1 第三迷宮高等専門学校(2)

   ◆  ◆  ◆


 世界中に突如ダンジョンが発生してから二十年余り。

 現在日本探索者協会=Japan Dungeon Diver Society=通称JDDSが直接運営する探索者養成校はいくつかあるが、その中で高校卒業資格も取れる学校は五校しかない。

 大和はその五校の内の一校、大阪にある日本探索者協会立第三迷宮高等専門学校の探索者コースに在籍している。

 阪にある目の専門学校であることから略して大三校とか、地域では単に迷高専と呼ばれてる。

 大三校はどの課程を修了したかによって、卒業時に与えられる探索者ランクが変わる。

 最高はE、最低でもGランクがもらえるとあって、探索者志望の受験生が引きも切らない。

 第三迷高専は一年度は共通だが二年度から探索者育成、商業、サポートの三つのコースに分かれる。単位数は異なるが全てのコースで実践授業、すなわち戦闘訓練は必須授業だ。

 仮免許しか持たない生徒は護衛を兼ねた指導教官の管理の元で、ダンジョンでモンスターと戦う事になる。

 現在日本では免許がないとダンジョンに入れないと法律で決められている。

 迷高専は入学時に仮免許がもらえるので、教官の指導のもとでダンジョンでの戦闘訓練を含め、ダンジョン内で活動ができるようになるのだ。教官について教習するところは車の仮免許と同じだ。

 指導教官の条件は探索者ランクE以上で五年以上の探索者経験があるものとされている。だがその多くは十年以上の経験があるものの、怪我や年齢を理由に引退した探索者が多い。

 大和たちの班の担当教官である三田のような若い教官は珍しい。


「ちくしょう、なんて事してくれるんだ。これで俺の評価が下がったら、なんのために教官なんてやってるかわからないじゃないか」

 臨時職員会議に呼び出された三田は、心の中で悪態をついた。

 指導教官を三年以上務めると、給与以外にスクロールの優先買取権が与えられる。

 スクロールは多種多様数えられない種類が存在し、ダンジョン発生から二十年経った今日も新しいものが発見されている。

 だか、欲しいスクロールがうまくドロップするわけではない。探索者は自分に不要なスクロールを売りに出し、代わりに欲しいスクロールを購入する。使い勝手がよく人気があるスクロールは、オークションにかけられ値が釣り上がる。

 探索者として今ひとつ上に登れないでいた三田は、指導教官をすることでスクロールを手に入れる方法を選んだのだ。

 だから指導教官の仕事に対しての熱は無く、自分の評価だけを気にしていた。

「困るな、三田くん。迷我が校の探索者コースではスキルの収得は三年度からと決まっているんだ。二年の時点でのスキル収得は非戦闘系職種、サポートコースの生産職に限ってのことだ」

「すみません、まさか貴重なスクロールを投げ合うと思わず」

「まあまあ校長、教官だけの責任ではありませんよ。探索者志望とはいえ、はっちゃけたい思春期の男の子ですから」

 学校運営に携わるJDDSの教育部長が三田に同情するような視線をやりつつ、校長を宥める。

「けれどダンジョンが現れて間もない頃と違い、鑑定が可能な昨今は鑑定されていないスクロールを使用することは勧められませんし、そう生徒に教えています」

 鑑定手段を持たない探索者はJDDSの買取窓口で簡易鑑定を受けてから、使用するか売却するかを決める。

「探索者コース二年度は基礎の戦闘力を伸ばしつつ、座学でスキルについて学ぶことになっている。我が校の方針から外れるしねえ」

「まあ、いつ起こってもおかしくなかった事案です。今までなかった方が奇跡でしょう。一般探索者でも不意にスクロールを開いてしまったと言う話はよく聞きますから」

 大和たちの担任と学年主任も三田をフォローするような意見を述べる。

 大三校では三年度で自身の戦闘スタイルを確立しつつ、それに有用なスキル構成を学びながらスキルを習得していく。そういうカリキュラムで教育を行なっている。

 この辺りは学校によって方針が違ったりするし、方針変更も行われる。まだ探索者育成高校自体が教育方針を模索中なのだ。

「まあ、今後は気をつけてくれたまえ」

「生徒の方には?」

「一応罰則を与えました。一ヶ月間の職員トイレの掃除ですけど」

「罰則と言えばトイレ掃除って、えらくレトロじゃあないですか」

「学校の教育方針ではありますが、校則に明記しているわけじゃあないですからあまり厳しいのもねえ」

 あまり罰則が厳しいと教育委員会がうるさいのだ。

「大三校ダンジョンが制覇されてから、低層でスクロールがドロップするなんてありませんでした。ものすごい確率ですよね。件の生徒たちは〝つき〟を持ってるんじゃないですか。探索者には必要な資質ですよ」

