ラブコメの神様なのに俺のラブコメを邪魔するの? だって好きなんだもん

著者:三月みどり
イラスト:なえなえ

1巻書影

プロローグ

 桜吹雪が舞う季節。

 あかねいろの光が屋上のアスファルトを照らす中、俺はある人を待っていた。

 ガチャリ。

 不意に扉が開くと、現れたのは端整な顔立ちの美少女。

「あっ、ゆうくんだ」

 俺を見つけると、彼女はにこっと笑ってそう口にした。

「よ、よう」

 俺は軽く手を上げてあいさつを返す。

 だが緊張しているせいか、だいぶぎこちなくなってしまった。

「急にこんなところに呼び出して、どうしたのかなぁ?」

 こちらに近づいてくると、美少女は少し前かがみになりながら上目遣いでたずねてきた。

 すごく可愛かわいい。

「そ、その……てんしん……」

 震えた声で彼女の名前を呼ぶ。

 心音がやけに耳に響く。苦しい。

 でも、ここでビビッてちゃ男じゃない。伝えるんだ。彼女に。俺の気持ちを。

 きっと大丈夫。昨日は成功するように神様に五十回以上祈ったんだ。この恋、絶対にじようじゆさせてくれるさ。

 自分に言い聞かせるようにすると、俺は口を開いた。


てんしん! 俺はお前のことが──」


 せつ、景色が変わった。

「っ!」

 突然の出来事に驚きつつ周りを見渡す。

 すると、視界にはサッカーゴールや陸上トラックが映り、そこにはユニフォームを泥だらけにしながらそれぞれの部活に励む生徒たちの姿があった。

「……またか」

 そうつぶやいたのち、状況を理解する。

 どうやら今回俺は屋上からグラウンドへと『テレポート』してしまったようだ。

「危ない!」

 そんなことを思っていると、不意に男子生徒の声が聞こえた。

 気が付くと、いつの間にか目前にはサッカーボールがものすごい勢いで飛んで来ていた。

 あっ、これけられねぇわ。

 直後、サッカーボールは見事俺の顔面にヒット。あまりの衝撃と痛さに倒れると、俺はサッカー部の生徒たちによってすぐさま保健室へと運ばれたのだった。


 十五回。


 俺──きりしまゆうがついさっきまで一緒にいた美少女──てんしんまりに告白しようとした回数だ。

 そして、そのすべてがたったいま起きたような によって邪魔をされている。





俺の告白を邪魔していたのはラブコメの神様だった

 四月中旬。窓から暖かな日差しが差し込む朝の教室では、クラスメイトたちが楽しそうに談笑していた。

「ひまりちゃん、昨日のお笑い番組見た?」

「ねぇひまりちゃん。今日あたしたちと一緒にカラオケに行こうよ」

「ひまりたん可愛かわいい。サイコー」

 窓際の一番後ろである俺の席から二つ前。

 イケメン男子やギャル系女子、二次元大好きなオタク等々。様々な生徒たちが同じ名前を連呼していた。それはたったいま彼ら彼女らが作っている輪の中心にいる美少女の名だ。

「もぉ、みんな落ち着いて。そんなにいっぺんに話しかけられても答えられないよぉ。ひまりの可愛いお耳は二つしかないんだよぉ」

 美少女が愛らしい声で冗談っぽく言うと、彼女の周りを囲んでいる生徒たちからは大きな笑い声が生まれた。

 天真陽毬。先ほどからクラスメイトの八割はいるであろう集団と会話をしている美少女の名だ。

 軽くパーマがかけられた髪は一本にまとめられてポニーテールにされている。

 JKの中ではひと際目立つ可愛かわいい容貌。丁度よい大きさの胸。

 スカートは短めにしており、下着が見えそうで絶対に見えないラインの長さにしている。

 加えて、女子の平均身長よりやや小さめの身体からだ

 全てが男子高校生の理想通りに仕上がっていた。

 更にコミュ力は高く非常にフレンドリーで、化粧やお洒落しやれにも詳しいらしい。

 それゆえ彼女は男女問わず人気が高く、生徒たちからは学園のアイドルと呼ばれていた。

「やっぱてんしんは今日も可愛いな」

 窓側の一番後ろの席から天真を眺めながら、一人つぶやいた。

 ここでハッキリ言ってしまうが、俺は天真が好きだ。完全に恋をしてしまっている。

 しかも十六年間生きてきて初めての恋。初恋というやつだ。

 だが相手は学園のアイドルゆえ、競争率はかなり高い。

 学力も運動神経も並み。顔も平均くらい(だと思いたい)の俺が彼女と付き合えるのかと聞かれると正直厳しいと言わざるを得ない。

 「……はぁ。どうにかして天真と付き合えないものか」

 窓越しに空を眺めながら、周りに聞こえない程度の声で呟いた。

 ちなみに、俺が天真を好きになったのは今から一年ほど前だ。

 実を言うと、入学当初の天真は今のような可愛らしい感じじゃなくて、黒髪おかっぱでメガネを掛けた割と地味な女の子だったのだ。

 でも、俺が天真を好きになったのはそんな彼女の時だった。


 高校に入学して数日がったある日。

 放課後の掃除を終えて、友人たちが全員塾やら彼女とのデートやらで既に帰っていたため一人帰宅しようと昇降口を出ると、外は吃驚びつくりするくらいのドシャ降りだった。

 加えて運が悪いことにこの日俺は傘を持ってきていなかったので、雨が通り過ぎるまで仕方がなく昇降口の前で待っていると、

「よかったら、これ」

 不意に声を掛けられた。振り返ると、目の前にはメガネを掛けた黒髪おかっぱヘアーで、こう言っちゃ悪いが少し地味めの女子生徒がたたずんでいた。

 彼女は帰ろうとせずに外を眺めている俺が傘を持っていないことを察したのか、こちらに向かって折り畳み傘を差し出していた。水玉模様でかなり可愛らしい。

「えっ、でも……」

「私は自分の傘があるから。気にしないで」

 他方の手に持っている花柄の傘を示したのち、もう一度折り畳み傘を差し出した。

「わ、わかった。じゃあお言葉に甘えて」

 有難く傘を受け取る。

 それから俺は彼女を見つめながら、礼を言った。

「その……ありがとう」

「うん。どういたしまして」

 女子生徒はそう返したのち、こちらを見つめ返しながら不意にニコッと笑った。

「っ!」

 せつ、明らかに鼓動が跳ね上がったのが自分でもわかった。

「じゃあ私はこれで」

 そう言うと、女子生徒は傘をさしてこの場を去ろうとする。

 そんな彼女に俺は──

「ま、待ってくれ!」

 気が付いたら、どうしてか彼女を呼び止めていた。

 それを聞いて女子生徒はゆっくりと身体からだをこちらへと向ける。

「その……あ、あんたの名前を教えてもらってもいいか?」

 急な質問に、彼女は少し驚いたような表情を浮かべた。

 でもそれから少し口元を緩めて、

てんしんまり。それが私の名前だよ」

 自身の名を明かすと、彼女は静かな足取りで雨の中へと消えていった。

「……てんしん……ひまり……」

 見えなくなった彼女の背を眺めながら、俺はぽつりとつぶやいた。

 不意に彼女が見せたあの笑顔。容姿とのギャップと相まってとても可愛かわいかった。

 それにこんな見ず知らずのえない男にわざわざ傘を貸してくれる温かな人柄。

 気が付いたら、そんな彼女の全てに一瞬でかれている自分がいた。

 そしてこの日、俺は天真陽毬という女の子に生まれて初めて恋をしたのだった。


「と好きになってしまったものの……」

 机に突っ伏しながら、俺は大きくためいきいた。

 あの雨の日の翌日。なんと天真は俺のクラスメイトであったことがわかった。

 これはきっと神様が俺の恋をかなえようとしてくれているに違いない。

 そう思った俺はすぐさま天真にアピールすることに決めた。

 ひとまず天真と友達になるために休み時間に面倒くさいと思われない頻度で会話を交わすようにし、それなりに仲良くなった後は週に一回は勉強会という口実を使って一緒に放課後を過ごした。

 また時には大胆にデートに誘ってみたりもしたのだが、やはりてんしんが優しい女の子だからか、奇跡的に断られることは一度もなかった。

 そんな必死のアピールを続けること数カ月。

 その間、先ほども言ったように天真はなぜかイメチェンをした。が、それでも俺の気持ちは一切変わることはなかった。

 そして高校一年の十月中旬。俺は初めて天真に告白をした。

 結果──返事はもらえなかった。

 なら、俺の告白は彼女には届かなかったからだ。物理的に。

 屋上で天真に告白をしようした瞬間、なんとパンツの雨が降ってきたのだ。しかもその全てが女性用のパンツだった。

 イチゴ柄やレース、Tバック等々。多種多様なパンツが空からひらひらと舞い降りてくる。おかげで雰囲気は台無し。学校中は大騒ぎ。当然告白は失敗した。

 ……いや、冗談とかじゃなくてホントだよ?

 こうして俺の人生初の告白は相手におもいが届くことなく終わったのだった。

 ちなみに大量のパンツは不思議なことに数分で消えたので、当初は驚いたもののあまり気にしないようにした。

 そして、初めて告白をしてから一カ月後。

 当時生徒たちの間でっていたのでそれにあやかって手紙で天真に告白した──が、なぜか手紙は天真が手にした途端に大人気グラビアアイドルの写真に変わってしまい、それを受け取った天真は苦笑いを浮かべていた。無論告白は失敗だ。

 一度目の告白はパンツの雨によって失敗。二度目はグラビア写真によって失敗。

 この時点で薄々嫌な予感はしていたが、何かしらの偶然という可能性もなくはない。

 なので更に一カ月後、俺はまだ試していないメールで告白をした。

 しかしメールを送ろうとするたびにエラーが起こり、送り主不明でなぜか銀髪で巨乳の美少女の写真が山ほど送られて来たのだ。

 しかも写真一枚一枚全てが別の銀髪巨乳の美少女だった(もちろん写真は保存したが)。

 それが何十回と起こり、結局俺は天真に告白のメールを送ることすら出来なかった。

 もうなにこれ、新手のいじめですか。

 こんな感じで計十五回。俺は告白に失敗している。

 何故こんなに告白の回数が多いのかと聞かれると、俺が天真にれ過ぎていることと天真が他の男に取られることが死ぬほど嫌だからだ。

 好きな人へ告白することに慎重になってモタモタしていると、いつの間にか他の男子生徒の彼女になってた、なんていうのはよく聞く話。

 それに天真はいまや学園のアイドル的存在。

 今月だけで既に二十人以上の男子から告白されていると聞いている。俺としては幸いなことに彼女はその全てを断ったらしいが。

 でもこのままだと本当にてんしんが誰かの彼女になりかねない。

 だから俺はなるべく早く天真に告白がしたいのだ。成功したら泣いて喜ぶし、失敗してもまたアタックすればいいだけのことだしな。

 ……なのに、いくら俺が告白しても相手に気持ちが届かないんだよなぁ、これが。

「このまま卒業まで天真に告白できなかったらどうしよう」

 しかも俺の場合、精神的ではなく物理的にだからな。

 自信がなくて、とかだったら勇気を振り絞るだけで告白できるが、告白のたびに予測不可能な現象が起こるんだ。対処のしようがない。

「……俺、やっぱのろわれてるのかな」

 一人嘆いていると、天真のそばにいる男子生徒たちからこんな会話が聞こえてきた。

「でもひまりちゃんって本当に変わったよな」

「そうだな。入学当初は常にどこにいるのかわからないくらい影が薄い女子だったもんな」

 彼らは天真には聞こえないようにひそひそと話していた。俺には丸聞こえだがな。

 しかし二人の言っていることは正しい。

 前にも述べているが入学して間もない頃、天真は非常に目立たない女の子だった。

 だが昨年の夏休み明け。天真は突然イメチェンを敢行。

 髪は茶色に染め、軽く化粧もして、スカートもひざしたから十センチ近く短くした。

 更に口調も変わり、イメチェン前と比較して圧倒的に他人とのコミュニケーションも増えたのだ。

 すると、天真の評判は右肩上がりでぐんぐんと伸びていき、あっという間に学園のアイドルとなってしまった。

 正直、入学当初からずっと関わってきた俺としては、天真の変わり様には相当驚いた。

 しかし、もう一度言うが俺の天真のことが好きな気持ちは一切変わることはなかった。

 なぜなら天真はイメチェンして外見こそ変わったものの、彼女の内面は以前と全く変わっていないと感じたからだ。

 コンタクトを落とした生徒がいたら一緒に探してあげたり、友達が彼氏に振られて落ち込んでいたら全力で励ましたり。

 その姿はイメチェン前と変わらない誰に対しても思いやりのある優しい天真だった。

 だから彼女への気持ちが冷めることはなかった。むしろ前より可愛かわいくなっているからもっと好きになったかもしれない。

 ……ただ一つ困ったことがあったとすれば天真がイメチェンして以降、彼女と話せる回数が前より明らかに減ってしまったことだ。

 昔は一緒に登下校とかフツーにしていた時もあったのに、最近はもうほとんどそんなことはしていない。今だっててんしんにアピールしに行きたいのだが、彼女の周りをクラスメイトたちが三百六十度囲っているため行くにいけない状況だ。

「……はぁ」

 大きくためいきくと、不意にガララと教室の扉が開いた。

 現れたのは一人の美少女だった。

「あっ、おはようアテナちゃん」

 美少女が教室に入ってきたことに気が付くと、天真はクラスメイトの輪の中心から彼女に向かって笑顔であいさつをした。

 すると、天真の周りのクラスメイトたちの視線も一斉に彼女へと向かう。

「お、おはよう……」

 美少女は小さい声でそう返したのち、みんなから注目をされているのが恥ずかしいのか早歩きで移動して自分の席──俺の隣へと座った。

 つきみやアテナ。たったいま天真と挨拶を交わした美少女の名だ。

 背中まで伸びた長い髪は銀色に輝き、揺れるたびに無数の光粒が舞い上がっていると錯覚するほど美しい。

 瞳はりんとしており、神秘的なあお色。肌は透き通るほど真っ白だ。

 目鼻立ちははっきりしていて、欧州人風の面差し。その麗しさたるや、明らかに日本人離れしていた。加えて、胸もワールドクラス。

 同学年の女子とは比較にならないほど圧倒的な美貌の持ち主である。

 月宮は今年からうちに編入してきた転校生で、口数が少なく物静かな子だ。

 あと人と接するのがあまり得意じゃない。

 それゆえ転校してきてから二週間がった今でも月宮はクラスにめずにいた。

「じゃあみんな。そろそろ先生が来ちゃうだろうから自分たちの席に戻ろうね」

 天真がそう言うと、クラスメイトたちは「ひまりちゃんがそう言うなら」とか「また休み時間に話しましょう」と返しつつそれぞれの席に戻っていった。

 だが、それから天真は唐突に席から立ち上がると、なぜかこちらへと歩いてきた。

 これは俺のところに来てくれるのでは。

 そんな淡い期待を抱いたが、残念ながら彼女は俺の席の手前で方向転換。

 そして隣の月宮の席の前で止まった。

「ねえアテナちゃん。最近困っていることとかないかなぁ?」

「と、特にはない……」

「そっかぁ。でも何かあったらすぐにひまりを呼んでね。アテナちゃんの頼みとあらば飛んで行っちゃうからねぇ」

 そう言っててんしんはニコニコと笑みを浮かべる。

 ぐふっ。俺に向けられたものではないとわかってはいるけど、可愛かわいすぎて思わず心臓が高鳴ってしまったわ。

「わ、わかった……」

 つきみやがこくりとうなずくと、天真は「じゃあひまりは席に戻るねぇ」と返して、自分の席へと帰ろうとする──がその時、振り向きざまに俺の方へ笑顔を向けてくれた。まじか! やべぇ超うれしい!

 そうして心中フィーバーになっている中、天真は自席へと戻って行った。

 今のように月宮が転校してきて以降、天真は常に彼女のことを気にかけている。

 なぜそんなことをするのかと聞かれたら、それは天真が優しい女の子だからだろう。

 そういった面は地味だったころも今も全く変わっていない。

 だから俺はずっと天真にれているのだ。……にしても、もう少し天真を近くで見ていたかったな。朝から天真と話せるなんて月宮が羨ましいぜ。

「っ!」

 なんて思いながら羨望のまなしを向けていると、ふと月宮と目が合った──が、直後ものすごい勢いで目をらされた。

 やっちまった。気持ち悪いやつとか思われてしまっただろうか。だとしたら結構ショック。

「はーい。じゃあみんな席について」

 そう不安になっていると、教室の扉からクラス担任である女性教師が入ってきた。

 それから日直によるあいさつのあと、まもなく朝のホームルームが始まった。



 午前の授業が終わり昼休みを迎えると、俺は学内の購買へと向かっていた。

 本当なら手づくり弁当を所望したいのだが、うちの両親は共働きであり、俺は料理が全くできず、母親代わりにお兄ちゃんの弁当を作ってくれる妹もいない。

 なので、昼食は毎回学内の購買で添加物満点のパンやら弁当やらを買っている。

「さて今日はなにを買おうか」

 ズボンのポケットから財布を取り出して中身を確認しつつ考える。

 小銭だらけの手持ちは四百円程度。これだったら唐揚げ弁当か焼きそばパン三個のどっちかだな。

 ちょっぴりリッチにいくか、それとも量を取るか。悩ましいところだ。

「ぐふっ」

 昼飯のメニューを熟考しながら歩いていると、不意に腹部に衝撃。

 直後、体勢を崩すと財布からいくらか硬貨を落としてしまった。

 何事かと視線を向けてみれば、目の前にはツインテールの女子生徒が「いてて」とつぶやきながら両手で頭を押さえている。

「すまん。大丈夫か?」

 ひとまず謝ったあと、痛そうにしているので心配になって声をかける。

「えぇ大丈夫よ。こちらこそ急にぶつかってごめんなさい」

「いや、今のは俺が悪いんだ。廊下の真ん中でよそ見なんかしてたから」

 我ながら昼飯ごときで真剣に考えすぎていた気がする。

「あっ、お金が落ちちゃったのね。拾わなきゃ」

 地面に転がっている硬貨を見つけると、女子生徒はおもむろかがんで一つ一つ拾っていく。

 その後、俺もすぐに同じように硬貨を拾い始めた。

「これで全部かしら?」

「あぁ助かった。ありがとな」

「これくらい当然よ」

 そして二人で全ての硬貨を拾い終えると、女子生徒から拾った硬貨を受け取る。

 それからお互い立ち上がると、初めて女子生徒の顔が映った。

 みどり色の瞳に東欧風の端整な顔立ち。留学生とかだろうか?

