第一章 運命の再会(2)

 五月にしては蒸し暑い夕方、俊斗は駅前で恵令奈を待っていた。

 今日は約束の乞来祭。駅周辺はキャッキャと賑わう人で溢れており、多くの女子、それに男子までが浴衣でビシッとキメている。

 俊斗はといえば、あくまで保護者役だとユルめの格好――ダボッとしたズボンに着古したTシャツなんぞで来てしまった。

 もうちょいマシな服にすりゃよかったか……?

 さすが『恋来い』――華やかなムードに気後れしていると、

「せーんぱい♡」

 愛らしい声が背中に響いた。

 振り向くと、はんなり着飾った恵令奈の姿が。白地に淡いピンクの牡丹が咲く浴衣に、薄紫の帯を合わせている。

 プラチナブロンドの髪は、ゆるふわのシニヨンに結い上げられており、露出が高いってわけでもないのに、うう……なんか目のやり場に困る。

 いつもは幼い感じもあるのに、今日はやけに大人びてるっていうか……。

「じゃーん、どうですか? 浴衣美人ちゃんの参上でーす!」

 賛辞を求めた恵令奈がその場を一回転――艶やかな浴衣姿を存分に見せつける。

 おくれ毛がこぼれるうなじが妙に色っぽ……って俺は保護者だぞ、しっかりしろ!

「おっ、いいじゃん! 写真撮って文化庁に寄贈したいくらい似合ってるよ。こんなに綺麗な浴衣娘、後世にも伝えなきゃ嘘だろ」

 不届きな思考を一掃した俊斗は、娘の発表会を見守る父のごとくカシャ――麗しい浴衣姿をスマホのカメラにおさめる。

「よかったぁ……。大人っぽくしたの、似合わないって言われたらどうしようって、ちょっと怖かったんです」

 賛辞しか受け取りませんけど? みたいな顔をしていた恵令奈が嬉しそうにはにかむ。

「欲を言えば、先輩の浴衣姿も見たかったですけどー」

「あー、悪い。乞来祭って浴衣率高いのな。前に来たの、まだ小学生のころだし服装とか全然気にしてなかったわ」

「前って……そのときは誰と来たんです?」

 和やかな空気が一変、恵令奈が急に怖い顔になる。

「誰って、妹だけど……? 小町のやつ、当時はまだ幼稚園だったからなぁ。どうしても行きたいって駄々こねるから、俺が付き添ってやったの」

「なんだ、そうだったんですね。よかったぁ、私と巡り会う前に害虫に遭遇してたらどうしようかと思っちゃった♡」

 ほっと胸を撫で下ろした恵令奈が、元の愛らしい笑顔で言った。

 つーか害虫って何? もしいたとしたら何する気だったの……!?

 恵令奈ちゃんって、意外と嫉妬強めなタイプかもしんない。

 こりゃ将来付き合う男は大変だなぁ……。

 同情していると、恵令奈がこてんと小首をかしげた。

「来年は見たいなぁ、先輩の浴衣姿」

「そ、そうだな、来年は誠司も一緒に……」

「シャ~ッ!」

 まるで子猫の威嚇だ。両手の指を曲げて前に出した恵令奈が『来年も二人がいいんですけど~』とでも言いたげな目で抗議する。

 だけど、浴衣の色に合わせたのかな。薄ピンクのネイルがつやつや輝いてて、威嚇ポーズなのに可愛いしかない。ったく、手のかかる困った『妹』だ。

「しゃーない、来年も俺一人で保護者役頑張りますか。まぁ、まずは今年の祭を楽しんでからだけどな?」

 肩をすくめつつもニッと微笑むと、恵令奈も「はい!」と満面の笑みで応えた。


「さすがに賑わってるなぁ……」

 食うか食われるか……みたいな修羅な混み方ではないが、祭り会場の人出はかなりのものだった。

 けどなんか、すげぇ楽しい。

 陽気な祭り囃子に、風情ある提灯。ずらりと並ぶ屋台から、香ばしいソースや、ベビーカステラの甘い匂いがぷわんと漂う。

 ゲームで充分って思ってたけどさすがはリアル、臨場感が桁違いだ。

「先輩、あれやりません?」

 恵令奈が比較的すいている屋台を指差す。金魚すくいだ。

「先輩に取ってもらった金魚、お家で大切に育てたいなぁ♡」

 うっとりした瞳でおねだりされると、ははは、お父さん頑張っちゃうぞ?