 教育部長は元探索者なためか、こういう〝つき〟を重要だと考えている。

「そういえば取得したスキルはなんでしたっけ」

 校長が話題をスクロールに戻したことで、手元の資料に皆が目を向ける。  

「えっと、コモン星一つⅭ☆の光単呪文の《ライト》ですね」

 販売価格最低のスクロールだったことで、会議参加者からふっと気が抜けた。

「うちの浅層から星数の多いスクロールが出るはずないですよ」

「ええ、めくじら立てるほどのスキルではありませんな」

 大和が手に入れた《ライト》は探索において役立つスキルではあったが、ドロップ数が多く、オークションにかける必要もないほど出回っているスキルだった。

 儲けにならないスクロールであれば惜しくないとばかりに、校長と教育部長は次の議題へ移るよう指示をした。

 そうして臨時の職員会議は別の議題に移っていき、三田は退出を促された。


   ◆  ◆  ◆


 職員トイレの掃除という罰を受けた俺たちは、最初はそこまでギスギスしていたわけじゃあなかった。

 最初は「投げた高橋が悪い」「受け損ねた鹿納が悪い」「はしゃぎすぎた皆が悪い」と言いあっていたのだが、一週間が過ぎた頃から責任のなすりつけあい、罵り合いへと変わっていき、班の人間関係は徐々におかしくなった。

「あーあ、やってられねーなあ」

 高橋が聞こえよがしに愚痴を言う。これから職員トイレの清掃をするため、校舎を移動していた時だった。ダンジョン内施設である校舎内では、あまり水を使えないため専用薬剤を使うよう指示されている。薬剤が保管されている倉庫はトイレとは別の場所にあるため、掃除用具を取りに回り道をする必要があった。

「本当なら今頃自主鍛錬の時間なのになあ」

「放課後の貴重な時間を犠牲にしてまで、職員トイレを毎日掃除しなくていいだろうに」

 レベルアップにはモンスターの討伐が一番早いが、ダンジョン内で鍛錬することでも多少の経験値が得られることは、すでに実証されている。

 生徒だけで三階層以下の探索が許されるのは、探索者免許を取得した四年度以降だ。

 三年度生以下は少しでも経験値を得ようと、終校時間いっぱいまで二階層にある鍛錬場で自主鍛錬を行う。その貴重な時間がトイレ掃除で削られるのだ。

 口々に不満を呟きながらも、真面目に掃除をしていたのは初めの一週間ほどだった。

「なあ、俺らなんで便所掃除やんなきゃいけないんだ」

「そーだよな」

 高橋は我が強く、俺様気質なところがある。そんな「オレがオレが」な性格で班のリーダーに自ら立候補……したわけではない。同中出身でいつもつるんでいる鈴木に推薦させたのだ。鈴木はちょっと高橋の腰巾着っぽい。

 佐藤は比較的寡黙な性分だが、今回のことに関しては自分には関係ない、関わりはごめんとばかりに無視を貫く。

「スキルゲットしたのは鹿納だけだし」

 中村は要領がいいというか、抜け目のない性格をしていて、ちょっと俺とは馬が合わないなと感じていた。きっと向こうもそう思っているだろうと察している。

「だよなあ、俺たち損してるだけだよな」

 班の中で一番仲が良かった田中も、スキルを誰よりも先に取得したことに妬みを抱いたのか、問題の小隊戦闘の授業以降距離を取るようになった。

 日を追うごとに俺に対する班員五人の態度は悪くなっていき、教室では無視されるようになった。

 三週目に入ると五人は現れず、一人で職員トイレを掃除をする羽目になっていた。

 そのことを教師に訴えたとしても、班での自分の立場がより悪くなるだけだと諦め、一人で掃除を続けた。

 ようやく罰則の一ヶ月が終わった頃には、班員だけでなくクラスメイトもスキルを得た俺に冷たくなっていた。これは班メンバーがクラスメイトに話を広げ、俺に対する悪感情を煽ったせいだ。

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