「っ! あんた……」

 なんて思っていると、女子生徒は目を見開いて驚いたような表情をしていた。

 それからなぜか彼女は目を細めてこちらをにらみつけて、

「……チッ」

 思いっきり舌打ちした。

 えっ、待って。なんでいま俺は初対面の女の子に舌打ちをされたのかな。

「ったく、どうしてあんたなのよ……」

 理解不能な出来事にかなり困惑していると、女子生徒はぶつぶつと何かを呟きながら俺の横を通り過ぎて行ってしまった。

「……一体何だったんだ」

 その後、俺は女子生徒の顔を思い出してはどこかで面識がないか記憶を掘り返してみた。

 が、結局彼女のことは何もわからないまま、俺は購買へと向かったのだった。



 午後の授業も滞りなく終わりを迎えた放課後。部活生が各々の活動場所に向かう中、なんの部活にも属していない俺は普段通り帰宅するべく教室を出ようとしていた。

ゆうくん」

 すると、不意に後ろから名前を呼ばれた。

 振り返ると、なんとそこにはてんしんの姿。

「っ! ど、どうした?」

「どうした? じゃないよぉ。ゆうくん、今日は掃除当番だよ?」

 思わぬ報告を頂いた。

 せっかく帰ってのんびりしようとしていたのに掃除当番とか。ぶっちゃけ面倒くさい。

「ちなみにひまりも掃除当番だよぉ」

「よし。すぐに掃除をやろうか」

 そう言うと、俺はすぐに肩に掛けていたかばんを教室の隅へと置いた。

 天真と一緒の掃除当番。これは俺に対する彼女の好感度を上げる大チャンスだ。

 それから教室に配置されている机や椅子を全て後ろへ下げて室内を広くすると、掃除が始まった。

 ちなみに今日の掃除当番のメンバーはほとんどが体調不良やらサボりやらで学校を休んでしまっているらしく、俺と天真以外で残ったのはなんとつきみやだけ。

 だがこれは個人的にはうれしい事この上ない。人数が少なければ少ないほど、掃除の時間が伸びる分天真と話せる機会が増えるからな。

「……ごみ」

 そんなことを考えていると不意にそんな言葉が聞こえてきた。上を見るとそこにはほうきを持った月宮が立っていた。えっ、ゴミ? 俺が?

 と一瞬勘違いしてしまったが、目の前には大量のホコリやらチリやらが集められていた。

 あぁ、なるほど。ゴミを運んできましたよってことね。俺はチリトリ担当だからな。ゴミの処理を早くしろって言いたいんだろう。

 ビックリした。いきなり美少女からゴミ扱いされたのかと思ったわ。

「わ、悪い。今やるから」

 普段話さない相手なのでやや言いよどみながら謝ると、

「……うん」

 小さく返事をしたのち、月宮はすぐにこの場を離れて再びゴミを回収しに行った。

 なんか今若干逃げられたようにも感じたんだが……気のせいだろうか。

 その後、俺は手早くチリトリでゴミをかき集めると、かたわらに置いていたゴミ箱へと入れる。

 にしても、チリトリって疲れるよな。ずっとかがんでないといけないから中学から生粋の帰宅部にとっては腰やらひざやらが痛くてしょうがない。

「アテナちゃん、お掃除とっても上手だね」

「そ、そんなことはない……」

「そんなことあるよぉ。だってアテナちゃんが掃いたところみんなピカピカなってるよぉ」

「つ、付いてくるな……」

 やや離れた位置でてんしんつきみや、美少女二人が会話を交わしていた。

 月宮の方は若干嫌がってるようにも見えなくもないが。

 でもいいなぁ。俺も天真と話したいなぁ。

 だがチリトリを担当している以上持ち場から離れるわけにもいかない。

 くそう。やっぱりチリトリなんかやらなきゃ良かったか。

 ……でも、天真に上目遣いで「やってくれる?」なんて言われたらやるしかないでしょうが。あの時、めっちゃ可愛かわいかったなぁ。

「しかし、このままだとせっかく天真と掃除当番が一緒になれた意味がなくなってしまうな。なんとかして天真とコミュニケーションを……」

ゆうくん、どうかしたの?」

 どうやったら天真と話せるのか思案していると、唐突にキュートな声が降ってきた。

 見上げると、天真が不思議そうな面持ちでこちらを見据えている。

「お、おう」

「それ質問の答えになってないよ。さっきから一人でなにぶつぶつ言ってるのぉ?」

「べ、別に何も言ってないが」

うそだよぉ。なんかエッチな本がどうとか聞こえた気がするけど」

「そんなことは断じて言っていない」

 全力で否定すると、天真はクスクスと笑う。

 あれ? もしかしてからかわれた?

「……掃除……して」

 ほうきでゴミを集めてきた月宮から注意された。

 小さな声なのに怒気がはっきりと伝わってくる。

「す、すまん」

「ごめんね、アテナちゃん」

 二人で謝ったのち、天真は窓際のゴミを掃きに、俺はせっせとチリトリで月宮が運んできてくれたゴミを回収する。

 が、ふと背後から視線を感じた。振り向くと、そこには先ほどの位置から動かないままじっとこちらを見つめている月宮がいた。

「えーと……どうした?」

「っ! べ、別に何でもない……」

 月宮はそう返したのち、すぐに俺から目をらした。

 今朝と全く同じ反応……。

 なんだろう。俺ってもしかしなくても月宮に嫌われてるのでは?

 そんなことを思っていると、不意に割と大きめの音が響く。

 目を向けると床にはほうきが落ちていた。どうやらつきみやが落としてしまったようだ。

「大丈夫か?」

 心配しつつ月宮が落とした箒を拾おうとする。

 すると、同じように伸ばしていた月宮の手と俺の手が触れてしまった。

「あっ、すまん」

「~~~~~~~~っ!」

 すぐに謝ったが、月宮はこれでもかというくらい顔をに染めていた。

 やべぇ、これかなり怒ってるんじゃないのか?

「ゴミ、捨てに行ってくる」

 なんてビビっていると、月宮がつぶやいた。

「えっ、でもまだゴミ箱は一杯には……」

 そう伝えるが月宮の耳には届かなかったのか、彼女はゴミ箱を抱えるとかなり慌てた様子でスタスタと教室から出て行ってしまった。

 一人で大丈夫だろうか? まあゴミ箱って案外軽いからそこまで心配する必要もないか。

「ちょっとゆうくん」

 急に後ろから話しかけられた。てんしんだ。

「なんだ?」

「なんだ、じゃないでしょぉ。女の子にゴミ箱なんて持たせちゃダメでしょぉ」

 ほおを膨らませてぷんぷんと怒る天真。可愛かわいいすぎる。

「でも、今のは満杯になってないゴミ箱を勝手に月宮が持って行ったわけで……」

「優吾くん、言い訳はめっ! だよぉ」

 天真は人差し指を前に出して俺の口元に当てる。

「お、おう……すまん」

 いま軽く唇に天真の指が触れたんだが。

「わかったならいいよぉ。今度からは気を付けてねぇ……って、優吾くん。どうして顔が少し赤くなってるの?」

「っ! そ、そうか? たぶん夕陽のせいだろ」

「えー、そうかなぁ?」

 天真は納得していないようだが、構わず俺は先ほどまで月宮が持っていた箒を拾った。

 ゴミ箱がなかったらチリトリやっても意味ないからな。

 月宮が戻ってくるまで、彼女の代わりに教室のゴミ集めでもしておくか。

「ねえ、優吾くん」

 早速ゴミを集めに行こうとしていると、また天真から呼ばれた。

 振り返ると、彼女はなぜか口元をニヤつかせている。

 どうしたんだ。もしや俺の顔に何か付いているのか?

「今さ、ひまりとゆうくんの二人きりだね」

「っ!」

 てんしんの言うとおりだ。つきみやとの色々で気が付くのが遅れたが、いまこの教室にいるのは俺と天真の二人だけ。これは天真にアピールする最大のチャンスなのでは?

「また不思議なこととか起こるかなぁ?」

 どうアピールしようか策を練っていると、天真がそうつぶやいた。

「不思議なこと?」

「うん。だって優吾くんと二人きりになるといっつも不思議なことが起きるでしょぉ。空から女の子の下着が降ってきたり、手紙が急にグラドルの写真になっちゃったり……」

 天真は過去俺が告白しようとした際に起こったを次々に口にする。

「そ、そうかもな」

「ねえ優吾くん。あの手紙って何が書いてあったのかなぁ?」

「べ、別に大したことじゃないって。あの時もそう言ったろ?」

「むっ、ケチー」

 少しむくれながらそう言ったのち、天真はクスクスと笑った。

「また不思議なこと起こらないかなぁ」

 天真は期待しているが、俺は勘弁願いたい。

 告白するたびに訳の分からない出来事で邪魔をされるなんて、もうこりごりだ。

「あっ、そういえばねぇ。今日の昼休み、ひまりまた告白されたんだぁ」

「っ! そ、そうなのか……」

 突然の天真の報告に、俺は平然とした態度で言葉を返した。が、内心は相当動揺していた。

 どんなやつから告白されたんだろうとか。返事はどうしたんだろうとか。

「でもねぇ、ひまりは断ったよぉ」

「そ、そうか……」

 天真の言葉を聞いて、ほっと胸をでおろす。

 ふぅ、危ない危ない。もしここで告白を受けたなんて言われたら、俺はショックで今すぐ教室の窓から飛び降りるところだったわ。

「ねえ優吾くん。どうしてひまりは今日の告白を断ったんだと思う?」

「どうして? そりゃ相手のことが異性として好きじゃなかったからじゃないのか?」

「それもそうだけどぉ、もっと他に理由を考えて欲しいなぁ」

「他にって……」

 告白を断る理由なんて、相手のことがタイプじゃない以外にない気がするんだが。

「もぉ、ゆうくんはダメだなぁ」

「ダメってなにがだよ」

「そういうところだよぉ」

 てんしんは少しあきれた口調で言った。だからどういうところだよ。

「優吾くんってさ、その……今好きな人とかいるの?」

「ど、どうした急に」

 もしやついに俺の気持ちが天真にバレてしまったのだろうか。

「それは、その……ひまりと優吾くんの仲だし、もし優吾くんに好きな人がいたらサポートしてあげようかなぁって」

「あぁ、そういうこと」

 だがすまんな天真。俺が好きな子は天真だからお前が俺の恋愛のサポートをすることは出来ないと思うぞ。

「もしかしてアテナちゃんのことが好きだったりする?」

「なぜここでつきみやが出てくるんだ」

「だってぇアテナちゃん可愛かわいいし、モテそうだし」

 確かに月宮は突出した美貌の持ち主だ。

 転校してから今もなおクラスにめずにいる彼女だが、男子からの人気は結構高い。

 おそらくクラス内では天真に次いで二番目にモテていると言ってもいいだろう。

「でも俺は月宮のことはなんとも思ってないよ」

 つーか、たぶんあっちが俺のことを嫌ってるだろ。

「ホントかなぁ?」

「本当だよ」

「ホントにホントかなぁ?」

「本当だって。そもそもな、俺は天真のことが──」

「ひまりのことが?」

「…………」

 天真が聞き返してきたが、俺はそれに答えず一旦口を閉じた。

 あぶねぇ。うっかり告白するところだった。

 告白自体は問題ないけど、さすがにこんなテキトーな告白の仕方じゃたとえいつもの邪魔が入らなかったとしても到底くはいかないだろう。

「ねぇ優吾くん。ひまりのことがなんなのかなぁ?」

 天真がそうただしてきた。なぜかニヤニヤと笑みを浮かべている。

「別になんでもないぞ」

「そんなことないでしょぉ。ゆうくんはひまりに何か言いたいことがあるんじゃないのかなぁ?」

 実に楽しそうに話しかけてくるてんしん

 これはあれだな。さっき俺が言いかけたことを聞くまで終わらないやつだ。

 窓の外からは部活生の掛け声。あかねいろの光で満たされている教室。そんな場所で二人きりの男女。告白するには十分なシチュエーション。

 天真の質問に適当に答えてやり過ごすのもありだが、流れに任せて告白をするのも良いんじゃないだろうか。こういうのは勢いも大切だと思うし。

「…………」

 よし決めた。告白しよう。

 もし断られたらその時はその時だ。諦めずにアピールすることから頑張ればいいさ。

「……天真。今から俺が言うことを聞いてくれるか?」

 そう言うと、何かを察したのか天真の表情は他人をからかうような笑みから真剣な表情へと変わる。

「うん。いいよ」

 天真からそう返されると、俺は気持ちを落ち着かせるために一拍置いたのち口を開いた。

「て、天真……俺は、そ、その……」

 勝手に声が震える。好きな人におもいを伝えることに緊張しているせいもあるが、やはり頭の中にちらつくのだ。

 もしかしたら、今回も邪魔をされるかもしれないと。

 今までの告白全てが不可思議な現象によってはばまれてきたからな。今度も邪魔されないとは限らない。

 しかし、だからと言って告白をめるわけにはいかない。ここで中断したら男が廃るってもんだ。だから、俺はたったいま天真に告白をする。

「ふぅ……」

 心を落ち着かせるべく、大きく深呼吸をする。そして──。


「天真! 俺はお前のことがす──」


 せつ、不意に目の前が白く光りだした。

 そしてそれはあっという間に教室内に広がっていく。

「な、なんだよこれ……」

 手で目を覆いながら。そうつぶやく。

 事態がわからないまま、少しった後。ようやく光が収まった。

「きゃあっ!」

 が、次いでてんしんから声が上がった。

 驚いて視線を向けると、視界に映ったのは衝撃の光景。

「て、天真……その格好……」

 なんと目前には魔法少女コスチュームに身を包んでいる天真の姿があった。

 休日の朝にやってるアニメさながらの激カワな服。さらに肌の露出が多く、かなり際どい。

「ゆ、ゆうくん……」

 天真は瞳をうるうるさせながら、両腕で全身を包み込むように覆っている。

 顔もっかだ。

「……どうしようこれ」

「お、落ち着け。これは多分さっき天真が言った不思議なことだ。だから時間がてば元に戻るはず」

 俺が告白した瞬間に謎な現象が起こる。まず間違いなく例のやつだろう。

「ほ、ホント?」

「あぁ、本当だ。その……空からパンツが降ってきた時もすぐに消えたろ? その時と同じようにその格好もすぐに制服に戻るはずだ」

「っ! そ、そっか」

 少し安心した表情を見せるてんしん。でもまだ顔は少し赤い。

 ……それにしても天真の格好。なんというか……すごいエロいな。

「あ、あんまりジロジロ見られると恥ずかしいよぉ」

「っ! わ、悪い。もう絶対に見ないから」

 そう言って俺は目をもう一度手で覆い隠した。

 なにやってんだ俺。いくら天真の魔法少女姿が可愛かわいいからって見すぎだろ。

 彼女に恥ずかしい思いをさせてどうするんだよ。

「……はぁ」

 天真に聞こえないよう、小さくためいきく。

 結局、今回も告白はくいかなかったわけか。またよくわからん現象に邪魔されたな。

 本当いつになったら俺の気持ちは天真に届くのやら。

 ……だがな、俺は諦めないぞ。何度失敗しても天真におもいが伝わるまで告白し続けてやる。

「ゆ、ゆうくん! 指の隙間が空いてないかな?」

「す、すまん!」

 が、その前に今は目の前の誘惑に負けないように頑張ろう。



 告白が失敗に終わったあと、天真の服装は予想通り数分程度で無事元に戻った。

 若干気まずい空気になりかけたが、天真が「さっきの格好可愛かったでしょ?」と明るく話を振ってくれたので、その後は彼女と自然に会話を交わすことが出来た。

 おそらく俺に気を遣ってくれたのだろう。ほんと優しい女の子だ。

 それから空のゴミ箱を持ったつきみやが教室に帰ってくると、掃除を再開。

 そして掃除が終わると、俺たちは下校するべく各々教室を後にした。

「それにしても、今日も告白が邪魔されたかぁ」

 廊下を一人歩きながら、俺は嘆く。

 これで十六回連続、で告白が妨害されていることになる。

 もうホント、なんで俺の告白ってこんなにも成功しないの。

 せめて「お前のことが好きだ」くらい言わせて欲しいものだ。

 一度目の告白から、もう半年以上っている。

 さっきは気持ちが伝わるまで何度でも告白するって意気込んだけど、ホントあと何回好きだって言えば、天真に想いが届くんだろう。

「……はぁ」

 俺が深く嘆息すると、

「ねえねえ、今度の休日デート行こうよ」「いいよ。どこに行きたい?」

 前から制服を着た男女二人組が楽しそうに腕を組みながら俺の横を通り過ぎて行った。間違いなくカップルだろう。

「いいなぁ。俺もあんな風にてんしんと歩きたいなぁ」

 もし天真と付き合うことが出来たら毎日手をつないで登下校とかできちゃったりするのだろうか。なんだそれ。幸せ過ぎるな。

「あー天真と付き合いてぇ」

 思わず本音を漏らしてしまった。

 けどまあいいか。今は、部活生は部活に行っているし帰宅部は既に下校しているから校舎にほとんど生徒がいない時間帯だ。

 どうせ誰にも聞かれていないだろう。

 なんて油断していると、不意にグイッと身体からだが後ろへと引かれた。

「っ!」

 驚いて振り返ると、目の前にはなんとつきみやが立っていた。

 しかもどうしてか彼女は白くれいな手で、俺の右手首をがっちりとホールドしている。

「えっ……」

 突然の事態に頭が混乱する俺。

 いつから近くにいたんだろう?

 もしかして今の言葉を聞かれてしまっただろうか?

 いやその前にどうして手首をつかまれているんだ?

