかくわざわざ僕と仲良くする理由はなんだろうか。自慢じゃないが毒にも薬にもなれないぼっちな僕である。親しくして得るものは特にない。それでも手を差し伸べてくれるのは、サークルの先輩としての義務感か、もしくは憐れみか。
「そこまでいくとさすがに穿ちすぎだよ。まあ、理由なんてどうでもいいじゃないか。先輩には先輩の考えがあるんだろうよ。ボクにとってはありがたいお誘いだったし、新垣先輩のああいう態度には助けられてるしね。君も迷惑とは思わなかっただろう?」
その通りではある。好意を持って誘ってくれたことに間違いはないだろうし、そもそも他人のことなぞてんでわからない僕が詮索なんてしてもしょうがない。
しかし、西園寺さんも酒につられて飲み会に参加するとはよほど酒好きなんだな。今日もたくさん飲んでいたみたいだし。若者でお酒が飲めない飲まない人が増えているというけれど、このまま行けば西園寺さんは将来有望な酒飲みになるだろう。なにしろ僕らはまだみせ――。
「おっとそれ以上はいけない。この物語に登場する大学生は皆成人しているからお酒もたばこもエッチなシーンも問題なしだ。いいね?」
あ、はい。
どこかで聞いたようなお約束口上と素早く差し出された手によって台詞を遮られた僕はがくがくと首を振ることで了解の意を示す。
訂正しよう。これだけ飲める学生がいるなら酒造業界も明るい。
僕の言葉に満足したように頷いて西園寺さんは手を引いた。
「よろしい。……まあ、人より酒量が多いのは間違いないし、お酒が好きなことも否定はしないよ。むしろはっきりとお酒を愛していると断言するね。ビールが喉を通るときの爽快感とか、日本酒を口に含んだときに広がる旨味だとか、ウィスキーの薫るような味わいだとか。そういったものを楽しんだ後にやってくる酩酊感だとか。こんなにお酒が美味いとは思いもしなかったよ」
今では毎日晩酌の日々さ、と笑う彼女はとても楽しそうで、本当の本当に掛け値なく、酒をこよなく愛しているのだろうと感じた。
……これは有望どころではなく、西園寺さんが死ぬときは酒が死因となるに違いない。もはや酒豪どころか酒クズの域かもしれない。
ふむ、しかし。
彼女がそれほどまで語る酒とはそんなに美味いものなのだろうか。僕とて先ほどまで酒を飲んでいたし、過去に何度も飲酒は経験している。だが、美味いと思って飲んだことは一度もなかった。
これまでの実績から、自分が決して酒に弱いわけではないことは確認している。だがそれだけだ。美味しいと思って飲んだこともないし、楽しんで飲んだこともない。ビールはそもそも味が苦手だし、一番美味しいと思ったコーラサワーはアルコールを入れない方が好きだと思っている。
だから周囲の人たちも我慢しながら飲んでいるんだろうなと思っていたのだが、西園寺さんの様子をみるにそれだけではないらしい。
やはり量を飲むか、質のいいものを飲むかでもしないと酒の味わいというものはわからないのだろうか。
そんなことを考えながら、なんとなしに西園寺さんのバッグからはみ出る箱を眺めていたのだが、彼女はそれを見て何か勘違いしたらしく、僕から箱をかばうようにバッグを遠ざける。
「おや、君もこれが欲しいのかい? 申し訳ないけど、これをあげるわけにはいかないな。これを手に入れるためにわざわざ接待まがいの飲み会に参加したんだから」
接待とはひどい話である。実際そう言っても過言ではなかったかもしれないけれど。
別に人の物を奪うなんてことをするつもりはない。高い酒ならば味もいいのだろうなと考えていただけだ。
「ふうん。つまり、美味い酒に興味があるということだね。うんうん、大変結構なことだ」
