◇◇ 第三話 四月十三日、あと23日・夜(2)

   ○


『っていうことらしいの』

 うちは──千亜希からの電話で、事の次第を聞いていた。

 誠治との通話からやきもきしていたところ、ようやく千亜希から電話が来た形だ。

「あー、そういう事情かぁ……」

 吐息に同情がにじみ出る。誠治と千亜希の両方に対してだ。

「把握した。話を聞くに転校が決まったの、昨日か一昨日でしょ?」

 母親の妊娠が発覚したのが先週末の新学期──つまり、自分を救急車で運んだ日だ。

 その後、土日中に相手家族と面談して、転校すると決まった。

 こちらが盲腸の手術で慌ただしかった期間中、誠治の方も激動だったのだ。

「普通なら週明けの今日にでも、転校のことを伝えられるはずだったんだよ。でも、私が転入してきたから……」

 頭を抱える。重大なことに気付いてしまった。

「内緒にしてくれって言われたときは、『なんで?』って思ったけど……なんでもなにもないよ。理由、私じゃん……っ」

 転入生が来て歓迎ムードの教室に、自分が転校すると報告してお別れムードを作る……ちょっと気が進まない挑戦だ。

 クラスメイトたちは戸惑うだろうし、転入生の自分も居心地が悪くなりうる。

『ゆーちゃんが教室に溶け込む大事な時期に水を差す──って思ったんだろうね』

 千亜希の声は、微苦笑しているように聞こえる。

 タイミングだ。あまりにタイミングが悪かった。

 誠治と電話したとき、すぐ気付かなかった自分のバカさに腹が立つ。

「なにしてんのよ私はもうっ。今日一日、ずっとセージの前で、主賓みたいな顔して……ああ恥ずかしいっ!」

 スマホを保持しながら片手で顔を覆う。

 自分が歓迎を受けているその隣で、誠治は大きすぎる気遣いをしてくれていた。

『ゆーちゃんが悪いわけじゃないよ。巡り合わせがよくなかったというか……』

 巡り合わせ──たしかに奇妙な巡り合わせだ。

 朝陽悠乃は『転入生』、相影誠治はさながら『転出生』。

 どちらも大枠では、同じ『転校生』だ。転校した後か、転校する前かの違いだ。

 そんな『転校生』が、今日、奇しくも同じ教室で顔を合わせていた。

 なのに……温かい思いをしたのは、自分だけだった。

「ちょっと、スマホ手放すね」

 え? という千亜希の声ごと、耳からスマホを手放して机に置く。

 そして、自分の両頬を挟むように、思いっきり叩いた。

「っしゃあコラァ!」

『すごい音と声だけど大丈夫っ!? 任侠映画とか再生してないっ?』

 セルフビンタの音と気合いの声だが、仁義なき銃声と怒声にも聞こえたようだった。

「ごめん、自分のことばっかりになってた。ちぃちゃんの方がショックなのに」

『それは……比べることじゃないと思うけど……』

 誠治の転校はショックだ。それでも、より辛いのは千亜希だろう。

 一緒に過ごした時間は千亜希の方が長い。千亜希が誠治を頼りにしていることも今日を振り返るだけで分かる。

『そういえば、ゆーちゃん──』

 千亜希から、ふと気付いたように呼び掛けられる。

『誠治くんに内緒にするように言われたんだよね? 転校のこと、私やショウくんにも』

「あ、うん……タイミングを見計らいたいみたいなこと言ってたけど」

 千亜希の声に鋭さが生じて、焦り出す。

 千亜希より先に聞かされたという経緯に、妙な気まずさを覚えていた。

「それは、別に私が特別ってわけじゃないっていうか。そう、こういうのってむしろ縁の薄い相手ほど深刻な空気にならなくて話しやすいところあるっていうかっ」

 なぜだか言い訳がましいことを口にする。

『……たぶん、それだけじゃないと思う』

 千亜希の言葉に「え?」と首を傾げた。

『ゆーちゃん、長電話しても大丈夫?』

「朝まででもいいよ」

 夜は深まっていたが、返事に迷いはなかった。


   ○


 僕のスマホに翔から電話がかかってきたのは、千亜希を見送ってすぐだった。