 早速列に並ぶと、すぐに俊斗たちの番が来た。

「私、あの子がいいなぁ、尾びれのひらひらが可愛い~」

 金魚の泳ぐたらいを覗き込んだ恵令奈が、少し大きめな一匹を指差す。

「おっしゃ、任せとけ!」

 珍しく熱くなって、そいや……!

 ご指名の金魚を狙って勢いよくポイを振り下ろすも、ソッコーで紙が破れてしまった。

「い、今のはアレな? 感覚を掴むためのテスト的なやつだから!」

 思いっきり言い訳しながら、再度チャレンジ。今度こそキメるぜ、そいやぁ……!

 ……というのを、はたして何度繰り返したでしょーか?

 唐突にクイズを出題したくなるほど失敗を重ねた俊斗は、だがしかしついに――

「恵令奈ちゃんごめん、無理っぽい……」

 度重なる敗北に燃え尽きる。つーかこのポイ、破れやすすぎねぇ?

「大丈夫です、先輩のかたきは私が取りますから……!」

 参戦を決意した恵令奈が、ポイを手に闘志を燃やす。

 うーん、取らせてあげたいけど、恵令奈ちゃんには難しそう……ってマジか!?

 ポイだけにポイポイポイ――お目当ての金魚はもちろん、他の金魚まで超速でお椀に移していく。

「恵令奈ちゃん、金魚すくい得意なんだ……?」

「うふふふ、先輩に恥をかかせた金魚なんて根絶やしです♡ 殲滅殲滅殲滅ぅ~♪」

 笑ってるけど、やべぇ目がマジだ。

 殺戮の女神って、こんな顔してるのかも!? ってな形相で金魚をポイポイ捕獲していく。

 てゆーか殲滅ってどゆこと? お家で大切に育てるんじゃなかったの!?

「恵令奈ちゃんストップ! 捕獲しすぎてお椀から金魚あふれそうになってるから!」

 俊斗の言葉で我に返ったらしい。

「あらやだ、私ったら恥ずかしい♡」

 ウフフっと笑った恵令奈が、浴衣の袖で顔を隠す。

 よかった、いつもの恵令奈ちゃんだ……。

 ちなみに『先輩に刃向かう金魚とは上手くやっていく自信がありません♡』とのことで、捕獲した金魚は無事解放されることになった。


「さてと、次はどうすっかな。どこか気になるお店ある?」

「あ、あれなんてどうです?」

 恵令奈が指差したのは射的の屋台だ。

「うーん、射的はちょっとなぁ……」

「ふふ、先輩は銃より剣派ですもんね?」

 なんだろう、ずいぶんと含みのある言い方だ。

「俺は平和主義者だぜ? 剣派なのはフェンシング部のお兄様の方だろ。それに俺が射的ミスったら恵令奈ちゃん、店の人の頭撃ち抜きそうだしなぁ。先輩の敵ぃ~~! とか言ってさ」

 金魚すくいの件を持ち出してからかうと、恵令奈の頬がぷぅと膨らんだ。

「んもぅ、先輩のいじわる」

 大人っぽい浴衣姿でも、そーゆとこ子どもだよなぁ。

 だけど保護者役で来て正解だった。こんなに混んでるのに、すれ違う男どもの視線は彼女に釘付け。まさに天使って感じの、破格の可愛さだもんなぁ。

 ナンパ男も無限に湧いてくるし……!

 睨みをきかせてその都度撃退。恵令奈をガードして、少しでもすいている方へ進んでいく。

 と――提灯飾りが途切れ、人気ひとけのない薄暗い場所に出た。

「屋台はここで終わりか……」

「あれ、でもあそこにもお店が」

 恵令奈の視線を追うと、暗がりの中に露店らしきものがポツンとあった。地面に置かれたランプが、店の様子をぼんやり照らしている。

「ねぇ、ちょっと覗いてみません?」

「でもあの店、なんか気味悪くないか?」

 敷物の上で何かを売っているようだが、暗すぎてよく見えない。

「大丈夫ですよ、変なお店ならすぐに引き返せばいいし!」

 好奇心旺盛な恵令奈に引っ張られ、そうっと露店に近づく。

 売られていたのはアンティーク風のアクセサリーだった。ネックレスにバングルにブローチなどなど――多様な装飾品が並んでいる。

 ランプの仄明かりに照らされたそれらは、どれも重厚かつ繊細なデザイン。鈍いが味のある輝きを放っており、すっかり魅了された恵令奈が「わぁ……!」と息をのんだ。

「気になるものは手に取っても構いませんよ」

 店主と思しき老婆が、しわがれた声で言った。

 なんか魔女みてぇだな……。

 木箱に座った老婆は黒いぼろ布をかぶっており、縮れた白髪と皺だらけの顔が覗いている。悪いけどちょっと不気味……ってやべぇ、目が合った――!

