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僕のカノジョ先生

著者:鏡 遊
イラスト:おりょう

1巻書影


プロローグ



 唐突だけど、ぼくは〝先生〟が好きじゃない。

 先生と呼ばれる人たちのことが嫌いと言ってもいいと思う。

 ただ、今はしがない高校生の身なので、イヤでも先生と接しないわけにはいかない。

 今、僕の目の前にいるのは、ふじ先生。

 校内でも一番の美人教師で、〝たかの花〟なんて古めかしい表現をされたりもする。

 その美人教師さんが、真剣な顔をして──


さいまことくん、わたし藤城真香は──君が好きです」


 ……えーと、ちょっと待ってください。

 告白……告白? こ、告白っ……!?

 ばっ、馬鹿な……! 告られた!? 僕が藤城先生に告られただと……!

 いやいや、本当に待て待て、落ち着け。僕が落ち着け。

 いいか、彩木慎。思い出すんだ、なぜ自分が〝先生〟を嫌いになったのか。

 そうだ、思い出すのをもったいぶるほどのことでもない。

 あれは──



 ぼくには幼稚園の頃、とても好きな先生がいた。

 れいで優しくていい匂いがして、僕はこの先生にいつもべったりだった。

 マセていた僕は、花で指輪をつくり、先生にプレゼントした。

 たぶん、TVなんかで聞きかじった〝婚約指輪〟のつもりだったんだろう。

 その先生はうれしそうに指輪を受け取ってくれて、もちろん僕も嬉しかった。

 でも──先生は、それから数日後にみんなの前で「結婚します」と発表して、すぐに幼稚園を去ってしまった。


 あのオンナぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!


 やってくれたじゃねぇか! とまでは、幼い僕は思わなかったけど、ひどい裏切りだと傷ついたのは確かだ。

 今なら当然、その先生はなにも悪くないとわかってるけど、幼稚園児にはそう理解するのは難しすぎた。

 以上、回想完了。



 それ以来──小学校、中学校と僕はどうしても先生という存在への苦手意識を消せないまま、すくすくと成長した。

 先生たちを警戒してたと言ってもいい。

 教師への不信感なんて、割と誰でも持つかもしれないが、僕の場合は幼き日のトラウマの影響があったわけだ。

 いや、トラウマというほどでもない。本当にもう、幼稚園の先生は恨んでない。

 事件はただのきっかけでしかないけど──先生への不信感があるのは確かな事実だ。

 そんなわけで、高校生になり、二年生に進級した今でも──僕はが好きじゃない。

 なのに──だというのに、よりによって先生からの告白だよ。

 桜はだいぶ前に散り、新年度のうわついた雰囲気も少し落ち着いてきた、春のある日。

 僕は、放課後の生徒指導室に呼び出しをくらった。

 呼び出したのは、担任でもあり英語教師のふじ先生。

 おかしい、ここ最近は先生への反抗的な発言もしてないし、呼び出される覚えはない。

 そう思ってたら──そう思ってたら! いきなり! いきなり告白だよ!

 ぼくが先生という人種が一番苦手だと知ってのろうぜきか!

「ずいぶん驚いてるわね、さいくん。ええ、わかるわ」

 驚かせた張本人が、たわごとをおっしゃる。

 ふじ先生が──僕を好き?

 確か、この先生は教師になって二年目。今年度は僕が所属する二年A組のクラス担任。

 二年目ということは、たぶん二十四、五歳くらいだろう。

 高二の僕より七つほど年上ということになる。

 あらためて、藤城先生の姿を眺めてみる。

 あまり化粧っ気のない、ナチュラルメイク。

 たぶんと思われる自然な茶髪を背中まで伸ばし、片側の耳だけを出した髪型。

 派手すぎず、堅苦しすぎない紺色の上着に、タイトなミニスカート。

 だいたい、いつも似たような格好をしていて、ミニスカートから伸びた美脚は校内で大変な人気を集めている。

 今、藤城先生は指導室の窓際に立っている。それだけで絵になってしまう美人だ。

「疑う気持ちは充分わかるわ。どうして自分みたいなえない男子生徒に、わたしが告白を──そう思ってるでしょう?」

「…………」

 僕が冴えない男子高校生であることは否定しないけど、教師としてその発言はいかがなもんでしょう?

「……って、なにをしてるんですか!?」

「ふっ、自分でもなにをやらかしてるんだかわからないわ」

 藤城先生はシニカルに笑って、身を乗り出すようにして僕に近づき。

 ぷちぷちと白いブラウスのボタンを外してる!

 う、うわっ……む、胸の谷間……! 胸の谷間だ!

 びっくりするくらい真っ白で、ふわわんと柔らかそうな胸……!

 谷間を生で見たのなんて初めてかもしれない……しかもそれが、校内一の美人先生のおっぱい……!

「ど、どうかしら? 一応、これでも少しは大きさにも形にも自信があるのよ? あっ、こら、ムラムラするのはダメよ!」

「ムラムラさせなければいいのでは!?」

 この状況でらちなことを考えたとして、僕は悪くないはず!

 胸の谷間に加えて、もちろんブラジャーも見えてしまってる。

 レースというのか、飾りがついた白いブラジャー。

 さすが大人、シンプルながらエロい下着をお持ちだ……。

「ちなみに、さいくん」

「な、なんですか?」

「告白の返事次第では、もれなくこのおっぱいがついてくるわよ……?」

 ふじ先生、にやにやしてるけど、ほおが赤くなってる。

 照れるなら言わなきゃいいのに……というか、ぼくごとき小僧を相手に大人が照れることなんてあるの?

「いやいや、おかしいじゃないですか! 告白って……さっきのは本気なんですか!?」

「冗談で告ったりしないわよ。まあ、告ったこと自体初めてだけど。ああ、とうとうわたしの初めて、奪われちゃったわね……」

「あの……」

 胸の谷間をしつこく見せつけながらきわどい台詞せりふを吐くの、やめませんかね?

 僕も目をらせばいいんだけど、思春期の男の子的にはとても難しい。

 しかし、告白が初めてって。これだけの美人になれば自分から告ることなどないという自慢か……!

 いや、待て。初めてなんて信じてどうする。そもそも告白自体を信じてどうする。

 そうだ、藤城先生は誰も文句のつけようのない美人教師。

たかの花〟なんて古臭い言葉が、ばちーんとハマる。

 男子生徒はもちろん、どうりようの男性教師たちにとってもそんな感じらしい。

 美人なだけじゃなくて、教師としても優秀。

 二年目とは思えないほど授業はわかりやすいし、生徒からの質問に詰まることもない。

 教室やろう、職員室、校内のどこにいても立っているだけで、歩いているだけで、絵になるお方。

 お調子者の男子生徒や、チャラい男性教師たちですら、恐れ多くてアタックすることすらできないとか。

 そりゃおまえらがチキンなんじゃね? と思わなくもないが、気持ちはわかる。

 藤城先生は極端なくらいにれいすぎて、近づきがたい。

 もちろん、僕も近づこうと思ったことはかいだ。

 だって、美人教師、美人教師だよ?

 最近では珍しくなった暴力教師とか、口を開けばいやしか言わない教師とか、そんな〝先生〟たちのほうが、僕にとってははるかにマシな存在だ。

 ある意味、彼らには裏がない。見たまんま、そのまんまのロクデナシだからだ。

 暴力や毒舌にさえ気をつけていれば、決して怖い相手ではない。

 でも、美人教師なんてどう対処していいかわからない。

 かつに近づけば、どんな裏切りが待ってることやら。

 だから、たった一つの対応策は接近しないこと。

 相手が担任であっても、その気になれば、HRホームルームや授業での最低限の接点だけで済ませられる。

 少なくとも、これまではふじ先生に対してはそうしていたのに──

 今日はいきなり呼び出しだよ。どう思う?

「黙り込んでしまったわね。そう、もうちょっとだけならがんってみるけど……もしかして、おっぱいよりパンツ派なの……!?」

「どっちのばつにも入ってません!」

 スカートのすそに手をかけるな、手を!

 たかの花なのに、えらく気安く見せちゃいけないところを見せようとするんですね!

「も、もちろん……告白の返事次第では下着の一枚くらいはプレゼントするわよ……?」

「そんな保管場所に困るものをもらっても……」

 そういう問題でもない気がするけど。

「ふう、なかなかごわいのね、さいくん。こんな他に誰もいない密室で、ちょっと色仕掛けをすれば尻尾を振ってOKの返事をすると思ったのに。失礼な話だわ」

「どっちに失礼なのかは、議論の余地があるんじゃないかと」

 男子高校生を馬鹿だと思ってないか? まあ、だいたい馬鹿だけど。

 ふじ先生は、やれやれとため息をつきながら、つかつかとこっちに近づいてくる。

 な、なんだ? やるのか?

 言っておくけど、ぼくはケンカ弱いぞ。女の人相手でも一ミリも勝てる自信がないぞ。

「はいはい、身構えないで。大丈夫、食べたりしないから」

「わっ」

 藤城先生は近くにあったパイプに、僕を強引に座らせる。

「はー、でもやっと言えてすっきりしたわー。ああ、このやすらぎ……」

「…………っ! 僕はやすらがないんですけど!?」

 かと思ったら、椅子に座った僕の頭を胸のところで抱えるようにする。

 おっぱいが、おっぱいが! 美人先生の割と──いや、だいぶ大きいおっぱいが頭に、顔に当たってる!

「あ、当たってますよ、先生!」

「なにが当たってるの? 具体的に言ってくれないと、先生にもわからないわ」

「グイグイ来ますね!」

 この先生、にやにやしながらなにを言ってるんだ!?

「座ったままでいいから、答えなさい。それとも答えられるまで立たせてあげたほうが好みかしら?」

「……ふ、藤城先生は、そういうことしないタイプでしょ」

 あと、僕は別にMじゃない。

「そういえばさいくん、わらさき先生が授業で答えられない生徒をずっと立たせてたら、生徒を座らせない理由を問い詰めてキレられたらしいわね」

「生徒をこづき回したって、先生がゆうえつかんひたれる以上の意味がないからですよ」

 たまーに、教師相手に反逆してしまうのは僕の悪いクセだ。

 河原崎というのは典型的ないや教師で、てきに生徒が答えられないような難しい質問をして、チクチクいじめるのが趣味らしい。

「そう思ってもおとなしくしてるのが賢いのよ。少なくとも、うちの生徒の大半はそうしてるでしょ?」

「馬鹿だったら殴りかかってますよ。僕はおとなしいほうです」

 河原崎を殴りたいと思ってる生徒は、なんぼでもいるだろう。

「でも、先生に逆らっちゃダメよ。河原崎先生はどうでもいいけど、わたしにはダメ。生意気な態度の彩木くんに罰を与えるわ」

「え? 罰って……なっ!?」

 ちゅっ。

 確かに、そんな音が。間違っても生徒指導室で響いちゃいけない音が。

 あと、ぼくほおに柔らかなものがあたった感触が。

 おっぱいに続いて今度はなにが──って。

「なにをしてるんですか、ふじ先生っ!?」

「ちゅーよ」

おくめんもなく答えないでください! なんで、ちゅ──そんなことを!?」

「好きな男の子にちゅーしたっていいでしょう。嫌いな男の子にするよりは、ずっと自然な行為よ?」

「僕は先生が好きな男の子じゃなくて、あなたの教え子なんですけど!?」

「わたしにちゅーされたからって、そんなに興奮しなくても。はい、興奮した罰ね」

 ちゅっ、ちゅっ。

 こ、この人……二度も追撃を繰り出してきた……!

「でも、これでわかったでしょう? アメリカじゃないんだから、わたしだって好きでもない男の子にキスなんてしないわよ。告白が本気だって証明にもなったわね」

「……………………」

 大人の女の人なら、頬へのキスなんて挨拶代わりかもしれない。

 僕の知らない大人の世界ってものがあるんじゃないだろうか?

 そう考えるほうが、よほど筋が通る。

「ああ、そうだわ。もう、ちゅーをした仲なんだし、わたしのことは〝先生〟で。大丈夫よ、他にもそう呼んでる生徒は多いし、変に思われることもないでしょう。はい、リピートアフターミー、〝真香先生〟」

「…………」

「逆らうなら、もう二、三回ほど罰を──」

「真香先生、ええ、真香先生とお呼びします!」

 これ以上ちゅー……じゃない、キスなんてされたらうれしい……じゃなくて、困る!

 具体的にどう困るのかはともかく、回避できるなら回避しておきたい。

 どんどんそとぼりを埋められてる感がハンパないが。

 どうなってるんだ、いったい……。

 言っておくが、僕は成績は平凡、運動能力も容姿も人並み。身長、ちょい低め。

 いっそ馬鹿のほうがマシなくらいの、どこにでもいる男子高校生でしかない。

 となると──

 実は僕は、前々からこの真香先生を

 美人教師という殿てんじようびとでありながら、平凡な教え子の僕に告白する──

「こんな怪しい話があるかーっ! マジでなにをたくらんでるんですか、先生!」

「えっ、えっ?」

 不意をつかれたせいか、先生がやっとぼくの頭を離してくれた。

「先生、自分が校内でどんな扱いなのか知ってますよね。口に出すのも恥ずかしいですが、たかの花だって。そんな人が、どうして僕みたいな一般生徒Aに──」

「わたしが高嶺の花なんかじゃないって──?」

「…………」

 そうだ、そこは真香先生の言うとおり。

 僕は、僕だけは、たぶんこの学校で唯一、ふじ真香先生が高嶺の花なんかじゃないことを──知っていた。

 今日、僕なんかの前で服を脱ぎ出したりキスしてきたりと、その事実を実感できたわけだけど。

 僕が知ってるってことを、真香先生も知っている……? あれ、なんで?

「女には秘密があるものなのよ、さいくんは秘密とか大嫌いなんでしょうけど」

 む、担任だけあって、僕の好き嫌いまでバレているのか……。

「いや、今は先生の秘密がどうこうとかじゃなくて」

 そうだ、話がれてるぞ。重要なポイントはそこじゃない。

「……確かにわたしは教師で、君は生徒。わたしは大人で、君は実在の少年」

 今、〝実在〟って必要だったかな。

「わたしは君が好きだけれど──ええ、彩木くんが告白をOKするのなら、わたしは教師失格ね」

「は? はぁ、まあ……」

 自分から告白しておいて、なにを言ってるんだ、この美人教師。

「だから、もし彩木くんがOKしてくれたら、わたしは職をして、生涯をしよくざいささげるわ」

「はぁ!?」

あまになるか……ええ、そういえば近くにしゆうどういんがあったわね。しゆうどうじよになるというのもアリかもしれない」

「ねぇよ!」

 ああ、つい乱暴な口調に。でも、この人があまりにツッコミ待ちなボケをするから!

 ただでさえ、僕に告白してきたというのが怪しすぎるのに!

 その上、告白をOKしたらうきの生活を捨てるとか、わけがわからない!

「わたしは、。その教育の結果が出た時が──わたしと君の、お別れの時!」

「それでいいんかい!」

 もはや、まったく意味がわからん! 最初から意味わからなかったけど!

「いいのよ、結果なんて。わたしはこの気持ちのおもむくままに君を教育するわ。覚悟しなさい、さいくん?」

「うっ…………」

 先生は、ぼくのそばに近づいてきて、ひょいっとかがみ、上目遣いで見つめてくる。

 ぐっ、大人なのに可愛かわいい……。

 美人とかれいとか形容されることが多い人だけど、ちょっぴり不敵な笑みを浮かべていると、妙な可愛さが繰り出されてくる……!

「大丈夫、わたしが彩木くんにいちな愛情を持てたのよ。きっと、君にも持てるわ」

「……先生も相当変わってますけど、僕もかなり面倒くさいですよ」

「大丈夫、時間はあるから。君を〝ただの教え子〟から〝わたしに恋する生徒〟に育て上げてみせるわ……!」

 真香先生、口元は笑っているけど、目が笑ってない。

 幼少のみぎり、僕の告白を受け入れた幼稚園の先生とは違う。

 やつは、僕に告られたとき、口も目も笑ってた。

 というか、本気だとしても、僕を教育するっていったいどうやって……?

 まずい、まずいぞ……〝先生〟を警戒しているはずの僕が、すぐに逃げ出しもせずにそんな疑問を持ってしまってる。

 たぶん、年齢一けたのときの美人先生と、十七歳になろうとしてるとしに出会った美人教師では、存在として別物なんだろう。

 おっぱいとか、スカートから伸びる細い脚とか、めっちゃ気になるもん!

 好きだとか、教育するとか、告られたらうきを捨てるとか、とんでもない話が次々と飛び出してきたのに。

 真香先生の笑ってない、真剣な目が僕を動揺させる……。

 この状況を受け入れられないくせに、ドキドキしてしまっている。

 ヤバい、既に〝教育〟は始まっているのかもしれない……。



 これが──僕と真香先生のプロローグ。

 放課後の生徒指導室なんていう、あまりにも地味であまりにも静かな始まりだった──




① 真香先生の特別授業



 ふじ──たぶん二十四歳、社会人二年目。

 私立せいだい学院に勤める英語教師。

 一流大学の英文学科を卒業。

 短期間のアメリカ留学の経験もあり、英語の発音はほぼネイティブ。

 今年度は高等部二年A組の担任で、部活などのもんはしていない。

 授業では冗談を飛ばすことはほとんどなく、たまに脱線することはあっても、たいてい英語に関する小ネタばかりだ。

 そういう先生は、あまり人気が出ないものだけど、真香先生の人気は校内ずいいちだ。

 まず第一に、やはり見た目の良さが大きい。

 その辺の女優やアイドルなんか目じゃない美形なので、多少真面目まじめすぎるところは見逃される。

 それに、実のところ若い先生はフレンドリーなキャラが多いというか、よほど生徒へのウケを研究しているようで、〝面白い授業〟をやろうとしてる先生が多い。

 ただ、同じマニュアルを見てるのかと疑いたくなる、似たり寄ったりの授業、キャラ付けをしていて──生徒のほうはすぐに飽きてしまう。

 劣化した量産型があふれてる中、真香先生の「生徒ウケ? そんなことより学力向上が優先でしょう」と言わんばかりの我が道を行く授業は逆に目立ってる。

 変にキャラをつくるより、天然でわけのわからん先生のほうが人気が出るものだ。

「──と、このようにこちらの構文は仮定法過去完了となり、Ifを省略して書かれることもあります。こちらに限りませんが、構文は文法を理屈で考えるよりも先に例文をいくつか丸暗記することで自然と理解が──」

「…………」

 きようだんでは、その美人教師がよく通るれいな声で解説中。

 真香先生が解説しつつ黒板に書き込んでいるチョークの文字も、ていねいで見やすい。なにげに、生徒にはありがたいことだ。

 ぼくは現在、クラスで一番後ろ、窓際の隅っこという特等席に座っている。

 元々は別の席だったけど、とある女子生徒の隣になったら代わってほしいというオファーが殺到して、この席と交代させてもらった。

 先生から一番遠い席は、とても居心地がいい。えいじゆうしたい。

 みんなも、真香先生の授業では落ち着いたもんだ。教室でぎゃーぎゃー騒がれるのは好きじゃないんで、ありがたい。

 一人だけ、堂々とぐーぐー寝てる女子生徒がいるけど……。

 やつこそが、ぼくが特等席をゲットするきっかけになった女子生徒なんだけど……アレはいつもこうだから放っておくとして。

 ただ、せっかくの居心地のいい席での授業も、今日はどうにも落ち着かない。

「これが長文読解のスピードにもつながり、時間の有効活用が──」

 昨日の放課後、教育の力を悪用する魔女を見かけたけど、この人によく似てたなあ。

 つーか、やっぱり昨日の指導室での出来事はドッキリだったんじゃないのかな?

 よーつべを検索したら、生徒指導室で僕が先生のキスに動揺するこつけいな動画がアップされていて、再生数五十二回くらいをたたき出してるんじゃないか?

「ではこの問題を……はい、さいくん。前に出て解いてみて」

「……へ?」

 唐突に指名されて、先生が誰の名前を呼んだのか一瞬わからなくなってしまう。

 黒板には文法の問題が数問並んでいる。ヤバい、全然聞いてなかった。

 とりあえず、ノート片手に黒板の前に出る。

 うっ、すぐ隣の真香先生からふわっと甘い匂いが……キツすぎず、それでいて包み込んでくるような香り……!

 こんな匂いをただよわされたら、僕らアホな男子高校生なんて一発アウトですわ。

 もちろん、僕は除くけど。ぼ、僕は先生なんかにまどわされたりはしないんだからね!

「なにしてるの? もしかして、授業を聞いてなかったなんて言わないわよね?」

「…………っ! と、とんでもない……」

 真香先生が、こっちに一歩近づいてきた弾みで、おっぱいがちょっぴり僕の腕に当たった……!

 なんだこれ、僕の二の腕がふにょんって沈み込んだぞ、ふにょんって!

 スーツとブラウスとブラジャーという三重の防壁を備えた上で、これほどの弾力を有しているというのか!?

「だったらいいわ、はいこの問題よ」

 真香先生は、僕の隣に並ぶと──なぜか自分の右腕のそでをそっとめくった。

 手首の内側には黄色のせんが貼られていて。

『ノーブラです』

 と、板書の字とはあまり似ていない可愛かわいい丸文字でそう書いてあった。

 ……えーと、どういうなのかな、これは?

 ブラジャーをわざと外した上で、僕の腕にそのたわわなおっぱいを押しつけてきたと?

 いつものお高くとまった──じゃなくて、たかの花の先生のフリをしたままで、そんなみだらなマネを?

 ははは、ここまで来ると先生単独じゃなくて、学校ぐるみでのドッキリの可能性すらあり得る気がしてきたよ!

 ──もちろん問題は解けず、先生に叱られることになった。

 真香先生にさげすんだ目で見られるのはごほう、なんて馬鹿を言ってる同級生たちとは違うので、ちっともうれしくなかった。



「ようこそ、わたしの城へ!」

「…………」

 果たして、ボケにボケで返していいのか、突っ込むべきなのか、見当もつかない。

 放課後、ぼくが呼び出されたのは──二日連続で呼び出しかよ──第二校舎二階にある英語科準備室。

 教室の三分の一くらいの広さで、中央に机が四つ、向き合う形で置かれている。

 ただし、使われているけいせきがあるのはそのうちの一つだけで、あとの三つはじようにはなにもない。

 僕を歓迎してくれたのは、その使われている席についている美人教師だった。

「英語科準備室って初めて来ましたけど、ずいぶんかんさんとしてるんですね。うち、英語教師って他にもいませんでしたっけ?」

「もちろんいるわよ。でも、今年度になって引っ越してきたばかりなの。前の準備室はここよりもっと狭くて使い勝手が悪かったから」

「はぁ……そうですか。確かに、ちょっと物が多すぎですね」

 部屋の壁際には大きな段ボールがいくつも積み上げられ、最上段の段ボールはフタが開けられ、テキストやプリントなんかがはみ出している。

「この学校も半世紀くらい歴史があるもの。古いテキストとか、テストの過去問とか、なんの使い道もないゴミまでごていねいに残してあるのよね。もう、この部屋ごと燃やしたほうがいいんじゃないかしら」

「どうせやるなら、テスト前にお願いしたいですね」

「テスト前に学校燃えないかな、は学生あるあるね。なつかしいわ。さいくんがどうしても、というなら完璧な計画を練り上げるけど」

「や、やめときましょう……」

 この先生を相手にかつかるくちを言うもんじゃないな……。

 もちろん冗談だと思うが、ちょっと本気が入ってる気がしてならない。

「あらそう。まあ、準備室はしょせん準備室。教材なんかを置いておくための部屋だからね。必要のないときは、こっちには来ない先生も多いのよ。うちの英語科の先生方は基本的に職員室のほうにいるわね」

「へー……」

 他の科目の準備室も、プリントを取りに行ったりで、何度か入ったことはある。

 だいたいどこもゴチャゴチャしてて、本当に燃やしたほうがさっぱりしそうだった。

「たまにじようちゆうしてるような先生もいますよね。マイルームか、ってくらい私物を持ち込んでたりとか。サッカー選手のポスター貼ってる先生とかいますよ」

「じゃあ、わたしはさいくんのポスターを貼るわ」

「なんの嫌がらせですか、なんの!」

 そんなもん販売してないし。

「……となると、彩木くんの部屋にもわたしのポスターを貼ってもらう?」

「なにが、〝となると〟なんですか。そんなもん貼ってたら、犯罪くさいですよ」

「写真素材なら提供するわよ。水着なら余裕、がんれば下着までオーケーよ?」

「し、下着だと……!?」

 この先生の、わがままエロボディを小さな布きれだけで隠した姿ということか。

 馬鹿な、そんなものを提供されたら、ポスターどころかいろんな使い道を考えてしまうぞ……!

「もちろん、ポスター以外にも好きに使ってもらってけっこうだからね。きゃー、わたしってばどんなことになるの、どんなはずかしめをされちゃうの?」

「おーいっ!」

 たかの花なんて幻想は既にぶっ壊れてるとはいえ、どこまでキャラが崩れていくんだ。

「いえ、マジよ。マジの話なのよ」

 まるで授業中みたいな真剣なまなざしだった。

 うたぐぶかぼくだからこそわかる。この人、マジでマジだ。

「さっき、授業中にも辱められたところなのに。彩木くん、けっこうグイグイ来るのね」

「グイグイ来てるのは先生でしょ! そうだ、さっきの『ノーブラです』っていったいなんなんですか!」

 ああ、腕に当たったたわわの感触がよみがえってくる。

「あれは、ちょっとやりすぎたかもしれないわね。先生、反省してるわ……」

「魔女にもまだ良心が……」

「誰が魔女ですか、誰が。ただ、教育にはあめむちが必要なのよ。たまにはガツンといかないとね」

「……あれ、鞭だったんですか」

 ノーブラのおっぱいを押しつけることを、〝ガツンといった〟とは言わないと思う。

「まあ、反省してるならいいんですけど……そもそも、今日の呼び出しはなんですか?」

「もちろんの続きよ。昨日は初日ということで、生徒指導室なんてあらたまった場所に呼んだけど、これからはこの準備室で──わたしの城で指導するわ」

「まだ続けるんですか!?」

 教育がどうとか、ただのうわごとかと思ってたのに。

 指導室だろうと準備室だろうと、そんなことのために学校の設備を使っていいの?

「新年度が始まったばかりでしょう。まず、ここで厄介な生徒への対処をする必要がある。初手を間違えるとばんかいするのが難しくなるわ。勝ちたければ、逆転よりもじよばんからの優勢を維持することが大事なの」

「は、はぁ……それはそうでしょうね」

「わたしは逆転もどんでん返しも好きじゃないわ。最初から最後まで有利なポジションを取って、常に状況をてのひらの上で転がしたいの」

「なんか、とても物騒な発言に聞こえるんですけど……」

「当たり前のことだわ。不利な状況ほど燃えるなんて、負け犬のとおえよ」

「ま、まあ不利な状況にならないに越したことはないですかね……」

 いったい、なんの話をしてるんだか。

「教師にとって、生徒の制御は勝負なのよ。一人の問題児がクラスを崩壊させることも珍しくない。そして、学校にとってはそんなしようはなにがなんでも避けたい。うちは私立だし、面倒が起きれば経営にも影響が出てくるのよ」

「えらく生々しい話をしますね……」

 そりゃ、私立の学校経営は商売だってことくらい、ぼくもわかってるけど。

 というか、問題児って誰のことを言ってるんだろうなあ……。

「前置きが長くなったけれど、しばらくさいくんの指導をこの準備室で行う許可はもらってあるわ」

「いやいや、先生を好きになるように指導するとか、そんな許可出るのおかしいでしょ!」

「もちろん、名目は別よ。彩木くん、ああ言えばこう言う性格だから。要するに、問題児のこうせいって名目で準備室を使わせてもらうの」

「も、問題児……!」

 まさかと思ってたけど、僕って問題児なのか。

 ちょっと減らず口が多くて、先生への不信感を隠すつもりがじんもないだけなのに。

 そんな良い子を更生って話が通るなんて、この学校はどうなってるんだ……!

「とりあえず、このプリントを見てもらえるかしら」

 真香先生は、ショックを受けてる僕をなぐさめもせず、一枚のプリントを手渡してきた。

「は……? 『ふじ真香先生の秘密』……? 身長160センチ、体重47キロ、スリーサイズ88-57-87……って、なにを見せてるんですか、なにを!」

 ぼくは慌てて、プリントを先生に突き返す。

「だって、好きになってもらうにはまず自分のことを教えないと。こういう即物的なデータも必要でしょ?」

「即物的って。なにをアピールしてるんですか……!」

 ただでさえ、真香先生と狭い部屋で二人きりとか、きわどい状況なのに。

 88センチかあ……胸部がそんなぼうだいな数値になってる人が実在したのか。

 その88センチが、僕の二の腕に当たったわけか……そりゃあたかの花なんて呼ばれもするよね。そんな巨乳、そうそうあるもんじゃないもんね。

「……って、だから! 生徒をまどわせてどうするんですか!」

さいくん、両想いなんて、ちゃんちゃらおかしいと思わない?」

 僕の疑問をスルーして、真香先生は見事なきやくせんを見せつけながら、脚を組み直す。

「え? そこを否定するんですか? えーと……真香先生は、その……僕と両想いになるのが狙いなのでは?」

 うぬぼれてるみたいで、自分で言うのは恥ずかしい。ああ、言わせんな。

「誰かが誰かを好きになることはあるでしょう。たとえば、うちのクラスのあまなしさん。クラスの男子の大半──とまでは言わないけれど、三分の一くらいは彼女のことが好きなんじゃないかしら?」

「……そうかもしれませんね」

 天無は、いろんな意味で有名な女子生徒だし、男子に大人気であることは僕もよく知ってる。

「でも、彼女と両想いになれるのはたった一人だけ。クラスの三分の一に好かれるような天無さんでも、彼女が好きな男の子も彼女のことを好きだという可能性はそんなに高くないわ」

「そりゃ、可能性の話で言えばそうですけど」

 天無がハーレムOKだったりすると話も変わってくるが、ラノベじゃあるまいし、ハーレムなんて基本的にはあり得ない。

「だからね、好きな人ができたら努力が必要なの。都合良く、相手も自分のことが好きだとか幻想を抱くのは中学生までなの。両想いっていうのは、最低でも片方の血がにじむような努力が必要になるのよ。つまり、今回のケースではわたしね」

「べ、別に努力しなくても、相手が自分に興味ないならあきらめるって選択肢も……」

「世の中には、絶対に負けられない戦いがあるの!」

 真香先生はから立ち上がり、こぶしを天へと突き上げる。

 なんだか先生に光が差しているみたいというか、世紀末しやさいのような姿だ。

「わたしは教育者だから。自分の武器を存分に使わせてもらうわ。つまり、さいくんにわたしの魅力を伝え、コロッとなびくようにしつけ──いえ、指導するのよ」

「とんでもないこと言いかけた気がしますが……自分の立場を悪用してませんか?」

「わたしは教師として生徒の君と出会って、それで好きになったんだもの。今の立場をかして攻略をすることにためらいはないわね!」

 先生は、天へ突き上げたこぶしをぶんぶん振っている。なんか可愛かわいい。

 ……はっ、可愛いとか、早くも毒され始めてる!?

「つーか、いまいち理由になってないですよ! 準備室を使うとか、やっぱ職権らんようじゃないですかね!」

「どうせ、この準備室には他の英語の先生はあまり近づかないもの。有効活用するというだけよ」

「…………」

 忘れそうになっているが、真香先生はたかの花。近づくことすら、おこがましい。

 職員室でも、特に男のどうりようとはあまり話もしないって聞いたことがある。

 真香先生が準備室にいると、他の先生方は近づきにくいのかも……。

「思えば、のおかげでもあるかもしれないわね。人生、なにが幸いするかわかったものじゃないわ」

「アレ……?」

 アレって、どれのことだろう。

 まあ、真香先生だって丸一年以上この学校にいるんだから、いろいろあって当然だ。

 そういえば、一度なにかがあったような……?

