二章 魔女に首輪は似合わない(3)

 ◇


 ローグのもとにミゼリアがやって来たのはそのさらに五分後だった。ミゼリアはドアを開けるなり、ぴたりと止まって、クンクンと犬のように鼻を鳴らすと、呟いた。

「やれやれ困ったな」

「……何の話だ?」

 疲れ果てた声でローグは言った。

「ふむ、こちらの事情だよ。私にも色々あるのでね」とミゼリアは言った。「さてローグ君! 邪魔者も消えたし捜査再開だね!」

「……お前とはもうごめんだ」

「私がローグ君を休ませるわけないだろ? 短い付き合いでも、わかってもらえたと思ったんだけどねえ」

「おい魔女。人はそう簡単にはわかり合えないんだぞ」

「じゃあこっちも努力をしようじゃないか。仲良くしよう」

「うるせえ黙れ」

「突っ込みがいささか乱暴じゃないかいローグ君!?」

 少し胸がスッとした。ざまあみろ。

 ミゼリアは自分の髪を指に巻きつけ、いじけた様子で言った。

「ザック・ノルのところで押収した薬の解析が出たってさ」

「早くないか?」ローグは言った。「ここに科捜研の連中がいるわけでもないだろ。誰がやったんだよ」

「もちろん私たち、魔女だよ」

「……まさかお前、証拠品を盗んだのか?」

「失敬な。少々拝借しただけだよ。ちょっとくらい減ったって問題ないだろう」

「大ありに決まってるだろ!」

「警察に任せては早期解決は望めないよ」とミゼリアが排気口に向かって言った。「おーいアンジェネ。出番だよー」

 ローグは顔を上げ、身構えた。

「……まさかそこから出てくるのか?」

「呼んだ?」

 耳元で囁かれ、ローグは叫んだ。

「おお!?」

 振り返ると背中にピッタリと少女がくっ付いていた。

 ローグは飛び跳ねるようにその場を離れ、改めて少女を見た。かなりの長身で見上げなければならなかった。ローブを羽織り、右目は前髪で隠れている。柳のような佇まいと相まって幽霊のような印象があった。

 ミゼリアが説明する。

「〈仕事人〉アンジェネ。爆弾製造、毒殺、検死、ハッキング、その他色々趣味でこなす。ここでは概ね、鑑識の役割だ。貴族評議会によれば番号は一番目だね」

「今、何でわざわざ驚かした!」

「ふふふふ、ミゼリア、この人うるさいわ」

「ねー」

「はっ倒すぞ」

 ローグが睨みつけるとミゼリアは「ふーん、君にやれるものならやってみろよーほれえほれえ」と言う。手が出そうになるのを意志の力で抑え、ローグは新たに現れた魔女に訊ねた。

「……解析結果は?」

「うふふふふ、筋強化薬に魔力強化剤、鎮痛剤とその他色々なのがブレンドされたスペシャルドリンク。飲めば一週間は不眠不休で動ける代物ね。それにしてもスーパーヒーローでも作りたいのかってくらいの気合いの入れ方だったわ、うふふふふふ」

 柳のような長身を折り曲げ、アンジェネが笑った。

「スーパーヒーローを作る薬か……いかにも次の犯罪の準備をしてるって感じだな」

 ローグの言葉にミゼリアが頷く。

「だろうね。むしろ今までは単なる練習だったのかもしれない。自分の魔術の犠牲者をあんな風に、路地裏に捨てておくかい? 飾り方も凝っていない以上、彼らは犯人にとってその程度の価値だったんだろうね」

 不愉快な推測だがミゼリアの言っていることは的を射ている。

 犯人が自分の足取りを隠す手間と比べて、被害者の隠蔽が雑なのだ。むしろ発見されて欲しいとさえ思っているかもしれない。ローグはアンジェネに問う。

「ザック・ノルは他に、その薬を用意していたか?」

「してないわ。海外から取り寄せた材料もあったけど、サーバーをハックして購入履歴を見ても、これが初ね。うふ、お友達のためだけに調合してあげたって感じ。うふふふふふ、友情ね」

 そう言いながら、アンジェネが背を向ける。ヒールのある靴にもかかわらず、音もなく歩き、ドアノブに手をかけた。

「どこへ行くんだ?」

「帰るわ、仕事は終わったもの。ふふ。あとはそっちで頑張ってね、うふふふふ」

 不気味な声とともにドアが閉じた。

 魔女にしては随分とあっさりしている。拍子抜けしているとミゼリアが言った。

「彼女はいつも部屋に閉じこもってるんだ。魔術の研究をしているらしい」

「研究って……そんなことさせといて大丈夫なのか?」

「さあ? 大丈夫じゃないかな?」

「お前に聞いた俺が馬鹿だった……」

 少なくとも〈首輪〉がある以上は抑え込める……そのはずだ。

 不安を抱きながら、ミゼリアから目を離すと資料を今一度確認した。ザック・ノルは三日後に留置場から身柄が解放されることになっている。起訴するかどうかはまだ保留だ。〈奪命者〉の情報を握っていることは間違いないし、見逃した方が利用価値がある。問題はどう追い込んでいくかだ。

 留置場で撮影した不機嫌そうな面の男を見ていると、ミゼリアが身を乗り出して覗いてきた。

「やはり拷問が一番手っ取り早く済むんじゃないかい? 何せ一度は成功しているんだ」

「……そんなことはさせねえ」

「では代案でも?」

「たかが友達のために命を張るような奴だ。どうせ〈記憶解読〉への対策もしている。地道に脚を使うしかねえ」

 ミゼリアはニコニコしている。そんなにローグが詰まっているのを見たいのか。

「そういうことにしといてあげるよローグ君」

 言い方に悪意を感じる。ローグは舌打ちをした。

「しかし友達をたかがなどと言ってはいけないなあ。友達は作った方がいいに決まってるよ。いざというときに無償で動いてくれて、とても役に立つんだ」

「それ友達じゃないだろ」

「友情は双方向とは限らないんだよ」

「なおさら最低じゃないか」

 ローグはため息を吐く。こいつと話していると酷く疲れる。

「行くぞ。ザック・ノルのお友達とやらを捜す」

「了解マイフレンド」

 友達なわけあるか。


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試し読みは以上です。


続きは2024年2月9日(金)発売

『魔女に首輪は付けられない』でお楽しみください!


※本ページ内の文章は制作中のものです。製品版と一部異なる場合があります。


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