Only Sense Online ―オンリーセンス・オンライン― 22

一章 自発イベントと魔法のインク(3)

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「本当に、この場所に残るなんて……」

 生産系ギルドが開いているタトゥーシール講座で引き続き作り続ける俺たちに対して、教えてくれた生産職の青年は、あきれたように俺たちを見つめてつぶやいている。

 そんな生産職の青年には目もくれず、俺やマギさんたちは、真剣にタトゥーシールと向き合っていた。

「むぅ、また線が上手うまく描けなかった。筆よりも別の道具で描いた方がいいかなぁ」

「図書館で買える万年筆みたいな道具があればいいな。そうすればもっと繊細な紋様が描ける」

「なるほど! でも、万年筆に【魔法のインク】が入るのかな?」

 俺が上手く紋様を描けずに頭の後ろをいていると、クロードからそんな意見が出てくる。

 早速、インベントリからノートに書き留める時に使う万年筆を取り出す。

 図書館で購入した万年筆は、インク切れのしないペンとして非常に重宝しているが、分解して【魔法のインク】を詰めることはできないようだ。

「この万年筆は、使えないか……」

「ユンっち、ちょっと貸して。……この構造なら、羽根ペンなら作れると思うよ」

 今度はリーリーが自身のインベントリから木工の生産道具と素材を取り出し、即席で羽根ペンを作り始める。

 木材を筒状にくり抜いてペンの持ち手である軸を作り、何らかの動物の牙を削ってペン先を作り上げる。

 そして、大型の鳥系MOBからドロップした羽根の先端を削り、ペン軸に通してからペン先に固定する。

「ユンっち、クロっち! できたよ!」

「えっ、ちょ……」

 目の前で完成した羽根ペンを掲げるリーリーに、俺たちに教えてくれた生産職の青年やこの場にいる他のプレイヤーたちからも視線が集まる。

「インクはちゃんと吸い上げてるな。それに細い線が描きやすい。牙や爪などの生体素材をペン先に使っているから、線も柔らかくて描きやすい」

 クロードが、リーリーから受け取った羽根ペンの使い心地を語る一方、リーリーは2本目の羽根ペンを作り始める。

「リーリー? 私も羽根ペンを作れるかしら?」

「マギっちなら、生産設備があれば金属やガラスで万年筆くらい作れると思うよ。だけど、ここだと爪や牙を削るペン先を作るくらいじゃない」

「それじゃあ、分担して作らない? 私がペン先作るから、リーリーはペン軸をお願い」

「いいよー。早くに羽根ペンの数が揃いそうだね」

 そんなリーリーの様子を見ていたマギさんは、リーリーに作業分担を提案し、自分の生産道具を使ってペン先を作り始める。

 マギさんがペン先を削り、リーリーがペン軸を作るように作業を分担したことで早くも2本目の羽根ペンができた。

 羽根ペンを作りながらリーリーと談笑するマギさんは、チラリと今まで作ったタトゥーシールを眺めながら首をかしげている。

「【魔法のインク】って黒色だけ? 細かな紋様を作るなら違う色が複数欲しいし、インク自体にも属性を宿せないかしら?」

「俺が見たことあるユニーク装備のタトゥーシールは、金色とか銀色でしたね」

 去年の冬のクエストイベントで手に入れた【りん刺青いれずみ】は銀色、ようせいきょうの解呪クエストで手に入った【妖精の紋様】は金色をしていた。

「なら、他の色のインクも作れそうよね!」

「そうですね。じゃあ、インクに何か素材を混ぜる……いや、この場合は、【合成】の方がいいかなぁ──《合成》!」

 俺は、マギさんのひらめきが実現可能か調べるために、インベントリから異なるアイテムを合成する合成陣を取り出す。

 そして、その上に火属性を宿した属性石を載せて、【魔法のインク】と合成する。

 合成によって異なるアイテムが一つになり、火属性を宿した赤いインク──【魔法のインク(火)】が誕生した。

「おー、ユンくん、すごーい! 早速、属性インクができちゃった」

「俺も一発で当たりを引くとは思いませんでした。とりあえず、他の属性石と合成して色んな属性インクを作っちゃいますね」

「ちょ、ちょっと待って、情報が……情報が多い」

 完成した属性付きの【魔法のインク】を見て、生産職の青年が何かを言っていたが、俺たちは気付かずに、次々と属性付きの【魔法のインク】を合成していく。

 そして、そんな火属性の赤いインクを手に取ったクロードは、見本の紋様を参考にしつつ、マギさんが先程作った紋様と同じ物を描いていく。


 火の紋様【装飾品】(重量:1)

