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真の仲間じゃないと勇者のパーティーを追い出されたので、辺境でスローライフすることにしました

著者:ざっぽん
イラスト:やすも

1巻書影


プロローグ 旅立ちの日



『勇者』の故郷はほのおに包まれていた。

 きばの突き出したイノシシのような顔を持つオーク達は、騎兵刀サーベルを右手にりかざし、左手にはりやくだつした村のわずかな物資を持ちくちぎたなののしり声をあげている。

 昨日まで戦いとはえんの生活を送ってきた『勇者』は、家にあった安物のどうつるぎを片手に構え、3人のオークと向かい合っている。

「……!」

 だがその姿は、くつきようなオーク達に比べてたよりない。いずれ最強の存在になる可能性をめている『勇者』も、今はまだ戦いを知らない少女でしかなかった。

 戦いはすぐに決した。『勇者』のいちげきは1人のオークのうでを浅くいたが、すぐに別のオークによって、『勇者』はめにされた。けんを持った手も、オークの筋肉が盛り上がった手につかまれると、びくとも動けない。

『勇者』は必死にもがくが、そのはんこう心もオークを楽しませるだけだった。

 牙の突き出した口からオークの長く赤い舌がぺろりとくちびるめた。みがおそろしげなオークの顔をゆがめる。

『勇者』にれようとオークの武骨な手がびる。が、その手は宙を摑んだまま止まった。

「あ?」

 オークは背中に熱い熱を感じて不思議そうに首をかしげた。

 振り返ろうとするが、急激なだつりよく感を感じて、ひざをつく。

 そのままオークはたおれた。


 *         *         *


 ずるりと俺のミスリル銀のやりはオークの背中からけた。オークは倒れたまま動かない。

 オーク達は、走竜ライデイングドレイクに乗って槍を突きつける俺を見た。俺の着ているよろいの胸部にあしらわれたりゆうもんしようにオーク達の視線が吸い寄せられる。

「バハムートだんの紋章!? な、なんで王都の騎士がこんなちんけな村に!!」

 オーク達はおびえてさけんだ。まともな戦力もない村を略奪するだけだと思ったのだろうが、目の前にいるのはおう軍すら恐れるバハムート騎士団のせいえい、王都走竜騎士だ。

「ぎゃ!」

 オーク達がおどろいたすきを突き、『勇者』がオークのすねをり、その腕から抜け出す。

 俺の方へ走る『勇者』の顔に笑みがかんだ。

 俺は走竜ライデイングドレイクから降り、槍を置き剣を抜きながら、『勇者』である〝妹〟をかばうようにオーク達に立ちはだかる。

「うちの妹に手を出したんだ。かくはできてるよな?」

 俺は騎士の剣をオーク達に突きつけてそう言った。

 これが『勇者』の物語の最初の1ページ。

『勇者』は故郷の村をおそうオーク達を倒し、村人の脱出を成功させる。

 オーク達の正体は、魔王軍のせんけん隊だ。きんりんの村も次々に制圧されていくなか、『勇者』が中心となって人々を救い出し、集結した人々と反撃の狼煙のろしを上げたのだった。




第一章 俺は真の仲間じゃないらしい



 暗黒大陸を支配するふんの魔王タラクスンによる、アヴァロン大陸しんこうがはじまり3年。

 たった3年で4つの国がほろぼされ、大陸の半分は魔王の手に落ちた。

 もはや人間達にすべはないかに思われた……が、神は人を見捨てたりはしなかったのだ。

『勇者』誕生の預言。

 そして防衛戦力もほとんど無かった地方の部隊を指揮し魔王軍の先遣隊を撃退した少女。『勇者』ルーティ・ラグナソンは、『勇者』の加護というだれもが分かるしようを持って王都に現れる。

 王都をさわがす地下とうぞく団との戦いと和解や、古代エルフのせきねむる勇者のあかしの入手など様々なかつやくによって、国王も少女が伝説の『勇者』であることを確信する。

 そして『勇者』は人々のかんせいと祝福と共に、世界を救うために旅立ったのだ。


 *         *         *


 勇者の故郷からも、魔王軍との前線からも、遠くはなれた辺境の地ゾルタン。

 水源こそ豊富だが南洋からくるあらしの通り道で、北と東は『世界の果てのかべ』と呼ばれるとうの大山脈にはばまれる。また湿しつ帯が広がる土地は、交通の便も悪く開発はとして進んでいない。戦略的には何の価値もない土地だ。

 ゾルタンは豊富な水源、嵐によるせんはんらんで養分を補給され、水はけのい農耕地では種をくだけでもある程度作物が取れる。しかし本気で農業に取り組んでも嵐ですべてき飛ばされることも多く、ここの人々は自然とたいで努力をきらしようぶんが身についてしまった。

 中央で働く人なら誰もが恐れる怠惰の地ゾルタンへのせん。町々を食い物にする犯罪者ですら、ここではかせぎにならないと寄り付かない見捨てられた地。

 ここにくる旅人はとうぼうしやいんじやか変人だ。

 だが今の俺にとっては、こういう土地の方が合っていた。

「ヒヨス草3キロ、コクの葉2キロ、ホワイトベリーが1ふくろ……」

 ぼうけんしやギルドの収集品買い取り窓口で、俺は採取してきた薬草をカウンターにせる。

「いつもご苦労さまですレッドさん……合計で130ペリルですね」

 受付じようは手慣れた様子でテキパキと計量を済ませ、代金のペリル銀貨を俺にわたす。

「またよろしくお願いします」

 カウンターから離れた俺を見て、周囲の冒険者達はニヤニヤと笑った。

「ようレッド、また薬草採取かよ、たまにはゴブリン退治にでも行ったらどうだ?」

「悪いか。俺はこれが性にあってるんだ」

「だがよぅ、いい加減、その銅の剣はかっこ悪いぜ。はがねの剣くらい無きゃ冒険者としてずかしいだろ」

 俺はかたをすくめた。

 そりゃ鹿にされて良い気はしないが、あの時に比べればなんてことはない。

 この冒険者達も軽口をたたいているだけで本気ではないのだ、彼らだって楽ならいばかりを受ける怠惰なゾルタンだましいあふれる冒険者なのだから。

 なぜこのような場所で冒険者をやっているかというと……俺が薬草採り専門冒険者になる前の話だ。


 *         *         *


 昔、といっても1年もまだっていないのだが、俺は『勇者』のパーティーにいた。

 あのころの名前は、ギデオン・ラグナソン。

 何をかくそう、勇者ルーティ・ラグナソンは俺の妹なのだ。

 この世界で、人は生まれつき加護を持つ。その人が生きるべき道を示し、力をあたえるために神がさずけたものとされ、それゆえに加護と呼ばれていた。

 加護からは『戦士』や『魔法使い』といった加護の種類に応じたスキルという力を与えられる。俺は『導き手』という前例の無い加護だった。

 その力は、初期加護レベル+30。俺は生まれつきレベル31。

 王国この騎士クラスのレベルを持っていた。

 そりゃもうちやほやされた。実際6歳の頃からモンスター退治に出かけ、8歳の頃には騎士団にスカウトされた。そして17歳で副団長まで出世した。

 妹が勇者だとわかると、人類希望のそうよくなどと持てはやされたものだ。

 ルーティと共に辺境での戦いを終え、ルーティが王に勇者であると認められ、魔王を倒すため王都を旅立つ時には、当然のごとくそのまま俺もパーティーに加わった。

 少なくとも、あの時点では俺は勇者である妹より強かったし、王都で五指に入る騎士だった。勇者のパーティーに加わることを反対するものは誰もいなかった。

 ただ1人、同じくパーティーに加わった『けんじや』アレスを除いては。

 結局、アレスが正しかったのだ。

 俺の加護は『導き手』。『勇者』の旅立ちを守るための加護。

 勇者達のレベルが上がり、ほかの仲間が強力なスキルを身につけていくにつれ、『導き手』の問題点が明らかになる。

『勇者』の加護であれば勇者用のスキルが、『賢者』の加護であれば賢者用のスキルが、『戦士』などありふれた加護であっても戦士用のスキルが用意されているのだが、導き手用のスキルは存在しない。

 俺が選べるスキルは誰でも身につけられるコモンスキルのみだった。

 旅立ちの頃は強かった俺も、だいに仲間に追いつかれ、追いされ、パーティーのお荷物になっていった。

 俺の役割は、〝じよばんは未熟な『勇者』を助けるが、中盤で外れる仲間〟だったのだ。


 *         *         *


「君は真の仲間じゃない」


 魔王軍四天王の1人、土のデズモンドをげきとうの末倒し、領主のやかたで祝賀会を行っていた時、俺は仲間の賢者アレスに外に呼び出されてそう言われた。


「どういう意味だ?」

「真の仲間とは、自分の役割を果たし、ともに戦える仲間のことだ」

「俺がそうでないと?」

「自分でも分かっているんだろう? ハッキリ言えば、君は足手まといだ。今回の四天王、土のデズモンドとの戦いだって、君はなにをしていた?」

「……俺もけんで戦っていただろう」

「いいや、君の剣はデズモンドにまともなダメージを与えられていなかった。何より、デズモンドから君は無視されていただろう。はんこうげきに巻き込まれることはあっても、君をねらった攻撃は1度も無かった」

 確かにそうだ。俺はデズモンドから無視されていた。

「君はきようとみなされていなかったんだ。なのに君は、君を狙ったわけでもない範囲攻撃程度をけられずにいた。君が傷つけばルーティは君を助けようと回復させる。それだけでこちらは1手にしていた」

「……それは」

「君の存在はルーティのおもだ。ただの足手まといより、なお悪いと思わないか」

「俺だって少しでも役に立てるよう努力してるんだ」

「努力? 馬鹿なのか君は」

「なに!?」

「努力しているというのは成功した理由にはなっても、足手まといの言い訳にはならない。努力しているから足手まといでいることを許してくれだと? 自分勝手なやつめ! やはり君は真の仲間ではない!」

 何も反論できなかった。潮時かもしれない。そう思ってしまった。

 ずっと考えてきたことだ……今日がその時なのか。

「だが俺はバハムートだん副団長、足手まといだと言われて帰ってきましたでは騎士団のめいに傷がつく……」

「世界の危機を前に騎士団の名誉か、ふん」

「だから俺はこれから単独でおう軍の様子をさぐってくる……そしてもどってこなかった。そういうことにしてくれ」

「なるほど、いいだろう。口裏合わせはしてやりましょう」

「……助かる」

 俺はうつむきながら立ち去ろうとした。

「おい」

 それをアレスが呼び止める。

「装備は置いていきなさい、それは俺達が手に入れたものです」

「…………」

 俺はこしいた宝剣サンダーウェイカー、精神ぼうぎよの指輪、身かわしのコートなど装備をすべて外し、アレスからわずかな路銀と安物のどうつるぎを受け取り、立ち去る。

 だが未練があった。翌日、パーティーから離れる前にもう1度だけ妹の顔を見たくなった。お兄ちゃん、お兄ちゃん、と俺になついていた妹。

 もちろん、今は俺の方がずっと弱いのだが、それでも妹がこれからは1人でやっていくのかと思うと、心配だったし、それに……俺がいなくなることで取り乱しはしないかと……期待していた。

 だが……こっそり窓からのぞいた俺の目に飛び込んできたのは、アレスに肩をかれる妹の姿だった。

「なんだよ……そういうことか」

 もう俺は必要ない。それがハッキリと分かった。あいつの言うとおり、俺は真の仲間ではなかったのだ。ちくしよう、なんだかまたなみだがでてきたな。

 もうお前にお兄ちゃんは必要ないとは思うけど、それでもたまに思い出してくれるとうれしいな……とか情けないことをブツブツつぶやきながら、俺は朝のうちに町をけ出したのだった。

 それから俺は名前をレッドと変え、薬草採り専門のえないぼうけんしやとして、この見捨てられたゾルタンへと流れてきたのだ。


 *         *         *


「あんときはつらかったなぁ」

 1人になるとそりゃもう、男のくせにめそめそ泣いてしまった。

 パーティーを追い出されて、しばらくは何もやる気が起きず、たいざいした町の近くをさわがせていたとうぞく団をテキトーにたおしてお金をうばい、1ヶ月ほど慣れない酒にげ、飲んだくれていた。だがそのようなことをしては目立つ。

 もし俺の正体がバレてしまえばお世話になった団長や領主様にとんでもないめいわくがかかるだろう。そこで気合いを入れ直し、俺は冒険者レッドとして辺境ゾルタンまで旅をし、ここであたらしい夢を持つことにした。

「このゾルタンで薬屋を開業してゆうゆう自適にスローライフする! 俺には戦いの才能はないんだ、これからは平和に暮らす!」

 妹のことは心配だが、妹より弱い俺が心配しても仕方がない。

 俺はどうせ真の仲間じゃないのだから、魔王のことはあいつらに任せて、これからは自分のために生きることにする!

 そのためにも薬草採取のらいでお金をめつつ、季節ごとの薬草の分布を自分用の地図に書き込んでいった。


 *         *         *


 ……もしかしたら『導き手』に隠されたスーパーチートがあるかも? などと思うかもしれない。だが無い。無いのだ。

 加護が与えてくれるのは、初期スキルとレベルアップで解放される固有スキル。そしていつでも取れるコモンスキルだ。

『導き手』は初期スキルとして、〝初期加護レベル+30〟という、非常に強力なスキルがもらえる。加護レベル30といえば、いつぱん的な騎士の引退時のレベルだ。

 俺は最初から人生の大半を戦いについやす騎士がしようがいをかけてやっととうたつできるレベルを持っているというわけだ。だが固有スキルが存在しない。

 最初からある程度強いというのが能力だから、ゆいいつのスキルを応用しようにも拡大かいしやくの余地はない。

 スキルが無いので同じレベルの他人とくらべて数段弱いから、これ以上強くなるために敵を倒し加護レベルを上げてスキルポイントをめるのにも、他人なら倒せる敵が倒せず、加護レベルの低い相手を倒すことになり、非常に効率が悪い。

 よく考えたら、とんでもないぐう加護だった。

 まだ将来性がある分、『戦士』とか『魔法使い』とか、下級とされるありふれた加護の方がマシだったのかもしれない。

 心を真っ二つに折られた俺は、こうしてスローライフを目指してちまちまかせいでいるのだ。


 *         *         *


 今日も俺は薬草を採りに山へ入る。

 レベルだけは高い上、固有スキルが取れない分コモンスキルは色々そろえている。

 生存術サバイバルスキルによって、山歩きでもよっぽど深くまで入らないと道に迷ったりはしないし、つうに採れる薬草なら見分けがつく。

 しょせんはコモンスキルなので、あくまで普通に採れる範囲の薬草ならではあるけれど。

「止血消毒にはヒヨス草、毒消しにはコクの葉、ようきようそうりゆうじんたけ。希少なホワイトベリーはマジックポーションのしよくばいに」

 ふんふん♪ と、鼻歌を歌いながら日課の薬草採取に精を出す。

 水だけは豊富なゾルタンの山は、まさに自然の宝庫と言えるほど、薬草や果実が豊富だった。

「お、グリーンナッツだ。野営の時にでて食おう」

 基本的に薬草採取は1ぱく2日だ。移動で半日近くかかるため、日帰りではあまりに効率が悪い。旅をしていたから野営も手慣れたもの。薬草以外にも山菜や香草ハーブなどを見つけて、料理に使ったりもしている。

「しかし、山の中で野営するとづかれするのも確かだな」

 モンスターは火をおそれない。すずの付いたロープを気休めに張ると、俺は剣をまくらもとに置いてねむる。ここには大したモンスターはいないのだが、それでもみをおそわれて思わぬ怪我けがをする可能性だってある。

「あー、いっそ小屋でも作るか」

 どうせあらしこわれるからと、ここの住民は山小屋を作らないが、そんな立派なものじゃなくとも雨風をしのげ、モンスターにとっても壊すのにちと手間がかかるくらいの強度があればいい。

 今、俺は週に2回、薬草採取の仕事を行っているが、これを3泊4日の行程にしたほうがずっと楽になるはずだ。となると、山の中に長期滞在するための荷物置き場やきゆうけい所となる小屋が必要だ。

「まっ、それももう少しお金が貯まってからだな」

 未来設計を色々考えながら、俺は眠る。


 夜中、目がめた。遠くからじゆうしゆうと、大型生物の気配を感じたのだ。

 俺は音を立てないように剣をり寄せ気配をうかがう。

盗賊シーフ』や『狩人かりうど』の加護のように知覚に補正がかかる特別なスキルはないとはいえ、俺の知覚スキルのレベルは、これもほかに割りるスキルが無かったため高い。

 魔王軍せいえいのニンジャ部隊が相手では通用しないだろうが、山にむ野生のモンスターの気配を感じるには十分だ。

 すぐに近寄ってくる気配は無いようなので、俺はぶくろから抜け出すと、音を立てず木に登った。

 今夜の夜空にかかるのは、弓のようにするどい三日月。月明かりは十分ではなく、モンスターの姿は見えない。

 しばらく様子をうかがっていると、鈴の音が鳴った。

 そして大きなけものが暗がりから顔を出す。

「なんだ、アウルベアか」

 フクロウの顔にヒグマの身体からだを持つじゆうアウルベア。大体、レベル15程度のモンスター。世界中の森林に生息する魔獣で、たいていの場合森の生態系の頂点に君臨し、自由気ままに暮らす森の王だ。懐かしい、昔ルーティが森で迷子になった友達を探しに行ったのを追いかけた時、アウルベアと戦ったっけ。

 それが7歳のころ。今の俺なら問題なく倒せるが……。

けんしようきんがかかっているわけでもないし」

 俺はひらりと木の上から飛び降りた。動物や、知性の低い魔獣などのモンスターは、感覚で相手が自分より強大かどうかを判断できるらしい。

 アウルベアは俺と視線をわすと、ゆっくりと後ずさりをし、身をひるがえすとやみの中に走り去っていった。俺は追いかけることはせず、寝袋に入ってそのまま朝まで眠っていた。


 *         *         *


 翌日、薬草を集め終えて、町に戻ると何やら騒がしい。

 俺は門の衛兵に何があったのか聞いてみた。

「どうした?」

「おお、レッド、無事だったか」

「俺の方はいつもと同じだ。こっちは騒がしいみたいだけど何かあったのか?」

「ああ、アウルベアに冒険者が襲われたんだ。今とうばつ隊をしゆうしているところで、討伐が終わるまで山へは立入禁止になるだろう」

 あちゃー。あのアウルベアは、どこかの冒険者を襲った後だったのかもしれない。

「まじか、何日くらいかかりそうだ?」

「さあな、アウルベアなんて大物めつにでるもんじゃないし。エースのB級パーティーがでるか、それができなければ30人くらいの大動員になるか」

 冒険者はSからEの6段階にランク分けされている。

 このランクは個人ではなくパーティー毎に決められ、パーティーにへんこうがあると再評価の対象となる。基準としては、


 E:登録したばかりの新人

 D:モンスターのはいかいする野外で生き残ることができるパーティー

 C:村のきようとなる程度の危機を解決することができるパーティー

 B:町の脅威となる程度の危機を解決することができるパーティー

 A:複数の町にまたがる脅威を解決できる国家級パーティー

 S:大陸の危機、世界の危機に動員される伝説級パーティー


 基本的に、どの町の冒険者ギルドもB級パーティーが1~3組ざいせきし、彼らが頂点となってピラミッド状の構成をしている。Aランクがいるのは王都のような大きな町だろう。それに今は、そうしたすごうでは魔王軍との前線で活動している。

 なお今の俺はDランク。

 薬草採取ばかりやっているのだから仕方がないし、そもそもここでBランクとかになってしまうと、目立って本名がバレてしまうかもしれない。万が一にでもバレたら、恩人であるだんちように大きな迷惑がかかってしまうだろう。アウルベア退治は他の冒険者に任せる。

「こりゃしばらくは町で大人しくしているかな」

 ちょうど薬草採取を終えた時で良かった。

 俺は手持ちの薬草を買い取ってもらいに、冒険者ギルドへ向かった。


 *         *         *


 今回の収入は、およそ90ペリル。

 俺は住んでいる長屋タウンハウスの部屋にもどると、最近は草をることにしか使っていないどうつるぎの手入れを行い、山歩きで破れた旅人の服のしゆうぜんをする。

 修理スキルもそれなりに上げている。王都を旅立つ前、辺境での戦いの頃は役に立っていた。結局、魔法で直せるため、ちゆうから完全にいらない子になったスキルだが。

 しかし今は知り合いにリペアの魔法を使えるような魔法使いなんていないし、防具屋に修繕してもらうとお金がかかる。薬屋を目指してお金をめている俺からすれば、再評価しているスキルの1つだ。

 道具の整備を終えると、俺は食料庫の卵とジャガイモと山から持って帰ったグリーンナッツを使って、サラダとマッシュポテトを作って夕食にする。

 それが終われば共有の洗面所で身体をいてしゆうしんだ。

 ここはモンスターのしかばねが散乱する戦場や、じやりゆうかつする竜の巣や、あるいはごつかんの雪山といったごくでもない。小さくとも屋根とかべのある部屋。俺は心静かに目をつぶった。

 お金が貯まったら自宅けん薬屋を建て、裏にはじゆようの高い薬草を育てる庭園を作る。

 大きな成功もないが、命をける戦いも、神経をすり減らすいんぼうもない、そういう生活が、このゾルタンにはある。

 これが、勇者のパーティーを追い出された俺の第二の人生だった。


 *         *         *


 3日後には27人のぼうけんしやで構成される討伐隊が集まり、住民達からのおうえんを受けながら山へ向かっていった。その間、俺は川で魚をって売った。

 8ペリルの収入だった。1日1ペリルあれば、2食宿付きで生活をできることを考えれば3日で8ペリルはなかなかのもうけだ……が、薬屋開業に必要な資金は1730ペリル。

 少しずつ貯まりつつあるが、生活費や薬草採取のための保存食の準備や装備の維持費などを引いたら、現在一回の薬草採取での収入は30ペリル程度だ。

 このままでは半年くらいは薬草採取を続けなくてはならない。

「まっ、それもいいか」

 別に急ぐ理由があるわけでもないのだ。命の危険もないし、ゆっくりやっていけばいい。

 俺はベッドに横たわると、貸本屋から借りてきた本を読みながら、ダラダラと過ごしていた。

 長屋タウンハウスうすげんかんとびらたたく音が聞こえたのは、昼過ぎのことだった。

「はいはーい」

 俺は本にしおりをはさんで置くと、銅の剣をこしのベルトに差してから玄関に向かった。けんを準備してしまうのは前の旅の名残なごりだ。

 あの頃は寝込みを襲われることが何度も有った。すぐに武装できる状態にしておかないと安心して眠れない。おかげで今も眠るときは近くに武器がないと落ち着かないし、来客があったときは腰に武器をたずさえておかないとかんを感じてしまう。

 スローライフのためには、このくせは直さなくてはならないとは思うのだけど……。

「どなたですか?」

 俺が扉を開けると、そこには冒険者ギルドの職員メグリアと、その少し後ろに派手なそうしよくほどこされたよろいを着た男とその仲間達がいた。

「レッドさん、お休みの所申し訳ありません」

「メグリアさん、どうしたの? それにアルベールまで」

 俺の言葉にアルベール……鎧を着た男はぴくりとまゆを動かす。

「さんをつけろよDランク」

 アルベールはこの町に2人しかいないBランク冒険者の1人。Aランク以上はいないのと、もう1人のBランクである冒険者リットはソロ専門の冒険者であるため、アルベールのパーティーが冒険者ギルドのエースとして見られている。

「……アルベールさんね。で、何か用?」

 アルベールが俺に近づいてきて、にこやかに笑うと俺のかたを叩いた。

「君のことは話には聞いている。薬草採取専門で山のことはだれよりもくわしいんだろう?」

「まぁそれなりには」

「これから俺のパーティーはアウルベアの討伐に向かう。本来俺達が出るような相手ではないのだろうが、討伐隊が失敗したのなら仕方がない」

 あらら、討伐隊は敗走したのか。あの人数なら勝てない相手ではないはずだが、山で分散してしまったところを各個げきされたか。

 俺が初めて知ったという顔をしたことに気がついたのか、アルベールは見下すような笑いをかべた。

「まさか知らなかったのか。そりゃ君のような者からすればアウルベア討伐なんて雲の上の話かもしれない。だが、君にとって山は生活ばんのはずだろう? 少しは気にした方がいいと思うがね。そんな意識だから万年Dランクなのだと、俺は思うが」

 なにこの人、いきなり説教はじめたよ。

 俺はテキトーにあいづちをうちながら、はよ本題を話せとギルド職員に目配せする。

「アルベールさん、そろそろ」

「そうだったな、時間は有限だ」

 アルベールの仲間達もうなずいた。このパーティーはアルベールのワンマンパーティーだ。アルベールだけがとつしゆつしてレベルが高く、ほかはBランクの水準ではない。

 パーティーの冒険者達はアルベールの許しがなければ発言することすらまれだ。

「さっきも言った通り、俺達はアウルベアの討伐に向かう。だが俺達は薬草採取の仕事なんてほとんどやったことがない。山については詳しくないんだ」

「なるほど、案内が欲しいのか」

「もちろん、われわれだけでも討伐は容易たやすい。だが、アウルベアごときのために何日も時間はかけたくないんだ。君の案内で手早く済むならそれでいい」

「俺はDランクだぜ? 討伐に失敗した冒険者の中から良さそうなのに声をかけたほうがいいんじゃないか?」

 アルベールはさげすんだような表情を見せる。

「はっ、君にとってはチャンスだろ。君はただ案内をするだけで実績が積める。Cランクへのしようかくだって可能性がある。一体何をおじづいているんだ」

 なるほど、他のやつらには断られたのか。俺はアルベールの不満げな様子を見て察した。おそらく、アルベール達がアウルベアをたおせるか、倒せるとしても案内した冒険者に危険がおよばないかどうかを疑問視されているのだろう。

