第一章 新たなる出会い(4)

「…………」

 ただ、白い髪の少女だけが、興味なさげに関係ない海を見つめていた。

 とはいえ、概ねその場の者達の注目を集めているセレフィナは有頂天だった。

「ふふん。炎は余のもっとも得意とする魔法じゃ。もっと、褒めよ。讃えよ」

 ドヤ顔で胸を張るセレフィナ。

 だが、それは実戦経験の少なさが生み出す”余分”だった。

 海魔が、セレフィナの死角から、不意に触手を繰り出してきたのだ。

 大気を引き裂き、唸りをあげて、強烈な触手の一撃がセレフィナへ迫る。

「……むっ!?」

 咄嗟に、セレフィナは細剣レイピアに炎を纏わせ、迫り来る触手を斬り捨てようと一閃する。

 激しく交差する細剣レイピアと触手。

 だが、細剣レイピアの刃は触手に僅か数センチ食い込むだけだった。

「うぬぬぬ……堅い……ッ! 重い……ッ!」

 振り下ろされた触手を、両手で頭上に掲げた細剣で受けとめる形となったセレフィナ。

 すでに身体強化魔法を使えるセレフィナは、魔力を込めて触手を押し返そうとする。

 だが、いくらなんでもセレフィナと海魔では根本的な地力が違う。

 海魔が触手にさらなる力を込めて、そのままセレフィナを押し潰そうとするが――


 斬! 斬! 斬!