 様々な思考がさくそうする中、俺はとりあえず探りを入れてみることにした。

「えっと……どうした?」

 だが、それに対して月宮は顔をうつむけたまま何も答えない。

「月宮? どうかしたのか?」

 再度いてみる。

 しかし彼女から返事はない。かといって、手を離してくれるわけでもないのだが。

 うーん、これはどういうことだ? もしや俺の言葉は聞かれていなかったのか?

「そ、そんなに……てん……きなのか?」

 月宮が口を開いた。でも声がミュート並みに小さくてよく聞こえない。

「悪い。今なんて言ったんだ?」

 すると今度は黙ることもなく、彼女はしっかりとこちらにも届くボリュームで言った。

「そんなに、天真まりが好きなのか?」

 それを聞いたせつ、俺の身体は硬直した。

 やはりつきみやは先ほどの言葉を聞いていたみたいだ。

「だから、そ、そんなにてんしんまりが、す、すす好きなのかと聞いているんだ!」

 聞こえていないと思ったのか、月宮がこちらを見つめて再度言葉のダイレクトアタックをしてくる。そんな彼女の表情は少し怒っているようにも見えた。

 わお、月宮ってこんな顔もするんだな……じゃなくて、これはピンチだぞ。大ピンチだ。

 と、とにかくここはテキトーにさないと。

「お、俺が天真を好き? あはは、そんなバカな……」

 テキトーに作り笑いを浮かべて、逃走を図る。

 だが、月宮はそう簡単には逃がしてくれない。

「は、はぐらかしても無駄だぞ! 先ほどゆうが天真陽毬とそ、その……つ、付き合いたいと言っているのを我は聞いてしまったからな!」

 割と大きめの声で主張する月宮。

 おいおい、そんなに叫ばないでくれ。ただでさえ廊下は響くんだぞ。これ以上他の人に聞かれたらどうしてくれるんだよ。

 と思っていると、ここで俺はふとあることに引っ掛かりを覚えた。

「そういやお前、なんかいつもと感じが違くないか?」

 指摘すると、月宮の身体からだがビクッと反応した。

 転校してきてからそうだが、月宮は物静かで他人とのコミュニケーションをあまり得意としていなかったはず。

 なのに今はかなりりゆうちように話していて、俺との会話も難なく出来ていた。加えて自分のことは『我』と呼び、俺のことは名前で呼ぶ。まるでいつも教室にいる彼女とは別人みたいだ。

「そ、それは……その……」

 急に勢いがなくなる月宮。そんなに答えにくいことなのだろうか。

 そもそも、何で彼女はこんなにもしつように俺が天真のことが好きなのかいてくるんだ。
「……グスン……グスン」

 あれこれと考えていると、唐突に月宮が泣き出してしまった。

 ちょっと待って。どうしたの。

 しやべり方が変わったことを指摘されたのが、そんなに嫌だったのだろうか。

「す、すまん、月宮。俺が悪かった」

 何が悪かったかは定かではないが、女の子を泣かせてしまったので、とりあえず謝る。

「ど、どうして……グスン……ゆ、優吾は……グスン……我のことを……す、好きになってはくれないのだ」

 しかし月宮からは許しは頂けず、代わりにもらったのはすぐには理解できないお言葉。

「我はこんなにも……グスン……美しくて……グスン……胸も大きいというのに……」

 依然、つきみやは涙を流し続けている。

 この子は急にどうしちゃったんだろう。突然腕はつかんでくるし、てんしんのことが好きか問い詰めてくるし、泣くし。俺にはちょっと難問過ぎる。

「ゆ、ゆうよ!」

 カオスな状況に参っていると、不意に月宮に呼ばれた。

「は、はい!」

 反射的に返事をする。彼女の迫力にされて、つい敬語で返事してしまった。

「い、今から……わ、我の言葉を、よ、よーく聞け! いいな!」

 それに、俺はうんうんと何度もうなずく。

「すぅ……」

 月宮は涙を拭ったのち、自らの感情を落ち着かせるように大きく息を吐いた。

 そして、あおい瞳で俺を見据えながら、彼女はこう言った。


「わ、我は優吾のことが好きだ! だ、だからその……わ、我と付き合ってください!」


 言い終えた瞬間、たちまち月宮のほおが赤く染まっていく。よほど恥ずかしかったのだろう。

 一方俺はというと、いまだに色々と訳が分らない状況下でも人生で初めて異性から好きと言われたことで頭の中が真っ白になっていた。

 勉強も運動も大してできなくて、顔面偏差値も普通程度の俺のことが好き。

 ……やばいなこれ、うれしすぎるぞ。今すぐにでも意味もなくどこかに叫びたい気分だ。

 もはやこれは了承するしかないな……と言いたいところだが、俺は彼女の気持ちを受け入れることはできない。

 なぜなら俺の恋心は全て天真に奪われているからだ。少なくとも、ちゃんと天真に告白をするまでは、どんな素敵な女性でも付き合う気にはなれない。

「……すまん月宮。俺はお前とは付き合えない」

「っ!」

 ド直球に断ると、月宮は目を見開いたのち、がっくりと肩を落とす。

 少し可哀かわいそうだが、こういう時はハッキリと拒んだ方が相手のためだと思う。

 彼女いない歴=年齢の俺が、こんなことを言うのは生意気かもしれないけど。

「そ、そんなに……我じゃダメなのか?」

 再び目に涙をめながらも、月宮は食い下がる。

「あぁ。だめだ」

 きっぱりと拒絶の姿勢を見せる。ちょっと心が痛むな。

「そんなに……て、てんしんまりが良いのか?」

「ぐっ……」

 切なげな声音で問うてくるつきみやに、俺は言葉を詰まらせた。

 一応彼女にはまだ俺が天真に好意を抱いていることは明白には知られていないが(まあ九割九分バレてるけど……)、ここは素直に明かしてしまった方が彼女のためだろう。

「あぁそうだ。俺は天真が好きなんだ」

 廊下のど真ん中で堂々と表明する。我ながらめっちゃ恥ずかしい。

「そ、そうか……そんなに好きか……」

 悲しげな表情を浮かべる月宮。

 何も悪いことはしていないはずなのに、やたら胸がズキズキする。

 でもここは耐えるしかない。罪悪感にさいなまれて、好きでもないのに月宮の告白を受け入れたりしたら、それこそ彼女に失礼だ。

「月宮、ごめんな」

 そう告げて、俺は彼女から離れていく。

 振った方が言うのもあれだが、振られたばかりでショックが大きいかもしれない。

 今は一人にしてあげた方が良いだろう。

 それが気持ちに応えられなかった者ができる最大限の気遣いだ。

「ま、待てゆう!」

 月宮に呼び止められ、俺は足を止める。

 まだ諦めきれないというのだろうか。正直そこまで彼女が俺のことおもってくれているのだとすれば、本当にうれしい。……でも、俺には天真という初恋の人がいるんだ。だから月宮から何度好きだと言われても、俺はその想いを受け入れることはできない。

 ということ、わかってもらうまでひたすら話し合うしかないな。

「なんだ?」

 後ろへ顔を向けると、月宮は目を赤くしながらこちらを見据えていた。

 しかし、さっきまでの泣きじゃくっていた彼女はそこになく、どこか覚悟を決めたような面持ちをしていた。

「言っておくが、優吾。お前の想いは絶対に天真には届かないぞ」

 不意に月宮は訳のわからないことを言い出す。俺の想いが天真に届かない?

「……それはどういうことだ?」

 問いただすと、月宮は口元をニヤリとさせたのち、一つの質問を俺に投げかけた。

「なあ優吾よ。自分が天真陽毬に告白をする時、何かおかしなことは起きなかったか?」

「おかしなこと?」

「あぁ。例えば……告白をすると突然自分の体が瞬間移動してしまうとかな」

「っ!」

 先日、てんしんに告白をしようとした際、おもいを伝える直前で突如としてグラウンドへテレポートした。そのせいで当然告白は失敗に終わった。……でも。

「どうしてつきみやがそのことを知っているんだ?」

 そうたずねると、月宮は得意げな表情を浮かべて、

「決まっているだろう。そのゆうの告白を妨害したのは、我だからだ」

「……はい?」

 想定外すぎる答えに、思わずとんきような声を出してしまった。

「えーと妨害ってのは、つまり……」

「そうだ。あの時優吾をテレポートさせたのは他の誰でもない、この我だ」

「…………」

 この子は一体何を言っているんだろう。

「ほ、本当だぞ! うそではない!」

「そんなことを言われてもな。人間をテレポートさせたなんてどう信じろと」

 悪徳セールスマンの言葉の方がまだしんぴようせいが高い。

「確かに人間には出来ないかもしれないな。だが、我には出来てしまうのだ」

「へぇー、それまたなんで?」

 ぶっちゃけ全く興味ないが一応訊ねてやると、月宮は「ふっふーん」と鼻を鳴らしながら「それはなぁ……」とたっぷりと間を取ったのち、こう答えた。


なら、我がラブコメの神様だからだ!」


    ☆


「ま、待ってくれ!」

 一刻も早く月宮から離れようと早めに歩いていると、後ろから彼女が追いかけてきた。

 というのも、彼女がラブコメの神様宣言をした後、俺は月宮アテナをヤバイJK認定したからである。彼女は所謂いわゆる、中二病。俺がこれ以上関わることができる人間ではない。

「待て! 待ってくれ優吾! 我は本当にラブコメの神様なのだ!」

 背後から迫ってくる月宮。だがそれに構うことなく、俺は下駄箱に着くとすぐに靴を履き替えて昇降口を出た。

 つーか、なんで月宮は俺のことを名前で呼ぶんだ?

 まあ初対面の相手でもいきなり名前で呼べちゃう人とかいるから別におかしくはないが。

「待ってくれ! ちょっと待って──ぐふっ!」

 すると突然、後方からドスン! と何かが倒れたような音が耳に入った。

 振り返ると、つきみやが校舎の入り口付近でうつ伏せのまま派手に転んでいた。

 ……なにやってんだか。

「むぅ……痛いぃ……」

「大丈夫か?」

 上体を起こした月宮に近寄る。見る限り大きなとかはしてなさそうだ。肌に傷もない。

「立てるか?」

 そう言って彼女へと手を伸ばす。

「ゆ、ゆうぉ……」

 月宮はこちらを見つめながら、ポッとほおを赤くしていた。

 そんな顔を向けないでくれよ。なんだかこっちまで恥ずかしくなるだろ。

「ありがとう、優吾」

 月宮は俺の手を握って立ち上がると、そう礼を言ってきた。

「別にいい。大したことじゃないし」

 このくらい、ちょっとした善意を持っていれば誰にでも出来ることだ。

「……じゃあ俺は帰るから」

 若干の沈黙のあと、そう言ってすぐさま帰ろうとすると、自称ラブコメの神様からがっちりと手首をつかまれた。ナニコレ、デジャヴ?

「ま、待ってくれ優吾。我は本当にラブコメの神様なのだ。うそではない」

「言っておくが、俺にはそっちの趣味はないぞ」

 彼女いない歴=年齢の男が中二病なんてスキル身に付けてみろ。

 周りからどんな目で見られることか……。考えただけで恐ろしい。

信じてくれないのだ。我はどう見ても神様っぽいではないか」

「神様っぽいってなんだよ。意味わかんねぇよ」

 もうこんな茶番に付き合ってられるか。

 そう思い先へ進もうとするが、それを月宮が目一杯手首を引っ張って阻止する。

 ちょっ……痛い痛い! この子、めっちゃ力強いんですけど!?

「我をラブコメの神様だと信じてもらうまでは絶対に帰らせないぞ」

「んなちやちやな……」

 でも、月宮の瞳は真剣で本気で俺を帰らせるつもりはないようだ。

「……わかった。じゃあこうしよう」

 自称ラブコメの神様を振り切ることは難しいと判断し、俺はある提案をすることにした。

「さっき月宮は俺をテレポートさせられるみたいなことを言っていたよな」

もちろんだ。なぜなら我はラブコメの神様だからな」

 つきみやはえっへんと胸をたたいて得意げな表情を見せる。

「そうか。なら今から俺をテレポートさせてくれよ。もしそれが出来たらお前を神様だと信じてやらなくもない」

 だが、人間が誰かをテレポートをさせるなんて絶対に不可能だ。

 つまり、中二病である月宮はこの提案をむことは出来ないはず。

「ほ、本当か! 本当だな!」

 しかし、なぜか月宮はやたら瞳を輝かせていた。

 もしかして、本当に月宮はラブコメの神様なのだろうか?

 ……いやいや、あり得ないから。そもそもラブコメの神様ってどんな神様だよ。

「で、では、その……我からもお願いがあるのだが」

「お願い?」

 聞き返すと、月宮はこくりとうなずいた。

「人目がないところに案内をして欲しいのだ。そうしてくれたら我がラブコメの神様であることを証明することが出来る」

「お前、まじで俺をテレポートさせるつもりなのか……?」

 二百パーセント無理だと思うけどな。

 でもまあいい。この際だから気が済むまでやらせてやろう。

「人目がないところだったらここが最適だぞ。この時間帯は基本誰も来ないからな」

「そ、そうか。ではこの場で我がラブコメの神様であることを証明しよう」

 そう言うと、急に月宮は片手を天に向けて掲げる。

 ……なにやってんのこの子。

「っ!」

 なんて思っていると、不意に月宮の手元にステッキが現れた。

 桃色に染められた棒の先端には宝石のように赤く輝いているハート形のオブジェ。その両サイドには小さな白い羽が取り付けられている。

 これ、さっき魔法少女コスチュームになったてんしんが身に付けたらすごく似合いそうだな。

「急にそんなおもちゃ出してくるなよ」

「お、おもちゃではないぞ! これは今からゆうを瞬間移動させるために使うのだ。こんな風にな」

 そう言って月宮がやや上向きにステッキを振ると、その道筋に青白くきらめく無数の光の粒子が現れた。

「なっ」

 突然起こったファンタジーな現象に戸惑っていると、

「それ!」

 つきみやが今度は俺に向けるようにステッキを振る。

 すると、フワフワと宙に浮いている粒子は全て俺に降りかかった。

「っ!」

 直後、突如として視界に映る景色が変わった。

 これはこの前てんしんに告白したときに起きた現象と全く同じだ。

「ここは……」

 周りを見回す。俺が今いるのは割と広めの部屋だった。室内の両端には幾つかロッカーが並べられており、中央には長めのベンチが二つほど置かれている。

「……まじか」

 どうやらたったいま俺は本当にテレポートしてしまったらしい。

「ゆ、ゆう……」

 後ろから声。顔を向けると、部屋の入り口付近にひざに手をついて息を切らしている月宮がいた。……こいつ、ここまで走って来たのか。

「ど、どうだ? これで我がラブコメの神様であると信じてくれたか?」

「えっ、そ、そうだな……」

 そういえばテレポートをさせたら月宮を神様だと信じると約束してしまっていた。

 どうせ出来ないと思ってたから言っただけなのに、まさかこんな展開になるなんて。

「……わかった、男に二言はない。お前のことを神様と信じることにする」

「そ、そうか!」

 うれしそうな表情を見せる月宮。

 普段はあまり表情が豊かでないだけに、少しドキッとしてしまった。

 今起きたことや先ほど俺の告白を邪魔した話について、月宮にはもろもろきたいことがあるが、その前に一つ確認しておきたいことがある。

「なあ月宮。ここってどこなんだ?」

 今いる場所は見覚えのない部屋だった。

 おそらく学内に設けられている一室のどこかと思うが……運動部の部室とかだろうか。

「ここはだな、女子更衣室だ」

「……は?」

「ここは女子更衣室だ」

「いや、もう一回言えって意味じゃないんだが」

 まさかの女子更衣室だと。こいつどんなところにテレポートしてくれちゃってるんだよ。

「せっかく瞬間移動させるので、優吾が好きそうな場所にしてみたのだ」

「それがなんで女子更衣室になるんだよ」

 たしかにここは天国かもしれないが、同時に地獄でもある場所なんだぞ。

「あのな、もし俺がこんなところにいるところを誰かに見られでもしたら……」

 そう注意しようしている最中、ガチャリと扉が開いた。

「…………」

 そして入ってきたのは、水着を着た女子生徒が一人。おそらく水泳部の生徒だろう。

「あっ」

 目が合ってしまった。

 ……これは終わったな。

 直後、部屋中に大きな悲鳴が響き渡った。


    ☆


 翌朝、俺はつきみやを校舎裏へと呼び出していた。

 この時間ならここはあまり人が来なくて、神様がどうの~みたいなはたから見たら中二病全開の話をしても誰に聞かれることもない。

「で、ラブコメの神様ってのはなんなんだ?」

「その前にゆう、昨日は大丈夫だったのか?」

「全く問題ない。おかげさまでな」

 心配そうに聞いてくる月宮に、俺はそう返した。

 昨日、俺は月宮のせいで女子更衣室へとテレポートさせられ更にそこで水泳部の女子生徒と鉢合わせしてしまった。

 だが悲鳴を上げられた直後、とつに月宮が機転を利かせて俺をその場から学校の校門前までテレポートさせてくれた。

 おかげで俺は無事帰宅することが出来て大事にはならずに済んだのだ。

 まあ元はといえば月宮のせいで女子更衣室で女子生徒と遭遇するハメになってしまったんだけどな。

 ……さて、昨日は途中ゴタゴタしたせいでくことができなかったけど、きちんと確かめないとな。

「もう一度聞くが、ラブコメの神様ってのはなんなんだ?」

「ラブコメの神様とは、人の恋愛の手助けまたは邪魔することを役目とする神様のことだ」

「へぇー、要するに恋のキューピッド的な感じ……いや違うな。邪魔ってなんだよ」

 仮にもラブコメの神様が恋愛の邪魔なんてしていいのだろうか。いやダメだろ。

「時には人の恋をはばむことも必要なケースもあるのだぞ。例えば浮気している男の恋とか」

「あぁなるほど」

 不誠実な野郎にはてつついを! ってことか。納得だ。

 浮気や不倫が許されてばかりいたら、ヤリチンのイケメンばかりが勝ち組になってしまうからな。それだけは許せない。

「我たちは今説明した役目を果たすため、天界──ゆうたちの言葉でいうところの天国で生まれ育ち、我たちの間で成人年齢である十五歳を迎えると地上へと降りてくるのだ」

「天国って……」

 つまりラブコメの神様は人間の恋愛のサポートや時には不義理な人間に罰を与えるために天国からはるばるやってきたってことか?