「つーか、ぼくを問題児扱いしてるけど、こんなちやをしてる真香先生だって充分に問題先生だよね……」

「いきなりディスられた理由が気になるけど、彩木くんのディス発言はいつものことだからいいわ。それより……」

 真香先生は、スーツのポケットからスマホを取り出してひらひらと振ってみせる。

「まずは連絡先を交換しましょう。指導するなら、マメな連絡も必要だもの」

「ええ? 先生が生徒と個人的に連絡を取り合っていいんですか?」

「ダメなら、毎日HRホームルームで君に呼び出しをかけることになるけど。まあ、わたしは別にかまわないわ」

「……、僕の連絡先を聞いていただきたい所存です」

 くそっ、自分のイメージなんか気にしないけど、毎日毎日呼び出しをくらってたら、どんだけ問題児なんだと思われかねない。

 美人教師の電話番号とLINEのID……金を払ってでもほしい人はいるだろうが、僕は全然うれしくない。

 スマホの着信を確認する回数が今日から激増するなんてことも、絶対にないよ……ね?



 翌日、二時間目と三時間目の間──

 休み時間が十分しかないのは不合理だと思う。

 次の授業が体育となると、着替えや移動でどうしても時間がかかる。

 教師側には、遅れたとしても柔軟な対応をしてほしいよね。

 男子更衣室でジャージに着替えて、昇降口へと向かう。

 友達がいないわけじゃないけど、特別親しいといえるほどのやつもいない。

 というわけで、単独行動になってしまうことも多い。

 むしろ今となっては、これでよかった気がする。親しい友人がいれば、先生の怪しいたくらみに巻き込まれているとバレてたかもしれないから。

 今日はまだ連絡は来てないけど、やる気満々みたいだから本当に毎日〝教育〟だの〝指導〟だのをするつもりだろう。

 指導室では谷間だのちゅーだの、おおばんいだったが、まだあんなのが続くんだろうか……。た、楽しみなんかじゃないからね!

「ん……?」

 ばこのところで、正面から一人の女子生徒が歩いてくる。

 黒髪ロングで、制服をきっちり着こなし、歩き方も堂々としている。

「ん? ふーむ…………」

「な、なんですか?」

 彼女はぼくの前で立ち止まると、上から下まで遠慮なく眺め回した。

「ジャージの前くらいちゃんと閉めろ。だらしない」

「わっ」

 彼女はそう言うと、僕のジャージのファスナーを勢いよく閉めた。

 顔がすぐ前にまで近づいてきて、黒髪からふわっといい香りがただよってくる。

「これでよし。私がいなくなった途端、またダラけたりするなよ?」

「し、しませんよ……」

 僕がそう答えると、満足したのか黒髪ロング女子生徒は去っていく。

 もちろん、僕は彼女がろうの曲がり角に消えたのを確認してから、またジャージの前を開いた。

 今日はちょっと暑いし、きゆうくつなのは嫌いだ。

 あの人も、相変わらず細かいよなあ……まあ、それがといえばそうなんだけど。

さいくんのジャージ姿……ふふふ、ダサ可愛かわいい……」

「…………」

 ばこの向こうから、ひょこっとおれいな顔が現れたかと思うと、スマホをぼくに向けてパシャパシャと連写した。

 もちろん、我が校が誇る美人教師にしてたかの花のふじ先生であらせられた。

 僕がなにか言う暇もなく、うれしそうにスマホを握り締めて去っていく。

「おー、彩木。なにしてんだ、行かないのか?」

「……いや、行くよ」

 他のクラスメイトが来たから、素早く姿を消したんだろうな、あの先生。

 一瞬、誰もいなくなったすきをついて僕の写真を撮って風のように去っていくとは。

「あのさ、僕のジャージ姿の写真、いくらなら買う?」

「オークションに出せば、現実を教えてくれるんじゃね?」

「……だよね」

 そのクラスメイトは、的確な答えをくれた。こやつ、もしや名のあるモブキャラか?

 僕のジャージ姿の写真なんて、この世の九十九パーセントの人にはゴミ同然だろう。

 でも、あの美人教師にだけは危険をおかして撮りにくるくらいの価値はあるらしい……。



 そして、その日の放課後。

 当たり前のように、英語科準備室へと呼び出された。

「ティーバッグで悪いわね。準備室じゃ、たいしたおもてなしもできないのよね」

「そもそも、おもてなしをする場所じゃないでしょ」

 真香先生は、マグカップに紅茶をそそいで僕に手渡してくれる。

 美人教師にお茶をれてもらうなんてラッキーかもしれないが、考えてみれば呼び出しをくらってる時点でちっともラッキーじゃない。

 中央に並んだ机のそば、僕はパイプに、先生は背もたれつきの椅子に座っている。

「そうね、おもてなしじゃなくて特別指導だったわね。では、さっそく始めましょうか」

「今日はいったいなにを……?」

 昨日までは特別なことはなにもなかったけど(告白と罰を除く)、具体的になにか始めるつもりなんだろうか。

「そんなに警戒しなくていいわよ。あくまで、わたしがやることは指導だから。教育だから。普段、授業でしていることの延長だと思えばいいわ」

 真香先生は、机の上のリモコンを手に取って、壁に掛けられたTVの電源を入れた。

「英語は映像教材を使うこともあるからね。TVは備品として普通に置いてあるの」

 説明しながら、先生はなにやら操作を続けている。

 どうやらTVはネットにもつないであるらしく、動画配信サイトに接続して、購入済み動画のページを開いた。

 ざっと見た感じ、ほとんどが誰でも知っているような海外の名画ばかりだ。

 映画で英語を覚えましょう、みたいな授業で使うんだろう。

 まー、生徒が覚えるのはせいぜい面白いスラングくらいだけどね。

「はい、それじゃあこれを観賞しましょう。さいくんも楽しめると思うわ」

「えーと、『ボクのミニスカ先生 ~禁断の黒いストッキング/ローアングル編~』かー。これは英語力が高まりますねー」

 画面に現れたのは、黒い髪をアップにして、胸元をむやみやたらに開けた白ブラウス、紺のタイトスカート、黒いストッキングにハイヒールという格好の女性教師だ。

 赤いフレームの眼鏡を掛け、きようべんも持っている。

 黒板の前に立ち、どこかの英語の教科書を丸暗記したような、どうでもいいことをよくようの少ない棒読みで語ってる。

 ちょっと、キャラの作り込みが甘いなあ。

 ディティールの積み重ねが少ないと、いまいち興奮できないんだよね。

 生徒の主観視点で撮影という設定らしく、女性教師以外の登場人物は見当たらない。

 場所は教室で、机も並んでるんだから生徒を配置すればいいのに。予算の都合かな。

「スカートが短すぎるわね。さすがに、ここまでのミニで出勤したら、教頭にマジのお説教をくらっちゃいそうだわ」

「真香先生のスカートも、充分に短いですけどね……」

 思わず、ちらっと先生のスカートに視線を向けたのはしょうがないことだよね。

 そんなことを言っている間に、画面の中の教師はきようだんの上に座り、悩ましげなポーズを取り始めた。

 サブタイトルどおり、低い視点からめ回すようなカメラアングルだった。

 いやいや、ふくらはぎを撮り忘れてるぞ。そこの微妙なカーブのエロさがわかっていないのか。

「……って、なにを見せてるんですか、なにを!?」

「ツッコミ遅っ。彩木くん、もう十分くらいってるわよ?」

「ツッコミどころが多すぎて、どこから突っ込んだもんか迷ってたんですよ!」

 なにが楽しくて、学校で女教師モノのエロ動画を観なくちゃならないんだ。

「こんなもん、学校で観てたら問題でしょ! どこが授業の延長ですか!?」

「安心して、これはR15指定よ。十六歳の彩木くんが観てもなんの問題もないわ」

「ああ、それなら──って、年齢制限の話じゃないです!」

 18禁動画にしては、ずいぶんエロがぬるいと思ってたことは伏せておく。

「女教師が女教師モノの映像を観てなにが悪いの。野球部員がプロ野球の映像を観るようなものじゃない?」

「全っ然違いますよ! 問題ないって言うなら、今ここに教頭を呼べますか!?」

「そんなことしたら説教じゃ済まないかもしれないわ。弱みをつかまれて、夜の街に連れ出されて、それこそ18禁の世界に突入しちゃうわね」

「じゅうはちっ……って、わかってるんじゃないですか! 勝手に教頭をゲスキャラにしてるのはともかく!」

 ちなみにうちの高等部の教頭先生は、熟年の女性です。夜の街でどんな18禁展開になるんだろう。

「まあ、確かに思ってたよりエロいわね。さいくんが興奮するのも無理ないわ」

「映像のせいで興奮してるんじゃないんですけど……」

 どうでもいいが、映像はまだしつこく女性教師をめるように映している。

 せいぜい、胸の谷間やスカートの中が見える程度で、かなり健全だが。

「彩木くんに、女教師の良さを教えようと。ただ、いきなり生身の女だと刺激が強いだろうから、まずは映像で勉強してもらおうと思ったの」

「あくまで教育と言い張るつもりですか」

 ぼくを女教師フェチなどにして、責任取れるのか。

 死ぬまで女教師以外で興奮できなくなったら、どうしてくれるんだろう。

「さすがに経費では落ちないでしょうけどね──って、ちょっと待って! これ、なんなの!?」

「なんなのって……結局、脱ぎ出してるじゃないですか」

 女性教師は誘うような目つきをして、やたらともったいぶりつつ、ブラウスのボタンを外している。

「脱いでるのは別にいいのよ。でもこれ、中に着てるのって……水着じゃない!?」

「たぶんそうですね。僕より先生のほうがよくわかるんじゃないですか?」

「え? 意味がわからないわ……なんで普通の服の下に水着を? この日、水泳の授業があるから着てきたの?」

「そんなわけないでしょ……」

 別に、僕はこの手の〝ちょっとエッチ〟系の映像には興味ない。マジで。

 ただ、わざわざ教室で観てるお馬鹿な男たちもいるので、目にしたことはある。

 この手のやつは、脱いだらたいてい水着である。下着っぽく見えても、やっぱ水着ってことが大半──らしい。

 下着姿がお望みなら、それこそ18禁の映像を観るのが手っ取り早い。

「ええぇ……やっぱり水着だわ。教室で水着姿とか……シュールというより、馬鹿馬鹿しいわ……」

 もしかすると先生、こういう動画を初めて観たのか? ずいぶんショックを受けてるようだけど……。

 映像の中の女性教師はブラウスもスカートも、ついでにストッキングまで脱いでしまってる。おい、黒ストがウリじゃないのか?

 単なるビキニ姿になった女の子は、挑発的なポーズを取ったりしてる。

「ちょっと、ちょっと……話が違うわ!」

 真香先生は、リモコンを手に取ると、早送りを始めた。

 しばらく教室で水着姿のままいろんなポーズを取る映像が流れ、その次は体育館でジャージ姿の女性体育教師らしきコスチュームに変わった。

 それもすぐに脱いでしまい、また水着になった。

 その次は、普通に屋内プールで水着姿になり、わざと跳んだり跳ねたりして胸を弾ませている。

「ええぇ……もう教師とか関係ないじゃないの……これ、1980円もしたのよ!」

「そんなことぼくに言われても……」

 そもそも、やり方を間違ってるので、映像の内容など関係ないと思う。

 僕も健全な男子高校生なので、女の子の半裸にドキドキはするけど、いくらこんなものを見せられても、趣味は変わらない。

「って、ええぇっ? さ、さいくん、この人、水着の上を取っちゃったわよ!?」

 真香先生の解説どおり、映像の女の子は大事な部分が見えないようにしながら、水着のブラを外してしまった。

 ただし、もちろんR15なので手で胸を隠してる。手ブラ、というやつだ。

「ええぇ、好きな男の子の前でもないのに、こんなに脱いじゃうの……?」

 ちょいエロ動画の存在意義を疑うようなことを言われてもなあ。

「ちょっと待って、本当に……ああっ、そんなに手をずらしちゃダメよ……!」

「…………!?」

 真香先生はショックを受けたように言うと、ささっと僕の後ろに身を隠した。

 僕の肩からぴょこっと少しだけ顔を出して、TVを見つめている。

 観たいのか観たくないのか、それはともかく……思いっきり身体からだが密着してるんですけど!

 真香先生のふくよかな胸が僕の背中に当たり、ぎゅうぎゅうと押しつけられてる。

 めっちゃくっついてるんで、いい匂いもするし!

 画面の中では、女の子がきわどいところまで胸を見せてるけど、どうでもいい。

 それより、ぼくの背中にくっついてる可愛かわいすぎる生き物の感触が……!

「きゃー、きゃー、ダメ、ダメ! さいくん、こんなエッチすぎるの、観ちゃダメ!」

「先生が見せたんですけど!?」

「とにかくダメなの!」

 先生は、がっと僕の両目を手のひらでおおってしまう。

 なにも見えなくなったが、「ええっ、今度は保健室で?」「ちょっと、白衣の下、下着もつけてないの?」「あの白衣、おっぱいと接着してあるの?」「ま、まさか、消毒液でそんなプレイを!?」とか、聞こえてくる。消毒液って。

 真香先生は、きゃーきゃーと騒ぎまくっている。

 まるでホラー映画でも観てるようなリアクションだ。

 つーか、騒ぐたびにふよんふよんと僕の背中に胸が当たってるんですが……!

「あ、ああ……終わったわ…………」

「……………………?」

 んん……? なんだ?

 先生の胸は残念ながら──じゃなくて、やっと離れてくれたけど。

 なにやら、後ろでゴソゴソしている物音が聞こえてくる。

 なんだなんだ、なにをしてるんだ?

「も、もういいわよ……ゆっくりと、決して慌てず後ろを向いて、彩木くん」

「はぁ……?」

 いったい、なんなんだ。本当にバタバタした人──って、おおおおおおいっ!

「なにしてるんですか、真香先生っ!?」

「みっ、見てのとおりよ……今、スマホで調べたけど、手ブラというのね……」

「僕が見てないところでなにをしてるんですか、なにを!?」

 すぐそばにいる真香先生は──スーツの上着も、ブラウスも脱いでさらにブラジャーまで、ブラジャーまで外してしまっている!

 右腕を横にして、二つのふくらみのてっぺんのあたりはきちんと隠してるけど!

 片手で僕の両目をふさぎつつ、器用に片手だけで脱いでたのか。

 う、うわぁ……この前の谷間と比べて破壊力は220パーセントアップ! 数字の根拠はない!

「あ、あまり見ないでもらえるかしら……さすがにこれは恥ずかしすぎる……死にたい」

「だったら、脱がなきゃいいでしょ!? 生身は刺激が強いとか言っといて!」

「あ、こら! ちゃんとこっちを見なさい、彩木くん!」

「見ないでって言いましたよね!?」

 言われたとおりに目をらしたのに。先生の言動に整合性の三文字はないのか。

「し、仕方ないのよ……わたしの手ブラを見せておかないわけにはいかないの」

「理由が一ミリも想像つきませんよ……」

「あんなえっちな映像、さいくんには刺激が強すぎるわ! たった1980円の映像ごときに負けられない! わたしの手ブラで、あのニセ教師の手ブラを上書きしなきゃ!」

「意味がわからん!」

 あんな動画の手ブラなんて、明日には忘れてるぞ。

 ぼくがずっとまどわされるとでも思ってるんだろうか?

「い、いいから、服を着てください。ああ、こんなところに放っちゃって……」

 別のパイプに、先生の上着とブラウスが適当に置かれてる。

 僕は上着とブラウスをまとめてつかみ、真香先生のほうへ押しやって──

「あっ」

 真香先生がつぶやき、同時にぽろっとなにかが床に落ちた。

 うん、これは──ブラジャーだね。今日は黒のブラジャー。

 さすが、実は巨乳の真香先生、ブラジャーだけでもド迫力の大きさだ。

「彩木くん! 待って、拾っちゃダメよ!」

「わっ……!」

 真香先生が慌てて床にかがみ込んで、黒ブラを拾おうとする。

 ブラジャーに気を取られたせいか、自然に腕を伸ばしてしまい──

「うっ……!?」

 ぼくは、慌てて先生から視線をらした。

 ヤ、ヤバかった……今一瞬、見えそうに! というか、一瞬だけ見えちゃったような気もしたけど……気のせいだと思おう!

「……み、見えたの……?」

「い、いいえ。僕にはなにも」

「そ、そう。わたしは信じるわ。可愛かわいい生徒の言うことを疑うようでは教師失格だものね。ええ、わたしはなにも見せてない……見せてない……」

 先生はぶつぶつと、自分に言い聞かせている。

 ブラジャーを拾い、僕が押しつけたスーツの上着とブラウスをまとめて身体からだの前に押し当てて、後ろを向いた。

 僕もなにもない壁だけを見つめる。

 そうだ、壁だ──壁のようにへいたんな心を取り戻すんだ、さいまこと

 ごそごそと聞こえる着替えのきぬれなど気にするな。

「なんにしても……あの映像は教育上よくなかったわね。大人も失敗をするのです」

「教育上よくないのは、最初からわかってましたけどね……」

 その上、生でとんでもないものまで見せつけられたし。

 もはや、映像の内容など僕の脳から完全デリートされてる。

 先生の手ブラと、ブラジャーを拾おうとしたときの衝撃映像が警告無しで上書きしていったから。

「も、もうこっち向いていいわよ。と、とりあえず今日はここまでね」

 振り向くと、いつもどおりのスーツ姿の真香先生がいた。

 安心したような、ちょっぴり残念なような。

「今度はもっと、使えそうな動画を探しておくわ」

「もう動画はあきらめたほうがいいのでは……」

 あんなことがあったのに、まだやる気か、この人。

「あと、れきを消しておいたほうがいいですよ。このTV、他の先生が使うかもしれないでしょ。こんな動画の履歴、残ってたらある意味で真香先生の趣味が疑われますよ」

「……ど、どうやるの?」

 どっちが教育者なのかわからなくなってきたぞ。

 正直、女教師モノはなんとも思わなかったけど……。

 真香先生には、ちょっと──いや、だいぶくらっと来てしまいました。

 もしかすると先生の教育だか指導だかは順調なのかもしれない。恐ろしいことに。



 結局、先生は仕事を切り上げて帰宅することになった。

 動画鑑賞がいろんな意味で失敗に終わったのがショックらしい。

 ぼくに付き添われて職員室に戻った真香先生は、他意もなく「さいくんの指導中に気分が悪くなって……」と事実を説明し、上司にあたる学年主任の先生は「それはしょうがない」とすぐにうなずいた。

 しょうがないって、どういう意味かな?

「彩木、おまえがふじ先生を駅まで送ってあげなさい。余計な減らず口はたたくなよ」

 学年主任は、生徒に責任を取らせることも忘れなかった。

 高校生ともなれば、やったことには責任が発生する……って、今回の場合、どちらかといえば僕はわけのわからん指導のせいしやだぞ。

「ふう、世の中はまだまだきように満ちてるわね。動画のタイトルは信じちゃいけないと学習したわ」

「先生の知識にかたよりがあるんじゃないですかね……」

 夕方──いや、もうだいぶ暗くなった道を二人で並んで歩く。

 部活の生徒が帰宅するには早く、帰宅部の生徒が帰るには遅いので、他の生徒の姿はほとんど見かけない。

 まあ、輝ける真香先生と僕なんぞが一緒に帰っていても変なうわさになるなんてことはないだろう。

「ん……?」

 そのとき、スマホが一瞬振動して、表示を確認する。

 LINEのメッセージが来ていて、が送られてきていた。

「彩木くん、歩きスマホはよくないわよ。スマホ使うなら、待つわ」

「あ、すみません、大丈夫です」

 スマホをポケットにしまいながら答える。

 この猫写真を送ってきた相手は、既読スルーもまったく気にしないタイプだ。

「それより、先生。駅まででいいんですか?」

「え? え、ええ、駅までで平気よ。なにも問題はないわ。ないったら」

 あまり重ねて否定されると、なにか疑っちゃうけど……。

 まあ、一応これでもみようれいの女性なんだし、自宅は知られたくないのかな。

 僕に対してそんな感情はないような気もするが。

「それにしても、これは意外な展開だわ……」

「へ? なにがですか?」

 ぼくが聞き返すと、先生はなぜかほおを染めてぷいっと横を向いた。

「い、いえ、〝一緒に下校〟はもうちょっと先の段階で発生させる予定だったのよ。口実を見つけるのも大変だし」

「はぁ、まあそりゃ……」

 これくらいの時間帯なら、他にも帰宅する先生はいるんじゃないだろうか。

 教師が帰宅してもおかしくない時間、たまたま帰り道で先生と一緒になれば、駅まで一緒に歩くくらいは不自然じゃない。

「というか、ぶっちゃけわたし、男の人と一緒に帰るのって生まれて初めてだわ」

「えええぇーっ!」

「そ、そんな驚くこと?」

「控えめに言っても、きようてんどうです」

「もしかしてさいくん、わたしのこと馬鹿にしてる?」

 真香先生は、ジト目で僕をにらんでくる。

 馬鹿にはしてないけど、かなりの衝撃的発言だ。

 いくら近寄りがたいたかの花とはいえど、これだけの美人。

 たぶん、中学、高校、大学と注目を集めまくる学生時代を過ごしてきたに違いない。

 それで、男と並んで帰宅したこともないとは……。

 なんだか気の毒にすら思えてきた……。

「ちょっと、彩木くん? そのせつなげな目つきはなぜかイラッとするわ」

「ああ、すみません。僕にもまだ優しい心があったみたいで……」

 イラついていた真香先生の目がさらにけわしくなったが、気づかなかったことにしよう。

 僕が知らんぷりしていると、真香先生は、ふーっとため息をついた。

「わたしの人生にもいろいろあったのよ。逆に、なにもなかったと言えなくもないけど」

「そこは追及しませんけど……」

「追及しなさい! 疑問があったらためらわずにくのが基本よ! 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥、と言うでしょう! わたしを恥ずかしがらせて楽しんでやろう、くらいのしようを持ちなさい!」

「相変わらず、真香先生の扱い方がさっぱりわからないです……」

 一介の男子高校生にそこまでのくだを期待されても困る。

「いえ、それでいいのよね。まだ教育は始まったばかりだもの。あまり女の扱いに慣れてると、〝ああ、この子は既に他の女の色に染められてるんだ……〟と思えちゃうわ」

「一応、あなたも教師なんだから、もう少し物言いに気をつけたほうがいいんじゃないですかね」

 もう何度目かわからないが、高嶺の花なんていう幻想をぶち壊しすぎだ。

「なんでそこまで熱心に指導……というか、その……ぼ、ぼくのことが好きとかそんなことになってるんですか……?」

 だいぶ疑いは晴れてきたけど、いまだに信じられない。

 TVで見かける美人女優が束になってもかないそうにない、これだけれいな人がどうして僕ごとき平凡な男子高校生に好意を持つのか。

 まあ、このお綺麗なお方の中身がだいぶ残念だというのはわかってきたけど……。

さいくん、それはダメよ。それを教えるのは〝答え〟になってしまうわ。先生は答えを教えるんじゃなくて、答えまでの道筋に導くのがお仕事なのよ?」

「その辺のさじ加減もよくわからないですけどね」

 先生は、僕に好きになってもらいたい。

 そのために僕を洗脳──じゃなくて、教育しようとしている。

 第一歩が、僕の〝先生〟への警戒心を解き、むしろ女性教師を好むように仕立て上げること。

 その方法が、女教師モノのちょいエロ動画を見せるというのはかなりぶっ飛んでるけどね……しかも学校で。

 その上、最終的にはみずから手ブラ……いや、それは忘れよう。

「理由はなんであれ、わたしは間違いなく彩木くんのことが好きよ。というか、好きでもなければいつ誰が来ても不思議じゃない準備室でいかがわしい動画を生徒に見せたりしないわ。したら、あまになるまでもなく社会とサヨウナラじゃないの」

「わかってるなら、やらないでくださいよ!」

 こんなことで一人の人間を社会からまつさつしてしまったら、寝覚めが悪すぎる。

「それくらいの覚悟があるということよ。からかってるだけなら、そこまでのリスクは背負わないでしょう。まあ、今日のアレは違う意味でリスクを背負ってたけど……」

「リスクというか、自爆でしたよね……」

「しょうがないじゃない! あそこまでエッチだと思わなかったんだもの! しかもタイトルだし! お金返してほしいわ!」

「エロ動画のパッケージとタイトルはあまり信じちゃダメですよ」

「こらっ」

 ずいっ、と真香先生が顔を近づけてくる。ていうか、近すぎる!

「彩木くん、まさか18禁の動画とか観てないでしょうね! ダメダメ、女教師モノ以外は絶対にNGよ!」

「女教師モノもNGでしょ! 観てないけど、常識なんですよ、男子的には!」

 最近はパッケージもタイトルもそこまでうそはつかないらしいが。

「……もー、男子ってわたしが現役の頃も今も馬鹿ばっかりなのね。やっぱり、彩木くん以外は興味持てないわ……」

「…………」

 男子高校生に幻滅しても、ぼくには幻滅してくれないらしい……。

「でもまあ、第一歩は踏み出したわ。ちょこっと失敗したけど、まだまだやり直せるしね。一緒に帰宅も前倒しで実行できたし」

「無駄に前向きですよね、先生」

 気づけば、もう駅が見えてきている。

 学年主任には駅まで送れとしか言われていないし、ここまでだろう。

「そういえば、先生ってどこに住んでるんですか? 本当に具合が悪いなら、一応家の近くまで送りますけど……」

「あっ、ちょうどよかったわ。タクシー!」

 先生は、唐突に手を高々と上げると、近くを走っていたタクシーを止めた。

「送ってくれてありがとう、さいくん。今日は疲れたから、電車はやめておくわね」

 ぎゅっ、と僕の手を一瞬だけ握ってから──

「本当は手をつないで帰りたかったけど、さすがにヤバいから、これだけで。ごめんね」

 僕の耳元でささやいて、タクシーに乗り込んだ。

 バタン、とドアが閉まり、真香先生が運転手さんになにやら告げるとすぐにタクシーは走り出した。

 僕は、真香先生に握られた手を軽く持ち上げ、意味もなくにぎにぎしてみる。

 柔らかくて、思ったより小さい手だった。

 男としてはがらな僕と、女性にしてはそこそこ背の高い真香先生では、身体からだのサイズはそんなに変わらないようなイメージがあったけど。

 やっぱり女の人なんだなあ、とかそんなことを思ってしまう。それと──

「ためらいもなくタクシーを止めるとか、大人ってすげー……」

 つい、妙なことに感心してしまった。

 いやだって、僕ら高校生は、よっぽどのことがない限りタクシーなんて使いませんよ。

 真香先生は、美人で教師で、やっぱり大人なんだなあ……。

 こんなさいなことで心が揺れてたら、マジで真香先生に〝教育〟されちゃうんじゃないだろうか、僕。

 一番まずいのは、それでもいいかなと思い始めてることだけどね。




② 真香先生 VS.SIDシド



 チャイムが鳴り響き、本日も無事に授業終了。

 あとはHRホームルームを受けるだけだ。っと、今日は掃除当番もあるんだっけ。

 それが終わったら、また先生の教育のお時間だ。

 昨日の動画鑑賞は、だいぶ危険な方向に突き進んでしまったけど……。

 今日は、いったいどんな意味不明な指導を受けることになるのかなー。

 って、楽しみになってる!? 待て待て、さいまこと、なにを考えてるんだ!

 常に胸には疑いの心、転ばぬ先のつえは色違いで三本くらいまとめて持っておく。それがぼくという人間やんか。

 ましてや相手は、いんねんあさからぬ美人先生という種族。

 いくら警戒しても足りないってことはない。

「お待たせしました。連絡事項がいくつかありますから、まだ帰らないでください」

 と、真香先生がきりりとした表情で教室に入ってきた。

 彼女が担任になって二週間にもなるっていうのに、まだ教室に姿を見せただけで喜ぶ生徒たちがいる。

 男子はもちろん、女子にもうっとりと真香先生を見つめてる子が少なくない。

 まー、れいだとは思うけどさ。どこのモデルやねんってスタイルだけどさ。

 あと、すっごくいい匂いするんだよ。実は気になってるんだけど、香水とかつけてるのかなあ。

 決してキツすぎず、ほのかに甘酸っぱい香りで、後ろから抱きつかれたときには、ふわっと鼻を優しくくすぐってきて──

 って、だから! めっちゃ真香先生にまどわされてるじゃん!

 真香先生の教育がくいきすぎてるじゃん!

 こんなことでどうするんだ、彩木慎! かんな誘惑に身を任せてしまっていいよ──じゃなくて、いいのか!

「っと、失礼。ちょっと待ってください」

 時間割の変更について説明していた真香先生が、ポケットからスマホを取り出した。

 話の途中だが、誰も気にしない。今時は先生同士の連絡もスマホを使うらしいから。

「…………失礼しました。では、説明の続きを」

「…………」

 今、真香先生がスマホの画面を見たとき、ほんの一瞬だけ驚いたような顔をした。

 誰も気づかなかったようだけど、真香先生のいろんな顔を見せられてきた僕だからこそ気づけたというか。

 なんだろう、なにかトラブルでも起きたんだろうか……。

 なんて考えてる間に先生の連絡事項は終わり、礼をしてから先生はすたすたと教室を出て行った。

「おっと……あれ?」

 すぐに、今度はぼくのスマホが振動して、画面を見ると真香先生からのメッセージが届いていた。

 目の前で、いつものように背筋を伸ばして教室を出て行ったところなのに、いつの間にメッセージを打ったんだろう。

 生徒側からの死角で、画面を見ずに打ったんだろうか。無駄にすごい技術だ。

『ごめん、今日の指導は中止ね。やつらが』

「奴らってなに!?」

 つい、ツッコミを入れてしまい、周りにげんな目で見られてしまう。

 さいも相変わらずだな、などと僕の肩を優しくたたいたりする奴もいる。

 僕が普段、奇行に走ってるみたいに言わないでほしい。

 奇行、というのは真香先生がやってる指導のことを言うんだ。

 とにかく、メッセージはこれだけだった。思わせぶりなの、やめてくんないかな。

「彩木、今日は階段の掃除当番。行く」

「……あ、ああ。わかってるよ、そうさん」

 僕の横を、クラスメイトの貴宗さんが通り抜けていく。

 貴宗てんさんは、騒がしいうちのクラスでは珍しい、物静かな人だ。

 かなりがらで、茶髪ツインテールという髪型のせいか、中学生かをすると小学生にも見えてしまう。

 まあ、出るところはめっちゃ出てるんだけど。主に胸部。

 いやいや、そんなこと気にしてる場合じゃない。真香先生のメッセージも深読みしたってしょうがない。

 指導も中止になったことだし、掃除を済ませたら静かな放課後をたんのうしよう。



 掃除には、思った以上に時間がかかってしまった。

 二年生の教室がある四階東側の階段掃除だったのだけど、誰かがジュースをこぼしたまま放置してたり、なぞのこびりついた汚れがあったりと、やけに手間取らされた。

 おまけに、僕と貴宗さんの他の当番はいろいろ理由をつけてサボりやがった。

 奴らの名前は覚えたぞ。いや、クラスメイトなんだから最初から覚えてるけど。

やつら、名前は覚えた」

「…………」

 と思ったら、そうさんもまったく同じことを思ってた。ていうか、口に出してる。

 見た目も中身もお人形さんみたいな人だと思ってたけど、意外と過激だったり?

 今時珍しい、PCみたいなキーボードがついた携帯電話にぽちぽちなにか書き込んでるし。

 恨み日記とかかな……ちょっと親近感が湧く。

 そんなこんなで、大変だった掃除が終わると、貴宗さんは煙のように消えていた。

 あの人も、よくわからんな……ちっちゃくて可愛かわいい上におっぱい大きいので、男子にはひそかな人気があるらしいが。

 まあ、ぼくごときたみくさでは関われないお人だ。

 しかし、このところトラブル続きだな。掃除すら普通に終われないとは。

「おはらいでもしてもらったほうがいいかな……」

 でも、効果がなかったら返金対応なんてところはないだろうし、お金の無駄かも。

 タクシーにだって気軽に乗れるような経済状況じゃないんだからなー。

「……と、いけないいけない」

 タクシーで誰かさんを連想して、ちょっと英語科準備室に寄ってみようかなんて思っちゃったよ。

 気軽に訪ねるようなところでもないし、今日はこれ以上の面倒は避けられるんだ。

 しよかんてつして、静かな放課後を過ごそう、そうしよう。

 一度教室に戻ってカバンを取り、ろうを歩いていると──

さい! 彩木まこと!」

「…………あれ、生徒会長?」

 廊下のど真ん中に、腕組みをして仁王立ちしている女子生徒がいた。

 昨日、僕のジャージのファスナーを閉めていったあの人だ。

 そうそう顔を合わせることもないのに、二日連続で声をかけられるとは珍しい。

「いいところで会えた。実はおまえを捜索してた」

「捜索……?」

 そうだ、とうなずいたこの人は三年生で生徒会長。

 じんしよカレン──名前は洋風だが、混じりっけ無しの日本人らしい。

 しつこくと表現するにふさわしい真っ黒な髪を長く伸ばし、制服のブレザーをきっちり着こなし、それでいて上着越しにもはっきりわかる立派な胸。

 たんせいな顔つき、女性にしては長身で、脚がすらりと長い。

 まるでモデルのようなスタイルだ。

 肩書きと、この恵まれた容姿で、校内でも一、二を争う有名人だったりする。

 おまけにしゆうどういん育ちという異色の経歴まで持ち、シスター見習いをやってるとか。

 シスターで生徒会長──言うまでもなく、性格は真面目まじめけつぺきだ。

 個人的に、真面目すぎる人間は裏があると思っているけど、会長の場合はその真面目さが強烈すぎて疑いにくい。

「なんですか? ぼく、なにもしてませんよね……?」

 そう言いつつ、さりげなくネクタイを締め直し、ブレザーの前ボタンを留める。

 なぜか、この生徒会長は僕を目のかたきにしていて、服装の乱れとかろうを歩く速度とか、なんでもないことでしょっちゅう絡まれている。

 他の生徒はそこまで細かいことで注意はされてないんだよね……僕の存在ってそんなに気に触るんだろうか?

