第2章 ループ主人公

第20話 「エンディングトリガー2」


 ティリスを後ろに下げ、その前にクライが立つ。


 俺とリルネ、さらにウォードが黒い影を囲む。


 騎士たちにレニィと子どもを預けたグロリアスは、真っ向から向かい合う。


 テトリニのときとは違う。今度はこんなにもたくさんの仲間がいる。


 もうこれ以上、犠牲は出させない。


 お前たちの好きにはさせない。


 そんな決意を込めて、俺たちが身構えていると、だ。


「ナルホド、なるほど」


 そのとき、やけにくぐもった声がした。


 癖はまったく違うのに、俺はそれがあのメーソンの放っていたのと同質のものであるとすぐに気づいた。


「ツマリ、三人の主人公メサイアを同時に滅ぼすこと。ソレコソ、この街を落とすための条件だったということか」


 黒い風が形を取る。四肢が質量を得て、肉のように膨らんでゆく。彼はすぐにひとりの男へと変貌した。


 なぜ男だとわかったかというと、その人物はこの世界でも高級な仕立てとされるような背広を身にまとっていたのだ。


 ただ、頭だけがフードに覆われ、その中には虚無のような闇が広がっている。


 これが本性か。


 もしかしたらと思っていたが、こいつはメーソンとは違う個体のようだ。こんな化け物が何匹もいることに絶望しつつ、俺は拳を握り締めた。


 テイラーはゆっくりと腕を持ち上げ、俺たちを指す。


「オマエタチニハ、手こずらされた。ナンドモ、心を殺したというのに、いまだ立ち上がる。ダガ、それもここで終わりだ」

「っぐ……!」


 うめき声は、前に立つ聖女の騎士のものだった。俺たちは弾かれたようにグロリアスを見る。


 彼の様子がおかしかった。


 両腕の先が真っ黒に染まっている。あれは、グロリアスの一太刀によって断ち切られたはずの風だ。それが彼にまとわりついているのだ。


「これは――」

「ワガナハ、テイラー。イゴ、お見知り置きを」


 仕立て屋テイラーが大仰にお辞儀をしたその直後、――ずるりとグロリアスの腕から先が地面に落ちた。大剣が地面を転がる。


「グロリアス!?」


 ティリスが叫ぶ。だが違う、落ちたのは腕じゃない。


 グロリアスは目を真っ赤に染めて自らの両腕――赤いピンクの身があらわとなった腕を見下ろしている。


 ――グロリアスのが、まるで包装紙を剥がすかのように剥けたのだ。


「うぐぐっ……ぐっ……!」


 尋常じゃない量の脂汗が流れ落ちている。空気に触れるだけでも発狂しそうなほどの痛みがグロリアスを襲っているのかもしれない。俺は思わず生唾を飲み込んだ。


 テイラーは顎のあるべき場所に手を当てて、感心したようにつぶやく。


「ホウ、気を失わぬだけで大したものだが、耐えられるということはより辛かろう。ワガカゼニ、触れたその腕は月が満ち欠けるまで動くまい。オマエサエ、いなければあとは烏合の衆よ」