 うそくさく思えるが、つきみやは他人をテレポートさせられる力を持っているからな。

 そんな彼女が天国があるというなら、本当にあっても不思議じゃない。

「更にラブコメの神様は、様々な方法で人間の恋愛の手助けや邪魔を出来るようになる現象でも起こせる力を持っているぞ」

「は? まじかそれ」

 月宮は大きくうなずいた。

 如何なる現象も起こせるって……随分とすごいな。とここで俺はあることを思い出す。

「その力ってステッキのことか?」

 それに月宮は首肯したのち、彼女の手元に可愛かわいらしいステッキが現れた。昨日見たやつと全く同じものだ。

「どうだ? 可愛いだろう?」

 ステッキを自慢げに見せびらかしてくる月宮。お前は子供か。

「なあ月宮。思ったんだが、そのステッキの力ってお前自身には使えなかったりする?」

 昨日、俺は二回ほどテレポートさせられたが、月宮はなぜか女子更衣室には走ってきたみたいだったし、女子生徒に見つかった時も俺だけテレポートさせられて彼女は女子更衣室に残ったままだった。自分にテレポートを使えば簡単に移動できたというのに。

「うむ。我の力は人間のみにしか使用できない。神である我には使えないのだ」

「やっぱり自分には使えないのか。だとしても凄い力なことには変わりないが」

「そうだな。これがあれば優吾の告白を全て阻止することが出来るしな」

 月宮は鼻を鳴らしながら得意げな顔つきで言った。

「そういや昨日そんなことも言ってたな」

 一番大事なことなのに、色々あり過ぎてすっかり頭から抜け落ちていた。

 おそらく彼女はステッキの力を使って、俺の告白を妨害してきたのだろう。

 ということは、てんしんに告白する瞬間に空からパンツの雨を降らしたのもラブレターをグラビア写真にしたのも月宮ということになるな。……告白の邪魔の仕方が斬新。

「ちなみに昨年から地上には下りてきていたから、学校に入っていない間もきっちりと優吾の告白を阻止していたぞ」

 自慢げに話すつきみや

 まあ神様の力はどんなことでも起こせる力らしいからな。納得は出来るか。

「お前って、どうしてそこまでして俺の告白を邪魔するんだ?」

「っ! そ、それは……」

 気になったので率直に問うてみると、月宮は顔をうつむけて身体からだをモジモジとさせ始める。

「ゆ、ゆうのことが……す、好きだから……」

 ぼそり、とつぶやいた。

「…………」

 失敗した。そういえば、月宮って俺のこと好きだったんだ。

 これまであまりにモテない人生を歩んできたゆえ、すっかり失念してしまっていた。

 いやでも、好きだからって他人の恋を妨害するのはあんまりだろ。

「お前はそんなに俺の恋を邪魔したいのか?」

「そ、それは……うん」

 正直すぎるアンサー。逆に反応に困る。

「し、仕方がないではないか! す、すす好きな人が誰かのモノにならないようにしたいと思うのは神でも人間でも同じだ!」

「うっ、それはそうかもしれないが……」

 急に開き直ったつきみやに、俺は言葉を詰まらせる。

 ぶっちゃけ彼女の気持ちもわからないでもない。俺だっててんしんが誰かに告白しようとしていたら、事を終える前に告白相手を抹殺するかもしれないし。

 ……しかし、こうもラブコメの神様が私利私欲のために他人の恋路をはばんで良いのだろうか。いや、きっと良くないはずだ(よくわからないけど……)。

「なあ月宮。もう俺の告白の邪魔をするのはめてくれ」

「嫌だ」

「即答!?」

 あまりの返答の早さに驚いていると、

「だ、だって……ゆ、ゆうのことが……す、好きなんだもん」

 月宮は口をとがらせて指をツンツンしながらこぼした。本日二度目の言葉だ。

 ……まずいな。これはおそらく今、いやこの先何を言っても月宮が俺の告白の邪魔を止める可能性は極めて低いだろう。

 でもそうなると、俺はずっと天真へおもいを届けることが出来なくなってしまうが……。

「…………」

 さてどうしよう。



 朝に月宮からこの先ずっと天真に気持ちを届けることが出来ないと聞いて一日中悩んでいると、あっという間に放課後を迎えてしまった。

 部活生からしたら、これからが本番! という時間帯かもしれない。

 しかし帰宅部からしてみれば、授業という長い拘束から解かれ、あとは自宅に帰ってのんびりするだけという、いやしの時間帯。

「のはずなんだがな……」

 昇降口へ向かおうと階段を下りていると、背中にやたら視線を感じる。

 一旦立ち止まって後ろを向くと、すぐそばに月宮の姿。

 彼女はなぜか目を細くして、じーっとこちらを見据えている。

「なにやってんだよ」

「優吾があの天真まりの下へ行かぬよう、こうやって監視をしているのだ」

 説明している間も、月宮はじーっとこちらを見つめる……あっ、目が合った。

「っ!」

 すると、月宮はほおを赤く染めて顔をうつむけてしまう。

「とにかく理由はどうであれ、俺についてくるのは止めてくれ」

「むぅ、嫌だ」

「子供かお前は」

 ったく、幼稚なやつだな。……もういいや。こんな神様は放っておいて、さっさと帰ろ。

 そうして俺は足を進める。だが直後、背後からスタスタと歩く音が耳に入る。

「おい」

「だ、だってもう少しゆうと一緒に居たいんだもん……」

 振り向いて鋭い視線を飛ばすと、つきみやあおい瞳を潤ませる。

 監視じゃなかったのかよ。

 でもどうするか。このままだとらちが明かないが。

「……わかった、もう少しついてきてもいい。でもその代わり校門までだからな」

「えっ……う、うん!」

 校門まで一緒にいることを許可すると、月宮はうれしそうに笑った。

 やはり圧倒的なルックスのせいか今一瞬可愛かわいいと思ってしまった。なんか悔しい。

 それから二人で二つ三つ会話を交わしつつ歩いていると、ふと気になることが頭の中に浮かんだ。

「月宮は今後そのしやべり方で通すのか?」

「その喋り方とは?」

「自分のことを『我』とか言ったりする喋り方だよ。あんまり話したことがなかったから多分だけど今まではそんな話し方じゃなかっただろ?」

 そう言うと、なぜか月宮の表情はみるみる青ざめていく。

 あれ、これはひょっとしてまた言っちゃいけないことを言っちゃった感じか。

「し、しまった。人と接するときは優吾におしとやかな女性であることをアピールするため普段の話し方は封印していたのに、ついつい忘れてしまっていた……」

「お淑やかな女性って……」

 今までの月宮は物静かではあったがお淑やかではなかった気がするけどな。

「じゃああれか? 誰かと話すとき毎回のように言葉に詰まっていたのも、そのお淑やかな女性を演じるためだったのか?」

「いやそれは違うぞ。それはその……我が単純に人見知りなだけだ」

「人見知り? でも今まで大して話してこなかった俺とはこうやってりゆうちように喋ってるじゃないか」

「っ! そ、それはそうだが……その、い、今だってすっごく緊張しているのだ! で、でも……このままだと優吾が他の女に取られちゃいそうだから……が、頑張っているのだ」

 ほおを赤らめたまま、月宮は胸の辺りをギュッと抑える。

 なんというか……これになんて反応したら良いのか。

「そ、そうか……」

「……うん」

 そんなやり取りをしたのち、なんとも居たたまれない空気が流れる。

 ……もうさっさと校門に着いてくれないかな。

「ゆ、ゆう。ちょっと待ってくれるか?」

 不意につきみやがピタリと足を止めた。

「ん? なんだ?」

「その……忘れ物をしたので取りに行っても良いだろうか?」

「忘れ物?」

「うむ。本日使った体操着を教室に忘れてしまったのだ」

「体操着って、明日もまた体育の授業あるんだぞ。今日持って帰るのか?」

「当然ではないか。洗濯しないとその……においとか大変になる」

 たしかにそうだが……俺は週二回の体育が終わるまで持って帰らないけどな。

 でもまあ女子だったら匂いとか気になるのは当たり前か。

「早く行って来いよ。待っててやるから」

「っ! わ、わかった! すぐ戻るから!」

 そう言うと、月宮は大急ぎで教室に向かった。そんなにあせらなくてもいいのに。

「…………」

 さてどうするか。月宮がすぐ戻ってくるとはいえ、少し暇だな。

「あれ? 優吾くん?」

 唐突に背中から名前を呼ばれた。しかもこの声は──。

「て、てんしん……」

 身体からだを反転させると、視界にはなぜか花鉢を持っている天真が映った。

「まだ帰ってなかったんだねぇ」

「お、おう。それよりそれはなんだ?」

 花鉢を示しながらたずねた。その中には、一本の白い花が咲いている。

「これねぇ、さっきお友達と帰ろうとしてたら生物の先生に会って中庭の花壇に植えてって言われたんだぁ」

「そ、そうなのか。友達の方はどうしたんだ?」

 見たところ、天真の周りに人はいない。

「みんな用事があるらしいから、ひまりが帰っていいよって言ったんだよ。お友達はみんな手伝おうとしてくれたけどねぇ」

 そう説明する天真は花鉢をすごく重そうに抱えている。

 女の子にこんな物を持たせるなんて、どこの生物の先生だよ。

「なあてんしん。それ俺が持つよ」

「えっ、別に大丈夫だよぉ。ひまりこれくらい余裕でモテるからぁ」

「そんなことないだろ。腕がさっきからプルプルしてる」

 天真の腕を指さしながら指摘すると、

「……ゆうくんのえっち」

 彼女は少し顔を赤らめながらつぶやいた。なにその反応。可愛かわいすぎるだろ。

「と、とにかく、これ以上女子にそんな重い物を持たせるわけにはいかない。それは俺が運ぶよ」

「……わかった。じゃあ今回はお言葉に甘えさせてもらうね」

 それから俺は天真から花鉢を受け取る。

 天真には格好をつけてしまったが、これ結構重いな。きちんと中庭まで運べるだろうか。

「でも花を植えるのはひまりがやるからねぇ。優吾くんは花とか植えられそうじゃないし」

「ひどいな、天真」

 まあ確かに花とかきちんと育てられたことは一回もないけどさ。

 小学校の時に授業でもらった朝顔だって芽が出るところまではいったけど、その後の管理が不十分だったせいで一度も花が咲くことはなかった。

「ふふっ、じゃあ行こっか」

「そうだな」

 天真に促されると、二人で中庭へと向かって足を進めた。

 そういえば、つきみやはどうしようか。……まあいいや。後で考えよう。


「よぉし、これでいいかなぁ?」

 俺と天真は中庭に着くと花鉢の花を空いている花壇に植えた。

 もちろん植えたのは天真だ。

「この花って、何の品種なんだ?」

 たったいま植えられたばかりの花を見つめながらたずねた。

 見たことがない点からして、バラとかラベンダーとか有名な品種ではないっぽいが。

「生物の先生が言うにはね、クレマチスって花らしいよぉ。これは春に咲く花なんだけど、クレマチスの中には夏に咲いたり冬に咲いたりするものもあったりするんだってぇ」

「へぇー、同じ花なのに種類によって咲く時期が異なるなんて珍しい花だな」

「そうだねぇ」

 天真とのあいのない会話。

 でも俺にとってはこれが超楽しい。かなうならいつまでも続けていたいくらいだ。

「ねえ優吾くん。花植えてちょっと疲れたから、少しそこで休んでいかない?」

 一人浮かれていると、不意にてんしんからそう言われた。

 彼女が示している先は、中庭の中央に植えられている大きな桜の木、その下に設けられているベンチだ。

「あぁ、別にいいぞ」

「そっか。じゃあ早く行こ」

 天真はにこにこしながら後ろから背中を押してくる。

 ちょっ、いきなりそんなことしないで欲しい。急に触れられたら、まじで心臓に悪い。

 俺と天真はベンチの前まで来ると、少し距離を空けて隣同士で座った。

「知ってるゆうくん」

「なにがだ?」

「この桜の木の下のベンチに男女で座るとね、その二人はカップルになれるんだって」

「そ、そうか……」

 平静を保って言葉を返したが、鼓動は今までにないくらいに早まっていた。

 そんな話あったっけ。全く聞いたことがないんですけど。

「だから、これでひまりと優吾くんもカップル同然だね」

「っ!」

 天真から微笑ほほえみかけられると、一瞬で鼓動が跳ね上がった。

 なんて可愛かわいさだ。油断すると心拍数が上がり過ぎて死ぬかもしれん。

「か、カップル同然って……」

「クスッ、まあ実は全部うそなんだけどねぇ」

「えっ、そうなの?」

「うん。このベンチに座ったらカップルになれるって話はたったいまひまりが適当に作ったんだよ」

 テヘペロとおちやに舌を出す天真。

 くそう。だまされたのに、全然嫌じゃない。むしろ良い。

「でも、もしこの先優吾くんとひまりが本当にカップルになったらひまりの作った話もホントの話になるかもねぇ」

 そう言うと、天真はこちらを真っすぐに見つめてくる。

 えーと、これはからかわれてるのだろうか。それとも……。

「そ、そうかもな……」

 判断がつかないので、とりあえず当たりさわりのない言葉を返すと、

「……そうだね」

 天真の表情が少し曇った気がした。これは……。

「…………」

 勘違いかもしれないが、もしやここは告白するべき場面なのではないだろうか。

 満開の桜の木の下。今回もシチュエーションは完璧だ。

 さらに過去俺の告白を邪魔してきたつきみやはこの場にはいない。ということは、今告ってしまえば俺の気持ちはようやくてんしんに届くのではないだろうか。

「……よし」

 小声で気合を入れると、今から俺は告白することを決意する。

「て、天真!」

「な、なにかな!」

 緊張で思わず大きな声で名前を呼んでしまうと、天真は驚いたように身体からだを弾ませる。

 そこで一旦周りを見回すが、月宮らしき姿は見えない。

 大丈夫だ。この告白は成功する……かはわからんが、少なくともおもいは届く。思い切っていくぞ、俺。

 そう自らを鼓舞しながら、緊張で震えている拳をギュッと握りしめて、言った。


「俺は『おっぱい』のことが好きなんだ!」


 ……あれ? 俺、いまなんつった?

「そ、そうなんだ……」

 前を向くと、天真は苦笑していた。

「い、いや違うんだ。これはその……」

 おいおい一体何が起こってるんだ。俺は確かに天真のことが好きだと言ったはずだぞ。

 それなのに、どうして俺は『おっぱい』が好きなんて言っちまってるんだよ。

「そ、その……ゆうくん。お、おっぱ……が好きなのは良いと思うよ。うん」

「だから違うんだ。俺はこんなことを言おうとしたんじゃ……」

「じゃあひまり、花鉢を先生のところに返しにいかないといけないからもう行くね」

 天真はそう言って立ち上がると、空になった花鉢を持ち上げる。

「えっ、ちょ……待って」

「じゃあね、優吾くん」

 止まってもらえるよう必死に腕を伸ばしたが、天真は逃げるようにこの場を立ち去ってしまった。

「……ったく、一体何がどうなってんだ」

 たったいま俺は確かに天真に『好きだ』と言ったつもりだったんだ。

 でも実際に口から出た言葉は『おっぱい』だった。

 こんな状況で『おっぱい』とこぼれてしまうほど、俺は『おっぱい』に飢えていたというのだろうか。

ゆうよ。今回も告白はくいかなかったようだな」

 かたわらからそんな声が聞こえてきた。

 視線を向けると、てんしんが去った方向からつきみやが現れる。手元にはステッキが握られていた。

「……お前の仕業か」

「もちろんだ。優吾に告白をさせるわけにはいかないからな。ちなみに今回は優吾が天真まりの名前を呼ぼうとすると『おっぱい』に変換されてしまうように力を使ってみたぞ」

「なんてことをしてくれたんだよ……」

 おかげで俺がめっちゃおっぱい好きみたいになっちまったじゃねぇか。

「ゆ、優吾が悪いのだぞ。我を待つと言っていたのに天真陽毬に告白するから」

 ぐっ……まあ確かに俺が悪い面もあるが、告白くらい別にしたっていいだろ。

「……なあ月宮。なんでお前はそんなに俺の告白を邪魔するんだ?」

「っ! そ、それは……我は優吾のことが好きだから……」

「それは朝にも聞いた。でも俺が告白をしたところで成功するかなんてわからないだろ?」

 正直、この告白の勝率はいいとこ五分五分くらいだと個人的には思っている。

「だが、告白が成功して優吾が天真陽毬と付き合ってしまうかもしれない」

「いや、悪いけどその時はさすがに諦めてくれよ」

「無理だ」

「…………」

 人の恋愛のじようじゆをムリと返す。ラブコメの神様がまさかの発言だな。

「だ、だって……わ、我は、優吾のことが好きなんだもん!」

「だもんって……」

 そのキュートな語尾はなんだよ。ちょいちょい出てくるけど。

「と、とにかく、我はこれからも優吾の告白を邪魔し続けるぞ! だ、だから、優吾は早くあの女を諦めて、わ、わわ、我を好きになってください!」

 一方的に宣言すると、月宮は顔をにしながら足早にこの場を去っていった。

 そして、取り残された俺。

「…………」

 まじか。このままだと俺、本当に好きな人におもいを告げられないまま高校を卒業することになっちまうぞ。

 しかも天真は俺の初恋の人。十六年間の人生で初めて恋した相手だ。

 それなのにこんなよくわからんファンタジーなことで俺の初恋は終わってしまって良いのか。……いやいや絶対にダメだろ。

「……探そう」

 つきみやのラブコメの神様の力を防ぎつつ、告白を出来る方法を探し出す。もうこれしかない。

 でないと、俺の初恋が実ることも散ることもなく消えてしまう。

「よし! あいつの神様の力を阻止して、絶対に天真おつぱいに告白してやる!」

 そうして俺は人生最大の決意をしたのだった。

 ちなみに、てんしんと言おうとすると『おっぱい』と言ってしまう現象はその日の深夜まで元に戻らなかった。月宮め、まじで許さん。





ラブコメの神様の妹は重度のシスコンだった

 翌日、午前の授業を終えて迎えた昼休み。

 俺は屋上で一人昼飯を食べながら昨日やると決めた『ラブコメの神様の力を阻止して天真におもいを届ける方法』について色々と思案していた。

 月宮いわく、ラブコメの神様の力は人間の恋愛の手助けまたは邪魔をするためにはどんな現象でも起こせるらしい。ぶっちゃけチート過ぎる能力だが、俺は熟考した結果、この能力を阻止しつつ確実に告白するための三つの条件を思い付いた。