何やら仲間と出会ったような目でこちらを見てくる西園寺さん。ちょっと興味を示したぐらいで肩を組んでこないでほしい。
まあ、確かに。良い酒を美味いと僕が思えるのなら、無味乾燥な人生もちょっとは彩りが出るのではと思わなくもないけれど。
そんな僕をじっと見ていた西園寺さんは、何やらいいことを思いついたとばかりに頷くと、笑みを浮かべながらとんでもない提案をしてきた。
「よし、わかった。そこまで言うなら特別に君にもこの酒を分けてあげようじゃないか。駅前のスーパーでつまみを買って、君の家で二次会と洒落込もう」
いやいやいや、ちょっと待ってほしい。
美味い酒が飲んでみたいとは言ったが、そこまでしろとは言っていない。
「まあまあ、せっかくの機会なんだから何事も挑戦してみないと。それに、かわいい女の子とサシ飲みできるなんて滅多にない機会じゃないか」
難色を示す僕のことなど意に介さず、酒を飲む機会を得て軽やかに歩みを進める西園寺さん。慌てて追いかけた僕の翻意を促す言葉は、まあまあとか、悪いようにはしないからとか、適当な台詞で流されてしまう。
そりゃあまあ、西園寺さんのように見目好い女の子が自分の部屋に来て一緒にお酒を飲んでくれるなんて、健全な男子であれば大喜びする展開だ。実際、僕だって似たようなことを妄想することもなくはない。
だが、それが現実に起こるとなれば話は違う。そんな話が急に転がり込んできてもこちらはなんの準備もできていないのだ。
女の子と語らうような話題なんて僕には何ひとつ思い浮かばないし、どう振る舞えばいいのか皆目見当がつかない。道すがらの会話にだって悩んでいるというのに、膝を突き合わせてまで何をしゃべればいいというのか。
僕が対応に苦慮している間に西園寺さんは迷うことなくスーパーへ入ると、ひょいひょいと買い物カゴにものを放り込んでいく。僕はおつまみだけでなくお酒も入れていく彼女に戦慄を覚えた。あれだけ飲んだ後なのに、日本酒だけでは済ませないつもりらしい。
「いやいや、さっきの飲み会で大して飲んでなかっただけだよ。ボクも女だからね。あまり飲みすぎて不本意なお持ち帰りをされても困るし、飲んでるように見せかけて上手いこと調整してたんだ」
なるほど、流石にその辺りは気をつけていたらしい。そういうことなら二次会なんて開催して余力を潰すようなことはしないでほしいのだが。
「それも時と場合によるってことだよ。今は全力で楽しむことだけを考えればいいのさ」
さっきと今で何が違うのかさっぱりわからないが、西園寺さんが行けるところまで行くつもりでいるということはわかり僕は震え上がった。彼女がどれだけいけるクチなのかは知らないが、間違いなく僕よりも強者である。
そんな西園寺さんと一緒に飲む未来はなんとか回避したいが、僕は彼女の後ろをついていくばかりで有効な打開策を見出せていない。
結局西園寺さんは僕の言葉に一切耳を貸さないまま会計を完了させてしまった。
「……さて。ここまでやったらもう嫌とは言えないだろう? このつまみはボクの奢りでいいからさ、いい加減腹を決めたまえよ」
酒の入った重いレジ袋を僕に押しつけつつ、西園寺さんが呆れたような表情をしているが、強引に事を推し進めている彼女からそういったリアクションをされるのはいささか納得いかない。
「ううん。ここまで嫌がられるのは予想外だな……。気が進まないなら止めにしようか?」
眉を下げながらの彼女の提案に対して反射的に飛びつきたくなるが、ぐっとこらえる。僕とて本当に嫌だと思うならスーパーに入る前に拒否するなり逃げるなりどうとでもできたのだ。そうであるのに、酒やつまみを買ってしまった後に解散なんてとてもできなかった。
まあ、ここまできたらうじうじしていても仕方がない。腹を括って酒を酌み交わすとしよう。