 アウルベア程度でここまであなどられるBランク冒険者というのもめずらしいのだが……アルベールは中央で通用せずゾルタンに流れてきた冒険者だ。

 Bランク冒険者が欲しかったゾルタンのギルドが、無理やりアルベールにBランクにんていをだしているというのは、ゾルタンでは公然の秘密というやつだった。

「悪いが俺も断るよ」

「なぜだ!? Cランクになれば受けられるらいはばも広がるぞ! 周りから少しは尊敬だってされるようになる! お前だって周りから鹿にされたままなんていやだろ!?」

「俺はCランクに興味はない。それに俺の夢は薬屋を開いてへいへいぼんぼんに暮らすことでね」

「くっ、もういい!!」

 アルベールは大声でると、俺をにらみつけ肩をいからせ立ち去った。仲間達もあわててその後を追っていく。残されたメグリアは、困ったようにうなだれた。

わたくしどもとしてもレッドさんが依頼を受けてくれると安心だったのですが。Cランク昇格をお約束してもいいですよ」

「悪いね、本当に昇格に興味が無いんだ」

「ならば仕方がありませんね、では私もこれで」

「うん、それじゃあ」

 ペコリと頭を下げ、メグリアもアルベールの後を追って去っていく。

 その後ろ姿を見送ってから、俺は家の中へと引っ込んだ。


 *         *         *


 ガンガンと音を立て、再び玄関の薄い扉が叩かれたのは夕暮れ時の事だった。

「レッド! 俺だ! ゴンズだ!」

「あー、大工のゴンズね、すぐにでるからそんな強く叩かないでくれ、扉がこわれる」

 声の調子から、なにやらひどく慌てていることが伝わってきた。

 俺は帯剣だけしてすぐに扉を開ける。

「どうした?」

 外にいたのはとがった耳をしたハーフエルフの大工であるゴンズだ。

 エルフのとくちよういろく残すシャープで美形な顔立ちにもかかわらず、ゾルタン大工のごうかいな性格と技術を受けいでいる。このアンバランスさがある意味ハーフエルフらしい男だ。

「休んでる所すまねぇ、うちの妹んとこのぼうが熱出しちまって。医者が言うにははくがんびようらしいんだ」

「タンタが白眼病!? 今はどんな容態だ!?」

「ええっと、今はただ熱が出て倒れただけだ」

「フェーズ2か、分かった、すぐに行く!」


 薬屋開業を目指すために、怪我けがや病気、毒に関する知識はそれなりに勉強している。

 白眼病は、その名の通り、黒目の部分が白くにごる病気だ。

 鳥がかんせん経路で、卵にびようげんきんが付着し、そのせんされた卵を食べることで感染する。

 熱で除去できるのだが、熱にもある程度たいせいを持ち、生焼けだと危険だ。

 この病気がおそれられている理由は、しようじようが現れたあと数日で完全に失明してしまうことにある。最初に高熱が出るので、それから36時間以内にりよう薬をとうすることが必要だ。

 もちろん、高レベルの加護を持つ『そうりよ』や『治療師』のほうがあればそれでも回復できるが……。辺境のゾルタンの町でそれができるのはたった1人、先代市長のミストーム師だけだが、彼女はろうれいのため市長を引退し、今はどこかでひっそりと余生を送っているそうで、誰も居場所を知らない。

 ゴンズの家のとなりに、彼の妹ふうが暮らしている。タンタはそこの息子むすこだ。

 大きくはないが日当たりも良く、赤い屋根にはかざどりが、緑の庭には小さなノームの置物があり、家のふんを豊かなものにしている。

 妹のために愛情を込めてゴンズが作ったことが伝わってくるい家だと、俺は感じた。

「ナオ!」

「ゴンズ兄ちゃん!」

 妹のナオも、はだが白く美しい顔立ちをしたハーフエルフだ。

 だがゴンズと同じように、かつぽうを着て子供を育てる下町生まれ下町育ちの母親である。

 ナオの夫であるミドは人間だ。引退した元冒険者で、今はゴンズといつしよに大工をしている。ゴンズほど器用ではないようで、ゴンズからよくしかられているが、ミドは計算が速く、おおざつなところがあるゴンズの足りない部分をよくフォローしている。

 ゴンズも本人がいないところでは、頭がいいやつだとよくめていた。目の前でも褒めてやればいいと思っているんだが、それはできないらしい。

 今は2人とも息子が白眼病を発症したことで、ごろの明るさはなくしようすいしきっている。

「兄ちゃん、どうしよう、薬ないって……」

だいじようだ、レッドにたのむから。こいつは薬草を採らせたらゾルタン1の冒険者なんだ」

 つうの冒険者ならおこり出す所だが、俺にとってはなおな褒め言葉だ。

 しかし、今はそんなことを考えている場合じゃない。

「タンタの容態は?」

「奥で先生に見てもらってるの、でも薬がないとこれ以上手の施しようがないって」

「分かった、入らせてもらうぞ」

 奥の寝室には、高熱で苦しそうにあえいでいる男の子……タンタの姿があった。

 そばでは医者のニューマンが難しい顔でタンタの容態を観察している。

「先生」

「おお、君がぼうけんしやレッド君か。よく来てくれた」

「白眼病と聞いたが」

「ああ、ちがいない」

 俺は一言断ってから、タンタの目、リンパの様子、こうこうの様子を見る。

こうさいに白い濁り、無数のこうないえん、首、わきのリンパのれ、白眼病の初期症状だな」

「冒険者とは思えない知識だな」

 ニューマンはうすくなった頭に浮かんだあせをタオルできながら言う。

「発熱してからどれくらい時間が?」

「昼頃からけんたいかんを感じていたらしい。倒れたのは3時ごろだ」

明日あしたの夕方までには薬を投与しないとまずそうだな」

「それが問題でな。薬がないんだ」

 白眼病の治療薬はコクの葉とブラッドニードルと呼ばれるトゲ状のきのこが原料のはずだ。コクの葉は冬を除けば1年中採取できるが、ブラッドニードルは春から夏のちゆうじゆんにかけての間しか採取できない。

 今は春なので、ちょうど採取の時期になる。

「先月からゴブリン熱や白眼病が流行はやっていてな。町の3つのしんりようじよではどこも治療薬が足りてないんだ」

「コクの葉はあるだろうけどブラッドニードルか、もうそろそろ生えているとは思うけど……」

 薬草の在庫を管理しているのは冒険者ギルドだ。本来ならば不足しているブラッドニードルを優先して集めるように依頼をかけるべきなのだろうが……。

「あそこのギルドは認可に時間かかるからなぁ」

 在庫の不足がてきされ、担当者が上司に報告し、上司が在庫を確かめ、担当者が書類を書き、上司が書類を受け取って幹部に承認をもらい、それらの書類がそろってから担当者が依頼を出すための書類を書き、その書類を上司が確認し……。

「ゾルタンの冒険者ギルドはお役所仕事だよ」

 ニューマンはじゆうめんでそう言った。とにかく今、薬の原料の在庫がないというのが現状だ。

 タンタの症状からしても、明日の日が落ちる前には薬を投与しなくてはならない。調合の時間を考えれば、明日の昼にはブラッドニードルをニューマンのもとに届けなくてはならないだろう。

「頼むレッド! 山が今やばいのは分かっている。だけどたよれるのはお前さんしかいないんだ! 薬草を採ってきてくれないか、もちろん、ほうしゆうは言い値ではらう! 何年かかってでも絶対に払うから!」

 そこまで言うと、ゴンズは土下座の姿勢となり勢い良く額をゆかにつけた。

「この通りだ! こいつには大工の才能がある! こんなところで夢を失うなんて絶対に認められねぇ!」

 ゴンズには子供がいない。ゴンズの妻は、俺がこの町に来る前に病気でくなり、以来ゴンズは後妻をむかえることなく独り身をつらぬいている。

 そのため、妹の息子であるタンタを可愛かわいがっており、事あるごとに俺のあとを継ぐのはこいつだと、10歳にも満たない少年に期待をかけているくらいだ。タンタもゴンズによくなつき、ゴンズの仕事場を遊び場に育ち、将来はゴンズのようになると公言していた。

 だが……。

「危険なのもそうだが、山は現在立入禁止だ。冒険者であってもアウルベアがとうばつされるまで入山はできない。これを破れば、最悪冒険者ギルドから除名もありえるんだ」

「そ、それはそうだが、他に薬を手に入れられるアテはないんだ」

 ナオとミドの夫婦もゴンズの隣で額を床に押し付け、頼み込んでいる。

 ……今、山ではアルベール達がアウルベアをたんさくしているはずだ。

 見つかっていなければ野営をしているだろうが、もしアウルベアが見つかっていれば夜通し追いかけ回すことも考えられる。広い山とはいえ、アルベール達は探索の達人である冒険者達だ。わずかなこんせきからでも山にいる俺の気配を感じ取られる可能性はある。

 冒険者ギルドにけ合うか? 無理だろう。俺にそこまでの信用はない。

「レッド兄ちゃん、来てたの?」

 目を覚ましたタンタが弱々しく声を出した。

 高熱でエルフの血のあかしである尖った耳の先まで赤くなったタンタは、俺を見て笑った。

「ごめんね、ちょっと風邪かぜ引いちゃった。でも治ったらまた相談にのってやるからさ」

 相談と聞いてゴンズ達が俺を見た。それは……大したことではないのだが。

「ああそうだな。俺の薬屋はタンタが建ててくれる約束だもんな、良くなったらまた頼む」

 遊んでいたタンタとわした他愛もない会話。

 薬屋を建てるとしたら、どんな間取りにするか、どこに建てるのがいいか、そういった話を、俺はタンタとよくしていた。そこでタンタは「レッド兄ちゃんのお店は、オレが大工になったら作ってやるから」と約束してくれたわけだ。

 まぁそうだな。

 最初からどうするかは決まっているんだ。だって約束してるんだから仕方がない。俺のかがやかしいスローライフには、ささやかでも素敵なお店が必要なのだから。

「今、山に行くことは冒険者ギルドから禁じられている……」

「だ、だめか?」

「だから今回の仕事は冒険者レッドではなく、友人としてこなす。内密にな?」

「レッド!」

「すぐにもどる、それまでタンタを頼むぞ先生」

「できる限りのことはする。だが調合には1時間はかかる」

「1時間でできるなら十分ありがたい。俺なら3時間かかる」

〝高速調合〟が使えるのは医療職系かれんきんじゆつ系、または『くす』の加護か。

 俺にはできない。


 *         *         *


 今回は山に長居する気はない。俺はみずぶくろに水だけめ、どうつるぎこしに差し、町の外へ出る。こうがいへ走り、それからあたりをわたす。

「さて、だれも見ていないな」

 最後に本気で走ったのはいつだろうか。

「快速マスタリー:らいこうごとあし、持久力マスタリー:ろう完全耐性」

 コモンスキルでもスキルレベルを11まで上げるともらえるマスタリー能力はそれなりに強い。コモンスキルをそこまできたえる人はめずらしいため知られてはいないが。

〝雷光の如き脚〟は、移動速度が10倍になり、しつそう中、他人には俺の姿がぼんやりとしたかげにしか見えなくなる。

〝疲労完全耐性〟は、肉体的に疲労することがなくなる。てつしようがどんな重労働に従事しようが、そして1日中全力疾走しようがだ。疲労以外のえいきようは受けるので、何日もないで済むというわけではなくすいみん自体は必要なのだが、有用なのは間違いない。

 力を込めて1歩をみ出す。続けて1歩、また1歩。

 身体からだはどんどん加速し、景色は緑の線となって置いて行かれた。

 最高速度に達したあとは、1キロメートルを30秒でける。時速にかんさんすればおよそ120㎞/h。魔法のえんがあればもっと速く走れるが、自力ではこれが限界だ。

 この速度は100歳をえるアダルトドラゴンのしよう速度にひつてきする。

 俺は夕日の最後の光が夜に飲まれていく中、山へ向かって走り続けた。

 山へとうちやくするのにかかった時間は約30分程度。

 ボロくても道のあるかいどうでなら全力疾走もできるが、木々のしげる山の中ではそうはいかない。ここからは通常の速度で進まなくては。

 地図を取り出し、ルートを考える。

 余計な時間は使いたくないが、アルベール達が通る可能性のあるルートはけたい。

 となるとこのルートがいいか。山の中でも太陽の当たる面であり、強い日差しを好まないアウルベアの性質上、このルートは特別な理由でもない限り避けるはず。

 つまりは必然的にアルベール達もこのルートは後回しにする。

「よし」

 ルートを決めたらあとは進むだけだ。


 *         *         *


 そのにおいに気がついたとき、俺は久しぶりにあせりを感じ、奥歯をめながら走り出した。

ちくしよう!」

 ブラッドニードルの群生地はほのおに包まれていた。

 スキルで強化されたちようかくには、遠くで戦うアルベールのパーティーのせいが聞こえる。

「あいつら火のほうを使いやがったな!」

 アウルベアと戦うときに、アルベール達は火の魔法を使ったのだ。

 火の魔法はりよくが高く、確かにアウルベアのような打たれ強い大型じゆうと戦うときは定石だろう。

 だがブラッドニードルが寄生する、この針葉樹の木々はまきにも適した木だ。燃えやすい。

 さらに風の強い春のこの時期は、山の中で火の魔法を使うことは危険。

 もし、ここにいるのが俺でなければ、ルーティでもアレスでも、あのパーティーの誰かなら、固有スキルなり魔法なりで、この火を消し、火災を止める事ができただろう。だが俺には何もできない。えんしようしてしまった火を消す方法を、俺は何一つ持たない。

「くそっ! くそぉぉぉ!!」

 俺は持ってきた水袋を銅の剣で切りき、中身の水を頭からかぶる。

 この場で俺にできることは、ブラッドニードルを1つでも多く採取することしかなかった。ゴブリン熱の時期は終わるが、これからはくがんびようせきぜつびようといっためい的な病気や、ふるえ熱病のような空気かんせんして大流行するおそれのある病気の時期になる。夏のゾルタンにブラッドニードルは欠かせない薬草だ。それが燃えていく。

 じゆように対して、ブラッドニードルが群生できる場所は少ない。ゾルタンではこの山だけだ。

 俺は炎とけむりの中を走り、ブラッドニードルを採取していく。煙がのどを焼き、熱が肺をがす。疲労完全たいせいも煙には効果がなく酸欠と火傷やけどが俺の身体をさいなんだ。

 だがまだ動ける。俺の加護はレベルだけは高いんだ。固有スキルはなくとも、打たれ強さだけはレベル相応なものがある。だからえられる。

 しかし、限界はある。周囲は炎に包まれ、呼吸すらままならなくなり俺はちつそくを始める。

 酸欠で頭が重くなり、五感がにぶくなる。

 がさりと音がした。

 目の前に傷だらけのアウルベアが立っている。アルベールのやつ、取りがしたのか。

 手負いできようらんしたアウルベアは、とうそう本能のまま両手のつめり上げた。俺は銅の剣のつかに手をかける。熱せられた柄が、じゅうと音を立てて俺のてのひらを焼いた。

 アウルベアがほうこうをあげた。りよううでが俺を引き裂こうと振り下ろされる。

 俺は銅の剣を引き抜きながらアウルベアの横腹からかたぐちへとり上げた。


 *         *         *


「アルベールさん、こっちです!」

盗賊シーフ』の加護を持つキャンベルという仲間の追跡によって、すぐにアルベール達は炎の中にたおれるアウルベアのもとにたどり着いた。彼らは魔法によって熱耐性とかんきよう耐性をされている。煙も熱も彼らを傷つけはしない。

「さすがBランク! 手伝ったんだから報酬期待してますぜ」

 そうさけぶのは『火術士』のディル。ねこで、ほおげ、不健康そうなはだをした男だ。

 彼はレッドの代わりに、アルベールがかろうじて見つけた案内人のぼうけんしやだった。

 この男について、アルベールはギルド職員のメグリアから、仲間を置いて逃げたこともある、あまり評判のよくない男だと聞いていたが、ほかに人もいなかったため、仕方なく案内を任せることにした。だが、この男のいい加減な案内のおかげで、アルベール達は夜おそくまで山の中を歩くことになってしまったのだ。

 アウルベアは動かないが、ディルはアウルベアには近寄ろうとしない。万が一、生きていれば引き裂かれるからだ。

 アルベールがアウルベアに近づき、その前足を切り取った。これがとうばつの証明となる。

「やりましたね!」

「……この傷」

「どうしました?」

「いや、なんでもない。魔法の効果が切れる前にはなれるぞ」

 アルベールの言葉に、『盗賊シーフ』のキャンベルはもろを挙げて賛成した。

「そうですね、耐性魔法があっても熱いし、息苦しい」

盗賊シーフ』のに対して、『そうりよ』の加護を持つ女性がまゆをひそめた。

「仕方ないでしょう、本来人間が耐えられないほどの環境なのよ。その程度の苦痛で済むだけありがたく思ってください」

「分かってるよ、死ぬよりはずっと楽だ」

 耐性付与魔法の効果は10分程度。この炎の中で魔法が切れれば、アルベール達でもすぐに倒れる。アルベール達は駆け足でその場を離れていった。


 *         *         *


「お、おい、レッド、だいじようか!?」

 俺が出ていってから6時間はっていない。ねむる人も多い時間だが、タンタの看病のため、全員がまだ起きていた。

 その中に、全身を黒いすすでよごした俺が倒れるように駆け込んだ。

「ニューマン先生、ブラッドニードルだ」

「なに!? こんな短時間でどうやって、いやそれよりひどい火傷じゃないか、一体君に何が……」

「今年のゾルタンで採れるブラッドニードルはそれで全部……くわしい話は後で。それより今は薬を」

「そうだな、分かった。すぐに取りかる」

 ニューマンはブラッドニードルの入ったふくろを受け取ると、自分のしんりようじよに帰っていった。調合作業を行うためだ。

「レッド、大丈夫か! 今、火傷の薬を……」

「薬草採りに薬を出してどうする。大丈夫、見た目ほど傷は大したものじゃない。家で身体を洗ってくるよ。すぐにもどる」

「お、おいレッド!」

 肉体的なつかれはない。だが全力を出すとやはり実感してしまう。井戸で頭から水を浴び、った身体を冷やす。窓しに夜空を見上げれば欠けた月がかんでいた。

 全力を出しても、俺は袋1ぱいのブラッドニードルを集めることしかできなかった。

 加護の限界。コモンスキルを極限まで鍛えようが、固有スキル無しでできることは限られている。

「追い出されて当然か……」

 全力を出した結果がこれでは、世界を救うなんて到底できるわけがないじゃないか。


 *         *         *


 俺は家に帰って火傷のひどい場所にだけ湿しつを当てて包帯を巻くと、ナオの家に戻った。

「3人ともずっと看病していて疲れただろ? あとは先生が来るまであせいたり、水を飲ませたりするだけだ。代わるよ」

 俺がそう言いながら部屋に入ると、3人はおどろいた様子だった。

「ふ、ふざけるなよ! お前こそ休めよ!」

 ゴンズは怒鳴ると俺をとなりの部屋へ連れ出した。そこにはそくせきで作ったのだろう、スープとサンドイッチ、うすめたワインが置かれていた。

「食え、妹がさっき作ったんだ」

「おいおい、今はタンタの看病が優先だろ」

「いいから食えよ」

「分かったよ、じゃ、ありがたくいただくぞ」

 仕方なしに俺は座って食事を始める。その俺の様子をゴンズはじっと見つめていた。

「なんだよ、こんなところで油売ってないでタンタのところへ行けよ」

「こんなボロボロになるなんて聞いてないぞ」

「アルベール達とアウルベアの戦いの余波で山火事があったんだよ。それであわててブラッドニードルをき集めてたってわけだ。白眼病はこれから増えるだろうし、他の薬にも必要だからな。こう言うのもなんだが、タンタが病気になったタイミングは良かった。明日あしたになればブラッドニードルは全部焼けちまっていただろうな」

「……すまねぇ、お前さんがこんなになるまで薬草を採りに行ってくれたのに、俺ぁ家でのうのうとしていただけだ」

「気にするな。それが冒険者の仕事だよ。それに……ほうしゆうかくしとけよ」

「お、おぅ! 男に二言はねぇ! 一生かかってだってはらってやる!」

 ゴンズはニカッとみを浮かべた。


 *         *         *


 タンタに薬を処方すると、目のはくだくじきに消えた。

 完全に治るまでには1週間の安静と薬を飲み続ける事が必要だが、こうしようは残らずに済むだろう。もう大丈夫だと、ニューマンはかばんに器材をめて家に帰る準備をはじめた。

「先生、ありがとうございます!」

 ゴンズとナオとミドが頭を下げる。ニューマンはいやいやと手を振った。

「薬が早く手に入ったのが良かった。視力の低下もないはずだ。レッド君のおかげだ。ああ、診察代は結構だよ、その分はレッド君の報酬に回してくれ。貴重となったブラッドニードル、他の診療所の医者とも相談して大切に使わせてもらうからね」

 俺から事情を聞いたニューマンは、ブラッドニードルを集めてきたことに俺の両手を取って礼を言ってくれた。薬草代を払うとも言ってくれたが、それは断った。

 冒険者が採取したものは冒険者ギルドに買い取りに出さなければならない。直接売買するのは禁止されている。売買するためには別の許可が必要なのだ。ここでニューマンに薬草を売ったら密売になってしまう。じようするのが一番安全だ。

「俺が夢をかなえたら、先生にもお世話になるからな」

「薬屋か。君のようなゆうしゆうな冒険者が薬屋をやってくれるのなら、ゾルタンの医者全員が喜ぶだろう。薬屋を開くときはぜひ知らせてくれ、色々たのませてもらうよ」

「そのときはよろしく」

 薬屋にとって医者はお得意様となる。

 ここで恩を売って名前をおぼえてもらうことは損にならないはずだ。

 ニューマンはもう一度俺の手を取り、力強くあくしゆをすると、自分の家へ帰っていった。

 ニューマンを見送った後、ゴンズ達は俺にも頭を下げる。

「本当に助かった、もう一度あらためてお礼を言わせてくれ」

「じゃ、忘れられないうちに報酬の話をしようか」

「お、おう! えんりよなんてするんじゃねーぞ!」

「ああ遠慮なんてしない。俺が一番欲しいものを遠慮なくもらうからな」

 きんちようした様子のゴンズ達に、俺は報酬の内容を告げる。

 最初、驚いたゴンズだったが、すぐに満面の笑みになった。


 *         *         *


 俺はベンチに座り、屋台で買ったサツマイモスイートポテトのフライを食べながら、セレモニーを遠目にながめていた。たいでは豊かなヒゲをたくわえた市長のトーネドが、アルベールに感謝の言葉とそうけんくんしようじゆしている。

 おう軍との戦いが各地で激化しているなか、アウルベア1頭たおすだけで双剣勲章ものとは。武勲をたたえる双剣勲章が、逆にこのゾルタンの平和さをしようちようしているようで、俺は笑った。アルベールが双剣勲章を首にかけると、住民からのかんせいが上がった。

「ちっ、なんでい、山火事起こしやがったくせに」

「ゴンズか、こんなところで何してるんだ。いつもは祭りになると真っ先に仕事を休むお前が、今日は休まないって言ってたのに」

鹿ろう、あんなやつのための祭りで仕事休めるかってんだ。今は昼メシ食いに来たんだよ」

 ゴンズの手には、サンドイッチとげ物などが色々入ったバスケットがにぎられていた。

 ゴンズは俺の隣に座ると、白身魚のフライをバスケットから取り出し食べ始める。

「俺からしたらレッド、お前さんの方があいつよりずっと立派ですげえやつだ」

「おう、じゃあそれもらうぞ」

 俺はゴンズのバスケットからソーセージを1本き取ると食べた。ゴンズはおこった顔をした後、大きな口をあけて笑った。

 俺達はしばらく2人でアルベールのセレモニーを見物する。

「アルベールはアルベールで町のために精一杯やっている」

「あん? あいつがか?」

 中央気風のままであるアルベールは、ゴンズのような下町の連中からウケが悪い。

 何枚も重ね着をする王都で流行はやっている礼服も、ゾルタン人からしたら暑苦しくってうざったいという評価だ。だが市長やゆう層には中央風を喜ぶ気風があるので、上流階級からはウケがい。アルベールがああいった格好や言動をしているのも、上流階級への印象を良くするためにあえてやっているのかもしれない。

「まっ、ただ単に辺境にめないだけかもしれないがな」

「何の話だ?」

「アルベールの話さ。そう悪く言うな。中央から流れてきて、アウルベアにも苦戦するパーティーでBランク冒険者やってるんだ。プレッシャーも相当だろう」

「そういうもんかね」

「それでもなんとかやっている。別にあいつも焼きたくて山を焼いたわけじゃないさ」

「レッドがそれでいいんなら、いいけどよう」

 ゴンズは不満そうに言った。評価されるべきは俺……レッドのはずだと言ってくれるのだが、ひっそりと暮らしたい俺にとっては必要のないものなんだ。

 アルベールがだんじようから降りたのを見届けると、俺はゴンズのかたたたいて別れのあいさつをした。

 明日からまた薬草を採りに行く。それに山火事の報告だけギルドにあげているが、どれくらい焼けたのかちゃんと調べておかないといけない。

 薬屋をやるなら、だれよりも早く残った薬草の位置をあくしなければ。

 俺のゾルタンでの夢は実現しようとしているのだから。


 *         *         *


「あの傷……」

 セレモニーのあと、有力者達との会食を終えてようやく1人になったアルベールは、倒れたアウルベアの姿を思い出していた。

「あれは俺がつけた傷じゃない……俺の剣では、あのような傷はつかない」

 わきばらから肩口にかけてり上げられていた傷。あれは、なにか切れ味のにぶもので無理やり斬ったような傷だった。

「例えば、どうつるぎ

 アルベールののうに案内を頼もうとしたDランクぼうけんしやの姿がよぎった。

 あいつのこしにあったのは……確か銅の剣。

「まさかな」

 アルベールは首をった。大体あの場に、あいつがいるわけがないじゃないか。アルベールは口の中でそうつぶやいた。


 *         *         *


 それから、4ヶ月と2日後。こよみの上では秋がそろそろなのだが、ゾルタンではまだまだ気温の下がらない夏の日々が続く。山も他所よそで流行っている秋のよそおいなんて興味ないとでも言うように、青々とした緑の姿を見せびらかしていた。