 一つ目は、月宮の何らかの『弱み』を握ること。割と最低な方法だと思うが、彼女の弱みを握ってそれを盾に告白の邪魔をさせないといったところだ。

 二つ目はラブコメの神様の力の『欠点』を探すこと。何らかの条件で発動できなくなるとかいう可能性もなくはないしな。

 そして最後は、『協力者』を得ること。つまり俺の告白をサポートしてくれる人を見つけて、その人に月宮が告白の邪魔をするのを防いでもらうってところだ。まあどう防いでもらうかはわからないけど。

 以上が月宮に告白の邪魔をされないための対策なのだが……ここで一つ問題がある。

 それは身近な友達が皆無に等しい俺には、当然ながらつきみやの『弱み』や力の『欠点』を入手するための情報提供者もいなければ、告白を手伝ってくれそうな『協力者』もいないってことだ。……いや一人だけいたな。

千歳ちとせにでも頼んでみるか……」

 でもあいつは今部活の大会が間近で忙しいらしいからな。

 あまり迷惑をかけるわけにはいかないか。

 ところで月宮は昼休みを迎えると、てんしんに誘われて一緒に食堂へと向かっていった。

 ちなみに、天真が月宮を昼食に誘う時の会話がこんな感じだ。

『アテナちゃん、一緒にお昼食べに行かない?』

『い、嫌だ……』

『そんなこと言わずにさぁ、一緒に食べに行こうよぉ。きっと楽しいよ?』

『だ、だから嫌だと言っている!』

『もぉ、こうなったら強引にでも連れて行くからねぇ』

『っ! な、何をする! や、やめろ! は、離せ! 離すのだぁ!』

 ……まあ天真が無理やり月宮を連れて行ったと言ってもいなめない。

 でも、これもいまだにクラスにめていない月宮に対して気を遣っての行動なのだろう。天真は優しい女の子だからな。というわけで、月宮はこの場にはいない。

 まあ丁度良かったな。一人であれこれと考えたかったし。

 なんて思っていると、不意にガチャリと屋上の扉が開いた。

 この時期はまだ若干寒いから屋上で昼食をる人は少ないんだがな。今日だって俺以外一人もいないし……もしかして月宮か?

 一瞬そう思ったが、どうやら違ったみたいだ。

 現れたのは、ツインテールの少女。

 金色にきらめく長い髪はリボンで二つに結われており、瞳はみどり色に輝いていた。

 色白で、きやしや身体からだ。プラス顔立ちは良く、控えめに言って美少女過ぎる美少女だ。

「って、ちょっと待て。あの子は……」

 つぶやいたのち、必死に記憶を掘り起こす。

 ツインテールで、れいな顔のつくりで、美少女で……!

 思い出したぞ。あれは一昨日おととい、廊下で舌打ちしてきた女子生徒じゃないか。

 はじめは俺が財布から落としたお金を拾ってくれたからいい子だと思ってたのに、俺の顔を見た途端の舌打ちだったもんな。あれは割とまじで落ち込んだ。

「っ!」

 とか思っていると、ふと美少女と目が合った。

「……チッ」

 そして、舌打ちされた!

 見た目はすごぶる良いのにガラ悪いな。それとも俺がめっちゃ嫌われてるだけなのか?

 しかし美少女はきびすを返すことはせず、それどころかなぜか俺の隣へと座った。

 なぜだ。席は他にも沢山あるのに。まさかこれってフラグ?

「あんた、きりしまゆうでしょ」

「えっ、あぁそうだけど」

 どうして俺の名前を知ってるんだろう。やっぱりフラグなのか?

「この童貞!」

 突然叫ばれた。あっ、これ全然違ったわ。フラグとかじんも立ってなかったわ。

「なぜいきなり童貞呼ばわりされたのかわからないが、人を見た目で判断するな。俺が童貞かどうかなんてまだわからないだろうが」

「もうそうやってグダグダ言ってるとこがまさに童貞であるあかしね。あーあどうでもいいところでを張る男ってホント嫌だわ」

 そう言って肩をすくめる美少女。こいつ……。

「あのな、ほぼ初対面の相手に失礼だぞ、つーかお前誰だよ」

 強めの物言いで生意気なツインテールにたずねると、

「あたしは姉さんの妹──つきみやユノ。ユノ様と呼びなさい」

 姉さんの妹って、まずどこの姉さんだよ……ん? 月宮?

「お前、もしかして月宮アテナの妹か?」

「その通りよ。というかあんたごときが姉さんの名前を口にしないでくれない。この童貞」

 会って数分でストレスの限界を迎えた。人をいらたせる天才か、こいつは。

「まったく。姉さんもどうしてこんなヘボヘボ不細工な男を好きになっちゃったんだか……理解不能ね」

 月宮妹──ユノはあきれるようにぼやいた。ホントいちいち失礼なやつだな。

「姉さんから聞いているわ。姉さんはあんたのことが好きだって」

「月宮から?」

 あいつ、家族にも俺のことをしやべってたのか。

「ホントこんなへなちょこが姉さんのおもい人だなんて、いまだに信じられないわ」

 冷たい視線で見下ろしてくるユノ。後輩が先輩に向ける目じゃねぇぞ、これ。

「……で、どうして俺はこんなにも月宮の妹に罵倒されなくちゃいけないんだ?」

 そもそも、俺はユノに一回も罵声を浴びせられる何かをした覚えがないんだが。

「それはね、あんたのせいであたしの大好きな姉さんがあんたごときに夢中になってしまったからよ!」

 威風堂々とシスコン宣言をするユノ。……いや、これどう反応したら良いんだよ。

「つまり、その大好きな姉の心がこんなえない男に取られて悔しいと?」

 それにユノは「そういうことよ!」と返して、ビシッと指をさしてきた。

「言っておくが、俺は別につきみやのことはなんとも思ってないぞ。それにお前の姉には何度も告白を邪魔されていてだな……」

「えぇ知っているわ。この世で最も美しい存在である姉さんに好かれているのに、てんしんとかいう他の女にうつつを抜かすからでしょ。ごうとくよ」

「自業自得って……」

 つーかこいつ、天真のことも知ってるのかよ。

 どうせ月宮から聞いたんだろうが……あいつまじでしやべりすぎだな。

 ってな具合で年下のユノに罵られまくっていると、ふとあることが頭をよぎる。

「……月宮の妹ならユノもラブコメの神様とやらなのか?」

「ちょっとユノ様って呼びなさいよ」

「はいはい。……で、ユノはラブコメの神様なのか?」

 ポカポカたたかれた。地味に痛いからやめて。

「えぇそうよ。あたし、神様なの」

 ユノは胸に手を当てて誇らしげに語る。

「って言われてもな……」

 見た目はどう見ても人間だし、特に神様っぽいところが見当たらない。

「信じられないって顔してるわね」

「まあそうだな。空から女性用の下着でも降ってきたら信じるかもしれん」

 過去月宮が俺の告白を邪魔する際に使ったと思われることを口にしてみると、

「……はぁ。しょうがないわね」

 ユノが大きく息を吐くと、いつの間にか彼女の手にはステッキが握られていた。月宮が使っていたものと全く同じやつだ。

「えいっ」

 それからユノがステッキを振ると無数の光の粒子が現れ、それは勢いよく青空へと向かって上昇していく。

 直後、ドサドサッ! と上から何かが落ちてきた。

「っ!」

 確認すると、それはまぎれもなく女性用のパンツ。しかも大量且つ種類が豊富で可愛かわいらしいクマさんパンツから刺激強めのひもパンまでと様々な物がそろっている。

「どう? これであたしが神様だって納得したかしら?」

「……あぁ一応」

 そう返すと、俺はパンツの山からさりげなく一枚をポケットの中に忍ばせる。

「じゃあもうこれは要らないわね」

 しかし、次にユノが再びステッキを振ると、パンツは全てれいに消えてしまった。

 もちろん俺が持っていたパンツも。

「おい、なんで消すんだよ」

「なによ文句あるの。それ以上言ったら天国送りにするわよ」

 ギロリとにらまれた。神様にそのセリフ言われると冗談に聞こえないんだが。

「あとね、ポケットに下着を隠していたのもバレバレなのよ。この変態」

「…………」

 何も言い返せねぇ。

「ホントあたしの大好きな姉さんはこんなやつのどこにれたのかしら……」

 ステッキを消したあと、ユノはぼやいた

 そんなこと言われても、その辺は俺もよくわからないんだよ。

 直接聞こうにも「俺のどこが好きになったんだ?」なんて面と向かって聞きづらいし。

 まじでつきみやはどうして俺を好きになったんだ。ミステリーだな。

「とにかく今後はあたしの姉さんにちょっかい出さないでくれるかしら?」

「いや別にちょっかいなんて出してねぇよ」

 むしろこっちの告白を邪魔されてるんだって。

「あのなぁ、シスコンもあんまり度が過ぎると大好きな姉さんに嫌われるぞ」

 あきれつつそう指摘すると、急にユノが黙り込んでしまった。

 あれ、なんかおかしくない?

「おい、どうかしたか?」

「……イイエ」

 急に片言になったぞ。これ絶対おかしいだろ。

 それに顔は背けてるし、目は絶対合わせようとしないし。なんか挙動不審だ。

「お前、何か隠してるのか?」

「ソンナコトナイワ」

うそが下手くそ!」

 そうツッコむと、ユノは「うぅ……」とうめいたのち何かを諦めるように一つ息を吐いた。

「もうわかったわ。あんたはあたしのライバルだから特別に話してあげるわよ」

「えっ、いいのか?」

 ユノはこくりとうなずく。なぜ特別になのかはわからないが教えてくれるらしい。

 なんというか……意外にあっさり明かしてくれるんだな。

「あのね、あたしは一年前から姉さんに恋をしてるの」

 とか考えていたら、唐突にユノの口から妙な言葉が出てきた。

「恋? って、それはシスコン的な?」

「違うわ。あたしは姉さんに恋愛感情を抱いているのよ」

 平然と述べるユノ。おい、なんか衝撃のカミングアウトをさらっとぶち込んできたぞ。

「なあ、それってなんか問題ないのか? 色々とさ」

「そ、それは……」

 そこでユノは言葉に詰まる。大アリなのかよ。

「ま、まあそれは今はどうでもいいのよ」

「どうでもよくはないと思うがな……」

 そう指摘するも、ユノは構わず話を続ける。

「姉さんへの恋を自覚して以降、あたしは姉さんの前で極端に口数が減るようになったの」

「ってことは、つきみやを好きになってからユノはあまり月宮とは話せてないのか?」

 そう言うと、ユノは「そうよ」と首肯した。

「そのせいでここ一年間は一方的に姉さんと気まずくなっちゃってるの。もう最悪よ」

 話し終わった後、ユノは肩をがっくりと落として大きくためいきいた。

「それがお前の隠していたことか?」

「えぇそうよ」

 ユノは項垂うなだれたまま小さく頷いた。

「なるほど。大体は理解した」

 これは要するに恋心を自覚してからユノは姉のつきみやしやべれなくなって、そのまま心地ごこちが悪い関係にもなってしまったと。

 ただし、一方的にってことは、月宮の方はユノのことを特別意識はしていないのだろう。

「そういや自分で聞いといてあれだが、良かったのか? 俺にこんなこと話して」

「構わないわ。だって、あんたはあたしのライバル──恋敵だもの」

 ビシッと指をさされてライバル宣言された。……なんか面倒くさいからスルーしよ。

「スルーしないでよ!」

 何かを察したのか、すかさずツッコまれた。

 が、それに対応するのもおつくうなので無視してユノにあることをたずねる。

「なあユノ。お前は現状の月宮との関係をどうにかしたいとかは思わないのか?」

「……それはどうにかしたいに決まってるでしょ。このまま好きな人とぎこちない関係のままなんて嫌だもの」

 そんな彼女の答えに、俺は口元をかすかに緩めた。

 先ほどのユノの話を全て聞いた直後。実を言うと俺はとある作戦を思い付いていたのだ。もちろんてんしんに自分のおもいを届けるための作戦だ。

 もしこれが実行できればかなりの高い確率で天真に告白することが出来ると思う。

 ただ、そのためにはやらなければならないことが幾つかあるわけで……。

「じゃあさ、俺とお前で協力をしないか?」

「協力? ってどんな協力よ」

 ユノにかれて、俺は口元をニヤリとさせながら答えた。

「それはだな、俺がお前たち月宮姉妹の関係の改善を手伝う代わりに、お前には俺の告白を手伝ってもらう」

「告白の手伝い? なんであたしがそんなことしなくちゃいけないのよ」

 俺の提案に月宮妹は明らかに不満げな態度を見せる。

「悪い提案じゃないと思うがな。ユノからしたら大好きな姉と親密になれる、且つ恋敵を消すことが出来るんだぞ。まさに一石二鳥だ」

「た、確かにそうかもしれないけど……」

「それともお前はこの先ずっと大好きな姉と気まずいままの方が良いのか?」

「うぐっ……そ、それは嫌だけど……」

「じゃあ俺と協力しよう。そうした方がきっと互いのためになる」

 えて優しい口調で語りかける俺。

 それに対して月宮妹はぐぬぬ、と悔しそうに唇をみしめながら、

「わかったわよ。そんなに言うなら協力してやろうじゃない」

 その言葉に、よし! と俺は心の中でガッツポーズをする。

「じゃあ早速だがユノ。お前の連絡先を教えてくれないか?」

「えっ、なんでよ……っ! あんた、まさかあたしにれたんじゃ……」

「んなわけあるか!? ついさっき俺の告白の話をしたばかりだろうが!」

 ほおを染めてにらみつけるユノに、俺は大きく叫んだ。

「あのな、これから俺はお前とつきみやの関係を改善するために色々やるんだぞ。お前と連絡が取れないと何かと困るだろうが。そのために連絡先を交換するんだよ」

「あっ……そ、そういうことね。わかったわ」

 俺の話を理解してくれたようで、ユノは制服のポケットからスマホを取り出す。

 まったく。勘違いが激しい神様だな。

「よし。連絡先も交換したことだし。早速作戦会議だ」

「えっ……そ、そうね。そうしましょう!」

 それから俺とユノは昼休みの時間一杯を使って姉妹関係改善の方法について話し合ったのだった。



 午後の最初の授業が終わった後の休み時間。次の授業が体育のため更衣室へと移動していたのだが、

「やべっ」

 ふと体操着がないことに気づく。

 昼休み以降月宮姉妹についてあれこれと考えていたからか、うっかりしていた。

 一旦、教室に戻らないと。

「しかし、姉妹関係の改善ってどうすりゃいんだろうな?」

 来た道を引き返しながら、そうつぶやいた。

 ユノと協力関係になったは良いものの、如何いかんせん俺には兄弟も姉妹もいないので関係改善の仕方とかイマイチ何も思い浮かばない。

 あれから昼休みの残り時間を使って、俺はユノから月宮姉妹の現状をもっと詳しく教えてもらった。それによると、まず月宮姉妹はまったく話さないというわけではなく、姉妹間で互いに話しかける割合は姉が九、妹が一。

 主に姉の月宮の方が妹に頻繁に話しかけるそうだが、それに対してユノは緊張のあまりまごまごとした反応しか返せないらしい。

 それゆえ姉妹で会話を始めても、一分も持たないこともしばしば。

 つまり今回の問題を解決するには、妹のユノが大好きな姉の月宮とフツーにしやべれるようになれば良いわけで……。

「っ!」

 なんて思いつつ、教室の扉を開けると室内にはてんしんの姿があった。

 思わぬ展開に急激に心音の速さが増していく。

「ゆ、ゆうくん!?」

 そんな俺を見て、天真は驚いたような声を上げる。

 彼女はなぜか俺の席に座っていて、机の上には俺の体操着が入っている袋が置かれていた。加えて、天真の手には俺の体操着のズボン。

「よ、よう……って、それなにやってんだ?」

「っ! こ、これは……」

 天真は顔をにしながらあわあわとする。なんかよくわからんけど、すげぇ可愛かわいい。

「あっ、もしかして俺がジャージを忘れていることに気づいて届けようとしてくれていたのか?」

 それなら色々と納得がいく。ジャージが出されているのは、念のため体操着が俺のモノか名前を確かめようとしていたからに違いない。

「えっ……そ、そう! そうだよ優吾くん!」

「やっぱりそうか!」

 わざわざ他人の忘れ物を届けようとしてくれるなんて。なんて優しいんだ。

「はい。どうぞ」

 ジャージを袋に詰めると、天真はそのまま袋を差し出てきた。

「おう、ありがとな」

「じゃ、じゃあ、ひまりはそろそろ行くね?」

 袋を受け取るや否や、天真はそう言って教室を後にしようとする。

 が、ここで俺はふとあることを思い出した。

「ちょっと待ってくれないか?」

 天真は扉の手前でピタッと止まると、こちらへと振り返る。

「な、なにかな?」

「天真に一つきたいことがあるんだ」

 そう言うと、天真の身体からだがビクッとした。

 なぜだろう。心なしか少しおびえられている気がする。

「たしか天真には妹がいたよな?」

「う、うん。そうだよぉ。三つ下にね」

 やっぱり。去年何回か聞いたことがあった。

「天真は姉妹げんしたときってどうやって仲直りするんだ?」

「けんかの仲直り? もしかしてそれが訊きたいこと?」

「あぁ」

 そう返すと、てんしんはほっと息をついた。一体どんなことをかれると思ってたんだ。

「うーん。そもそもひまり、妹とけんかとかしないからなぁ」

 あごに人差し指を添えながら、じっくりと考える。

「デートとか、かなぁ」

「デート?」

「うん! だって、どれだけ仲が悪くなっても姉妹とか兄弟って一緒に楽しい事すれば大体は元に戻れちゃうからね!」

 ニコニコ笑顔で説明してくれた天真。

 デートか。たしかにつきみや姉妹の微妙な関係を修復するには、それくらいするのもアリかもな……。

「あっ、もしかしていまゆうくんの役に立てたのかな?」

「……えっ、あぁ。すごく役に立った。ありがとな」

「えへへ」

 天真はうれしそうにはにかむ。まじで可愛かわいいな。

「じゃあひまりは行くね。女子も体育だから着替えなくちゃいけないし」

「お、おう。そうか」

「……優吾くん、いまひまりのエッチな格好想像したでしょ?」

「し、してないから! 全くしてないから!」

 天真はクスクスと笑う。途中まで少し様子がおかしかったけど、最後の最後は天真にいいようにからかわれた俺だった。



 体育が終わった後 教室に戻って自分の席に座ると、早速俺はスマホを取り出してユノへのメールを打った。内容はもちろん月宮姉妹の関係修復の件だ。

『ユノ、今度の週末に月宮をデートに誘え。それで姉妹関係は修復できるかもしれない』

 送信っと。……よし。これで放課後くらいにはあいつも見るだろう。

 さてここで余談だが、いまだに天真に告白が出来ていない俺だけど彼女のメアドはきっちりと入手している。

 その経緯は昨年の春頃で彼女がイメチェンをする前。

 当時はまだ学園のアイドルというわけではなかったので二人で登下校を一緒にする機会もそれなりにあった。その際に俺から聞いたのだ。

 天真とメアドを交換できた時は嬉しすぎて意味もなく叫びだしそうになったのを今でもよく覚えている。それ以降、天真とは今までに何通かのメールのやり取りをしているのだが、これがまた死ぬほど楽しい。