「いや、やった。身に覚えがないのか、おまえ」

「あ、ありませんけど……」

 僕がそう答えると、カレン会長はあきれたように首を振った。

 別に名前で呼ぶような関係じゃないんだけど、いつだったか服装を注意されたときにそう呼べと命じられたのだ。

 美人生徒会長に命令されて、逆らえる男子高校生がいるだろうか? いや、いない。

 というか僕って、もしかして年上の美人に弱い?

 馬鹿な、どちらかといえば警戒すべき対象だというのに。

「おまえは、やらかした。制服を着崩すとか、無駄に廊下を早足で歩くとか、そんなケチな話じゃない。もっと重罪だ」

「重罪!?」

「そうだ、もはやおまえの罪はぬぐいがたい。だから、こうしてはっきり言いにきた」

 カレン会長の大きな目が、すうっと細められ──

「私に、おまえを

「…………」

 好きに、ならせた、ってなに……?

 この生徒会長、口調がやたらと男っぽい上に、たまに意味不明な言い回しをする。

「好きにならせた……? いやいや、その言い方だと会長が僕を好きになるように、僕が仕向けたみたいですよ。会長らしくもない、そんな誤解を招く言い方──」

「そのとおりだ。私はこれでも生徒会長、すべての生徒に公平でなくてはならない。特定の誰かを好きになるなど言語道断、あくそくざんだ」

「別に悪じゃないでしょ!?」

 ツッコミどころはそこじゃないけど!

「その上、私は見習いとはいえ、神につかえる身。本来なら男と同じ空気を吸うことすら許されない」

「シスターって、そこまで厳しくないでしょ……?」

 ぼくも詳しくは知らないが、しゆうどういんが学校の近所にあって、シスターさんを見ることはたまにある。

 そんなに厳しかったら、じんせきとうの秘境とかで暮らすしかなくなるだろ。

「だから、おまえは罪深い。わたしに好意を持たせるなんて。せんりつすべきくだ、楽園の蛇のごとかん、まさに神をも恐れぬ所業だ……」

「えええぇっ、だからなんで僕がワルモノ!?」

「うん、罪はあるがおまえが悪いんじゃない。まどわされた私が悪い。ちょっと、修道院に帰って祈ってこよう」

 カレン会長は長い黒髪をなびかせて背を向け、つかつかと歩き去ってしまう。

 えーと──なんだろう、さながら僕が告白でもされたみたいな?

 はっはっは、そんな馬鹿な。

 先生に告られただけでもあり得ないのに、今度は美人生徒会長から告白?

「…………ジョークだよね?」

 冗談だとしても、告白まで堂々としてて男らしいな、会長……。

 幸い、周りに誰もいなかったけど、人に聞かれてもおかしくなかったのに。

「……帰ろう」

 いきなり、〝静かな放課後〟じゃなくなってしまったけど、あきらめるのはまだ早い。

 カレン会長の告白をジョークだと仮定すれば、まだリカバリーは可能だ。

 あんな意味不明な言い回しで僕に告ってくる理由が、カレン会長にあるとは考えられないよね……。

 そもそも、真香先生に告られたのだって、いまだに受け入れきれてないのに。

 この上、カレン会長の告白まで僕の脳内にドラッグ&ドロップされたら、低速CPUでは処理できない。

 とりあえずサスペンドにしておいて、明日の僕に期待しよう、そうしよう。

 今日は穏やかな放課後を過ごすと決めたんだ。初志を貫かせてもらう。



 昇降口まで来て、ばこの前で上履きから靴に履き替えていると──

「ああああ、ヤバい、ヤバい、誰も起こしてくれないんだもんなーっ!」

 たたたたっ、と軽快なリズムで走ってきたのは──

「およ、さいくんじゃん。元気かねーっ?」

 赤毛っぽくも見える、セミロングの髪。

 そして、〝ボタンが留められない〟という理由で制服のブレザーを着ない──と言われている、大きくふくらみすぎたスクールベストの胸元。

 ミニスカートから伸びる脚はすらりとしている。

 あまなしぬい──ぼくのクラスメイトだ。

 教室では居眠りの常習犯で、起きている時間のほうが短いとまで言われている。

 うちの学校はそこそこへんの高い進学校なんで、生徒の居眠りは、時には教師の暴力的手段でされる。

 ただ、天無の場合は──

「いやー、またやっちゃったぜ。うちのクラスのみんな、アイドルの寝顔をタダで見るなんて、ふてぇやつらだ!」

「君が勝手に寝てたんじゃないの?」

「そうだけどね、今日は夕方から仕事なのに遅れちゃう! 遅れたらボウズかな!」

「今時、ボウズはないでしょ……それも女の子相手に」

 この騒がしいクラスメイトは、芸能人──アイドルというやつらしい。

 ここ数年りの、歌って踊れて、身近がウリのアイドルとは別。

 いわゆる、グラビアアイドルだとか。僕が買ってる青年誌にもたまにグラビアが載っている。

 学校公認の活動で忙しく働いてるために、居眠りくらいはお目こぼしされてるわけだ。

「まあ、僕は天無のグラビアが載ってても読み飛ばすけどね」

「いきなりディスられた!?」

「ああ、独り言がつい口に出ちゃった。僕は漫画が読みたくて漫画雑誌を買ってるのに、グラビアを載せるとか、それも料金に上乗せするとか、ていに言ってじゃない?」

「あたしの仕事を詐欺扱いされた!?」

 ショックを受けた顔をする天無。

 そう言われても、マジでアイドルのたぐいに興味ないし……。

「……こやつ、相変わらず失礼なやっちゃ。ああ、そうだ。ちょうどいいから、これやっとこう。さいくん、ちょっと」

「わっ?」

 天無は背伸びして僕の首に腕を回すと、ぐいっと引き寄せた。

 う、腕が……腕が、先生やカレン会長を超える胸に思い切り当たってる……!

 こ、この腕がふよんと沈むような柔らかさと、圧倒的なまでのボリューム感は!

「はい、笑ってー。ぱしゃり、と」

「あっ?」

 いつの間にか、あまなしはスマホを取り出していた。やたらとデコりまくった派手なケースをつけている。

 天無はそのスマホを軽く掲げ、インカメラで自撮りする。

 ピースして、ウィンクしつつ可愛かわいい表情をつくってる。

 さすがはグラビアアイドル、撮られるときの表情を心得てるらしい。

「んで、あとはこれをこうして、と……よっしゃ、こんなもんかな!」

 天無は小さなタッチペンを取り出して、スマホの画面になにやら書き込んだ。

「んじゃ、LINEのID教えてくれる? 大丈夫、大丈夫、いたずらとかしないから」

「あ、うん……いいけど」

 クラスメイトにIDを教えるくらいは、別に抵抗はない。

 かなり勢いに押されてる感はあるが、スマホを取り出してIDを交換する。

 すると、すぐに『ID交換のお祝いーっ! さいくん一人で楽しんでね!』というメッセージに続いて、写真が送られてきた。

「なにこれ!?」

 ぼくと天無のツーショット写真──それはいい。いや、よくはない。

 天無は一応、プロのグラビアアイドルなんで、学校の生徒に頼まれても写真は撮らせないって聞いてる。なのに──

 密着してのツーショット写真の上に──〝彩くん♡ぬい〟と可愛い文字で書き込まれている。

「あ、天無? なにこれ?」

ぬいちゃんでいいよ! あたしと彩くんの仲じゃん! じゃんじゃん!」

「じゃ、じゃん……?」

 いったいどんな関係だ。少なくとも、僕の認識ではただのクラスメイト。

 まともに会話を交わした記憶もほとんどない。

 二年生になって天無の隣の席になり、グラビアアイドルのお隣の席に交代希望の男子が殺到し、隅っこの席とトレードしたことはあった。

 ちゃん付けで呼ぶような関係なら、わざわざ遠ざかったりしない。

 他になにかあった気がしなくもないが、言ったとおりグラビアアイドルに興味がないので記憶容量を費やしてまで覚えてないというか。

「ま、こういうことだから! あ、もう行かなきゃいけないけど、今度はエロすぎて絶対に雑誌に載せられない秘蔵写真とか送るぜ! その日の夜は忙しくなるぜーっ!」

「…………」

 

 夜がどうこう、は聞かなかったことにするとして。

 それより──さっきのハートマーク付きのツーショット写真。

 グラビアアイドルと、えない男子高校生が親しげに写ってるなんて、ぼくじゃなくてもいんぼうのネタに使えると思うだろう。

 このネット社会で、グラビアアイドルのあんな写真が流出したら炎上待ったなしだ。

 面倒なことになる前に、削除しといたほうがいいかな……。

 でも、〝こういうこと〟が僕の想像どおりの意味なら──消しちゃダメかも。



「先生に続いて会長、アイドル……なんの波状攻撃なんだ……」

 ぶつぶつ言いつつ、校門を出ると。

「せっ、せんせーっ!」

「ぐはぁっ!」

 またもや、いきなりの事態だった。

 みぞおちのあたりに、ボールでもぶつけられたような衝撃が走る。

「ぐ、ぐふ……ブルータス、おまえもか……!」

「ぶるーたす? えっと、なんですけど……」

「わかってるよ……というか、今の急所を的確に突いた殺人頭突きは何事……?」

「ご、ごめんなさー!」

 最後の〝い〟が抜けてるが、謝ってるらしい。

 目の前にいるのは、がらな女の子だ。

 顔を真っ赤にして、生まれたての子馬のようにふるふる震えている。

 光の加減によっては紺色っぽくも見える髪を肩まで伸ばし、横でちょこんと結んだ髪型。

 可愛かわいいデザインのセーラー服と、小さな帽子が反則なくらい似合ってる。

 それを着てる本人もとても可愛い。かつに往来を歩かせていいのか悩むくらい。

 だいぶ見慣れてる僕ですら、たまにすべてをなげうって、彼女と二人で逃げたくなるほどだ。いや、冗談です。

 しんじゆ。小学五年生。身長、ちっちゃめ。あだ名は〝くー〟。

 とある事情で、僕を〝せんせー〟と呼ぶ。

「くー、なんでこんなところにいるの? ロリコンの高校生だっているんだから、近づいちゃダメだろう」

「ろ、ろりこん? 高等部のお兄さんたち、やさしーですよ? さっき、アメもらいました。すっごく甘くて、いっぱいぺろぺろしました」

「…………」

 くーは、せいだいの初等部の生徒だ。

 初等部の校舎はここから徒歩数分ほどのところにあり、そこのちびちゃんたちを見かけることは多い。

 ただ、高等部のお姉さんならともかく、くーにわざわざアメをあげる男子生徒はどうなんだろう……やべーやつらじゃないだろうな。

 くーは、ちゃんと防犯ブザーを持ってるだろうか。

 今度、殺人的なまでの騒音を鳴らすブザーを買って、プレゼントしよう。

「あ、そうだ。この前の猫写真ありがとう。あれ、可愛かわいかったね」

「う、うん。もうちょっと撮ろうとしたら逃げちゃって、追いかけてたらいつの間にか追いかけ回される側になってましたけど……」

「……猫の写真を撮るのはいいけど、気をつけようね」

 高等部の男どもだけじゃなくて、動物にまで人気なのか、この子は?

 くーは、その辺を散歩して猫の写真を撮るのが趣味で、その戦果をぼくにも送ってくる。

 もう高学年なんだし、あまりウロウロするな、とは言えないけど。

 歩き回るなら自宅か学校の周りだけにしておくように僕からも言い含めている。

 幸い、せいだいとくーの自宅の周りは、猫には不自由しない。

 実は僕も、けっこうな猫好き。

 あの「人間? 別に好きじゃないけど?」みたいな態度が好ましい。

 うちでも一匹飼いたいんだけど、既に妹を名乗る猫のような生き物がゴロゴロしてるので、これ以上は増やせない。

「ああ、今日も猫探し? でももう遅いよ。帰らないと、が心配するんじゃ?」

「あはは、せんせーは相変わらず警戒してるんですね……」

 小学生が苦笑いしてる。しまった、消えたはずの奴への不信感がまた顔に出てたか。

「で、でも、そうじゃないんです。えーと、えーとね」

 かと思えば、くーは今度は顔を真っ赤に染めて──

「せんせー、これあげます!」

「えっ?」

 勢いよく僕になにかを押しつけると、だつごとく逃げ出した。

 ちょうどよく近くにまったバスに乗り込み、そのままバスは走り出す。

「…………そんな気はしてた」

 僕は、くーから押しつけられた──手紙をまじまじと眺める。

 可愛い猫の柄が入った、女子小学生らしい封筒だった。

 表には僕の名前。裏は、ハートマークのシールで封がしてある。

 見た目だけなら議論の余地なく〝ラブレター〟だ。

 こんな古風なラブレター、実在したのか……初めて見たよ。

 ラブレターもらったのも、初めてだけど。

「まさか、くーまで告白とか……ないよね? ないと言ってください」

 もうこの場にいない小学生に語りかける。

 ああ、別にぼくが普段から小学生をあさっているわけではなく、あの子はの娘さん、という関係だ。誤解のなきよう。

 その知り合いの娘さんからいただいたお手紙、開ける勇気がないんですけど、どうしよう。

 でも、開けないのもそれはそれで勇気がいる……。

 と、とりあえず家に帰るまで保留にしておこうかな。意味はないけど。



 ふらふら~っと歩いて、駅のホームに到着。

 電車を待ちつつも、頭の中は告白三連チャンのことでいっぱいだった。

 そう、保留にしていられず、くーの手紙も開けてみたんだけど……内容は予想どおり。

 だいぶ遠慮した書き方だったけど、ラブレターなのは確定だった。

 おかしい、おかしいぞ。

 性格や立場はともかく、三人とも誰もが振り返るような可愛かわいい子たち。

 なにをどう間違えたら、僕なんかを好きになるんだ……?

 イケメンでもない、運動部のエースでもない、女子だけの学園に一人だけ入学した男子でもないのに。

「うおっ!」

 ドキン、と胸部がオープンして心臓が飛び出しそうになった。

 突然、胸ポケットに入れていたスマホが振動したのだ。

 まあ、これから震動しますと予告するスマホはないが。

「な、なんだ……はるか」

 美春は、うちの母親が僕の誕生から一年後に出産した女の子。要するに妹だ。

 やつからLINEが来てる。えーと、なになに?

《帰りにアイス買ってきて。いつものやつ》

「…………」

 うちの妹は、ポチる感覚で兄をパシリに使う。もちろん配送料は無料だ。

 というか、料金はお兄ちゃんカードで支払われるらしい。お兄ちゃんカードってなに?

「あれ、今度は写真か……」

 続いて写真が表示される。

 黒髪を適当にポニーテールにまとめた髪型、可愛いけど、だらーっと気の抜けた顔。

 我が家のリビングでソファに寝転び、制服を着替えもせずにぐだぐだしているところを自撮りしている。

 散々見慣れた光景なので、わざわざ写真を撮って送られてもなあ……。

 制服は、せいだい学院高等部のものだ。

 はるは、この春、ぼくと同じ高等部に進学したばかりなのだ。

 その真新しい制服にしわがついちゃうから、くつろぐなら着替えてからにしてほしい。

 スカートのすそも乱れて、パンツが見えそうになってるし。

 ぶっちゃけ、妹のパンツなんて見慣れてるけど、もう美春もお年頃なのだから自宅でも少しはつつしみを持ってほしい。

 まあ、それを言うと「お兄ちゃんだって着崩してるじゃん。生徒会長にいっつも怒られてんでしょ」とぐうのも出ない反論をされちゃうけど。

 うちの妹さん、兄に負けずに口が減らない。

 アイスねえ……もう寄り道せずにまっすぐ帰りたいんだけど。

「ん? また来た?」

《あと、美春はお兄ちゃんのこと好きだから。マジのやつ》

「………………………………」

 新たに表示されたメッセージを、何度か読み直す。

 うーん、うちの妹は馬鹿なのかな?

 って、どのやつですか?

 妹が兄を好きなのはかまわないけど、マジのやつはダメなんじゃないですか?

 えーと、シスターな生徒会長、アイドル、幼女、さらにマジの妹。

 立て続けに四人に告られた……!?

 もしも、もしも仮に彼女たちが本気だとしたら。

 君ら全員、付き合ったらアウトなやつらばかりじゃねぇか。



 今夜は帰りたくないの。

 いや、まだ夕方なんだけど。でも、もうすぐ日が暮れる。

 あんなメッセージが届いたあとに「ただいまー、アイス買ってきたよー」なんて何事もなかったように帰宅できるほど肝はわってません。

 アイスを買って帰るどころか、いつものように向き合って晩ご飯を食べるのもキツい。

 デリケートな僕と違って、妹はだいぶ性格がアレなんでじんも気にしないだろうが。

 とりあえず、電車を降りて家の周りをふらふら中。

「美春、特別に〝イタリア人が認めないパスタ〟を食べてもいいよ……と」

 LINEでメッセージを送っておく。

 既に生産終了になった幻のカップパスタで、はるの大好物だ。

 買い置きを残していて、美春に見つからないように家のあちこちに隠してある。

 その隠し場所の一つもあわせて伝えておく。

 美春の不機嫌が危険水域に達したときにリカバリーするための最終兵器だったが、出し惜しみはできない。

 と、もう返事が来た。

《ぎゃー、マジで食べていいんか! 任せろ、お湯の沸かし方はマスターしてる!》

「…………」

 あ、あのなにもできなかった妹がお湯を沸かせるようになるなんて……くっ、涙が。

 興奮しすぎて電気ポットにお湯がたっぷり入ってることは忘れてるみたいだけど、黙っておこう。

 まさか、火事を起こしたりはしないだろうし。しないよね?

《つーか、この前食べたのが最後とか思い切りだましやがったな! にゃろう!》

 いいえ、騙していません。ぼくは人を騙したり裏切ったりするのが嫌いなので。

 美春は「ここにあるので最後か」といたので、そのとき見せた隠し場所にあったのが最後だというのは本当でした。よし、問題ない。

 だいたい、さっきの告白のことは忘れたかのような態度だな、妹よ。

 このまま帰宅しても問題ないような気がしてきたけど、なにしろ美春は僕の妹。

 油断して姿を見せると、面倒くさいことになるかも。もうちょっと時間を置こう。

 妹にはエサを与えたことだし、自分の飯も用意しないと。

 若者らしくコンビニで適当に買って、お店の前に座り込んでかき込むか。

さいくん!」

「わっ?」

 突然の声とともに、かたに一台の自動車が停車した。

 赤いボディの丸っこい車。確か、フィアットとかいう車種だった気がする。

 車には詳しくないけど、誰もが知ってるあの大泥棒の愛車だからなあ。

 そのフィアットの運転席から顔を出してるのは──先生だ。ぶんぶん手を振ってる。

「乗って、早く! もう時間がないわ!」

「へ? 時間って……」

「いいから! 事情はあとで説明するわ!」

 なんだかわからないが──僕はつい、助手席に乗り込んでしまう。

 シートベルトを締めると、先生はシフトレバーを操作して、アクセルを蹴るようにして踏み込んだ。

 ぎゅぎゅぎゅっ、と小気味よくタイヤを滑らせてから、フィアットは走り出す。

「ちょ、ちょっと先生! そんなスピード出したら……!」

「大丈夫、あの大泥棒もこれくらいのスピードは余裕で出してたわ」

「なんの理由にもなってなーいっ!」

 ハンドルを操作する先生は、なんだか楽しそうだ。

 スーツのそでをまくっているのが勇ましい。運転用のグローブをつけてないのがむしろ不思議なほどだ。

 でも、ちょっとワクワクする。知ってる人が運転する車に乗るのって、少し楽しい。

 普段、車に乗る機会ってほとんどないからなあ。

 ただ──

「ぎゃーっ、曲がるときはスピード! スピード落としてください!」

「車がカーブを曲がるときに落とすものってなーんだ?」

「よくあるクイズはどうでもいいから! つーか、ぼくが先に答えを言ってるでしょ!」

 あああ、ワクワクしてるうちに死ななきゃいいけど。

 どうやら僕には穏やかな放課後なんて、高望みだったみたいだ……。



「……はっ!?」

「あ、帰ってきたわね、さいくん。このまま生けるしかばねになられたらどうしようかと」

 気がつくと、目の前に真香先生がいた。

 僕は和室にいて、テーブルを挟んだ正面に真香先生が正座している。

「ちゃんと記憶はつながってる? 一応、自分の脚で歩いてここまで来たけど」

「なんとなくは……まだ頭がぐわんぐわん揺れてる気がします」

 そうだ、だいぶ思い出してきたぞ。

 真香先生が運転するフィアットは法定速度ギリギリを保ちつつ、しばらく走って、郊外にあるどっかの駐車場に滑り込んだんだった。

 真香先生、運転荒すぎ……脳と内臓がシェイクされて体内でミックスされるかと思った。

 それでいて交通違反は一つもしてないから余計に恐ろしい。

 いっそ、高速に乗ったらどうなるのか見てみたいくらいだ。

 見たあと、僕の寿命は尽きていると思うが。

「……先生、車持ってたんですね」

「ええ、めったに乗らないけど。ここ、電車やバスでは来づらいから」

 どれだけ交通の便が悪い場所でも、真香先生カーで来るよりは、他の交通手段を使いたいところだ。

「……状況が全然み込めてないんですけど、なんですか、ここ?」

「見てのとおり、焼き肉屋さんよ。住宅街に突然湧いて出たみたいにぽつんと存在してる、隠れ家的お店というやつね」

「焼き肉屋……」

 確かにテーブルにはロースターがついてるし、肉が焼ける香ばしい匂いもただよってくる。

 個室というのか、お座敷というのか、畳敷きの狭い部屋になっている。

「やっぱり、男の子はお肉が好きかなと思って。ここは学生の財布でも払えるリーズナブルなお値段でありながら、最高のお肉を提供してくれるの。もちろん赤字。いつつぶれるか、店長ドキドキ常連もドキドキ、常に胸騒ぎのディナーを楽しめるわ」

「……ダメなんじゃないですかね、それ」

「とりあえず、今日潰れるってことはないでしょう。ふう、予約時間に間に合ってよかったわ。けっこう混むのよ、ここ」

「それで、あんなに飛ばしてたんですね」

「いえ、いつもあんな感じの運転よ。今日はさいくんがいたから遠慮したくらいだわ」

「……………………」

「面白い顔ね、彩木くん。ああ、飲み物だけは頼んでおいたわ」

 ちょうどそのとき、戸が開いて若い女の店員さんがウーロン茶を二つ置いた。

 それから、注文を聞いてくる。

「まずは注文してしまいましょう。えーと……」

「…………?」

 先生はメニューを開いて、固まってしまう。

 なぜか、だらだらとあぶらあせを流しているが……なんなんだ?

「さ、彩木くんが好きなものを頼んでいいわよ。もちろん、わたしのおごりだから」

「はぁ……そうですか」

 真香先生が差し出してきたメニューを受け取り、まずはタン塩とカルビ、それにライスの中とたまごスープを注文する。

 真香先生はわかめスープを頼んで、ライスはいらないらしい。

「……ふう。彩木くん、注文慣れてるのね」

「別に慣れてるってほどじゃないです。前は、家族でたまに焼き肉を食べに行ってましたけど、注文するのはぼくの役目でしたし」

 妹はともかく、両親も僕に丸投げだったからなあ。

 というか、真香先生だって注文できないわけじゃないだろうに。

「とにかく、カンパイしましょうか。はい、お疲れー」

「お疲れ様です」

 なにがお疲れなのか知らないが、先生とウーロン茶のグラスをがちゃんとぶつける。

 一口のつもりが、ごくごくと半分くらい飲んでしまう。いろいろあったせいで、のどが渇いていたのか。

「おお、いい飲みっぷりだね、兄ちゃん! もう一杯いっとくか!」

「誰ですか、あなたは!?」

 たかの花の美人教師が、突如として酔っ払いのおっさんに!

「冗談よ。でも、今は勤務時間外なんだから少しはハメを外してもいいでしょう。あ、これ脱いでおかないと」

 真香先生はそう言うと、上着を脱いで部屋の隅のハンガーにかけた。

 ブラウスなんて普通の服装なのに、目の前で脱がれた上でそんな格好になられると、ドキドキしてしまう。思春期男子か! 思春期男子だけど!

 しかし、先生って細いなあ。肩幅狭いし、腰までのラインとかすらっとしてるし。

 おまけに、ブラウスだけだと胸部の盛り上がりがはっきりと……って、だからそこに目を向けるな、ぼく

「ふー、でもさいくんを回収できてよかったわ。たぶん家には帰らずにうろうろしてると思ったけど、見つけられない可能性も高かったから。出会えたのは運命かしら?」

「ツッコミどころがありすぎるんですけど。僕が家の周りをうろうろしてたのは事実ですが、僕の住所を知ってるんですか? 家に帰れない理由もありますが、それを知ってるんですか? そもそも、今日会う必要があったんですか?」

「畳みかけてくるわね、さすが彩木くん。教師に対しては強気ね。じんしよさんやあまなしさんには押されっぱなしでしょうに」

「な、なぜそれを……! つーか、カレン会長や天無を知ってるんですか……!?」

「知ってるに決まってるでしょ。うちの生徒会長と、担任してるクラスの子よ。あと、君の妹さんと初等部五年のしんじゆさんも知ってるわ」

「……くーのことまで?」

 はるは高等部の一年だから、真香先生が知っていてもおかしくない。

 でも、くーは初等部だし、同じ学院とはいえ高等部の先生には接点なんてないはず。

「あ、お肉来たわよ。先に食べましょう。せっかくのあかにくなんだから!」

「赤身肉みたいに言わないでください。でもまあ、そうですね」

 気になることは山積みだけど、肉の誘惑には勝てない。そんなやつがいたら、男子高校生じゃない。

「やっほーう、タン塩だ、タン塩! これはそうですよ、先生!」

「急にキャラが変わったわね。あ、わたしが焼くわよ」

 真香先生は、トングでネギの載った肉をつかもうとする──が、めっちゃ手つきが危なっかしい! なんか、ふらふらしてる!

「ま、待った、先生! ぼくが焼きますよ!」

「え? でも、こういうのは女の仕事──」

「おごってもらうんだし、年下なんだし、僕の役割ですよ!」

 どんな理由をつけてでも、この人に肉を焼かせてはいけない。

 僕の本能がそう警告している──肉を無駄にすることだけは、この地上で決して許されない罪だ。

 先生の許可を得て、先にレモンを肉に垂らしてから、焼き始める。

 タン塩の焼き方は人それぞれだけど、片面だけ焼いてしまえば、それで火が通る。

 香ばしい匂いが立ち昇り、もう火なんてどうでもいいから肉をむさぼりたくなる。ああ、原始の本能がー!

「っと、焼けましたよ。どうぞ、先生」

「あ、ありがとう。すまないわね……いただきます」

 先生は、さっそくタン塩を半分に折るようにしてから、ぱくりと口に放り込む。

 僕も、同じようにして薄めのお肉をありがたくいただく。うーん、い。確かにこれは、いい肉だ。赤字覚悟で仕入れてるというだけのことはある。

「焼きますよ、どんどん焼きますよー!」

 あっという間にタン塩がなくなり、続けてカルビを焼いていく。

 片面をさっと焼いてから、手早くひっくり返し、もう片方にも焼きすぎないように火を通す。焼きすぎると固くなって台無しになっちゃうからね。

「はむ……んっ、んん……カルビもしい……久しぶりだから、余計に美味しいわ」

「…………」

 く焼くことに気を取られてたけど、肉を食べる美人ってなんかすごい。

 ただ肉をかじり、ほおってるだけなのに、なぜだかエロさすら感じる。

 真香先生も肉が好きなのか、表情がゆるみきってるのもレアだ……。

 くそっ、大人なのになんでこんなに可愛かわいい……!

「って、本当にさいくんに全部任せちゃってる! つ、次はわたしが焼くわ!」

「真香先生、実は肉を焼いたことないでしょ?」

「……ぜ、全然ないわけじゃないわよ……」

 くっ、殺せみたいな悔しそうな顔で真香先生が視線をらす。

「ただ、学生の頃も社会人になってからもたまに焼き肉に来ることはあったけど……ゼミの人とか、どうりようの先生方とかよ? 男の人と二人きりで来たのはこれが初めてよ? 二十四年の人生で間違いなく初めてよ? 焼き肉に限らず、二人きりで食事をしたことがないのよ?」

「いえ、そんなに念押ししなくても……逆に悲しくなるから……」

 どうもマジっぽいのがせつない。

 これだけの美人さんがまともに男と付き合ったこともないとは……。

 その一方で、ちょっとほっとしてるのが……ああ、ダメだ。教育の効果、恐るべし。

「そ、そう? でもね、大勢の人と一緒に来ても、みなさんが焼いてくれるから、わたしなにもすることなくて……」

「あー、なるほど」

 たぶんこの人、いつでもどこでもオタサーの姫的な状況だったんだろうな……。

 おかげで、肉の注文も焼くこともろくにできないまま大人になっちゃったか。

「というか、先生って意外とポンコツですよね」

「ポンコツ!? ちょ、ちょっと日常的行動に問題があるだけよ……!」

 真香先生はまた悔しそうだ。事実だからだろう。

 ぼくにだけ見せるいろんな顔が出てくるなあ。いいような、怖いような。

「まあ、苦手なことくらいありますよ。どんどん注文しましょう。ロースとハラミと……あと、トントロもいいですね。頼んでいいですよね?」

「え、ええ、もちろん。注文……またお願いしていい?」

 真香先生が、上目遣いでこちらを見つめてくる。くっ、可愛かわいいのがずるい。

 いや、注文くらい喜んでするけどさ。

 というわけで、肉を焼いては食い、焼いては食い、ライスで肉を追いかけ、スープで口の中を落ち着かせる。

「はー、しいわー。お肉が身体からだにしみわたるわー」

 真香先生はご機嫌で、肉をぱくついている。

 割とよく食うな……こんなに細いのに、ちょっと意外だ。

 食べた分だけ胸にいってるんだろうか?

「……はっ、しまった。つい、お肉が美味しすぎて夢中に……ごめんなさい、さいくん。待たせちゃったわね」

「は? 待たせたって?」

 真香先生は、さっき思い切って頼んだ特上カルビをタレにつけ、箸でつまんで僕のほうへ差し出してきた。

「はい、あーん」

「なっ!?」

 待たせたってこのこと!?

「真香先生、別に待ってませんよ!」

「男女で一緒にお食事するなら、これは基本じゃないの?」

「かなりレベルの高い応用ですよ! 少なくともぼくにとっては!」

 妹にだって、「あーん」なんてされたことない。そんなことするキャラでもないけど。

「そう、ならさいくんのほうも初めてってことね。じゃ、わたしが彩木くんの初めて、もらっちゃおうかしら」

「意味深な言い方をしないように!」

 などとツッコミを入れても、先生は肉を引っ込めようとしない。

 このまま放っておいたら肉が冷めてしまう。安い肉ならまだしも、特上カルビを放置するなどもったいなさすぎる。

1.ありがたく「あーん」を受け入れる!

2.一度、肉を皿に置いてもらってからいただく!

3.実は肉より真香先生のお箸をねぶりたいです!

 はい、3が思いついた時点で僕アウト! ド変態じゃねぇか!

