第一章 運命の再会(3)


         🗝


「ねぇレオ、今日は誘ってくれてありがとう」

 汗ばむ初夏の『今』とは違う、涼やかな夜。

 凛と清らかな声が、澄んだ空気に溶け込む。

 いつもフラッシュバックしていた『彼女』の――前世の恋人、フィオエレーナのものだ。

 これって前世レオベルトの記憶を覗き見てる感じなのか……?

 白い外套のフードをかぶったフィオエレーナの――フィオナの美しい瞳がこちらを見上げる。

「本当に夢のようだわ、まさかシャニールあなたの国でお祭りを見られるなんて」

「それも建国祭。ランブレジェの聖女が祝いにきてるなんて知ったら、騎士団のみんなも卒倒するんじゃないか」

 そう答えたのはレオ――前世の俺だ。そうか、これは建国祭での記憶……。

 シャニール王国とランブレジェ帝国――対立する二つの国にそれぞれ属する俺とフィオナは、敵同士の許されぬ恋をしていた。

 王国内を一緒に歩くなど本来なら不可能だが、建国祭ならあるいは――そうひらめいて、俺がフィオナを誘ったのだ。

 というのも、建国祭にはシャニールの伝説にちなんだ仮装を楽しむという習わしがあり、国民はこぞって神話の人物になりきる。だからフィオナも仮装すれば正体を隠せるのでは――と踏んだのだ。

 作戦は大成功。二人は祭りに沸くシャニールの街を、普通の恋人のように歩いた。

 月の女神に扮した彼女に『どちらさまで?』なんて野暮な詮索をする者はいない。店を覗いても『まぁ、綺麗な女神さまだこと』『お祭りを楽しんで!』と、みんなが温かく迎えてくれた。フィオナが敵国の聖女だとは気付かずに――。

 もっとも、念のため外套のフードは外さないようにしてたけど――。

「君に見せたい、とびきりの場所があるんだ」

 レオがそう言って、フィオナを人気ひとけのない古い石橋へ案内する。

 特に名所ってわけじゃない。他にもっと立派で大きな橋はいくつもあるし、普通の観光ならそっちを勧める。だけど、ここからなら――。

 無数の星が輝く美しい空の下、川の向こうには壮麗なシャニール王宮が見える。

 そのあまりの麗しさに、フィオナがほうっと感嘆のため息をもらした。

「素敵ね……。ランブレジェでも、シャニールの王宮は美しいと噂なの。まさか本物を目にできる日が来るなんて――」

「気に入ってもらえてよかった。本当はもっと近くで見せてあげたいけど、王宮周辺の警護は厳重だからね、君を危険にさらしたくはない」

「あら、敵国の都にまで連れ出しておいて?」

 フードから覗く美しい横顔。クスリと笑ったフィオナが、いたずらっぽい視線をよこす。

「もちろん君のことは命を懸けて守るさ。だけど今夜警護に出てるのは俺の上官なんだ。恐ろしく怖い上に、勘のいい人だから遭遇は避けたい」

「わかってる。私だってあなたに負担はかけたくないもの。でもそうね、ここなら――」

 周囲に誰もいないのを確認したフィオナがフードを脱いで、ふぁさっ――。外套に隠れていた長い髪を優雅に引き出す。

 ふわりとあらわになった白銀の髪が、闇夜にキラキラとなびいた。

 ゴォウン、ゴォウン――。

 建国を祝う鐘の音が響いて、天に浮かんだ魔法陣が恵みの花火を降らせる。

 そっか、前世の花火って『今』のとはかなり違うんだよな……。

 丸い花形には開かなくて――まるで星屑の噴水だ。民の幸せを祈る祝福の魔法がキラリキラリと降り注ぎ、フィオナの姿をも鮮明に照らし出す。

「ねぇレオ、似合う?」

 ゆっくりとこちらを振り向くフィオナ。雪原を思わせる彼女の美しい髪には、月の髪飾りがきらめいていた。金細工で三日月を模ったそれは、月の女神に扮するならとレオが贈ったものだ。

 祝福を受け、一際ひときわ輝く金の髪飾り。

 三日月の端からぶら下がる水晶が、星屑を宿したかのように眩く揺れて――

 これって、どういうことだ……?