 そういえば、俺がメアドを聞いたちょうど一日前にてんしんは携帯を買ったとか言っていたな。彼女いわく、それが人生初の携帯電話だったらしい。

 今思えばかなりタイミングが良かった気がするな。

 そんなことを思っていると、急にスマホが振動した。見てみると、ユノからの返信だ。

『デートなんて、そんなの誘えるわけないじゃない! バカじゃないの!』

 予想通りの反応。でもバカはちょっとひどい。

『そこは頑張れよ。つきみやに全く話しかけられないってわけじゃないんだろ?』

 そう返して、俺はひとまずスマホを机の上に置く──が、またすぐにスマホが震えた。

 ……あいつ、返信早すぎんだろ。

『それはそうだけど……デートなんて……』

『別にデートって直接的に言わなくてもいいから。何かい理由を付けて月宮と出かけろ。そしたら学園のアイドル曰く、姉妹と仲直りが出来るらしいぞ』

『何か理由って、そんな難しいこと……ん? 学園のアイドル? って、あんたまさかこれ自分で考えたんじゃないの?』

 おうふ。勢いでつい余計なことを言ってしまった。

 でも大丈夫。こういう時はあの言葉を使えば大体は切り抜けられる。

『テヘペロ』

『死ね』

 全然ダメだった。

「何をやっているのだ?」

「うわぁ!?」

 突然声を掛けられてビビりまくっていると、かたわらには銀髪美少女が立っていた。月宮だ。

「むっ、そんなに驚く必要がある?」

「いや、そりゃ不意に話しかけられたら誰でも驚くだろ」

 と、それもそうだしユノとのメールのやり取りが見られるのがまずかったってのもある。

 でも、この反応からするに月宮はメールの内容を見ていないみたいだな。

「ふふっ。我は急にゆうに話しかけられても驚かないがな。むしろうれしい」

 なぜか得意げな笑みをこぼす月宮。

 本当だろうか。じゃあ今度背後から忍び寄って声を掛けてやることにしよう。

「あっ、そういやお前にきたいことがあったんだ」

「訊きたいこと? なんだ? 我のスリーサイズか?」

「ちっがう! それは教えなくていい!」

 全力で否定すると、月宮は「別に優吾なら良いのに……」とかつぶやいていた。

 こっちが良くねぇよ。

 それに俺が唯一知りたいスリーサイズがあるとすれば、それはてんしんの数値だけだ。

 と思いつつ、チラリと天真の元へ目をやると、彼女は友達と楽しそうに談笑していた。

 可愛かわいい。好きだ

「では、我に一体なにをきたいのだ?」

「別に大したことじゃないんだが……お前のメアドを教えて欲しいんだ」

「ひゃうっ!」

 ひゃう?

「そ、それはつまり……ゆ、ゆうは我とメールをしたいということか?」

「その必要があるから、こうやって訊いてるわけなんだが」

「っ! そ、そうか……」

 大丈夫か、こいつは。さっきからどこか落ち着かない様子だが……!

「もしかしてスマホとか持ってないのか?」

 ユノとは当たり前のように連絡先を交換したが、よくよく考えたらこいつらは神様なんだ。そんなファンタジーな女の子がスマホ等の電子機器を持っているとは限らないんじゃないか?

「いや、スマホは持っているぞ」

「持ってんのかよ」

 つきみやがスカートのポケットからあっさりとスマホを出すと、思わずツッコんだ。

「じゃあなんでそんな微妙な反応なんだ? 俺とメアドを交換するのが嫌なのか?」

「ち、違う……そうではない」

 俺が問うと、月宮は否定した。

 良かった。これで嫌だとか言われたらフツーにショックだったわ。

「じゃあなんだ?」

「そ、その……ゆ、優吾とメアドを交換できるのがうれしくて……」

 月宮は恥ずかしそうにスマホで口元を隠しながらそう言った。

 これはえーと、なんというかあれだな……ごめんなさい。

「そ、そうか……」

「……うん」

 そんなやり取りを一つ交わすと、二人の間にいつかの時のような気まずい空気が流れる。

「と、とりあえず交換するか」

「う、うん!」

 月宮の嬉しそうな返事を聞くと、俺は彼女とメアドを交換した。

 その後、月宮は「これから毎日百通くらい優吾とメールしようかな」とかつぶやいていたが、当然俺は「それだけはやめてくれ」と断った。

 おそらくこの時きちんと拒んでいなかったらつきみやは本気で百通送ってくるつもりだっただろう。俺がノーと言える日本人で良かったぜ。



 その日の夜。俺は自室でメールをしていた。相手は月宮の妹──ユノ。内容はもちろん月宮姉妹デートについてだ。

『月宮をデートに誘ったのか?』

 そう打って送信すると、数秒後には返信が来た。やはりユノはメールのやり取りが早いらしい。メールが得意な神様……なんか残念だな。

『……一応誘えて、了承ももらえたわ』

『おぉ、まじか!?』

 思いがけない文面を見て声を上げる俺。

 正直、休み時間に行ったメールのやり取りの感じでは、今日中に誘うのは無理だと思っていたんだが、やったなユノ。

『でも、どうやって誘ったんだ?』

『人間の恋愛の手助けをしに行くって名目で姉さんをデートに誘ったわ』

『人間の恋愛の手助け? なんだそれ』

『ラブコメの神様はね、自らの力を使って定期的に人々の恋愛をサポートしないといけないのよ。だから今度の休日にそれを姉さんと一緒にやるの。も、もちろんデートもやるわよ』

 定期的に恋愛をサポートか。大変そうだな。まあ神様だから当然か。

『それで、場所は?』

『最寄り駅近くのショッピングモールよ』

 ショッピングモール──それは先ほど最適なデートスポットの情報を聞き出すべく俺が月宮とメールを交わした時、彼女がデートに行きたい場所の一つとして挙げていたものだ。

 その後、情報をすぐにユノへと送っていたんだが……役に立ったようでなによりだな。

 ちなみに、今日教室で月宮とメアドを交換したのはもちろんこのためである。

 これは余談だが、メールをやり取りしている間、月宮からは『ゆうが好きな食べ物は?』とか『優吾の趣味は?』とか送られて対応するのにすごく大変だった。

 しかも意味もなくやたら語尾にハートマーク付けてくるし。

『ここまでは順調だな。あとは月宮と仲良くなれるようにデートをするだけか』

『そうね。……ねぇ、あんたに一つきたいことがあるんだけど』

『訊きたいこと? なんだ?』

『あんたってさ、その……あたしが姉さんを好きなことに引いたりとかしないの?』

 不意にそんなメールが送られてきた、正直驚いた。

 と同時に、ユノの不安そうな表情が頭の中に浮かんだ。

『確かに実の姉を好きになることは、人間の世界でも神様の世界でもおかしいことなのかもしれないな。でも俺は引いたりなんて絶対しねぇよ。そもそも誰を好きになろうとそいつの自由だろ。それに恋なんて好きになった時点で自分でも止められないものなんだよ』

 だから、俺は素直に答えた。いまてんしんに好意を抱いている俺だからこそ自信を持って言える言葉だ。

『そ、そう……童貞のあんたにしてはなかなか良いこと言うじゃない』

『そうだろ? 童貞は余計だがな』

 こいつは俺にあと何回童貞言うつもりなんだよ。

『それよりもあんたに頼みたいことあるんだけど』

『唐突に内容を変えてきたな。……頼みってなんだよ』

『その……あたしと姉さんのデートに付き添ってもらえないかしら?』

 そこで俺は吹いた。デートに付き添いってなんだよ。そんなデート聞いたことないぞ。

『必要ないだろ。俺がいたって邪魔になるだけじゃん』

『そ、そんなことないわよ。だって姉さんと二人きりだとあたし絶対に緊張しちゃうもの。デートが失敗する可能性大いにあるわよ』

 大いにあるとか、自分で言っちゃダメだろ……。

『でも学園のアイドルいわく、デートをするだけで簡単に姉妹関係は改善されるらしいぞ』

『だからその学園のアイドルって誰よ!?』

『……天真だよ』

『天真……って、あんたが好きな女じゃない。そいつの言うことは本当に信用していいの?』

『当たり前だろ』

『……怪しいわね』

『怪しくねぇよ』

 さすがに疑いすぎだろ。天真に失礼だぞ。

『ねぇ、やっぱり来てくれない?』『来て欲しいんだけど』『お願いよ!』

 こいつ、どんだけメール連発してくるんだよ。

 とか言いつつ、姉妹関係の改善に協力すると言った手前、これだけお願いされると断るのも気が引けるわけで……。

『……わかったよ。お前ら姉妹のデートについていくだけでいいんだな?』

『えぇそうよ! ありがとう!』

 了承すると、まさかのお礼が返ってきた。あいつ『ありがとう』なんて単語知ってたんだな。てっきりそういう系のワードはユノの頭の中から全て削除されてると思ってたわ。

 それから数秒後、ユノから時刻と待ち合わせ場所についてメールが送られてくると、この日のやり取りは終了した。最後までメールのスピードが早いユノだった。


    ☆


 迎えた休日。普段の俺なら今頃自宅でゴロゴロしながらめていた録画を見たり、ゲームをしたり、漫画を読んだりしていることだろうが、今日の俺は違った。

 朝っぱらから人通りの多い最寄り駅近くのヘンテコなオブジェの前で、女子二人と一緒にいたのだ。

「な、なぜ!? ゆ、ゆゆ、ゆうがこ、ここにいるのだ!?」

 そんな風にみで驚いているのはつきみやだ。

 彼女の服装は上は無地のTシャツに、下はデニムのボトムス。

 ややラフな格好だが、さすが規格外の美少女。明らかにそこら辺の女性とは違う。

 もし一人で街を歩いていたら、一分につき数十人規模でナンパされているに違いない。

「なぜって言われてもな……」

 困惑している月宮にそう返すと、俺は隣へと視線を移す。

「……お前。俺のこと話してなかったのか?」

 声を潜めてたずねた先には、今回の姉妹デートに来てくれと頼んできたユノだ。

 彼女は好きな人とのお出かけに気合が入っているのか、肩を見せるタイプのワンピースでお洒落しやれにキメていた。

「し、仕方ないでしょ。説明しようがなかったんだもの」

「いや、そこは絞り出せよ。そもそも誰のせいで休日の朝にこんな人混みに来るハメになったと思ってんだ」

「あたしのせいじゃないわよ」

「確実にお前のせいだろ」

 ユノは「うっ……」と言葉を詰まらせた。ほら、やっぱり自覚あるんじゃないか。

「と、とにかく姉さんにはあんたが説明して。あたしはこれ以上あんな可愛かわいい姉さんと顔を合わせるのは……む、ムリだから!」

 ほおを染めながらユノはグッと俺の身体からだを前に押し出した。なんと身勝手な神様だ。

「ゆ、優吾が!? ど、どど、どうしよう!?」

 そして目の前では月宮があたふたしていた。

 休日に俺と遭遇したことがそんなに心を乱したか。

「えっとな、つきみや。実は俺とユノは数日前に知り合っていてな……」

「そ、そうなのか?」

 月宮が聞き返すと、俺は一つうなずいた。

「それでユノから今日は人間の恋愛の手助けをしに行くとか言う話を聞いたから興味が湧いて見学しに来たんだ」

「な、なるほど。そういうことだったのか」

 俺の微妙な説明に月宮はあっさりと納得してくれた。良かった、この子が単純な神様で。

 しかし、少しつと彼女の面持ちはどこか浮かないものへと変わる。

「どうした? 具合でも悪くなったのか?」

「そういうわけではない。ただ……ゆうと会うのだったらもっと可愛かわいい服にしておけば良かったと思ったのだ」

「そ、そうか」

 至極悲しそうな表情で話す月宮に、なんか胸のあたりがむずがゆくなった。

 こいつはなんでこう何でもストレートに言っちゃうかな。放っておいたら思ってることを全部口に出しそうだ。

「いてっ!?」

 なんて考えていると、かかとの辺りに衝撃。どうやら後ろの神様に蹴られた模様。

「なにあたしの前で姉さんとイチャついてるのよ。殺すわよ」

 小声で殺害予告をしてくるユノ。神様とは思えない発言だな。

「今のどこにイチャの成分が含まれてたんだよ。お前、ラブコメの神様なんだろ? ラブコメきちんと理解してるのか?」

「失礼ね、してるわよ。今のあたしはヤンデレよ」

「すげぇ理解してた!?」

 ややどうこうが開いているユノとそんなやり取りをしていると、月宮から声を掛けられた。

「むっ、ユノは優吾と仲が良いのだな」

 じとーっとした瞳で妹を見つめる姉。ちょっと怒ってるっぽい。

「えっ、あっ……その……」

 ユノは言葉を詰まらせながらみどり色の瞳を右へ左へオロオロと動かしている。えっ、誰この子。俺の知ってるユノじゃないんだけど。

「そういえばユノよ。今日はショッピングモールに行くと聞いていたが……」

「そ、そうね。じゃ、じゃあ行きましょうか……その、姉さん」

 顔をうつむけてミュート並みの小さな声で言うと、ユノは一人歩き出してしまった。

 動揺しまくりだな。……でもなるほど。これが月宮姉妹の現状か。

「さあ優吾。我らも行こう」

「えっ……あぁ、そうだな」

 妹が好きな人の前で緊張していることなんて露知らず。つきみやのんな声を出して、こちらに向かってニコニコと笑っている。

 こりゃ月宮姉妹の関係を改善するのはなかなかに難しそうだな。

 出だしからそう感じてしまった俺だった。



 ややって、俺たちはユノの先導(というかただ先頭を歩いていただけだったけど……)によりショッピングモールに到着すると、大勢の人が行き交う中、広場的なフロアに来ていた。それからひとまずフロア内の端に設けられているベンチへと座る。

「一つきたいんだが、人間の恋愛の手助けって具体的には何をするんだ?」

 昨晩にユノから聞いていたが、イマイチ中身がわからない。

「前にも言ったが、我たちは人間の恋愛の手助けまたは邪魔をすることができるようどのようなことだって起こせる。故に今日はその力を使って人間の恋愛をサポートするのだ」

 俺の問いに、月宮が詳細に答えてくれた。

 簡潔に述べると、俺の告白が妨害されている力で人の恋のお手伝いをしちゃおうってわけか。……なんか面倒くさそうだな。

「あんた。いま姉さんがやろうとしてることを面倒くさそうとか思ったでしょ」

「ちょっとだけな」

 直後、鳩尾みぞおちにパンチをもらった。めっちゃいてぇ。

「あのなぁ、いちいちこうやって俺に絡んできてるけど、今はお前と月宮のデートをやってるんだぞ。無駄なことやってる暇あったら少しは姉に話しかけたらどうだ?」

「そ、それはそうだけど……」

 ユノはちらっと俺越しに姉の方を見る。すると偶然にも月宮と目が合った。

「どうしたのだ? ユノ」

 月宮が優しく微笑ほほえむと、

「べ、別になんでもないわ……」

 ユノはぽっとほおを赤らめてすぐに目をらしてしまった。……はぁ。このままだと一向に姉妹関係が修復しないな。正直、それは俺としても困る。

 故に妹のあまりのモジモジさにあきれつつ、俺は助け舟を出すことにした。

「なあ月宮。人間の恋愛の手助けをするってやつはまだやらないのか? お前の妹が早く姉さんと一緒にやりたいって言ってるんだが……」

「えっ、そうなのか?」

 あおい瞳をまん丸くする月宮に、俺は「あぁ」とうなずく。ちなみにかたわらでユノが「なに言ってるのよ! そんなこと一言も言ってないわよ!」とか訴えてるが、全てスルー。