「できれば2……いや、でも……さん」

「えーい、男らしくない! 迷わないの! わたしの肉が食べられないっていうの!?」

「…………っ!」

 真香先生は、いきなり箸でつまんだ肉を僕の口に強引に押し込んできた。

 ああ、真香先生のお肉しい……って、だからその言い方も変態だ!

「……と、特上カルビ、いです……」

「よかったわ。じゃあ、次はわたしの番ね」

「え?」

 僕にも、あーんをしろと!? 男子高校生にはハードルが高いんだけど!

 と思ってたら──真香先生は、とことこと歩いてテーブルの反対側、僕のそばに来て。

「じゃ、お願いね」

「な、なにしてるんですか?」

 真香先生は、僕とテーブルの間に滑り込むようにして座った。

 ちょ、ちょっと……あぐらをかいてる僕の脚が先生の……そ、そのお尻に当たってるんですが!

「教師なら、教え子に高いレベルを目指してほしいのよ。ただのあーんはもうクリアしたんだから、次に行かないとね?」

「…………!」

 真香先生は、こてんと僕のほうへもたれかかり、頭が僕の胸元に当たる。

 ふわわっ、と先生の髪のいい匂いが! あと、意外と背中も柔らかい! あったかい!

「わたしも特上カルビ、食べたいわ。早く、早くっ」

 あああ、無意味に肩をくいくい動かさないで。思春期男子には、美人の肩の感触だけでもだいぶヤバいです。

 つーか、ロースターの熱のせいか、先生は少し汗をかいてる。

 ちょっと離れてみると──

 白いブラウスがれて、透けて、肩から背中にかけてブラジャーのラインがばっちり見えてるんだけど!

 色まではっきりわかるよ……本日はピンクだよ……。

 ブラ透けなんて、夏になれば教室の女子生徒でもよく見るけど、美人教師のブラジャーとなると話が違うじゃないか!

 手ブラを見ておいて、今さらブラジャーに興奮するのか?

 するする、当然する。しかも、めっちゃ近くて、少し手を動かすだけで触れる距離だし。

「……お肉はー。さいくん、わたしのお肉ー」

「は、はい」

 仕方なく、ぼくはだいぶ焼けてる特上カルビをタレにつけ、先生の口元へ運ぶ。

「んー、しい! 彩木くんに食べさせてもらうカルビは一味違うわ!」

「ちょっとげてましたよ、今の肉」

「愛は焦げついてるくらいがいいのよ」

 とうとう愛とか言い出しちゃったよ、この人……。

「じゃ、今度はわたしの番ね。はい、あーん」

「…………っ」

 先生は、くるりとこちらを向いて肉をタレにつけるとまた差し出してきた。

 だから、こんな超至近距離でこっち向いちゃったら……!

 ほら、前も透けててブラが! ブラが正面から見えちゃってます!

「どんどん食べてね、はいはい、あーんよ、あーん」

「は、はぁ……」

 ぼくの視線には気づいてないのか、真香先生はあーんに夢中であらせられる。

 なんという地獄のような天国だ……あるいは天国のような地獄か。



 幸か不幸か、「あーん」してたら肉が進まないので、適当なところで中断。

 真香先生はテーブルの向かい側に戻ると、僕以上に肉をたいらげて、ウーロン茶をごくごくと飲み干すと。

「ああ、しかった……それじゃ、デザートはアイスクリームで。それをいただきながら、お話といきますか」

「……そういや、いまだになんで自分がここにいるのかわかってないんですが」

 い肉と、美人教師との「あーん」合戦に気を取られて、今日の放課後に起きたとんでもない出来事を忘れてた。

 帰り道に、教師に車でられただけでも充分にインパクトがありすぎるけどね。

 アイスクリームが来て、なぜか真香先生は皿を下げようとした店員を止めた。

 なんだろう、邪魔だから持っていってほしいんだけどな。

 真香先生は気にした様子もなく、アイスを美味しそうに一口食べてから。

「〝死んでもいいわ同盟〟よ」

「……え? 先生、今なんて?」

「だから、〝死んでもいいわ〟同盟なのよ」

 僕の頭が悪いせいなんだろうか、真香先生がなにを言ってるのかさっぱりわからん。

 アイスクリームを一口食べて、気を落ち着かせてみる。

 さわやかなミント味が、肉のあぶらでいっぱいの口の中を涼しく吹き抜けていく。

ふたていめいという作家がいるでしょう。彼がとある外国作品の〝あなたのもの〟という一節を〝死んでもいいわ〟と訳したの。なつそうせきの〝月がれいですね〟と並んで、有名な翻訳ね」

「は、はぁ……」

 英語教師なのに、文学的なようもあるのか。

 ただ、情報が増えたけど理解は少しも追いついてないぞ。

「そんな翻訳があることはわかりましたが、その同盟って……? えっと、なんの話をしてるんでしたっけ?」

「だから、今日の放課後の話よ。やつらが動くのは事前に情報が入ってたんだけど、仕事があって動けなかったのよ。くっ、こんな大事なときに仕事なんて!」

「いえいえ、仕事のほうが大事でしょ」

 なにと比べてるのか知らんが、教師が仕事より優先することがあるとか、教え子に言っちゃダメ。

 ん? ? そういえば、LINEのメッセージで同じことを……。

「それより──じんしよカレンさん、あまなしぬいさん、しんじゆさん、それにさいはるさん。彩木くん、彼女たちに告白されたんでしょう?」

「なんで知ってるんですか!?」

 そうだ、なんでくーのことも知ってるのか、はぐらかされてた。

 それどころか、告られたことまで知ってるとか、どんな正確無比の情報網だよ!

「死んでもいいわ同盟だと言ってるでしょう。通称、SIDシド。物騒な名前だから、普段はそう呼んでるみたいよ」

「そんな物騒な名前、つけなきゃいいのでは……?」

 というか、その口ぶりだと……。

「まさか、先生もその胡乱うろんな名前の組織にいるんじゃないでしょうね?」

「いいえ、まさか。わたしはこれでも教師よ? 所属してる組織といえば、彩木くんファンクラブくらいよ」

「そんなもん開設した覚えはないです!」

 いったい誰が好きこのんで入るんだ、そんな組織。会費とか取っちゃうぞ。

「でも、SIDも内容としては似たようなものね。念のために言っておくけど、組織は間違いなく存在してるわ。うちの校内に、それもほとんど誰にも知られることなくね」

「…………」

 この学校は、闇で暗躍するなぞの結社にぎゆうられてる……?

 海外ドラマの犯罪ミステリーみたいになってきたな。

 実はぼく、割と海外ドラマ大好きっ子。

 裏切りとか暗躍とか多くて、僕のうたぐぶかさを充分に満足させてくれる。

「わたしが、この組織の存在に気づいたのはほんの偶然だったわ。ただ、SIDが動けば彩木くんを困らせることになるのはひつじよう。常にマークしていたのだけど、奴らはついに動いてしまったのね」

「いえ、あなたも僕を困らせてる一人──というか、筆頭と言ってもいいですよ」

「え、わたしが一番……? やだ、さいくんったら……」

 この人、ほおを染めてるぞ。皮肉を言ったつもりなのに、いいところだけ切り取ったな。

「って、いやいや、そんなことはどうでもいいんですが! 具体的な情報が全然出てきてないですよ!」

「そうね、あまりもったいぶってもよくないわね。SIDシドじんしよカレンさんをリーダーとした組織よ。彼女たちは独自の取り決めをして、お互いにけんせいし合ってるの」

「取り決め……?」

 これまた怪しげな言葉が出てきたな。

「わたしが彩木くんに接近していることがバレたみたいで、SIDのみんなもわたしに負けじと次々と告ったみたいね」

「あの波状攻撃の原因、先生じゃないですか!」

 なにをしてくれてるんだ、この美人教師は!?

 いや、それよりもっととても気になることが──

「ちょっと待ってください、先生。質問があります」

「はい、彩木くん」

「先生の言うとおりだと、まるで妹たちがみんなそろってぼくのことを好きで──その人たちがとうを組んでるように聞こえるんですけど」

「まったくそのとおりよ。同盟というのは大げさだけどね。高校生の肥大化した意識を満足させるための組織名でしょう。じよかいみたいなものじゃないかしら?」

 ……高校生じゃない幼女も一人まざってるんですが。

「互助会だろうがなんだろうが、僕のことを好きだとかいう人たちが、なんで協力関係になってるんですか! 利害が一致する限りは協力し合うとかですか!?」

「それもそのとおりよ。君、成績はたいしたことないのに、頭の回転は悪くないのよね。ちゃんと勉強してる? 学校の勉強はあたまの良さだけではついていけないわよ?」

「とんでもない話を聞かせておいて、唐突に先生の顔にならないでください」

「先生だもの」

 ……なにをさらっと。

 それにしても、本当に先生以外にも四人の女の子に好かれてる?

 しかも、その四人が怪しげな組織をつくって、全員けつたくしてる?

 妹も含めてそんな気配、ここまで一切なかったぞ。

 カレン会長なんて僕を目のかたきにしてると思ってたし、グラビアアイドルは僕ごとき平民の名前を覚えてるかすら怪しいと思ってたし、くーはそもそも幼女だし。

「わたしの立ち位置を説明するなら、SIDとはゆるやかな対立関係にあるわ。一部、情報を共有したりはしてるけど、協力はしない。あくまで、わたしは単独で彩木くんという面倒くさい男の子に立ち向かうというポジションよ」

「面倒くささでは、先生も負けてませんって」

「ああ、手がかかる子ほど可愛かわいいっていうものね。さいくんったら遠回しなんだから」

「…………」

 真香先生が、いいように取りすぎなんだと思います……。

 ぼくもああ言えばこう言うやつだと言われてきたけど、この人のほうがうわじゃないか?

「ただ、SIDシドのことは問題ね。彼女たちは常に彩木くんの動向を追ってるから、わたしの告白もバレたんだろうけど、この先も教育を続けていくと、彼女たちはもっと過激な行動に出かねないわ」

「ちょ、ちょっと。今日の告白四連発だけでいっぱいいっぱいなんですよ! これ以上なにか起きたら、もう僕の手には負えません!」

 現時点で既に、僕のキャパをオーバーしてる気もかなりするし!

「気持ちはわかるけど、SIDのことはわたしも詳細を知ってるわけではないのよ。目的と構成員くらいね。組織をつぶすなら資金源を断つのがさいぜんしゆなのだけど、まだそこまで調べがついてなくて」

「スポンサーがつくような組織じゃないでしょ……」

 どこの物好きが、そんな怪しげで意味不明な組織に金を出すんだ。

 というか真香先生、潰す手段を考えてはいたんだな。なんか怖い。

じようせきが無理なら、打つ手は一つしかないわ」

「なにか対策が?」

「先生としても、確かに君の言うとおり、みんなの告白にはわたしにも責任があるわ。だから、責任を取ります」

「ちょ、ちょっと待った!」

 真香先生が僕に接近してきたせいで、SIDとやらが動き出したとなると。

 あるいは、先生が身を引けば状況が変わる可能性も高い。でも──

「早まらないでください、学校を辞めるのは──」

「わたしが、

「おまえはなにを言ってるんだ」

「おまえ……? ふふ、坊や、先生で年上のお姉さんに対してなかなかのタメ口ね」

「す、すいません、つい……」

 急にようえんなお姉さんキャラにならないでくれないかな。

「でも、恋人ってなんですか……? 例のアレの返事については……」

「わたしの告白の件とはまた別よ。彩木くん、わたしを含めて五人に告白されたのをいいことにハーレムでもつくろうってつもりなの?」

「そんなわけないでしょう!」

 真顔でなんて言いがかりをつけてくるんだ。

「むしろ、ガチで疑ってますよ! ぼくみたいな普通の、本気で普通の高校生になにを好きこのんで生徒会長だのアイドルだのが告ってくるんですか! 幼女と妹も、別の意味でおかしい! 言っておきますが、僕にはどこからか遺産が転がり込んでくる予定なんてないですよ!」

「少なくともわたしは、お金目当てではないわよ」

「…………」

 いまだに先生が僕を好きになった理由を聞いてないんだよな……。

 そもそも、僕に好意を持ってるって話がまだ完全には信じられないが。

 まさか、この人は政府から派遣されたエージェントなのでは?

 僕に告白することで、なにがしかの国家的利益を確保することが目的とか?

「馬鹿なことを考えてるのはよーくわかるわ。言っておくけど、違います」

「……ですか」

 美人教師に告られるのと、国家的いんぼうの標的にされているのは、僕から見れば同じレベルの異常事態だぞ。

「ただ、今まさに迫り来る危機は、四人の女の子たちでしょう。美少女ハーレムをつくるつもりじゃないなら、四人に告白されても困るわよね?」

「はぁ、まあ……」

 というか、なぜ先生は自分のことを棚に上げてるんだろう?

「そこで、わたしが恋人になるという展開が意味を持ってくるのよ!」

「……まさかとは思いますが、僕と先生が恋人同士になったって作り話をして、会長たちにあきらめさせるっていう手じゃないですよね?」

「他に残された手はないわ」

「まだ一つも手を打ってないんですけど!?」

 一手目にして最終手段か!

じんしよさんたちだって、この日本社会で育った普通の女の子よ。さいくんに付き合っている人がいれば、これ以上君に迫ってくるようなことはないでしょう」

「僕と付き合うなら職をするって言ってませんでした!?」

「本当にわたしと君が両思いになったらね。でも、これはうそ──偽りの関係よ」

「……先生、みんなをだまそうっていうんですか?」

「君が騙すのも騙されるのも嫌いなのは知ってる。校内じゃ有名な話だものね。でも、必要なこともあるのよ」

「嘘も方便ですか」

 もちろん、うたぐぶかぼくだってその程度のことは知ってる。

 これまで一度もうそをついたことはない、なんて口が裂けたって言えない。

「じゃあ、さっそくLINEで全員に連絡しておきましょう。ふふ」

「今、ほくそ笑みませんでした!? 本当に偽りの関係なんですよね!?」

 あと、僕はまだOKしてないんだけど!

「というか、カレン会長たちのID知ってるんですか! 実は先生もSIDシドとかの構成員じゃないでしょうね!?」

「本当に疑り深いわね。言ったでしょう、情報を共有することもあるって。だから連絡先を知ってるだけよ。それに、あの子たちの存在が教育に役立つかもしれないしね。敵を排除するのは簡単だけど、攻撃すればいいってものじゃないわ」

「排除って……」

 エージェントではないとしても、この先生はやっぱり魔女なんじゃないだろうか。

 敵対しているSIDすらも僕の教育に利用するつもりとか……具体的にどうやるのか、聞きたいような聞きたくないような。

「あと、正直な話をすれば、好きな男の子がモテまくってるのは悪い気分じゃないわ。わたしのさいくんよ、羨ましいでしょう的な」

先生の彩木くんじゃないんですが」

 偽りの関係とかいって、既成事実をつくるつもりじゃないのか?

 教育うんぬんというだけで面倒くさい状況だったのに、これ以上ややこしくされるとなあ。

「ああ、そうだわ。これ、利用しておきましょう」

「は?」

 僕の話をスルーして、真香先生がまたこっちに来て隣に座った。

「それじゃ、ちょっと失礼。はい、笑って」

「…………っ」

 真香先生は僕の肩をつかむと、顔を寄せてきた。

 ぷゆん、と先生の柔らかなほっぺが僕のほおに当たる。

 いつの間にか真香先生はスマホを構えていて、パシャリと一枚撮影した。

 グラビアアイドルに続いて、美人教師とツーショットとか、僕の人生が激流にさしかかりすぎている。

「……って、なんでいきなり撮ってるんですか?」

「焼き肉デートなんて、恋人同士だって証明するのにうってつけでしょう。どう、こんな感じで」

 真香先生が、スマホの画面を見せてくる。

 そこには、満面の笑みを浮かべている真香先生と、先生と頬がくっついた瞬間に思わず口元がゆるんだぼくのツーショットが。

 後ろには、たらふく食べた焼き肉の皿がまだ残っている。

 この写真を撮るために、皿を下げるのを断ったのか。なんて計画的な。

 確かに、これはどう見ても焼き肉を心ゆくまで楽しんだカップルだ。

 こんなもの人に見られたら、間違いなく誤解される……!

「よく撮れてるわね。SIDシドのみんなに一斉送信と。放たれよ、電子の海へ!」

「ああっ!?」

「ちゃんと、さいくんと付き合うことになったってメッセージも送っておいたわ」

「手早いですね!」

 マジで送っちゃったの!?

 カレン会長とあまなし、くー、それに妹にまで!?

 担任の美人教師と焼き肉を食い終わったところを!?

「これじゃ、次は先生を食べるの? とか突っ込まれちゃいますよ!」

「食べるとか突っ込むとか、珍しく品がないわね。やんっ」

「やんっ、じゃねぇーっ!」

 一滴の酒も入ってないはずなのに、シラフに見えない。

「スマホの電源は切っておきましょう。どんな返事が来ようが、わたしは一切関知しないわ。せっかくいい気分だしね。いえーいっ」

「いえーいっ……」

 ああ、なんかヤケクソになってきた。

 妹、くー、クラスメイト、生徒会長。どうやっても接点をなくせない女の子たちに、あんな爆発物みたいな写真が送られてしまうとは。

「……はっ!? そ、そういえば……!」

「今度はなんですか!?」

 真香先生は、畳の上をズザザと滑るようにして壁際まで移動する。

 というか、勢いよすぎて壁に激突してる。大丈夫なんかい。

「あ、あの、彩木くん……?」

 恐る恐る、といった様子で僕に視線を向けてくる。

「わたし、焼き肉くさくないかしら……?」

「…………」

 今さら、自分の匂いが気になったらしい……。

「い、一応、匂い消しは用意しておいたんだけど、すっかり忘れてたわ。舞い上がってたのかも……ご、ごめんね?」

「だ、大丈夫ですよ……」

 こっちも、先生が近くにいたらそれどころじゃないというか。

 先生、ぼくといるだけで舞い上がるとか、そんなことで大丈夫なのかな……。

 くっ、美人なだけじゃなくてたまに可愛かわいいから困る!

「そ、それならいいわ……ふう、わたしとしたことが。いくら君には正体がバレてるとはいえ、油断しすぎね」

「そうですね……」

 言えない、ちょっと油断してるくらいが可愛いなんて。

「でも、結局そういうことだからね……」

「は? なんのことですか?」

 真香先生は、壁際でもじもじしながら、それでも少し笑って。

「君はわたしの正体を見抜いてる。そこがいいところなのよ。あのとき、君が言った言葉が──きっかけといえばきっかけね」

「……え? 僕、前になにか言いましたっけ……?」

 確かに、真香先生の正体を見抜いているのは僕だけかもしれない。

 教師を警戒している生徒は数多くとも、僕は年季が入っている上に──

 自慢じゃないが、うたぐぶかさだけは誰にも負けない。この星の一等賞かもしれない。

「やっぱり忘れてるのね。でも、わたしはあのときのことを忘れない」

「はぁ……」

 僕、真香先生との間に個人的な思い出なんかあったっけ?

 まったく記憶にない……これだけ目立つ人なんだから、告白の前になにかあったなら覚えていそうなもんだ。

「大丈夫、わたしが覚えていればいいんだから。きっと、今際いまわきわまで忘れないわ」

「なんかそれ、怖いんですが……」

 できればここで説明してほしい。そうじゃないと、僕はなんかしたんだろうかとしばらく夜中にモンモンとすることになる。

「ふふ……」

 と思うけど、この笑顔を見てると説明する気ナッシングだとわかってしまう。

 どうも、その思い出が告白と関係ありそうなのに。

 僕の脳にもその思い出がメモリーされてるはずだから、なんとか記憶を取り戻せないものか。

 その記憶と引き替えに、真香先生が送ったメッセージの件を忘れてもいいから。

 ていうか──SIDシドとかいう組織のことは忘れてしまいたいけど、ダメだろうか。



「これより、さいまことるし上げを開廷する!」

「会長、そこは裁判って言いましょうよ!?」

 先生との焼き肉デート──いや、デートじゃないけど。

 とにかく、焼き肉の翌日、放課後。

 ぼくは、今度はなぜか生徒会室に連れ込まれていた。

 そう、連れ込まれた──ろうを歩いていたらじんしよカレン会長に捕まり、そのまま生徒会室まで連行されたのだ。

「またせいしやが……でも俺も会長に連行されたい!」

「会長のお説教はヤバいぞ。人格破壊まであり得るから、〝しゆくせい〟なんて呼ばれてるし」

「むしろ、会長のお説教なら夜までコースでお願いしたい」

 生徒会室までの道中、そんなアホのようなささやきが聞こえたり。

 みんな、カレン会長の恐ろしさは知った上で、かなり人気があったりするのだ。

 なにしろ美人で胸も大きいし、妙に指導力もあるしね。

 そして、連れ込まれた生徒会室には──他の生徒会役員の姿はなかった。

 生徒会室は教室の半分程度の広さ。ドアの向かい側の一番奥に窓があり、そのそばに生徒会長の机。

 その机の正面に、長机が向かい合わせに二つ置かれている。

 僕は、二つの長机の間の狭いスペースに立たされ、正面にはカレン会長が席についていて、両肘をついて口元に手を当てた、どっかの司令官みたいなポーズを取っている。

 さらに、長机にはあまなしぬい、彩木はる、さらにしんじゆの姿まであった。

 ちなみにせいだい学院は初等部から大学までのエスカレーター式で、くーは初等部の五年生だ。

 初等部だからといって、高等部への出入りが自由というわけではないのだが。

「彩木慎、知っているだろうが、私は言葉を飾らない主義だ。これから、おまえを吊るし上げるんだから、吊るし上げで間違いない」

「疑う必要がないから楽だけど、優しさ! 優しさがもう少しほしいです、会長!」

 そんな僕の嘆願は、無情にも右から左へ聞き流された。

「まあまあ、さいくん、落ち着いて。マジに吊るされるわけじゃないんだからさー」

「そうだよ、お兄ちゃん。もし吊るされても、逆さにしない程度の加減はされるって」

「せんせー、吊るされても私が助けますから……二、三時間はかかっちゃうけど……」

「……………………」

 僕は、左右の長机についている三人の少女を眺める。

 天無と美春が並んで座り、もう一つの長机にはくーが座ってる。

 本当に、この人たち、元から面識があるみたいだ……。

 ぼくはもちろん全員と顔見知りだけど、みんなはどこで知り合ったんだよ……。

「では、幼女の帰宅時間のこともあるし、手早くるし上げよう。さいまこと、おまえは昨日、四人の女に告白された。間違いないな?」

「なにが始まろうとしてるんだ……」

 生徒会長が裁判長で、僕が被告人で、グラビアアイドルと妹と幼女はぼうちようにん

 おかしいな、弁護人どころか検察すら見当たらないんだけど?

「会長、ちなみに黙秘権は……?」

「黙るのは自由だが、沈黙は肯定とみなす。おまえはシスコンでロリコンでドルヲタのさんじゆうか?」

「違います! 全然違います!」

 なんて恐ろしいことを。黙っていたら、僕に大変な疑いがかかるところだった。

 だから、うたぐぶかいのは僕であって、疑われる役回りは担当したくないのに!

「あのー、はるも質問。お兄ちゃんのフェチは三つだけなんかなあ? 会長さんの属性は好きじゃないのかなあ?」

「三つでもないぞ」

 可愛かわいい妹が、僕の反論はスルーしてカレン会長だけに視線を向けている。

 こいつ、昨夜と今朝は告白の件をじんも顔に出さなかったのに。

 正直、美春の態度のおかげで告白四連チャンは夢だったんじゃないかって希望も持てたのに。はかない希望だったなあ……。

「私はただの黒髪ロング巨乳美少女だ。フェチというより、割と誰でも好きだろう」

「あー、なるなる。お兄ちゃんも好きそう!」

 全然、なるほどでもなんでもない……。

 しかも会長、黒髪ロング巨乳美少女って。事実だけど、自分で言うかな。

「では、本題に戻ろう。彩木慎、おまえは昨日、四人の女に告白された。そして──同日、我が校の英語教師、ふじ先生とお付き合いすると決めたそうだな。焼き肉デートの写真という証拠も確認済みだ」

「は、はぁ……」

 真香先生、マジでLINEグループで全員にあの写真を送ったらしい。

 これは肯定するか否定するか難しいところだ。

 否定すれば、四人からの告白の続きについて、今ここで議論が始まるかもしれない。

 ぶっちゃけ、いくら僕が疑り深くても同時に四人の真意を探り続けるのは面倒くさい。

 しかし、肯定したらしたで、新たなだねを生み出しそうだ。

 真香先生と焼き肉をご一緒したのは事実だしなあ……。

「我々、SIDシドとしてはかんできない話だ。非常に重要なところであるので、被告はあいまいな答弁をしないように」

「ああ、やっぱり被告なんですね、ぼく……」

 裁判のていさいになってないけど、刑がしつこうされるまではまだ余裕がある……のかな。

「というか、会長。そのSIDシドっていうのが僕にはよくわかってないんです。いったい、いつ、どんなことがあればそんな怪しげな組織が結成されるんですか?」

 なにしろ、うちの家族や、昔からの知り合いのくーまで参加してるんだ。

 僕じゃなくても気になって気になって、こんな気持ちのままじゃどこにも行けない。

さいまこと、それを語り出すと、我々が幼女を誘拐したと疑われるほどの時間を費やさなければならない。別に隠すことはないのだが、省略させてもらう」

さいくん、女の子には秘密があるもんだよ。ひみちゅ、ひみちゅ。妹だろうと幼女だろうとクラスメイトだろうと、そこを探るのはなんだよ」

「この際、野暮でもいいんだけどね……」

 のんきなこと言ってるあまなしこそ、クラスメイトとはいえ芸能界で生きるタレント。

 ある意味、僕から一番遠いはずなんだけどなあ……。

「さて、彩木慎。これ以上話を引き伸ばすなら、肯定したと認識せざるを得ない。生徒会長権限で、おまえを校内引き回しの上、バスケットゴールの横にるすことになる」

「リアルに吊るされる上に、過酷な前座が追加されてますね!」

 あと、バスケットゴールの横とか具体的な場所が出てきたのがとても嫌!

「ど、どうしよう……高校のバスケゴールなんて、私の背じゃ届かない……せんせー、永遠にるされっぱなしです……」

「……くーの気持ちだけはうれしいよ」

 くーは小学五年生だけど、をすると低学年に見られるほどちっちゃい。

「いやいや、ちょっと待って、会長! ぼく先生と──」

「ええ、間違いなく付き合ってるわ」

 僕が思わせぶりなことを言って時間稼ぎをしようとしたところで、突然ドアが開いて真香先生が入ってきた。

 いつものことながら、普通に歩いているだけなのにモデルがランウェイを進むがごときはながある。

 ああ、見事なたかの花モードです、先生。

 焼き肉屋でアタフタしてた姿なんて、幻だったんじゃないかと思っちゃうくらい。

「あなたたちが集まる場所くらい予想はついたわ。じんしよさん、生徒会室の私的利用は禁止じゃなかったかしら?」

「私は生徒会長であると同時にシスター見習いだ。男を好きになることを禁じられている。今さら、誰も知らないような規則の一つや二つ、ばっさり破ってやる」

 ……会長、なんて男らしい。

 というか、真香先生も生徒指導室と英語科準備室を思い切り私用で使ってたけど、ツッコミ入れたら叱られるのかな。

「そう……なら、わたしもこのくらいは見逃しましょう」

 いやだから、あなたも……。

「でも、これ以上の吊るし上げは許さないわ。LINEで話したとおり、わたしはさいくんとお付き合いすることになったの。もちろん、真面目まじめな付き合いよ。人に言える関係じゃないことはわかっているけど、人として間違ったことではないわ」

「…………」

 真香先生がえらく真面目というか、ちゃんとした人に見える。

 って、こっちが学校での本来の真香先生だった。

 準備室や焼き肉屋でのポンコツな姿を見せてた真香先生のほうに慣れちゃって、むしろ高嶺の花モードのほうに違和感が……。

「ま、真面目なお付き合いって……なんですか、はるおねーちゃん?」

「んー、美春はJKだけど普通じゃないからよくわかんない。ちゅーとかはしないってことかなあ?」

「美春、小学生相手になにを言ってるんだよ!」

 くーが、びっくりして「ちゅ、ちゅー……!」とかつぶやいて、真っ赤になってるし!

「……うーん、あたしは付き合いが真面目まじめかどうかはどうでもいいんだけど」

 今度は、グラビアアイドルさんがご発言だ。

「やっぱ信じられないかな。さいくんがいきなり告られていきなりOKするなんて。いつもの彩くんなら、相手のことを半年はかけてみっちり調べてから返事するんじゃない?」

「……ぼくはストーカーか?」

 グラビアアイドルが意外とうたぐぶかいのはともかく。

 むしろ、現状だと先生を含めた五人にストーカー疑惑が出てるぞ。

 SIDシドという組織ができたのは昨日今日じゃなさそうだし、どうも僕について妙にいろいろ詳しそうなのが気になる……。

「こういう場合のテンプレって、『ホントならキスしてみて』とかだよね。というわけで、お兄ちゃん、キスミープリーズ」

「キスミーだとおまえにすることになるだろ!」

 今度は、我が愛すべき妹。

 僕を好きだと言っても不自然じゃない関係だけど、この子は今までそんな素振りすら見せたことない。

 ここ数年は、どちらかというと「私の服はお兄ちゃんのと一緒に洗わないで」的な態度なんだよね……。そこまで言われてはいないけど。

さい妹の知能レベルについては、そのうち追及するとして、確かにそれも一つの手だな。一緒に焼き肉はただ事ではないが、証拠としては物足りない」

 まあ、会長の言うとおり。焼き肉デートはいくらでも深読みできるけど、付き合ってるって証明するにはちょっと弱いだろう。

 ていうか、どうとでも解釈できるからこそ、先生も送ったのかも。

「私はまだ納得していない」

 会長は、じろじろと僕と真香先生の顔を交互に見てから。

「そうだな、二人が付き合っているというなら……キ、キスのひとつもしてみろ……?」

「…………会長、なに照れてるんですか」

 カレン会長、耳まで真っ赤になってる。

 シスター見習いだからなのか、この手のことにマジでめんえきないんだな……。

「馬鹿を言わないで、じんしよさん。真面目なお付き合いだと言ったでしょう? そうでなくても、昨日の今日でそんなはしたないマネ、できるわけないでしょう」

「…………」

 ノーブラで授業したり、女教師モノの動画を観るのは、はしたなくないのかな?

 でも誰も反論しないし、真香先生は〝はしたないことはしない〟と思ってるみたいだ。

「というわけで──死んでもいいわ同盟規約、第3条『さいまことにまつわる同盟内での情報はとくされるべし!』だったわね」

 突然、先生が血迷ったことを言い出した!

「な、なに……? ふじ先生、なぜSIDシドの規約を知っているんだ……?」

「ふふ、教師は実は生徒のことを隅々まで把握してるものなのよ。そう、動物園の飼育員が猿山の猿の順位付けをすべて知っているように」

「そのたとえはおん便びんじゃないですよ……」

 あまなしが「あ、やべっ」みたいな顔をしているところを見ると、たぶんあいつがらしたんだろう。隠し事とかできないタイプだろうしなあ。

 真香先生はSIDの動きをつかんでるみたいだけど、だいたい天無が情報源なのでは?

「SIDでは規約は絶対なんでしょう。つまり、わたしとお付き合いしてることも告白のことも同盟の外には決して漏らせない」

 真香先生はキリリとした表情でそう言うと、れいな茶色の髪をゆうな動作でさっと後ろに払った。

 か、かっこいい……! 真香先生のアレな正体を知ってるぼくでも一瞬だまされるレベルの見事なたかの花モードだった。

「──いいだろう。我々としても彩木慎を困らせることは本意ではない」

「えええぇっ!?」

 既にめっちゃ困らされてますがな!