根負けしてため息交じりに言葉を吐く僕に、西園寺さんは一転して笑みを浮かべた。
「そうこなくてはね。いやあ、その気になってくれてよかったよ。辛気くさい顔した相手と飲んだらお酒も不味くなってしまうからね。さあ、早く君の住まいに案内しておくれよ。美味い酒がボクたちを待っている」
そうして僕を後ろから押す西園寺さんに急かされて僕の部屋に向かった。
*
「へえ、いいところに住んでるじゃないか。角部屋なのも素晴らしいね。それによく片付いてる」
明かりのついた部屋をぐるりと見回し、西園寺さんは感嘆の声を上げた。
部屋が片付いていて助かった。誰かを招く予定は一ミリもなかったのだが、なにせ暇な時間が多いので家事の時間にはことかかない。
自慢するには悲しい事実なので、西園寺さんには言わないけれど。
「さて、早速始めようじゃないか。いやあ、実は家だと家族の目があるからおおっぴらには飲めなくてね。最初のうちは父も娘と一緒に飲めて嬉しそうにしていたのに、まったく。自分たちが酒の味を教えたくせに、最近は飲み始めたら止めようとするんだからひどい話さ」
おそらく家でも浴びるように酒を飲んでいるのだろう。そりゃあ大事な娘が大酒飲みになったらそうなる。やっぱり西園寺さんは酒クズということで間違いあるまい。
というか、本当にまた飲み始めるつもりだろうか、西園寺さんは。
「なにを今更。もう準備万端で後は飲み始めるだけなんだから、満足するまで帰る気はないよ、ボクは」
せっせとテーブルの上に酒とつまみを並べている西園寺さんを見つつ、僕はため息を吐いた。
こちとらこう見えても男の子で、ここは僕の家だ。酔った西園寺さんをどうこうするとは思わないのだろうか。ここまで無防備でいられると僕としても思うところがある。
脅すように僕は西園寺さんに問うた。これで彼女が我に返るなり、僕に失望するなりして帰ってくれたら万々歳であったのだが――。
「別にかまわないよ。襲えるなら襲ってくればいい。さすがに男子相手に抵抗しても逃げられないだろうし、なんなら今すぐ押し倒されてもヤられる自信があるね」
西園寺さんは、平然とそんなことを言った。
あんまりな言葉に二の句が継げない僕を見て、彼女は僕の顔をのぞき込むようにしながら不敵に笑う。
「といっても君、ボクをどうこうするつもりはないだろ? 新垣先輩は女としてのボクに興味はなかったけど、君はボク自身にかけらも興味がない。自慢じゃないけどボクはこういう見た目だからね。人の視線には人一倍敏感なんだ。君の視線は、邪な気持ちどころかボクを人と見てるかも怪しいね」
僕は一瞬納得しかけたが、男として捨て置けないことに気がついて憤然と反論する。
……そんなこと、わからないじゃないか。西園寺さんから僕がどう見えているかは知らないけれど、年頃の男の性欲をなめちゃいけない。西園寺さんに気がつかれないようにねっとり視姦しているむっつりかもしれないだろう。
「や、そんなムキになって自分を貶めてまで否定することはないと思うけど……。けっこう自信あるんだけどね。なんなら、処女を賭けてもいいよ。ふふふ、いつか言ってみたい台詞だったけど、こんなにぴったりな状況で言えるとは思わなかったな」
……この女、まともじゃない。
朗らかに語る西園寺を僕は薄ら寒いものを見るように見つめた。なにがどう見えているのか知らないが、今日初めて会話した男の見立てに貞操を賭ける馬鹿がどこにいるのか。実は見かけによらず遊んでいるタイプなのかもしれないが、それでもやばいやつには違いない。
いっそ確かめるために押し倒してやろうか。西園寺の容姿は文句なしであるし、身体の方も大変女性らしいシルエットをしている。
