第22話 「戦い終えて」
その日の顛末に関しては、俺は語る術をもたない。
なぜなら、俺は三発ものトリガースキルを打ったために、翌々日まで死んだように寝込んでしまっていたらしいからだ。
というわけで、これはリルネやスターシアから聞いた内容となる。
俺のトリガーバレットによってテイラーが消滅した後、その場は死体まみれとなった。
どうやらあいつが操っていた死者の軍団たちが、プールに浮かぶ水死体のように土の中から浮かび上がってきたらしい。
さすがにもう動くことはないようだったが、広場が死体まみれだ。その処理は第四区の住人と騎士たちが共同して行なったとか。
それがこの街で初めての共同作業ってんだから、笑える話だよな。
一方、ティリスとグロリアスは積もる話もさておき、急いでパレードへと帰っていった。
こんなん状態でも街のために続きをしなきゃいけないなんて、大変だな。
俺たちも任意同行をお願いされたのだが、とりあえずは俺の安静を第一にってわけで、それならと聖女塔の医務室に連れていかれたらしい。
というわけで、この街の最高の治療を受けながら、俺は二日間延々と寝ちまっていたわけだ。
ちなみに隣のベッドにはクライもいた。あいつも俺と同じで、昏睡状態だったようだ。
ま、それだけの反動があったってことなんだろうな……。
「なるほどなー」
というわけで目覚めた俺は、スターシアの話を聞いていた。
なんかあちこちに包帯を巻かれているため、身動きがとりづらい。そのために先ほどからスープを抱えているスターシアに「あーん」をされているのだ。ひとりならまだしも、隣のベッドにはクライが寝ているため、けっこう恥ずかしい。
聖女塔の医務室は騎士用のものと、お偉いさん用のものと二種類あるようで、ここはだいぶ広い作りになっていた。というか、普通に客室と言われても信じられそうな感じだ。
「ジンさま、どうぞ。さ、ちょうどいい温度ですよ」
「あ、はい」
スターシアがスプーンですくってふーふーしたスープを、ゆっくりの俺の口に運んでくる。別にがんばれば手も動かせるのだが、スターシアはリルネの命令である『絶対安静』を死守するつもりのようだ。
「どうですか? 熱かったり、冷めすぎてはいませんか?」
「おいしいです」
「ああ、それはよかったです。たくさん食べて、早くよくなってくださいね。まだまだありますからね」
心からホッとしたような顔で微笑むスターシアに、俺はなんだかなあという気持ちで愛想笑いを返す。
起きてからずっとこの調子だ。スターシアは24時間ずっと俺に付きっ切りである。これぞまさに奴隷の本懐とばかりに、嬉々と俺の世話に勤しんでいる。
その幸せそうな様子は、見ているこっちがなんだかむずがゆくなってくる。
「スターシア、なんか俺を甘やかしすぎじゃないかな……?」
「なにを言いますか、ジンさま。わたしはあなたさまのものなんですから、どうぞなんなりとお命じください。あなたの望むことは、なんでもしますから」
げほげほげほ、と隣のベッドからむせる声が聞こえてきた。
積極的に身を乗り出してきたスターシアの、そのメイド服の胸元がぐいっと強調されるように突きつけられ、たゆんと揺れる。胸って本当に揺れるんだな、と俺はまるで他人事のように思った。
ベッドに身を起こしているような状態で見上げると、すごい大きさだ。俺の両手でも余りそうな。
「ジンさまはいいんです、そこにいてくださるだけで。ジン様のお世話をさせていただけるのが、わたしの喜びなんですから」
「わ、わかった、わかったから」
両手を上にあげて降参のポーズを取ると、スターシアは嬉しそうにまた自分の席につく。
「ではジンさま、改めて、あーん」
「あーん……」
なんかもう諦めた気持ちで口を開く。
まるで小鳥に餌を運ぶ親鳥のような熱心さで差し出されるスプーンを、ジンはされるがままに口で受け取っていった。
腹が膨れたあたりで、ちょうどスープも空になった。ナプキンで口元を甲斐甲斐しく拭いてくるスターシアの前にいると、なんだかまるで赤ちゃんになったような気分だ。
それでもスターシアが楽しそうなので好きにさせていたが。
「なあ、スターシア」
「なんですか? あ、おっぱいですか?」
「待って」
隣からさらにむせる声。俺もまた慌てて制止する。
「どうしてそうなるんだよ」
「いえ、先ほどから視線を感じていましたので、言い出せないようでしたらわたしから進んでお出ししたほうがいいのかな、と……」
ポッと桜色に頬を染めて、スターシアは斜め下を向く。さすがに恥ずかしいようだ。
「いやまあ、そうじゃなくて。その、なんだ」
「もう少しあとにします?」
「いつもやっているみたいに言うんじゃない!」
ゆわゆわとまるで持ち上げるようにして自分の胸を強調するスターシアに、俺は全力で首を振る。
ただでさえ満足に両手が使えない状態だ。ということは、なにがとは言わないが自分で色々と処理することもなかなか難しい今、彼女から誘惑をされてしまったら、よっぽどじゃない限り抗えなくなってしまう。
「ま、待ってくれよ、スターシア。隣にはクライがいるんばってば」
わざとらしいいびきが聞こえてきた。
スターシアはクスッと笑って、俺の耳に囁く。
「……でも、眠っていらっしゃるようですよ?」
あ、あいつ……!