 グロリアスはついにその場に膝をついた。その顔面は真っ青だ。聖女の騎士が動けなくなるほどの痛みなど、俺たちには想像もできない。


 しかし、頼みの綱のグロリアスが動けないんじゃ。


 俺とリルネ、それにウォードはほんの少しだけ、後ずさりをした。


 ウォードがリルネに問う。


「おい、なんだよあいつ……、ヤバいんじゃねえか?」

「ヤバいのよ……、だから、あたしたちが倒さなきゃいけないんでしょ!」

「そうか、まあ、そうだな!」


 ウォードは腰から短剣を引き抜き、両手に構える。リルネが杖に魔力を送り込み、アシードを呼び出す。俺も迅剣ヴァルゴニスを抜いた。


「みんな、最優先は自分の身の安全だ。危なくなったら逃げてくれ。そのときは、俺がやる」

「ばか言わないでよ。あたしだってあんたの傷つく姿なんて、もう二度と見たくない」

「お互い様だな。その願いを叶えるために、全力を尽くそうとしようじゃねえか」


 テイラーは姿勢を正し、俺たちを改めてぐるりと眺める。


 そうして自らのネクタイを締め直すと、その奇妙な声で告げてきた。


「サア、滅亡を始めよう」




 テイラーが告げた途端だ。地中からいくつもの影が飛び出てきた。


 グロリアスの腕を奪ったあの黒い風かと思ったが、そうではない。それは腐った皮をまとった蠢く死者だった。合計六匹。くそ、ゾンビの群れかよ。


 死者たちはだらりと手を垂れ下げるようにして立っている。すさまじい臭気が広場に漂い始めたとともに、テイラーは満足気に顎のある場所をさする。


「ワガ、作品をどうぞお目にかけよう。ミギカラ、ご紹介すると、シャリアン、ロンドビー、ブラッポス、バリアンムー、それにエフクトとリードだ。ドレガ、一番お気に入りかね?」


 いったいこいつはなにを言っているのかと思ったが、しかし改めて死者の軍団を見て気づく。


 ゾンビどもは皆、奇妙な服をまとっている。それは明らかに人間の皮で作られた服であった。


 骨を編んで作られたジャケットや、目玉が胸元にあしらわれたシャツ、爪や指先のボタン。どれも醜悪でひどく気持ち悪い。そのおぞましい姿を見て、リルネが「うえぇ……」とうめいた。


 そういえばメーソンも己の石像を『芸術品』などと言っていた。いったいこいつらはなんのために人間を玩具のように扱っているのか。あるいはそこに意味などなく、ただ楽しいからやっているだけなのかもしれない。


 自分のブランド品を披露するように両手を広げるテイラーに、俺は剣を突きつける。


「そんなもん誰が見たって気味悪いの一言に決まってんだろ。材料にした人の分まで、てめえには報いを与えてやるよ!」

「ハ、これは失敬。ワレワレノ、仕立ては下等なニンゲンたちには理解ができないものであったな。ソレデハ、せいぜい素材となって役立ってくれたまえ」


 ゾンビたちは一斉に動き出した。その動きは意外にも俊敏。左右から襲いかかってくるその攻撃を、割って入ったウォードが両手に構えた二刀で防いでくれた。


「ぼさっとしてんなよ、オッサン!」

「あ、ああ、すまない」

「くっ、こいつら、力が馬鹿みたいにつええ……!」


 ウォードは左右のゾンビを目にも留まらぬ勢いで斬り裂く。だがゾンビたちは後ろにのけぞっただけで、倒れる気配はなかった。力が強くて動きも早く、そしてひたすらにタフ、といったところか。厄介だな。