 山火事の現場はすでに植物達がおおくし、黒い炭はもう見えない。

 俺は町の中央から少し外れた区画にやってきた。

 ここは住宅街と職人街の間に位置している。住宅街にある俺の住んでいた長屋タウンハウスからは歩いて10分くらいだろうか。もちろん、いつぱん人の速度でだ。

「やっと来やがったか」

「レッド兄ちゃん! おそいよ!」

 ゴンズとタンタが手を振っている。2人共、れいな礼服を着ていた。

 俺も久しぶりに貸服屋から借りた礼服にそでを通していた。昔は妹といつしよに貴族や王族と会合することも多かったので、礼服を着ることもあったのだが、パーティーを抜けてからは初めてだ。

 2人の背後には真新しい建物がある。そこまで大きくはないが、しっかりとした造りで、見ていて安心できるような気がする建物だ。正面入り口には、看板がかけられていた。

『レッド薬草店』

 これが俺がゴンズに要求した報酬。材料費は俺が支払ったが、工費は全部タダ。これならあの時の貯金で足りた。

 そして今日は、無事建物が完成したことを祝うための集まりというわけだ。

「みんな料理を前にして待ってるんだから、早く早く」

「おう」

 看板を見上げてかんきわまっていた俺の手をタンタが引っ張った。

 中ではゴンズの仲間の大工職人や冒険者ギルドの職員、医者のニューマン、ほかにもゾルタンで仲の良い人々が20人くらい集まって俺を待っていた。

「お、主役が来たな」

「レッドさんもすっかりゾルタン時間に慣れちゃいましたね」

 開店のために薬の仕分けをやっていたら、思ったより時間がってしまっていたのだ。中央なら主役がおくれるのは何事だと問題になるところだが、ここゾルタンではただの笑い話で済む。

 俺は頭をきながら、集まってくれた人にお礼を言って、食事会を開始した。

「今日の飯は母ちゃん達が作ったんだよ!」

 タンタは母親の作った料理を、まるで自分のがらのようにまんしている。美味おいしいと言うと、「だろ!」とうれしそうに笑った。

 タンタにはくがんびようの後遺症は何も残らなかった。キラキラとかがやく少年らしいひとみのまま、前のように明るく笑いながらゴンズや父親の手伝いをしている。

 ニューマンは、早期に薬を使えたのが良かったと俺にあらためて感謝の言葉を伝えてくれた。

「注文票を送ったと思うのだが、受け取ってくれたかな?」

「ああ、明日あしたの夕方、さつそく配達に行かせてもらうよ」

 お客第1号はニューマン。足りない薬草は定期的に注文すると約束してくれた。

 商人ギルドに店を登録した時にもくちえをしてくれ、商人ギルドから開業資金を借りると、その利子と初年度のギルド会費がそうさいされることも教えてくれた。

 工費がかからなかったとはいえ、貯金は材料費でほとんど持っていかれていたので良かった。初年度のギルド会費がはらえず営業権はくだつということもこれで心配ない。

 最初の1歩としては上々だ。

「おーい、なんかほうとか無いのか?」

 ゴンズが俺を呼んだ。抱負か……急に言われてもなぁ。

 だが全員が俺に注目している、何か言わないわけにはいかないだろう。

「えー、そうだな……」

 考えをまとめようとしたが、めた。

 そういう、カッコをつけることはもうしない。俺はもうでも勇者の仲間でもないんだ。

「みんなのおかげで夢が叶った、ありがとう。でも無理はせず、楽しく薬屋やっていこうと思う。特に今日みたいに暑い日は、冷たいお茶とか飲みながらみんなと雑談でもしたい。だから、遠慮なく遊びに来てくれ」

 みんな、笑いながらも盛大なはくしゆをしてくれた。


 こうして、ゾルタンでの薬屋スローライフが始まったのだった。




第二章 勇者の仲間にならなかったおひめさま



 勇者ルーティが2人目の四天王・風のガンドールと彼の居城である天空城をこうりやくしたという知らせは、このゾルタンにも届いていた。

 無数のワイヴァーン騎兵を従えるガンドールの航空戦力は、少なくとも5倍の兵力でなければ太刀たちちできないとまで言われるほどの最強戦力だったが、これで魔王軍も弱体化をまぬがれないだろう。

がんってるなぁルーティのやつ」

 辺境のゾルタンでは魔王軍のきようは遠い世界のことのように感じる。ゾルタンの人達も連合軍の勝利に喜んではいるようだが、脅威が遠のいたというより、祭り的な喜び方のようだ。

 カランと音がして俺は思考を中断する。とびらに付けたベルの音だ。

「いらっしゃ……なんだ、ゴンズとタンタか」

「おう、遊びに来たぞ、相変わらず客がいねぇな」

「ほっとけ」

 外は雨。大工の仕事は雨が降ると休みになる。

 日中の気温が37度をえることもあり、基本的にこの時期のゾルタンは全員あまり気合いを入れて働かない。

 冒険者達もこの暑かったり、雨が急に降るような中で働こうとは思わないようで、冬と春の間にめた資金で、夏は働かず休んでいる者も多い。

 しかしゴブリンのような略奪種族も、人をおそうモンスター達も夏だからとだらけてくれるわけはない。

 そういった対処にはアルベールのような責任ある高ランク冒険者達がり出されている。俺は自分の店の商品集めばかりで、最近は冒険者としての活動はほとんどないが。それよりも、俺は店に客があまり来ないという切実な問題をどうにかしなければならない。

「まだ開店して半月だけど、売上はそこそこ挙がってるんだろ?」

「ニューマンのしようかいで他のしんりようじよにもやくそうを卸しているからな。だが……」

「一般客が来ないと。まあこの時期はみんな家でだらけているだろうし、薬屋まで歩く気力もないんだろう」

なつ風邪かぜの薬とか用意してるんだけどなぁ」

 薬にも消費期限がある。何ヶ月かすれば、作った薬や採ってきた薬草もしなければならなくなる。

 薬のはんばい価格の1/5以下の買い取り額とはいえ、採ってきた分すべて冒険者ギルドに買い取ってもらえたころと比べたら、少々胃が痛い。

「まぁそのうち客も増えるだろ」

 ゴンズはガハハと笑っているが、俺にとっては笑い事ではないのだ。

「ところでレッド、飯はもう食ったか?」

「いんや」

「おし、じゃあどっか食い行こうぜ」

「いい、外食はひかえてるんだ。うちで作る」

「ええ? レッド兄ちゃん料理作れるの?」

「おう作れるぞ、冒険者ってのは料理も作れないとなれないんだ」

 なにしろ食事は重要だ。つらく厳しい旅の中で、食事だけが楽しみということもよくある。俺自身不味まずい食事が辛くて、戦力的には役に立たないとは思いつつも、料理スキルをちょこっとだけ取ってしまった。

 最初アレスからはもうはんぱつを受けたが、ルーティをはじめ仲間からは好評で、アレスも何日かしたら文句を言うこともなくなっていた。というかずうずうしくもおかわりを要求するようになっていた。

 食事の時間は、足手まといだった俺が周りからたよりにされる数少ない時間だったのだ。

「へぇレッドがねぇ」

「まっ、本職の『料理人』の加護持ちには勝てるわけないけれど、素人しろうととしては結構なもんだぞ。なんなら食ってくか?」

いの!?」

「おう、ちょっと待ってろ」

 この店は、俺の生活する場所もへいせつしている。間取りは、店、貯蔵庫の他に、しんしつ、台所、洗面所、居間、調合の作業場、そして薬草を育てる裏庭がある。

 考えてみれば結構広いのだが、あの材料費で足りたのだろうか? もしかすると、ゴンズが無理してくれたのかもしれない。

 俺は貯蔵庫の食材を入れているたなを開き、何を作るか考える。

「ポテトサラダとベーコンエッグ、トマトスープ、こんなもんかな」

 食材をカゴに入れ、俺は台所へと向かった。


 *         *         *


「ほれできたぞ」

 俺は居間のテーブルに料理を並べた。

「おお、何が出てくるかと思ったら、つう美味うまそうだな」

「『料理人』じゃないんだから、作れる料理は普通の家庭料理だよ」

 ちょっと期待値を上げすぎたかもしれない。

 あくまで素人にしては美味しいと俺は言いたかったのであって、料理の技術自体は大したものではないのに……まぁいいけど。

「それじゃあいただきます」

 飲み物はレモンの切れはしかべた冷たい水。

 食後にはハーブティーを用意している。どちらも薬草採取のついでに採ったおまけだ。

 タンタはベーコンエッグを、ゴンズはポテトサラダを、それぞれスプーンで一口食べた。

「どうだ?」

「……まじか」

 ゴンズとタンタは動きを止めた。

「ど、どうした? 口に合わなかったか?」

「いや……まじで美味い」

「すごいよレッド兄ちゃん! 母ちゃんのご飯より美味しい!」

 そう言うと、2人は、しやべることなくもくもくとスプーンを動かしはじめた。

 俺も一安心すると、スープから手を付ける。うんわれながら美味い。

 食事を終えると、2人は満足そうな顔でハーブティーを飲んでいる。

「しかしなんであんなに美味いんだ? 料理自体は普通のものなのに」

「あー、そうだなぁ。多分、調味料が良かったんじゃないか」

「調味料?」

 薬草以外にも山には色々な植物がある。

 中腹までは熱帯から温帯、頂上の方に進むとかんたいの気候になる山には、カラシやニンニク、シナモンやナツメグといった有名なこうしんりようや、名前もわからない雑多な香草ハーブなどが豊富に群生している。そうした材料から作った調味料が味を良くしている……と思う。

「へぇ、お前さんが本当に料理にくわしかったとは思わなかったぜ」

「野営の時にできる料理が基本だから、った料理や変わった食材を使った料理とかは知らないけどな」

「いや十分。これだけ美味けりゃ店が開けるよ」

「おだてても、お茶しかでないぞ」

「このお茶も美味しいね」

 お茶に使う香草ハーブも山で採ってきたものだ。おそらくゾルタンに昔住んでいたウッドエルフ達が品種改良した香草ハーブが山に自生しているのだろうと推測している。この大陸の野菜や果物、ちくはウッドエルフ達が長い時間をかけて野生のものを品種改良したものが多い。昔のおうとの大戦でウッドエルフ達の国はかいめつしてしまい、今ではウッドエルフの血は人間とのハーフという形でしか残っていない。ゴンズやタンタのようなハーフエルフと呼ばれるエルフ達は、このウッドエルフのまつえいだ。

 だが、彼らの残した自然科学に関する知識は人間にも受けがれている。俺の薬草や薬に関する知識はウッドエルフの本から学んだものだ。

 店の方でカランとベルが鳴った。

「客かな? ちょっと行ってくる。2人はこっちでくつろいでて」

「おう」

 雨の中客が来るとはめずらしい。俺はあわてて店頭へともどった。

「いらっしゃ……」

 入ってきたのは異様なで立ちの女性だった。

 全身を黒いフードつきのローブでおおい、口元を首に巻いた青いバンダナでかくしている。

 フードのすきからちらりとのぞかみの毛は流れるような金色。

 そしてこしにはグリフォンのかざりのついた2本の大きくわんきよくしたショーテルのつかがうかがえる。

 ゾルタンの住民ならばみな、彼女を知っている。

 彼女がもう1人のBランクぼうけんしや。だがその実力はアルベールよりはるかに上。彼女はだれとも組まずソロで活動しながらBランクパーティー相当の評価を得ているのだ。

 パーティーでの実力であればAランクか、それ以上の実力者となる。

 彼女の名は、リーズレット。人から呼ばれるときは縮めてリット。ゾルタンでは、リーズレットの名は使わず、リットの名前で活動しているようだ。

 リットは俺の顔を見るとフードを取った。空を映したような青いひとみが俺を見つめる。

「……ギデオン、本当にここにいたんだ」

 ついにこの時が来たかと俺は表情を引きめた。

 彼女の本当の名はリーズレット・オブ・ロガーヴィア。ロガーヴィア公国の第二王女。

 かつて短い間だったが、俺やルーティといつしよにパーティーを組んだ仲間だった女性だ。

 二つ名はえいゆうリット。ロガーヴィアでの二つ名が、冒険者ギルドに記録されていてそのままゾルタンでも使われている。


 *         *         *


 ゴンズ達には帰ってもらった。2人はゾルタン最強の冒険者を前にしておどろき、ずいぶんと俺との関係をあやしんだが、薬のことで相談を受けたと説明すると、なつとくして帰っていった。

 そして俺達は、居間のテーブルに向かい合って座っている。テーブルではお茶が手をつけられず白い湯気を立てていた。

「あー、その、なんだ、ここでは俺はレッドな」

「そう名乗っているみたいね」

 ロガーヴィアでリーズレットは第二王女なのにもかかわらず、リットと名乗り城をけ出してはとうじようへ参加したり、魔王軍との戦いにようへいとして参加したりしていた。

 俺達は旅先で彼女と出会い、最初は反目しながらも1度彼女のきゆうを救い、その後敵の包囲を抜け、えんぐんを呼びに行くという冒険を共にしたのだ。

 そのままパーティーに参加するか迷ったようだが、結局はそこで別れ、戦いでれたロガーヴィア公国の復興のために残った。

 なんとなくだが、ほんの少し言葉がちがえば、彼女はルーティの仲間になっていた、そんな気がする。

「ちょっとかつやくしすぎちゃってね、皇太子である弟より私を女王にす声が出始めて、それでお家そうどうになる前にしゆつぽんして辺境でほとぼりが冷めるまで遊んでいるわけ」

 ゾルタンの高難易度らいは、彼女とアルベールがこなしている。アルベールが有力者の依頼を優先し、割に合わない依頼をけるけいこうがあるのに比べ、リットは難しい依頼をそつせんしてこなすことから、大衆にはリットの方が人気が高い。

 だがなるほど、その理由なら冒険者は趣味のようなもの。やりのために高難易度依頼を受けるし、実家から十分な資金を持ってきているからお金に困っていないと……。

「ところで、レッドって名前……リット、レッド、ちょっと似てるね」

「ま、まぁな、実は何も思いつかなくて参考にしたんだ」

 それにと俺はリットの赤い服を見る。

 冒険者としてめいを考えるときに、一番印象に残っていた冒険者であるリットの姿を思い出し、レッドという名前にしたという部分も、少しだけあった。

 ずかしいから言わないけれど。

「……ふーん、私のことを参考にしたんだ」

「悪かったな、まぎらわしい名前になってしまって。いまさら変えるわけにもいかないが……許してくれ」

「……うれしい!」

「え?」

 リットは首に巻いたバンダナを上げ、口元を隠してニヤけている。そういえば、初めて会ったときは笑うときに口元を隠す仕草から、上流階級の人間ではないかと疑い始めたんだっけ。まさかおひめさまとは思わなかったが。

「私のことおぼえていてくれたんだ」

「そりゃ、リットは短い間にしろ仲間だったんだし憶えているさ」

 それに、てんこうで武闘派なお姫様なんて、印象に残るに決まっている。

「仲間……今もそう言ってくれるのね」

 リットはうつむき気味になり、少しの間だまってしまった。

 リットは、自分にとって、あなた達は〝真の仲間〟といえる最初のパーティーだったと、別れるときに言っていたっけな。

 彼女が最初に組んでいたパーティーは、強力なモンスターであるシザーハンズデーモンを前にしてリットを置いてげてしまったことがあった。

 そのとき、同じくデーモンを追っていた俺達が合流し、協力してたおしたのだが、あれ以来彼女の態度は随分となんした……というわけでもなく、照れ隠しに余計に俺達につっかかるようになってしまった。

 ルーティはめんどうくさそうにしていたが、俺は小動物のようにからんでくるリットと話すのが面白おもしろく、よく相手にしていた。

「それで、ギデオ……ここではレッドだったわね、レッドはどうしてここに?」

「それは……」

 足手まといだと追い出されたなんて、正直言いたくないが……説明しなければ納得してもらえないだろうな。口止めもしないといけないし。

 仕方がない。

「恥ずかしい話なんだが……」

 俺はかくを決めて一気に喋りだした。


 *         *         *


「なによそれ!」

 打ち明けた結果、なにやらリットがキレた。

「ずっと一緒に戦ってきたのに! そんなのおかしい!」

「そうは言ってもな、アレスの言うことだって一理ある。俺が足手まといだったのは事実だよ」

「そんなの事実なんかじゃないわよ、レッドはパーティーが上手うまくいくよういつも気をつかってたじゃない!」

 まぁ、戦闘で力不足を感じていたのもあって、それ以外の部分で役に立とうと色々気を遣っていた。料理もそうだし、仲間の体調管理や、新しい町での情報収集、しようもう品の調達、収支管理、勇者に面会を望む権力者達とのこうしよう……。

ちやちや働いてるじゃん!」

「言われてみればそうだな」

 リットは納得行かないようで、うーうーうなっている。

「そんなにおこるなよ。戦いについていけずちゆうで倒れていたかもしれないんだ。そうなる前に、こうして引退してゾルタンで薬屋開けてよかったのかもしれない」

「というか、それだけ色々やっていたレッドがいなくなって本当にルーティ達だいじようなの?」

「大丈夫だろう、風の四天王も倒したみたいだし」

 とはいえ前線からはなれたゾルタンに入ってくる情報はたくさんの人々の間をわたってきたまたきもいいところの情報だ。

 さすがに風の四天王を倒したことくらいは間違いないだろうが、どのような倒し方をしたのか、正確性については期待できないだろう。

 不安が無いと言えばうそにはなるが……。

「まぁ抜けた俺が心配しても仕方がないだろう。ルーティだって俺とずっと旅をしてきたんだ、なんとかなる」

 少し自分に言い聞かせているという部分があることは否定できない。

 だが、俺はもうルーティの仲間じゃない。大切な妹に対して、兄である俺ができること……それはもう無い。

「この話はもういいだろう。ここであーだーこーだ言っても、アレスには伝わらないぞ」

「うー、まぁそうなんだけどさ」

 まだ納得できなそうな様子のリットをなだめながら、俺はふとテーブルに置かれたカップを見る。

「お茶が冷めてるぞ、れ直してくる」

「え、いいよ悪いし」

「せっかく再会したんだ。前に淹れた時のようなありあわせのものじゃない、ちゃんとしたお茶を最高の状態で飲んでもらいたいんだよ」

 前は俺が何か作るのは町の外での野営や前線のじんちゆうだったため、ありあわせのもので料理を作ったり、みちばたの草のうち茶葉になるわずかな種類の香草ハーブを集めてハーブティーにするなど、ばんぜんじょうきょうではなかった。だが今は違う。山の植生を調べ、はん品にもおとらない茶葉を選び、魔法で作ったどこか無機質な味のする水ではなく、ちゃんとしたれいな水を使っている。

 急いでカップを取ろうとしたリットをさえぎると、俺はもう一度お茶を淹れ直しに台所へ戻った。

 火にかけたなべの水が温度を上げ、やがて湯気を立てる。

 ふつとうする少し前くらいの温度がこの茶葉に合う、というのが俺の持論で、そのしゆんかんのがさないためにじっと、ゆらゆらとれる水を見つめ待つ。

 ふと、子供のころ、幼いルーティにホットミルクを作ったことを思い出す。砂糖は無かったが、森で採取したはちみつを垂らし飲ませてやると、いつもしかめっつらをしていたルーティが、驚いたような顔をして、それから俺を見て、そして一気に半分ほど、カップの中にもう半分しか残っていないことに気がつくと、そこからはしむようにちびちび……飲み終わると、満足げな長いため息を1つ。

 生まれつき『勇者』の加護を受けていて、達観している印象もあったルーティが、子供らしい仕草でミルクを飲んでいたのが可愛かわいかったのをよく憶えている。

「ここだな」

 俺は鍋を火から外し、茶葉の入ったポットに注いだ。

 かおりがふわりとただよい、俺は小さくうなずいた。


 *         *         *


美味おいしい……」

 リットは満足げなため息をいた。

 その仕草は、あの時のルーティのものとは全く違っていたが、それでも俺はひそかに満足感をおぼえていた。

「あの時も、実は勇者達は野営の時にこんな美味しいものを食べているのかと、驚いていたんだけど、しっかりとした材料だときゆうていのお茶よりも美味しいんじゃないの」

「そりゃ世辞が過ぎるぞ。俺の料理スキルはレベル1。能力補正もあるだろうけど、本職には勝てないよ」

「でも……」

 もう一度リットはカップを取り、一口飲んだ。

「……じゃあ、あなたが私のために淹れてくれたお茶だから、こんなに美味しいのかな」

 彼女は、小さくそうつぶやき、顔を赤くして笑った。

 最初に出会った頃はこんななおじゃなかったなと、俺は勇者パーティー時代のことを思い出していた。


 *         *         *


 リットと初めて会ったのはリットの故国であるロガーヴィア公国、その南の国境近くにあるアロノールという町でのことだった。

 俺達がロガーヴィア公国をおとずれたのは、おう軍のこうせいに苦戦していると情報が入ったからだ。ロガーヴィア公国は戦略上の要所であり、ここを押さえられると、多くの国がりつしてしまうことになる。なんとしてでもこの国を守らなくてはならなかった。

 当時の勇者のパーティーは、『勇者』ルーティ、『けんじや』アレス、『武闘家』ダナン、『クルセイダー』テオドラ、そして『導き手』である俺。

 俺達5人は酒場で料理を食べながら、町で集めた情報をそれぞれこうかんしあっていた。

 賢者アレスが、魔王軍のせつこうであるオークのもくげき情報について話している時のことだ。

「ようじようちゃん、いつしよに飲まないか?」

 た声が聞こえた。カウンターの方を見ると、黒いフードつきのローブを着た女性に、油断のならない目をしたねこの男が声をかけていた。

 ほおがげっそりとげ、不健康そうなはだの色をした男だった。

 こしにはなまりこんぼうかわで何重にも巻いた、相手を殺さずこんとうさせることを目的とする、サップと呼ばれる武器をぶら下げている。れいりも使うことがあり、時代に何度か取りまった。俺にはあまり印象の良い武器ではない。

「なぁ無視するなよ。俺はディルってんだ。これでもサンランドじゃ名の知れたようへいよ。聞いたことあるだろ? ないか。まぁ一緒に飲んでくれるだけでいいんだって、なぁ」

 男はフードつきのすきから女の顔をのぞき込む。

「ひゅー、可愛いじゃん」

 男は口笛をいて、そう言った。ああいうのはどの町にもいる。俺とルーティは立ち上がると、男を止めるべく近づこうとした。だが、

「いててててて!?」

 ローブの女はかたに置かれた男の手をひねりあげた。

 そのまま、男をき飛ばして彼女は立ち上がる。

「な、なにしやがる!」

 彼女はローブのフードを取る。

 はらりと金色のかみが揺れ、意志の強そうな空色のひとみかがやかせ、口元には小さく、しかし不敵なみをかべ、突き飛ばされしりもちをついている男を見下ろした。

「こ、この!」

 男が立ち上がろうとする。右手で魔法を発動するための印を組もうとしている。

「ファイアーボールか?」

 ほのおばくはつを引き起こす火の魔法で、ちがってもこんな室内で使う魔法ではない。俺はあわてて止めようとする。だが魔法が発動するよりも早く、彼女はグリフォンのかざりのついた、内側に独特のわんきよくをしたショーテルをき男の首にえた。

「声をかける相手を間違ってるんじゃない?」

「わ、悪かった! かんべんしてくれ!!」

 いがめた様子で、男は血の気の引いた顔をふるわせながら逃げていった。

 なんだ、俺達が気にするまでもなかったか。

 安心して俺とルーティは元の席にもどろうとするが……ローブの女性は意志の強そうなその目を、俺達に向けた。

「私に助けが必要だと思った?」

「いらないおせつかいだったようだな」

 俺はそう言ってあい笑いを浮かべる。

 その女性は、俺ではなくルーティをびしっと指差した。

「そう、いらないお節介なのよ! 勇者なんかいなくたって私達ロガーヴィア公国は魔王軍くらいやっつけられるわ!」

 どや顔でそう言い放つその女性がリットこと、リーズレット。

 これが俺とリットの最初の出会いだった。


 *         *         *


 ロガーヴィアこのへいの練度の高さ、さんがくに住む山のたみから供給される豊富な木材。

 そしてその木材を燃料に、質の高い武具をまつたんの兵士にいたるまで取りそろえたロガーヴィア公国は、魔王軍なんかには負けるはずがない、ということをリットは大きな胸を反らせて説明し、去っていった。

「どうやら、俺達が来るのをここで待っていたようだな」

 ロガーヴィアに勇者が来たというのは、すでに耳の良い情報屋などは知っているはずだ。

 たいざいするならこのアロノール、情報収集して集まるのなら町の中央。となるとこの酒場がベスト……とヤマを張って当たったんだろう。

「…………」

 ルーティは不満気だ。その顔を見て俺はしようした。

「今でこそああいうあつかいされることは少なくなったけど、王都を出発する前は勇者だって信じてもらえず苦労しただろ」

「分かってる」

 それでもルーティはちょっとだけげんなまま、テーブルに戻っていった。


 *         *         *


「こ、降参だ!」

 11人いたゴロツキ達も今ので最後の1人。なぐられた顔を押さえながら、男は武器である棍棒を捨てた。

「全く」

 この男達は、黒いローブの彼女にからんでいた男に1人頭ペリル銀貨1枚でやとわれたゴロツキだ。待ちせして黒ローブをおそうつもりだったらしい。そのことを情報収集をしていたら小耳にはさんだので、ついでにやっつけることにしたのだった。

「あ、あんた、もしかしてその女のツレなのか?」

「いや、まともに会話したことすらない。酒場でちょっと見ただけだ。まぁ俺が助けなくても、あの女なら簡単に返りちにしたかもしれないけど」

「そいつ、そんなに強いのか?」

「ちらっと見ただけだから分からないけど、お前ら知らないのか? 黒ローブできんぱつでショーテル使いなんだけど」

「な、お前、そりゃえいゆうリットじゃねえか」

 男達はざわざわとさわぎ出した。

 中には、俺に止められて良かったと胸をなでおろしているのもいる。

「英雄リット? 有名なのか?」

「あんた旅の人かい? もちろんそうさ! このロガーヴィアで英雄リットといえば、名の通った最強のAランクぼうけんしやなのさ……銀貨1枚どころか1000枚積まれたってお断りだね」

「パーティーでAランクだけど、ほとんどリット1人の功績ってうわさだよ」

「この国のとうじようのチャンプでもあるんだ。特に人型生物との戦いじゃ右に出るもののいないほどの名手さ」

 彼らの知り合いというわけでもないだろうに、ゴロツキ達はどこかほこらしげに英雄リットのことを語った。

「なるほどな、まぁそれじゃあ手を出すつもりはないんだな」

「もちろんだよ、手を出したらこっちがやられちまう」

 うそを言っている様子はなかった。すでに一通り痛めつけているし、すいでもある。

「分かった、もう行っていいぞ」

 俺が手をると、男達はどこかうれしそうにお礼を言って去っていく。

 痛めつけられた身体からだを引きずりながら、彼らは英雄リットについて自分の知っている武勇伝を仲間同士でろうしあっていた。その姿を見て、まるで子供だなと俺は笑ってしまった。


 翌日、仲間が待ち伏せしていると信じ、たった1人でリットをしゆうげきした男は、半殺しの目にあって町からげていったらしいという情報を、昨日痛めつけたゴロツキの1人が、嬉しそうに報告しにきた。

「な、英雄リットはやべえだろ?」

 ゴロツキの男はやはり誇らしげだった。その数日後、リットが俺達のまっている宿にやってきた。何かするでもなく、不機嫌そうに料理をたのむともくもくと食べだした。

 時折、俺をにらみつけると、もごもごと何か言おうとしているようだったが、結局何も言わずに帰ってしまった。


 *         *         *


「あのころはリットってツンツンしてたよな。何度か共闘したのに、いつも文句言ってた」

「で、でも、ほら、山の村で調査してたときはなおだったでしょ?」

「えー」

 過去のおくを思い出して、俺は首をかしげた。あれが素直だって?