 まさかの光景に、『俊斗』は目を疑う。

 あの髪飾り、さっき露店で買ったものにそっくりだ。それに――

 似ているのは髪飾りだけじゃない。

 ふんわりと巻かれた長い髪に、淡いブルーの瞳。

 凛とこちらを見つめるフィオナは平たく言うと美少女……なんだろうけど、そんな言葉じゃ全然足りない。

 人間離れした類い稀な美貌はそう、レオだけでなく『俊斗』にとっても馴染み深い『彼女』に――七星恵令奈に瓜二つだった。

「私、あなたと巡り会えて幸せよ――」

 レオを見上げ、愛しげにつぶやくフィオナ。

 清らかな双眸の奥には、彼女の特徴ともいえる稀有な輝きが――七色の虹がゆらゆらと浮かんでいた。

 ゴォウン、ゴォウン――。

 祝福の鐘が鳴り響く中、再び現れた青い蝶の群れが『俊斗』の視界を阻む。

 蝶に埋もれ、次第に見えなくなっていくフィオナの姿。

 純白の花びらがぶわりと舞い散って、ああ――。

 やけに臨場感のある前世の記憶が、急に遠のいていった。


         🗝


 ついさっきまで建国を祝う鐘が鳴り響いていたはずが――ふと気付けば、ドォンと激しい打ち上げ花火に変わっていた。

 初夏の熱気をはらんだ風が頬を撫でて――そうだ、今日は恵令奈ちゃんと花火を見にきて……と思考がクリアになっていく。

 いつもとは違う長めのフラッシュバック――前世の記憶にずいぶんと引き込まれていた気がするが、ほんの一瞬だったらしい。

 夜空を彩るのは魔法陣からこぼれる星屑ではなく、乞来祭の――『俊斗』のよく知る丸い花火だ。あの勢いならまだ序盤、ここからさらに盛り上がっていくのだろう。

「先輩、どうかしましたか?」

 こちらを見つめる青い瞳も、月の女神ではなく、たおやかな浴衣娘のもので、

 ここはもう、前世なんかじゃない……はずなのに――

「フィオナ……」

 あまりにも懐かしい面影に、つい口にしてしまう。

 瞬間、恵令奈の表情がピシリと強張る。

 しまった、いくら似てるからって他の子の名前で呼ぶなんて、さすがにデリカシーなさすぎだよな……。

「先輩……信じられないです……」

 ふるふるとその身を震わせる恵令奈。澄んだ湖の瞳には涙が浮かんでいた。

「ご、ごめん恵令奈ちゃん、これはその……」

「本当に信じられない……! やっと、やっと思い出してくれたんですね、先輩……いいえ、レオ様!」

 ええと、待ってくれ……。

 いくら似てるからって、そんな奇跡みたいなことがありえるのか――?

 だけどああ、そうとしか思えない。

「まさか……恵令奈ちゃん……が……?」

 熱く胸を打つ確信。

 鼓動ばかりが早まって、うまく言葉にならない。

 だけどさすがは『前世の恋人』だ。

 俊斗の思いを優しく酌み取った恵令奈が、コクコクと涙に揺れる瞳で頷く。

「そう……私がフィオナ……フィオエレーナです!」

 やっぱり、恵令奈ちゃんがフィオナの生まれ変わりだったんだ……!

 押し寄せる激しい感激に、俊斗まで涙目になる。

「い、いつから前世のこと……?」

「ずっとです、先輩と初めて会った日からずっと……」

 恵令奈の熱く潤んだ眼差しが、俊斗を愛おしげに見上げる。

「先輩、前世と雰囲気似てますから。勇ましくてまっすぐな、だけど優しい目元――」

「なんだよ、覚えてたんなら教えてくれればよかったのに……。この前なんて絶好の機会だったんじゃ……ほら、誠司の部屋で前世の話になったとき……」

「教えたところで先輩、ちゃんと信じてくれました?」

 どこか拗ねたような、恨めしげな視線が俊斗をとらえる。

「先輩、私のこと『妹』としか見てくれないし、そんな状態で『私が前世の恋人です♡』って告白したところで、またまたぁ~って軽く流したんじゃありません?」

 う、鋭い……。

「先輩の記憶が戻ったらなぁって、私なりに頑張ったんですよ? それこそこの前なんて、いっそ付き合っちゃいましょって大胆な提案したのに、冷たく袖にしてぇ」

 ぷくっと頬を膨らませた恵令奈は、俊斗のすぐそばまで来ると、

「レオ様の薄情者! 私のこと全然思い出してくれないし、でも無理に思い出させるのも違うし、えーん先輩にとって『私』は消したい過去なのかな? でもでもやっぱり思い出してほし~~! って、心の中ぐちゃぐちゃだったんだから!」