 と、思わず突っ込もうとしたら会長にギロリとにらまれた。

 この人、僕より一個上なだけのくせにかんろくがハンパないです。

「よし、天無ぬい、彩木はるしんじゆ。それにこの私、じんしよカレンは本日のことは誰にもこうがいしない。さらに修正第4条に基づき、今後は告白の件は忘れ、今までと変わらない立場で被告に接することとする」

「えーっ! かいちょ、あきらめがよすぎ! あきらめたら芸能界じゃ死んだも同じなんだよ!?」

「会長さん、まさかもう納得したの? 一番あきらめ悪くてしつこそうなのに」

「わ、私はせんせーが幸せなら……まさかとし好みだとは思いませんでしたけど……」

 それぞれ、なんだかツッコミどころ満載の反応をしてるけど……。

 そもそも、同盟規約とやらは何条まであって、どんな内容なのか気になるけど……。

「やったわっ」

 真香先生が小声で言った。

 どうやら、会長たちは引き下がった──と真香先生は思い込んでるらしい。

 僕が思うに、たぶん全然終わってないんじゃないかな。

 だって、会長は口元隠してほくそ笑んでるし(隠し切れてない)、あまなしはまたスマホにタッチペンでなにか書き込んでるし。

 妹とくーに至っては、それぞれジト目と涙目でぼくらをじーっと見てる。

 先生、僕ほどとは言わないけど、少しは人を疑うことを知ったほうがいいですよ。



「うう、ふわぁぁ……」

 ね、眠い……昨日はろくに眠れなかったからなあ。

 まさか、僕の人生でるし上げなんてものを食らう日が来るとは。

 修正第4条とやらのおかげなのか、少なくとも家でのはるはいつもどおりだった。

 まあ、には問題があるんで、ちょっとは変化があってもよかったんだけどな。

 いけない、ありもしない希望にすがってると、通学路が余計に長く感じてしまう。

 僕の自宅マンションから学校までは、電車で三駅。

 自転車通学も可能だけど、僕は電車通学派。

 なにしろ僕は普段からいろいろ疑いながら行動するので、あの角から車が飛び出すんじゃないか、歩道を歩いてるあの子供が理由もなく車道のほうに横っ飛びするんじゃないかとか疑いすぎて、自転車だとかえって危ない。

 満員電車はキツいけど、三駅分くらいなら我慢できる。

 今日もマンションから最寄り駅まで徒歩三分、電車で七分。

 駅から学校までは徒歩十分の通学コース。

 満員電車を降り、通学路をのんびりと行く。

 僕は割と早めに登校するタイプなので、通学路も人はまばらだ。

 それでも、つい周囲を警戒してしまうのは、このところイベントが目白押しだったせいだろう。

「さすがに今日はなにも起きないよね……」

 起きないように、不本意ながらあの人の作戦に乗っかったわけだし。

「おはよう、さいくん」

「ああ、おはようござ──真香先生っ!?」

 まったく気配も感じさせずに、いつの間にか〝あの人〟が横に!

「まだ時間はあるわね。それじゃ、登校したら生徒指導室に来なさい」

「朝イチで指導室呼び出しですか!?」

 どんな悪いことをすれば登校した途端、呼び出しをくらうのか。

「朝から呼び出しだと、僕が満員電車で痴漢をしたと疑われるんじゃ……?」

「相変わらず、無駄に最悪の事態を思いつくわね」

 先生は、ふふんと笑う。

「痴漢をしたくなっても、今の君にはがいるでしょう。なにをしても文句を言わない女が」

「いねぇよ」

 ぼくの知る限り、そんな女が周りにいたことは一度もない。

「朝は準備室を使う先生方がいるからね。逆に指導室は空いてるのよ。今日の教育はよ。お楽しみに」

 そう言うと、真香先生はすたすたと先に行ってしまった。

 と、特別コース? これまでの教育が既にまともじゃなかったのに。

「ま、真香先生、おはようございます!」

「はい、おはよう」

 入学したばかりの新入生らしき女子生徒たちに挨拶され、真香先生が微笑して挨拶を返す。

 ただ挨拶しただけなのに、女子生徒たちはキャーキャー騒いでる。

 既に真香先生は、モデルみたいな歩き方でさっさと行っちゃってるけど。

 まあ、あれだけの美人だし、タイトスカートに包まれたお尻とかそこから伸びる脚とか、それこそそこらのモデルだってちできないからなあ。

 女子にまで憧れられるのはわからなくもない。

 真香先生の〝教育〟とか焼き肉のときの姿を見たら、あの子たちはどう思うかな。

 意外と、人間味のあるところが見られて、もっと好意を持つかもしれない。

 少なくとも、僕はたかの花モードより……っと、いらんことを考えるのはやめよう。



 教室に着き、カバンを置いてから指導室へ向かう。

 あまり気は進まないけど、行かなかったらあとが怖い。

「ああ、いらっしゃい。今日も紅茶でいいわよね?」

「……砂糖をお願いできますか。この前飲んだのは、ちょっと苦くて」

 指導室に入ったとたん、微笑ほほえむ真香先生に歓迎された。

 僕は紅茶を受け取ってから、すすめられたに座る。

「なるほど、さいくんは甘くないと飲めないのね。甘いのがお好き、と。ふむふむ……」

 真香先生はなにやら納得しながら紅茶を置いて、机を挟んで僕の向かい側に座った。

「それで、今日はいったい……?」

「わたしはね、子供の頃から可愛かわいかったのよ」

「は?」

 また、とつぴようもないことを言い出したぞ。

可愛かわいくて、周りの男の子からもモテててね。おまけに賢かったものだから、立ち回りもくて。幼稚園でも小学校でも、周りの男の子たちはみんなわたしのことが好きでしょうがないって感じだったわ」

「ま、まあわからなくもないですが……」

 今、これだけ美人なんだし、小さい頃も相当に可愛かったのは容易に想像がつく。

 教師としても優秀なんだから、頭がいいのも確かだろう。

 でも、なぜそれを今、ここでぼくに言うの?

 ロリ時代は、くーより可愛かったとでも言いたいの?

「ただ──わたしが七歳のときだったかしら。父親は事業をやっててそれなりにくいってたんだけど、に遭って破産しちゃったのよ」

「は、破産……?」

 かと思いきや、予想外にヘヴィな方向へ話が飛んだぞ。

「そこからはお約束というか、あっという間に仕事以外のなにもかもまで失敗して、両親が離婚するまでそれほど時間はかからなかったわね」

「あの、先生……?」

 真面目まじめに語ってるんで、水を差したくないが、僕が聞いていい話とは思えない。

「いろいろあって、わたしは父親についていくことになったんだけど、破産から離婚、父子家庭へのコンボは周りにもあっさり知れ渡ったのよ。恐るべし、ご近所ネットワークね」

「……SNSとかない時代でも情報って簡単に伝わってたんですね」

 別にリアクションは要求されてないだろうけど、黙ったままというのも落ち着かない。

「だいたい正確な情報が伝わってたみたいよ。周りの友達も、友達の家族もわたしの家になにが起きたか知ってたわ。それで──わたしは賢くて可愛い子じゃなくて、〝可哀かわいそうな子〟になったのよ」

「…………」

 たぶん、僕でも同じ状況の同級生がいたら、可哀想だと思うだろうな。

「イジメなんかはなかったけど、れ物に触るような扱いだったわね。今、思い出してもみんなわたしに気を遣ってたと思うわ。小さい子供でも、〝あ、これはからかっちゃダメなやつだ〟っていうのはわかるみたい」

「た、たぶんおやさんが子供に注意してたとかじゃないですかね……」

「そうでしょうね。でも、わたしは賢くて可愛い子のままでいたかったの。可哀想なんて同情されるのは──当時はそんな言葉知らなかったけど、だったのね」

「プライドが高かったんですね……」

 子供にだってプライドはある──というより、大人なら利害とか考えてプライドを捨てられるけど、子供にはそれはできないのかも。

「だからわたしは、〝自分は可哀かわいそうじゃない〟って精一杯胸を張って──今みたいに胸はなかったけど。見てこれ、実はEカップよ?」

「そんな付け足しはいりませんから!」

 スーツの上着越しにもわかる立派なお胸に、思わず目を向けそうになりつつ。

 この前の手ブラやブラけを思い出すから、余計なことは言わないでほしい。

「これもづかいだったのだけど、いらない? よかったら、わたしのJS、JC、JK時代の写真をそのうち見せてもいいわよ」

「……け、けっこうです」

 正直、めっちゃ興味ある。

 これだけの美人の十代の写真……! さすがのぼくも、漫画雑誌のグラビアに載ってたら見ちゃうだろうな。

 でも、この真面目まじめなシーンでそんなこと言えない。

「なら続けるわね。わたしは小学校から大学までずっと、元からよかった見た目をさらに磨いて勉強もがんって──気がつけば、〝賢くて可愛かわいい〟でも〝可哀想〟でもなくて、周りの人たちが近づくのも気が引けるような女の子になってたわ」

 そこまで言うと、先生は紅茶をゆうな動作で一口すすった。

「以上、簡単ながらわたしが〝たかの花〟扱いされるようになった理由よ」

「な、なんでそんなプライベートなことを僕なんかに。それって、もっと深刻なすれ違いとかあってから、明らかになるタイプの事実ですよ……?」

「君、漫画の読みすぎじゃないかしら? さいくんにもったいぶるつもりはないわ。きたいことがあれば、なんでも話すわよ? 身長体重スリーサイズだろうと、性的なお話だろうと。まあ、わたしはこのとしだけど性的な経験なんてかい──」

「わーっ、言わなくていいです、言わなくていいです!」

 思わず立ち上がって、真香先生を制してしまう。

 今、とんでもないことを言いかけた──というか、ほぼ言い切ってしまったけど、聞かなかったことにしよう!

「大人の女性として悲しすぎるから、聞かなかったことにするんじゃないですから!」

「その付け足しもいらないんじゃないかしら。彩木くんになら話しても問題ないし、もっと根掘り葉掘り訊いてもいいのよ? 男の子って、そういう話が好きでしょ?」

「それならまだ、真香先生のトラウマ的な過去のほうがマシですよ!」

「あら、だったらもうちょっとさい穿うがって説明しましょうか。両親の離婚前の、絶対子供に聞かせちゃいけない会話とか、母親が家を出るときの台詞ぜりふとか、なかなかパンチが効いてるわよ」

「……やっぱり、トラウマ的な過去も無しということで」

 よそ様の家庭の事情ほど聞いて得のない話もないよね……。

「ちなみに、この話を聞かせたのは、ふじの二十四年の人生でさいくんが初めてよ。わたしにも友達くらいはいるけど、誰にも聞かせたことない」

「だったら、ぼくにも聞かせちゃいけないのでは……」

「彩木くんが誰かを疑うのは、その人が秘密を持ってるからでしょう。わたしには、君に隠すようなことはなにもない。もちろん、うそもつかないわ。なんなら、毎日わたしのスマホをチェックしてもらってもいいわよ」

「いえ、別に浮気を疑うような関係でもないので……」

 個人情報のかたまりみたいなスマホを見るとか、本人がどうぞと言っても嫌だ。

 はるがよくスマホをリビングにほったらかしてるけど、着信があったら即座に視線をらして発信者の名前を見ないようにしてるくらいだ。

「ついでに言っておくけど、わたしに同情してもらいたいわけでもないわよ?」

「それは、わかってますが……」

 もちろん、僕だって真香先生のは理解してる。

 これも教育の一環。僕が真香先生を好きになるように誘導するため。

 そして告白が本気だと証明するために、他の誰にも明かさない重大な秘密を僕に話してるんだろう。

 それが有効な手であることは間違いないよね……少なくとも、僕は真香先生への興味を強めてしまってる。

 そういえば、僕が以前、先生になにか言ったとかいう話はなんだったんだろう?

 あれこそ、気になるから教えてもらいたいところだけど、けば答えてくれるんだろうか?

「わたしが真剣だってわかってもらいたいのよね。他にも方法はあるけれど。たとえば、このEカップの胸を──」

「だから、胸の話はいいんですって!」

 ああ、余計なことを考えてる暇がない! 畳みかけてくるぜ、この先生!

「じゃあ、必要なことも話して、これで面倒くさいトラウマ解決とか、すれ違いとかの可能性をつぶしたところで、始めましょう」

「始める? なにをですか?」

「教育の第2ステージ──」

 真香先生は、不敵に笑う。

「君にとってはニセの恋人関係、わたしにとっては君に好きだと言ってもらうための猛アタックに決まってるじゃないの。なにを言ってるの?」

「猛アタック!? ちょっと待ってください、その二つを同時進行するつもりですか!?」

じんしよさんたちを納得させるためには、仕方ないわ。ああ、仕方ないわー」

「全然仕方なくなさそうですね……」

 しまった、この人もカレン会長たちが簡単に引き下がらないとわかってたんだ。

 あのとき「やったわ」とか言ってたのは、この展開に持って行けるからか!

 唐突な自分語りを始めて、おかしいとは思ってたけど……そういう作戦だったとは!

 先生の重たい過去を知ったことは、よくも悪くもぼくらの関係を変えるだけの効果がある……。

 最後まで聞き入っちゃったのは失敗だったのか!?

「そういうわけで、これからさいくんは遠慮無用よ。わたしのこの身体からだを頭から爪先まで、どこもかしこも自由にしていいから」

「そういう話なんですか!?」

 スタイル抜群の美人教師が、男子高校生相手になんてエサをばらまくんだ!?

 急に話が生臭い方向へ進み出したぞ……。

 もしかしなくても、ノーブラ攻撃や手ブラ、焼き肉屋であーん以上のわなが仕掛けられるのか。

 いくら僕がさいしん強くても、罠をかわしきれるんだろうか。

 をすれば、みずから罠を待つようになりかねない……。

 おかしい、本当におかしい。僕はこの世のなによりも〝先生〟が苦手なやつなのに、どうしてよりによって美人教師にロックオンされてしまったんだ。

 人生って、唐突に激流に放り込まれるもんなんだな……。




③ 真香先生の割と華麗な計画



 うちの学校は名の通った私立で、学費と寄付金をたっぷりふんだくってる。

 おかげで、立派な学食があり、生徒があたたかいお昼ご飯に困ることはない。

 一番人気は日替わりランチで、今日のメニューはハンバーグセット。

 肉汁たっぷりのハンバーグと目玉焼き、付け合わせのニンジンとコーン、ポテトサラダ、ミニスパゲティ、ご飯としるもついてる。

 ハンバーグはぼくの大好物だ。そこに目玉焼きが載ってると、テンションが上がる。

 子供舌と笑うなら笑え。いつか、きゃらぶきとか大人の味がわかるようになるんだろうか。

さいくん、それしそうね」

「ええ、いですよ。弁当も好きなものばかり食べられるんでいいんですが、やっぱりアツアツの料理が──って、先生!?」

 いつの間にやら、僕の正面に真香先生が座っていた。

 毎度のことだけど、ホントに気づかない間に現れるよね。

 真香先生の前に置かれた小さな弁当箱には、サラダが入っている。お昼ご飯、これだけなのかな。

 ちなみにこの学食、持ち込みは自由。

「そんなに驚かなくてもいいでしょう。教職員もこの食堂を使うのだから」

「そ、そりゃそうですけど……」

 今日もスーツが素敵ですね、先生。

 サラダの横には水筒もあるけど、あれはルイボスティーとかだろうか?

「いやー、はっはっは、今日も元気でメシが美味い!」

「……なんで君までいるの、あまなし

 天無は、無駄にハイテンションで真香先生の隣に座っている。

「あっはっは、天無だなんて他人ぎような。まなっしーでいいよ!」

「どこのゆるキャラだよ」

 そんな特殊な呼び方できるか。そのあだ名、ちょっとヤバいし。

「というか、それ一人で食べるの?」

 天無の前に置かれているのは、レギュラーメニューのヒレカツ定食。汁無したんたんめんのハーフサイズ付きだ。

「今日は撮影ないから、いっぱい食べておなかぽっこーってなっても大丈夫だから!」

「グラビアアイドルとしてはOKでも、女の子としてはダメじゃないのかな」

「ダメに決まってるじゃん!」

 あははははは、と笑うあまなし

 あの、あまり大声上げないでもらえますかね。

 どこかのえない男子生徒の前に、人気美人教師と人気グラビアアイドルが座ってて、人を殺せそうな視線がザクザクと僕に突き刺さってきてるんで。

「いいのよ、天無さんは。わたしが誘ったの」

「……まさか、あのよろしくない名前の組織と関係あるんですか?」

「別にあたし、さいくんと先生の関係を疑ってるわけじゃないよ! ちょうどいいから見張ってやろうなんてちーっとも考えてないぜっ!」

 天無は、ずるずると豪快にたんたんめんをすすっている。

 ここまで隠し事がドだと、逆に怪しく思えてくるな……。

「見張りでも全然かまわないわ。見られて困るようなことをするわけでもないしね」

 人前ではなにもしない、というのが先生の線引きらしい。

 でも、ちょっと含みのある口調だったなあ。天無へのけんせい……だろうか?

「それに、わたしとさいくんが二人だけでお昼を食べてたら変でしょう。天無さんはカモフラージュ要員よ」

「うわお、あからさまに教え子を便利に使ってるぜ、この先生」

 ぼくの目の前で、静かなバトルを繰り広げないでもらえないだろうか。

 とりあえず、周りには聞こえてない……よね?

 なにしろ、真香先生がただでさえ近寄りがたいたかの花。

 天無は気さくな性格で友達も多いみたいだけど、真香先生との組み合わせがなぞ──そこに僕も加わってるので不気味さがあるのかも……って、誰が不気味だ!

 とにかく、他の生徒たちは僕らに近づいてこようとしない。

 近づいてくれたら、この状況がうやむやになりそうなのに。

「あー、それにしてもこのサラダ、しくないわ。キリギリスじゃないんだから、こんなに草ばかり食べられないわよね」

「そのサラダ、好きで食べてるんじゃないんですか!?」

 お昼ご飯はサラダだけとか、意識高い女性っぽいけど、キャラづくりのためだったのか。

 とっくに高嶺の花なんかじゃないってことは知ってたけど、僕のイメージを全力でたたき壊そうとしてるのか?

「え? 真香ティー、いつも意識高そうなサラダ食べてるって女子の間で話題だよ? あそこまでにはなれないよねーって」

「女子高生は、まだまだ甘いわね。きちんと節制してこそ大人の女なのよ」

 ……急にを張りだしたぞ。

 どう考えても、さっきの「草ばかり食べられない」が本音だろうに。

「サラダなんか好きなわけないじゃない……肉よ、肉が大好きなのよ」

「ん? ティー、なに?」

「なんでもないわ。その真香ティーっていうのはやめなさい」

 真香ティーのティーはティーチャーかな……。どうでもいいけど。

 あまなしには聞こえなかったようだけど、注意深いぼくには聞こえちゃったぞ。

 焼き肉、本当にしそうに食べてたもんな……。

 ちなみに食べすぎて、支払いのときは金額を聞かないようにしてました。

 いくらリーズナブルっていっても、僕の夕食何日分になっただろう。

「天無さんも、カツとかあぶらっこいものばかり食べてないで草──じゃない、サラダを食べるようにしなさい。あなたは仕事的にも美容は重要でしょう?」

 あっ、天無をさいしよくに巻き込もうとしてる。なんて大人げのない。

「え~、でもお肉食べないとパワー出ないよ。さいくんもハンバーグ食べてるじゃん」

さいくんはいいのよ。たくさん肉を食べて、不純な交際を迫る女子たちを追い払う力をつけてもらわないとね」

「わー、あからさまに生徒を差別してきたー。というか、不純ってなんじゃい!」

 たぶんツッコミを入れたほうがいいんだろうけど、今はハンバーグが口の中にあるから。

 食べながらしゃべるのはおぎよう悪いと、妹にも口を酸っぱくして言ってきた。

「ふーんだ。ご飯のときまで先生のお小言は勘弁だよ。食べるときくらいは、自由でいたい! すていふりー!」

「普段、授業中でも居眠りばかりでしょ。自由すぎるのよ、あなたは」

 真香先生が、じろっと天無をにらむ。

 それから、ふとなにかに気づいたような顔になって。

「ところで天無さん、上着を着たらどうかしら? 校則違反ではないけど、ベストだけというのは男子に目の毒よ」

「だって胸がきゆうくつなんだもん。入学したときに買ったブレザー、もう全然サイズ合わなくてさー。買い直すにしても、ここの制服、高いんだぜ?」

「だぜ、じゃありません。私立の制服は値が張るのはわかってるわ。でも、あなたの場合は多少無理をしてでも買い直したほうがいいんじゃないかしら? 男の子の視線を集めすぎるのは危険があるわよ。彩木くんみたいに安全な子ばかりじゃないのよ?」

 真香先生は、じーっと天無の大きく盛り上がった胸をぎようしてる。

 僕も、じーっと天無の大きく盛り上がった胸を凝視──しちゃダメだろ。

 危ない、つられて余計なことするところだった。僕は、安全な子。

「買い直すのはちょっとなー。まだ成長するかもしんないし。実はグラビアってあんまもうからないんだよ。金に汚い大人たちにいっぱいさくしゆされてるからねー」

「あなた、まだ成長するつもりなの……? どれだけどん欲なの? その胸部の凶暴な武装を強化して、馬鹿な男子高生をたぶらかそうってわけなの?」

「…………」

 馬鹿な男子高生っていうのが特定の誰かを指してるのか気になるが……。

 ちょっと、たかの花モードが解けかけてない? 大丈夫?

「だいじょうぶ、だいじょうぶ。ちゃんとお付き合いしてる人がいる真面目まじめな男子高生なら、たぶ、たたた、たぶらさかれたり? しないってば」

「……あなた、成績は極悪だったわね。国語の先生に注意するように言っておくわ」

ティー、なんでそんな無駄なことするの?」

「少しは先生方の努力も理解しなさい!」

 この二人の会話、聞いてると頭が痛くなってくるね……。

 というか、さっきからあまなしは真香先生に完全にタメ口だな。

 教師にタメ口きく生徒はまったく珍しくないけど、天無の場合はめっちゃふてぶてしく見える。

「だいたい、真香ティーだっておっぱいおっきいじゃん。男子たち、かなりたぶらーされてるよ?」

「たぶらー……わたしは大人だからよ」

「大人だって乳無しはいっぱいいるよ。あ、そうか。真香ティーはもう大人だから、これ以上はおっぱいおっきくならないのか。つまり、あたしが追い抜かれることは永遠にないぜ!」

「くっ……! さ、さいくん、大きすぎるのもダメって言うわよね!?」

ぼくのものじゃないんで、どうでもいいですね」

 いや、マジで。僕も健全な男の子、おっぱいに興味ないなんて口が裂けたって言えない。

 でも、真香先生だろうと天無だろうと、自由にめるわけでもないんだから、サイズなんか気にしたってしょうがない。

「んー? あたしと真香ティーのおっぱいはさいくんの所有物でしょ? サイズとか形とか気になるんじゃね? あたしのなら、グラビアでもけっこう確認できるよ?」

「所有物じゃないでしょ……そんなの確かめてどうするんだよ」

 天無の言ってることは、なにもかもがおかしい。

「そうね、彩木くんの言うとおりだわ。胸が大きかろうが、見るもざんな小ささだろうが、関係ないわね。重要なのは、彩木くんにとって価値があるのは誰でも見られる水着グラビアの胸じゃなくて、お付き合いを続ければいつか触れるわたしの胸ってことじゃないかしら」

「…………」

 聞きようによっては、ぼくが先生の胸のことを重要視してるみたいだな。

 でも、ここであまり強く否定してしまうと、先生と僕が付き合ってるというお芝居がまったくの無駄になっちゃうか。

 しかし、真香先生、どんどん口が悪くなってるぞ。

 僕と二人きりのときみたいに、すきあらば迫ってきたりはしないけど。

 ちょっと、仮面ががれかけてるよね……。

「さすが教師……ああ言えばこう言うぜ。ふう、ごちそうさま。今日もかったー」

 あまなしは、ヒレカツ定食と汁無したんたんめんれいに平らげている。

 でも細いんだよなあ。カロリーが、全部胸にいってるんだろうなあ……。

「あー、しまったー。デザートも買っとけばよかったー。でも今からまた食券の行列に並ぶのもめんどいか」

「天無、まだ食べられるの……?」

「もっちろん。今日はしゃーないけどね。あ、さいくんにはデザートあげるよ」

「は? デザート?」

 なにか持ってるなら自分で食べればいいのに。

 と、テーブルに置いていた僕のスマホが振動する。

「やほー、デザート送っといたよ」

「…………?」

 天無もいつの間にかスマホを手に持ってる。僕になにか送ったらしい。

 LINEを立ち上げると──

「ぶっ……!?」

 な、なにを送ってきてるんだ……!?

 画面上には写真が表示されてる。

 そこには制服姿で、いつものベストは無しで、ブラウスの前を思いっきりはだけた天無の姿が!

 完全にノーブラで、よくあるグラビア的なおっぱい半分出してるような写真だった。

「あ、天無、なにこれ……!?」

「どんどん行くぜー、ほい、次はこいつだ!」

 ぽん、と再び写真が表示される。

 今度は、我が校指定のジャージ姿の天無。

 ジャージの上着のファスナーを全開にしてる──のは別に普通のことだけど。

 でも、ジャージの下になにも着てない! 普通ならTシャツを着るのに!

 さっきの写真よりかなりギリギリを攻めていて、おっぱいを斜め横から見るような構図になってる。

 ジャージでおっぱいが隠されているというより、おっぱいの盛り上がりがジャージを内部から押し上げている、みたいな!

「さらにまだまだ、あたしのデザート攻撃は止まらない!」

 三枚目の写真は──

 同じ裸ジャージ(?)に加えて、さっきはズボンをはいてたのに、今度はブルマ!

 あの伝説の体操着〝ブルマ〟をはいて体育座り!

 ブルマのすきから、ちらっと白い布が──どう見てもパンツとしか思えない布きれが写ってる!

「どう、さいくん。デザートにはなかなかじゃね? あ、安心していいよ。カメラマンじゃなくて、女友達に撮ってもらったヤツだから。あたし、仕事では水着写真がマックスだし、ここまできわどいのはやんないよ」

「仕事じゃないなら、この写真はなに!?」

「あたし、仕事抜きでも写真撮られるの好きだからさー。いろいろ撮ってるんだよ。ほら、前に秘蔵写真を送るって言ったし、彩くんのデザートにいいんじゃないかなって」

ぼく、デザートには刺激は求めないんだけど」

「……ごちそうさまでした。さて、あまなしさん」

 あ、この人の存在を忘れてた。

「いいところに行きましょうか。大丈夫、痛くしないわ」

「へ? ちょ、ちょっとティー、ぎゃーっ、どこ行くのーっ」

 真香先生は、がしっとあまなしえりくびつかんでずるずると引きずるように行ってしまう。

「これは、計画を前倒しにするときが来たのかしらね……」

 と、なにやらおんなことをつぶやいてる真香先生。

 ぎゃーぎゃー騒いでる天無を引きずったまま、食堂を出て行った。

 周りは「ああ、天無さんがなにかやらかしたのか……」という顔だ。

「ん?」

 と思ったら、新たなメッセージが。今度は真香先生からか。

《写真は消せ》

「お、おおう……命令形だよ……」

 どうやら、天無の隣にいた真香先生にはどんな写真を送っていたか見えていたらしい。

 まあ、他の先生に見られていても呼び出しコースだよね……。

 あんなヤバすぎる写真を男子生徒に送っちゃなあ……。

 正直、ちょっと惜しい気はしなくもないけど──天無のちょいエロ写真は削除したほうが身のためみたいだ。



 ああ、呼び出しのない放課後は最高だな……!

 というか、それが普通なんだけどね。

 昼休みの、真香先生の不穏なつぶやきが気になっていたが、準備室のとらわれびとになることなく、無事に帰宅。

 アホのような昼休みを除けば、ようやく平和な一日を過ごせたな。

 ついに、つーいーに穏やかな放課後がやってきた!

 ぼくの自宅は、駅近くのそこそこ悪くないマンションだ。

 築二十年、八階建て、うちの間取りは3LDK。

 基本的にファミリー向けで、入居者の大半は子供が一人か二人いる家族だ。

 多少、変わった入居者もいるけど、だいたい平和で妙な事件が起きたこともない。

「買い物もゆっくりできてよかった。ふー、重い」

 ずっしり重たい買い物袋をキッチンの床にどすんと置く。

 不意に、真香先生が現れるんじゃないかと警戒しながらの買い物だったんで、ちょっと落ち着かなかったけど、必要なものはだいたい買えた。

 考えてみれば、生徒は夕方に帰れるけど、先生はそうそう早くには帰れないよね。

 毎日夕方五時に仕事が終わるなら、ぼくも先生が苦手とか言ってないで、教職を目指すだろう。

「なんだ、お兄ちゃん。帰ってたの。おかえりー。つーか、またなんか考え込んでたの? あんまきよどうしんだとモテないよ」

「……ただいま。まあ、気をつけるよ」

 帰宅した早々、ジャブを放ってきたか、妹よ。

 はるはリビングのソファに寝転がって、キッチンのほうを面倒くさそうに見ている。

 自宅での美春は、だいたいこんな感じで、兄に対してしんらつだ。

 昔は「おにーたん」「おにーたん」と、ちょこちょこ僕の後ろをついてきた──なんてこともなく、物心ついた頃から兄に対して優しくない。

 常に僕に文句を言うタイミングを狙ってるんじゃないかと疑うくらいだ。

「美春こそ、今日も早いね。たまには寄り道でもしてきたら?」

「やーだ、めんどくさい。家が一番だよ、家はなんでもあるよ。ベッドもソファもあるし、ご飯も自動で出てくるし、気がついたらお風呂沸いてるし、服もパンツも洗濯されてるし、家がパラダイスだよ、家パラだよ」

「……そうだね」

 自動でもなく、妖精さんがやってるわけでもなく、兄の働きによるものなんだけどね。

 家パラを満喫している妹は、リビングのソファが家での指定席になっている。

 服装はながそでのパーカーに、下はショートパンツ。

 どちらも大きめ、ゆるめのサイズで、楽に着られることを最優先にしている。

 ほんの一年前までは、パンツ丸出しで家をうろうろしてたっけ。

 少しは恥じらいを覚えてくれて、兄としてはうれしい。

 フードがついたパーカーを着ているのは、日よけのためだとか。

 この妹、太陽の光が苦手とか吸血鬼みたいなことを言ってる。

 美春は外出するにもこの格好なのだ。

 近くのコンビニくらいならいいけど、もうちょっとオシャレに目覚めてもいいんじゃないだろうか?

「お兄ちゃん、今日の晩ご飯なにー? 美春は肉をご所望なのじゃよ」

「だと思ったから、回鍋肉ホイコーローだよ。美春の分は肉を多めにするから」

 美春が、ぱっと目を輝かせる。妹は、味付けの濃い料理が大好物なのだ。

 自覚はあるけど、うたぐぶかい僕も妹には甘い。

 昼から続けて濃い肉料理でも、妹のためなら全然苦にならないしね。

 せきとDNA検査によって、このさい美春は間違いなく僕のじつまいだと証明されている。

 嫌がる妹の口に棒を突っ込んで(検査用の採取棒です)、高いお金を払って検査をしたがあった。

 いろいろ信用のおけない世の中だけど、血縁くらいは信用したいところ。

 犯罪の加害者は身内というケースが多いって話もあるけど、そうは言っても妹だし。

 我ながら客観的データより自分の感情を優先した考え方に意外性は感じる。

 たぶん、そう思わせるなにかが過去にあったんだろう。覚えてないが。

 とりあえず、買い物の戦果を冷蔵庫や戸棚にしまってから自室に戻り、部屋着に着替えてからすぐにキッチンに戻る。

 はるはソファのすんぶんたがわぬ位置に陣取ったまま、厳しい目つきでスマホをにらんでいる。

 妹に甘いアイスティーを出してから、夕食の下ごしらえの作業を進めていく。

 我が家での家事は、ご覧のとおり、ぼくが一手に引き受けている。

 別に両親に不幸があったわけではなく、むしろ元気いっぱいで、元気すぎて日本に収まらずに、二人ともすぐにどこかへ飛んでいってしまう。

 両親は、一年の大半を海外で暮らしているのだ。

 貿易関係の仕事らしいが、あまりに日本に帰ってこないので、まともな仕事なのかちょっと怪しい。

 ぞうの密輸とかやってないだろうな?

 うらぎようの疑いはともかく、僕も美春も特に寂しいとは思ってなくて、美春なんかは両親の寝室を物置にできて助かるとか言ってる。

 美春は、ゲームのグッズとか大量に買っていて、自室は収納能力の限界を超えてる。

 両親のベッドの上にまで段ボールが積まれて、彼らはたまに自宅に帰ってきても、寝る場所がない。

 ただ、両親は僕以上に美春に甘いので、全然気にしてない。

 たまに帰宅するとろうに寝袋で寝てる。

 どんなゆるキャンだよ。

 とまあ、我が家は多少変わってはいるけど、変わってるのは主に妹が原因だけど、つつがなく兄妹きようだい二人で暮らしてる。

「うげ、また爆死だよー! いくらつぎ込めばあの子の笑顔に出会えるというの! ああ、もうっ、お兄ちゃんカードの限度額まであといくらだっけ……」

 ……そんなカードは実在しませんよ?