 そのとき、背後で炎が弾けた。リルネも魔法で援護をしてくれているのだ。


「雑魚はあたしたちに任せなさいジン! あんたはテイラーを!」

「わ、わかった!」


 次々と飛びかかってくるゾンビは、そのたびにリルネの――というかアシードの――炎に弾かれて、吹き飛ばされる。


「ウォード! あんたもジンの援護を!」

「あ、ああ! 任せてくれ、閣下!」


 スキル《高速詠唱》の力か、リルネはまるで剣を一振りするような速さで、炎の鞭を振り回していた。まさしく俺の道を切り拓いてくれているようだ。


 しかしその鞭が不意に消失した。


「くっ! ジン! ティリスをかばっているクライが押されているから、あんた後回しで!」

「へいへい! なんとかしてみせるよ!」


 だが、助かる。


 リルネが戦局を見ながら行動してくれるなら、俺は目の前の敵をぶちのめせばいいだけなのだから。


 左からさらにゾンビが襲いかかってきた。テイラーへの行く手を阻むのは、こいつが最後だ。


「はっ!」


 俺はゾンビには届かない位置で、迅剣ヴァルゴニスを振る。当然、その刃は当たらない。しかし途中で俺は手を離した。つまり剣を投げつけたのだ。


 刃はゾンビの胴体に突き刺さった。勢いに押されたゾンビが態勢を崩す。その胸元を蹴り飛ばすと、もう障害はない。俺はテイラーを睨みつけた。


 戦場となったこの第四区の広場を駆けながら、俺は拳を握り固める。


「テイラー! この悪夢はもう終わりにさせてもらうぜ!」


 右手が熱い。燃えるように輝き出す。光は拳から溢れ、この広場を照らす。


 人にも物にも効果がない。こいつら化け物を倒すためだけの、俺の力だ。


「ホウ、それがメーソンの言っていた――!」


 余裕げに俺を嘲るその化け物めがけて、俺は思い切り踏み込む。


 黒い風が襲いかかってくる。グロリアスの皮を剥いだ風だ。だが俺は避けなかった。


 確信があったのだ。メーソンのときもそうだった。俺の拳の光は、化け物どもの闇をかき消すのだと――。


「――ホウ!」


 無防備のテイラーが目を見張る。その胴体はがら空きだ。


「いっけええええええー!」


 背後から俺の背を押すようにリルネの叫びが届いた。俺は引いた拳を渾身の力で打ち出す。


「――トリガーインパクトォおおおッ!」


 まばゆい光は黒き風を打ち払いながら、テイラーの胴体に突き刺さる。


 テイラーはよろめきながらたたらを踏む。俺の力は間違いなくこの化け物に届いていた。


 だが、一撃では消滅しないのだろう。


 メーソンのときは逃がしたが、今度はそうはいかない。


 俺はさらにもう一歩を踏み込んで――。


「――ジンさま、ダメえええええええええええ!」

「っ!」


 全身から声を振り絞るようなスターシアの声が届き、俺は思いっきりブレーキを踏んだ。勢いは減衰したが、急には止まれない。俺の眼前を黒い風が薙いだ。


 スターシアの警告がなければ、あの黒い風に真っ向から突っ込んでいただろう。逃げきれなかった左手の指先がかすめてしまい、俺は苦痛に顔をしかめた。


 指の皮が数本もっていかれただけなのに、まるで歯を力づくで引き抜かれたようなすさまじい痛みが俺を襲う。全身の皮が剥がされたら、ショック死は間違いない。


 黒い風の中、テイラーの姿はそこにあった。


 なぜ俺の一撃が。


「ナルホド、主人公メサイアの力か。ヨウジン、しておいてよかったな」


 テイラーはそう言うと、背広の中からなにか奇妙なものを取り出した。それはであった。手放すと、地面に当たってびちゃりと音を立てながら破裂した。


 こいつ、腹の中に仕込んでいやがったのか――。


「なら! もう一度!」

「ムリヲ、するな。フラツイテ、いるじゃあないか」


 テイラーが笑っているような気がした。


 俺はもう一度右手に力を込める。だが光は先ほどとは違って、儚く瞬いていた。徐々に強くなってはいるが、輝きを集めるためには時間がかかるだろう。


 前回、メーソンに拳を叩き込んだときには、俺はすぐ意識を失ってしまった。それに比べたら、まだ動けているだけ体力がついたほうなのだろう。しかし、この力では致命打を与えるのは――。


 テイラーが両手を掲げた。そこに大量の黒い風が集まってゆく。


「ソノカワ、我が仕立て直してやろうではないか」

「――させるかー!」


 叫び声は、少女のもの。


 まさかと思ったが、レニィだ。


「兄ちゃんたちをアタシたちが守るんだ! この第四区で勝手な真似はさせないよ!」


 するとテイラーの背後からたくさんの子どもたちが出現した。みんな家屋の影だとか、物陰に隠れながら、こちらに向けてこぶし大の石を投げつけてきた。


 彼らの前には騎士たちもいる。グロリアスさまを援護しろ! とおのおのが剣を掲げて叫んでいた。


「ばか! 逃げろって!」


 テイラーは当然意に介さず、しかし鬱陶しいものを見るように振り返った。


 だめだ。このままではみんなが殺される。


 リルネとウォード、それにクライは――。


 拳に光を集めながら振り返るが、みんなはあのゾンビの対応に追われて手一杯のようだ。リルネが「邪魔なのよ!」と悔しそうに叫ぶのが聞こえてきた。


 ティリスとスターリアは身を寄せ合いながら、しかしなにもできない自分たちの無力さに苦しんでいるようだ。俺がもっと強ければ、そんな顔をさせることもなかったのに!