『よう薄情者、ちぃに引っかかれたかよ』

「いきなりだな」

 スマホを耳に当てたまま、部屋の椅子に腰を下ろす。

「悠乃から聞いたのか?」

『おう、たぶんセージがちぃの突撃を受けてる間にな。ゆーが慌てて電話してきた』

 僕が千亜希の応対で通話を切った後、悠乃は翔に電話をかけたようだ。

「悪い、順番最後になったけど──」

 僕は翔にも転校の理由を説明した。

『あー、そりゃセージが悪いな』

「いや、転校の理由は、僕が悪いわけじゃないだろ」

『そこじゃねぇよ』

 翔は呆れた口調で言う。

 なら『どこ』なのかと、続きを待つ。

『──お前、ちぃが生徒会選挙に立候補するまで、隠しとくつもりだったろ』

 名探偵に罪を暴かれる犯人の心地だった。

 翔という幼馴染が、無神経ではあれどバカではないことを、改めて思い知らされる。

「……なんで分かった?」

『お前、ゆーに「内緒にしてくれ」って頼んだだろ? クラスメイトにはって意味ならまだ分かるけど、オレたちにも隠したがるあたりでキュピーンとな』

「悠乃に隠し事を頼もうとした僕がバカだった」

『はっはっは、そういや昔も、内緒にしようって決めてもすぐ口を滑らせてたよな』

 千亜希にバレた時点で、翔に隠しても意味がないと判断したのだろう。

 実際そうなので、これについて悠乃を責める気はない。

『まあセージが考えてることも分かる。つまりあれだろ──』

 僕と同等に千亜希をよく知る翔は、僕の考えを当ててみせるのだった。


   ○


『たぶん、私が立候補しなくなると思ったんだよ』

 自室のベッドで、千亜希との通話を続ける。

 いまは布団を掛けてうつ伏せになったまま、小首を傾げていた。

「立候補って、生徒会選挙の?」

 千亜希が選挙に出る予定だということは、今日聞いたところだ。

 千亜希も弱気を口にはしていたが、出たくないという様子ではなかった。

 度胸作りのため幹事をしていたことからも、挑戦する意思はあったように見える。

「セージの転校と、なにか関係あるの?」

 いまいち把握できず、説明を求めた。

『んっと、どこから話そうかな……』

 転校した自分は、それ以後の千亜希の半生について、よく知らない。

 だから、千亜希のこれまでに関わるであろう話を、静かに待つ。

『高校デビューって言葉あるよね。入学した直後の、恋人を作るんだーとか、いままでと違う自分になるんだーっとか、そういう衝動に駆られるあれ』

「うん、あるね……ちなみに転校でも起きるよ」

 古傷が痛んだような声で言うと、千亜希がくすくすと笑う。

 中学生の頃はとても大人っぽい存在に見えた高校生、いざその制服に袖を通したとき、どこからか湧いてくる焦燥感にも似たもの──

 誰にでもあることだけに、方向性は人それぞれ。

 悪ぶったり、目立ちたがったりと、迷走の末に火傷することもある。

 わざわざ持ち出したということは、千亜希にも、そんな衝動があるのだろう。

『私の場合はね──格好よくなりたかったの』

 千亜希の声音には、言葉以上の重みを感じた。

「格好よく? お洒落的な意味で?」

『ううん。外見もまあ、大事だけど……もっとこう、人間的にというか……』

 曖昧な言葉だが、千亜希が何を求めているのか、漠然と察しが付いてきた。

『例えば……うちの生徒会長、日比谷さんっていうんだけど』

 まだ会っていないが、誠治の従姉が生徒会長だという話は小耳に挟んでいる。

『綺麗で、頭も良くて、大人っぽくて……私もこうだったらなぁって、思っちゃって』

 懐かしむような千亜希の口調に、頬が緩む。

 ──ちなみにこのとき日比谷凛は、昼間耳にした谷崎潤一郎の『鍵』を自室でこっそり読んでインモラルな内容に赤面しているが、それを知る者は誰もいなかった。

『目標にして、お洒落を真似たり、勉強もしたりして……そしたら、前の学期末に』

 生徒会長、やってみない? と。

 千亜希は凛から直接、時期生徒会長に指名されたという。

