公女殿下の家庭教師 謙虚チートな魔法授業をはじめます

第1章 その4

 その後、「長旅の疲れもあるだろう。今日は早めに休みたまえ」という有難いお言葉を公爵からいただき、用意された自分の部屋へ。広っ! うわ、小さな氷冷庫まであるや。

 大きなベッドに横たわりながら、明日の準備をする。汽車の中で一通りまとめておいたけど、ねんの為確認。

 教授の言い草からある程度推察はしていた。けど、想定難易度のけたちがい過ぎる。

 だからと言って、あきらめるにはまだ早い。

 実際、会ってみてのかんしよくからすると、確かにぼうだいりよくは持っているみたいだし、切っ掛けがあればどうにか出来るような気もする。

 筆記の方は明日、確かめてみるとしても、あの歳で植物・作物の研究までしているのなら、水準はきっとえているだろう。

 ……あのくさえんと同じようなじようきようは二度とめんだから、出来れば他の方法でほうを使えるようにしてあげたいな。

 エリーさんは問題なさそうだ。むしろ、あの性格の方がやつかいかもしれない。

 御家族がグラハムさんとその奥さんだけ、というのもどうやら事情があるみたいだし、らへんは追々聞いていければいいかな。

 とにかく、僕に出来る限りの事はしてみよう。本人達には意志があり、前へ進もうとしているのなら、路はあるはず

 ベッドの上で目を閉じる。

 ──王宮ほう試験の夢は見なかった。


    *


 翌朝、少しおそめの朝食を終え自分の部屋へ。公女殿下とエリーさんの姿は大食堂では見なかった。先に済ませてしまったらしい。

 時間になったら呼びに来てくれるらしいので身支度を整えて待つ。

 ……昨日、ちょっとだけからかい過ぎたかな?

 そんな事を考えていると、ノックの音と緊張した声。

「し、失礼しますっ」

「どうぞ」

 入って来たのは、エリーさんだ。うん、こうして見るとやっぱり本職の人はかんがないね。勢いよく頭を下げてくる。

「お、おむかえにあがりました。テ、ティナじようさまがお待ちです。こ、此方こちらへどうぞ。お、お荷物お持ちします」

「はい。ありがとうございます」

「い、いえ! メ、メイドの仕事ですから……」

 ちらちら、とこちらをうかがっている。

 はて? こんなにけいかいされるような事何かしたかな?

 ……思い出せない。まぁ、追々慣れていってくれるだろう。

 しき内を彼女の案内で進む。この方向は昨日、案内された温室の。

「此方です。この先の部屋の中にいらっしゃいますので。えっと……アレン先生、私、今日だけはお祖父様達のお手伝いがあって授業に参加出来ないんです……いきなり、ご、ごめんなさい」