 血走った濁り目で俊斗の顔を見つめた老婆は、ニタァっと紫がかった唇を吊り上げる。

「これはこれは、お久しぶりですねぇ」

 や、むちゃくちゃ初対面なんですが!?

 いったい誰と間違えてるんだ? やっぱ気味悪いし、早く立ち去りてぇ~。

 恵令奈ちゃんはといえば、中腰でふんふんふん♪ 鼻歌を歌いながら楽しそうにアクセサリーを眺めている。

 こんな不気味な店で心臓ハートつえぇぇな!

「あ、これ……」

 不意に鼻歌が止んで、彼女の瞳が何かに釘付けになる。

 視線の先にあったのは、月をモチーフにした金の髪飾りだ。繊細な透かし細工――レースのように編まれた三日月が上品にきらめいている。

 数あるアクセサリーの中からそれを手にした恵令奈が、俊斗をじいっと見上げる。

 澄んだ湖のようなブルー――美しい双眸がおずおずと訴えている。


『もしイヤじゃなかったらですけど、この髪飾り、私にプレゼントしてくれません?』


 え、えーと……なんか調子くるうなぁ。いつもの感じなら甘えっ子モードで『これ欲しい欲しい欲し~~!』とか迫ってきそうなとこなのに……。

 願いを聞き届けてもらえるか否か――不安に揺れる瞳が俊斗を切なげに見つめている。

「そんな顔すんなよ。そうだ、誕生日プレゼントのお返しってことでどーよ?」

 四月生まれの俊斗はつい先月、恵令奈からプレゼントをもらっていた。お返しをしようと彼女の誕生日を聞くと、過ぎたばかりの三月――一年近くも先になってしまうと、ひそかに気になっていたのだ。

「先輩……!」

 俊斗の提案に、ぱぁぁっと顔をほころばせた恵令奈が「嬉しい!」と抱きついてきた。

「いやいやだから距離感……!」

 今日は大人っぽい浴衣姿だし、心臓が無駄にバクバクなんだが!?

 それにしても妙に懐かしいっていうか、見覚えあるんだよなぁコレ……。

 恵令奈から髪飾りを受け取った俊斗は、謎の既視感に戸惑いつつ値札をチラリ。

 凝った作りだけど露店だし、そこまで高くな…………ってごご、五万円!?

 想定外の値段に、石化してしまう。

 俊斗の異変に気付いた恵令奈も、値札を覗き見てびっくり!

「そ、それやっぱいいです……! 私、急にリンゴ飴欠乏症みたいな症状出てきちゃったんで、そっちをお願いしたいなーなんて」

「な、なんかごめんな……」

 面目ないが、助かった……。

 気まずい空気の中、髪飾りを元の場所へ戻そうとする。と――

「なぁに、昔のよしみでお安くしておきますよ」

 老婆がニィッと、胡散臭いほどの笑みを浮かべた。

「そうですねぇ、五百円でどうでしょう」

 ちょっ、それって、よもやの九九パーセントオフ!?

 価格破壊にもほどがあるっつーか、元がぼったくりだろ……!

 もはや怪しさしかないってのに――

「わぁ~、かなりお手頃になりましたね、先輩すご~い!」

 恵令奈ちゃん、無邪気に喜んでるし! やっぱ心臓強ぇぇな……!

「ほ、ほんとにコレでいいの? なんか怪しいし、やめた方がいいんじゃ……」

 ためらう俊斗に反し、「ぜひぜひこれで!」と恵令奈は譲らない。

 まぁ五百円だし、恵令奈ちゃんが気にしないならいいけど……。

 財布から出した千円を、「じゃあこれで……」と老婆に手渡す。

「ああそれ、お包みしましょうねぇ。それにお釣りの五百円玉も――」

 一旦髪飾りを引き取った老婆は、布の巾着袋にそれを入れると、

「早く会えるといいですねぇ」

 にまぁっと笑いながら、お釣りとともに渡してきた。

 ギョロリ――黒いぼろ布の下の血走ったまなこが、俊斗を無遠慮なほど見据える。

 やっぱり誰かと間違えてる――? にしたって不気味すぎだっての……!