 そう言って、俊斗の胸を「んもぉ、んもぉ~!」とぽかぽか叩く。

「そもそも、こんなにそっくりなのに思い出さないとかあります?」

 た、確かに……。改めて見ると、恵令奈とフィオナは本当によく似ている。

 目の前にいるのは間違いなく恵令奈なのに、記憶の戻った今の感覚だと、前世のフィオナが浴衣を着ているように思えて、なんとも不思議な心地だ。

「ほんと、なんでだろうな。我ながら鈍すぎてびっくりだわ」

 前世であんなにも愛したフィオナのこと、どうして今の今まで忘れてたんだろう。

 こんなにも似てるんだ、もっと早くに気付けよ……!

「あ、でも髪の色は違うよな。フィオナは銀髪だったけど、恵令奈ちゃんは金髪っていうかプラチナブロンドだし!」

 そしてさらに違いを挙げるなら、胸のサイズも違っているような……?

 恵令奈ちゃんの方がフィオナに比べてかなりボリュームダウンしてる気がするのは、浴衣で胸を潰してるからってこともない……よな?

 平素も慎ましやかな彼女の胸元を、つい思い出してしまう。

 いやしかし、この件は俺の胸にそっとしまっておこう、胸の話だけに……。

「なにそれ、レオ様はフィオナの銀髪が好きだったってこと? その他のパーツには大して思い入れがなかった……つまりは私の髪色目当てだったんですね!?」

「いやいや、そーゆー意味じゃなくて……!」

 っていうか、胸の件は伏せといて本当によかった。言ってたら絶対もっと怒られてる!

「レオ様が銀髪フェチだったなんて……ううぅショックだけど、お望みなら明日までに銀色に染めてきますね」

「だから違うって! 今の髪色も綺麗だし、髪飾りもよく似合ってるよ。前世より月の女神感アップしてるし、プラチナブロンド最高じゃん?」

「ふふ、今世でもレオ様に見つけてほしくてマシマシに輝いちゃいました♡」

 恵令奈はそう言って、顔周りで輝くおくれ毛を指でくるんとさせる。

 恵令奈ちゃんが頑なに髪飾りを欲しがったの、建国祭のことを覚えててくれたからか――。

 ようやく気付いて、込み上げる愛しさに胸が熱くなる。

「本当にフィオナ……なんだよな……」

「はい、私がフィオナです」

 ニコッと口角を上げた恵令奈が、「やっと会えた……!」と俊斗に飛びつく。

 ちょわっ、恵令奈ちゃん、距離感…………って気にしなくてもいいのか、前世の恋人なわけだし……?

 や、でもハグって普通に恥ずかしいんだが……!

 前世じゃ軽い挨拶でハグしてたけど、現世が長いせいか落ち着かない。

 だけど――

「やっと、やっと――」

 感激に震える恵令奈の腕が、すがるように俊斗を抱きしめる。

 彼女を安心させてあげたい――そう思ったら、照れなんてどこかに吹き飛んで、

「これからはずっと一緒だから――」

 彼女の華奢な体を、両腕でそっと包み込む。

「こんな近くに、それも同じ国に生まれたなんて、ほんと奇跡だよなぁ」

「ふふ、私たち、今度こそ幸せになれるんですね」

 俊斗の胸に顔をうずめ、愛おしげにつぶやいた恵令奈。

「やっとやっと、私だけのもの――」

 背中にすがる彼女の腕に、ぎゅうっとより一層の愛がこもる。

 夜空には二人の再会を祝うかのような、見事な花火が咲き乱れている。

 ああ、なんて幸せな夜なんだろう。

 これ以上ないってくらい満ち足りた心地がして――

 だからまさか、このときは思いもしなかった。

 愛しのフィオナが、恵令奈の他に『もう一人』いるなんて――。


 ――ピシリ。


 盛大に花火が鳴り響く中、ああ、まただ。

 どこか遠くで、何かにヒビの入るような音がした。

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