 あの時、俺達とリットのパーティーはきそうように、やまあいの村の異常を調査していた。

 その村は木こり達が住む村で、この村で作られるまきが、ロガーヴィアのこうぼうの燃料となる。ロガーヴィア公国が軍事大国と言われているのは、この工房で大量に生産される良質な武具を末端にまで支給しているからだ。

 それが急に薪の供給がとどこおるようになり、調査に行った冒険者や騎士も戻ってくることはなかった。そこで、俺達が調査をすることになったのだ。そこにリット達のパーティーも、自分達が解決すると言って割り込んできた形だ。

「で、今日も進展なし?」

 黒いローブの少女……リットが俺に声をかけた。

 俺は村の小さな広場の丸太にこしけ、保存食のドライフルーツとクッキーをかじっているところだった。

「3日連続で1人さびしくおそい昼食なのね」

 ニヤニヤとリットは笑っている。時刻は昼の3時。確かに昼食には遅い時間だ。リットは俺の正面にある丸太に腰掛けた。

「勇者といっても情報収集は大したことないわね」

「まぁそうだな」

 確かに『勇者』ルーティは情報収集が〝特別〟得意なわけじゃない。この点に限れば、もっとゆうしゆうな加護がいくらでも存在する。

 例えば、リットの『スピリットスカウト』は、あしあとついせきしたり、わずかなこんせきを見つけたりと優秀なスキルを持っている。

 それに対して、俺達は基本的に戦闘能力を優先していた。調査については『けんじゃ』アレスや『クルセイダー』テオドラのほう、俺のとしての経験などで対応しているが、得意分野ではない。

 俺達の目的は魔王軍との戦いであり、何より戦いに勝つことが重視される。単身で魔王軍のキャンプにせんにゆうして、敵の指揮官をたおすくらいの戦いが日常はんだったのだ。

「ふふん、私達の方はずいぶんと調べが進んだわよ」

 リットは得意げに言う。

「ふーん」

「知りたい?」

「そうだな、教えてくれ」

「そうね、〝お願いしますリット様、おろかな私にどうか教えてください〟って言ってくれたら教えたげる」

「お願いしますリット様、愚かな私にどうか教えてください」

「え?」

 俺の言葉を聞いて、リットのニタニタみが消えた。

「俺のプライド程度でロガーヴィアが救えるなら安いもんだ。いくらでも言ってやる」

「な、なによ、別に私はそんなつもりじゃ……悪かったわよ」

「ほぉ」

 今度は俺がニヤニヤと笑った。リットは顔を赤くして俺を睨む。

「なんなのよ、急に笑って」

「いや、リットって素直に謝ることできたのな」

「こ、この! もう教えてあげないんだからね!」

「悪かったよ。で、そちらはどういう情報をつかんでいるんだ」

 機嫌が悪くなったようで、リットはそっぽを向くと少しの間はしぶったが、やがてわざとらしいため息をくと、「仕方ないなぁ」と言って、情報を話し始めた。

「村の周囲を調べていたけど、北の方角に最近ひんぱんに行き来している足跡があったわ」

「北か、確かばつさい作業で使う山小屋があるんだったか」

「でも、今伐採を行っているのは北東エリアよ。実際に見に行ったもん」

「そっちは今もリットの仲間の2人がかんしてるんだろ?」

「知ってたのね」

「そりゃ調査が苦手と言っても、目の前にいる人達の動きくらいは見えるさ」

「ふん。だったらなんで、私が2人をそこに配置してるのか分かる?」

「木材の供給は滞っているはずなのに、ちゃんと伐採作業が行われているからだろ」

 リットはつまらなそうに俺を睨む。

「なによ、なんでも分かっているような顔して。つまらないヤツね」

「どうも。で、切ったはずの木がどこに消えているかは摑めたか?」

「まだ張り込んで3日よ。しゆうかくはないわ」

「木材を運んだ跡は無かったのか?」

 リットの表情がくもる。

「それが……まだ見つからないの」

「魔法だな」

「多分ね」

 リットほどの冒険者相手に、木材という大きな物を運んでいつさい痕跡を辿たどらせないというのは不可能だ。

 だとすると、魔法を使って、木材を宙にかせたり、ふくろに入るほどの大きさに縮小したり、空間収納ポータルで運んだりしたとしか考えられない。

「村人達がそのことをうつたえないのはなぜだと思う?」

ひとじちだろうな。この村は老人と子供が少なすぎる。その割には、家に玩具おもちやなど育児の道具なんかがってあるしな」

 人がいないところを見計らって、村の家はこの3日で調べ終わっている。

 かくれている者は見つからなかったが、家の生活感と実際に住んでいる人間の数が合わない印象を受けた。村の人間達は親や子を人質に取られ、言いなりになっているのだろう。

 俺の仲間達は村の外で人質の居場所をき止めるため、バラバラに調査を続けている。村の中は俺が1人で担当しているので、こうして1人で昼食を食べていたのだった。

「人質を管理する組織力もあるということね」

「となると、そこらのとうぞくやゴブリンのわざじゃないだろう」

「もとより予想はしてたわよ」

 俺達は同じ結論に達したことを確かめるため同時に声をあげた。

「「魔王軍」」

 やはりというべきだろう。おどろきはしない。

 だが、魔王軍がかかわっているなら、黒幕はごわい相手のはずだ。

「なぁリット、ここはいつしよに行動すべきじゃないか?」

「はぁ? 私があんた達と? じようだんじゃないわよ!」

 リットは立ち上がって、俺に指を突きつけた。

「あんた達の手なんか借りなくたって、魔王軍くらい何の苦労もなく倒せるんだから。これまでだって、魔王軍は2度めてきたけど撃退したのよ、ロガーヴィアには勇者なんて必要ない!」

「だが、これまで攻めてきたのは本隊じゃない。オークの部隊だろ。今回はソルジャーデーモンの歩兵方陣テルシオや、風の四天王ガンドール配下のワイヴァーン騎兵もずいはんしている。指揮官は魔王タラクスンと同族、アスラデーモンの将軍だ」

「だから何?」

 リットは俺の警告に対し、「ふん」と鼻で笑った。

「ロガーヴィア公国は建国以来、1度も領土をうばわれたことはない。50年前ゴブリンキング・ムルガルガが暴れていた時も、70年前の雷竜ライトニング・ドラゴン戦争ウオーの時もロガーヴィアは1度だって負けなかった。今回も同じ、私達は戦い、そして勝利する。それだけよ」

「だが50年前の戦争で、君のおおである先君は中央にえんぐんようせいしている。勝率を上げる方法があるのに、取らないというのがロガーヴィアの誇りではないはずだろ」

 俺の言葉を聞いてリットは口ごもった。僅かな間だが目を泳がせる。

「なんであんたが私の国の歴史なんて知ってるのよ」

「相手のことを知らなくて、どうして一緒に戦うことができる。先君は立派なえいゆうだ。あのゴブリン大発生の混乱を無傷で乗りえられた国は少ない」

 リットの顔が赤くなった。首のバンダナで口元を隠す。

 だがすぐにな表情になり、俺のことを強い意志を感じる目で見つめた。

「ちょっとは勉強してるみたいね……でもダメよ。この事件は私が解決する。そうしたらお父様も、勇者にこのへい隊の指揮権を一部あたえるなんてことはしなくなるはずだもの」

「……そうか」

 リットがここまで意固地になっている理由はそこだ。

 リットの尊敬するしようであるガイウスは近衛兵長。そのガイウスから、指揮権の一部を俺達に移すという案をリットの父親であるロガーヴィア王が示したのだ。

 リットにとってはとうてい受け入れられるものではなかった。もともと城をけ出し自由に生きてきた性格もあって、リットは勇者の手を借りなくとも自分達だけで戦えることを証明しようとしているのだった。

 だが、俺達にとっても部隊の指揮権、それもロガーヴィア軍最強の近衛兵隊を一部とはいえ借りられるのは大きい。これまでも、もっと早くに自由に動かせる部隊をもらえていればと歯がゆい思いをしたことはいくらでもある。

 だから、この山間の村をおそう事件を解決することに、俺達もリット達もそれぞれおもわくがあるのだ。

「そういうことなら仕方がない」

 いくら言葉をくしてもリットはゆずったりはしないだろう。この事件の解決や、これからの魔王軍との戦いで俺達のことを知り、なつとくしてもらうしかない。

「北のどのあたりか予想はついているのか?」

 俺は地図を広げた。リットはため息を1つ吐くと、俺のとなりに腰掛け地図をのぞき込む。

 そのリットに、俺は食べていたクッキーの袋と、すいとうの水を差し出した。

「なによ」

「そっちも食べ物には不自由してるんだろ?」

 俺が村の中にいながら持ち込んだ保存食を食べているのは、毒をけいかいしてのことだ。人質を取られている村人は、何をしてくるかわからない。今は村長の家にまっているが、台所にかんそうさせたどくにんじんがあるのをかくにんしている。ネズミじよ用だという話だが。

 何より問題は、たとえ毒を盛られたことを見抜いたとしても、彼らが命令とはいえ毒を盛ってしまったというじようきようになってしまうことだ。リットことリーズレットはロガーヴィアの王族。強要されたとはいえ、毒を盛ったという事実だけでもきよつけいあたいしてしまう。

 だから俺達もリット達も、初日から食事を断り保存食で食いつないでいた。しかし、リット達が食べているのは、俺の見た限りしおけの肉や野菜だ。悪いとは言わないが、何日も食べるにはきる内容だ。

不味まずかったらおこるからね」

 口ではそう言いながらも、リットはなおに受け取りかために焼いたクッキーを1つつまんで食べた。

「ん……」

「どうだ?」

 リットの顔がいつしゆんほころんだのを俺はのがさなかった。

「ふ、つうね」

 あわてて取りつくろうリットを見て、俺は思わず笑ってしまった。リットはふんがいしながらも、次のクッキーに手をばす。

「これどこで売ってたの? ロガーヴィアのじゃないわよね」

「ああ、それは俺が作ったんだ」

「は? あんたが? クッキーを?」

 驚いた様子でリットは俺の顔とクッキーを見比べている。

「なんで?」

「毎日塩漬け保存食じゃ飽きるだろ。長旅に料理の技術は必要なんだよ」

 2つめのクッキーをかじり、リットはしばらく考えたあと。

「うん、あんたの言うとおりね」

 と、素直にうなずいた。


「ほら、素直だったでしょ」

 リットはあのときの言葉を指して、そう言った。

「そうか?」

 思い出話に笑いながらも、俺は断固としてリットの素直だったという意見に疑問をていさずにはいられない。

 リットも昔の自分を思い出しておかしくなったのか、笑っている。

「大体、やっと北のアジトに隠れていたシザーハンズデーモンを見つけて、一緒に戦った後、リットがなんて言ったかおぼえてるか?」

「……おくにございません」

「〝ちょっとはやるじゃない……でもかんちがいしないでよね、今のはほんのちょっとだけ認めたってだけだから! ほんのちょっとだけよ、調子に乗らないでよね!〟だったよな」

 リットは両手で顔をおおうと、机に突っした。

「ううー、ちょっと色々いっぱいいっぱいだったのよ!」

 どうやら、照れ隠しにツンツンしてた時のことを真似まねされるのはずかしいらしい。リットは耳まで赤くなっていた。

 リットが本当に素直になったのは、あのおう軍の将軍アスラデーモン・シサンダンとの決戦の時だろう。あの戦いは決して、喜ぶべき結果ではなかったが……。


 *         *         *


 リットとロガーヴィアのぼうけんしや達は敵ほんじんの後方を突くはずだった。

 せまる魔王軍のしゆうげき隊。その指揮官は魔王タラクスンと同族で魔王軍本隊を形成するアスラデーモンという種族で、6本のうでを備えたシサンダンという魔王軍の将だ。

 オークではなく、デーモンの重装歩兵隊やワイヴァーンへいによるしんこうは、せいえいロガーヴィア兵ですら食い止めることはできず、すでに公国は数多くのとりで、町、集落が制圧されておりれつせいだった。ここで勝たなければロガーヴィアに未来はない。

 敵を陽動するのは、リットがけんじゆつを学んだ師匠でもあった近衛兵長ガイウスと近衛兵隊。

 城を抜け出し冒険者として暴れていたリットは、落城の危機に城へともどり、きゆうを俺達と共に防いでいた。

 英雄リットとしての名声、かんらく寸前だった西門の防衛成功の実績。だが、それでも彼女のしゆう作戦は多くの騎士たちからきよされてしまう。危険過ぎると。

 ただ1人、ガイウスだけが彼女の作戦を支持し、自分の兵を動かすことを約束した。

 しかし、その時本物のガイウスはすでに殺されており、魔法で変身したシサンダンが成り代わっていたのだ。

 精鋭の近衛兵隊といえども指揮官が敵ではたいこうしようもなくぜんめつ

 後方から不意を打つつもりが、リットの部隊はばんぜんの準備を整えた魔王軍に包囲され、もはや全滅するほかない状況であった。

「ガイウスは……師匠はどうしたの!」

「食ったよ、記憶が必要だったんでな、〝我がまな〟よ」

 敬愛する師匠の口調でシサンダンは言う。リットはさけび声を上げて飛びかかった。だが無数の魔物にすぐに取り押さえられ地面に組み伏せられる。

「領民から英雄としてしたわれる君の姿を使えば、もっと容易たやすくこの国を乗っ取れると思うのだが、君はどう思うかね?」

 そう言ってガイウスの顔で笑うシサンダンに、リットはついになみだを流した。

 大切な人は死んだのだ。そしてこれから、自分のせいで大切な人達が死んでいくのだ。

 だから泣いたのだと、戦いが終わった後でリットは俺に打ち明けてくれた。

 その時、ビュウと風を切る音をリットは聞いた。

 次の瞬間、シサンダンのかたに俺の剣がき立てられていた。

「おいギデオン! 予定より早いぞ!」

 アレスが文句を言うのが聞こえる。仲間が包囲に到達するまであと20秒。仲間より足の速い俺は、先行して敵の様子を確認していたのだが、合流するより早く飛び出してしまった。

 混乱するのは10秒まで、残り10秒で敵はシサンダンを守ろうとするだろう。俺と仲間は分断され、シサンダンをとうばつするのがじやつかん難しくなってしまった。だが、

「あのままリットをほうっておけるか! 仲間だぞ!」

 俺はそう叫び、リットを組み伏せる魔物達をはらった。

 かつては地下ふんを守るりよう騎士の愛刀だったその剣は、るえばいなずまを呼び覚ますと言われる宝剣。

 抜き放たれた〝サンダーウェイカー〟の刀身は、夕日を浴びてかがやき、さながら子供が雷光におびえるかのように、魔物達は怯え、後ずさった。

 俺達はたんでガイウスがすでに殺されていることを知り、リットを追ってきたのだ。

「ギデオン……」

「泣くなリット! お前も勇者の仲間なら、かたきに向けるのは涙ではなく剣であるべきだ!」

「う、うん!」

 リットは涙をどろよごれた服のそでぬぐうと、戦士の顔へと戻り地面に落ちていた剣を拾う。

「ルーティ達が包囲をとつしてくるまで1分はからないはずだ。それまでガイウス……アスラデーモンをここから逃さないよう足止めする、できるか?」

「できる!」

「ならよし!」

 俺達はまだ混乱しているシサンダンへと斬りかかる。

「勇者だと!?」

 シサンダンは走り来るルーティを見て叫んだ。

 この場にはまだ到達していなくとも、勇者のはシサンダンの剣気をにぶらせるほどだったのだろう。

 俺達はおたがいの背中を守りながら、周囲から無数に迫る魔王軍相手にえ、剣を振りかざした。


 *         *         *


 久しぶりに会った親しい友人と思い出話をしていると、時間がつのが早く感じるものだ。気がつくと雨が上がり、ゾルタンの太陽は地平線にずいぶんと近づいていた。もうすぐ太陽は赤く染まり、ゆうやみがゾルタンの町を包むだろう。

 それでも俺達はテーブルをはさんで座り、昔の話を続けている。

 やがてお互い静かになる瞬間があった。その時リットは少しだけ目を泳がせたあと、口を開いた。

「ねぇ、レッド」

「なんだリット」

 リットが俺の目を見つめていた。

「私もこの店で働いていいかな」

「え?」

 思わず、間のけた声が出た。その言葉は予想していなかった。

「レッド&リット薬草店。名前のもいいと思わない?」

「ちょ、ちょっと待て。お前はゾルタンで2組しかいないBランク冒険者だぞ」

「冒険者は引退する」

「いやいや待て待て!」

 リットは何を言い出しているんだろう。

 お昼から夕方になるまで客の来ない店で働きたいだなんて。

「見ての通り、この店は開店したばかりだし、はんじようもしていない。人をやとゆうなんて無いよ」

「でもあなたが薬草を採りに行っている間、だれが店番するの? その間、お店閉めるのはもつたいいじゃない」

「うぐ、まぁ、確かにそうなんだが、そもそも客が」

「客も何も開店したばかりでしょ。これから増えるわよ。ちょっと見せてもらうわね」

「むむ?」

 リットは立ち上がると、俺の店の中を歩き始めた。

「カウンターが1つ、ちんれつだなりようわき。ふむふむシンプルね」

「陳列しているのはいつぱん的な薬草や薬だけだからな。数の少ないものや保管に気をつかうものは貯蔵庫に保管したり、裏庭に植えていたりだ」

「作業場は十分な広さがあるわね、これなら助手を使うこともできるわ」

「しばらくは雇う予定もなかったけれど、リットと2人で作業できると思うぞ」

「あとは台所、洗面所、しんしつ、さっきまで私達が話していた居間。いお店じゃない」

「だろう?」

 うんうんとうなずきながら、リットはなにやらブツブツとつぶやき出した。

 耳をませると計算をしているらしい。

「ゾルタンの経済規模とレッドのスキルを考えれば、月の収入は、経費や設備費、そして税金を引いて銀貨で180ペリルってところね」

「なに!? ……そんなものか?」

 2日かけて採取した薬草を冒険者ギルドに買い取りしてもらうだけでおおよそ100ペリル。それが店では月に180ペリルにしかならないと言う。

「まじか、薬草は俺が採取してくるから、原材料費はいらないぞ」

「薬草といってもそう大量に消費するものじゃないのよ。薬屋におろすギルドと違って、客や医者に売るんじゃ、採取した薬草が売り切れるまで時間がかかるわ。多分、月に1回薬草を採りに行けば十分だと思う」

「ぐむぅ」

 そんなに売れないのか。だって薬草って色々な所で使うのに。

「そもそもレッドはすぐに騎士になって、その後も勇者といつしよに冒険して忘れてるのかもしれないけれど、一般人の月の生活費は30ペリルくらいなんだから」

「うん、それは知っているが……」

つうの薬屋なら月150ペリルも利益がでれば繁盛している方なの。私が言った180ペリルだって、付近の住人に知ってもらって、この店のポテンシャルを十分発揮できた場合の試算よ」

 冒険者ギルドに買い取りしてもらった薬草は、さらに高い値をつけて薬屋や行商人に売られる。それを自分で直接売ればもっと利益がでると思ったが、確かによく考えれば、常に売れるのは冒険者ギルドがそれだけのはんを持つからだ。

 個人商店では、薬のちくはあってもそれを売り切るまでに時間がかかってしまう。

 店を出せばなんとかなると思っていたが、甘かったのかもしれない。

「でもそうか、生活費は30ペリルあれば足りるんだよな」

 リットの言うとおり、俺はすぐ騎士になり、順調に出世してバハムート騎士団副団長の肩書きを得ていた。当時の生活費はおよそ月3000ペリル。上級貴族並みのあつかいを受けて生活していた。住んでいた場所はきゆうていしき内の屋敷だったし、身の回りの世話をするメイドもいた。ルーティと旅をしていたころは、魔王軍との戦いの戦利品やダンジョンの財宝など数万ペリルの収入に、高価なれいやく、希少な鉱石で作られた武器などを次々に取りえ出費もとんでもないじようきようだった。

 他人のふところ事情について感覚が少ししているのかもしれない。

「そうか……にしてもくわしいな」

「私はこれでもおひめさまよ、宮廷で色々勉強してたし。それに外に出てたときは私、いろんなお店の用心棒をしてたでしょ? 話の種にお店の店主から経営の話を聞いてたの」

 胸を反らしてえへんといばる。その姿は、出会った頃の勝ち気なリットを思い出させて、俺は思わず笑った。

「あとは、そうね。何かほかにはない薬とかあったらいいと思うんだけど……本職の『くす』でもないレッドにそうそう調合レシピがあったりは……」

「ん、それなら、多分めずらしいのがあるぞ」

「え、あるの?」

 実は調合レシピの開発にスキルは関係ない。レシピは純然たる知識の問題で、スキルが関係するのはその薬を調合する段階のみだ。

 だが、有用なレシピを見つけても、その調合レベルに対応するスキルが無ければ実際に薬を完成させることができないのだから、現実には『れんきんじゆつ』や『薬師』の加護を持つ者でなければ、新しい調合レシピの開発などしないのが一般的ではある。

 しかし俺は、常に固有スキルがない状態で何ができるかをさくし続けてきた。それに旅の中で、現代、過去、そしてウッドエルフやはるか昔にほろんだ古代エルフ時代のぶんけんに至るまで多くの知識にれる機会があった。

 調合の知識だけなら本職の『錬金術師』達にだって負ける気はしない。このことを誰かにしやべるとめんどうなことになるだろうから言わないけれど。

「たしか貯蔵庫においてあったな」

 俺とリットは貯蔵庫に移動した。

「ゾルタンで作れるオリジナルの薬はこの2つだ」

 俺が引き出しから取り出したのは、安っぽいポーションびんに入った灰色の薬と、小指の先ほどの丸薬だ。

「どういう効果なの?」

「こっちのポーションは、名付けてふえるポーションだ」

「ふ、ふえるポーション?」

「うむ、これはせい品のマジックポーションに対して5倍の割合でよく混ぜることにより、元のポーションを5本分に増やす薬だ」

 マジックポーションとは薬草による効能を持つのではなく、ほうふうじ込めたポーションのことだ。ホワイトベリーはこのマジックポーションのしよくばいとしてよく使われる。

 ホワイトベリー自体には人体に特別な効果はないのだが、ホワイトベリーからちゆうしゆつした液とその他、たくわえたい魔法に応じたさまざまな材料を使い魔法を封じ込めることができる。

 マジックポーションを飲めば魔法を発動したのと同じ効果を得られるというわけだ。

 ただし飲まないと効果がないため、ポーションにされる魔法は、りようと補助が一般的である。こうげき魔法をマジックポーションにしたとしても、相手に飲ませないと効果がないからだ。

 しかし、マジックポーションの価格は非常に高価で、レベル1回復魔法であり、どの町でも流通しているキュアポーションでも50ペリルするため、一般人や下っようへいや衛兵にとっては命の危険がある場合の非常用の薬として使われる。

 Cランク以上のぼうけんしやともなれば、戦いが終わるたびにこの薬を浴びるように飲みながら強敵にいどむことになるのだが。

「ふえるポーションの材料費は5ペリル程度。市販するとしたら……そ、その、4倍の20ペリルくらいで売ろうと思っているんだ。これで市価750ペリルのエクストラキュアポーションが4本作れると考えたら、売れると、ええっと、思うんだ……けど……」