――だが、止めた。一時の感情に流されて過ちを犯すのは馬鹿だ。
暗い先行きしか見えない選択肢を採れるほど頭の出来がよろしくない僕は、諦めてキッチンからグラスをふたつ取ってくるとテーブルに置いた。西園寺はそれを見て満足そうに、そしていやらしく笑う。
「やっぱりボクの見立て通りみたいだね。さあ、そんな渋い顔をしてないで君も座って、乾杯しようじゃないか。さっきも言っただろう? せっかくの良い酒なんだ、辛気くさい相手とは飲みたくない」
こうなっては仕方がない。この女の口車に乗って美味い酒というものを堪能するとしよう。
「では、そうだな……。新たな飲兵衛の門出を祝して」
飲兵衛にはならない。……酒クズ女の前途を祈願して。
乾杯。
*
……うぐぅ。
僕は窓から差し込む日差しのまぶしさに目を覚ました。
眼鏡を外しているためぼんやりとしているが、まだ開けきれないまぶたの隙間から見えるのは最近ようやく慣れてきた我がアパートの天井だ。
何故かいつベッドに入ったか思い出せないし、これも何故だか頭痛がして思考がうまくまとまらない。
そして何故だか少し息苦しさを感じる。なんていうかこう、外側から喉もとを圧迫されているような感じだ。
取り急ぎ息苦しさを解消するために喉もとを探ると、細長い何かが頸部を横断するように伸びている。未だ思考が定まらないままに、邪魔な物をどけようとそれを掴んで持ち上げた。
それは、白く細い人の腕だった。
……はて。
僕の腕はふたつ。左手はこの腕を掴んで持ち上げている。
では右腕かと感覚で所在を確かめるが、ちゃんと布団の中に収まっていた。というか、これが僕の腕だったら自分の腕で首を圧迫して、それを反対の手でどかしていることになりあまりにも間抜けすぎる。
しかし、そうするとこれはだれの腕だろう。
空いた右手でベッドのヘッドボードを探ると眼鏡がちゃんと置いてあったのでそれをかけてから、僕は視線で掴んだ腕の根元の方に辿っていく。
腕の先にあるのは白いノースリーブのシャツ。少々乱れた布団から見える胸元はボタンが外れ、その隙間からは肌色の膨らみが覗いている。最後にこの人物の顔を見ると、西園寺だった。西園寺はこんな状況あずかり知らぬとばかりにすやすやと気持ちよさそうな寝息を立てている。
……、……、……。
僕は掴んでいた腕をゆっくり脇にどかすと、寝転がった姿勢のまま目線を天井に向けた。
それらの動作は、隣人を刺激せぬよう細心の注意をもって行われたが、寝起きで緩慢だった脳内は急速に活動を開始し、全力で昨夜の記憶を掘り起こしていた。
昨日、西園寺と部屋でサシ飲みをしたのは覚えている。彼女の本日の報酬である日本酒を味わいながらとりとめない話をしていたのだが、このお酒がまあ美味で、二人でするすると空けてしまったのだ。
気がついたときにはもう西園寺の終電はなくなっており、どうせならこのまま飲み明かすと西園寺がだだをこね始めたので、仕方なく西園寺が余計に買っていた酒を開け始めた。
僕も西園寺も追加の缶チューハイを数本空けたあたりですでに正体がなくなってきており、会話の内容もなんというか、思い出すのもはばかられるような品のないものに移り変わっていった。
最後の方は飲めば飲むほどペースを上げていく西園寺につられ、半ば飲み比べのような勢いで消化していたような気がする。酒にも適量というものがあるはずだが、そんなものは余裕でぶっちぎっていただろう。まったく無茶な飲み方をしたものだ。
どうやってベッドに潜り込んだのかすら記憶にないのだが、寝落ちする前に残った理性が働いたということか。なぜ西園寺がベッドに侵入してきたのかは分からない。お互い衣服は身につけているようなので一線を越えるような事態にはならなかっただろう。たぶん、おそらく……。