『別にそこまで真似したいわけじゃなかったし、向いてないもん。ただ、その……』

「挑戦したいって気持ちもあって?」

 共感を込めて続きを促す。

『うん。役者不足もいいところだけど』

 高校入学時の衝動に、千亜希は「憧れの人物」という方向性を見出したのだ。

 更に、漠然と『格好良い』と言語化していた情熱に、生徒会長というゴールが生じた。

 千亜希にとって「生徒会長になる」とは、そういう意味を宿しているのだろう。

『それで、どうしようか迷ってたら、誠治くんが……言ってくれたの』

 誠治がこう言って、千亜希の背を押したそうだ。

 ──もしやるなら、僕も手伝ってやるよ。


   ○


「あのときは、まさか転校することになるなんて思ってもなかったんだよ」

 翔との電話の中で、僕は運命の悪戯を呪った。

 本心だった。千亜希が生徒会長になるというなら、全力でサポートする気だった。

『あの頃はちぃも自分を変えようって意欲あったからな。オレもいい機会だとは思ってたよ。あいつの色々と半端なところがマシになるかもって』

「ああ、絶好の機会だ」

 当時の千亜希は、なにやら思うところあってか、自分を変えたがっていた。

 指標にしていた凛さんの後任というのも、打って付けだ。

『だから転校も隠す気だったわけか。ちぃが立候補表明して引っ込みつかなくなるまで』

「……そういう考えがなかったとは言わない」

 もったいない、と思ったのだ。

 僕の転校が、千亜希の弱気を招いて、立候補しなくなったら……度胸作りに励んでいた今日までの頑張りが、無駄に終わるのではないかと。

『そういうのなんて言うんだっけ? ほら、あれだ──「はしごを外す」っつうんだよ』

 翔の非難が胸を突く。

 はしごを外す──おだてて何かさせた後、応援するのをやめて孤立させること。

 背中を押しておきながら転校する僕は、千亜希にそういうことをしたも同然だった。


   ○


「そういうことかぁ」

 ようやく詳細を把握して、深々と溜息を吐く。

「たしかに、セージはちょっとひどい。もちろん転校するのはセージのせいじゃないし、生徒会の話を持ってきたのも会長さんだけど」

 ただ、重要なのは──

「手伝うって約束して、すっかり頼らせておいていなくなるっていうのは、ひどいね」

『っ、そうだよね!? うそつきだよね!?』

 これまで静かだった千亜希の声に、力が込められた。

 よい傾向だと思う。ようやく、千亜希が感情を吐き出せた。

『生徒会、一緒に手伝ってくれるって、約束だもん……』

 涙目になって頬を膨らませている千亜希の姿が想像できて、小さく笑う。

「ちなみに選挙の話はどうするの?」

『……分かんない。分かんなくなっちゃった』

「じゃあ忘れちゃおう」

 あっさり言い切ると、千亜希が驚くような気配を返した。

 しかし改めて考えてみれば、選挙に出馬するか否かなんて話は、立候補の受付期日まで先送りで問題ない。どっちを選んでも自分は全面的に千亜希の味方なのだから。

「そんなことよりセージのことだよ。なによ自分がいなかったら立候補しないかもって。普通に傲慢でしょ」

『そう! 誠治くんはそういうとこあるの! 善意が上からなの!』

 水を向けてやると、千亜希は誠治への不満を口にする。

『真面目だけど堅物だし、気遣いさんだけどたまに恩着せがましいし! 大人っぽいけど偉そうなところあるし、ちょっと誕生日が早いだけで変にお兄さんぶって!』

 千亜希は誠治の難点をあげつらうが、その全てが長所と連結して語られているあたり、本心が見える気がした。

『そこまで言うならちゃんと最後まで責任取るべきだよね!? なのに──』

 誠治には悪いが、千亜希の愚痴を聞くことが、少し楽しい。

 相手がどんなに立派な人物でも、一緒にいれば欠点は見えてくる。付き合いが深ければその欠点に悩まされることも多くなり、不満が蓄積することは避けられない。