「なんだユノ。そういうことなら早く言ってくれてもよかったのだぞ」

 お姉さんっぽい振る舞いを見せるつきみや。心なしか、普段より大人びて見える気がする。

「っ! そ、それは……その……」

 恥ずかしいのか、まごまごしてしまうユノ。……まさかこいつ、ここでも「何でもない」とか言うんじゃないだろうな。

 そう危惧した俺は月宮には聞こえないよう、ユノに小声で問うた。

「いいのか? このままだとお前、一生好きな人とまともに話せなくなるぞ」

 やや強めの言葉に、ユノはビクン! と体を震わせる。それから少しつと、彼女は一つ息を吐いて意を決したようにこう言った。

「えぇ。あたしは……その、姉さんと一緒に人の恋をかなえたいわ」

 月宮をぐに見つめるユノ。顔はっかだ。

「そうか、そうか! では早速始めるとしよう!」

 月宮は嬉々とした声を出すと、何かを見定めるように周りを見渡し始める。

「よし。ではあの二人にしよう」

 そう言った月宮の視線の先には、隣り合ってベンチに座っている十代くらいの男女。

 男子はメガネでいかにも貧弱そう。女子は端整な顔立ちで割とモテそうな感じだ。

 一瞬カップルなのかと思ったが、はたから見てもわかるくらいういういしさを醸し出しているあたり何とも言えないラインだ。

「あれはカップルじゃないわよ」

 なんて思っていると、唐突にユノがそう口にした。

 彼女の手にはあのステッキ。こいつ、いつの間に出したんだ。

「神様の力を使ったのか?」

「えぇそうよ」

 そう言ってユノはうなずいた。

 神様の力って、歩いている男女がカップルかどうかもわかるのか。

「色々と便利な力だな。俺も欲しいんだが」

「それならまず神様になることね」

「非現実的すぎる」

 そもそも神様ってどうやったらなれるんだよ。

「ユノ。ちょっとこっちに来てくれるか?」

 不意に月宮が妹を呼ぶ。それにユノはちょっとモジモジしながらも、姉の元へ移動した。

「準備はいいか?」

「……う、うん」

 ややって、何かを話し合ったと思われる二人は先ほどの男女の方へ身体からだを向けながらそんなやり取りを交わす。ちなみに男女は依然ベンチに座ったままだ。

「では頼むぞ」

 つきみやの言葉に、ユノはほおを染めながらこくりとうなずくと、手にしているステッキを振る。

 その後、過去二回と同様に無数の光の粒子が現れると、それは目にも止まらぬ速さでどこかへ飛んで行った。

 周りにはあまり人はいないし、おそらく誰にも気づかれていないだろう。あまり目立たないベンチに座ったのはこのためだったのか。

 つーか、あの光まじでどこ行ったんだ。経験から察するにあの光に触れると謎な現象が起こるのだろうが。

「ん? なんだ?」

 ふと男女の方に視線を移すと、どうしてか二人の方へ数人のチャラ男が歩いて来ていた。彼らは男女のそばまで近づくと、通り過ぎることはせずそのまま絡みだした。

 たぶんあれはナンパだ。しかも貧弱そうな彼氏持ちの彼女を狙うあくどいナンパ。

「よし。では次は我だな」

 ふっと息を吐くと、月宮もステッキを出して先ほどのユノと同様に振った。

 直後、光の粒子が出現し今度は男女の下へ。

 すると次の瞬間、チャラ男どもが一斉に男の方──メガネくんに襲い掛かった。

 だが、なんということか。メガネくんはその全てを返り討ちにしてしまった。

 あんなに貧弱そうなのに。まじかよメガネくん。すごいぞメガネくん。

 たったいま起きた出来事にかなり驚いた俺だが、心なしかメガネくん自身も吃驚びつくりしていた気がする。

 その後チャラ男たちが全員倒れると、男女二人は手をつなぎながら慌てた様子でその場を立ち去った。

「どうだ? ゆう

 不意に月宮から問われた。あおい瞳はなぜかキラキラしている。

「今のはお前らが起こしたってことはわかるが……具体的には何をやったんだ?」

「それはだな、ユノが男共を二人の下へと誘導し、我はメガネの男の身体能力を一時的に強化したのだ」

 なるほど。だからメガネくんはチャラ男たちを倒した時に驚いていたのか。

 いつもの自分より何倍も強くなっていたわけだからな。

「にしても、なんのためにあんなことやったんだよ」

「無論、先ほどの彼らの恋愛の手助けをするためだぞ。おそらく今頃女の方から男の方への好感度はググっと上がっていることだろう。もしかしたら既に告白を済ませて付き合っている可能性すらある!」

 つきみやはえっへんと胸を張りながら言い放つ。そのせいで持ち前の巨乳が強調されてしまった。……すげぇ、たったいま五人くらいの男が一斉に立ち止まったぞ。

「でもなるほどな。今のが人間の恋愛の手助けか……」

 まあ確かに手助けにはなってるよな。

 目の前で男が身体からだを張って自分を守ってくれたら、女の子だってキュンキュンくるはずだし。逆にそうじゃなかったら、たぶんあの女の子はビッチだ。間違いない。

 つーか、俺の告白の邪魔をするときは結構とんでもないことが起こるのに、手助けする方法はそれと比べたら意外と普通なんだな。

「では、この調子でどんどん恋愛の手助けをしていこう」

 月宮は楽しそうな笑顔で元気よく言った。……あれ、そういえばユノは?

 そう思って月宮の隣を見ると、彼女は熱っぽい目で姉の方をじっと見つめていた。完全に乙女おとめしていた。



 それから月宮姉妹は様々な人々の恋愛の手助けをしまくった。

 熟年カップルにはくじ引きで温泉旅行を当てさせてあげたり、失恋した直後と思われる女子にはイケメン王子を出現させたり、草食系男子にはラッキースケベを体験させてあげたり……等々。

 これらを見てわかる通り、一様に恋愛の手助けと言っても様々なやり方があるらしい。……だとしても、最後のやつはどうかと思うけどな。

 とまあこんな感じで午前中を過ごしていると、徐々にだがユノは月宮とまともに話せるようになっていっている気がした。少なくとも序盤ほどはモジモジしなくなった。

 この調子で完全に、とまではいかなくても、少しでも姉妹関係が良くなれば良いんだがな。

ゆうよ。我は裁縫が得意なのだぞ」

 人間の恋愛の手助けをしつつモール内を歩いていると、不意に隣で月宮が言い出した。

「なんだよいきなり」

「だって好きな人には自分の好きなものを知ってもらいたいだろう? だから今言ったのだ」

 いや今じゃなくてもいいだろ。

「でも、イメージ的には全く出来そうじゃないけどな。裁縫とか」

「むっ。ではいつか、優吾に我の技術を見せてやろう。何を作って欲しいのだ?」

「なにって……動物とか?」

 というか、別に作って欲しいとか思ってないんだが。

「あっ」

 不意に後ろから声が上がった。振り返ると、ユノが立ち止まってどこかを見据えている。

 何となく気になって彼女の視線を追うと、その先にはレディース服専門のショップ。

「あそこに入りたいのか?」

「べ、別にそんなことないわよ」

「……ツンデレか」

「ツンデレてないわよ!」

「はいはい。ツンデレはみんなそう言うの」

 ぷんすか怒っているユノをなだめながら、俺が立ち止まっていることに気づかずに一人先に歩いてしまっているつきみやへと声を掛ける。

「なあ月宮! 少しこの店に寄らないか!」

「っ! ちょっと! なに勝手なことしてんのよ!」

 今しがたラブコメの神様(妹)が見ていたお店を指さすと、ユノがえてきた。

「まあまあ。ツンデレさんは黙って俺に任せておけって」

「だから、ツンデレてないって言ってるでしょ!」

 その後もユノは色々と吠えてきたが、とりあえず全部スルーして戻ってきた月宮と話し合った結果、レディース服のお店に入ることになった。

 その時、ユノはちょっと怒っていたけど、口元はかすかに緩んでいた気がした。



「か、可愛かわいいわぁ……」

 こうこつとした表情を浮かべながらそうこぼしているのは、ユノだ。彼女の視線の先──そこには試着室で服装チェンジをした月宮が立っていた。

 というのも、ショップに入店して以降、ユノがどうしても姉の月宮に可愛い服を着て欲しいということで、今に至っている。

 ちなみにユノは恥ずかしいからという理由で、自分の代わりとして俺に月宮に可愛い服を着て欲しいむねを伝えるよう頼んできたのだ。

 まあ俺は姉妹関係の改善に役立つならば、と渋々それを引き受けたが。

 でも月宮に「お前に可愛い服を着て欲しい」と言った時は、さすがにハズかったな。

 そもそも異性にそんなこと言った経験もなければ、異性とレディース服のお店にも来たことがないし。言われた月宮の方も赤面して「ゆ、ゆうがそう言うなら……」とか言ってたし。ハズかったに違いない。

「姉さん、可愛すぎるわ……」

 かたわらで相変わらずユノは姉を見ながらうっとりとしている。そんな彼女の声は俺の後ろに隠れているからつきみやに届いていないだろうが。

「ど、どうだ? ゆうよ」

 一方、そうたずねてくる月宮は最新の春コーデに身を包まれていた。

 服をチョイスしたユノいわく、大人可愛かわいいを意識してるとか何とか。

 まあファッションに大して興味がない俺にはさっぱりわからないのだが。

 なんて思っていると、不意にすねに衝撃。めっちゃ痛い。

「ちょっと、姉さんの質問に答えなさいよ」

 隣からそんなユノの声が耳に届く。いや、だからと言って脛にキックは必要ないだろ。

「ゆ、優吾。我は可愛くないか?」

 月宮から悲しげなトーンで問われた。あぁ、いかん。せっかく月宮姉妹が良い感じになりかけているというのにこんなことで空気を壊すわけにはいけない。

「そうだな。すごく可愛いと思うぞ」

「っ! そ、そうか……」

 感想を述べると、月宮の顔がみるみる赤くなっていく。そこまで照れられると、こっちまで恥ずかしくなるんだが。

「あんた。なに姉さんとイチャイチャしてるのよ」

「してないだろ!?」

 つーか、今のはお前が促したんじゃないか。ホント何様だよ……あっ、神様か。

「まったく。じゃあ次はこれをお願いするわ」

 ぷんぷんしているユノから渡されたのは、次のコーデ。

「いや自分で渡せよ」

「無理に決まってるでしょ」

「決まってねぇよ」

 これまで月宮には幾つかのコーデを着てもらっているが、ユノはいまだに一回も姉に着て欲しい服を直接渡せていない。常に俺経由だ。

「なあユノ。まだ月宮に着て欲しい服があるなら自分で言った方が良いぞ。でないと今日こうやって姉妹デートをしている意味がない」

 もはやこれをデートと言っていいのかもわからないが。だって付き添いのはずの俺が確実に度を超えたサポートをしちゃってるし。

「そ、それはそうかもしれないけど……」

「な? だから行って来い。ほら」

「で、でも、やっぱり恥ずかしいし……」

「これ以上モジモジするなら、お前ら二人を置いて俺は帰るぞ」

「っ! それはダメよ!」

「ダメなら早くそれを渡してこい」

 ユノが抱えている衣服を指さして言うと、

「うぅ……」

 ユノは迷ったような表情でうめく。

 結果、ユノは次に着てもらいたいコーデを持ったまま、ちょこちょことつきみやの方へ近寄っていった。

「ね、姉さん。……こ、これを着てくれないかしら?」

 試着室の前でユノがほおを紅潮させながら服を差し出す。

「なんだ。ユノも我に着て欲しい服があるのか?」

 突然の妹からの申し出に少し驚きつつ、月宮が問うた。

 それにユノはこくりと小さくうなずくと、

「もちろん良いぞ!」

 月宮は屈託のない笑みでそう答えた。

「っ! ね、姉さん……」

 ユノはこれ以上にないくらいうれしそうな表情を浮かべている。あと少しで涙とか出てしまうんじゃないか。

 それから月宮が着替え終えると、ユノは再びうっとりモード。それも自分で手渡したコーデだからか、今日一番のうっとりを披露していた。

 だが、月宮姉妹のやり取りはこれだけでは終わらず、

「ではユノよ。我に似合う可愛かわいい服をじゃんじゃん持ってくるのだ!」

「う、うん! わかったわ!」

 それからはコーディネーター──ユノ、モデル──月宮によるファッションショーが開催された。

 そして数十分後。姉とのファッションショーでテンションの上がったユノが月宮のために服を買いたいと言ったのだが……。

「足りないわ……」

 レジの前。ユノは自身の財布の中身を見てつぶやいた。

 どうやら服の代金を持ち合わせていなかったようだ。

「ふふっ、安心するがよいユノ。ここは姉の我が支払おう」

 そう言って月宮も自身の財布の中身を見る……が、直後に彼女もユノと同じような表情へと変わった。……こいつも金を持ってないのか。

「……はぁ、仕方ないな。じゃあ俺がこの場だけ払ってやる」

「ほ、ホントかしら!」

 俺がため息混じりに言うと、ユノが嬉々とした声を上げた。

「いや、そういうわけにはいかないだろう。我とユノが買いたいものをゆうに支払ってもらうなど……」

「この場だけって言ったろ? あとでお前の妹から返してもらうから安心しろ」

 そう言って視線をユノに送る。

「わ、わかったわ」

「ってことで決まりだな」

 一時的に服の代金を俺が貸すことに決まったが、つきみやはまだ納得していない様子だ。

「ほ、本当に良いのだろうか?」

「あぁ、別にいいよ」

 だって、これでもし月宮姉妹の関係が改善されるきっかけになったら、ユノは俺の告白の手伝いをしてくれる約束だし。

「そ、それはつまり優吾が我の服を買いたいということか?」

「? まあそういうことになるな……」

「っ!」

 急に顔をにしだした月宮。どしたの、この子。

「で、ではお願いする」

「お、おう」

 こうして俺は月宮の服を買うことになったのだった。

 ちなみに購入した直後、月宮が買った服を眺めながら「明日学校にでも着て行こうかな」とつぶやいていたので、それだけはやめろと言っておいた。

 うれしがってくれるのは有り難いが、トラブルが起こりそうなことをするのはやめような。



 レディース服のお店を出たあと。ちょうど正午を回ったところで俺たちは昼食をることになった。個人的には食べられれば場所はどこでも良かったが、月宮がお洒落しやれな喫茶店を見かけた瞬間、ものすごく入りたそうな顔をしていたので、そこに決まった。

 ユノにも「姉さんが食べたいものを食べさせるべきよ!」と甘々な意見を頂戴したしな。

「そういや、お前らって何歳なんだ?」

 四人用の席に腰を下ろし三人が各々注文を済ませた後、隣に座っているユノと前に座っている月宮にたずねた。

 ちなみに俺はサンドイッチ、月宮とユノはこの店一番人気のパンケーキを頼んだ。

「我は十六歳だぞ」「あたしは十五歳よ」

 月宮姉妹は各々答える。

「なんだ。普通の高校生と同じなのか」

「当たり前でしょ」

「いやだって、神様っていうからてっきり一万歳くらいなのかと」

「っ! あんたね……」

 ユノはにらみつけながら、テーブルの下でドスドスッとすねひざを蹴ってくる。

 地味に痛いからやめてほしい。

「むむっ、ユノとゆうはやはり仲が良いのだな」

 不意に前からつきみやが疑わしげな目でこちらを見据えてきた。

「ち、違うわ姉さん。その……こいつとは……ごにょごにょ」

 否定しようとするも言葉が続かないユノ。いやどうして最後に恥ずかしがる。変なところで終わらせるなよ。

「っ! もしや優吾はユノと……っ!」

 ほら、なにか勘違いしちゃってるじゃん。

「あ、あたし、ちょっとお花を摘みに行ってくるわ!」

 そう告げて、ユノは席を立つとスタスタとこの場から離れて行ってしまった。

 あいつ逃げやがったな。

「優吾よ、どういうことだ? ユノと付き合っているのか?」

「そんなわけないだろ。どこをどう見たらそうなるんだよ」

「で、でも……ユノのことを名前で呼んでいるし」

「それはお前と呼び方がかぶるからだ」

 プラス、初めて会った時にユノが呼び方を指定してきたってのもあるけど、言ったらややこしくなりそうなので黙っておこう。

「で、でもぉ……」

「そもそも俺はてんしんが好きなんだよ。お前も知ってるだろ?」

 まだ食い下がる月宮にあきれていると、なぜか彼女は俺の隣へと移動してきた。

「おい、なぜこっちに来る」

「よ、良いではないか。好きな人と近づきたいと思うのは当然のことだろう?」

 月宮はド直球に好意を投げ込んでくる。そんな彼女のほおは少し赤い。

「べ、別に優吾があの天真とかいう女のことを好きと言ったことにしつしたわけではないからな!」

 まくてるように言う月宮。恥ずかしいのか顔もどんどん赤くなっていく。

「あのな、そこはユノの席だぞ」

「であれば、代わってもらえば済む話だ」

 いやそれは無理だと思う。だって、ユノは月宮が隣だと「恥ずかしくてムリ!」で、俺と月宮が隣になると「イチャイチャするのがムカつく!」ということで、さっきの席の配置になったんだから。

「……まあいい。ユノがいないときにお前に聞きたいこともあったしな」

「聞きたいこと? もしや我のタイプか? それはゆうだ!」

「いやいや全然違うから」

 自信を持って断言するつきみやに、俺は冷静にツッコミを入れる。……が、いま一瞬、心臓音がやけにうるさくなったのはなぜでしょうか。

「では、なんなのだ?」

 予想が外れてしょぼくれながら、月宮がいてきた。

「月宮はユノのことをどう思ってる?」

 ユノは月宮のことを恋愛的に好いている。じゃあ月宮はどうなんだろうか。

 はっきりとした理由はないが、今日、月宮とユノが話している姿とかを見て何となくそれが気になっていた。

「ユノか? もちろん可愛かわいい妹だと思っているぞ。今はなかなかあっちからは話しかけてくれなくなってしまったがな」

 月宮が最後の方を苦笑しながら答えると、俺は「そうか」と知っている事にあいづちを打つ。

「ゆえに先日ユノから人の恋愛の手助けをしに一緒にショッピングモールへ行こう、と言われた時は正直驚いた。妹と出かけるのは一年ぶりくらいだったのでな」

 優しい表情で語る月宮。これは今までに見たことがない表情だな。

「ユノに誘われた時は、うれしかったか?」

 俺の質問に、月宮は「当然だ」と大きくうなずく。

「妹から一緒に何かをやろうと言われて嫌がる姉などいない」

 月宮がキッパリと言い切った瞬間、何かが俺の中でに落ちた気がした。

 今までは月宮姉妹は妹が一方的に重度のシスコンだと思っていた。だから姉妹関係もあまりく行かないんだと。でもこれは……ん?

 しばし思考していると、腕に妙な違和感。何か柔らかくて、温かい感じが……っ!