とにかく今は同衾してしまっているこの状況から逃れることだ。今西園寺が目を覚まして騒ぎになったとき、圧倒的不利なのは男である僕だ。昨晩の西園寺の態度を考えれば可能性は高くはないが、なにしろふたり共酒が入っていたのだ。西園寺が急に態度を翻す可能性だってある。不測の事態に対して用心するに越したことはない。
僕は重い身体をなんとか起こすと、西園寺が目を覚まさぬよう慎重に掛け布団から身体を抜きとる。
さてここからが問題だ。僕は壁側で寝ていたので、ベッドから出るには西園寺を跨いでいかなければならない。
うっかり西園寺に触れたり起こしたりすることがなきよう細心の注意をもって行動を開始する。
右手右足を西園寺の向こう側へ。身体を持ち上げ西園寺の上へ。西園寺を組み敷いているように見えなくもない構図だ。
そこで西園寺と目が合った。
……、……、……おはよう。
「ああ……。おはよう……。今襲われると、君が出すもの出す前に、ボクの口から出ちゃいけないものが飛び出すかもしれないから勘弁してくれないか……?」
……襲うつもりも出すつもりも一切ない。
西園寺の言葉をしっかりと否定して、彼女の上から速やかに退きベッドを脱出する。
最悪のタイミングでの起床だったが、二日酔いに苦しむ西園寺はそれどころではないらしい。酒に助けられたということだろうか。
西園寺はのろのろと上体を起こすと頭を抱えてうめいた。
「すまない、水をもらえるだろうか……」
僕は空き缶やつまみの空袋が散乱した居間を横断し、西園寺の分と自分の分、ふたつの新しいグラスにミネラルウォーターを注いで片方を自分で飲みつつ、もう片方を西園寺に渡した。
西園寺はそれを受け取ると、ぐいっと一息に飲み干す。
「……ふう。ありがとう。流石に昨日は飲みすぎたね……。酒の酔いを翌日に持ち越すなんて初めてだ」
そりゃああれだけ飲んで平気な顔をされたらたまらない。僕だって付き合わされたせいで体調はぼろぼろなのだ。
というか、あんなペースで酒を飲むくせに今までは二日酔いにもなったことがなかったのか。
「こうみえて節度をわきまえられるんだよ、ボクは。昨日だって君をベッドに運んで寝かしつけたのはボクなんだよ?」
……なんだって?
「右乳首と左乳首どちらの感度がいいのか論を交わしていた辺りで君が駄目になって寝てしまいそうだったから頑張ったんだよ。結局ボクもそこで力尽きて横で寝てしまったのだけどね。堅いテーブルじゃなくて暖かいベッドの中で眠れたことに感謝してほしい」
わざわざベッドまで引っ張ってくれたのは確かにありがたい話だが、直近のしょうもない議論の記憶は余計だ。というか、猥談を語らうにしても内容がしょうもなさすぎる。我ながらもうちょっとマシな話題はなかったのだろうか……。
ともあれ、西園寺が同衾していた理由も理解できた。
だが、そもそも西園寺に付き合って飲んだからそういうことになったのだと思うとどうも納得がいかない。自発的に飲んだのは僕なので責任転嫁はできないけれど。
個人的な感情は呑み込んで、西園寺に感謝の意を示すと彼女は可笑しそうに笑った。
「ふふふ、これぐらいかまわないさ。しかし、その様子だとボクに対する遠慮はもうなさそうだね。……ところで」
こっちに遠慮する気のないやつに遠慮する必要があるか。ところで、なんだ。
「今気がついたんだが、酔って色々脱ぎ散らかしたみたいだ。その辺にブラとかスカートが落ちてないかな」
……、……、……。
捜索の結果、それらは何故かテーブルの下に丁寧に畳んで置かれていたのである。