 追加効果:【火属性向上(小)】


「やはりな。思った通り、タトゥーの性能が上がったな」

うそだろ……俺がずっと調べてきたのに……」

 クロードが淡々とタトゥーシールの改良に成功したことを告げる一方、今まで研究を続けてきた生産職の青年は、がくぜんとしていた。

「おー、やっぱり予想通りって感じ?」

「ああ、だが、逆に見本の紋様の中でも、属性インクだと追加効果を発現しない物があるな」

 羽根ペンに持ち替えたことで、紋様を描く効率や正確性が上がったクロードは、次々と属性インクで見本に用意されていた紋様を描き、その結果を告げてくる。

 例えば、火属性のインクで火属性の紋様を描くと、追加効果の性能が上昇した。

 だが、火属性のインクで他属性の紋様を描くと、効果は発生しなかった。

 他にも、特定の属性を持たない紋様ならば、どのインクで描いても効果に変化はなかった。

 そうした今できる検証を一通り終え、俺たちに見せてくる。

「なるほど、同じ紋様でもインクの種類で結果が変わるのか。なら、あの紋様を描いてみるか」

 放心している生産職の青年を横目にクロードは、紙にサラサラと紋様を描き出し、それを俺やマギさん、リーリーが覗き込む。

「見本にない紋様だけど、どっかで見た気がするなぁ……」

「私はこっちのは知っているわよ。ユニーク装備にあった装飾のデザインにそっくり」

「僕もこれ知ってる! クロっちが前に読んでた本の表紙にあった!」

 クロードが描き出す新たな紋様に俺は首を傾げ、マギさんとリーリーがその紋様の正体を口にする。

「俺の撮ったスクリーンショットから探した紋様を参考に描き出している。マギとリーリーの言うとおり、ユニーク装備のデザインや図書館で借りた本の表紙、MOBの体に刻まれた模様、オブジェクトの装飾から描き出している」

 クロードはこちらに視線を向けないまま、紙に他の紋様を描き出しながら答えてくれる。

「あの……その紋様と似た物を作ったことがあるけど……ダメでしたよ」

 生産職の青年は、クロードの描き出した紋様を見て、おずおずと言葉を口にする。

 彼も今まで沢山の試行錯誤を繰り返し、追加効果が発現する紋様を探ってきたのだろう。

「だが、新たに見つけた属性インクでは試していないだろう?」

「それに、属性インクで失敗しても、ダメだったって結果が残るからね!」

 リーリーがそう言いながら、できた羽根ペンを生産職の青年に渡す。

「お、俺も手伝います!」

 リーリーから羽根ペンを受け取った生産職の青年は、真剣な表情で手伝いを申し出て、クロードの描き出した紋様を属性インクを使ってタトゥーシールとして描き起こしていく。

 そして、紙に描いた魔法のインクが乾けば、結果があらわれる。


 闇加護の紋様【装飾品】(重量:1)

 追加効果:【闇属性耐性(小)】【光属性弱体(小)】


 そうして、クロードが指定した属性インクで描いた紋様は、効果付きのタトゥーシールとして認められた。

「俺が教えたばかりなのに、もう俺が思い付かなかった方法で改良して追い抜いていく。あははははっ……もう笑うしかないよ」

 生産職の青年は、この短い時間で何度もタトゥーシール作りの常識が壊されていき、引きった笑みを浮かべていた。

 だけど、手に持った羽根ペンを力強く握り、その目はやる気に満ちていた。

「ああ、もう……こんなに可能性があったなんて……もう一度調べ直しだ!」

 そう言って生産職の青年は、自分のインベントリから何枚もの紙束を取り出して、属性インクを使って紋様を写していく。

「ああ、これは違う。これも違う……」

 俺も手持ちの【魔法のインク】の合成を終え、マギさんとリーリーも羽根ペンを作り終えて生産職の青年の手元をのぞき込む。

すごいわね。この紙束は、宝物ね」

 マギさんも生産職の青年が作り上げた紙束を見て、感心している。

「だって、この紋様なんかは、ユニーク装備に刻まれている紋様に似てるわよ。きっと探せば、さっきの以外にも見つかるわ」

 青年の試行錯誤のメモの中には、見本で発見した20種以外にもタトゥーシールは存在するだろう。

 他にもクロードが言ったように、MOBの体に刻まれた紋様や装備のデザイン、街やフィールドにある細かな装飾など……総当たりになるだろうが、調べていけば、上位の追加効果を持つ紋様が見つかるかもしれない。