「っておい! なにしてんだよ!」

 叫んだ先──月宮は俺の腕に抱きつくようにがっちりとホールドしてた。そのせいで俺の腕にはモロに柔らかい二つのマシュマロが当たってしまっているわけで……。

「どうしたのだ? 優吾」

 平然としているようでゆでだこのように顔をにしている月宮。そんなに恥ずかしいなら最初からやるんじゃない。

「どうしたじゃないだろ。つーか、お前がどうしたんだよ」

「べ、別に我はどうもしていないぞ。優吾がぼーっとし出した隙に我の身体からだでメロメロにさせてしまおうとかなんてじんも考えていないぞ!」

 魂胆をペラペラとしやべっちゃうつきみや。こいつが『別に』と言い出したら全部あべこべだな。

 そう思っていると、不意に背後から妙な視線を感じた。

 なんとなく嫌な予感がして恐る恐る振り返ると、そこには席のかたわらでとてつもない怒気を発しているユノの姿があった。

「あんたねぇ……」

 そして怒り心頭で戻ってきたユノは即行で俺の隣に来ると、食事が終わるまでの間軽蔑した目でずっと俺のひざやらすねやらを蹴り続けた。

 今後、月宮姉妹と喫茶店に入るのは控えよう。そう思った俺だった。



 昼食も食べ終わり恋愛の手助けを再開するか、それともそろそろ帰るかで迷っていたところ。

「ユノよ。あれを一緒にやらないか?」

 唐突に月宮が言った。彼女が示していたのは、通りすがったゲームセンター内に設置されているプリクラ機だ。入口付近に置かれているので、外からでもよく見える。

「えっ、ど、どうして?」

 突然の姉からのお誘いに戸惑うユノ。

「久しぶりにこうして出かけたのだ。せっかくだから記念にと思ったのだが……嫌か?」

「そ、そんなことないわ! あたしも、その……姉さんとプリクラ撮りたい」

「そうか!」

 ユノの言葉を聞いて、つきみやうれしそうな表情を見せる。

 なんか良い雰囲気になってきたな。ここは姉妹水入らずにするのが得策なのでは。

「そういうことなら二人で撮ってきていいぞ。俺はそこらへんをぶらぶらしてくるから」

 そう告げて適当に歩き出そうとすると、

「ちょ、ちょっと待ちなさい!」

 ユノに呼び止められた。

「ん? なんだよ」

「そ、その……あんたも来なさい」

「……は?」

 何言ってんだ、こいつ。

 もしや姉妹二人きりにしてあげようとしている俺の心遣いに気づいていないのか?

 なんて思っていると、ユノが少し怒った顔でこちらへと近づいてきた。

「ねぇあんた、あたしと姉さんを二人にしようとしなくていいから」

 月宮には聞こえないよう、ユノは小声で話してくる。

「なんだ気づいてるじゃないか。でも、どうしてだ?」

「緊張しちゃうからに決まってるでしょ。昨日の電話でも言ったじゃない」

「それは覚えているが、まだそんなこと言うのか。個人的には二人きりになった方が姉妹の距離をぐっと縮められそうな気がするけどな」

「そ、そうかもしれないけど……とにかく付いてきなさいよ!」

 すねを思いっきり蹴られた。めちゃくちゃ痛い。

「わ、わかったよ。付いていけばいいんだろ?」

「そうよ。最初からそう言えばいいのよ」

 そう返すと、ユノはぷんすかしながら月宮の下へと向かう。

「姉さん。あいつもあたしたちと一緒に来るって」

「本当か! ではゆうも我と一緒にプリクラを撮ろう」

 月宮があおい瞳を輝かせながら言ってきた。

「俺はいいよ。プリクラとか興味ないし」

 そう答えると月宮は「そうか……」としゅんとなって、ユノからは軽くにらまれた。

 これもユノに気を遣っての言動だったが、どうやらまた裏目に出てしまったようだ。

 それから三人でゲームセンターへ移動すると、月宮姉妹はプリクラ機の中へ、俺はそのかたわらで二人が撮影し終わるのを待つことにした。

「ね、姉さん、肌の白さは?」「では、色白にしよう」「じゃ、じゃあ目の大きさは?」「一番大きいものが良いな」「フレームは……」「これにしよう!」

 神様二人がプリクラ機に入った直後。外で待機していると、色々と設定を決めているのかそんな会話が耳に入ってきた。

 ユノは声は緊張しているが、つきみやと比較的スムーズに話せている。

 ラブコメの神様(妹)もこの短期間で成長したな。午前中だったら「べ、別に撮らなくてもいいわ……」とか言って、きっと断ってるだろう。

 こう思うと、やはりてんしんの言葉は正しかったんだな。デートを一回しただけで、月宮姉妹の関係がだいぶ改善されたように感じる。少なくとも朝と今とでは大違いだ。

「おっ、もう始まったみたいだな」

 プリクラ機の中から『じゃあ撮影しちゃうよ~』というセリフが女性の声で聞こえてきた。

 よくよく考えたら、プリクラの声って誰がやってるんだろうな。声優さんとかだろうか。


「ご、ごめんなさい!」


 のんなことを考えていたら、不意にプリクラの中から大きな声。たぶんユノだ。

 何事かと思いプリクラ機の中をのぞこうとすると、突然カーテンが開いて声の主のユノが現れた。

「っ! おい、ちょっと待て!」

 ユノは無言で俺の横を通り過ぎようとしたが、それを俺は彼女の腕をつかんで引き止めた。

「ユノ!」

 次いで月宮が慌てた様子でプリクラ機から出てくると、すぐに俺が確保しているユノを確認した。

「良かった……」

 月宮はほっと胸をなで下ろす。事態を全く把握していない俺には何が何やら。

「一体何があったんだ?」

「それが我にもわからないのだ。プリクラ機で『恋人モード』というのをやっていたのだが、その最中ユノが突然出て行ってしまって……」

 おうふ。そりゃダメだろ。

 恋人モードってたしかカップルがやる体を密着させて撮るやつだろ?

 大好きな月宮と体なんてくっつけたら顔から火が出るどころじゃ済まないぞ。

「なんで『恋人モード』なんかやったんだ? お前ら姉妹だろ?」

「それはそうだが、背景が可愛かわいかったので選んでみたのだ。も、もしや我が悪かったのか?」

 急にあわあわとしだすつきみや

 いや、別に月宮は悪くないんだけど……どう説明したらいいやら。

「姉さんは悪くないわ……」

 現状の改善策を見つけ出せずにいると、後ろからユノが言った。

 もう逃げるつもりはなさそうだな。

 そう思い、俺は彼女の腕から手を離す。

「姉さんは悪くない。ただあたしが……」

 そこで言葉は止まった。

「ユノ。お前は我のことを嫌っているのか?」

 唐突に月宮は悲しげな面持ちで自身の妹に問うた。

「っ! ち、違うわ……あ、あたしは、姉さんのことを嫌ってなんか……」

「無理はしなくても良い。昨年あたりからお前に避けられているのは何となくわかっていたのでな」

 この発言にユノは目を見開いた。正直、俺も驚いた。

 学校で月宮姉妹の現状を聞いた時、ユノは月宮とは一方的に気まずい関係になっていると言っていたが、どうやら姉の方もそういった空気にはそれなりに気付いていたらしい。

「ユノ、我はお前が好きだ。これは間違いない。だがもしお前が我のことを嫌っているのならハッキリ言ってくれて構わないのだぞ」

 寂しげな表情で月宮は言葉を放った。

 違う。月宮は勘違いをしている。プリクラを一緒に撮った時に思わず逃げてしまったのは、ユノが好きな人と密室空間にいるのが耐えられなくなったから。

 それなのに、月宮は妹に拒絶されたと思っているんだ。

「ね、姉さん……あ、あたしは……」

 その先の言葉は紡がれることはなく、ユノは顔をうつむかせてしまった。

 ここでまたユノが月宮の言葉を否定しても、おそらく月宮はそれを信じないだろう。事態は変わらない。

 もしこのまま姉妹デートが終わってしまえば、月宮姉妹の関係は改善どころか多分これまで以上に悪化することになる。それは最悪のパターンだ。

 だが、今の状況を好転させられる方法が全くないわけではない。

 たった一つだけ。この場を収めて、なおつ月宮姉妹の関係を改善する手段がある。

 だが、それをするにはまずユノを説得しなければならないが……しょうがない。

 ここは姉妹関係を改善すると約束した俺が一肌脱ぐしかないだろう。

「ユノ、お前もう本当のことを話せ」

「えっ……」

 驚いたのか、ユノは顔を上げた。涙のせいで、みどり色の瞳は少し赤くなっている。

「聞こえなかったか? お前の気持ち、全部つきみやにぶつけるんだよ」

「そ、そんな……そんなの嫌よ!」

 ぶんぶんと左右に首を振るユノ。

「どうしてだ? なんでそんなに嫌なんだ」

「だ、だってそれは……」

 妹が姉を好きなのはおかしなことだから。フツーじゃないから。恥ずかしいことだから。理由を挙げたら色々あるだろう。

 いかに神様だろうが、彼女も女の子。

 実の姉に恋することがイケないことくらい理解している。

 でも、それがどうした。

「いいかユノ。お前の姉は妹がどんなやつであろうと、絶対に嫌いになったりしない!」

「そ、そんなことわからないじゃない!」

「いや、わかる!」

 今日一日、俺はずっと月宮とユノを見てきた。

 その結果、一つだけわかったことがある。

 それは月宮アテナが妹おもいの優しい女の子だってことだ。だから、月宮はどんなことがあっても実の妹を嫌いになったりはしない。

「だからユノ。今から月宮にお前の本当の気持ちを全部伝えるんだ」

「む、無理よ! 絶対無理!」

 ユノはかたくなに拒む。

 まだ話す気にはなれないか。このままだと本当に月宮姉妹の関係が取り返しのつかないものになってしまう。

 それも互いの気持ちを勘違いしたままで。そんなのは……やっぱダメだろ。

 なにかもっと彼女の気持ちを強引に動かせる方法があれば良いんだが……!

 ふと良い案を思いついた。でもこれをやってしまうと俺の人としての価値が下がってしまう危険性が……ええい、もうどうにでもなれ。

「月宮、ちょっと来い」

「ひゃっ!?」

 月宮へと近寄ると、俺は彼女の肩を抱き寄せる。

 それもユノに見せつけるように。

「っ! ちょ、ちょっとあんたなにやって……」

「ほ、ほほ、本当だぞ!? こ、こんな状況に!? い、妹の前でなんて!?」

 そんなセリフを言いつつ姉妹二人して赤面している。

「いいかユノ。もし今ここでお前が自分の気持ちを明かさなかったら、俺がお前の姉をもらう。そしてこの場でこの大きな胸をみしだくぞ。それでもいいのか?」

「っ!」

 つきみやのたわわな部分を指さしながら言うと、ユノは悔しげに唇をむ。

 それも当然。

 好きな人が自分の目の前でいいように扱われてたら誰だって怒るに決まってる。

「さあユノ、どうする?」

 俺は再度問う。

 すると、ユノはキュッと口元を引き締めて、何かを決心したかのように立ち上がった。

「姉さん……」

 自身の姉の前へと足を移動すると、ユノは少し震えた声を出す。

 直後、俺は月宮から離れた。

 どうやら妹をきつけることには成功したみたいだ。

「ユノ……」

 妹の表情を見て、月宮も少しばかり緊張している。

 その後、大きく深呼吸をしたのち、ユノが言った。

「姉さん聞いて。あたしはね、姉さんが好きなの」

 突然の言葉に、月宮は目を見開く。嫌われていると思っていた妹に好きだと言われたら、そりゃ吃驚びつくりするわな。

 でも、まだこれで終わりじゃない。むしろ、本番はここから。

「でもね、あたしの好きはフツーじゃない好きなの。その……姉さんに恋しちゃってるのよ!」

 顔をにしながら叫んだ。

 故に、月宮には妹の言葉がどういった意味なのかがハッキリ伝わったはず。

「ゆ、ユノ……そ、それって……」

「姉さん、お願い。姉を本気で好きになっちゃうあたしのことを嫌いにならないで。お願い姉さん」

 瞳に涙をめながら、懇願するように伝える。

 そんな彼女に、月宮は一瞬驚いた表情を見せるが、すぐに温かな微笑ほほえみへと変わった。

「安心するのだユノ。我はどんなユノでもユノのことを嫌いになったりなどしない」

「ほ、本当?」

 まだ不安なのか、ユノはもう一度問う。

「あぁ。なんてったってユノは我の大切な妹だからな!」

 月宮はニコッと笑う。

 すると、ユノの瞳からは一滴のしずくこぼれ落ちた。

「ね、姉さん……」

 妹の様子を察したのか、つきみやは大きく腕を広げる。その後、ユノは思いっきり姉の胸に飛び込んだ。

「ね、ねえしゃん……グスン……ねえしゃぁん……」

 豊満な姉の胸の中で、泣きじゃくる妹。

「よしよし。つらかったな」

 そんな妹の頭をナデナデする姉。

 まあこれにて一件落着といったところか。良かったな、ユノ。

 それからユノと月宮はもう一度プリクラを撮りなおした。

 モードはもちろん『恋人モード』だった。



『ついにあたしは姉さんと結ばれたわ』

 姉妹デートをした日の夜。時間も遅いので自室でそろそろ寝ようかと思っていたところ。

 不意に鳴り出したスマホに出たらしよぱなからこれを言われた。声の主はもちろんユノだ。

「いや、別に結ばれてはないと思うけどな」

『なに言ってるのよ。姉さんはあたしが姉さんを愛していても嫌いにならないって言ってたじゃない。それはあたしを好きになったも同然よ』

「あっそ。もうそれでいいんじゃない」

『ちょっとテキトーに反応しないでよ』

 ユノが電話越しに怒る。

 ……ったく、面倒くさいやつだな。

「つーか、俺に怒らないんだな」

『は? なんであんたを怒らなくちゃいけないのよ』

「そりゃだって、シスコンの妹の前で姉をもらうとか言っちまったからな。あとその……胸をむとか言っちまったし」

 ちなみに姉貰う発言と胸揉む発言については月宮に後できちんと「あれはうそなんだ」と明かし、本気で謝罪した。その時、月宮からは「ゆうに貰って欲しかった」とめっちゃ落ち込まれてさすがに罪悪感を抱いた。

『たしかに姉さんにあんな下劣なことを言ったのは重罪ね。処刑ものだわ』

「うぅ……」

『でもあたしはあの時あんたがどんなことを考えていたかわかっていたの。その上で姉さんに自分の気持ちを話したのよ』

「……と言いますと?」

『その……あんたがあたしのためにやってくれたことくらいわかってたってことよ』

 ツンデレなトーンで告げられた。

 まじかよ。俺の考え筒抜けだったのか。それはそれで超恥ずかしいんですけど。

「そ、そうだ。家に帰ってからはどうだ? つきみやと仲良くしてるか?」

『えぇ。姉さんとは楽しくおしやべりできてるわ。どう? 良いでしょ?』

 ご機嫌そうな声で言ってくるユノ。良かった。どうやら自宅でも月宮姉妹は仲良くしているようだ。これで本当に月宮姉妹の関係は改善されたな。

『その……ありがとね』

 ぽつりとユノがつぶやいた。これに「なにが?」なんて聞くのはさすがにだろう。

「言っておくが特に礼を言われるようなことはしてないぞ。なんせお前にはこれから俺の告白を手伝ってもらうんだからな」

 そう。俺が月宮姉妹の関係を改善する代わりに、ユノは俺の告白を手伝う。

 これが俺とユノの協力関係の内容だ。

『っ! そ、そうだった! 忘れてたわ! じゃ、じゃあ今のありがとは取り消しね!』

 いや取り消さなくてもいいだろ。俺、泣いちゃうぞ。

『それであたしに告白の手伝いしろって具体的には何をすればいいのよ? ま、まさかエッチなことじゃないでしょうね?』

「違うわ! 告白の手伝いと聞いてどうしてそうなるんだよ」

『だ、だって、今日は喫茶店で姉さんと変なことをしようとしてたじゃない……』

「まだその件を引きずってるのか。あれは俺の責任じゃない。あいつから抱きついて来たんだ」

『さあどうだか。あんたが俺の腕におっぱい押し付けろよ、とか命令したんじゃないの?』

「そんなことするわけないだろ。どんなプレイだよ。……あのなぁ、そういうことばっかり言ってくるんだったら、もう切るぞ」

『っ! ちょ、ちょっと待ちなさいよ! ……そ、そう! 結局、告白の手伝いの全容をまだ聞いてないんだけど!』

 ユノに言われて思い出した。

 なんかこいつと話していると、会話の効率が悪くなる気がするな。

「正直、別に大したことじゃない。お前にやってもらいたいことはただ一つだ」

 それから俺はユノにやってもらいたい事を告げた。

『えっ? 本当にそんなことで良いの?』

「あぁそうだ。大したことじゃないだろ?」

『そうね。ちょっと拍子抜けだわ』

 よし。これでユノが俺の言ったことをしっかり実行してくれたら、俺の告白は確実に届けられるはず。成功するかはわからないが……。

「じゃあ用件も済んだし、もう切っていいな」

『っ! だから待ちなさいよ! 早いわよ!』

「早いってなんだよ。まだ俺に何か言いたいことでもあるのか?」

 そうたずねると、向こうからふぅ、と息を吐く音が聞こえてきた。なぜに深呼吸?

 とか疑問を抱いていると、ユノから質問を投げられた。

『あんた、名前は?』

「は? きりしまだが」

 つーか、知ってるだろ。

『そっちじゃないわよ。下の名前の方よ』

「下の名前? ってお前初めて会ったときに自分で言ってなかったっけ?」

『忘れたのよ。いいから早く教えなさい』

 忘れたって、神様とはいえ人の名前を忘れないでくれよ。

ゆうだ。これでいいか?」

 そう伝えると、ユノは『ふーん』とやや間を空けてから、

『じゃ、じゃあおやすみ。優吾』

 少し恥ずかしそうな声でそう言って、通話を切った。

 直後、俺の鼓動は明らかに速くなっていく。

 ……くそう。まさかシスコンにキュンとさせられるなんて。不覚だ。

気になる続きは本編で!
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