 リットはふえるポーションを手に持ったまま、難しい顔をしてポーションをにらんでいる。

 あれぇ、これは画期的だと思ったんだけどなぁ。旅をしていた頃も、これでエクストラキュアポーションや、マジックパワーポーションを増やしたりして、アレスもこれには文句を言わずなおに使っていたくらいなんだけどな。

「これは……売れないわよ」

うそだろ……何が悪いんだ?」

 俺はかたを落とした。いや、これは自信あったのだが、まさかダメだとは。

「悪いも何も、これを売り出したらポーションの価値が大変動するじゃない! こうにゆうするのはこれまでの5分の1でいいってことなんだから!」

「で、でも増やせるのはポーションだけだからだいじようかなって」

「このポーションが存在することだけで大問題なのよ……これを売り出したら冒険者ギルドも商人ギルドも魔術師ギルドも聖方教会も、そして多分とうぞくギルドだってだまってはいないわよ」

 俺は笑おうとしたが、リットの顔はじようだんではなさそうだ。

「だってポーションだぞ? 1万ペリルをえるマジックアイテムとかではないんだぞ」

「そんなマジックアイテムはオーダーメイドの一品物でしょ。経済活動にえいきようおよぼしているメインは安価で誰でも使えるポーションなの」

 困っている俺の顔をじっと睨んでいたリットが、ふと目元をゆるめた。

「ぷくくく……あはははは!!」

 いきなり大きな声で笑い出すと、俺の背中をバンバンたたく。

 俺はわけが分からずぜんとするばかりだ。

「ごめんなさい、でもね、私安心したの」

「安心?」

「私ね、あなたのこと、すごい人だと思ってた。いつも冷静で、いろんなことができて、魔王軍とのおそろしい戦いにも平気な顔してり込んでいくんだもの……私がもうだめだって思ったときに、いなずまのように現れて助けてくれるんだもん……ずっと遠い人のように感じていた」

「そんな大層なもんじゃないよ」

「いいえ、レッド、あなたは大層な人よ、このポーションだってちゃんと段階をんで世に送り出せば多くの人が救われるし、魔王軍との戦いにだってこうけんできる。でもね、あなたにも分からないことや、けてるところがあるんだって、私はついさっきまで分からなかったのよ」

 リットは何がそんなに面白おもしろいのかなみださえかべて笑っていた。

 まさかリットが俺のことを、そこまで美化していたとは思わなかった。リットに出会った頃にはすでに、俺は仲間よりせんとう能力でおとるようになっていた。シサンダンからリットを助けた後も、アレスやダナンから先走ったことをひどくおこられたものだ。

げんめつしたか?」

「いいえ、もっと一緒にいたいと思った」

 笑うのをめたリットはバンダナを指で持ち上げ、口元をかくし目をそらしている。心なしか耳が赤い。

 俺も彼女から視線を外し、「あー、うー」と口ごもり、なんと言おうか迷って後頭部をいた。

「あー、うん、そうだな、俺もどうやら1人で商売するのは難しいようだ」

 そうだな、認めよう。俺は彼女からの好意をいやだとは感じていない。むしろ、自分でもおどろくほどうれしく思っている。

 きっと、それはリットが、俺がギデオンだった頃の仲間だからだと思う。自分の価値を否定され、勇者のパーティーを追い出された俺にとって、リットが俺を認めてくれることは……俺が足手まといだと分かっていながらも、必死に追いすがっていたあの旅が無意味なものではなかったと、そう思わせてくれていた。

「時間があるときでかまわないんだが……それに給料だって、大した額ははらえないけど……手伝ってくれたら嬉しい」

「うん! 時間があるときなんて言わないで、ずっと一緒にいるから!」

 リットは今度は首のバンダナで口を隠すことをせず、白い歯を見せて笑った。


 *         *         *


 勢いで居間にもどろうとしてしまったが、まだもう1つの薬を見せていなかった。

「え、ええっとだな、こっちの丸薬は、ゾルタンに来てから作ったんだが」

「エクストラキュアポーションと同じ効果を持つ薬とかやめてよね」

「そりゃ無理だ。これは新種のすいだよ」

「麻酔?」

「これまでのものと効果は変わらず、ぞん性を少なくしたものだ」

 治療などに使われる麻酔は依存性が高く、怪我けがを治しても薬物中毒になるかんじやは少なくない。それでも、麻酔無しでの治療は冒険者ですらがたい苦痛であるし、痛みと出血でショック死する可能性だってある。

 中毒のリスクを考えても、麻酔は絶対に必要な薬だ。

「でも依存性が無いなら無い方がいいだろう? 暗黒大陸を旅した冒険者の日記にあった薬なんだが、その材料がゾルタンに自生していてな。ウッドエルフが持ち込んだのかもしれない。まぁとにかく、そういう新しい麻酔なんだ。これは市民には必要ないだろうから、医者や冒険者に売ろうと思っている……んだけど、どうかな?」

「うん、それなら大丈夫そう。いい収入になると思う……ただゾルタン議会のしようにんを先にもらった方がいいわ」

「議会の?」

「依存性が低いといっても麻酔だもの、麻薬として使えないかって考える人はきっと出てくる。だから、先に議会の承認を貰ってあとからはんばい停止命令が出ないようにしておいた方がいいわ」

「確かにそうだな」

「新薬の売れ行きは予想できないわ。町の麻酔じゆようをすべてウチで引き受けられたらかなりの収入になるとは思う。その場合は、供給が間に合わないかもね」

「まぁ必要なのはコモンスキルの初級調合だから、人をやとえばすぐに増産できるよ」

 その言葉を聞いてリットがピタリと動きを止めた。

「そうか、レッドがすごすぎて忘れてたけど、これ初級調合で作れる薬だったのよね」

 効果の高い麻酔薬はそのほとんどが中級調合のスキルを必要とする。その意味でもこの薬は俺に合っているものなのだが……。

「薬自体は素晴らしいけど、正規の加護持ちでなくても作れるってのは問題かも……」

「そ、そうかな?」

「でもレッドの加護が特別なものだとは町の人は知らないはず。つうに売り出す分には、レッドは中級調合を使える加護だということにしておけばいいと思う」

「でも『薬師』の上級スキル、〝調合ぶんせき〟があれば、薬から調合レシピが調べられてしまう」

「レッドって本当、加護に関する知識豊富よね。固有の上級スキルなんて普通知らないわよ」

 相手の加護を知ることは、相手の手の内を知ることでもある。この加護は、わずかな例外を除いてモンスター達も同条件だ。

 いくつかその種族専用の加護もあるが、ほとんどは人間と同じで、特にモンスターの世界では、『闘士ウオーリアー』、『蛮人バーバリアン』、『盗賊シーフ』、『妖術師ソーサラー』、『祈禱師アデプト』の5つの加護が多く、これらの加護ができることを知っていれば、相手の戦い方を予測することが可能になる。

 特に俺の場合はスキルがたよりにならない分、知識でカバーしようとしていた成果だ。ここにいるリットの加護が『スピリットスカウト』で、せいれい魔法を隠しわざにしていることも早い段階で気がついた。

 戦闘でのかつやくが難しくなったあと、俺が斬り込んで相手の能力をあくし、仲間へ対策を伝えるという戦い方をしていた時期もあったくらいだ。

 まぁ、それも加護の法則の例外であるおう軍本隊のアスラデーモン達を相手にすることが増えてくるまでだったが。やつらは動物ですら持っている加護を、ゆいいつ持たない存在。神の失敗作とも呼ばれる。

 だが彼らは加護を持たない代わりに、アスラデーモン同士でゆうごうして、新しい能力をかくとくするという。

 この情報が正しいかは分からないが、アスラデーモンが俺の知らないスキル体系をしていることはちがいのない事実だ。

「まぁゾルタンには上級スキルを使える『くす』はいないはず。ゾルタン内で商売する限りは大丈夫だと思う。あなた1人が作れる量なら行商人にわたる量も僅かなものだろうし」

「良かった。じゃあ俺は中級調合が使える加護持ちということで、客に聞かれたら話すよ」

「お願い。でも、だったらなぜ中級調合で作れる薬を置かないのかってことにもなるから、聞かれた時だけね」

「わざわざ積極的に噓を言いに行ったりはしないさ」

 噓はつかないにしたことはない。噓を言わなければ噓がバレる心配もないのだから。

 ちんもくは金だと、昔の『勇者』も言っていたそうだ。

「昔の『勇者』ねぇ」

 リットはかんがい深げに言った。ウッドエルフ達が大陸のけんにぎっていたころに魔王と戦ったとされる過去の『勇者』の話はおとぎ話に近い。その実在を疑問視する人も多かったが、現代の『勇者』であるルーティが現れたことによって、『勇者』の加護が実在することが証明され、過去の『勇者』についても再評価されることになった。

 今では考古学者やぎんゆう詩人達が、『勇者』の記録や物語を探して古い町の書庫や、はいへきなどを調べて回っているそうだ。

「今の俺には関係のない話だけどな」

 そう、俺にとってはもう関係のない話だ。


 *         *         *


 貯蔵庫ではずいぶん話し込んでいたようだ。気がつけば夕日がしずみかけ、赤い夕焼けが今にも夜に飲まれそうだった。

「そうだ、メシ食べてくか?」

「食べる!」

 そう嬉しそうに返事をされたら料理を作る方も嬉しくなって気合いが入るというもの。

 俺は、台所に向かうと、さて何を作ろうかと思案する。

「とはいえ、買い物にも行ってないしな。ありあわせのものだと……」

 とりのもも肉をぶつ切りにして、水とすりおろしたしよういつしよむ。肉がやわらかくなったら半分に切ったジャガイモとゆで卵を加える。

 ジャガイモが柔らかくなった頃にパスタを加えて、塩と香草ハーブで味を調ととのえて……完成だ。

 南方風スープパスタ。旅だと水を捨てるパスタはもつたいいから、スープパスタを作ることが多かった。これもそういった事情から学んだレシピだ。リットに気に入ってもらえるといいが。少しだけきんちようしながら、俺は料理のうつわを運んでいった。


 *         *         *


美味おいしい!」

「それは良かった」

 首のバンダナを外しテーブルに座ったリットは、俺の料理を美味しそうに食べている。

 やはり美味しそうに食べてもらえるのは嬉しい。

「これからは毎日レッドの料理が食べられるんだね」

「ん? そうだな」

 どうやら毎日食べに来るつもりらしい。

 まぁ仲間に食事を用意するのは、俺の楽しみの1つだったしそれもいだろう。

「朝は何時くらいに食べるの?」

「ん、そうだな、7時半くらいか」

「それならちゃんと早起きしないとね。ぼうけんしややっていると、何もない日はつい、いつまでもどこから出ようとしなかったりするし、これからは改めないと。がんる!」

 どうやら朝も食べにくるつもりらしい。ということは3食うちで食べるのか。まともな給料出せない分、食事くらいは用意してやるのもいいだろう。

 明日あしたからは楽しいしよくたくになりそうだ。

「そうだ、私がお金出すからお作ろうよ」

「風呂? そりゃあったら嬉しいが、そこまでしてもらうのは悪い」

「いいよいいよ、私も使うんだから」

 ……風呂もうちで済ますつもりらしい。んー?

「ベッドはシングルベッド1つしかなかったよね。明日ベッド買ってこないと」

「う、うん?」

「必要な私物は持ってくるとして。家具とかは前の家に置きっぱでいいわね」

 大げさだなぁ、これじゃあまるで……。

「ははっ、まるで俺の家に住むみたいじゃないか」

「ははっ、あなたの家に引っ越すんだから当たり前でしょ」

「え?」

「え?」

 ちょっと待て、いつから俺の家に引っ越すって話になった。そりゃお店がへいせつされているから、建物はそこそこでかいが、居住空間自体はそう広いものじゃないぞ。

「だってさっき言ったじゃない。冒険者引退してここで働くって」

「ああ、言ってたな……え? なんでそれで引っ越すことに?」

「冒険者引退してここで働くんだから、住み込んだ方が色々と都合がいいでしょ?」

「な、なるほど、そ、そうかな?」

「そうよ」

「そうか」

 そうなのか?

 ええっと、話をまとめると……要するにリットは俺の家に住むってことだな。

「……う、うん? いやいや待て待て、それはまずいんじゃないか?」

「なんで?」

「いやだって、一緒に暮らすとなったら色々と」

「やだなぁ、前は同じテントでねむった仲じゃない。あの時よりはきよがあるわよ」

「そりゃ野営の時は同じテントで眠るだろうし」

「だったら同じじゃない、私達〝仲間〟でしょ?」

「ん? んん? いや確かに仲間だ」

「じゃあ同じ部屋で眠ってもいいじゃない」

「そうか」

「そうよ」

 そうなのか。

「じゃあ、私身体からだ洗ってくるから、洗面所使うわね」

「あ、ああ、えはあるのか?」

「アイテムボックスにいつも入れっぱなしよ」

「それはそれでどうなのだろうか」

「ここには気持ちのいい庭があるし、時間があれば日干ししておくわ」

「ん、じゃあ手伝おうか」

「いいよいいよ……本当にいいの?」

「ああ、そのうち一気に干してしまおう」


 ……ところで、同じ部屋で眠るのか?

 いやしんしつは1つしかないのは確かなんだが。




第三章 2人でスローライフを始めよう



 翌日。目を覚ました俺は、背中に当たるかたゆかかんしよくや、きゆうくつぶくろに包まれたじようきように、首をかしげた。

「……ああそうだった」

 ベッドで寝息を立てているリットの顔を見て、昨日のやり取りを思い出し、俺はしようした。眠る時間になると、どっちがベッドを使うかでめたのだ。

 もちろん、リットは自分が床に寝ると言い出し、俺も同じように床に寝ると言い張った。

 一時は「じゃあ2人とも床で寝よう」とかいう、意味不明の結論になつとくしそうになったが、結局じゃんけんで俺が勝ったため、こうして床で眠っている。

「不毛な言い争いだったな」

 野営に慣れた俺達にとって、寝袋で眠るくらい大したことではない。

 よく考えなくても、別に俺がベッドで寝て何も問題なかったはずだ。

「まっ、過ぎたことは仕方がない。朝飯を作るか」

 ゾルタンの夏は朝からすでに暑い。他所よそは秋だがゾルタンはまだあと1ヶ月は夏だ。

 外では、セミがギャーギャーと鳴いており、俺はうつとうしさ半分、夏らしい音にぜいのようなものを感じることも半分、寝袋からい出すと台所へと向かった。

「うひゃぁ、お湯かよ」

 みずがめめてある水は、夜の間で冷えることなど無く、お湯になっていた。

「あー、こんな日は家でダラダラするのがゾルタン流だわな」

 しかし、こんなお湯を飲んでもあせは止まらない。めんどうだがに水をみに行くか。


 *         *         *


 水のたっぷり入った水瓶を4つ、棒の先につけて運ぶ。

 基本的にゾルタンの水は、川から引っ張ってきた水道を生活用水にし、井戸水は飲用として使われる。

 また、飲用水としてはうすめたワインやエールなどのアルコール飲料も好まれ、アルコールでありながら子供にも飲まれている。

「よっと……魔法を使える加護がもっとたくさんあれば、色々事情もちがったんだろうがな」

 俺は水瓶を台所の暗所に置いた。これだけ暑いと、直射日光のあたるところに置いたら、すぐにお湯になってしまうだろう。ゆで卵くらい作れるかもしれない。

「卵か、ベーコンとオムレツ。レタスサラダとポテトスープ。そういえば昨日パンを買いに行ってないな。小麦粉はあるからクレープにしてサラダとオムレツに巻くか」

 何を作るのかを決めれば、あとは作るだけだ。

 朝食を作っていると頭の中に食事をするリットのがおがよぎった。リットが来てから最初の朝だというのに、すでに俺はこの生活を気に入っているようだ。


 *         *         *


「おはよー」

「起きたか、おはよう」

 リットはこちらが声をかけなくとも、料理が終わるくらいに起きてきた。

 俺の顔を見ると、ニヘラと笑い、そのまま洗面所に顔を洗いに行く。

「あー、台所に冷たい水があるから、持っていっていいぞ」

 ゾルタンの水道の水は、夏ひどくぬるくなるのだ。だが、リットは笑って首をる。

「だいじょうぶー」

 洗面所からほうえいしようが聞こえた。わざわざ魔法を使って水を冷やしたらしい。

「便利だねぇ」

 朝、井戸から水を汲んできた手間を思うと、やはり魔法を使える加護はうらやましい。

 その間に俺は食事をテーブルに並べた。

「いいねー、おいしそー」

 洗面所からリットがもどってきた。顔を洗ったのにもかかわらず、リットはふわふわとした様子でに座る。声も間延びしていて、パジャマもずれかたがあらわになっている。

「リット朝弱かったっけ?」

「うーん、ベッドが変わったからちょっと寝付きが悪かったの」

「リットってそんなせんさいだったか?」

「んふー、いただきます」

 俺の疑問には答えず美味しそうに朝食を食べ始めたリット。寝付きが悪かったと言う割にはなんだか満足そうだ。俺のベッドが安くて眠れなかったというわけじゃないらしい。

 俺は苦笑して、スプーンを手に持った。

 世間話をかわしながら、ゾルタンのだるい晩夏の朝はゆっくりと時間が流れていく。レモンをかべた冷たい水をコップに注ぎ、ごくりとのどを鳴らしてそれを飲む。

「美味しい」

 セミの鳴き声に混じる、料理をうれしそうに食べる彼女の言葉に、俺は知らずにしようを浮かべていた。


 *         *         *


 食事を終え、食器を片付けてから、俺達は冷たいお茶を飲みながら今日の予定を話し合った。

「昨日言ってたアイテムボックスの中身を干すのからやるか」

「あーやっぱり先にやることやろうよ、これはいつでもできるし」

「そうか、じゃまず、ベッドや必要な私物を持ってくるか」

「だめだめ、私のベッドはあの部屋には入らないわ」

「……いいベッドで寝てるんだな、そりゃ寝付きも悪くなるさ」

「眠れなかったのはそういうわけじゃないんだけどなぁ、ベッドは新しいの買うわ。でも、私の家にある絵画とかお店に合いそうなものは持ってくるつもり」

「絵画?」

「美術品の効果って結構鹿にならないのよ? 適切な美術品を置けば確実に売上はびるわ」

「そういうものなのか」

 だが確かに、ふんいお店には立ち寄りたくなる力がある気がするな。

「買い物ついでにすいやくの許可をもらうのに、何かおくり物でも買っていくか」

「いいわね」

 もちろんしんせいするときにかんりように贈り物をわたさなければいけないという法はない。ないのだが……何かを決めるのに、厳密なルールがあるという国はめずらしい。ましてやここはたいの町として知られるゾルタンだ。

 新薬がにんされるかどうか、決めるのは担当官僚の判断。印象だいでどうにでも変わる。

「新興の薬屋だから、ちょっと高めの持っていった方がいいかもね。店自体の信用がないから」

「分かってる。こういうこうしようにかけてはよく知っているからな」

 店の経営面はともかく、その土地の有力者との交渉は旅をしていたときも俺がやっていた。そうだな、30ペリルくらいの贈り物でいいだろう。市価に近い値段で売れる貴金属系が好まれる。銀食器あたりがとうなところか。

「そうだ、贈り物だけじゃなく、リットが使う食器も買い足すか」

「別にいいよ。同じの使お」

「ある程度そろえているとはいえ1人分しか考えてなかったからな。別に皿まで分けることはしないけど、単純に数にゆうがない」

「そういうことならいいけど。私の分なんだから私が出すね」

「高級食器なんて買われても困る。俺が出すからいいよ」

 びんぼう暮らしに慣れた今の俺に、高級食器を使っての家事はこわい。

 小心者だと笑いたいなら笑うがいい。この手の中にある皿が半年分の収入と同等とかになると、じようていねいあつかいになって家事の能率が下がるのだ。

「高級食器だからって別に丁寧に扱わなくていいのに。食器なんてしようもう品よ」

「といってもなぁ」

 それに俺は旅をしていたころは、収支管理もしていた。お金にはちょっとシビアだったりする。

「じゃあお言葉に甘えましょう。あと私の給料だけど」

「……うん」

 ごくりと俺の喉が鳴った。そうちやちやな額を言い出すとは思えないからそこは安心だが……。

「日給1・5で大体月に30ペリルでどう? これに食事と住む場所がつくんだから、妥当なところだと思うんだけど」

 店の従業員の給料としては少し安めなくらいだろうが、彼女の言うとおり食事と住居がつけば十分な額といえる。

 だがリットはBランクぼうけんしや。先月までの月収は万をえているはず……30ペリルというのは、彼女の資産を考えれば、あってないような額だろう。だが……。

「分かった、それでたのむ」

 ここで給料がいらないと言われてしまうと、それはそれで非常に心苦しい。働いてもらう以上、何かしらほうしゆうはらうべきだと俺は思う。もしここで、リットに報酬はいらないと言われてしまえば、俺はなんとしてでもリットに給料を支払おうとするだろう。俺はそういう人間だと自覚している。

 おそらくそれは、月30ペリルより多い。

 だから、リットがこうして相場通りの額を言ってくれたのは、俺にとっても助かった。

 あ、もしかして、この家で暮らしたいと言い出したのも、給料で気をつかわせないためなのか? まさかリットのやつ最初からそこまで考えて!

「ありがとうリット」

「え? あ、うん、どういたしまして?」

 キョトンとした顔でとぼけているが、さすがはたった1人のパーティーでこのゾルタンの問題を解決していた冒険者だ。

 俺はそれ以上何も言わず、心の中でもう一度感謝の言葉をリットに告げた。


 *         *         *


 ベッドを買いに家具屋へ向けて、俺とリットは並んで通りを歩く。

 ゾルタンでは夏の間、朝と夕方に働き、昼間は家で大人しくするというのがあんもくりようかいだ。そのため、朝だというのにゾルタンの通りは活気があった。もっとも、全員あせを浮かべて、めんどうくさそうな顔をしているため、文字通りの活気とはほどとおいのだが。

「リットはゾルタンにはもう慣れたのか?」

「この気風? うーん、まどうことは多いわね。暑い土地はみんなこうなの?」

「いや、同じねつたいでも、銀の町ムザリは、朝は銀鉱石を求めて鉱山に向かう鉱山労働者、昼は鉱山労働者相手に食事を作る人達でにぎわい、そして夜は仕事を終えた人々がビールを片手にわめき歌う。活気のある町だったな」

「レッドはムザリにも行ったことあるんだ」

「ミスリル銀のインゴットを手に入れにね。色んな所へ行ったけれど、このゾルタンだけは来るとは思わなかったよ」

 魔王軍との戦線とはかけはなれ、しんりやくする価値もない未開発の土地が大半をめる国。国土の大半は湿しつ帯で農業に適さず、木々もやまあい以外は低木ばかり。

 魔王軍との戦いへの参加はわずかな資金を中央にえんじよする程度にとどめており、えんせいに兵を出すことはほとんど無い。

 めぼしい特産物もないし、技術力も低ければ、モンスターもあまり強いものがいない。

 中央の山間部では日常的にしゆつぼつするアウルベア程度にBランク冒険者が必要とされるなんて、それだけこの地の冒険者が強敵との戦いを知らないしようだ。

「つまりは平和。勇者を必要としない国。勇者のパーティーだった俺にはえんのない国だと、そう思っていた」

「勇者を必要としない国ね、確かに」

 窓のそばに座り、水の入ったおけに足を入れたハーフエルフの少女が、俺に気がつくと手をった。確か転んでりむいたひざに薬をってあげたことがあった子だったかな。

「私は……たまに物足りないことがあるわ」

 その様子を見て、リットが言った。

「そうか」

「でも私は、あの時、あなた達といつしよに行かなかった。あなたと一緒に旅をするのは、それはそれできっと満足のいくせんたくだったと思うけれど……今ここにいる私が答えなの」

「…………」

 リットがルーティ達とおうとうばつの旅に出るという未来もあっただろう。

 でもそうはならなかった。

 俺達はけつぷうの中を進む勇者の道ではなく、ただのリットとレッドとしてゾルタンを歩いている。


 *         *         *


 ストームサンダー家具店。変わった名前だが、うでのいい家具職人がいる店だ。

「ストっち、いる?」

 リットが声をかけると、店の奥からずんぐりとしたかげが現れる。イノシシのような鼻をした、身長は人間よりじやつかん低いが、筋肉質で横に広い身体からだをした男。口からきばき出しおそろしげな外見を強調している。

「これはリット様、いつもご贔屓ひいきにしていただきありが……なんでレッドがいんの?」

「あー、まぁ色々あってだな」

 町1番の冒険者と薬草採取専門冒険者という予想外の組み合わせに、ストっちことストームサンダーは短い首をかしげている。

「私、今日からレッドの家に住むことにしたの」

「は?」

「だからベッドを買いに来たのよ」

「お、おぉぉ、そ、それはおめでとうございます? そんなことになっているとは知らず、いやぁ、レッドは幸せ者ですね」

「いや待て、かんちがいしてないか?」

「ベッドの注文ですね? このストームサンダーにお任せください」

 ストームサンダーはみ手でリットにペコペコと頭を下げている。

「おいストサン、俺の時とずいぶん対応が違うじゃねぇか」

「そりゃ安物のベッドを30分も値切って買う客と、高級ベッドを言い値で買ってくれる客じゃ対応も違うわな!」

「……うん、そうだな」

 あきれて言うストームサンダーに、俺は何も言い返せなかった。確かに言うとおりだ。

 ストームサンダーはハーフオーク。人間とオーク両方の血を引く種族だ。

 この場合ハーフオークとは、両親が人間とオークなのではなく、先祖のどこかにオークの血が混じり、それが完全にうすくなっていない人間のことを指す。

 オークとはイノシシのような顔を持つ暗黒大陸の種族で、魔王軍の一角をなす好戦的な種族だ。特にアヴァロン大陸しんこうせんぺいであるオーク軽騎兵ハサーは、その機動力とごうよくさでりやくだつり返し、悪名高い。