 いつものことだが、美春はスマホ片手にさつばつとしたオーラをただよわせている。

 妹はいつもスマホを手放さない。見てのとおり、ソシャゲに夢中みたいだけど……。

 ソシャゲにじゃぶじゃぶ課金するのは控えてほしいところだ。

 なんといっても、僕の財布がもたない。

「そーいや、お兄ちゃん。お昼にふじ先生とぬいちゃんせんぱいがバトってたってマジなの?」

「ん? なんで知ってるの? はるも学食にいたの?」

「美春はコンビニで買っていったパンを教室で食べてたよ。いや、LINEでもあちこちから情報が流れてきてたから」

「そうなのか……戦ってたわけじゃないけど、並んで昼飯は食べてたね。なぜか、ぼくが間近で見物させられてたけど……」

「ああ、お兄ちゃんも同席してたんだ。それは全然うわさになってなかったよ」

「だろうね……」

 先生とあまなしぬいという美人と美少女が放つまぶしさの前では、僕などニ●ラムをくらったザコのように光の彼方かなたに消し去られるのみ。

「ていうか、美春……」

「妹の名前を呼び捨てにするなーっ!」

「子供の頃から呼び捨てだろ! 唐突にキレるなよ!」

 ああ、我が妹ながらなにを言い出すかまったく読めない。

 いや、でもちょっと助かったかも。

 真香先生と天無の話が出たから、つい美春も僕のことがマジで好きなのかきそうになってしまった。

 シラフで確認できることじゃないな、うん。お酒飲めるとしじゃないけど。

 むしろ妹なんだから、普通なら僕のことを好きでも不自然じゃない。

 ただ、その〝好き〟の意味合いによっては、もっとも不自然になってしまう。

 はっきり言って、美春からの好意が一番あり得ない気がするんだよなあ。

 うちの妹さん、兄のことなんてボイス入力で動く家事マシーンとしか思ってないはず。

「あっ」

「ん? 縫ちゃんせんぱいのおっぱいを思い出して興奮してきちゃったの?」

「そんなわけあるかっ。いや、買い忘れがあったから、ちょっと出てくるよ」

 食後のデザートを完全に忘れてた。真香先生を警戒するあまり、僕としたことがかつな。

 美春は、夕食にデザートがつかないと機嫌悪くなるんだよね。

 さすがに僕も、デザートを手作りするほどマメじゃない。

 マンションの向かいにコンビニがある。妹はコンビニスイーツが大好きなんで、行列ができるケーキ店とかじゃなくていいのが助かる。

 部屋着のままで上着だけって、玄関を出た。

「あら、さいくん、これから出かけるの?」

「ええ、ちょっとそこのコンビニまで」

 真香先生がいたので、軽く頭を下げる。

 おっと、いつの間にか七時近くか。

 この時間に帰れるなら、やっぱり教師っていうのも悪くないかも。

 意外とホワイト? うちの学校だけ?

「もう暗いから気をつけなさい。ああ、わたしが付き添うわ。遠慮しなくていいわよ、どうせすぐ前なんだし」

「いえ、そこまでしてもらうわけには──って、ん?」

 エレベーターのほうへ向かおうとして、ぼくは立ち止まり、振り返る。

先生っ!? なんでいるの!?」

「……来ちゃった」

「そういう冗談を聞きたいわけじゃなくて!」

 真香先生はいつものスーツ姿に、手には手提げのカバン。

 それに加えて、スーパーの買い物袋もカバンと一緒に持っている。

「なにを言ってるの。ここが──さい家のお隣が、現在のふじ家よ」

「は…………?」

 真香先生は、我が家のお隣のドアを指差した。

 うちのマンションはどの部屋もそうだけど、玄関に表札なんかは無くて、部屋番号だけが表示されている。

「え……? ちょ、ちょっと待ってください、そこが真香先生の家……?」

「ええ、挨拶がだいぶ遅れたわね。藤城真香です。よろしく、お隣さん」

 ぺこり、と可愛かわいく頭を下げる真香先生。

 ば、馬鹿な……。

 敵は既にふところに潜り込んできていた……だと……?



「お、お邪魔します……」

「遠慮しないでいいわ、彩木くん。さあ、どうぞどうぞ」

 当たり前のことだけど、お隣の玄関は僕んとまったく同じだった。もちろん、置いてある物は違うが。

「お邪魔しよー」

 そう言って、玄関に入ってきたのははるだ。

 僕が玄関の前で騒いでるのに気づいて、家から出てきたのだ。

「遠慮しなさい、美春さん。あなたには帰れる家があるのよ?」

「反応が違いすぎるよ! 藤城先生は、美春のことが嫌いなの!?」

「DNAは好きよ」

「美春、けっこうモテるけど、そんなとこ好かれたの初めてだよ!」

 またDNAの話か……まさか、ぼくと同じ両親の遺伝子だから好き、とか言うんじゃないだろうな。

「DNAはいいんですけど……ここ、本当に先生の自宅なんですか?」

「鍵を持ってるのが証拠でしょう。ごめんなさい、お客様用のスリッパとかはないの。うち、来客なんてない家だから」

「微妙に悲しい台詞せりふですね……」

 さい家も客は少ないけど、たまには来るぞ。はるの友達とか、うちの両親とか。

 あ、両親は客じゃなかった。うちの敷居をまたぐ頻度は美春の友達より低いからなー。

 とにかく、ふじ家の間取りは我が家とまったく同じだ。たぶん、3LDKだろう。

 ろうを進んでリビングへ。ソファやTVなんかはあるけど、特に変わったところはない。

 僕の隠し撮り写真が壁にびっしり、とかホラーな展開じゃなくてよかった……。

「……ていうか、引っ越してきたばかりって感じですね。いったい、いつの間に」

「なにが〝ていうか〟なのか、その前に彩木くんがなにを考えてたのか知りたいところだけど、そのとおりよ。ちょっと前、年度末ね」

 今がGWゴールデンウイーク前なんで、本当に最近みたいだ。

 このマンションでも何軒か引っ越しがあったようで、引っ越し会社のトラックを数回見た記憶はある。

 年度末は引っ越しが珍しくないけど、今年は多かったから隣の入居者に気づかなかったのか……。

「美春も入るのは初めて。前に挨拶したときは、藤城先生が家に来たもんね」

「はぁ!? 美春、お隣が真香先生の家だって知ってたの!?」

「引っ越しの挨拶に来てたよ。なんか、お菓子もらった」

「そんなお菓子あったっけ……?」

 キッチンは僕の管理下にある。知らないお菓子があれば、気づきそうなものだ。

しそうだったから、美春が独り占めした。末っ子気質って怖いね」

「生まれのせいにしないように!」

 さらっと悪びれもせずに! いや、お菓子は百歩譲っていいとしても、お隣から挨拶があったなら僕に話しておけよ。

「まあ、わたしも彩木くんがいない時間を見計らって挨拶に行ったのだけどね。まずは告白してからのほうが驚きがあるでしょう? サプライズよ、サプライズ」

「僕に一切得がないサプライズですね……」

 僕があきれてみせても、真香先生はこたえた様子がない。

 前から思ってたけど、メンタル強いよな、この人。

「とりあえず、二人とも座って。彩木くん、お茶でいいかしら? 美春さんは、ぶぶ漬けでいいわね」

はる、お兄ちゃんほどじゃないけどひねくれてるから、そういう態度で来られると、図太く居座っちゃうぞ」

「ふふふ、小娘ー」

「ははは、おおむすめー」

 ばちばち、と先生と美春の間で火花が散っている。

 ぼくがいないところで引っ越しの挨拶があったらしいが、よくそのときに血を見なかったものだ。

「なーんて、美春はぬいちゃんせんぱいじゃないから、見張ったりしないよ。いくらなんでも、ふじ先生がお兄ちゃんに変なことするわけないしねー」

 美春はひらひら手を振って、玄関から出て行ってしまう。

 変なことするんだよ、この人は。

 SIDシドも先生の本性はまだ暴けていないよね……。

「あっさり帰るなんて意外だわ……いい子なのね、美春さん。わたしの受け持ちの生徒なら、評価を上げてしまうところだったわ、危ない」

「本当、危ないですね……」

 そんなことで妹の成績を上げないでほしい。

 あいつ、頭は悪くないんだけど、勉強しないから成績は微妙なんだよなあ。

「やっと二人きりね、さいくん!」

「のわぁっ!」

 真香先生が予備動作なしの動きで抱きつこうとしてきて、僕は反射的にかわす。

 ほら来た、さっそく変なことしてきたよ!

「……ちっ、カンがよくなってきたわね」

「先生がおかしなマネばかりするせいですよ! つーか、美春との会話もけっこう危なかったですよ! たかの花キャラは捨てるんですか!?」

 前言撤回、SIDにも先生の危険な本性がバレるのは時間の問題じゃないか。

 僕へのじようなスキンシップだけは、まだ隠し通すつもりみたいだけど。

「あれくらいなら、わたしの正体は見抜けないわよ。ちょっと怖い先生、と思う程度でしょう」

「だといいんですけどね……」

 美春なら、まだ口止めは可能だろうが……。

「それより、彩木くん。驚かせたことは謝るわ」

「それはいいんですけど……まさか、狙ってうちの隣に引っ越してきたんですか?」

「わたしも驚いたわ。まさか、彩木家のお隣が空き部屋だったなんて。これはもう、引っ越しちゃいなよっていう天の配剤としか思えないわよね」

「思えませんよ! 思っても、引っ越さないでくださいよ!」

 どこまで行動力があるんだ、この人。

 まあ、先生は教師だから、生徒の住所くらいは簡単に調べがつくだろう。

 しかしこの人、本当にためらわずに職権らんようするよね……。

「だいたい、ここってファミリー向けの物件ですよ。よく単身者の真香先生が引っ越してこられましたね」

「はい、お茶。ええ、実は簡単ではなかったわ」

 真香先生は、ソファの前のテーブルにお茶を二つ並べ、ぼくの隣に腰を下ろした。

「一応、ここはわたしとわたしの父の二人が暮らしてることになってるのよ」

「お父さん……ですか?」

 あの、に遭って家族も離散したという不幸を絵に描いたような……。

「父はここでは暮らしていないけどね。一応、たいぬしは父ということになっているの」

「はぁ……それでその、真香先生のお父上は……」

 あまりせんさくすることでもないだろうが、中途半端に聞いてしまったせいで、気になる。

「父は詐欺に遭ってすべてを失って以来、人を信じられないモンスターと化したの」

「モンスター!?」

「人を信じられないから、猫カフェを始めたら大好評で、今となっては猫バカオーナーとして業界の有名人と化したわ」

「よかったですね!」

 ああ、ごとながらほっとしたよ!

「まあ、詐欺られた直後は食べる物にも困る有様で、危うく娘をマカオに売り飛ばす直前だったらしいわ」

「具体的な地名出さないで! 有名な観光地ですから、娘を売ったりできません!」

 つーか、娘って真香先生のことじゃん! そんなダーティな話を聞かせないでほしい。

「とはいっても、いまだに父はちょっとおかしいのだけどね。『真香も猫だったらよかったのに……』とか、たまに意味不明なことをつぶやいてるわ」

「もう猫しか見えてないですね……」

 猫カフェのオーナーとしてはよくても、父親としてはいかがなものか。

「その父は、ほぼカフェに住み込んでるのよ。猫がいればなにもいらないって」

「それ、娘に言うのはどうなんでしょうね」

「わたしもさいくんがいればなにもいらないわ。はるさんもいらない」

「そりゃ、真香先生はいらんでしょうね……」

 僕もたまにいらな──いや、そんなことはない。

 ダラダラしてばかりでも、じゆうきんへいでも、大事な妹さ。

「住んでたマンションがちょうど更新だったから、父を丸め込ん──いえ、お願いしてここに引っ越したのよ」

「大丈夫なんですかね、教師と生徒がお隣同士なんて……」

 あり得ないことじゃないけど、そこに計画性が加わると話は変わってくるよね。

「偶然であればなんの問題もないわ。てきかどうかなんて、第三者には証明のしようがないし。だいたい、わたしがわざわざさいくんのお隣に引っ越す理由があるとは誰も思わないでしょ?」

「それは確かに……」

 どちらかというと、教師は生徒の家の隣に引っ越すなんてめっちゃ嫌がりそうだ。

 少なくとも、もしぼくが教師なら生徒のお隣になんて住みたくない。

 家に帰ったら、仕事のことは忘れたいよね。

「とはいえ、本当に引っ越してくるなんて……まあ、お父さんが一緒なら家賃はなんとでもなるでしょうけど」

「いえ、家賃はわたしが払ってるわよ。基本的にわたしの家だもの。このとしになって親に家賃を頼れるわけないでしょう?」

「は? でもここ、家族向けでしょ? 家賃、けっこう高いんじゃ……」

 もちろん、僕は家賃は払ってないし、具体的な金額も聞いてない。

 ただ、建物は少々古いが、駅は近いし、けっこうなお値段のはず。

「確かに、わたしのお給料の大部分を家賃につぎ込んでるわ」

「そこまでして引っ越してこなくても!」

「心配しないで、人間は米と塩さえあれば生きていけるわ」

「それ、生きてるだけですよね!」

 みるみるやせ細っていく先生なんて見たくないぞ!

「……ごめんなさい、先生、張った。実はお父さんにも出してもらってます……大人だから、大人だから、親にお金出してもらってるなんて言えなかったの……」

「猫カフェはただのお店なんでしょ。お父さんの家でもあるなら、出してもらって問題ないと思いますよ……」

 そんな、あからさまに落ち込まれても。

 いくら優秀といっても、真香先生はまだ若いんだし、給料は安いんじゃないかな。

「彩木くん、ありがとう……本当は夕食でもごちそうしたいところなんだけど、たいした食材がなくて」

「いえ、いいですよ。この前、焼き肉をおごってもらいましたし。うちではるの夕食も用意しなくちゃいけないですしね」

 なんか、続けて先生と一緒にご飯食べてるからなあ。

「でも……お客様に来てもらって、そのまま帰してはふじ家の名折れね」

「いっ、いいえ、お客様とかそんなたいそうなもんじゃないですよ」

 あっ、なんか嫌な予感。

「ちょうどいいわ、をいろいろ前倒ししようと思ってたところよ。どのみち、さいくんを家に招待するつもりだったの」

「ま、まあ、そうでしょうね……」

 わざわざ隣に引っ越してきたんだし、タイミングを見てぼくと接触するつもりだったんだろうな。

「ちゃんと、おもてなしをさせてもらうわ。期待していいわよ♡」



 しゅるっ、しゅるっときぬれの音がする。

 スーツの上着を脱ぎ、ゆっくりとスカートのファスナーを下ろして。

 ぱさっ、とスカートを床に落とす。

 腰をくねらせてストッキングも脱ぎ、色っぽいしゆうの入った黒いパンツが現れる。

 ブラウスのボタンを一つずつ外し、その下には大きな胸を包み込む黒いブラジャー。

 続いてブラウスも脱いでしまうと、あとは下着だけに……。

 背中に手を回して、ブラジャーのホックをぱちんと外し、たゆんとEカップのおっぱいがあらわになり、さらに──

「あ、彩木くん。もうアイマスク外していいわよ」

「…………」

 美人教師の脱衣シーンの妄想、これにて終了。

 慎重にアイマスクを外すと、ようやく暗闇から解放された。

「やだ、本当に外したわ……さすがにわたしもちょっと照れるわね」

「先生が外していいって言ったんでしょ……って、なんですか、その格好は!」

「これからお風呂に入るんだから、こんな格好になるに決まってるじゃない」

「そ、そうですけど……!」

 真香先生は、肩と太ももはき出し、胸もかなりギリギリのところまであらわになって、立派な谷間がばっちり見えている。

 胸の真ん中あたりから太ももの付け根あたりまでが、巻きつけたバスタオルで隠されているだけだ。

 ここは──藤城家の脱衣場。

 なぜか、僕はトランクスタイプの水着一枚になり、タオルをまとっただけの真香先生と二人きりだ。

「いったい、なにを間違えばこんなことに……」

「だから、おもてなしよ、おもてなし。昔から、お風呂っていうのはごちそうなのよ」

 だとしても、自分の教え子を風呂に誘う教師がどこにいるんだ……。

 さすがに服を脱いでるところを見られるのは恥ずかしい、とかでアイマスクをさせられたけど。

 脱衣場に一緒に入らなければいい話だろうに、ぼくを挑発してるんだろうか……。

「しかも、なぜちょうどいいサイズの水着まで……」

「裸の付き合いは、わたしの教育カリキュラムに含まれてたから。でも、いきなり全裸はハードル高いでしょう? さいくんの身体データは入手済みだからサイズもぴったり──いえ、だいたい見た目でサイズくらいわかるわ。大人なら!」

「…………」

 この人、僕の身体測定のデータを盗み見たな……プライバシーってなにかね?

「気にしない、気にしない。わたしなんて、水着より露出度が低いくらいよ? なにも問題はないわ」

「せ、先生……」

 先生は僕の背中を押して、お風呂場へと入っていく。

 お風呂場も、だいたい僕の家と同じ感じだ。

「はいはい、まずは彩木くんをれいにしてあげるわね。あー、実はわたし、ずっと彩木くんを洗ってあげたかったの。夢がかなったわ!」

「もっとマシな夢を持ってくれませんかね……?」

 僕は、真香先生にされるがままだ。

 ボディタオルで胸や背中をごしごし洗われ、じゃーじゃーとお湯をかけられる。

 ああ、よかった。さすがに下半身には手を出してこなかったか……。

「それじゃ、次は彩木くんの番ね」

「へ?」

 真香先生は、僕の前にちょこんと座った。

 それから、バスタオルを外して真っ白な背中をあらわにする──って、おおいっ!?

「ぼ、僕にも先生を洗えと!?」

「お、お風呂なんだから、洗いっこは基本でしょう? だ、大丈夫だけど……優しくしてね?」

「…………」

 力を振り絞って視線を下げないようにすれば、お尻のあたりは見えない。

 ただ、上半身はほとんど丸見えで──生々しくブラジャーの跡が残ってる背中とか。

 あと、ちょっと先生が身体からだを動かすとよこちちとか!

 見えちゃいけないものが、たっぷりじっくりと見せつけられてるんですけど!

「せ、背中を流すだけでいいわよ。さすがのわたしも、それ以上は恥ずかしくて死ぬわ。知ってる? 自宅で亡くなる人の大半はお風呂場で死ぬのよ?」

「恥ずかしくて死ぬ人はいませんよ!」

 そんなに恥ずかしいなら、タオルを巻き直せばいいでしょ!

「……これも上書きよ。さいくん、あまなしさんのセクシーショットにずいぶん衝撃を受けてたみたいだから。より衝撃的な映像で、あれを無かったことにしないと」

「うっ……」

 ま、またそういう理由か……!

 そりゃ、配信サイトのエロ動画先生なんかより、見知ったクラスメイトのエロ写真のほうがインパクトははるかにでかい。

 あれの衝撃を打ち消すには、なまはんなイベントじゃ無理だろう……けど。

「せ、背中を流すだけですよ。いいですね?」

「え、ええ。背中、よろしく。本当に、優しくね」

 くう、平和な放課後どころか、人生でも一、二を争うヤバいイベントが起きてるぞ。

 まさか担任教師の背中を流すことになるなんて。

 うわあ、本当に肌が真っ白ですべすべだなあ……。

 それに、思ってた以上にすごく細い……腰のくびれとか信じられないくらいなめらかなカーブを描いてて、その下へと──

 って、いやいや、下を見ちゃダメだ。落ち着け、無心になれ。

 ボディタオルを手に取って、ごしごし、ごしごしと──

「やんっ、あっ……」

「変な声出さないでくださいよ!」

「わ、わざとじゃないわよ。彩木くん、意外とテクニシャン……」

「テクなんてあるわけないでしょ! 妹とだって、もう一緒に入ってませんし……」

「そりゃそうでしょう。ちなみに、いつまで妹さんと一緒に入ってたの?」

「えーと、ぼくが高校に上がる前くらいですかね」

「一年前じゃないの!?」

「先生、こっち向いちゃダメです!」

 一瞬、ぷるるんって揺れる胸が見えたぞ。ぷるるんって!

 あ、危ない、手ブラでも隠してたところが見えかけたぞ。

「し、失礼。でも、彩木くんが十五で、はるさんが十四とかの頃……!?」

「そんなとこですね。あいつ、面倒くさがりだから髪とか身体とか適当に洗うんで、仕方なくぼくが洗ってやってたんです」

 そのくせ、昔から髪を伸ばしてたからなあ、はる

「高校生にもなってそんなことしてたら変だからやめましたけどね」

「こ、高校生どころか中学生でも変よ!」

「……そうですか? うちでは普通のことでしたけど」

 先生、ずいぶん鼻息が荒いな。

 僕も美春も特に気にしてなかったなあ。人に言ったことはなかったけど。

「ま、まさか、さい家でそんなみだらな展開が繰り広げられてたなんて……いけない、教師として兄妹きようだいで間違いが起きないように見張らないと……」

「…………?」

 そこまで気にしなくても。ただ、手のかかる妹の面倒をみてただけなのになあ。

「っと、洗い終わりましたよ」

 美春の話のおかげで、先生の背中から意識が外れてくれた。

 妹が僕の役に立ったのは人生で始めてかも……。

「な、流しますね……失礼」

 シャワーを手に取って、じゃーっと先生の背中にお湯を──

「きゃああぁっ、冷たっ……!」

「え? あっ、すみません!」

 先生の背中をシャワーで洗い流す──

 これまた非現実的な出来事に動揺して、お湯じゃなくて水を出してしまった。

「もっ、もうっ、わざとじゃないわよね、さいくん!?」

「違いま──って、先生、立っちゃダメです!」

 突然の冷水攻撃にびっくりした真香先生が立ち上がり──

 ぼくの目の前に、目の前に、目の前に!

 真香先生のお尻が! 完全き出し、なにも隠してないお尻が!

 真っ白でつるんとしていて、すべすべで、ちょっとだけパンツの跡が残ってるお尻が僕のまさに目線の位置に!

「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 真香先生は絶叫しながら、外れていたタオルを拾い上げて身体からだに巻きつける。

「……み、見た……わよね?」

 そういてきた真香先生は、涙目だった。

「も、問題を出すなら主語を明確にしてもらわないと、生徒としても答えようが……」

 ああ、なぜこんなときに〝無駄に先生に反抗的な彩木くん〟が顔を出すのか。

「Are you excited to see my buttocks!?」

「なんで英語!? ああ、英語の先生だった、この人!」

 真香先生も僕もめっちゃ混乱してる。

 単純な英語だったけど、全然聞き取れなかった! でも答えないと!

「え、えーと……い、いえす!」

「……やっぱり見られてる……もう、えっち」

「す、すみません」

 先生は耳まで真っ赤になり、涙目でにらんできた。

 可愛かわいい大人が可愛く「えっち」なんて言うと破壊力がすごすぎる……。

 しかし、僕は担任の先生と風呂場でなにをラブコメみたいなドタバタをしてるんだろう。ただ──少なくとも、真香先生の上書きは大成功だ。

 あんな至近距離で背中だのお尻だのを見せられたら、あまなしのセクシーショットなんて残らず吹っ飛んだよ……。



 ショックを受けてる真香先生を適当になだめてから、僕は風呂場を出た。

 そのまま、脱衣場で手早く服を身につけ、一応先生に声をかけてから──

 あとは、一目散にふじ家から飛び出した。

 あんなことになって、のんびり先生と入浴を楽しめる度胸はない。

「はぁ……」

 ドキドキうるさいほど鳴っていた心臓が、少しだけ鎮まっていく。

 おお、見慣れたマンションのろうがこんなに心を落ち着かせてくれるなんて。

 けど、これはもう──認めるしかないんじゃないか?

 藤城家がここに引っ越してきたのが偶然という可能性はまだ残ってる。

 でも、偶然にしちゃできすぎてる。

 そして、意味もなく学校の生徒のお隣に引っ越してくる先生なんていないだろう。

 真香先生の性格がかなりアレなのは既に確定だし。

 それに、一緒に風呂に入って、あんなすごいものを見ても通報されてない。

 もしかしなくても、真香先生は本気でぼくのことを──

「……ん?」

「さっ」

 変な擬音を口に出しながら、廊下の曲がり角で

 今、誰かがそこから顔を出してたような……。

 一瞬しか見えなかったけど、知ってる誰かに似ていたような……。

そうさん……?」

 妙にひらひらした服を着ていたようにも見えた。

 本当に貴宗さんかな……?

 うちと同じマンションに住んでるなんて、聞いたことない。

 いくら僕がクラスメイトに興味がないといっても、同じマンションで見かけていれば覚えてるだろう。

「……わたしは、えっちなさいくんも好きよ?」

「ちゃんと服を着てください!」

 いつの間にか背後のドアが開いて、真香先生が照れながら顔をのぞかせていた。

 ドアで身体からだがほとんど隠れているが、バスタオルを巻きつけただけの格好だ。

 もうこれ以上、僕を刺激するのは勘弁してほしい……。

 ツッコミを入れるのはこれで最後にしたいけど──たかの花はどこへ行った!



 藤城家のお風呂場で起こった衝撃的事件から数日──

 高校生活で、一番のいやしは言うまでもなく日曜日だ。

 学校関係ないじゃんって言われるかもしれないが、週六日も授業を受けているからこそ、貴重な日曜が輝く。

 せいだい学院はそこそこの進学校ではあるので、土曜も容赦なく授業がある。

 そのぶん、丸一日学業のことを忘れられる日曜の価値は極めて高い。

 ぼくは、学校外では友人付き合いをしない。

 単に、深い付き合いの友達がいないだけじゃねぇかというツッコミは却下する。

 とにかく、日曜に友達と一緒に遊ぶことはないが、外出は多い。

 猫カフェの猫よりたいな妹も、日曜は昼まで寝ているので朝食はいらない。

 土曜の夕食を多めにつくって、その残り物を昼食にあてることにしているので、料理もしなくていい。

 掃除と洗濯を済ませると(妹のパンツだって洗います)、あとは楽しい楽しい自由時間だ。

 GWの直前ってことで、大作映画が封切られたばかりだ。

 上品な音楽が流れるクールな喫茶店でお茶をするのもいい。

 カラオケで心ゆくまで歌うのも有りだし、ゲーセンだって嫌いじゃない。

 そんなにお金はないけれど、一日遊びほうけることくらい簡単だ。

「とはいえ、私もあまり外で遊んだことはないんだ。うちの院長はさばけてるから、たまには遊んでこいと小遣いをくれるほどなんだが」

「ほえー、しゆうどういんも現代化してるんだね。実はあたしもそんな遊ばないかな。友達は多いけど、うわべだけの付き合いがけっこう多くてさ。あっはっは」

「ぬ、ぬいおねーさん、笑い事じゃないような……私は、学校か家の近くか、せんせーのとこ以外は行っちゃダメって言われてます……」

「そりゃ、くーちゃんは小学生だもん。はるはどこにでも行けるけど、めんどくさいから家の前のコンビニもお兄ちゃんを送り込む!」

「…………」

 カレン会長、あまなし、くー、それに我が妹……。

 とりあえず腹ごしらえのために入ったハンバーガーショップに、当たり前のように四人が現れた。

 僕は隅っこが落ち着くので、店の奥の席。

 SIDシドの四人は、そのすぐそばのカウンター席に並んで座っている。

 見た目も年齢もバラバラの四人だけど、中身はともかく見てくれはいい。

 カウンター席はガラス越しに道路に面しているので、通行人が四人の美少女にびっくりして、たまに立ち止まったりしてる。

 カレン会長は、男らしい性格に似合わず、ふわふわしたガーリーなワンピース。

 天無はタンクトップの上に、肩がき出しのカットソー。下は太もももあらわなホットパンツという露出度の高い格好だ。

 くーは薄手のセーターに、ふわりとしたミニスカート。子供らしい服装だ。

 はるは……コンビニに出かけるみたいな適当な格好だ。パーカーにショートパンツ、フードをかぶってる。

 服装はそれぞれ個性が出てるが、とにかく可愛かわいいことは確かだ。

 オーケー、ぼくもそこは認めようじゃないか。

「いやでも、なんで君らいるの? 僕がここにいるってなんでわかったの?」

「こまけーことはいいんだよ! みはるんは怪しくないよ!」

「ちょっとー、ぬいちゃんせんぱい! いらんこと言わないように!」

「…………」

 美春、僕に発信機でも仕込んでるのか? やろうと思えば簡単だろうけど。

 うたぐぶかい僕は、時々後ろを振り向いて尾行がないかとか確認してるが、発信機まで気にしてなかった。

 映画で発信機の電波を確認する機械とか出てくるけど、ネットでポチれるかな……?

「お待たせ。こういうお店久しぶりで、入るとき、ちょっとちゆうちよしちゃったわ」

「…………なんで先生までいるんですか?」

 ハンバーガーと飲み物が載ったトレイを持って、先生が僕の前に座った。

 薄手のジャケットにひらひらしたロングスカートという服装。

 せいなお嬢様という感じの爽やかな格好だ。

 音大のキャンパスとか、かるざわの別荘地にいそう。

 ヤバい、可愛い。キレイ。正直言ってすごい好み……って、違う違う。

「にやにや」

「……擬音を口に出さないでください」

 僕が考えてることを見抜いてるような顔だ。さすが、大人だ。

 ほんの数日で、あられもない姿をさらしたショックは抜けたらしい。さすが大人だ。

 僕はまだ、あの衝撃映像がたまにちらつくのに……。まだまだ子供なんだろうか。

「それより、本当になんで先生までここに……」

「だって、お隣じゃない。さいくんがお出かけしたら気配でわかるわよ」

「……美春かもしれないじゃないですか。そこにいるし」

「美春さんは日曜の午前中から出かけないでしょう。それくらい、調べはついてるわ」

「ごもっともで……」

 今日は、僕が出かけたからついてきたってだけだろう。

「って、そうじゃなくて! 僕が出かける気配がしたから、ついてきたんですか!?」

「せっかくの気持ちのいい日曜だし、お出かけしたくなるでしょう」

「僕についてくる必要はないでしょ。そっちの人たちもだけど!」

 ぼくがじろっと視線を向けても、やつらはひるみもしない。

 いや、くーだけは申し訳なさそうにあわあわしてるけど。

SIDシドがいるのはかまわないわ。これだけいれば、さいくんとわたしが二人きりには見えないでしょうし。幸い、あの子たちは見た目だけはいいから、通行人の注意もあちらに向くでしょう。意外と使えるわ、SID」

「教え子もいるんですから、使えるとか言わないほうが」

 ていうか、見てくれのよさだけなら、先生がなあ……このカジュアルな私服姿のインパクトが……。

「今日は日曜だから、教師も教え子もないわよ。仕事とプライベートはきっちり分けるのが今時のライフスタイルでしょう」

「じゃあ、僕も先生だからっておとなしく従わなくていいんですかね」

「いいえ、おとなしくしなさい。痛くしないから」

「なにをされるんですか!?」

「冗談よ。というか、君がおとなしかったことなんてあったかしら。だいぶ反抗的よね。まあ、そのほうがしつけ──教育しがあるけれど」

「思うに、僕が教師に反感持ってるのって、これまで尊敬できる教師に出会えなかったせいっていうのもありそうですね」

「なるほど、高等部に上がるまでは尊敬できる先生に出会えなかったのね」

「…………」

 今はもう出会ってるとおっしゃりたいらしい。

「それにしても、たまにこういうジャンクなものを食べるのもいいわね。肉感がすごいわ」

「肉感って、本来の意味じゃないですよね……」

 肉を食べてる感じが凄い、と言いたいんだろう。

 そうかな、安さがウリのハンバーガーショップなんだし、肉なんてぺらぺらだよ。

「真香先生、あまりこういう店は来ないんですか?」

「ハンバーガーを食べるにしても、アメリカナイズされた専門店感あふれるお店ばかりだったわね。アホみたいなを張ってると、普通のお店にすら入りづらくて」

 はー、と真香先生はため息をつく。

 たかの花キャラがアホらしいとは思っていたのか。

 まあ、美人で近寄りがたい先生が安さがウリのハンバーガーショップでもそもそ飯食ってたら、若干がっかりするかも。

「でもほら、世間知らずのお嬢様がハンバーガーショップに行って浮かれるって、男の子にはえポイントなんでしょう?」

「それはフィクションの話ですね……」

 この現代社会でそこまで箱入りだと、むしろ引いちゃうっていうか。

 先生だって、初めて来たわけじゃないだろう。

 そもそも先生、別にお嬢じゃないはず。

「……うーん、なに話してんのかよく聞こえない。どー思う、会長さん。お兄ちゃんとふじ先生、ガチだと思う? 攻略完了、コミュレベル10かなー?」

「私にそんな心の機微をかれても困る。私が見抜けるのは、それとわかる邪悪だけだ。まあ、藤城先生からは多少悪のオーラを感じるがな」

 我が妹と生徒会長がヒソヒソと、それでいて割とよく聞こえる声で話してる。

 そういえば真香先生とぼくって付き合ってる設定で、SIDシドだましてるんだっけ。

「……カレン会長も先生のアレなところを感じるみたいですよ」

「エクソシストの資格でも持ってるのかしら。わたしを多少知ってるから、そんな気になってるだけよ。安心して、わたしの悪のオーラを予備知識なしで読み取ったのはさいくんだけだから」

「いえ、悪とかそういうことでは……」

 いまだになぞに包まれてる、僕が真香先生の本性を見抜いた件、再び。

「あー、でも残念だわ……」

「え? なにがですか?」

 聞き返すと、真香先生はちらっとSIDのほうを見て。

「せっかくの日曜なのに。彩木くんにポテトを食べさせてあげたり、わたしのおっぱいで彩木くんをハンバーガーにしてあげたりしたかったわ」

「後半が意味わからんのですけど」

 真香先生のお胸で顔とか挟まれるってこと?