 そうなれば、ステータスの補正はなくとも、他のアクセサリーと差別化できる有用な装備となるだろう。

 そして、この話を聞いていたのは、生産職の青年だけではなく、同じギルドに所属する生産職の仲間たちも居た。

『マジかぁ! 属性インクとデザインの相関性か! 俺もボツにしたデザインを洗い直さないと!』

『その前に、色んなオブジェクトを調べに行かないと……くっ、生産職だからって戦闘系センスのレベル上げしてないからフィールドのオブジェクトを調べに行けねぇ!』

『その前に、属性インクの調達はどうする? 【合成】センス取らないとダメか!?』

 そんな言葉がギルド内の一室で飛び交い始める。

「うーん、ユンっち。僕たちが属性インクが欲しい時は、ユンっちに頼めば良いかな?」

「俺より【素材屋】のエミリさんの方がいんじゃないかな」

 エミリさんに素材を提供すれば、この場で作った以外の属性付きの【魔法のインク】も研究してくれるかもしれない。

 すっかり時間を忘れてタトゥーシール作りに熱中していた俺たちが時間を確認すれば、そろそろ次のスタンプを探しに行かなければならない。

「しまったな。あまりここに居続けると、ビンゴカードの交換に必要なスタンプが集まらないぞ」

 本来の目的は、ビンゴ大会の景品に出る【エキスパンション・キット】を狙うことだ。

 あまりにタトゥーシール作りが楽しくて本来の目的を忘れるところだったが、クロードに促された俺たちは、道具を片付けるのも忘れて、バタバタとしながらギルドホームから出て行く。

「そうだ、スタンプをもらうの忘れるところだったわ。スタンプ下さい!」

 だが、直前になってマギさんが気付き、慌てて戻る俺たちは、タトゥーシールを教えてくれた生産職の青年から2個目のスタンプを押してもらう。

「ありがとうございました。楽しかったです!」

「ありがとうね! 新作のタトゥー楽しみにしてるから!」

「ありがとうございました!」

 そして、スタンプを貰って改めて出て行く直前、俺とマギさん、リーリーがお礼の言葉を送りながら彼らに手を振って別れる。

「トップ生産職の人たちって凄すぎ。はぁ……完敗だよ。でも、期待されたなぁ……」

 お礼を言われた生産職の青年は、俺たちが居なくなった後でポツリとつぶやいている。

 手元には、トップ生産職たちが渡してくれた羽根ペンと属性インク。そして、一度ボツにしたデザインの紙束。

 タトゥーシールの限界を決めていた一人の生産職は、トップ生産職から可能性を見せてもらった。

 自分がボツにした紙束の中には、新しいタトゥーが眠っている可能性があることを。

 そして、OSOの中に散りばめられた紋様を探しに行かなければならないことを。

「よし、頑張るか!」

 一人の生産職は、仲間のギルドメンバーたちと共に、改めてタトゥーシール作りに向き合う。


 プレイヤーが企画した自発イベントからしばらくして、タトゥー職人と呼ばれるプレイヤーたちが現れ始める。

 戦闘で実用性のあるタトゥーシールは、既存のアクセサリーと差別化される。

 また、タトゥー職人たちが作るのはタトゥーシールだけではなく、攻撃魔法や補助魔法が使える消費アイテム──【呪符】と呼ばれるアイテムの作成に成功したのだ。

 無地の紙やカードに【魔法のインク】で特定の紋様を描き、EXエクストラスキルの【魔力付与】をおこなうことで、【呪符】は完成する。

 タトゥー職人たちは、タトゥーシールの実用化や呪符の作成だけでは満足せずに、日夜OSOを冒険しながら新たな紋様や呪符を探しているそうだ。


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試し読みは以上です。


続きは2023年4月20日(木)発売

『Only Sense Online ―オンリーセンス・オンライン― 22』

でお楽しみください!

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