 勇者ルーティと俺が最初に戦ったオーク達も、このオーク軽騎兵ハサーだ。

 彼らの子らは両大陸間で戦争が起こるたびに、こちらの大陸にも多く生まれている。

 魔王軍の尖兵たるどうもうざんぎやくな親から生まれたのにもかかわらず、ハーフオーク達のしようぶんは人間と変わらない。しかしながら、その外見や出自からひんこん層での暮らしをいられる者も多く、そのため裏社会で生きるチンピラや、略奪で生計を立てるとうぞくようへいに身を落とすものも多い。

 ストームサンダーという名は、本来は暗黒大陸の言葉であらしかみなりをさす別の言葉の名を、こちらの大陸の言葉に直したものだ。俺や下町仲間は縮めてストサンと呼んでいる。このあいしようを本人はあまり気に入っていないようだが。

「それで、ベッドを設置なさいますお部屋はどのような広さで?」

 ストームサンダーは俺には見せたことのない低姿勢でごつい身体を折り曲げペコペコしている。俺はだんは口やかましい下町職人の現実を見た気がして目をそらし、店内に展示されている家具を見ることにした。

 どれも木製の家具で、せいこうなもの、質素なものとはばひろい。材質もがんじようかし製、美しいこくたん製、希少なアイアンウッド製、なかでも目を引くのはリヴィングウッドという、非常に生命力が高く、こうして家具として加工された後も、水をきりきなどでかけてやると欠けた傷を修復する木を使っているベッドだ。

 長年使えるとして、中流階級には人気のある品なのだが加工難易度が高く、中級家具製作スキルという、あまり持っている人がいないスキルを要求されるため、ゾルタンくらいの規模の町では手に入らないのが普通だろう。

「おい! 買うつもりもないのにさわるな!」

「傷ついても直るんだろう?」

「だからって傷つけやがったら承知しないからな!」

 俺がリヴィングウッドのベッドを軽くたたいたりしているのを見たストームサンダーが文句を言う。俺はかたをすくめてなおに離れた。

 しばらくすると、リットが俺を呼んだ。

「このくるみウオルナツト製のダブルベッドに決めたわ」

「シングルベッドにしなさい」

「ヘタレ」とストームサンダーが小さくつぶやいたのを俺は聞きのがさなかった。

 じろりとにらんでやると、あわてて目をそらして「同じデザインのシングルベッドを持ってきます」と、店の奥にげていってしまった。

「ヘタレ」

 ニヤニヤと笑いながらリットが、そのくせ自分も顔を赤くしながら言っている。

「再会してまだ2日目だぞ」

 とりあえずはそう言ってあいまいな感じにしておく……しかし、ダブルベッドか。

 実はこういうの経験ないから正直分からないのだ。


 *         *         *


「ゾルタンって意外にハーフオークが多いよね」

 こうにゆうしたベッドの配達は夕方にしてくれるそうだ。俺達はリットの住んでいたしきから店に合いそうなちようぞう1点、絵画数点、品のい机とテーブルを1セット、荷車にせて運んでいた。荷車を引くのはリットがしようかんした土のせいれいじゆうだ。

 リットの屋敷は町1番の冒険者にふさわしく、ごうなもので、しんしつが4つもあったり、プライベート用のバーがあったり、かくしドアのついた秘密の部屋やいざという時にだつしゆつできる隠し通路、せんたく所と洗面所はちゃんと別、ゆったりと入れる浴場までついていた。

 今後は屋敷は使用人としてやとわれていた2人がそのまま使い、商人達が会合を開いたりするのに貸すらしい。そっちの収入の方がうちの給料より高そうなのが悲しいところだ。

「レッド?」

「あ、ああ、ごめん、何の話だっけ?」

「もう、ゾルタンにハーフオークが多いって話よ」

 ハーフオークか。

 確かにゾルタンは、外の国よりハーフオークの割合が多めだと思う。

「ストームサンダーは、『職人』の加護持ちでレベルも高い。でもハーフオークだとほかの国じゃまともな店を開けないからゾルタンに流れてきたんだ。ここなら多少いやな目で見るやつがいる程度で済むからな。他にも同じように他所よそからまともなかんきようを求めてゾルタンにやってくる暗黒大陸人とのハーフヒューマンは多いんだ」

「なるほどねぇ……にしても、さすがレッド、加護のレベルが分かるんだ」

「実は代金が足りなくて、あいつのりを手伝ったことがあるんだ」

「なるほど、せんとういん系加護は大変だね」

 加護は加護を持つものと本気で戦い、殺した場合にしかレベルの成長が起こらない。非戦闘系の加護を持つものであっても、また『戦士』の加護を持っているが普段は戦いとは縁のない仕事をしているものであっても、加護の力を高めるにはけんを持ち、けものやモンスター、そして人と戦わなければならない。

 加護。

 この世界の生きとし生けるものは、アスラデーモンというごく一部の例外を除き、すべて生まれつき加護という力をあたえられる。

 加護を与えるのは至高神デミス。こちらの大陸ではすべての国で国教とされている。教義のかいしやくは多少違えど、エルフやドワーフ、未開の部族やゴブリン達、知性を有するモンスターに至るまですべてだ。

 加護という目に見える力を与え、加護を通じて存在を感じられる実在する神なのだから、他の存在するかもわからない神をしんこうする余地はないのだろう。

 繰り返しになるが、加護は神から与えられるものだ。

 親や教育といったものにはいつさいえいきようされない。貧民街のから『軍師』や『将軍』の加護を持つ者が現れることもあるし、高貴なる王族の血から『盗賊シーフ』の加護を持つ者が現れることもある。

 どの加護が与えられるかは、まさに神のみぞ知る領域なのだ。

 加護には名前、スキル、そしてレベルが存在する。

 レベルが上がるとスキルを得るためのポイントが与えられ、スキルを得ることでちようじん的な力や技術を得る。

 それは魔法のようなわかりやすい能力から、武器やよろいあつかい、道具の製作、心をふるわせる歌まで、知識分野以外のあらゆる場面で力を発揮する。加護のレベルがその人物の価値だと考える人が大半だ。

 人が大成するには、加護のレベルを上げることがひつであると言っていいだろう。

 では加護のレベルを上げるにはどうすればいいか?

 方法はただ1つ、加護を持った相手と戦い殺傷することでのみレベルが上がる。

 これは戦闘系の加護も非戦闘系の加護もいつしよだ。『職人』の加護は本業である製作では一切レベルが上がらない。

 そのため、ぼうけんしやらいしレベル上げのための狩りを手伝ってもらう者、あるいはけんぎようで冒険者となってモンスターや動物を狩る者など、生きとし生けるものはすべて加護を強化するために殺し合う。

 冒険者ギルドという無頼の集まりが、組織としてそれなりに高い権力を有しているのは、さまざまな組織の人間が兼業してギルド員となっているからだ。

 横を見ると、熱気ただよう表通りを13歳くらいの女の子が2人、暑さにもかかわらず、キャッキャとじゃれ合いながら歩いていた。

 その背にはそうしよくのない無骨な素槍スピアが背負われている。せんたんくろがねやいばにはき取り忘れた赤黒い血が少し残っていた。


 この世界は戦いに満ちている。


 *         *         *


 俺達は雑貨屋でリットの分の食器や雑貨を買いそろえた。なかなか安くてもい物が買えて、ほくほくだ。

「あとは市場にも寄ろう。そろそろ食料を買い足しておきたい」

「いいよ、私、ハンバーグが食べたい」

「ハンバーグね、分かった」

 卵はまだちくがあったな。俺は材料を頭に思いかべながら、市場へと向かう。

 それから10分ほど歩いた時だろうか、一昨年おととしの嵐で家屋がとうかいし、その後空き地となっている場所でのことだった。

 俺達の耳に子供の悲鳴とせいが聞こえてきた。

けんかな」

 やんちゃな子供はどの町でもいるものだ。子供の喧嘩に事情を知らない大人が声をかけるべきかはなやむところだが……。

「この声、タンタか」

 ゴンズのおい、ハーフエルフのタンタ。喧嘩しているのは彼のようだ。

「知り合い?」

「多分ね。ちょっと様子を見てくる」

 声は空き地の方だ。のぞいてみると、3人と2人に分かれて喧嘩をしている。

 2人組はどちらもハーフエルフであり、3人組の方が人間だ。

 タンタは人間の男の子となぐり合っていたが、形勢は非常に悪い。

「ありゃスキルか」

 どうやら男の子は加護にせつしよくすることに成功しているようだ。早熟なのだろう。すでにレベルを2か3に上げている。

 戦いぶりを見ていて、俺は男の子の加護の種類を推察した。

 止めた方がいい。よく見たら3人組の男の子の中で手を上げているのは加護を使っている子だけだ。残り2人ははなれてせいを飛ばしているが、時折おびえたような表情を浮かべて、戦いの中に入らないようにしていた。

 1人の人間の男の子がこの喧嘩の原因なのだろう。

「おいやめろ!」

 俺が声をかけると、子供達はいつせいり向いた。大人が現れたことでおこられることに怯えたような、しかしあんの感情も見える。だが、

「うるせえ!」

 タンタを殴っていた男の子は素早い動作で地面に転がっていた石を拾うと、俺に向かって投げつけた。石を拾ってから投げるまで流れるような動作だった。スキル〝ありあわせの喧嘩術〟によるものだろう。

 カキンと金属音がして、石が俺のどうつるぎはじかれた。

 子供達は目を丸くしておどろいている。石を投げた子さえも。

「ほぉ」

 だが俺だけは、反対に子供とは思えない投石に思わず感心して声をあげてしまった。

 剣を持った手にわずかなしびれが残っている。するどいちげきだった。

「その実力なら、子供相手の喧嘩はじようだろう。大人と一緒にモンスターを相手にした方がいいぞ」

「う、うるせぇ! 銅の剣なんて持ってるくせに!」

 男の子は顔を赤くしてさけぶと、走って逃げていった。

「ま、待ってよアデミ!」

「置いてくなよ!」

 残り2人もあわてて追いかけていく。俺は小さく息をくと剣を収めた。

 正直、剣をくとは思わなかった。こぶしたたき落とそうと思ったのだが、拳で打ち落としていたら怪我けがをしていただろう。加護と本人のあいしようがいいらしく、加護に目覚めて間もない子供でありながら、Eランクの冒険者ともわたり合えると思えるほどの一撃だった。

「タンタ、だいじようか?」

「……うん」

 タンタはくやしそうに、よごれた顔をそでぬぐった。袖も汚れていたので汚れが広がっただけだ。

「ちょっとこっちを向け」

 俺は持っていたタオルでタンタと、もう1人の子の顔を拭いてやった。

 汚れは落ちたが、少しアザが残っている。

「よし落ちた」

「ありがと……」

「運が悪かったな、相手はもう加護に接触している子だった。2人ともまだだろ?」

 2人は小さくうなずいた。

「でも、レベルが低いうちは加護無しでもあまり変わらないって」

「あれは相性がいいな。良くも悪くも」

「相性?」

「相性とはな……」

「あ、あの!」

 説明しようとした時、もう1人の男の子が声をあげた。ふわっとしたくせっ毛のハーフエルフでタンタに比べるとほおのラインが少し丸く、じりが少し垂れている。目が少しじゆうけつしているのは、なみだをこらえているためか。

「た、タンタ、この人は?」

「ああ、ごめんアル、この人はレッド兄ちゃん。オレの友達の薬屋さんだよ」

「薬屋さん?」

「あと冒険者さんでもあるよ」

「なるほど、それで強かったんですね」

 この子はアルというらしい。

 初めて会う子だ。下町の子ならある程度知っているつもりだったのだが。

「レッド兄ちゃん。アルの家族はサウスマーシュ区なんだ」

「サウスマーシュの子か、どうりでおぼえていないわけだ」

 サウスマーシュ区はゾルタンの西にある居住区だ。ぬまかんたくして作った土地であり、ばんが弱いため居住区としては人気がない。

 自然とそこは外からやってきた資産を持たない外国人達が集まったひんみんがいの様相を示している。そのあたりをアルも理解しているのか、サウスマーシュ区としようかいされてうつむいてしまった。

ひざを怪我してるじゃないか」

 アルのひざがしらだ。赤く血がにじんでいる。おそらくき飛ばされるなどして転んだときに怪我をしたのだろう。俺はふところから消毒薬と包帯を取り出した。

「あとは水が欲しいな、のところまで歩けるか?」

「そ、そんな大丈夫です。大した怪我じゃありませんから」

 手を引くとアルは痛みで顔をゆがめた。見た目より傷は深いのかもしれない。

えんりよするな」

「わわっ」

 俺はアルを背中に背負い歩き出した。

「だ、大丈夫です。歩けますから!」

 アルがじたばたと手足をバタつかせるが、気にせず井戸まで連れて行った。


 *         *         *


「これでよし」

 薬をつけて、包帯は足の痛めている部分を固定するように巻く。

「2、3日大人しくしておけば痛みは消えるだろう」

「ありがとうレッドさん」

 頭をポンポンと軽く叩くと、アルは、はにかんだように笑った。

「レッド兄ちゃん! どういうことか説明してよ!」

 大人しいアルとは対照的にタンタは興奮して叫んでいる。まぁ仕方ないよな、だって。

「なんでまたリットさんが一緒にいるの?」

「それはだな……」

「それは私がレッドと仲良しだからなの」

「そうなの!?」

「そうなの。今日から一緒に住むの」

「ええ!? レッド兄ちゃんにそんなしようあるの?」

「うーん、悩むわね」

 おい何を言っているんだリット、子供に変なことき込むな。タンタも変なこと言うんじゃない。俺が悲しくなるだろうが。

「あの」

「ん、どうしたアル」

「加護のことなんですけど……レッドさんやリットさんは加護にはくわしいんですよね?」

「それなりにな」

「あいつ、ボク達と喧嘩していたヤツなんですけど、アデミって名前で」

「アデミの加護のことか?」

「はい、アデミは確かにエルフぎらいでいややつだったけど、あんなに乱暴な奴じゃなかったんです。それがここ最近、急に短気になって……」

「なるほどな、それは加護にれたからだ」

「加護に触れるとああなるんですか?」

 アルの目が不安でらいだ。

 加護はこの世界で生きていくのに欠かせない神様からのおくり物……。

「加護に触れるってのは分かるよな?」

「うん! 自分の加護が何なのか自覚して、スキルを自分でせんたくして成長させられるようになることだよね?」

 横からタンタが割り込んで答えた。

 俺はその頭をなでてやる。タンタは頭の上にある俺の手を両手でつかむとうれしそうに笑った。

「正解だ、よく勉強しているな」

「常識だもん」

「そして加護に触れるとだな、その本人の人格も加護のえいきようを受けるようになるんだ」

 俺の言葉を聞いてタンタが首をかしげた。

「どういうこと?」

「例えば、『職人』の加護を持つ者ならモノづくりが好きになったり、『ほう使い』の加護を持つ者なら知識欲が高まったりだな。その加護がイメージする人間像に引き寄せられるというか」

「それでアデミが短気になったんですか?」

 アルの顔には、ハッキリと不安ときようが表れている。なるほど……これは、

「加護の自覚までは進んだのか」

「は、はい……ボクは『ウェポンマスター』の加護でした」

「おぉ、すごいじゃないか」

『ウェポンマスター』は1つの武器のあつかいをきわめる戦士系の加護だ。じようきように応じて武器を使い分けるような多様性はせいになるが、しゆうねんによって極めたわざは同じ武器を使う同格の『戦士』をりようする。新しい武器を次々に得ながら旅するぼうけんしやよりも1つのきよてんで戦う冒険者や兵士などに向く。

「アデミって子は、多分『喧嘩屋バーブローラー』の加護だ」

「『喧嘩屋バーブローラー』?」

「非武装での戦いと1対多の状況にしようてんをおいた加護だな。石やさかびんとか武器でないものを武器のように扱えたり、有利な位置を得るために相手を突き飛ばしたり転ばせたりする固有スキルがそろっていたはずだ。武器にぞんする『ウェポンマスター』では、非武装のけんという状況に限定するなら、勝てないだろうな」

「それで急に喧嘩が強く……」

「で、問題はアデミは加護と相性が非常にいことだ」

「相性?」

「そう、相性だ。本人の肉体的、精神的資質と加護の相性が良いと、スキルはより強くなる。アデミはたぐいまれなる『喧嘩屋バーブローラー』の天才と言える」

「『喧嘩屋バーブローラー』の天才……なんかみようなような」

「そうだな、そこが問題だ。これが社会的に尊敬される種類の加護ならばいいんだが、『盗賊シーフ』、『強盗バンデツト』、『殺人鬼マンスレイヤー』など、非社会的な加護との相性の良さが本人の人生をじやあくなものにしてしまうことがある。アデミの場合もそうだ。『喧嘩屋バーブローラー』の加護は立ちふさがる障害を喧嘩という手段で解決するように導くんだ」

「そうだったんだ……その、『ウェポンマスター』は大丈夫なんですか?」

「まぁ『喧嘩屋バーブローラー』に比べたら大丈夫だと思うが、武器へのへんあいもうしゆうという形で現れるな。自分の武器が手元にないと落ち着かない、自分の武器を鹿にされるとげつこうしやすくなるとか」

「う……」

 アルはまだ不安そうな様子だ。だがこればかりは加護を持つわれわれの宿命というか……神が我々に期待する役割というか……。

「まぁそう気にするな。確かに加護の影響は強いが、それに支配されるわけじゃない。アデミも慣れてくれば加護と上手に向き合える。アルも自分の武器を大切にするくらいの位置でとどまれるさ」

「ボク、加護なんていらない」

 タンタがギョッとしたように表情をこわばらせた。リットもしんけんな顔をしている。

 加護は神からあたえられるもの。神が選んだ贈り物。

 それをきよすることは重大なとくしんこうであり、聖方教会のたんしんもんかんに聞かれたらしよばつの対象になる。子供のうちならむちと説教くらいで済むだろうが、以後目をつけられることにもなりかねない。

 だが……自分の加護に対する不安を、俺はよく知っている。アルの不安は当然なのだ。

 いや、俺だけじゃないのだろう。本来ならば森のたみせつこうとしての役割を持つ『スピリットスカウト』の加護を持つリット。彼女が城で大人しくできなかったのは、自由を愛する加護の影響ではなかったのか。

 タンタに大工の仕事に合う加護が贈られているかは分からない。タンタは加護に触れるその日を期待だけでなく恐怖と共に待っている。

 アルを頭ごなしに否定したくはない。無理に否定することは彼の人生を歪めてしまうかもしれないからだ。

 俺は、少しだけ何を言うべきか迷った。

「アル、確かに加護と向き合うことはこわいことだと思う。加護によって人生を決められるようなものだ。でもな、どんな加護を持っていたって、アルはアルなんだ」

「どういうこと?」

「加護も自分の一部なんだ。やさしいお母さんの中に小さなことでガミガミとり散らす一面があるように、酒にった父親がだんとは全くちがう一面を見せるように」

「うん、ボクのお父さん、普段は怖いのにお酒飲むとすごく笑うようになる」

「そういうの全部ひっくるめて自分なんだ。加護も同じだ。加護に引きずられそうになった時は、加護を否定するのでもなく、加護のれいになるのでもなく、自分の一部としてコントロールするんだ。そうすれば加護はこれからアルのことをたくさん助けてくれる」

「本当?」

「本当さ、『ウェポンマスター』の加護は、身体能力の向上や、武器を持っている限り恐怖と混乱に対する完全たいせいを得るといったスキルをもたらしてくれる」

「恐怖? ボク、暗いところが怖くてみんなから馬鹿にされるんだけど、それも直る?」

「ああ、どんなくらやみだって怖くなくなる」

 アルは少しだけ安心したように笑った。

「ありがとうレッドお兄ちゃん」

「どういたしまして。俺は普段は薬屋にいるから、もし何か不安に思うことがあったら来い。Dランク冒険者なんかでよければ相談にのるぞ」

「うん! ……その」

「どうした? まだ不安なことがあるのか?」

「相談することが無くても、遊びに行っていい?」

 アルは少し顔を赤くして俺の目を見つめている。俺はアルのやわらかいくせっ毛のかみの毛をくしゃりとなでた。

「いいぞ、メシでも食べに来い」

「うん!!」

 アルはかがやくような子供らしいみをかべた。笑うと、この子はほおにエクボができるんだなと、そんなことを俺は考えていた。


 *         *         *


 少し寄り道したせいで、市場へとうちやくしたときにはもう正午に近い時間だった。

 俺とリットは暑さであせをかきながら食材を買い集める。

「レッドー、こっちは全部集まったよ」

「おう」

 買い物はメモをわたして2人で手分けした。市場の商人達は暑さでやる気がでないのか、呼び込みの声もなく、うちわハンドフアン片手に店の奥のかげに引っ込んでしまっている。おかげで呼び止められることもなく、づかいをすることもなかったのは良いことだが、ゾルタンの市場らしいたいさに、俺はしようしていた。

 リットの方も同様だったようで、普段市場を利用しないリットは面白おもしろそうに笑っている。

「ロガーヴィアなら、夏でも市場はうるさい感じだよ。私はこれを毎日食べているから夏バテなんてえんなんだって、お決まりの口上だったなぁ」

「俺の故郷は田舎いなかだったからな、市場なんてものはなかったよ。それぞれの家が作っているものを持ち寄って物々こうかんさ」

「レッドの故郷ってそんな感じだったんだ。でもレッドは8歳のころにはもうだん入りしてたんでしょ?」

「まぁね。故郷にいたのは、ほんの子供の時だけだったよ」

 だから、故郷に親しいといえるほどの人はほとんどいない。ルーティからも忘れられているかなと思ったくらいだったが……1年に数回帰るときは、ルーティはいつも村の入り口でだれよりも早く俺をむかえてくれた。

「ぐっ、あの頃はなついていたのになぁ」

 それが今じゃアレスと仲良くなっていたとは。

 お兄ちゃん全く気が付かなかったよ。

「……それ信じられないんだよね」

「ん?」

「あのルーティがレッド以外の人間に心を開くなんて想像もできない」

「そうか?」

「うん、私、あんなに怖い人、ほかに知らないもの」

「怖い?」

 じようだんかと思ったが、リットの顔は真剣そのものだった。

とうじようで私、ルーティと向かい合った時、初めてはだあわつってこういうことを言うんだなって理解した。どんなデーモンよりも、私はあの時のルーティが一番おそろしかったよ……だから、レッド、いえあえて元の名前で言うけれど、ギデオンにルーティが甘えているのを見た時、信じられない思いだった」

「ふーん、まぁちょっと表情が分かりにくいところはあるけれど」

「そのルーティが、ギデオンの代わりにアレスなんかに甘えるって、私想像できない」

 ずいぶんな評価だが、リットは本気で疑問を感じている。

 俺は少し不安になったが……。

「まぁルーティは俺よりはるかに強い。今、勇者のパーティーがどうなっているかは分からないけれど、風の四天王をたおしたらしいし、上手うまくやっているんだろう」

「……それもそうね! 私達はゾルタンにいるんだし、気にしても仕方ないよね」

 考えてしまったことを否定するようにリットはそう言うと、俺のうでを取った。

「帰りましょ」

「ああ、帰ろうか」

 世界の運命を決める戦いから外れた俺達はもう、勇者達とは違う世界にいるのだから。




まくあい 勇者ルーティは1人ぼっち



 勇者パーティーの1人、『武闘家』の加護を持つダナンはいかりでうなった。

「いい加減にしろアレス! これで何度目だ!」

「無くなったのならまた買いにもどればいいだけのことじゃないですか」

けんじや』の加護を持つアレスはダナンの怒りを気にした様子も無く言う。だがそのくちびるわずかにふるえており、『賢者』である自分が無学なダナンによって子供のようにしかられることにくつじよくを感じていることが表れていた。

 現在、勇者のパーティーは、ブラッドサンドばくにあるという先代おうが残した兵器を探している。

 現代の魔王軍にうばわれる前に手に入れるかかいしてしまおうというのが、今の目的だ。

 だが、水、食料が切れ集落へかんすること、これで3回目である。兵器がどこにあるか分からないというのもあるが、レッドことギデオンがパーティーをけてから、物資がちゆうで切れることが明らかに多くなっていた。

「同じ場所を何度も往復して、この砂漠で何日時間をついやしていると思っている! 砂漠の民の協力を得られなかったのもお前がこうしように失敗したからだろ!」

「伝説の兵器ですよ? そう簡単に見つかるわけ無いでしょう。交渉についても最善をくしました。ですが砂漠の民はこの地の王にも従わぬとうぞくもどきのやからですので。文句があるならあなたがやってくださいよ」

 アレスはかたをすくめる。その態度が余計にダナンをおこらせた。

「物資調達も交渉も、自分がギデオンの代わりにやると言い出したのだろうが! それをなんだ!」

「ギデオンと違って、雑用ばかりやっているわけにもいかないので」

 ダナンがさいなことで怒り出すのはいつものこと、アレスはそう考えていた。

 が、ダナンの表情がすっと真顔になったのを見て、アレスののうに危険信号が走る。だが、おそすぎた。

「もういい、俺はギデオンを探しに行く。このままでは先に進めない」

「ちょっと待ってください! これから先代魔王の秘密せつに行くのですよ!? ここで抜けるのは困ります!!」

「このままではぜんめつだ。俺は魔王を倒すのに一番近道だと思ったからパーティーに入っただけだ。近道でなくなったのならここにいる意味はない」

 ダナンは本気だ。少なくともアレスにはそう見えた。

 助けを求めるように、座っている『クルセイダー』のテオドラを見るが、彼女はわれかんせずといった様子で腕を組んで目をつぶっている。ギデオンの代わりに入れた『アサシン』のティセは、らい主であるアレスには忠実だがこのようなじようきようでは役に立たない。

「ギデオンを追い出したのは取り返しの付かないことだったよアレス。早まったことをした」

「何度も言った通り、追い出したのではありません、彼は自分から言い出したんですよ」

 ダナンは傷だらけの顔に冷笑を浮かべたままだ。

 その時、

「ダナン、兄さんを探しに行くの?」

 ダナンの冷笑さえこおりつくような、冷たい声がした。

「ゆ、勇者様。これは……」

 全身を筋肉のよろいで包まれたダナンが、1人の少女を前にしておびえるように身をすくめている。それは、草食動物が絶対に勝ち目のない大型肉食動物ににらまれパニックを起こし機能を停止した様子に近いだろう。