「花火始まるし、早く行こう……!」

 老婆に背を向けた俊斗は、恵令奈を連れて足早に露店を後にする。

「花火、河川敷の方が見やすいけど、今からじゃ混んでるよなぁ……」

「大丈夫です、ここからでも充分見えますし……それに、先輩と一緒ならどこでも特等席ですから!」

 えへっと小首をかしげる恵令奈。不覚にもキュンとしてしまった俊斗は、「そういえば……」と思い出す。

 前に小町と来たときは人に埋もれそうになって、慌てて丘の公園に移動したんだっけ。

 川からは離れちゃうけど、あそこならまだすいてるはず……!

「恵令奈ちゃん、こっち……! とっておきの場所があるんだ」

 ひらめいた俊斗は、恵令奈と丘の公園へ急いだ。

 

 今でも穴場らしい。丘の公園は、俊斗たちの他には誰もいなかった。

「わぁ、確かにとっておきの場所ですね! ここからなら花火もよく見えそう」

 公園の防護柵に近づいた恵令奈が、川の方を眺めて声を弾ませる。

 蒸し暑い中、早足で来たせいだろう。彼女の額にはうっすら汗が滲んでいた。火照った艶肌がやけに色っぽくて……おおぅ、浴衣姿ってマジで心臓に悪い。

「きょっ、今日は暑いなぁ~。喉渇いたし、水分補給しようぜ?」

 平静を装って公園内の自販機を指差した俊斗は、

「えーと小銭……そうだ、さっきのお釣り……」

 ポケットに手を突っ込んで、はたと違和感を覚える。

 ――五百円って、こんな手触りだっけ……?

 恐る恐る『お釣り』を取り出すと、

「やられた……」

 出てきたのは五百円玉ではなく、平たく黒い石だった。老婆が隙をついて本物とすり替えたのだろう。

「気味が悪すぎて、ろくに確認もせずに受け取ったからなぁ……」

「どうしたんですか?」

「や、新手の詐欺にあったっぽい。まぁ、大した損害じゃないけど……」

 五万円の髪飾りを五百円に値引きして、なのにプラス五百円の千円を騙し取るって、いったいどんな遊びだよ……。

 こりゃ詐欺っていうより、人を困らせて楽しむ愉快犯的なやり口かも。それならあの不気味さも頷けるし、このモヤモヤも老婆の手の内ってことか……。

「そういえば、これ……」

 肝心の髪飾りを渡していなかったと、恵令奈に巾着袋を差し出す。

「なんかごめんな、変なものプレゼントしちゃったかも……」

「謝らないでください。先輩が怪しいって止めたのに欲しがったの、私なんですから」

 恵令奈はそう言って、巾着袋を嬉しそうに開ける。

 まさか髪飾りまで石とすり替わってねぇよな――?

 一瞬不安がよぎるも、よかった――。金の三日月を手にした恵令奈が、幸せそうに微笑む。

「私、これずっと欲しかったんです」

「大げさだなぁ。露店で見かけてから、そんなに時間たってないだろ?」

「ふふ。先輩が思うよりずっとですよ、ずっと――」

 淡いブルーの瞳が、感慨深そうに髪飾りを見つめる。

「ずっと私、取り返したかったんです」

「取り返す……?」

 クスリ。返事の代わりに儚げな笑みを浮かべた恵令奈は、後ろ手でスッ――さっそく髪飾りを付け、くるんと背を向ける。

 浴衣娘のたおやかな後ろ姿。プラチナブロンドのゆるふわシニヨンには、月の髪飾りが新たな輝きを添えていた。

 三日月の端からぶら下がる小さな水晶が、ゆらゆらと可憐に揺れている。

「先輩、似合いますか?」

 ゆっくりと俊斗を振り向く恵令奈。その後ろで――

 ――ぱあぁぁっ……!

 色鮮やかな大輪の花が咲いた。花火が始まったのだ。

 闇夜を照らす七色の光が、見返り美人を明るく引き立てる。

 美しい髪に輝く月の髪飾りが一際ひときわ眩しくきらめいて――

 瞬間、胸を締め付けるほどの既視感に襲われる。

 ドォンと体を震わせる花火が、記憶の扉をも揺さぶって――

 突然のフラッシュバック。

 真っ暗闇の中を、青い蝶の群れが飛び交う。

 純白の花びらがぶわりと宙を舞って――

 なんだ、またいつものあの『声』か。

 ごめんね、来世では絶対幸せになりましょう……ってやつ――。

 瞬時に予測するも、聞こえたのは悲しげな少女の声ではなく――


 ――カチャリ。


 頭の奥で鍵の開く音がした刹那、強烈な懐かしさとともに遠い前世――シャニール王国の騎士・レオベルトとしての記憶が蘇った。

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