 これ以上、僕を刺激するのはやめてくれないかな……やめてほしいと思わなくなりそうだから。

「というか、先生はSIDにも正体バラしたくないんですね」

「当たり前でしょう。彼女たちが知ってるのは、わたしが彩木くんを好きだということくらいよ」

 まあ、他の生徒の前では見せない顔をだいぶ見せちゃってるとは思うけど。

 一応、ギリギリのところでたかの花モードは維持できてるのかな。

 僕は、ここ数日のちょいエロ動画や焼き肉屋や風呂場での件で、もう幻想は吹っ飛んでるけど。

「本当のわたしを知ってるのは、彩木くんだけでいいのよ」

「…………っ!」

 うわっ、なにしてるんだ、この人……!

 テーブルの下で、先生が……脚を絡めてきた。

 ロングスカートに包まれた脚がぼくの脚を、さわさわとでてる。

 脚が触れ合ってるだけなのに、なんか妙にエロいんですけど……。

「せ、先生……」

「はー、こんなことくらいしかできないわ。節度を守ってデートしてるところは見せつけたから、SIDシドはもう帰らないかしら」

「せ、節度?」

 それ、テーブルの下では守られてませんよ……?

「ああ、もっとイチャイチャしたいのに。あの子たち、お小遣い渡したらどこかに行ってくれ──くんっ」

「くん?」

 いきなり、真香先生が身体からだをびくんとさせた。

 なんだろう、しゃっくり?

「ご、ごめんなさい。そういえば忘れてたわ……んっ」

「…………?」

 またもや、びくん。

 テーブルの下で絡みついていた脚も離れてしまう。惜しくなんかないよ?

「どうかしたんですか、先生?」

「い、いえ……なんとなくコーラを頼んだのだけど、わたしって炭酸を飲むと胸のあたりがびくっとけいれんするみたいな感じになるのよ」

「なんですか、そりゃ?」

「た、たまにあることらしいわよ。最近は炭酸飲まなかったから、すっかり忘れてたわ。きゅんっ」

「…………」

 ヤバい、本人は困ってるみたいだけど、なんか可愛かわいい。きゅんってなんだ、きゅんって。

 恥ずかしいのか、口を押さえて顔を真っ赤にしてるのも可愛い。

 くそっ、炭酸で身体からだがぴくぴくするとか、細かいところで可愛いから恐ろしい……。

「あ、あざとい……せい系のアイドルでもあそこまであざとくないよ。やべーぜ、うちの担任」

「あの服装も相当だしな……私も正直、狙いすぎとか言われそうなヒラヒラ服だが、ふじ先生にはかなわない。しかも似合いすぎだ。二十四歳ってまだ可愛いとか言われるとしなのか?」

「十四年後の私……思いつきません」

 くーが、ふるふると首を振っている。

 たぶん、くーは十四年後も〝可愛い〟だろうな。小五にしては小さいし、もっと幼く見えるし。

「そうだ、先生。これアイスティーですけど、まだ半分も飲んでないので、どうぞ」

「え、いいの? ありがとう、さいくん」

 ぼくがテーブルの上を滑らせたアイスティーのカップを、先生は笑顔で受け取る。

 代わりに、先生は自分のコーラのカップをこっちに滑らせてくる。

 僕はコーラを飲んでもどこもぴくぴくしないので、問題ない。

「…………ん?」

 これって、世間一般で言うところの、いわゆるひとつの間接キスってやつでは?

 見ると、真香先生もストローに口をつけようとしてフリーズしてる。

 いや、待て待て、この数日でいろいろ教育だの上書きだのしておいて、今さら間接キスごときでちゆうちよするのか?

「……このストロー、テイクアウトはOKかしら?」

「…………」

 さすが大人、間接キスごときでためらう小僧とは悩みの次元が違うね……。

 とりあえず僕は気にせず、ストローで一気にコーラを飲み干す。しい。

「先生、ちょっと失礼します」

 ぼくは先生に断りを入れて、席を立つ。

 それを待ってたように、カレン会長たちが先生の周りに集まって、間接キスとかストローがどうとか騒ぎ出す。

 ちょっと時間を置いて戻ったほうがいいかな……。

 トイレを済ませてから、店内に貼られているポスターを意味もなく眺める。

 へー、新作メニューか。とろとろ玉子と厚切りハムのハンバーガー、しそうだ。

ふじ先生の唇もとろとろ……」

「え?」

 振り向くと、そこには──

さい、そんならちなこと考えてる?」

「き、そうさん?」

 茶髪ツインテールに、なんとフリフリのゴスロリ服。

 初めて見る私服姿だけど、確認するまでもなくクラスメイトの貴宗てんさんだ。

「え、ちょ、ちょっと……」

 貴宗さんは、小さな身体からだに似合わないパワフルさで僕の腕をつかんで、店の奥へと引っ張っていく。

「ど、どうしたの? なんで貴宗さんまでいるの?」

 このハンバーガーショップ、僕の関係者が多すぎだろう。

「通りかかったのは完璧に偶然、だけど入ってきたのは必然。知ってる顔がいくつも並んでいれば、当然」

「ま、まあ……そうかな」

 ラップみたいにいんを踏まなくても。ウケを狙ったんじゃなくて天然っぽいけど。

 貴宗さんはクラスメイトのあまなし、カレン会長はもちろん知ってるだろう。それに、真香先生も。

 気になるのは当たり前だけど、なんで僕のところへ?

「私のことなんていい。それより──」

「…………!」

 貴宗さんは、僕を物陰へ引きずり込むと壁にたたきつけるようにしてから──ドン、と壁に手をついた。

「え? 壁ドン?」

「まさか、人生初の壁ドンを自分からやるとは思わなかった」

 貴宗さんは、淡々と言って僕をじいっと見上げてくる。

 僕も壁ドンしたことないし、されたのは初めてだけど、まさか自分より背の低い女の子に──

「いいから話を聞いて、さい

「な、なに?」

ふじ先生を裏切らないで」

「は……?」

 なにかの冗談かと思ったら、そうさんの目は真剣そのものだ。

 小柄だけど、目一杯背伸びしてぼくに顔を近づけようとしている。

「藤城先生には、あんたが必要──守ってあげて」

「守る? 僕が……?」

 僕に守れるものなんて、この世にあるんだろうか。

 せいぜい、はるのパンツが下着泥棒に盗まれないように室内に干して守ってるくらいだ。

 まあ、うちのマンションはベランダに洗濯物を干すのは禁止だけど。

「だいたい、どうして貴宗さんがそんなことを?」

「誰にでも守りたいものがあるから」

 貴宗さんは、そんな──答えになってるような、なってないようなことを言って。

 ふと、僕は彼女が壁につけていないほうの手で例のキーボード付きの携帯電話をいじっていることに気づいた。

 壁ドンするなら僕に集中してくれないかなあ……。

 あと、顔が近い。近いせいかな──なにか貴宗さんの顔にがある。

 壁ドン、携帯電話、貴宗さんのロリ顔の違和感。

 それに、同じ店内に先生とSIDシドの四人。

 状況がてんこ盛りすぎて、どうしたものやら。

 うん、そうだよなあ。わかっちゃいた、わかっちゃいたけれど。

 さすがにそろそろ──流されるままではいけないのかもしれない。




④ 真香先生はカノジョになりたい



 新しい週が始まる、月曜日だ──なんて台詞せりふを聞いたのは、古い戦争映画だっけ。

 なるほど、ゆううつな月曜日も〝新しい週の始まり〟というと、なんとなく希望がありそうにも聞こえる。

 別に希望を持たせるための台詞じゃなかった気もするが。

「つまり、ここの1番と2番は制限用法と非制限用法の違いで、2番についてはwhich以降の文章が補足的な内容になっていて──」

 黒板の前にいるスーツ姿のあの美人、いったい誰なんだろうな?

 ぼくが口をつけたストローをお持ち帰りしようとしてた変態さんも、あんな顔だった。

 表情はきりりと引き締まって、声はよく通り、板書する立ち回りもきびきびしている。

 美人教師の授業は、多くの生徒にとっては気が重い月曜のいやしらしい。

 そんな癒し効果があるくらいなら、『美しすぎる英語教師』とかタイトルをつけて動画サイトに投稿したら再生数を稼げるんじゃないだろうか。

 美人の動画なんて珍しくもないだろうけど、うちの美人教師はれいなだけじゃなくてオーラがある。

 オーラは大事。顔とかスタイルだけじゃなくて、内側からにじみ出るものがないと。

「ふー、しゅー、しゅるるー……」

 変な寝息を立てて、思いっきり居眠りしてるあのグラビアアイドルはどうかな……。

 あまなしの場合は、気さくさがウリなのかもしれない。

「つまり、コンマがあるかないかで訳文の意味が変わってくるわけですが、ニュアンスが細かくてわかりにくいかもしれません。そこで、日本語訳ではなく英文のほうで──」

「…………」

 昨日の──日曜の先生の私服姿は可愛かわいかったなあ。

 真香先生は、フォーマルなスーツ姿での出勤が多い。

 でも、カジュアルな服装の先生も少なくないから、別に規則でスーツと決まってるわけじゃないんだろう。

 真香先生も、ああいう可愛い服装で学校にも来ないかな。たかの花キャラはまだ維持できると思うけど。

 日曜は、結局ハンバーガーショップで解散になった。

 いろいろあって、僕がぐったり疲れちゃったから。

 あのガーリーな服装の真香先生と外を歩いてみたい気持ちがなくはなかったが、余計に疲れそうだったしね。

 先生もコーディネートに自信があったのか、解散する前に写メを撮れと迫ってきた。

 ぼくのスマホには、先生が笑顔でピースしてる写真が収まっている。

 正直、めっちゃ可愛かわいい。二十四歳って、こんなに可愛いもんなのか。

 夜中、ついその写真を眺めてしまい、ベッドの上をゴロゴロ転げ回ったり。

 その直後にリビングで会ったはるが、「お兄ちゃん、キモい……」とかさげすんだ目を向けてきたっけ。

 あいつ、物音だけで僕の行動を把握できるのか?

 僕の行動がSIDシドから読まれてるふしがあるけど、やっぱり美春がクロに近い……。

 それはともかく、毎日スーツ姿を見てるだけに、他の服装の新鮮さがハンパない。

 僕ってマジで真香先生にしつけ──じゃない、教育されちゃってる、されちゃってるよ。

「……………………」

「……ん?」

 視線を感じて横を向くと、離れた席にいるそうさんがじっとりした目をこっちに向けていた。

 あの人もよくわからん。相変わらず、例のケータイにぽちぽちと書き込んでいる。

 授業中のケータイ使用は禁止だけど、画面を見ずに机の下で器用にキーをたたいてる。

 真香先生が前にスマホを見た様子もなくメッセージを送ってきたけど、貴宗さんのタイピングもかなり素人しろうと離れしてるよなあ。

 いったいなにを書いてるの?

 それに、あの日の「真香先生を裏切るな。守れ」発言の真意は?

 貴宗さん、言いたいだけ言うとお店を出て行っちゃったからなあ。

 校内で話しかけようとしてもスルーされるし。

 まあ、あの人は僕に限らず、校内では誰にでも塩対応だけど。

 ともかく、新しい週が始まっても、僕を取り巻くドタバタは先週より悪化してるくらいだ。

 そりゃ、しい目にも遭ってるけど……このまま流されるばかりじゃまずい。

 SIDからの告白四連チャンや、貴宗さんの壁ドン。

 あんな不可解な出来事が続いたら、僕のメンタルがマジでもたない。

 いい加減、こっちから行動に出ないと、どこまで流されるかわかったもんじゃない。

 そうだ、マトを絞ろう。

 僕が考えるべきは、最初に先制攻撃を仕掛けてきた相手だ。

 さいまことの平穏な生活を一変させたのは間違いなく──真香先生の告白だ。

 いつも、真香先生のほうから攻撃をくらって、こっちはに回り続けてきた。

 先生は意外とすきが多いんだから、こちらからぶつかっても勝機はあるはず。

 勝ったところで、別に手に入るものなんてないだろうけど。



 昼休みになり、学食で素早く食事を終えてから、英語科準備室へ向かう。

 今日は先生は学食には来なかったし、職員室か他の場所にいるかもしれないけど、そのときはそのとき。

 先手を打ちたいけど、焦る必要はないんだしね。まだちょっと弱気?

「あれ……?」

 ふと、英語科準備室前のろうに、その真香先生の姿が見えた。

「んー、んー、たぶん大丈夫じゃないかなー。そんなん気にしてたら、先生なんてやってられないしねー」

「そうかしら……でもかつに動くと余計に疑われそうね」

 真香先生だけでなく、もう一人いる。

 黒髪のショートカット、女性としてはそこそこ背の高い真香先生よりさらに数センチ高い身長。

 全体にスレンダーで、高身長だからかファッションモデルみたいだ。

 男物のようにも見える大きめのシャツに、膝丈のスカート。

 さらにあちこち汚れた白衣を身につけている。

 ひよりん──じゃなくて、れんひより先生だ。

 担当科目は国語なのだが、「よく転んで服を汚すから」という理由で校内では白衣を着ているらしい。

 ぽやーっとした性格で、なにを考えてるのかさっぱりわからない。

 ぼくうたぐぶかさをもってしてもたいが知れない。

 なかなかの美人で、真香先生に次ぐ人気があると言われてるが、何者かよくわからんので、僕は近づかないことにしてる。

 年齢的には真香先生より一つせんぱいらしい。

 ほとんどの生徒には〝ひよりん先生〟なんて呼ばれていて、タメ口をきかれるのもOKだとか。

「あ、さいくんだ。やっほー」

「や、やっほう?」

「いい返事だー。どの先生も彩木はクソ生意気ってしょっちゅうってるけど、いい子だよねー」

「それ、生徒に伝えちゃいけない情報じゃないですかね……」

「そうかな? それじゃ、先生はこれで失礼ー。まかまかもばいばいー」

「ば、ばいばい」

 たかの花モードの先生すら圧倒する相手。それが、れん先生だ。

 のんきに振っている左手の薬指には指輪が光っているが、それが結婚指輪なのかどうか、誰も知らない。

「……ぼくってクソ生意気ですかね?」

ふじ先生は、そんな品の悪い言葉遣いはしないわ」

 目が泳いでますよ、真香先生。否定はしないんですね。

 僕も高等部に上がってからは、それほど反抗的な言動はしてないんだけどな。

 そりゃ、中等部時代まではひどいものだったけど。

 推薦入試で進学する可能性も考えると、あまり教師の心証は悪くできないんだよね。

「立ち話もなんだし、どうぞ。今日も例によって他の先生はいないから大丈夫よ」

「はぁ、英語科の先生たちってあんまやる気ないんですかね」

 真香先生にドアを開けてもらい、すっかり見慣れた準備室に入る。

 定位置になった真香先生のデスクのそばにあるに座り、先生が手早くれてくれた紅茶を受け取る。

「やる気がないわけじゃないでしょう。職員室でも仕事はできるし。というより、最近わたしが完全に占拠してるから余計に近づきにくくなったのかもね」

「悪いことをしてるような気が……つーか、僕が先生に気を遣う日が来るとは」

 十七年にも満たない人生でも、いろんなことが起きるもんだ。

「わたしの教育の成果が思わぬところでも実を結んでいるようね。正直、さいくんの精神的成長とかどうでもいいのだけれど」

「どうでもいいんですか!?」

 けっこう大事なところじゃないだろうか!

「わたしを好きにさえなってくれれば、成長なんか死ぬほどどうでもいいわ」

「死ぬほど!」

「将来性とかポテンシャルとか、そんなものは犬に食わせなさい」

「教師の台詞せりふとしては問題大ありですよ!」

 この人、どこまで本気かわからないが、今のはかなりマジだったような。

「わたしの人生は、あとは彩木くんに好きになってもらえれば、なんの未練もないのよ」

「死亡フラグみたいなこと言わないでください。というか、なにかあったんですか? 恋紅先生、国語教師でしょ。なんでここに?」

「ひより先生はとしが近いし、同性だからね。割と仲良くさせてもらってるのよ。わたしの本性には気づいてないみたいだけど。むしろ、ひより先生にこそ隠された本性とかないのか気になるくらいだわ」

「本性はともかく……先生にも仲のいいどうりようとかいたんですね」

 そういえば、校内で何度か真香先生とれん先生が話しているところを見かけたような。

 他の男子どもが、めっちゃ絵になるとか二人がかりで性教育されたいとか、アホなことをぬかしてたっけ。

「ひより先生は、相手がたかの花だろうがぼうの石だろうが態度は変わらないでしょうからね。正体がバレたあとのことを考えなくていいし、楽なのよ」

「それならいっそ、みんなに正体を公開したほうが楽なんじゃないですか? SIDシドにはもう半分バレかけてるんですし。正直、教室で〝この人誰やねん〟感があって授業に集中できないんですよね」

「相変わらず、言いたいこと言うわね。そこがいいんだけど。あー、可愛かわいい」

「ちょっ、真香先生!?」

 真香先生はのキャスターを転がして近づいてくると、無造作にぼくの頭を抱きしめてきた。

 ほおを僕の顔になすりつけ、なでなでと頭をで回してくる。

「な、なにしてるんですか、いきなり!」

「と言いつつ逃げないじゃない。今日は呼んでもいないのに準備室に来るし、もうだいぶ教育が進んだかなと思って。ハグくらいなら嫌がらないでしょ?」

「……こういうのハグって言わないんじゃ?」

「じゃあ、ちゃんとしたハグにしましょう」

「え」

 真香先生は、一度僕の頭を離すと、真正面から抱きついてきた。

 うわ、スーツ越しに胸が、胸が! ぎゅううって押しつけられてきてる!

 というか、なんでいきなり過激なスキンシップが繰り広げられてるの!?

「先生、やっぱなんかあったんですか!?」

「いえ、別に。ところでわたしって、場合によっては体罰もやむなしという考え方なの」

「た、体罰……?」

「誤解しないでほしいのだけど、あくまで〝場合によっては〟よ。暴力で得られるものなんて、生徒にも先生にもない。今時は、軍隊だって殴ったりしないそうよ」

「だったら、〝場合によらず〟ダメじゃないですか?」

 こんなときでも、ちゃんと言い返せるあたり、長年の習慣ってすごい。

「体罰がバレたら大変なことになる今でも体罰が根絶されないのは、なんでだと思う?」

「さ、さあ……?」

 あまり体罰って直接見たこともないからなあ。

「気持ちいいからよ。教師にとっては貴重なストレス解消のチャンスなの。問題になろうが、気持ちいいことはやめられないの。もちろん例外もあるでしょうけどね」

「そ、そういうものですか……」

 気持ちいい、というのはわからなくもない。

 反撃される恐れもほとんどない、圧倒的に有利な立場からの暴力。

 そりゃ、すかっとするだろうな。

「わたしも気持ちいいからやってるの。あー、さいくん、抱き心地いいわね」

「これ、体罰なんですか!?」

 めっちゃ回りくどかった……というか、なにが言いたいのかわからなかったぞ。

「最近は、彩木くんを教育するばかりで罰を与えてなかったでしょう」

「一連のアレコレ、本当に教育だったんですかね……」

 どう考えてもごほうとしか思えないイベントばかりだった。

 そういえば、告られたときに罰とか言ってちゅーされたっけ。

「これこそが地上で唯一許される体罰……わたしから彩木くんへのゆるふわ体罰よ」

「ゆるふわ!?」

「呼んでもいないのに、わざわざわたしに会いにくる君が可愛かわいすぎるのが悪いの。ああ、罰は過激だから控えようと思ってたのに。そんな悪い子には、ゆるふわ体罰をさくれつさせるしかないじゃない」

「メチャクチャな話ですね……」

 こんな体罰なら、この地上の生きとし生ける男子高校生すべてが受けたがるだろう。

 先生の身体からだが柔らかいのはもちろん、髪はめっちゃいい匂いがして、このあたりの空気ごと吸い尽くしたくなるくらいだし。

 罰……というか、ちゅーはヤバいから、一応ちようしてたらしい。

 本性モードの真香先生が自重なんて言葉を知ってたのは、新発見だな。

 ヤバい、頭がくらくらする……。

 アメリカではハイスクールの学生はお菓子でも食べるみたいにドラッグをやってるんだろうけど(海外ドラマ情報)、日本の高校には真香先生がいる。

 これは、麻薬より危険だ……この香りと柔らかさは一度味わったら禁断症状さえ出かねない。

「……真香先生」

「はい、先生ですよ」

「実はぼく、呼ばれてもいないのに先生に会いにきたんじゃないんです」

「というと、というと?」

 うっ、なにやら期待にちたキラキラした目……。

 僕は状況に流されっぱなしの現状を打ち破るべく、ここに来たはずだ。

 そうだ、中等部時代のようなクソ生意気なさいくんに再登場を願えば、〝教育〟が失敗していると思わせられる。

 さいなことでもいい、まずは自分から流れを変えないと。

 変えないといけないんだけど──

「ハンバーガーショップで会ったときの先生の私服が可愛かわいくて、昨日からずっと身もだえしてました。撮らせてもらった写真は、PCとメモリーカードとクラウドにデータをバックアップして消えないように保険をかけてます」

「そのデジタルデータへのうたぐぶかさ……それに、わたしの写真にそこまで……!」

 先生は、ぼく身体からだを一度離すと、感動のまなざしを向けてきて──

「彩木くん、わかってるの? それは食べられちゃっても文句の言えないあくぎようよ!」

 がばっ、と僕の頭を胸に抱え込んでおっぱいの間で挟むようにしてくる。

 なに、この天国! ふよよん、ふわわん、と柔らかさが頭全体に伝わってきてる!

 まさかノーブラじゃないだろうに、こんなに柔らかいとは!

「あー、もう好き好き。わけわからないくらい好き、んーっ」

「…………っ!」

 真香先生は、僕の頭を少し離してから、ちゅっと額にキスしてきた。

 続いて、ほおや鼻、目のあたりにまで何度もキスしてくる。

「ちょ、ちょっと真香先生……その体罰はやりすぎですよ!」

 結局、ちゅーもするんかい!

「ダメ、やりすぎたのは彩木くんだから。おとなしく罰を受けなさい、んー、ちゅっ」

「…………っ!」

 真香先生は止まらずにちゅーを続けてくる。

 唇が顔のあちこちに押しつけられ、ちょっと冷たくてとろけるような柔らかい感触が脳をトロトロにさせる。

「ん……はあ、はあ、はあぁ……彩木くんは本当に問題児ね。もうトラウマになっちゃうくらいの体罰を与えそうだわ」

「せ、先生……」

 真香先生はとろけきった目をして、両手で僕の頬をつかみ、唇を寄せてくる。

 そ、そこに体罰をしちゃったらシャレでは済みません、真香先生……。

 僕はそこまで悪いことはしてないはず……。

 そう思いながらも、抵抗できない。僕の唇に近づいてくる赤い唇をけられない。

 当たり前だけど、口紅塗ってるんだよね……いや、クラスメイトだってメイクくらいしてるけど、同じ口紅を塗ってても大人と女子高生じゃ別物だ。

 この赤い色は、大人の唇にしか似合わない。真香先生みたいなれいな唇にしか──

「…………っ!」

 まるで計ったみたいなタイミングで、電話が鳴った。

 おいおい、まるでラブコメ漫画みたいじゃないか。

 つーか、ケータイじゃなくて、準備室の固定電話か。そんなものあったんだな。

「体罰、体罰……」

「……って、先生! 電話! 電話鳴ってますよ!」

 お約束の妨害にもめげずに唇近づけてきてるよ、この人! メンタル強いな!

「電話に出なかったら、ちよくで誰か来ちゃいます!」

「……ちっ」

 おい、舌打ちか。そりゃ、ぼくだってちょっと舌打ちしたい気分ですけど、先生より常識人なんです。

「英語科準備室、ふじです」

 よそ行きの硬い声。

 子供の頃、母親が仕事の電話をしている声に驚いたことを思い出す。

 我が母は家でははると似たような、だら~っとした生き物なのに、仕事の話をするときは別人みたいだった。

 内線で話しているっぽい先生の声を聞いてると、知らない人みたいだ。

 授業のときともちょっと違う。さっきまでとろけきった顔をしてたのがうそみたいに、大人の女の人だ。

 というか、流れを変えるどころか、また押されっぱなしだった。

 そういえば、れん先生がなにしに来たのか、結局答えてもらってないな……。



 学校では常にうわさばなしが飛び交ってる。

 情報は分単位で随時アップデートされ、学年どころか初等部中等部高等部すら関係なく、話があらゆる方向へ飛んでいく(大学は独立性が高いとか)。

 昔ながらの生徒間での直接会話に加えて、スマホでの通話やLINEがあれば、本当に情報はあっという間に校内の隅々まで伝わる。

 僕のような、あまり社交的とは言いがたい生徒にすら伝わるのだから、その伝達能力は推して知るべしだろう。

 まあ、たいていはクソのようにどうでもいい話ばかりだけど……。

 ワイドショーやスポーツ新聞の縮小版というか、校内ローカル版というか。

 誰と誰がくっついただの別れただの、運動部内での権力争いだの、最近どこかにできた話題のお店だの……。

 うちの高等部では今でも学校新聞が発行されているが、新聞部はひそかに〝裏学校新聞〟をスマホで読める電子ばいたいで配信している。

 校内でのうわさばなしをまとめているのが、この裏学校新聞というわけだ。

 ただでさえうちの学校は、初等部からのエスカレーター組がほとんどなので、人間関係もみつだ。

 ぼくみたいな社交性に欠ける人間でも友人がいたりするのは、無駄に長い時間の積み重ねがあるからだ。そして、校内の交友関係はそのまま情報網にもなっている。

 その情報網に、あるネタが上がったのは昨日のことらしい。

 それはあっという間に校内ネットワークを駆け巡り、裏学校新聞でまとめ記事がつくられ、ほとんどの生徒が知ることとなった。

 少なくとも、高等部内では一番ホットなネタになったとか。

「で、どういうこと? ああ?」

「……そうさん、意外と言葉遣いが悪いんだね」

 ただいま、人生二度目の壁ドンの真っ最中です。相手も一度目と同じ。

 休み時間ももう終わったところで、場所は階段の踊り場。

 視聴覚室に移動中に呼び止められて、こんな有様ですわ。

「守れと言った直後に、こんなことに。さい、私が小さいと思って馬鹿にしてる?」

「し、してないよ。もっと小さい知り合いもいるし」

 相手は小五だけどね。もちろん馬鹿にしてない。可愛かわいい。

「『せいだいのアイドル、ふじ先生に初めてのスキャンダル。お相手は初等部からの問題児!?』……ふざけてる上にありがちすぎる見出し。私ならこの新聞は買わない」

「……本物のアイドルの立場もないしね」

 そう、昨日の夜中に公開されたばかりの裏学校新聞に、真香先生ととある男子生徒が怪しいという記事が載った。

 男子生徒の顔写真も載っていて、目は黒い線で隠されていた。プライバシー、大事。

 ちなみに黒い線はタップしてずらせるギミックが仕組まれてる。すごいぎじゅつだ。

「彩木がなにをしようと知ったことじゃない。でも、藤城先生に迷惑をかけるな」

「……貴宗さん、なんでそんなに真香先生をかばうの? なにか恩があるとか?」

「藤城先生を倒すのは私だから」

「適当なライバル関係、でっち上げないで!」

 なにかありそうだ。この前マンションのろうで見かけたのは、やっぱり貴宗さんか?

「どうでもいい、私の事情。重要なのは、藤城先生に迷惑がかかってる情報」

「そう……かな」

 どちらかというと、僕のほうが迷惑をかけられてる気もかなりするけど。

 とはいえ、この状況でダメージが大きいのは先生のほうだろう。

 ぼくと真香先生が怪しい関係──そんなうわさがどうして流れてしまったのか。

 うーん…………思い当たることが多すぎるね!

 この数日だけで、いったい何回真香先生と二人きりで会ったことやら。

 しかもほとんどの場合、密室。ダメ押しに、日曜に外でも会っている。

「ははっ、こりゃバレないほうがおかしいな。むしろ新聞部、今までなにやってたんだって感じ」

「なにを笑ってるの。新聞部はあまり関係ない。もう締め上げて吐かせた」

「吐かせた!?」

 小さい身体からだに似合わず、バイオレンスだな。

「同時多発的に噂が発生して、新聞部は遅まきながらそれを拾っただけらしい。あの状況でうそをつくとは思えないから信用できる」

「どんな状況!?」

 そうさんになにをされちゃったんだ、新聞部?

 SIDシドのみんなも相当変わってるが、貴宗さんも負けてないな……。

「とにかく、今すぐ解決。できなきゃ、あんたを壊滅」

「物騒だね!? いや、そう言われても……僕も話を知ったばかりなんだよ」

 いくらうわさが簡単に伝達すると言っても、ぼくは情報網の末端に位置してる。

 もう既にほとんどの生徒が知ってるだろうし、今からだとな動きもできない。

「そこの二人」

「…………っ!」

 階段の上から現れたのは──先生だった。

 いつものように背筋を伸ばして階段を下りてきて、僕らの前で立ち止まった。

「とっくにチャイムは鳴ってるわよ。早く教室へ戻りなさい」

「お…………はい。さい、行く」

「あ、うん……」

 そうさんはなにか言いかけたけど、壁ドンを解除してさっさと階段を下り始めた。

 僕は視線をそっちに向けてはいたけど、貴宗さんのことはもう頭になかった。

 真香先生の声はまたガチガチに硬かったからだ。ただの、サボってる生徒への叱責の声。

 それは僕への〝教育〟のときに聞いた声色とはまるで違ってた。

「彩木くん、あなたもよ。早く行きなさい」

「……あの、真面目まじめな声のまま、ちゅっちゅするのやめません?」

 真香先生はものすごい真顔で、僕のほおに何度もキスしてる。

 おかしい、シリアスモードに入ったんじゃないのか?

「ああ、ごめんなさい。もう、彩木くんの顔を見るとちゅーするのがクセになったみたいなの」

「そこまで破滅的なクセも珍しいですね……」

 ちゅーされてうれしいか嬉しくないかで言えば答えは決まりきってるが、状況をわかってるのか、この先生は。

「今の、人に見られてたら終わってましたよ」

「えー、そうかしら。毒を吸い出してた、とか言えばむしろめられるんじゃないの」

「ねぇよ!」

 そんな言い訳、通じるか!

 毒ナイフ使いのアサシンでもいるのか、この学校!