「いやあ、シャワーだけじゃなく朝食までいただいて悪いね。お礼と言ってはなんだけど、ボクが穿いてたパンツは洗う前に使ってくれていいから」
使うってなんだ使うって。
インスタント味噌汁を啜って、多少持ち直しつつもいまだ気だるげな西園寺から放たれた言葉に、僕は顔をしかめた。
講義には多少の時間の余裕があったのでゆっくりと酔い覚ましの時間を取ることができるのがありがたい。今日が二限からでよかった。自分の選択で生活スタイルを決められるのが大学生の特権である。
西園寺も今日は二限かららしく、一緒に出ればいいと我が物顔でうちに居座っている。西園寺は脱ぎ捨てていたスカートやブラはそのまま身につけたが、シャツやパンツは何故かベッドの上に丁寧に並べ置いて、代わりに僕の衣類を身に纏っている。昨日話すようになったばかりの相手にここまで提供させるとは厚顔無恥なやつだ。
シャツはともかく、パンツを貸すことには難色を示したのだが、
「ブラはともかく、パンツを替えないのは嫌だ。いいじゃないか貸してくれたって。別に君は大して困らないだろう? それにボクにノーパンで大学に行けって言うのかい?」
と、謎の論理を展開してきたのだ。
勝手に行けや、と切って捨てる言葉が口をついて出そうになったが、ただでさえ二日酔いで体調が悪いのに余計な押し問答で体力を消耗したくなかったので、渋々貸してやったのである。
まったく、ひどい目にあったものだ。今日の講義に出るのが億劫でしょうがない。
「そうはいうが、これは酒を楽しむための致し方ない犠牲ってやつだよ。それに、君だってなんだかんだ楽しんでいたじゃないか」
そりゃあ、まったくもってつまらなかったかと言えば嘘になるだろう。西園寺の話しぶりや態度があまりに女性らしさを感じさせなかったので、当初心配していたように話題に困ることがなかったというのも一因ではある。
だが、口が達者とは言えない僕の口が面白いように滑らかになり、まったくしゃべったことのない女と一晩馬鹿話を繰り広げられたのは、間違いなくお酒の力だ。
そう考えると、お酒というものはまあ悪いものでもないだろう。
……まあ、そういった事情も勘案して、これもお酒の魔力と言っておこう。
「そうだろうそうだろう。酒を飲むのは時間の無駄、酒を飲まないのは人生の無駄だって言うじゃないか」
聞いたことない。誰が言ったんだよそんなこと。
「さあ?」
西園寺は、肩をすくめてから時計を見た。
「さて、今に限っては面倒だが仕方がない。そろそろ出ないと二限の講義に間に合わないな。日本文学研究の講義は出席が厳しいんだ」
……ん? それ、僕も取っている講義だ。
出席者の多い講義だから同じ講義に出ていることに気がつかなかった。文芸サークルなんて入るぐらいだから学部は同じだろうとは思っていたのだけれど。
何気なくこぼれた僕の言葉を聞いて、西園寺はいやらしい笑みを浮かべた。
「君もか。……つまり、来週も前日の夜からここに泊まり込めば深酒しても寝坊しないですむってわけだ。それは素晴らしいな。来週も気兼ねなく飲めるってもんだよ」
おい。
この女、またこんなことをやらかすつもりらしい。しかも当然のように他人様の家で!
「まあまあ。その辺の話はまたにしようじゃないか。ほら、そろそろ出ないと講義に遅れてしまうよ。食器ぐらいはボクが洗おう」
西園寺は僕の抗議を適当に流すと、空いた食器を片付け始める。この件ははっきりとさせておきたいところだが、時間がないのも事実だ。僕は歯がみしつつも家を出る準備を始める。
こんな乱痴気騒ぎ、そう何度もやっていたら身が持たない。
なんだかんだと押しかけてきて僕の生活をおびやかしそうな女を止める手立てを考えるため、僕は未だ酔いが苛む頭痛をおして頭を働かせ始めた。