 くそう、このまま子どもたちが殺されるのを黙ってみているのか? そうすることができたら、俺のトリガーインパクトは再発動ができるだろう。テイラーにも勝てるかもしれない。


 けれど、そんなのはまったく意味がない!


「テイラー、俺を見ろ! お前が殺したがっている主人公メサイアは俺だぞ!」


 左指の苦痛に耐えながらも叫ぶ。テイラーは俺に顔を向けると、楽しそうに言う。


「アア、わかっているとも。ダガ、その絶望の心こそが我らの糧になるのだ。オマエハ、子どもが殺されるのが嫌なのだろう? ナラバ、苦痛の限りを与えて殺してやろうではないか」

「テイラあああああああああ!」


 俺は喉が張り裂けそうな叫びをあげる。


 そうして駆け出すが、今度こそテイラーはしっかりと俺を見据えていた。先ほどのような不意の一発はもう入らないだろう。左手の指先が痛くて、目の前がチカチカする。


 策もなにもない、勢いだけの俺の行動を見ながら、テイラーは恐らく笑っているに違いない。しかし、だからといって見捨てることなんてできるわけがないから。


 やぶれかぶれの俺は、もう奇跡を信じることしかできない。


 いや、もし子どもたちを助けられなくて、ここで死んでも――また次があるじゃないか。


 そんな思いが頭をよぎったそのとき、テイラーが言った。


「ツギハ、ない。ココデ、貴様たち三人の主人公メサイアを殺したそのときが、円環の最期だ。ザンネン、だったな」

「それは――」


 本当か嘘かはわからない。だがもしそうだとしたら、これですべてが終わるのだとしたら――。


 やはり、足を止めなくてはいけないのではないか。子どもたちを見捨てなければ、クライやウォードや、それにリルネやスターシアたちを救えないというのなら、俺は、俺は。


 俺は――。


「だとしても、俺は――!」


 足を止めない俺を見て、テイラーが鼻で笑うようにしてつぶやいた。


「ソウカ、愚かな。オマエタチ、主人公メサイアはどこまでも愚かな生き物だ」


 そこに影が落ちた。


「ン――」


 巨大な大剣を口に咥えながら、今まさにテイラーに向けて振り下ろそうとしているグロリアスが、そこにいた。


「――――――――」


 悪鬼修羅のような目をして、グロリアスは全身を躍動させてその大剣を化け物めがけて叩きつける。とてつもない衝撃が広場を襲った。


 テイラーは両手から黒い風を霧散させ、腕を交差させながらその剣を防ぐ。テイラーの足が地面に沈み込んだ。化け物は身動きが取れなくなる。


「マダ、戦えるとは! ソンナ、馬鹿な!」

「――――――!」


 グロリアスは声にならないうなり声をあげる。獣じみた、ただ相手を圧倒させるためだけの獰猛な咆哮。だが彼がなにを言ったのか、俺にはわかった。


『我が宿命を果たそう』


 彼はそう宣誓したのだ。


「トリガー――」


 間近に迫った俺を見て、大剣に押し潰されまいと堪えているテイラーがその声色を変える。


「ヤメロ! ワレハ、まだたくさんの服をッ――」


 だからこそ、生かしてはおけないんだろうが。


 見つかった時点で、お前の負けは決まっていたんだ。


 お前は狩る側なんかじゃない。テトリニの街を滅ぼした時点でに回っていたのだということを、その脳天に叩き込んでやる――。


「――インパクトッ!」


 光が今度はテイラーの顔面を突き刺す。辺りに爆砕音とともに、光彩の衝撃波が広がった。黒い風はその光に包まれてかき消されてゆく。


 クリーンヒットだ。俺にはその手応えがあった。



 遠ざかる意識の中――。


 あの声が、聞こえてきた。



『エンディングトリガー:2を達成しました。固有スキルを取得します』



>トリガースキル:トリガーバレット《発動可能》



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