 勇者ルーティ。小さな身体からだを白銀の鎧で包み、こしごうせいけんき、無表情でおおがらのダナンを見上げる少女。


 だが、彼女は神が決めた最強の者。世界を救うためにちようじようの力を得た『勇者』なのだ。

 指ではがねを切りくほどの『武闘家』であるダナンですら、『勇者』には絶対に勝てないと本能が理解していた。ダナンののどがごくりと鳴る。

「こ、これ以上アレスに任せていてはパーティーが全滅してしまいます。あなたのお兄さん、ギデオンが我々には必要なんです。勇者様だって……」

「だって?」

「い、いや、その……」

 だめだ。ダナンはひざを屈し、彼女の視線からのがれたいというしようどうこらえるのでせいいつぱいだった。それだけで、何百という殺し合いを生き抜いてきた男の精神はジリジリともうしていく。僅かなちんもくだったのだろうが、ダナンには数十倍にも長い時間に思えた。

「許すわ。行きなさい」

「え?」

「ダナン、あなたはギデオンを探しに行きなさい。私達は旅を続ける」

「い、いや、その」

「以上よ」

 それだけ言うとルーティは自分用のテントへと引き返した。

 パーティーのリーダーだからと個人用テントを使っているが、本当の理由はアレスでさえルーティとせまいテントの中でいつしよにいることにえられないからだ。ぼうけん中以外の時間、ルーティは基本1人で行動していた。ただ1人、ギデオンを除いては。

「ちょ、ちょっと待って下さいルーティ!」

 あわててアレスが追って行った。

 ダナンは長い息をくと、目をつぶったままのテオドラの正面に座った。

「それで、どうするのだ?」

「行くしか無いだろ」

 テオドラにたずねられ、ダナンは肩を落として言う。

「これでもパーティーのめのかなめを自負してたんだがな」

「勇者様の次にだろう」

「そりゃ勇者様は別格だ。俺ぁ、勇者様に弱かった時期があったなんて信じられんよ」

「加護のレベルが低ければ、誰だって弱いころはある……が、私も同意見だ。アレス殿どのなら初期の頃からパーティーにいるから知っているのかも知れんが」

「アレスねぇ……」

 ようやく落ち着いてきたのか、ダナンの口調がいつものそんなものに戻っている。ほおきずあとをなでながら、ダナンは少し声を落として言った。

「アレスが、じやになったギデオンをったって話、あると思うか?」

「ふむ」

「アレスが勇者様とこんいんを結びたいと思っているのはちがいない。あいつの実家は家柄だけのぼつらくこうしやく家、お家再興が悲願だろうからな。世界を救った『勇者』と『賢者』のカップルとなれば絶大な支持を集められる。公国として国を持つことだって不可能じゃない……ヤランドララが言ってたことは否定できないだろ?」

 ギデオンがいなくなった後、パーティーにいたハイエルフのヤランドララはアレスにめ寄った。ヤランドララは『木の歌い手』という、植物をあやつる加護の持ち主で、ギデオンがいなくなった直後に、後を追うため、そのこんせきを調べたのだ。しかし、見つからなかった。

 これはヤランドララの能力を知っているギデオンが見つからないよう対策して移動したからなのではあるが、かえってヤランドララは不自然さを感じてしまった。ヤランドララはアレスが邪魔になったギデオンをおそったのではないかと疑ったのだ。

 ヤランドララにむなぐらをつかまれ、激しい口調で問い詰められた賢者アレスは、ギデオンとの約束を破り、ギデオンがげ出したのだとまで言ってしまった。

 ハイエルフは短気ではないが、激情家だ。無意味に怒ったりはしないが、怒るときはれつのごとく怒る。アレスの言葉を聞いたヤランドララは、その場でアレスを、ちゆうちよなくなぐった。

 プライドの高いアレスのことである。殴られたことでアレスもげつこうし、すぐさま魔法ではんげきした。それにヤランドララも応戦する。魔法使い系さいこうほうの加護『賢者』と、せいれい魔法使い系高位の『木の歌い手』との戦いだ。アレスが〝メテオ〟でいんせきを降らせれば、ヤランドララはきよぼくの大精霊〝スピリットオブタイラント〟で隕石を物ともしない木の巨人を作り出す。

 ダナンとテオドラが割って入らなければ、地形が変わっていただろう。

「もう私にはあなた達が分からない」

 最後にそう言うと、ヤランドララはパーティーを抜けた。

「ヤランドララのやつ、泣いていたな」

 ヤランドララと別れる前の姿を思い出し、ダナンはぽつりと言った。

「……ああ」

 ヤランドララが去った後、ダナンもテオドラもアレスのたんりよを責めた。ギデオンを追い出したことも、ヤランドララと戦ったことも。アレスのせいで仲間を2人も失ったのだ。

 だが、もともとアレスはヤランドララの性格がうとましかったのもあり、清々したと強がっていた。ダナンは怒りを通りしてあきれたものだ。

 もしここにヤランドララがいれば、植物を操るスキルでたんさくずいぶん楽になっただろう。ダナンは再び怒りがこみ上げてくるのを、ため息とともにおさえた。

 ダナンは、ヤランドララのあの時の言葉を再び思い返す。これからギデオンを探しに行くことになって、その可能性をどうしても考えてしまったのだ。

 アレスは逃げ出したのだと言っていたが、アレスがギデオンを殺さなかったというしようが出たわけではない。あのヤランドララの剣幕だ。もしアレスがギデオンを殺したなどと認めれば、おそらくヤランドララかアレスのどちらかが死んでいただろう。苦しまぎれの言い訳だった可能性もある。ギデオンが殺されていれば、ダナンの旅は終わらない。

 テオドラはダナンがめずらしくなやんでいる顔を見て、小さく笑った。

「ギデオン殿はせんとうこうしやではあった。コモンスキルだけでよくぞあそこまで戦えるものだと私は感心していたよ」

「俺もだよ。ギデオンは尊敬できる兵法家だった」

「その割にはよく戦闘での失態を責めていたではないか」

 ダナンはぎくりと身体をふるわせた。不遜な大男がじ入るように肩を落とす。

「俺は、こういう性格だから……失敗は失敗として責めなきゃ収まらないんだよ……だが俺の加護にちかって言うが、俺はギデオンがパーティーに必要ないだなんて、ましてや足手まといだなんて思ったことは1度もない」

「だったらそれをちゃんと伝えてやるんだったな」

「……てことは、あんたはギデオンは自分から出ていったと思うのか?」

 テオドラは手元にあった枝を2つに折り、き火に投げ入れた。

「ギデオン殿は当代1の武術の大家であるダナン殿と、聖堂そうじゆつはんだいのこの私が認めた男だ。アレス殿がいかにすぐれた術者とはいえ、武を代表する2人が尊敬する剣士が、術者相手に1対1でおくれを取るものか」

「そうだな!」

 テオドラの言葉には、自分に言い聞かせるようなひびきがあった。それをダナンも理解している。

 ギデオンは生きているはずだ。彼は共に背中を預け合って死線をくぐった仲間なのだから。我々が生きているならギデオンだって生きている。

 1人で先に死ぬはずがない。

「ちっ、こんなことなら早くギデオンを探しに行けば良かった。そうしたらこんなばくでしんどい思いをしなくてよかったのに」

「そうだな、ダナン殿より早く私が言い出していれば、私が探しに行けたものを」

 2人は顔を見合わせ、それぞれのみをかべた。




第四章 ゾルタンのリット



 買い物をした翌日。

 俺は2人分の朝食を作りながら、この半月で日常が大きく変わったことに思いをせていた。下町のびんぼう長屋タウンハウスに暮らしていたが、念願の薬屋を開店し、昔の仲間のおひめさまが押しかけてきて同居することになり、こうして自分の家の台所で2人分の食事を作っている。

「分からんものだね」

 こんな将来を予想していたかと言われたら、まったくしていなかったと答えるしかない。

 勇者ルーティと共に魔王と戦う未来、バハムート騎士団副団長として王都の平和を守る未来、俺の生まれた村とその周囲をささやかな領地として貴族となる未来もあった……それが、辺境ゾルタンでお姫様と一緒に薬屋の店主におさまるとは。

「まっ、これも悪くないさ」

 2人分並べたお皿に料理をせる。

 においにつられてねむそうな顔をしたリットがふらふらと起きてくる。

「ごはんー」

 にへらと笑ってそう言うリットがここにいることに、早くも俺は幸福感を感じていたのだった。


 *         *         *


 昨日のうちに買い物は大体済ませた。ということで今日は、

「例のレッド薬の許可だね」

「レッド薬っていうなよ、なんかやばい薬みたいじゃないか」

 赤い薬、レッドドラッグ、どうも響きが良くない。

「じゃあレッドリット薬ね、ああそうだ、店の看板もやり直さないと」

「本当にレッド&リット薬草店にするつもりだったのか……店名まで変えると、めたくなっても簡単には辞めさせてやれないぞ?」

「それは一生ここに置いてくれるってこと?」

 俺の軽口に対していたずらっぽく笑うリットに、俺も笑みを返した。

「分かった、看板屋にも寄ろう。で、まぁ新すいやくの許可だったな。おくり物の銀食器は昨日買ったから、あとは訪ねるだけか」

しようかいじようがあった方がいいけど、そっちは私のツテで手に入るわ」

「さすが。助かるよ」

 ここはなおに甘えておこう。ゾルタン1の冒険者であったリットは、顔がくのだ。

こうしよう自体はレッドの方が得意でしょ?」

「任せとけ」


 *         *         *


 と、自信満々にけ負ったわけだが……。

「ダメだ!」

 にべもなく断られてしまった。

 というより交渉の余地もないといった様子だ。

 薬の許可を担当していたのは、議会で働くかんりようのダンという腹の出た中年の男だった。つかれているのか、太っている割には顔がやつれて、目の下にはクマができていた。

「待ってください、私の薬はぞん性の少ない安全な薬でして、まずはお話だけでも」

「いらん、その包みも持って帰れ!」

 リットの知り合いの高官からの紹介状を受け取ったところまでは、この男はめんどうくささをかくしきれずとも表面上はにこやかに対応していた。

 だが、俺が本題の薬の話をしだすと、態度を急変させこの有様なのだ。

「何か、問題が起こっているのでしょうか?」

「お、お前には関係ないことだ」

 この態度の急変の原因は俺達ではないことは分かっている。男が態度を変えたのは俺達の目的が薬の許可にあると聞いたところからだ。

 そこまでは容易に想像ができるのだが、かんじんのなぜ断っているのかが分からない。

(こりゃもうちょっと情報収集したほうが良かったかな)

 こんなことになるとは思わず、このダンという官僚についての情報は何もない。交渉しようにも取り付く島もないというじようきようだ。

(平和ボケしているとはいえなまったな)

 薬草採りの毎日に色々鈍っているのは事実だろう。加護があたえるスキルが減ることはないが、それをあつかう自身の判断力は使わなければ鈍っていく。

 せっかくリットが紹介状を用意してくれたのに、になってしまうとは情けない。

 俺達は仕方なく、応接室を後にした。

「なによあいつ!」

 リットはふんがいしている。実際、ちゆうで摑みかかろうと殺気立った場面があった。

 俺が手で制してなければ、あと事前に交渉を俺がやると言ってなければリットはわんりよくによるあつという手段にうつたえていたかもしれない。

 彼女は元がお姫様な分、交渉でまんするのが苦手なタイプだ。

「しかし弱ったな。ありゃ交渉じゃ解決しない」

 何が原因で断られたのか調べるところから始めなくては。そう時間のかかる調査ではないだろうが……そういうぼうけんから身を引いたわけだし、正直面倒くさい。

「じゃあ上司に聞いてみようよ」

「上司って……まぁそうだな」

 こちらにはリットがいる。この際、ゾルタン1の冒険者のかたきを使えるだけ使わせてもらおう。


 *         *         *


「いやぁ、あのリットさんにお越しいただけるとは」

 商工関係の法規制を取り仕切る部署の室長であるルドルフは、初老に差しかったしら交じりの男だった。

 ニコニコとひとなつっこい笑みを見せ、リットの訪問を喜んでいるようだ。

「実は私は今、こちらのレッドといつしよに活動しているのですけれど、少しお聞きしたいことが有りまして」

「ほぉ、ずっとソロでやって来られたリットさんがコンビを? それは楽しみですな。レッド……さんでしたかな、お会い出来て光栄です」

 ここでDランクの冒険者であると身分を明かす必要はない。俺はあいまいな笑みを浮かべて差し出された手をにぎった。

「それで、今日はある新麻酔薬はんばいの許可を頂きにおうかがいしたのですが、担当者に断られてしまって」

「あー、なるほど」

 ルドルフ室長は申し訳なさそうにうなずいた。

「それは申し訳ないことをした、タイミングが悪かったですな」

「やはり何か」

「さすがリットさん、お気づきになりましたか。ええ、お察しの通り、問題が起こってましてね。あまり大きな声で言うことではないので、他言無用に願いますが」

「もちろん」

 リットと俺が頷いたのを見て、ルドルフ室長は話を続ける。

「彼が1ヶ月前くらいに許可した薬が、実は用法を少し変えるだけで麻薬として強力な効果があるようでしてね、貴族から下層市民に至るまで裏で広まっているようなんです」

「1ヶ月前くらいに許可した薬?」

 俺は首をかしげた。

 自前で薬を用意しているとはいえ、新薬がでているならニューマンなど医者が話にだしていそうなものだが。

「レッドさんはお薬にくわしいのですかな? しかし知らなくて当然。新薬は町の外にあらかじめ大量に準備されており、許可が下りるとすぐに町にはんにゆうし、これまたあらかじめけいやくしておいたこうにゆう者達に一気に販売したそうで。最初から麻薬のつもりで売りに来たというわけですな」

「分かりませんね、そんな売り方したら最初はばくだいな利益がでるでしょうが、せっかく許可を取ったのに、すぐに規制されて当然。けいぞく的な収入は望めないと思いますが」

「確かに不可解ですな。素人しろうとくすあさかもしれません。まぁこちらとしてはメンツがつぶれてだいめいわくというわけでして、担当のダンは今も連日連夜、対応としつせきに追われているわけです」

 なるほどなぁ。さっきまで内心腹が立っていたあの太った担当者に対して、今では少し同情している。

 大変だろうな。次来るときは胃薬を贈り物にしよう。

「まっ、今回はほかならぬリットさんからのしんせいですからな。ちがうことはないでしょう。書類を見せてください、私の方で許可しておきましょう」

「本当ですか!? ありがとうございます!」

 思わぬところで、あっさりと許可がおりた。

 リットのえいきよう力はやはり大きいな。

 ……分かっていたことだが、ちょっと落ち込んでしまう。旅をしていたころは交渉も担当していただけに、勇者の仲間の肩書きが無いとここまで上手うまくいかないものかと痛感した。

 その後、薬に関する書類を見せ、問題がないことをかくにんしてもらってから、許可証を発行してもらった。

 これで俺の薬は問題なく販売できることになる。


 *         *         *


 議会を出て、俺は少し肩を落としながら歩いている。

「ごめんな、色々たよってしまって」

 交渉は自分でやると言っておきながら結局リットに頼りっきりだった。ちょっとだけ自己けんだ。

 すると、俺の前を歩いていたリットは振り返り、首を横に振った。

「ねぇレッド。私はあなたに料理を任せっきりだけど、あなたはそれをいやがっているの? 私に謝って欲しいから料理を作ってるの?」

「……違うな」

「私はね、レッド。あなたの力になれることがうれしいの。謝る必要なんてこれっぽっちもない。これからも私はあなたをいくらでも手伝うし、あなたのためならなんだってするつもりよ」

 あまりにまっすぐな好意に、俺は思わず立ち止まった。

 リットも同じように立ち止まり、俺達は向かい合う。

 なぜそこまで、と聞くのはいい加減か。

「ありがとうリット。ま、その、なんだ、これからもよろしくな」

「うん!」

 リットの嬉しそうながおにつられて、俺も笑みをこぼしていた。


 *         *         *


「新薬は効果が知れわたるまで時間がかかる」

 夜。俺とリットは居間のテーブルをはさんで座り、店の売上を上げるにはどうすればいいかを話し合っていた。

「麻酔薬が売れるかどうかは先の話になりそうだ」

「うん、だからもっと分かりやすい効果があって買いたくなるような薬が欲しいわ」

「そんなこと言われてもだなぁ」

 俺が持っているのは初級調合スキルのみ。

 作れる薬というのは限られている。

「俺は色々知識があるだけで、専門的なスキルはないんだ。そんな都合のい薬なんてないよ」

「そうよねぇ」

 他の薬屋に無い点といえば、いつぱん的な程度で移動速度が上がるスキルを取っていても半日、スキル無しなら1日かかるような山へ、すぐに走って移動しモンスターを気にせず薬草を採れるということだろう。

 大きなアドバンテージだが、薬自体に差がなければ急に売上がびるなんてことはない。

「せいぜい、薬が足りなくなるってことがない程度だよ」

 1日あれば十分な薬を用意できるし、本当に必要な分だけなら半日でできる。

「リットはなにか案はないか?」

「うーん」

 リットは目をつぶった。

 自分の加護にせつしよくして、スキルで何ができるのかもう一度確認しているのだろう。

せいれいほうをマジックポーションにするとか。私もレッドと一緒に作業できるよ」

「確かに、それもありだな。リットの魔法をふうじ込めたって宣伝すれば、ゾルタンの冒険者に売れそうだ」

 ただリットの加護である『スピリットスカウト』は、基本的には戦士系の加護だ。魔法はあくまでかくし札。

「分かってるよ、私の魔法自体はあまり強くないって」

 俺の表情に気がついたのか、リットはちょっと落ち込んだ様子で言った。

 リット自身も魔法は補助だという自覚がある。魔法スキルの発動には指で印を作ることが必要なのにもかかわらず、両手のふさがる二刀流で戦っていることからも明らかだろう。

「あとは……うーん、ない!」

 リットは両手を上げた。お手上げという意思表示のつもりらしい。基本的に加護の与えるスキルはせんとう向けばかりなのだ。

 武器スキルが何百種類とあるのに対して、薬を作るのは○級調合スキルですべて対応できる。薬だって色々な種類があるのにもかかわらずだ。

 加護は闘争のために作られた。聖方教会の聖職者達はそうではないと言っているが、豊富で細かい戦闘スキルに比べて、○級~でおおざつに分けられているだけの製作系スキルを見ても明らかであるというのが、俺の考えだ。

 つまるところ、薬に関しては中級以上の調合スキルを持っている人をやとう以外、これといった方法もないということだ。

「難しいのね、料理はこんなに美味おいしいのに」

 リットはテーブルに置かれた大根とタコのけを美味しそうに食べた。

 リットはめてくれるが、酢漬けにする前にタコはでただけだし、大根は塩もみしただけだ。料理スキルの影響で、簡単な料理でも結構いけるものになるのだが。

「そうだ、いっそ薬屋で料理出せば?」

ちやを言うな。俺の料理スキルは初級のみでレベルも1。プロの料理人にはかなわないよ」

「でもこれだけ美味しいならいけると思うけどなぁ」

「それに料理を出すようになると仕事量は増えるだろう。薬屋がいそがしいとは言えないけれど、別の仕事を同時にやれるほどひまってわけでもないぞ」

「それもそうか、残念」

 リットはがっかりした様子だ。

 しかし料理を出す薬屋なんて聞いたことが無い。俺は思わずしようしようとして……。

「料理を出す薬屋?」

 リットが言った言葉が気になり、考え込んだ。

「どうしたの? やっぱりレストランやる?」

「いや違う……ちょっとためしたいことがあって」

 俺は立ち上がった。

 リットは「なになに?」と興味深そうに俺の後ろを付いてくる。

 俺は貯蔵庫からようきようそうに効用のある粉末状の薬を取り出す。この薬はろうや病気の予防、風邪かぜなどに効果があるのだが、ひどく苦い。身体からだの弱い子供にこそ飲んで欲しい薬なのだが、き出されることもあった。

 俺は粉末を少量の水にかし、りんごジャムに混ぜる。そのジャムをパイり、オーブンに入れる。

 初級調合スキルにより、薬の性質を加熱から守る。初級料理スキルにより、薬の苦味がジャムの甘みを強調するように調ととのえる。生地が焼きあがるまで10分ちょい。

「薬を調理したのね!」

 こんがりきつね色に焼きあがったパイを取り出すと、リットは思いつかなかったとおどろいた。

「上手くいったか食べてみよう」

 ナイフでパイを半分に切る。見た目はかんぺきなジャムパイだ。

 俺達は成功をいのりながら、パクリと食べた。

つうに美味しい!」

「ああ、薬の苦味はぜんぜん気にならないな」

 これなら子供も薬を飲んでいるという感覚はないだろう。

「パイじゃ日持ちがしないから、クッキーにするのがいいかな。今から作ってみるよ」

「じゃあさ、そのクッキーをいくつか小さめに焼いて試食にしない? 滋養強壮の薬なら、健康な人に飲ませても平気でしょ?」

「いいなそれ」

「私、明日あしたそれ配るね!」

 俺達は2人で手を取り合って喜びあった。明日が楽しみだ。


 *         *         *


 翌日。リットはクッキーの入ったバスケットを持って、2時間ほどゾルタンの下町と北区の農業者達やぼうけんしや達に配っていった。

 俺も、その間、店にやってきたわずかな客にクッキーの試食をすすめた。

「評判良かったよ!」

「こっちもだ」

 俺達は顔を見合わせてニヤリと笑った。

 だが、実際に売れるかどうかはもうしばらく時間がかかるか?

 その時、店のとびらのベルがカランと鳴った。

「すいません」

「いらっしゃいませ」

 入ってきたのは少しつかれた様子のある女性だ。

 確か下町に住んでいるマリアベルという名の母親だったな。

「ここにクッキーの薬があるって聞いたんですけれど」

 おお?