 そういう溜め込むと心に悪いものを聞いてやるのが、お友達というものだ。

 いま自分は、数年ぶりに再会した幼馴染と、そういうことができている。

「ちぃちゃん?」

 ふと、気付けば千亜希が言葉を止めていた。

 何かを噛み殺すような沈黙の後、辛そうな声音が耳に響く。

『違うよ……私が誠治くんに怒ってるの、おかしいよ』

 涙ぐむような声に血相を変えた。

『だって誠治くん、転校しちゃうのに……私は誠治くんとだけお別れだけど、誠治くんはみんなとお別れなのに……誠治くんの方が、寂しいのに……っ』

 千亜希の言葉を聞いて、神妙な気分になる。

 自分もまた、その『お別れ』をしてきた身だ。誠治が抱えているだろう寂しさは想像が及ぶ。辛さを比較するものではないだろうが、見送る側と見送られる側で、より孤独感に襲われるのは、故郷を旅立つ方だ。

『なのに私、誠治くんに怒鳴っちゃった……ああ、最低だ、私』

 千亜希が強い後悔を口にする。

 誠治の口から転校を聞いたとき、感情のまま声を上げたことを、いまになって後悔しているらしい。真奈美さんの妊娠で驚かされなければ、もっと暴言を吐いたかもしれない。

「それ普通だよ」

 一呼吸を置いて送った言葉は、自分でも意外なほど強い口調だった。

『え?』

「本当にお別れしたくない人と、お別れすることになるとさ、怒っちゃうものなんだよ」

 視線を配った部屋の片隅には、細いラケットが立てかけられていた。

「どっちが悪いわけでもないのに、理不尽に当たっちゃったり、それこそ恨みまで湧いてきちゃったりするの。たぶん、人ってそういうものなんだよ」

 恋人の別れ話は大抵ケンカになるともいう。

 心にもないことを口走ったり、とんだ醜態をさらしたりするという。

 きっとお互いの関係が深いほど、引き剥がされるときの『痛み』も深まるからだ。

 痛い思いをしているのだから、理不尽な怒りや苛立ちが生じて当然だろう。

「離ればなれになるのが辛くて怒ってるんだから、最低なわけないじゃん」

 雲を晴らすようにからりとした声だった。

『そう、なんだ……うん、分かる気がする』

 呆気にとられていた千亜希が、声音を柔らかくする。

「とりあえずそういう感情はいまのうちに吐き出しちゃえばいいんだって。セージなんか一日くらい困らせておけばいいの」

 くすっ、という千亜希の笑い声を聞き取って安堵する。

(これは、どうやって仲直りさせよっかなぁ……)

 同時にそう考える。

 幼馴染の中で良識派な誠治と千亜希のケンカは幼少期を含めてもレアケース。おまけにいまは子供じゃない。なかなか困難なミッションだ。

 それでも、自分はそれに挑むべきだと思う。

 なぜなら、自分は『転校生』だから。

 これから転校する誠治のために、自分だからこそできることがあるかもしれない。

 なにより、知らないうちに、誠治には『借り』ができていたから。

(勝手に恩を売ってくれちゃって。返し方の注文は聞いてやらないからね……)

 怒り半分、笑顔半分といった表情で決意する。

 今日──誠治は自分に、よい『転校』をくれた。

 だったら自分も、誠治によい『転校』を返してやらなければ。

 覚悟せよ相影誠治、こちとら1点取られたら3点取り返す主義の体育会系ぞ。

(あと、三週間……)

 時計を見る。

 もう夜も遅い。千亜希の舌が乾く頃には、日付が変わるかもしれない。

 誠治が転校するまでのカウントダウンが──もうすぐ一つ刻まれる。


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試し読みは以上です。


続きは2024年2月24日(土)発売

『あと1ヶ月で転校する僕の青春ラブコメ』でお楽しみください!


※本ページ内の文章は制作中のものです。製品版と一部異なる場合があります。

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