プロローグ/いつかの未来

   ##

 ──〝完全犯罪〟を成立させるためには仲間が要る。

 それも、とびきり優秀で性悪で頼もしい、ハチャメチャな仲間たちが。

 

 こつ、と乾いた足音が夜闇に響く。

 俺が──違う、俺たちが訪れているのは深夜の学校だった。目的は、校舎の中でちょっとした〝事件〟を起こすこと。もしかしたら、明日には迷宮入りの大事件として世間を賑わせているかもしれない。だけど、それくらいの騒ぎはもはや日常茶飯事だ。

「ん……」

 校門に仕掛けられているはずの防犯装置セキュリティは何故か沈黙している。

 奇妙な現象に意識と視線を向けた瞬間、すぐ隣からちょんちょんと袖を引かれた。

「えっへん。これも、わたしの得意技……なでなでの権利、ぷらすいち」

「……はいはい、分かったよ」

 口調と表情こそローテンション気味ながら、上目遣いで得意げな横ピースを決める小柄な少女。大人しい割に(仕草だけは)自己主張が激しい彼女の黒髪にぽふんと片手を置くと、つきたてのお餅みたいに白い頬がわずかに緩む。

 誰よりもハッキングに長けた訳アリな〝暗殺者〟──。

 彼女のおかげで、俺たちの犯行は並大抵のセキュリティじゃ止まらない。

 ただし、今夜の現場は他でもない学校だ。監視カメラや警報機の類なら一瞬で突破できるとしても、どうしたって人の目がある。守衛、残業、もしくは宿直。相手方の役割が何であるかに関わらず、俺たちにとっては見られるだけで不都合だ。

 けれど、

「先生たちなら帰ってるよ、一人残らずね」

 少し前を歩いていたベージュの髪の少年──〝詐欺師〟が、俺の疑問を見透かしているかのように上半身を捻ってそう言った。腹が立つほど整った容姿を持つ彼は、芝居がかった仕草で両手を広げながらわざとらしく口角を上げる。

「まあ、正確には〝帰ってもらった〟んだけど」

「……何したんだ、今回は?」

「ほんのちょっと帰りたくなる理由をあげただけだよ。そうだね、具体的には──」

「うっさいなぁ、もう。どーせ適当な嘘ついて追い返したんでしょ? 別に内容とかどうでもいいっていうか、むしろ聞きたくないってば!」

 不満げに頬を膨らませて詐欺師の発言を一刀両断に遮る赤髪の少女。

 制服の上から纏った白いカーディガンにも片鱗が現れている通り〝マッドサイエンティスト〟への道をひた走る彼女は、性格的には素直で純情だ。そのため呼吸と同じ頻度で嘘をつく詐欺師とは折り合いが悪く、今も「じぃ……」とジト目で抗議している。

 ……ただまあ、

「そんな目で見てもらえるなんて……いやぁ、今日は最高の夜になりそうだね」

 嘘つき以外にドMという厄介な属性を併せ持つ彼には逆効果だったようだけれど。

 とにもかくにも、本来的な意味での監視の目は詐欺師の嘘によって排除されている。ついでに足跡や指紋を含めた諸々の痕跡は、マッドなサイエンティストである少女が作った発明品によって夜のうちに綺麗さっぱり消し飛ばされる予定だ。

 そして、最後に立ち塞がるのは物理的な障壁──。

 俺たちが侵入経路に選んだ校舎の裏口には電子錠とダイヤル錠の二重ロックが施されている。いくら暗殺者のハッキング能力が優れていても、アナログ式の錠前は破れない。何か別の方法で攻略するしかない、というわけだ。

 そんなことを考えながら校庭を突っ切り、通い慣れた校舎の裏手に回る──と、

「「「「…………」」」」

 裏口がぶっ壊されていた。

 正確には、余所者の侵入を阻んでいたはずの扉が枠ごと取り外されていた。

「ふふっ。お察しの通り、犯人は私です」

 童話のお姫様みたいな銀髪をふわりと揺らす少女──〝怪盗〟が、黒手袋を付けた右手をお淑やかに掲げる。サプライズが成功して喜ぶ子供みたいな表情だ。

「入りやすいように改造してみました。ご安心ください、あとでちゃんと直しますよ?」

「……じゃあ、何でわざわざ?」

「それはもちろん、こちらの方がスリル満点でドキドキしますから」

 にこにこと無邪気に微笑む、非日常の危険を愛してやまないお姫様。

「ふっ……やっぱり、物騒のきわみ」

 それを受けて、俺の後ろに隠れていた黒髪の少女が煽るようにちょこんと顔を出す。

「やばんじん……わたしなら、もっとすまーとにやれる。やーいやーい」

「むむ。……そんなことを言う悪い子には、お仕置きです。えい」

「ふにゃむっ!?」

 怪盗の指先から放たれた何か──見えなかったけど多分消しゴムだと思う──が暗殺者の小柄な身体を弾き飛ばし、尻尾を踏まれた猫みたいな悲鳴が暗闇に響く。両手で額を押さえる黒髪の少女は涙目ながら「がるるる……」と臨戦態勢を取っており、早くも何らかの反撃を企んでいるのは想像に難くない。

「! な、なんて容赦のない強烈な一撃なんだろう。土下座したら僕にも攻撃してくれないかなぁ……やっぱり、貯金の使いどころってこういう場面だからね」

「うわ、きも……って言ったら喜ばれるんじゃん。……え、詰み? どうしよ!?」

 そこそこの頻度で発生する好戦的なやり取りを羨ましそうに指を咥えて(今のところ比喩だけど)眺める詐欺師と、その傍らで難解な問題にぶち当たっては「むむむ……!」と腕を組むマッドサイエンティストな少女。


「…………」

 ……まあ、見ての通り。

 俺たちはまだバラバラで、仲良しこよしというわけじゃない。

 強固な絆も、結束感も何もない。

 それでも。

「では──団長ボス、号令を」

 極上の銀髪を揺らす少女が、俺に。今回の事件を企てた〝黒幕〟に身体を向ける。


 ──俺たちは、だ。

 バラバラでも絆がなくても結束感が希薄でも、信頼だけは足りている。

 俺たちが企てているのは、平たく言えば犯罪行為だ。なるべく派手で大胆な──それでいて特定の条件を満たす──事件を何度となく繰り返している。各々が持つ特殊な能力を活かしながら、この世界で〝悪党〟を続けている。

 ……何故か?

 そうしないと、からだ。

 ■■■■が惨殺されて、■■■■が壊滅して、世界が終わってしまうからだ。

 そんな未来が、俺にだけは視えている。


「……ああ」

 だから俺たちは捕まるわけにいかない。世界中のどこよりも〝正義〟の力が強いこの学園で、誰にも知られないまま歴史を改変し続けなきゃいけない。

「完全犯罪組織【■■■■】──行動開始だ」

 頼れる仲間たちの顔を見渡しながら、俺は今日も堂々と号令を下す。



 ただ、これは──今からほんの少しだけ〝未来〟の話だ。

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