なんなんだ! 俺の味方じゃなかったのか! そうだ、最後のほうは『ジン』とか呼び捨てにしてきやがって!
俺が歯噛みしている間に、スターシアはぎゅっと俺の頭を包み込むように抱いた。
頭にぎゅっぎゅっと胸が押しつけられてゆく。それはあまりにも柔らかく、ふんわりとして、腕が自由に動いていたらわしづかみにしていたかもしれないような魅惑の感触だった。
「お、おい、スターシア……」
「ジンさま、本当によくがんばっていらっしゃいますから」
「え、いや、そんな」
「わたしにできることは、これくらいしか……、もうしばらくこのままで、いさせてくださいませ」
胸に包まれたまま、スターシアは俺の後頭部を優しく撫でる。
されるがままになりながら、俺はつぶやく。
「……そんなに、心配かけていたか?」
「はい」
即答された。それも少し厳しめの声で。
「何度もうなされて、叫び声まであげていましたよ。とても怖い夢を見ているみたいで、そばにいるのになにもできないのが、とても歯がゆくて……」
「そうか」
俺は体から力を抜いて、彼女に頭を預けた。
「ごめんな、スターシア。世話かけて」
なんとなく想像もついた。テイラーとの死闘の直前、俺は何度も死の恐怖を味わい続けたのだ。
あのときの痛みや恐怖が眠っている最中、繰り返しフラッシュバックしていたのだろう。
「情けないところを、見せちまったな」
「いいえ、ジンさまはご立派でした」
ぽんぽんと頭を撫でられる。
「ですから、せめてわたしの前では難しいことや怖いことはなにも考えず、ゆっくりとしてください……。ご奉仕をお望みであれば、すぐにでもさせていただきますから、ジンさま……」
スターシアの体からは甘い匂いが漂う。その香りと柔らかさに包まれて、俺は静かに目を閉じた。なんだかすごく安心して、心が安らいでゆくようだった。
そういえば前にもこんなことがあったな、と思い出す。
メーソンと戦う前の晩だ。スターシアが隣に添い寝してくれていたんだ。
「……ありがとう、スターシア。お前がいてくれると、落ち着くよ」
「そんな、もったいないお言葉」
スターシアはそっと離れた。それでも俺のそばに屈み、ニッコリと微笑む。
「わたしはジンさまが望む限り、いつまでもおそばにいます。いつまでもです。わたしはジンさまのものですから」
「……、うん、まあ、ありがとう」
お前は物じゃないよだとかなんとか言いそうになったが、スターシアが幸せそうだからまあいいか、と俺は話題を変える。
「そうだ、スターシア。お前は目、大丈夫か? 何度も血を流してただろ」
「まあ、心配してくださってありがとうございます。でも、大丈夫です。どうやらこの目を無理に使おうとすると、血が流れてしまうようです」
「そうか……、目の力かな。でもそのおかげで助かったよ、ありがとう」
「うふふ、ジンさまのお力になれたら、こんなにも嬉しいことはありません」
なんだろう、今のスターシアはいつにもましてラブラブなオーラを出している気がする。
もしかしたら、普段はリルネの前だからある程度自重していたのだろうか。
俺が大人みたいな態度を取っているのと同様に、スターシアもメイドらしい顔をしていたのだろうか。
人懐っこい兎のようにすり寄ってくるスターシアは大人すぎず幼すぎない、とても魅力的な女性だった。
こんなに綺麗な子が、俺になにをされてもいいと言っているなんて、いまだに信じられないな。
俺が思わずスターシアを抱き寄せようとしたそのときだ。わざとらしい咳払いがした。
「ア、アノ……」
クライのものではない、それは。
「起きたって聞いたから、お見舞いにきたんだけど……、お、お邪魔だったら、すぐ帰る、けれど……」
リルネは顔を真っ赤にしながら、カーテンの中に隠れていた。
「いやいやいや、座ってくれって!」
「あっ、り、リルネさま……、失礼しました……、あううう」
いつもはリルネを歓迎するはずのスターシアも、きょうばかりは妙に恥ずかしそうに顔を真っ赤にして俯いている。