だいじようですよ。予定しているのは簡単な試験だけですから。後で、おわたししますので解いてみてください。荷物、運んでくれてどうもありがとう」

「ひ、ひゃう! あのその……」

「ああ、ごめんなさい」

 また、何時いつもの癖ででてしまった。そう言えば昨日も同じだったな。

 なるほど、それがいやだったのか。気を付けないと。

 エリーさんに頭を下げ、先へ。

 様々な植物が育てられている温室内の通路を先へ進むと小屋が見えてきた。わざわざこの場所にも自室を作ったのか。なんとまぁぜいたくな。こうしやく、本当に甘々だな。

 ノックをすると「どうぞ、開いています」の声。入ると中はきちんと温度管理されていた。適温。てんじようには大きな窓があり、外の硝子ガラスが見えている。

 奥のかべ一面がごうほんだな。ちらりと見ると、希書・古書が多数。出来ればここにたいざいする間に読みたいな。

 これ、作るのと集めるのにいったいいくらかかっているのだろうか。……あんまり考えないようにしよう。精神衛生上よろしくない。

 公女殿下はに座られて何かを書かれていた。こちらに気付いたのでしやく

 あわてた様子で椅子から立ち上がられる。今日の服は白を基調としたせいな物だ。

「おはようございます。メイド服ではないのですね、と言った方がよろしいでしょうか?」

「おはようございます……先生はちょっと意地悪ですね」

「とても可愛らしかったので。ああ、今度は頭に付ける物もお忘れなきように」

「……や、やっぱり、意地悪です!」

「ははは。申し訳ありません。改めまして、これから約三ヶ月、貴女様の教師を務めます。りよくですが、よろしくお願いいたします」

「よろしくお願いします。は、初めに言っておきます!」

 こしに手をやり、背筋をばして胸を張る。

 本人はせいいつぱいげんを出しているつもりなんだろうけど、昨日の印象が強すぎて背伸びしている小さな子にしか見えないや。

「まず、今から私を殿でんとか、様付けで呼ぶのは禁止です! 昨晩も言いましたが、私は、先生の教え子になるのですから、ティナ、とお呼びください」

「エリー、はありと」

「なしですっ! もう! 話の腰を折らないでください。次に、私に対する事でうそは禁止です。告げるのがつらい内容でも──かくは、出来ています」

「分かりました。えんりよはしません」

 これは大分気にしているなぁ……今まで、散々色んな事を言われてきたのだろう。真面目な子みたいだし。

 かたの力をく方法も今後教えていこう。

「最後に、お勉強が終わった後、あの……」

「はい」

「その日、上手く出来たら私をめてください」

「そんな事ですか。良いですよ」

「へっ?」

「貴族の人達ってゆうしゆうなせいか、あんまり褒められてないんですよね。だから、褒めてあげると喜ぶし、成績も伸びていきます。言われなくても僕は大いに褒める派です」

「そ、そうですか……」

「では、ティナ。そろそろ始めましょう。あ、その前に」

「は、はい! えっと?」

あくしゆです。これからどうぞよろしく」

「──よろしくお願いいたします」

 にっこりと微笑ほほえみ、その小さな手をにぎる。

 十三歳か。自分がその歳だった頃は──ダメだ。思い出しちゃいけない。……と、言ってもまだ四年前か。思えば遠くへ来たものだ。いや、むしろ、来させられたと言うべきか。

 殿下からの声で我に返る。

「せ、先生。その……手を放してもらっても……」

「ああ、申し訳ない」

「いえ、良いんですけど……むしろ、もっと……」

「今日はまずティナの実力を知りたいと思います」

「実力ですか?」

 きょとんとした表情。

 うん、やっぱりこの子、可愛かわいらしい。もう少ししたら、すごい美人さんになるだろう。

「王立学校の入学試験は、筆記と面接、それと魔法の実技に分かれているのは知っていますね?」

「はい、勿論です」

「そして、ティナは実技が全くと聞いています」

「……はい」

「なら、これからの三ヶ月は出来れば実技対策に当てるべきでしょう。ですが、今の段階で筆記がどれ位出来るのかを知らないと時間配分も出来ません」

「確かにその通りですが……どうやってあくなさるんですか? 王立学校の試験は毎年、内容が一新されて、対策が難しい事で有名です」

「それは噓です」

「ほぇ!?」

 面白い顔。ばれないように映像ほうじゆへ記録。足らなくなるかもな。

「幾ら王立学校でも、試験問題にはけいこうがあります。ただ、それが数年単位ではなく、数十年、下手へたすると百年単位で作られているからみな、気付かないだけ。まったく、自分が長生きだからって学校長にも困ったものです」

「……つまり、筆記対策は可能と?」

「ええ。問題も作ってきましたので、今日はこれを解いてください」

 ぜんとする殿下の顔は面白かった。

 が、試験を受け取り(きちんと頭を撫でながら褒めましたとも)夜、採点した後は、僕がぼうぜん


 ──結論から言うと、このじようさま、リディヤ並みのさいえんです。


    *


 僕のくさえんにして王国南方を守護するリンスター公爵家長女、リディヤ・リンスターはちがいなく天才である。

 いつぱんには『けん』の名で知られていて、けんじゆつだけの印象を持たれているけれど、ほうもリンスター家のしようちようであるほのお属性きよく魔法『えんちよう』を十七歳にして使いこなす。

 学問においても、王立学校を一年で飛び級かつ首席卒業。四年制の大学校も三年で卒業予定。これまた首席。三年かかったのも大学校側からのこんがんで延長したに過ぎず、間違いなく、これからの王国を担ういつざい中の逸材だろう。

 あまり褒めると調子に乗るので本人へはめつに言わないけれど──容姿もたんれい。一度、紅いドレス姿を見た時は不覚にもれてしまったものだ。

 まぁ、此方に対する態度がひどいので諸々相殺されて、最終的にはゼロ評価になるんだけど。

 ……あいつ、僕に対しては何をしても良い、と考えちがいしているのではなかろうか? 確かにあのままを受け止める事が出来る人間は少ないけれど、それにしたって限度ってものがあるわけで──かんきゆうだい

 そんなリディヤと殿下の才覚は、僕が見たところ、学問の面ならかくだ。

 今回、作った問題をあいつが解いても、これ以上の結果は出ないだろう。つまり、歴代最高得点を取る可能性が高い。この時点でもうとんでもない。

 王立学校の入学試験問題は多方面から出題される。

 魔法・語学・歴史・経済・政治・生態・気象……世の受験生が対策を考えるのをほうするのも仕方ない。数年分ならいざ知らず、百年単位の試験対策なんか不可能だし。

 だが、実のところ知識量は余り問題にならないのだ。

 当然、基本は押さえておく必要がある。ある程度そこで得点も取れる。

 けれど、あの長生きし過ぎて、何でも「三百より先は数えるのを止めた」と堂々とのたまい、根性がねじ曲がっている学校長が聞きたいのはただ一つ。


『何をしにこの学校に入学したいのか。卒業後何を見せてくれるのか』


 これだけである。それを、様々な分野でそうしながら聞いているに過ぎないのだ。

 鹿正直に試験勉強をしている子達をあざわらあくごとき所業。道理で、似たような思考をしている教授と仲が悪いのも納得。

 どうしてそんな事が分かるかって?

 僕の回答がそれでつうに受かったからです。知識問題で数問取りそびれていてもね。実技試験の相手として、わざわざその事を確認しに本人が出てきたっけ。なつかしい。

 あの時、ちょっとなみだになっていたのは何だったんだろう? そこまで変な事はしてないと思うんだけどな……上級魔法を分解して見せた位で。

 さて、今回の模擬試験、殿下は知識問題のほぼ全てで正答を書いていた。

 学校長の嫌がらせの最たるものである、古代エルフ語を読める十三歳なんて王国内に何人いるんだ。少なくとも受験生にはまずいないと思っていたけれど、いたよ、こんな所に。

 論文も現段階でほぼかんぺき。これ、もう大学校の卒業論文並みだ。公爵が手元に置いておきたいのもうなずける。

 ……どうしたものかな。らいに従うのなら、あきらめさせないといけないんだけど。この結果を見る限り、彼女は王都へ行って世界を体験した方が良いと思う。

 取りあえず──魔法を実際に見てから考えよう、うん。

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