「……なんか面倒くさいことになってるみたいですよ、先生」

「わかってるわ。もう少し様子を見ましょう。この手の噂は、よくあるものなのよ」

 真香先生は、最後にもう一度頬にキスしてから、とんとんと階段を下りていった。

 僕らより先に、先生は情報をつかんでたんだろうか。

 そういえば、れん先生との話は、今回の件のことだったのかも。

 実際、教師と生徒の恋愛沙汰なんてよくあること──と聞く。

 僕だって何度か聞いた覚えはある。ただの噂から、ほぼ確定──みたいな話まで。

 最初は騒ぎになるが、たいていは気づかない間にうわさは終息してる。

 たぶん、ぼくらがかつな動きを見せれば余計にややこしい事態になるだろう。

 先生がたかの花モードを維持して、僕がいつものように教師にいらんことを言って、適当なうわべだけの交友関係を続けていれば問題ないのかも。

 どのみち、僕にできることなんてないしなあ……。

 そうさんには悪いけど、おとなしくしているくらいしか打つ手はない。

 案外、それで解決するかもしれないし……。



 解決しませんでした。

 噂が校内を駆け巡りだしてから数日。

 別に、僕が学年主任や生活指導の先生に呼び出されるわけでもなく。

 真香先生がなぞの休暇に入るとかそういうこともなく。

 ただ、ざわざわと校内で噂がささやかれてるだけなんだけど。

 いっそ、わかりやすいイベントが起きてくれたほうがマシかもしれない。

 なんというか──このままじゃなまごろしだ。

 で、肝心の真香先生はというと。

「わたしは大丈夫。それより、GW前で生徒が浮かれてくる頃だから、わたしたちも気を引き締めないと」

 れん先生とそんなことを話しているところを見かけた。

 元々、真香先生は生徒に人気があるけど、生徒たちに囲まれている姿を頻繁に見るようになった気もする。

 特に女子たちが、きゃーきゃー騒ぎながらなにか話しているところは、何度となく見た。

 もちろん、話の内容を近づいて確かめるってわけにもいかなかったけど。

 何人かの女子は、僕のほうをちらちら見ていたようにも思う。

 SIDシドのみんながおとなしかったのが、ちょっと意外ではある。

 はるは家でも完全にノーコメントで、いつもどおりスマホをいじって兄貴をパシらせてただけ。

 カレン会長なんかは解決に乗り出してもよさそうなもんだけど、なにも動いてないみたいだしなあ……。

 まあ、影響力の大きいカレン会長が動いたら、余計にややこしくなるだろうが。

 そんなこんなで、思惑が入り乱れてるような、特になにも起きてないような、モヤモヤする状況のまま──GWに突入。

 今年は連休の合間に三日も平日があるという、あまりうれしくないスケジュールになってるけど、それでもGWはGWだ。

 新年度の始まりでドタバタした疲れをいやすもよし、ひたすら遊び回るもよし。

 ワクワクが止まらないはずなのに、今年はえらく心の躍らない連休になってしまった。

「ああ、楽しいわ。こんなに楽しい連休は初めてよ」

「…………」

 と思ってるのはぼくだけなの?

 もう一人の当事者である先生は、ウッキウキのノリノリだ。

 その真香先生の前には、猫たちが数匹集まり、寝転んだり先生のおみ足に顔をこすりつけたり、ちょこまか動き回ったりと。

 ここは、例の人を信じられないモンスターと化した真香先生パパの猫カフェだ。

 もっとも、今は閉店中。

 店内には僕と真香先生、それに猫たちの姿しかない。

 GW初日という稼ぎ時にもかかわらず、お店はオーナーの娘のわがままでお休みにされたのだ。

「わたし、もうここに住みたいわ。さいくんも引っ越してこない?」

「そもそも、なんで猫カフェにいるのかわからないんですが」

 さて──ここ数日の経緯に続いて、本日の経緯がどうなってるのかというと。

 モヤモヤしたまま家にいたくなかったので、外に出たら即座に真香先生がフィアットで現れ、車内に引きずり込まれて連れ去られて、猫カフェに到着。以上。

「閉店中の猫カフェなら、誰かと出くわす可能性はゼロよ。スマホの電源も切ったから、GPSで見つかることもないでしょう」

「僕をGPSで見つけられる人がいるんですか……?」

 発信機を疑ってたけど、GPSか。ハイテクだなー……って、だから誰なんだよ!

 今日、真香先生が僕を容易たやすれたのは、お隣から様子をうかがっていたからだろうけど。

「わたしもよくは知らないわ。どのみち、ここには誰も来ないから大丈夫よ。お父さんも愛人を抱いてどこかへ行ったわ」

「愛人!?」

「一番お気に入りの猫よ。父上にはもう人間は見えていないの……」

「むしろ、真香先生のお父上に会ってみたくなってきましたね……」

 ただ、娘だけはちゃんと見えてるんだろうなあ。

 猫カフェをわざわざ貸し切りにしてくれたんだし。

「とにかく、今日はなにも考えずにここで遊びましょう。彩木くん、猫は好き?」

「くーほどじゃないけど、好きですよ」

「好き……!」

「いえ、先生に言ったんじゃありませんから。というか、わざと誤解したでしょ」

「どうかしらー」

 真香先生は笑いながら、一匹の猫を抱き上げる。

 今日の先生はながそでのカットソーにタイトなミニスカート。

 かなりのミニでしかも生足なので、太ももがまぶしすぎる……!

 先日のせいなお嬢様ルックの服装もめっちゃ好みだったけど、今日の〝真香ちゃん春のこうらくバージョン〟みたいな服装もかなりヤバい。

 ホント、この人は男子高校生をまどわすために生まれたような存在だな……。

「にやにや」

「だから、擬音を口に出さないでください」

 くそ、また考えてることを見抜かれてる。

 これ見よがしに、猫を抱いたまま軽やかに、いぇいいぇいとなぞのステップを踏んでるし。

さいくんも、実家だと思って好きにくつろいでいいわ。猫も抱き放題よ。ついでに追加料金なしで真香先生も抱きしめちゃっていいわ」

「いつから真香カフェになったんですか、ここは」

 そんなカフェあったら、毎日ちようの列ができるよ。

 今なら、ぼくだって並びかねない。

「あっ、こら。逃げられちゃった……ここの猫、いまいちわたしになつかないのよね」

 真香先生が抱いていた猫は、先生の手から逃れると部屋の隅まですたすた歩いて行って、丸くなった。

「……敵だと思われてるんじゃないですか? 先生のお父さんを巡るライバル、みたいな感じで」

「愛人を除けば、ここの猫たちはお父さんにもなついてないわよ」

「……これ以上お父さんのお話、聞かないほうがいいですかね」

 せつなくて涙が出そうになってくる。

 できれば、真香先生には親孝行してあげてほしいね。

「でも、猫に逃げられちゃうと、することがないわね」

「そりゃ、猫カフェですからね……」

 猫をでるか飲み物を飲むくらいしか、やることがない。

 今は店員さんもいないから飲み物も出てないし。

 真香先生は、さっきからよくわからないステップを踏み続けている。

 店内BGMがかかっているので、それに合わせてるみたいだ。割とサマになってる。

 タイトなスカートでよかった。うちの学校の制服みたいなプリーツスカートだったら、ひらひら揺れて目の毒だっただろう。

 いや、生足太ももがまぶしすぎて、充分に目の毒だけど……。

「じゃあ、やっぱりカフェでも開店するしかないわね。今日なら90分コースも無料で遊べちゃうわよ?」

「おやつをあげたり、おもちゃで遊んであげたりすればいいんですか?」

 踊りながら近づいてくる真香先生から、じりじりと距離を取る。

 あまり接近されると、マジで真香カフェのリピーターになりかねない。

 おいおい、先生嫌いだったさいまことはいったいどこへ行ったんだ?

「おやつもおもちゃもいいけど、記念写真もOKよ。ねえねえ、ちょっぴりえっちなのもいっとく?」

「いっときません」

 この人、自分の職業をスコーンと忘れちゃってるんじゃないか。

 ああ、こんなとこで馬鹿な話をしてる場合じゃない。

「それより、問題は校内のうわさのことですよ! ぼくはいいですけど、先生は大丈夫じゃないでしょ!?」

「にゃーん?」

「うっ……!」

 どこから持ってきたのか、ネコミミ型のカチューシャをつけてにゃんにゃん猫のフリをしてる美人教師が一人。

「にゃんにゃん、ご主人様、ネコ真香だにゃん」

「…………」

 先生は僕の前で両膝をついて、招き猫みたいな手をしつつ、近づいてくる。

「ゴロゴロ、大人だってたまには甘えたくなるときがあるにゃーん」

「こんな姿、絶対に他の生徒には見せられませんね……って、どこに顔を!」

 真香先生は、にゃんにゃん鳴きをしながら、僕の膝に顔を乗せてくる。

「猫は気が向いたときしか甘えないから、チャンスは逃がしちゃダメにゃん?」

「わっ!」

 かと思ったら、真香先生は顔を上げて──ぺろぺろと僕のほおめてきた!

 真香先生の小さい赤い舌が、僕なんかの頬をぺろぺろぺろぺろと……!

「にゃんにゃん、ちゅっちゅ。ネコ真香、飼ってみにゃい?」

「か……飼いませんよ! 猫は頬にキスまでしないでしょ!」

 どさくさにまぎれて、舐めるだけでは飽きたらず頬にキスまで! 油断ならない!

「だから、それどころじゃないでしょ! このままだと、本当に路頭に迷って僕に飼われるハメになりますよ!」

 甘い誘惑に身を任せそうになりながら、なんとか真香先生から距離を取る。

 ああ、もっとぺろぺろされたかった……じゃなくて、真面目まじめな話に戻らないと。

「言いたいことはわかるわ。確かに、職員室でもいろいろ言われてるし、割とストレートにいてくる生徒もいるわよ。〝よりによって?〟って」

「言いたいことがわかるのがヤだな……」

 誰が訊いたのか知りたくなってきた。

 そうさんじゃないけど、壁ドンして問い詰めてやりたい。

 美人先生のうわさのお相手がよりによってぼくごときで申し訳ないですね。

「しょうがないわね……」

 先生はネコミミカチューシャを外すと、室内の隅に置かれていた黒板をずるずると引きずってきた。

 普段は店の前に置かれている宣伝用の黒板だろう。

 真香先生はその黒板を手近なテーブルの上に載せると、チョークを手に取った。

「えーと……問題点はこんなところね」

 カツカツといい音を響かせて、真香先生は黒板に数行の文字を書いた。

さいまことふじ真香の怪しい関係──うん、ここは疑っても仕方ないわね。何度も英語科準備室に入ってく彩木くんを見たとか、女性の悩ましい声が準備室から聞こえたとか。これは、例の動画を観たときでしょうね。他にも、信号待ちをしてたら藤城真香と彩木慎らしき二人が乗った車を見かけたなんて話もあるそうね。全部、ガチの目撃ね」

「……ダメじゃん」

 誤解じゃなくてガチだったら、どうしようもないじゃん。

「ただみんな、確証があるわけじゃないのよ。さいくんが準備室に入ること自体、別に問題はないし、教材用の映像の声が外にれても変じゃないし、歩行者から車道の車の内部がはっきり見えたかって言われるとそうでもないらしいし」

 先生は〝benefit of the doubt〟と、カツカツと黒板に書き込む。

「はい、彩木くん。これはどういう意味でしょう?」

「えっと……利益……? 疑わしい……?」

 GWなのに、突如として英語の授業が始まったぞ。

「勉強が足りないわね。give someoneをつけて、誰々を信じてあげよう、みたいな使い方をするわ。もっとざっくり言うと〝疑わしきは罰せず〟ね」

「な、なるほど……」

 真香先生は、さらにディフォルメした自画像を描いて、〝ALL CLEAR♡〟と吹き出しの中に書いた。けっこう可愛かわいい絵を描くなあ。

「つまり、トボけ続ければなにも問題はない。ふっ、これだけ待ってなにもないんだから、幸い画像や動画なんかの客観的証拠はなにもないのよ」

「そ、それはそうかもしれませんが……」

 誰もがスマホを持ってる今、写真も撮られていないのはラッキーだっただろう。

「でも、真香先生は他の先生にも生徒にもいろいろ言われてるんでしょ? 解決しない限り、言われ続けるんじゃないですか?」

「あのね、彩木くん」

 真香先生は、ふーっとため息をついた。

「わたしは大人なの。教師なの。その辺の映画とか漫画とかに出てくる傷つきやすい十代の少女じゃないのよ。ほら、おっぱいだってこんなにえっちよ?」

「胸は関係ないでしょ!?」

 カットソーの胸元をつまんでひらひらさせ、谷間がちらちらと見えている。

 いらんお色気を挟んでくるなよ! いらないってことはないけど!

「とにかく、おっぱいだけじゃなくてメンタルも大人なの。すねたり落ち込んだりして、ヒーローがトラウマを解決してくれるのを待つ少女じゃないのよ。だから、君が気にしたり、解決しなくていいの。わたしが望んでるのはそんなことじゃない。わたしが彩木くんに望んでるのは……全然別のことよ」

「……ぼくは、問題が解決するのをぼーっと待ちたくないんです」

 先生の望みは、この人のこれまでの言葉でわかってる。確認するまでもない。

 その望みはぼくの意思次第で簡単にかなえられるかもしれないけど──いろいろ問題はあるし、今は優先するべきことがあるだろう。

 黙って状況が好転することを望むだけなら、勝手に夢見て裏切られた幼稚園児時代と変わらないじゃないか。

 先生の希望とは違っても、僕にだってやれることくらいあるはず──

「……、って言ったのよ」

「は?」

 真香先生は、真顔で、まっすぐな目で僕を見ている。

「一年前、わたしが高等部の教師になったばかりの頃よ。同じ英語の先生が、生徒たちが見てる前でわたしにつかみかかった事件があったでしょ?」

「…………? あ、ああー」

 そういえば、そんな事件は確かに起きた。

 今と同じ、GWの前後くらいだったかと思う。

 ある日の休み時間にろうが騒がしくなって、ちょっと顔を出してみたら何人かの先生たちが英語の若い男性教師を取り押さえているところだった。

「わたしがいつものキレイで近寄りがたい真香先生──を演じてたら、あの先生に妙に気に入られちゃって。しつこくつきまとわれても軽くかわしてたつもりが、いきなり爆発したのよね、あの先生」

「そうでしたね。すっかり忘れてました、その事件。もしかして、そのときに……?」

「ええ、そうよ。事件の翌日ね。さいくん、わたしと廊下ですれ違ったときに言ったのよ。キャラとかつくってるからそうなるんですよ。大好きですって」

「大好きです、は言ってないでしょ!」

 どんな脈絡だよ。過去をねつぞうしないでくれ。

「ちぇっ。でも、──ってことはすぐにわかったわ」

「…………」

 そう、僕は真香先生の〝たかの花モード〟は初めて会った高等部一年の春に見抜いてた。

 特に僕が警戒心を抱きやすい、〝若くてれいな先生〟だったせいだろう。

 完璧すぎる、綺麗でりんとした先生──それは演技、つくられたキャラだってことは一目でわかってしまった。

「……でも僕、真香先生にそんな偉そうなこと言ったんですか?」

 事件の記憶はあるけど、真香先生に話しかけた覚えがない。

「彩木くんにはなんでもないことだったんでしょう。あの先生はすぐに自主退職してどこかへ行っちゃったけど、みんなわたしには同情してくれたわ。でも、

「ちょっと待って。まさか、その一言で──とか言わないですよね?」

「言っちゃう。わたしは救われるのを待つヒロインなんかじゃない。でも、同情されることがなにより嫌いなわたしを──さいくんだけが容赦なくたたいてくれたわ」

 先生が子供の頃、家庭が壊れて同情されて、〝たかの花のふじ〟が生まれた。

 同情をなによりも嫌うこの人に──ぼくだけが救いの手を差し伸べるんじゃなくて、蹴飛ばすようなことを言っちゃったのか。

「わたしはね、そんなたった一言で落ちちゃうような、ダメな大人なのよ」

 真香先生は微笑して、僕の手を両手で包み込むように握ってきた。

「でも、ダメだろうと大人は大人。なにを言われたって耐えられる。彩木くんはヒーローじゃないの。ちょっとうたぐぶかくて、実は鋭くて、わたしの教育で頭くらくらしちゃうけど、普通の男の子よ。わたしはそんな君を好きになったんだから」

「…………」

 だからなにもしなくていいと?

 まあ、確かに今の状況は真香先生の行動の結果だとは思うけど。

 それでも、僕だって先生の〝教育〟に流されまくってたのに。

〝キャラをつくってるからそうなる〟──うん、僕が言いそうな台詞せりふだ。

 そんな偉そうなことを言っておいて──なにもしないつもりか、彩木まこと

「真香カフェ」

「え?」

「真香カフェ、写真を撮ってもいいんですよね?」

「あ、ああ。もちろん。彩木くん、やっとその気になったの。さあ、どんな写真撮る? またにゃんにゃんする?」

「にゃんにゃんはしなくていいです。それより──」

 僕は立ち上がり、まだ僕の手を握っていた真香先生の手を握り返して引っ張り、壁際へと追い込む。

 ポケットに手を入れて、を確認して。

 それから、ドンと勢いよく──

「……さ、彩木くん?」

「壁ドンですよ。最近、ある人に習ったんです」

「だ、誰!? いかにもじんしよさんがやりそうだけど! 意外なところではるさん? まさかあまなしさんじゃないわよね? しんじゆさんじゃ、そもそも壁ドンなんてできないし……」

「先生、一つだけ僕も素直に言います」

「え?」

 壁ドンしたまま、ぼく先生に顔を近づける。

 唇と唇がくっつきそうなくらい近くに。

「先生の教育の成果、出てるみたいですよ。僕は──美少女ハーレムより、美人教師のほうが好きみたいです」



 今年のGWは、連休の間に三日も平日がある。

 せいだい学院ではその三日は普通に授業だし、半日授業にするとかそういう手心も一切加えられていない。容赦がない。まるで鬼だ。

 学校の経営者たちは、人生のどこかで慈悲の心を落っことしてきたんだろう。あるいは、母親の胎内に忘れてきたのかもしれない。

さいまこと、おまえは馬鹿なのか?」

「そりゃ、カレン会長と比べれば。全国模試でもトップクラスらしいですね。そんな性格なのに、まるでだ」

「そこまで言われる筋合いはないぞ! 成績と性格は関係ないだろう! だいたい、私は性格も悪くない!」

「…………」

 そこまできっぱり言い切れる人がどれだけいるだろうか。

 僕をるし上げた記憶は、れいさっぱり消えたのかな?

 放課後の生徒会室は、相変わらず他の役員の姿はない。別のとこで仕事してるの?

「……まあいい。は私からどうこう言うたぐいのことでもないからな。SIDシドのみんなも言いたいことはありそうだが、私が抑えておこう。妹君のことは、自分でなんとかしろ」

「それが一番難しそうですね」

 僕は苦笑いして、カレン会長に一礼してから生徒会室を出た。

 生徒会室にいたのは十分くらいのものだったが、どっと疲れた。

 というか、今日は朝から一日中疲れてる。

 職員室にも呼び出されたし、特に仲良くもないやつらからも話しかけられたし、一ヶ月分のコミュニケーション能力を使い果たした。

 今日は妹からのパシリ要請があってもスルーしよう。お兄ちゃんカードも緊急停止。

「待て、彩木」

「え?」

 ろうを歩き始めたところで、突然呼び止められた。カレン会長が生徒会室のドアから顔を出して手招きしている。

「私はもう帰るから、鍵はおまえがかけてくれ。一応、窓の閉め忘れもないようにチェックしろ。もし戸締まりを忘れたら、また裁判だぞ」

「は? なんでぼくが……?」

 カレン会長は僕の疑問はスルーして、鍵を押しつけ、カバンを持ってすたすたと歩き去ってしまう。

 僕、生徒会役員じゃないんだけどなあ……でも裁判はごめんだから戸締まりしておくか。

 生徒会室に入って窓の鍵を確かめ、カーテンも閉める。

さいくん」

「…………あ」

 ヤバい、しまった、逃げ場がない。

 巧妙に逃げ回ってたのに、まさかこんなところで追い詰められるとは。

「こら、彩木くん。こっちを向きなさい。もう君は詰んでるのよ」

「……はい」

 振り向くと、そこにいたのは当然ながら──先生。

 会長のはわからないけど、真香先生と僕にこの部屋を貸してくれたんだろう。

 生徒会室のドアを閉め、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

「さっそく聞かせてもらいましょうか。これはなに?」

「……写真ですね」

 真香先生はスーツのポケットから取り出したスマホを、僕の前に向けてくる。

 そこに表示されているのは──壁ドンされて目を見開き、驚いている真香先生。

「今日の朝、この写真が一斉に生徒たちの間で出回ったそうね。当然、教師の目にも触れることになったわ」

「そうらしいですね」

 僕みたいな交友関係の狭さに定評がある生徒でも、校内のうわさは伝わってくる。

 逆に言えば、僕にでも情報発信は難しくないということだ。

 ただし、影響力が小さい生徒が発信する場合、よほどセンセーショナルな情報でない限り、まずらない。

 でも、この写真のインパクトは拡散するには充分だったようだ。

 悪い意味で有名な男子生徒が、校内でもっとも人気のある美人教師に壁ドンしてる──こんなもん、拡散しないほうがおかしい。

 しかも、先生のほうは目を見開いて妙に驚いていて、ぱっと見には動揺しているようでもある。

 どこからどう話が出たのか、ストーリーもできあがってる──

「わたしが彩木くんに迫られて嫌がってる──なんてお話になってるらしいわね」

「言われてみれば、そう見えるでしょ?」

 初めて担任を持って燃えている美人教師が、問題のある男子生徒を熱心に指導している。

 ところが、その男子生徒がなにを勘違いしたのか先生に迫った──なんてストーリーはあまり面白くないが、写真が一枚あればしんぴようせいは爆発的に高まる。

 一枚の写真と、しょうもないストーリーの合わせ技は意外なほど効果的だった。

「教師に反抗的なことを除けば目立たない男子生徒と、校内でも一番の美人教師が怪しい関係──よりは、よっぽど説得力のあるストーリーですよ」

さいくん! その誤解は一歩間違えたら犯罪扱いされるわよ!」

 ああ、怒った顔も可愛かわいい……。

 そういえば、せいなお嬢様風の服装も、活動的なミニスカもよかったけど、先生はスーツが一番似合う。

 スーツ姿で怒ってる真香先生、可愛いよなあ。

「なにをにやにやしてるの! だいたい、こんな写真よく撮れたわね!」

「タイミングばっちりでした」

 壁ドンして、美少女ハーレムより好きだと告った瞬間の真香先生の顔だった。

 ぼくがおよそやりそうにない言動。先生が驚いた顔になるのも当然だ。

 素早く取り出したスマホで撮影した一瞬あとには、ゆる~っとゆるみきった顔になったので、シャッターチャンスを逃さなくて本当によかった。

 先生は驚きすぎて、写真を撮られたことにも気づいてなかったみたいだけど。

「大丈夫ですよ、壁ドンなんて犯罪にはなりません。セクハラと言われたらきわどいですけど、逃げ切りますよ。教師にはどんな口の利き方をすれば効果的か、僕はよく知ってますから」

「……君はもう。ヒーローにならなくていいと言ったでしょう」

 真香先生は頭を押さえて、深いため息をついた。

 先生が困ろうが、発信された写真はもう引っ込められない。

 僕がちょっとのぼせ上がりやすい、勘違い男だと思われる程度のこと、なんでもない。

 まあ、学校側はどうにでもごまかせるとしても、ストーリーを信じすぎた一部の男子生徒から呼び出しがかかってたりするけど……。

 カレン会長に相談して、事態の鎮静化に協力してもらえることになったし。だいぶ馬鹿扱いされたのと引き替えに。

 会長は校内での支持率は高いし、なんとかできるんだろう。戦闘能力ゼロの身としては、遠慮なく甘えよう。

「……先生、僕はヒーローになりたいわけじゃないんです」

「そういうキャラではないわね。わたしもそう思ってたけど、疑わしくなってきたわ」

「もちろん、同情もしてませんよ。今回の騒動は、先生の自業自得がかなりありますし、ぼくはだいぶ巻き込まれた感もありますしね」

「わたしを助けようとしたんじゃない。同情したんでもなければ……なんなの?」

「先生の教育はまだ終わってないでしょ?」

「は?」

「僕に新たな問題が発生したので、これで堂々と呼び出して指導する名目ができたでしょ。むしろ、前よりやりやすくなったくらいでは」

さいくん……?」

 二人きりでの指導は、先生に身の危険があると思われるかもしれないが。

 反省文でも提出して、しおらしいフリをしていれば疑いも晴れるだろう。

 だいたい、今はGWなんだ。休みが明ける頃には壁ドンのことなんてみんな忘れてるんじゃないだろうか。

 現代では情報は伝達が速いのと同時に、消費も速い。

 あっという間に、みんなの興味は別のものへと移っていく。

「もっと具体的に言うと……僕は先生に黙って勝手に写真を公開しました。壁ドンするフリをして、くだらない小細工に使う気満々でした。いつものことですが、僕は〝先生〟に反抗的ですよね」

「……だから?」

 真香先生は頭がいいし、察しもいい。僕の言いたいことはわかってるはず。

「悪いことをしたら体罰でしょう。この世で唯一、やっていい体罰があるんですよね。今回のケースは悪質なんで、ハンパな体罰では済みませんよね」

「……写真とか壁ドンはもうどうでもいいけど、君は悪い子だわ……」

 真香先生は真顔で、僕のすぐ前に立ち、そっとほおに手を寄せてきた。

 もう、真香先生が僕を好きだという話はまったく疑ってない。

 うたぐぶかくて〝先生〟を信用しない僕でも、これ以上追及したって意味もないことは充分にわかった。

 だから──

「彩木くん、先生が……罰を与えるわ」

 真香先生が目をとろんとさせ、白い頬を赤く染めて、ゆっくりと唇を近づけてきても、僕は逆らわなかった。

 この僕が教師に逆らわないなんて、すっかり変わったもんだ。

 でも──ささいな出来事で〝先生〟が信頼できなくなったように、また信頼するのもそれほど難しいことじゃなかったのかも。

 先生の馬鹿みたいな教育は本当に効果的だったらしい。

 その教育をもっと受けてみたい。

 ぼくがちょっぴり危険な賭けに出た理由は、ただそれだけのこと。

 どうやら、賭けは成功したみたいで──

 夕日が差し込む狭い部屋で、真香先生の唇と僕の唇の距離はゼロになった。




エピローグ



「今日、授業で指名したとき、嫌そうな顔をしたわね」

「はい」

「じゃあ、罰よ」

 ちゅっ、と唇が重ねられる。

「しかも、前にも教えた文法だったのに当たり前みたいに間違えたわね」

「はい」

「じゃあ、罰よ」

 ちゅっ、と再び唇が重ねられる。

「わたし、君のことが好きすぎて困ってるわ」

「はい」

「じゃあ、罰を──そうね、これは五回与えておきましょう」

 ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ、と正確に五回、唇が重なった。

 別にそこはちようめんにカウントしなくてもいいだろうに。

 放課後の英語科準備室。

 GWが明けて数日、ぼくは毎日のようにここに呼び出されている。

 教師陣も生徒たちも特に変には思ってないらしい。

 というか、壁ドン写真のことなんて、みんな忘れてしまったようだ。

 予想どおりとはいえ、あっさりしてるなあ……。

 人のうわさしちじゆう日なんて言うけど、今は七日ももたない。

 少なくとも、僕ら高校生はいつまでも同じ話題を引っ張るほどのんきに生きていない。

「キスしてるときに余計なことを考えない。前にも注意したでしょ」

 先生はわざとらしくにらんでから、また唇を重ね、ぎゅうっと抱きついてくる。

 おっぱいが押しつけられてくる感触もあわさって、もうたまらなくなる。

「……ふう。とりあえず、今日の罰はこんなところね。さっそく指導に移りましょう。もちろん、指導の間もビシビシいくわよ?」

「この前、キスしすぎて唇がちょっとれちゃいましたよ……」

「…………っ、そ、それは……さいくんがSIDシドの話とかするからよ! 一番悪いのは、他の女の子の話をすること! 妹さんだろうと幼女だろうとそれはNGよ!」

「そんなちやな」

 いまだにSIDだけは僕らを疑ってるふしがある。

 僕と真香先生は本当に恋人同士なのか、と。

 カレン会長は、たまに僕らを生徒会室に招待して、いろいろ探りを入れてくる。

 あまなしは学食で昼食をとっていると、真香先生を連れて一緒に食べようと誘ってくる。

 はるは僕と一緒にたまに真香先生の部屋に遊びに行って、僕らが本当に付き合ってるのか物的証拠を見つけようとしてる。

 ゴミ箱からなにを見つけようとしているのか、妹の口からはあまり聞きたくないけど。

 唯一、動きがないのがくーだけど、真香先生の父上の猫カフェに頻繁に出入りしてることが明らかになった。

 経営者が誰か知っているんじゃないか? なにかたくらんでないか……?

「……そうだ、そういえば一つどうしてもわからないことがあるんです」

「わからないことだらけじゃないの? まあ、いいわ。なに?」

そうさんですよ。貴宗てんさん。あの人、噂が流れる前から僕と先生のこと、調べてた気がします。特に先生のことを。もしかして、個人的な知り合いなんですか?」

「えっ、天華──じゃなくて、貴宗さん!? あの子、彩木くんになにかしたの!?」

 珍しく、真香先生がうろたえている。

 あからさまに動揺していて、冷や汗までかいているような……。

「……先生?」

「まあ……本当は隠すことでもないのだけど。貴宗さん──じゃなくて天華は、わたしの妹なのよ」

「妹!?」

 あの小柄で幼い顔のそうさんが!? 先生とはあまり似てない──いや、待てよ?

「あー……そういえば、貴宗さんの顔にちょっと違和感がありましたけど、どことなく、先生と似てるのかも」

「うちの家族が例のブレイクしちゃった件のちょっと前に生まれたのよ。七歳も離れてるのよね。両親が離婚したときはまだ赤ちゃんだったから……母親が連れて行ったのよ」

「なるほど……」

 赤ちゃんなら、母親が連れて行くのが自然な流れだろう。

 もしかすると、次女は母のもとへ、長女は父のもとへなんて取り決めになったのかも。

「あまり顔を見る機会もなかったのだけど、まさか同じ学校で教師と生徒なんて関係になるとは思わなかったわ。あの子……なにか言ってた?」

「いえ、たいしたことは。ただ……先生のことをすごく気にしてるみたいでしたよ」

「……縁が薄い姉なのに慕ってくれてるのよ、あの子」

「縁が薄いからじゃないですか」

 真香先生を裏切るな、守れ──そう言った貴宗さんの目は本気だった。

 ぼくが真香先生を守れたのか、余計な騒動を起こしちゃったのかは微妙なところだけど、今のところ文句は言われてない。

 教室では、例のケータイをぽちぽちしてばかりで僕のほうを見ようともしないが。

「というか、いつもケータイでなにしてるんですかね、あの人」

「……さいくん」

「はい?」

「妹とはいえ、また別の女の子の話をしたわね。罰、いっちゃうわよ?」

「うっ……は、はい」

 真香先生はうれしそうに笑って、唇を重ねてくる。

 ちゅっちゅちゅっちゅと、もう回数をカウントすることもなく、ひたすら夢中になってキスしてる。

 正直、真香先生の〝教育〟の中ではこの体罰が一番効果的だ。

 少なくとも、キスされている間はSIDシドだろうと真香先生の妹だろうと、他の誰かのことが頭に入り込んでくる余裕はない。

「彩木くん、好きよ……好き。好き、好き、好き……!」

「せ、先生……」

 でもまだ、僕は好きだとは言えない。〝美人教師のほうが好き〟と言っただけだ。

 うーん、これだけキスされていてもなんで言えないんだろう。

 先生もわかっているはずなのに、好きと言えと迫ってきたりはしない。

 たぶん、ぼくが自然に言い出すのを待ってる。待ってくれている。

 まあ、言うまでもなく僕の気持ちはだいぶ固まってるんだけど。

 それでも口に出せないのは、まだ少なからず問題が残っているからだろうか。

 そうだ、忘れそうだけど忘れちゃいけない、大きな大きな問題がある。


 僕が自分の気持ちを告げてしまったら、真香先生は学校を去るかもしれない。

 真香先生と僕の関係は告白から始まって──告白で終わるかもしれないんだ。


 それに、SIDシドそうさんのことだって放ってはおけないだろう。

 まだまだ乗り越えなきゃいけない障害は多そうだ。

 だけど、今はまあ──先送りにして、受け続けよう。

 このれい可愛かわいくて、僕だけが本当の顔を知っている先生からの甘い罰を。




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