失礼しましたって、それはなにか失礼なアレをしていたということなのだろうか、とかそんな雰囲気が漂う中。
リルネもてくてくとやってきて、懐かない猫のように警戒しながらも俺のそばに座ってくれた。
「……ま、まあ、あんたも無事に目を覚ましたようでなによりだわ」
「お、おう、そうだなっ! はははは!」
その場の変なムードを吹き飛ばすように元気よく笑ってみるが、リルネは半眼のまま変わらなかった。
「……とりあえず、テイラーが倒されてから二日間経ったけれど、この街に変わったところはないわ。敵が報復に現れるということもないようね。あの化け物が単独で動いていたのかどうかはわからないけれど、スターシアの目にも映らないようだし、安心していいみたいね」
「ああ、それなら安心だ」
ホッと息をつく。スターシアの未来眼は俺たちにとって、これからますます頼りになりそうだ。
そこでからりとカーテンが開いた。隣のベッドにいたクライだ。
「……で、結局、あの化け物がいったいなんだったのか、色々と聞かせてほしいんだけどさ」
俺はうなずいた。
「もちろん、お前には伝えておかなきゃな、俺たちの知っているすべてを。といっても、知っていることはそう多くないんだけどさ……」
「あたしも、この街であんたがなにをしていたのか、知りたいしね」
というわけで、俺たちは情報交換を始めた。
クライの話した内容は大いにリルネとスターシアを驚愕させる。
「同じ一日を何回もやり直すだなんて……、すごい話ね。それがあなたの力なの?」
「わからない。トリガーループだって、あのときはなんとなく願ったらできただけなんだ。今はどうも、できそうにない」
自分の手のひらを見下ろすクライ。彼はそれから顔をあげて不思議そうに問う。
「にしても、ずいぶんと簡単に信じるんだな。あなたたちからしたら、僕はあの場で一緒に顔を合わせただけの人間だろう?」
「ん、まあそういう系のお話は、あたしも何度か読んだことがあるしね」
クライが眉をひそめると、リルネは手をパタパタと振って「こっちの話」と曖昧に笑った。あいつが女子高生だった頃の話だな。
スターシアもまた胸に手を当てて。
「それがどんなに不可思議なことでも、ジンさまがおっしゃったらわたしは信じますよ」
そう言ってニッコリと笑った。照れる。
クライは頭をかく。
「ま、いいんだけどさ、手っ取り早くて……」
「そうよ、それにジン。なんであんたもループしていたことを先に話さないのよ」
「何度か話したループもあったんだけどな。まあお前はそのたびに協力してくれたよ。ありがとう」
「と、当然でしょ……、困っている仲間を助けるのは、領主の娘の役目なんだから……」
ノブレスオブリージュなことを言いながら、リルネは腕を組んだ。頬がわずかに赤い。
「そういうわけでさ、俺たちはあの化け物に対抗するために南にあるヴァルハランドの塔を目指しているんだ」
「話には聞いたことがあるよ。ポライノフ共和国にある魔法使いの聖地だね」
「そこにいけばなんかの手がかりがあるかもしれない、ってな」
俺はクライの手を取った。
急にそんなことをされて、彼はびっくりしたように身を引く。
クライの目を見つめながら、俺は告げる。
「あの化け物は俺たち三人を
「……力が」
「俺のトリガーインパクトであり、お前のトリガーループだ。あの化け物に普通の攻撃は通用しない。俺たちじゃないと倒せないんだ」
俺は一拍置いて、彼を誘った。
「どうだクライ、俺たちと一緒に行かないか?」
クライはその言葉を聞いて、反芻するかのように目を閉じた。
後ろからリルネが「ちょ、ちょっとそんな勝手に……」と不平を漏らすが、俺はクライをただ見つめていた。
やがてクライは力なく首を振って、こう言った。
「ジンさんの力になりたい気持ちは本当だ。……だけど、今はまだいけない」
彼はその理由を少しずつ口に出した。