 突然、その触手が四つに輪切りにされて、四方八方へと飛んで行く。

「……ッ!?」

「セレフィナ!」

 リクスだ。横から疾風のように割って入ったリクスが、剣で触手を切断したのだ。

 そして、そんなリクスへ向かって、海魔が左右から挟むように触手を繰り出す。

 巨大を感じさせない凄まじい速度。その挙動はまるで霞むようだった。

 だが、それを上回る速度と反応で、リクスが動く。

「ふ――ッ!」

 左から迫り来る触手を上下二枚におろし、右から迫り来る触手を前転跳躍と同時に、剣で根元から寸断する。

 残像すら置き去りにする、まさに一瞬の攻防。

 あっという間に海魔の触手を処理したリクスが、セレフィナを背に庇うように立つ。

 そして、剣を油断なく構え直しながら言った。

「凄いな、君の炎。頼もしいじゃないか」

 だが、そんなリクスの賞賛は、その時のセレフィナの耳には届いてなかった。

「セレフィナ?」

 見れば、セレフィナが、目をぱちくりさせながらリクスを見ている。

 やがて、何かに気付いたように、リクスが寸断した触手の残骸へ視線を移す。

 そして、何を思ったか、その細剣レイピアにさらなる炎を漲らせ、その触手の残骸へと思いっきり振り下ろす。

 ざく! 確かに刃はさっきよりは触手に深く食い込む……が、切断には到底至らない。

 その事実を確認し、セレフィナはニヤリと笑った。

「やれやれ、世界は広い。上には上がいるものじゃな」

「ん? 何か言ったか?」

「ふ……無理を押して学院にやってきた甲斐があったということじゃ」

「???」

 嬉しそうなセレフィナの言葉に、リクスがキョトンとするしかない。

「さすが、特待生だね……」

「……リクスのやつ……マジで何者なんだ……?」

 アニーも、ランディも、改めてリクスの力に驚いている。

「なんなんだ、あの馬鹿げた身体強化魔法は……ッ!?」

「それに、あの付呪魔法……ッ! 一体、どれほどの魔力を剣に込めて……ッ!?」

「ば、化け物か、あいつは……ッ!」

 その他の新入生達も、セレフィナの時以上に空いた口が塞がらないようであった。

 そして。

「……剣士……」

 一体、何が琴線に触れたのか、白い髪の少女が、リクスを見ている。

 今の今まで、何に対しても、自分の命に対しても興味なさげだった白い髪の少女が、なぜか剣を構えるリクスを流し見ていた。

「とにかく、だ! あんまり長引かせるとこの船が保たない! 一気にケリをつけるぞ、セレフィナ! 君の炎で、やつの動きを封じてくれ!」

「やれやれ、余を引き立て役にするとは、この不埒者め。まぁ、良い! 許す!」

 こうして、再びリクスとセレフィナが戦い始める。

 セレフィナが次々と炎を巻き起こし、海魔を焼いていく。

 蛇のようにうねる炎で、海魔の身体を縛り上げていく。

 そして、リクスは動きを止めた触手を足場に、海上を跳ね回り――海魔の胴体へ猛烈な斬撃を次々と決めていく。

 上がる海魔の苦悶の絶叫。

 この船に居る者は自分の餌ではなく、逆に自分を狩る捕食者である――海魔がようやくそれに気付いた時は、もう遅い。

「はぁああああああああああああーーッ!」

 セレフィナの炎が渦を巻いて、行く手を阻む触手を焼き払って。

「よし、これで!」

 天空より舞い降りるリクスの剣が、着地と共に海魔の急所――目玉と目玉の間を貫く。

 上がる海魔の断末魔が、大気を震わせる。

 数多の船乗り達の恐怖と絶望の象徴たる海魔は、ゆっくりと海底へと沈んでいくのであった――


 ――――。


 そして、全てが終わった後で。

「うおおおおお! リクス、お前は俺の命の恩人だぁあああああああーーッ!」

「リクス君、ありがとう! 本当にありがとう!」

「おおっと!?」

 リクスは、涙ぐんだランディとアニーに左右から抱きつかれ、たたらを踏んでいた。

 周囲の新入生達や、船長、乗組員達も、良かった、助かったと抱き合って、泣きながら大喜びをしている。

(あれ? そう言えば、あの子は……?)

 ふと、未だ名前も知らない白い髪の少女のことを思い出し、リクスはランディとアニーの二人からもみくちゃにされながら、キョロキョロと顔を動かす。

 すると。

「…………」

 白い髪の少女が、甲板下の船室階層へと向かう階段を、ひっそりと下っていく背中が目に入った。

 その場の歓喜の喧噪など、まるで興味ないと言わんばかりに。

 あるいは――その場から逃げるように。

 別に、リクスはお礼を言われたり、喜ばれることを期待していたわけじゃない。

 別に、フラグが立つみたいなことを期待していたわけじゃない。

(はい、ごめんなさい、噓です。実はちょっと期待してました。男の子だもの)

 まぁ、それはさておき。

 本当に、さておき。

「……変な子だなぁ」

 そんなことを思いながら、リクスはその去りゆく背を見送るのであった。


 ――――。


「お疲れ様です、殿下。実に見事な活躍」

 セレフィナの元へ、彼女の従者――メイド服姿の女性が影のようにやって来る。

 だが、従者のねぎらいの言葉に、セレフィナはどこか拗ねたように口を尖らせた。

「むぅ~、世辞は良い。どこをどう見ても、余はオマケじゃったろ」

「あはは、ですねぇ」

「そこは噓でも、余の方が凄かったと言ってくれぬかのう!?」

 がーん、と涙目になるセレフィナ。

 だが、すぐに真剣な表情となり、従者に密かに告げる。

「じゃが、収穫はあった。……わかるな?」

「ええ。少々のお時間を。あの少年……特待生リクス=フレスタット。徹底的に調べ上げてみせましょう」

「うむ。頼むぞ」

 セレフィナが不敵に頷く。

彼奴きやつ……余をさしおいて特待生に選ばれるだけのことはある。

 余の覇道に必要な男と見た……余が、かのオルドラン帝国を牛耳り、この世界を我が手中に収めるためにな。

 彼奴きやつの力は、余の果てなき闘争の行程で、必ずや余の助けとなろう。

 なんとしても、在学中に彼奴きやつを余の物とする。そのためには手段を選ばぬ。ククク」

「おや、これはまた随分と珍しい。あの殿下がそこまでおっしゃられるとは。

 この惚れ込みよう……どうやら、余程、彼のことを気に入られたようですね?」

「なっ!? べ、別に、彼奴きやつのことが好きになったとか、そんなんじゃないからな!?

 誰かに守られる経験が初めてだからと、ちょっと、ときめいちゃったわけでは断じてないからな!? あ、あくまで部下! 配下! 手駒としてな――ッ!?」

「殿下、チョロ過ぎません?」

 顔を真っ赤にして慌てふためき、手をブンブンするセレフィナを、従者はジト目で見つめるのであった。


 ――――。


 一方――リクス達の船から、かなり離れた沖にて。

 海面の上に、黒いローブを包みフードを深く被った人影が立っていた。

 何の支えもない。水の上に直接立っているのだ。

 その異様な人影は、静かに舌打ちをした。

「……まさかの結果に終わってしまったか」

 人影は、くるりとその場で踵を返し、海面上を歩き始める。

 やがて、蜃気楼のようにその姿が揺らいでいく。

「まぁいい。少々、先走り過ぎたきらいはある。

 焦る必要はない。そういうことなら対処はいくらでもできる。

 時間もいくらでもある……あの学院の中なら、ね」

 そんなことを誰へともなく言い残して。

 その人影は、完全に消えていくのであった。


 ――――。


 戦いの道から離れたくて、平和な人生を歩みたくて、魔術師を目指すリクス。

 だが、その計画には早くも暗雲が立ちこめていることに、当のリクスはまだ、欠片も気付いていないのであった――


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試し読みは以上です。


続きは2023年11月17日(金)発売

『これが魔法使いの切り札 1.黎明の剣士』

でお楽しみください!


※本ページ内の文章は制作中のものです。実際の商品と一部異なる場合があります。

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