「ええありますよ、今あるのは風邪の時などに効果のある滋養強壮のクッキーですが、試食します?」

「あの苦い薬ですよね……」

 俺がクッキーを差し出すと、マリアベルは少しだけちゆうちよしたあと、意を決してパクリと食べた。

「!? 美味しい! これならむすめも吐き出さずに食べてくれそうだわ! 風邪でぜーぜー言っているのに、ミルクに混ぜても吐き出すし、どうすればいいか分からなかったの」

 マリアベルは満面の笑みをかべ、

「これください!」

 と嬉しそうに言ったのだった。


 *         *         *


 薬の評判は口コミで広まってくれたようだ。

 夕方になると多くの客が薬入りクッキーを求めてやってきた。

「5つください」

「はい」

 カウンターに立つリットは器用な手つきでクッキーをふくろに包む。すでに試食用のクッキーは無い。だが試食がなくとも、次々にこうにゆうしていく客を見ればほかの客も買いたくなるようで、クッキーは見る見るうちに売れていった。

 そして30分後。

「すみません、今ので最後です。明日も焼きますので、よかったら来てください」

 俺とリットは空になったカゴを持って、お客さんにそう謝った。

 客がすべて帰った後、俺達2人は見つめ合ってニンマリと笑う。

 そしてパチンとおたがい手をたたき合った。

 あのクッキーは決して高い薬ではないが、こうして全部売れたというのがうれしい。

 これまであまりお客さんの入ってなかった店内を、大勢の客がおとずれたというのも、なんだかようやく自分の店を持ったんだなという実感がいてきた。

「さすがレッド! やっぱりすごいよ!」

「いや、リットがアドバイスしてくれたからだよ」

「そうかな……だったら嬉しいな」

 リットが顔を赤くして照れている。

 それがなんだかとても可愛かわいくて、俺は思わずリットの身体を持ち上げた。

「わっ?」

 まぁあれだ、俺も店が初めてはんじようして、色々とい上がっていたんだ。

「リット、いつしよにいてくれてありがとう! 君がいなければきっと俺は今日までほとんど人の来ない店のカウンターで1人ほおづえをついていたと思う!」

 そんな後から思い返したら顔をおおいたくなるようなずかしいことを言いながら、リットをかかえたままくるくると回った。

 リットは向こうからアピールしてくるときは積極的なくせに、こうして俺が積極的に接すると、照れてなにもできなくなるようだ。

「う、うん……私も、ゾルタンでずっと1人だったと思うから……レッドと一緒になれて嬉しいよ」

 リットは赤くなった顔とニヤける口元を首に巻いた青いバンダナで隠しながら、ボソボソとつぶやいた。

 残念ながら俺は百戦れんの元勇者の仲間だ。知覚スキルもそこそこ高い。だから都合よく聞こえなくなる耳なんて持ち合わせていない。

「今の言葉、一字一句おくしたから」

 俺がそう言うと、俺のうでの中でリットは顔を真っ赤にしてだまってしまった。

 でも、バンダナでかくしていても分かるほど、嬉しそうにゆるむその可愛い顔を見れば、心を読むスキルなんか無くたって、リットの気持ちはハッキリと伝わってきたのだった。




まくあい ロガーヴィアのリーズレット



 ロガーヴィア城、リットの自室。

「どうすればいいのよ……」

 リットはひざを抱えて座り込んでいた。しようも自分をしたってくれていた冒険者達も、もういない。アスラデーモン・シサンダンはたおした。

 ロガーヴィア城を取り囲む軍勢は、指揮官を失ったことで一時そうぜんとなり、こうせいの動きを止めた。だが、ぜんとしてロガーヴィア城はおう軍に包囲されており、あらゆる補給線はたれている。

 だんだんと減っていく物資、特に食料と燃料が減っていくのは、城を守る人々の士気に大きなえいきようおよぼしている。

 ロガーヴィアの冬は寒い。身体を温める燃料が無ければ多くの者がとうするだろう。

 食料が無くなればどうなるかは、言うまでもない。

 守っていても勝てない。ロガーヴィア公国はその軍事力から周囲の国と外交上の問題がいくつか発生していた。とくにりんごくサンランド公国とは魔王軍のしんこうが開始する前に国境近くの石切り場の権利をめぐってり合いを起こしている。

 こちらから頭を下げて書状を送らなければえんぐんは期待できない。だが包囲されている現状、使者を送ることは不可能だ。

 しかも、魔王軍には十分な物資があることが分かっている。それに魔王軍を構成するオーク兵達は冬の寒さに強い。ロガーヴィアの寒冷な気候は敵に味方をしている。

 そのじようきようを打開するために、リットは師匠であるガイウスのこのへい隊の協力のもと、ロガーヴィアの冒険者を率いて、魔王軍の本隊にしゆうをかけようとしたのだが……。

(その結果がこれ……)

 ガイウスがすでに殺されていたことを知り、リットの父であるロガーヴィア王はひどくふさぎ込んでいる。2人は幼いころから一緒に過ごした親友ともいえるあいだがらだったからだ。まなむすめであるリットの教育を任せたのも、ガイウスの人柄を見込んでのこと。

 それなのに、かんこそ感じていても入れわりをけなかったことへの自責の念に苦しみ、ゆうもうかんな軍国の当主は戦う気力を失ってしまった。

 リットもそうだ。師と慕っていたガイウスが入れ替わっていることに気が付かず、だまされ、多くの人命を失ったことは彼女の心を深く傷つけていた。

(ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……)

 かたきであるシサンダンを倒しても、リットの心は晴れることなく、ただひたすらに謝罪をり返すばかりだ。その時、コンコンとノックの音がした。


 *         *         *


 俺はリットの部屋の扉をノックした。中から気配はするのだが、返事はない。

「リット、入ってもいいか?」

「……ギデオン?」

「ああ、俺だ」

「いいよ……」

 扉を開けると、リットはベッドの上に座っていた。

 泣きらした目は赤くなっている。

「座ってもいいか?」

 リットがうなずいたのを見て、俺はリットのとなりに座った。

「今日の軍議がさっき終わったよ。現状ろうじようを続けるそうだ」

「うん」

「このままじゃジリひんだということをみんな分かっているんだがな。ガイウスがいなくなったことで、全員が思考停止状態におちいっているよ」

「仕方ないよ」

 リットはこのままロガーヴィアがほろびても仕方がないとでも言うように、絶望的な表情をしている。リットも同じように思考することをほうしていた。このままでは本当にロガーヴィアは魔王軍に滅ぼされてしまう。

 他所よそ者の俺が、あまり人の気持ちにみ込むべきではないと思うのだが、俺はリットと向き合うかくを決めた。

「リット」

「…………」

「リット! 俺の顔を見ろ!」

 俺はリットのりようかたつかみ、無理やり俺の方へ顔を上げさせた。

 なみだでうるんだリットのひとみが俺を見つめている。

「君の痛みも分かる。この国が戦う気力を失うのも分かる。だけど、リット。君はこの国を守ると言ったろ?」

「うん……」

「俺はリットが本当に戦いたくないと思っているなら無理に戦わせるつもりはないよ。でもちがう。リットは戦いたくないんじゃない、あまりに悲しいことがあり過ぎて立てないだけだ」

「かもしれない、でもなの。あんなに大好きだったけんを、今はもう力を込めてにぎることができないの。私こわい……また何かを失うのが怖い」

 リットの両目に涙があふれた。

 そっと、リットの両肩に置いた手を俺の方に寄せると、リットはこらえきれず俺の胸に顔をうずめ、泣き始めた。

「怖い、怖いよ……私、死んでいった人達のこと知っているの。クライブには奥さんがいた。去年けつこんしたばかりで、奥さんのこといつもまんしていた。ダニーには病気のお父さんがいた。薬代をかせぐためにすごくがんっていた。スレイおじちゃんはあと1年で引退するはずだった。引退したら孫のためにたくさんクッキーを焼くんだって言ってた。ボビーはで、昔チンピラにからまれていたところを私が助けたんだって。それで私みたいになりたくてぼうけんしやになったって。私……私……頑張れって、きっと強い冒険者になれるって、そう言ったの。私がそんなこと言わなければ……あの子は死ななかったのに。近衛兵も冒険者もみんなだってそう、私が……」

い人達だったんだな」

「悪い人もいたよ、半分半分くらいの人もいた、でも私、話したことあるの、顔も知っているの、その人がどんな性格で、どんな生き方をしてきて、なんで私と一緒に戦ってくれたのか、知っているの! でも、もうみんないない。私のせいで死んじゃったから、あの人達とはもうだれも会えない。それが怖いの、そしてさびしいの」

 リットはえつをもらして泣く。

 俺は肩をいたまま、リットの心の中にある悲痛を少しでも受け止めようと、リットの涙を感じながら、話を聞き続け、あいづちをうち、ときに話をうながした。

 どれくらい時間がったのか。泣きつかれたリットは、力なく俺に体重を預けている。

「…………」

明後日あさつてには具体的な計画を用意するつもりだけれど。俺達でほうもうとつして援軍を呼びに行くつもりだ、まどわしの森を抜ける」

「惑わしの森を?」

つうなら抜けられないだろうが、運良く昔いつしよに冒険したことのあるヤランドララというハイエルフが近くの村にいたんだ。そこもまだ魔王軍にていこうしている。多分、ヤランドララが指揮をっているんだと思う。ヤランドララは植物と意思を通じ合わせることのできる加護の持ち主なんだ。惑わしの森も抜けられる。俺達でヤランドララがいる村を救い、そのまま合流して惑わしの森突破を目指す」

 魔王軍もたかだか1つの小さな村に本気を出していない。救出は十分可能だ。

「任せるわ。私がやらなくても勇者がやれば解決するでしょ」

 だがリットは目をせてそう言った。その顔にえいゆうリットと呼ばれた勝ち気な彼女の表情はない。

「かもしれないな。だがそれは最良の結果にはならないだろう」

「なんでよ。『勇者』がやるのが一番でしょ。あなた達は強い。私なんかよりはるかに強い。私が戦うより、ずっといいじゃない」

「そうだな、でもそれは通りすがりの『勇者』が勝手に救って去っていっただけだ」

「なにが違うのよ」

「ルーティならば、きっと惑わしの森を突破して、援軍を連れてもどってきて、そして魔王軍を倒せるだろう。でもそれじゃあ、この戦いに勝利したのは『勇者』だけだ。ロガーヴィアは勝利していない」

「援軍が来たら私達も戦うわ」

「そうじゃない。大切なのは、そこにロガーヴィアの意志があるかどうか、そしてほこりがあるかどうかなんだよ」

 リットは少しだけ肩をふるわせた。だがまだうつむいている。

「リット。よく聞いてくれ。とても大切なことなんだ」

「……うん」

「ここでリット、君は悲しみをこらえて立ち上がり、俺達と一緒に惑わしの森を抜け、援軍をようせいし、そして魔王軍と戦わなきゃいけない」

「なぜ?」

「でなければ、この戦いはロガーヴィアにとって、だいなる近衛兵長を失った日としてだけ記録されるからだ。たとえ魔王軍を追いはらっても、苦いおくとしてこの国にさり続けるトゲとなる」

「…………」

「リット、前も言ったけど君は俺の仲間。つまり『勇者』の仲間だ」

 リットはゆっくりと、だが強い意志を込めて顔を上げた。

 泣き腫らし赤くなった目の中心で、リットの青い瞳がまっすぐ俺を見つめる。

「ルーティが無理やりにでも、君の父君に援軍要請の書状を書かせるのは簡単だ。だけど、それよりも君が父君を説得して欲しい。この戦いに勝利するのはロガーヴィアの意志であって欲しいと、俺は思っている。そうでなければ、この難局を乗り切ったとしても、『勇者』がいなくなったあと、また魔王軍が来た時戦えない」

「私達が勝利していないから」

「そうだ」

「……分かった」

 リットは頷いた。まだ涙をかべてはいるが、その顔には英雄らしいはくりよくがあった。

 俺達は立ち上がる。あとの話はしんしつではなく会議室でするべきだろう。

 ふと、先を歩くリットが立ち止まり、り返った。

「ギデオン……本当にありがとう。あなたが勇者と一緒にこの国に来てくれて、私と出会ってくれて、私のことを仲間だと言ってくれて……私を救ってくれて、本当にありがとう」

 リットの顔にはやさしいみが浮かんでいた。




第五章 はくの中の指輪



 今日も店を開ける。

 俺は明日あしたニューマンに届ける薬の準備をし、リットには店番をたのんだ。たまに、「え? リットさん?」というおどろいた声が聞こえるが、まだ特に問題は起きていない。

うわさが広まるのは時間の問題だな」

 ゾルタン最強の冒険者が冒険者をめ薬屋の店員になった。

 知れわたればそうどうになるだろう。最初にリットが店で働くと言い出した時、それをめんどうだと思っていなかったと言えばうそになるが……今はもうそういう気持ちはない。

「とはいえ、どうするかな」

 もう1人のBランク冒険者のアルベールに話を通しておくか。あいつにとっては、ゾルタン2番目の冒険者から1番目に繰り上がるわけだし。いやでもなぁ、前に1度話しただけでほとんど面識ないし。

 というより、冒険者なんて福利こうせいかい、引退したら退職金も年金もないのにそこまで義理立てするようなものか? 冒険者になりたいと思ったときに冒険者になって、辞めたいと思ったときに辞める、そういう自由な職業じゃなかったのか。

「そうだそうだ、騒動になろうが知ったことか」

 色々考えた挙げ句、そんなやけっぱちの結論にたどり着き自分をなつとくさせた俺は、残りの作業に集中することにして、問題を先送りにしたのだった。


 *         *         *


 1日が終わり、夕日がしずもうとしている。

 この町の仕事はにちぼつの少し前には終わり、夕焼けの中を帰宅するというのが常だ。なので帰宅客によるこうばいが期待できる商店などは日没の少し後まで、そして仕事を終えた客が向かうかんらくがいは夕方から深夜まで営業する。

 俺のレッド&リット薬草店も日没まで営業するので、店を閉めるのはもう1時間ほど後だ。

 今は俺もリットもカウンターに座り、他愛もない会話をしながら客を待っている。

「あ、そうだ、私、蜂蜜酒ミードが飲みたい」

とうとつにどうした」

「いや、特に理由はないんだけど、ふとなんかしように飲みたくなって」

「ああ、まぁそういう時あるよな。でも蜂蜜酒ミードなんてうち置いてないぞ」

 蜂蜜酒ミードとは名前の通りはちみつから作ったお酒だ。高級酒というわけではないのだが、普通に飲むにはちょっと高い。具体的には、しよみん的なワインが1本0・25ペリル:クオーターペリル銀貨1枚なのに対して、蜂蜜酒ミードのボトルは2ペリルとワインの8倍だ。

 ちなみにコーヒー1カップが、0・01ペリル:コモーンどう1枚。ウィスキーをコップ1ぱい買うと0・1ペリル:コモーン銅貨10枚になる。

 庶民の味方であるエール酒やリンゴ酒のつぼ入りは4リットルで0・5ペリル:コモーン銅貨50枚:クオーターペリル銀貨2枚だ。

 うちに置いてあるのはリンゴ酒の壺と、ずっと前に山で出会った傷ついたズーグというモンスターを手当てした時、薬代としてもらった樹液を原料とする強い酒の入ったかわぶくろだけだ。

「ちょっと買ってきていいかな」

「そうだな、店が閉まる前に行ってきなよ」

「ありがと! 夕飯は蜂蜜酒ミードに合う料理にしてよね」

りようかい、だったら今日はパンとい目の料理にするか。食後のデザートにリンゴをつまみながら飲むのもいいな。材料は昨日買ったので足りるだろう」

 俺がうなずくと、リットは飛ぶように、ではなくその加護からあたえられるちようじん的身体能力によって、いちじんの風となって店から飛び出していった。

「しかし……なんで急に蜂蜜酒ミードなんて?」

 それもあんな勢いで。考えながらぼーっと時間が過ぎるのを感じていると、店のドアが開き、カランとベルが鳴った。

「いらっしゃ……い」

 思わずまばたきして、ちがいじゃないことをかくにんする。

「小さな店だな」

「どうも」

 相変わらずえらそうかつ気取った様子で、今やこの町1番のぼうけんしやとなった男、Bランク冒険者のアルベールがそこに立っていた。

「ええっと、どのようなお薬をお求めで?」

 会わないことに決めたのに、向こうからやってくるとは。

「ふん、薬を買いに来たのではないよ」

「…………」

 なんだろう、面倒くさい予感がする。正直、客じゃないなら帰ってと言いたくなる。だが、町の冒険者に少なからずえいきようを持つアルベールを無下にあつかうのも今後の商売上よろしくない。

 なので、とりあえずだまっていることにした。

「…………」

「…………」

 買わないと言ったわりには、じろじろと店の中を見て回っている。どういうつもりなのか見当もつかない。

「こんな店で満足か?」

 なるほどけんを売りに来たのか?

「満足だよ」

 だが買ってやらん。俺は気のない返事で受け流した。

「自分のお店、自分の作ったものを買ってくれる客、人生にいろどりをえるのに十分な収入、可愛かわいい同居に……」

「同居人?」

 ちょっと口がすべった。

「こほん、まぁとにかく俺はこの店に満足している。何しに来たのかは知らないけれど、ご期待にはこたえられないから時間のだぞ」

「天上の暮らしを知らんやつは幸せが安いな」

 皮肉たっぷりに笑うが、だん副団長で貴族格の暮らしをしていた身としてはさっぱりダメージがない。

 ほおづえをつきながら、こつに面倒くさそうな表情で返してやる。

「……まぁいい。おいDランク」

「なんだ、まだあるのか?」

「単刀直入に聞く、春にアウルベアをったのはお前か?」

「なに言ってんだ、アウルベアをとうばつしたのはあんただろ」

 なるほど、俺がアウルベアをたおしたことに気がついたのか。あの火事場で傷が増えていることにちゃんと気がつくとは、くさっても一応はBランクか。

「アウルベアにめいしようを与えていた傷は、俺のけんによるものじゃなかった。あれはもっと切れ味のにぶものによるもの、例えば……お前が持っている銅のつるぎとかな」

「おいおい、俺はDランク冒険者なんだぞ。アウルベアを斬れるわけないだろ」

 俺がそう言ったたん、アルベールの身体からだから殺気がき上がった。

 まじかよ、こいつこうげきしてためすつもりだぞ。アルベールの意図はすぐに分かったが、寸止めするつもりなのか、殺すつもりで斬りつけてくるのか分からない。

「もう一度聞く、アウルベアを斬ったのはお前だなレッド?」

「俺じゃないって言ってるだろ」

 アルベールがゆかった。

 同時にこしからき放たれたロングソードが俺のかたぐちめがけて振り下ろされる。

 切っ先は俺の首の寸前でピタリと止まった。

「うわぁ!?」

 俺はいつしゆんおくれてしりもちをつく。

 アルベールは失望したことをかくさず、俺を見下ろした。

「仲間にさそおうと思っていたんだが、俺のかんちがいか」

 全く、無力な演技も楽じゃない。そのとき、風がいた。

「あ」

 アルベールの背後をとつぷうき抜けた。そう表現するのが一番近いだろう。

 リットのそうけんがアルベールを背後からおそう。

 反応できただけアルベールも大したものだ。

 だが不完全な姿勢での受けにより、アルベールの剣はパキンとあまりにもあっけない音を立て、リットの剣に両断されてしまっていた。

 それでも勢いをそうさいできたのか、アルベールは倒れるようにしてかろうじてリットの剣から身をかわす。はからずも、それはさっき俺がわざとやった尻もちによく似た状態になった。だが、そこまでだ。この体勢からでは次の攻撃はかわせない。反撃するにも剣は折れてしまっている。

「待てリット!」

 俺はあわてて止めた。リットの剣がピタリと止まる。

 相手を射殺すような殺気をはらんだ目で自分の剣の切っ先を相手のけんねらい付けしたまま、リットは1歩下がった。

「リ、リットだと!? なぜお前がここに!?」

「アルベール、あんた私の大切な人に何してるの? 返答だいでは殺すわよ」

「あ、ぐ……」

 おう軍と渡り合った剣士が放つ本気の殺気だ。アルベールは口をパクパクさせながらふるえた。

「俺を仲間に誘いに来たんだと。さっきのはそのテストらしい」

 俺がそう言うと、リットはじろりとアルベールをにらむ。

 俺は肩をすくめて、もういいと手をった。

 リットは不満そうに剣を収めた。

「ふぅ」

 見ている俺の方がきんちようしてしまった。アルベールはよろよろと立ち上がり、俺が〝さっきまでいた〟カウンターを振り返り、また振り返って入り口の近くに立っている俺を見た。

「なぜお前がそこにいる……いつの間に?」

「リットの巻き添えになりたくなくてね」

 アルベールは首をかしげるが。

「早く出ていって」

「ひっ!?」

 リットにすごまれ、慌てて店を出ていった。

「レッド! だいじよう!? 怪我けがはない?」

「あるわけないだろ」

「良かった、あいつレッドに剣を抜くなんて、どういうつもりなの!? やっぱり斬っちゃえば良かったんじゃない? 正当防衛だって」

「今やゾルタンにいるたった1人のBランク冒険者を斬っちゃうわけにはいかんだろ。あれでもゾルタンには必要な人間だよ」

「そうかなぁ」

 話しているうちにリットから放たれていた殺気は収まり、もとのふんもどっていった。

「大体レッドもレッドだよ。あんな危ない真似まねして。反撃しちゃえばよかったのに!」

「大丈夫大丈夫、十中八九寸止めするとは思っていたし」

「万が一しなかったらどうするのよ」

「そのときは反撃するさ」

やいばはだれるか触れないかのきよなのに、どうやって反撃するって……まさか、本当にできるの?」

「さて、どうだろうな?」

 まぁそんなことより。

「にしても、リット、なにもせっかく買ってきた蜂蜜酒ミードを投げなくてもいいんじゃないか?」

 俺はキャッチした蜂蜜酒ミードの入った袋をかかげた。リットは顔を赤くする。

「ご、ごめん、つい」

「いいよ、ありがとう。何はともあれ俺のためにそこまでおこってくれてうれしかった」

 俺がカウンターから飛び出したのはリットがほうり投げた蜂蜜酒ミードをキャッチするためだったのだ。せっかく苦労してアルベールに実力を隠したというのに、蜂蜜酒ミードなんかで力の一端をひけらかすのはどうかとも思うのだが……これはリットが飲みたがったお酒だ、俺のために割ってしまうのはいやだった。

「じゃ、ちょっと早いけどそろそろ店を閉めようか。売上点検終わったら、ご飯にしよう。せっかく買ってきたんだ、今晩はいつしよにゆっくり飲もうか」

「……うん!」

 めんどうくさい事になりそうな予感はするが、ひとまずは今の時間を楽しもう。

 でないと実際に面倒くさい事になった時に損だもの。


 *         *         *


 なぜ蜂蜜酒ミードだったのか……俺はずいぶん後になってリットから聞いたのだが、ロガーヴィアではけつこんしたふうは1ヶ月仕事を休み、蜂蜜酒ミードを飲みながらみつげつを楽しむそうだ。

 それをふと思い出したリットは、どうしても蜂蜜酒ミードを俺と一緒に飲みたくなった……そう打ち明けてくれた。

 さすがにそれを聞かされたときは、おたがいに顔を赤くしてしまった。


 *         *         *


 リットがアルベールをたたき出してから3日後。

 今日は定休日。なので俺とリットは外出していた。

 石でできた部屋の中、3人の男が腰にタオルを巻き、全身にあせしたたらせていた。

 ハーフエルフのゴンズはじっとうつむき、自分の顔から足元のタオルへと落ちる汗をながめている。

 ハーフオークのストームサンダーは、うでを組み、じっとえていた。

 そして俺はこのくだらない意地の張り合いから抜け出すためにはどうすればいいのかなやみながら、だれか早く出ろと念じていた。

「ふぅぅぅ」

 ストームサンダーが深く息をいた。お、出るのか?

「ようやく身体が温まってきたな」

 そう言ってきばの突き出た口元をニヤリとゆがませる。いやべつに勝負とかしてないし!

「へっ、確かに、今日はちとストーブの調子が悪いな」

 ゴンズも汗だくの顔をあげ、不敵に笑った。

 いやいや何張り合ってるの? 俺達ただつうにこの〝公衆サウナ〟で汗を流しに来ただけだよ?

「「じぃー」」

 そしてなんで俺を見るの、俺に何を期待しているの? だが、2人の視線は俺に注がれる。ああもう、仕方がない。

 俺は立ち上がり、そしてストーブを囲む石へと近づく。

 そして近くにあるみずがめから水をすくうと、熱した石へとかけた。

 じゅぅぅという音とともに蒸気が吹き上がる。

 石にたくわえられた熱エネルギーが放出され、白い熱となって部屋へと広がった。

「少しは温まったか?」

「「おう」」

 俺達3人はニヤリと笑いあった。


 *         *         *


「兄ちゃんは相変わらず負けずぎらいなんだからもう!」

 のぼせてダウンしたゴンズの額にれタオルをかけながら、ゴンズの妹のナオはあきれて言った。

「へ、へへ、今日はちと風邪かぜ気味だったの忘れてた」

 それでも減らず口を叩くゴンズの下町こんじようはさすがと賞賛するべきだろう。

 まぁ俺もストームサンダーも色々と限界だったから、外に出る口実ができて助かった。

「全く、うちのサウナでおっんじまったりしないでくれよ!」

 この公衆サウナの店主であるゼフは、もうすぐろうれいに差しかるかという年齢の男だ。

「せっかくあのリットさんが来てくれたてぇ日だってのに」

 そのリットは腰に手をあて今朝しぼったばかりというふれこみのしんせんな牛乳をゴクゴクと飲んでいる。

「ぷはぁ!」

 実に美味うまそうに飲むなぁ、俺も飲もう。

「にしても、客すくねぇな」

 ストームサンダーが周りをわたしつぶやいた。

 この公衆サウナは60年以上前からやっているらしい古い店だ。

 サウナが男性用と女性用で2部屋。サウナの外には身体からだを洗う洗い場があり、そこで汗を流しつつ身体をれいにする。

 サウナ室の外では牛乳や果実酒、ビールなど飲み物がはんばいされている。洗い場で身体を冷やすついでに、飲み物を買うことができる。

 このアヴァロン大陸の人々は、やサウナが大好きだ。

 家庭に浴室を備えている人はあまり多くないが、その代わりに小型のサウナ室を備えている家は結構多い。

 このねつたいのゾルタンでわざわざ暑いサウナに入り、そのあと冷水を全身に浴びさっぱりするのがゾルタン流の夏の過ごし方だ。冬でもみんな入ってるけど。

 店員は店主が1人とアルバイトの青年が1人。計2人で部屋のせいそうから飲み物販売、ストーブの調整などすべてを行っている。

親父おやじよぅ、大丈夫なのか?」

 ストームサンダーの言葉にゼフはかたをすくめた。

「まぁうちも古いからなぁ」

 客足が遠のいているのは、最近新しい公衆浴場ができたからだろう。

 中央気風にあこがれた貴族が作った浴場で、サウナと風呂がへいせつされている。

 サウナはゾルタンでいつぱん的なストーブを使ったサウナではなく、ゆかしたに設置された火元で水を熱し、その蒸気で部屋の中を暖めるわりと大規模な設備だ。このために川から1本新しい水道を設置してあり、水も大量に使い捨てている。

 貴族の道楽に近いものもあっただろうが、中央気風を嫌うゾルタンの下町人にもこの仕組みは大いに気に入られた。ゾルタン式サウナよりも高温湿しつのサウナで汗を流し、冷水をたくさん浴び、お湯を張ったよくそうで温まることもできる。

 さらには、レストランけん酒場やとこ、マッサージ屋までついたなんともごうな総合レジャーせつとなっている。

「ちいとばっか相手が悪いわな」

 ゼフはあきらめている様子だ。

『公衆浴場は市民と貴族が服とともにけんぎ、1人の個人として議論することができる場である』

 そう言ったのは、先々代の国王だったか。そういう中央の気風に合わせて、新しい公衆浴場は、下町と中央区の境目くらいに建設された。

 おかげで下町にある公衆サウナや浴場は客足が遠のいているのだった。

「もぅ! けんする前からげ出すの! まだ分かんないでしょ!」

 横から声を上げたのはナオ。そういえば、幼いころからここに通っていると言っていたっけ。他所よそから移ってきた俺やストームサンダーとは思い入れもちがうのだろう。

 だが、ゼフの反応は悪い。

「うちはあんなでっかい設備は作れねぇよ。うちはバイト1人で人件費はかつかつだ。あっちは何人の従業員がいると思っているんだ。俺も数えたことは無いがね」

 ナオは、無念そうにだんんでいるが、しぶしぶなつとくしたようだ。

「……うぅ、なによもぅ! せいぜいここがあるうちは通ってやるからね。それに飲み物もよ! ビールちょうだい!」

「あいよ」

 ゼフはしようしながらジョッキになみなみとビールを注ぐ。

 ナオの意外なけんまくに俺もリットもストームサンダーもおどろいてしまった。

 しかし、その言葉はこの店に対する深い愛着が感じられるものだった。

「親父さん、俺も通うからな」

「私も! レッドと一緒に温まりに来るよ」

 俺とリットもそう宣言した。ストームサンダーとゴンズもうなずいている。

「物好きだねあんたらも」

 ゼフはシワのある顔にみをかべながら、手をひらひらとった。

「なんかいいよね、こういうの」

 リットはさびしさと嬉しさが混じった表情でそう言う。

 俺は1年、リットもほんの2年ほどしかゾルタンに住んではいないが、こういう光景はなんとなく感傷的な気分になる。

「ふーむ」

 つい薬屋である俺に何かできることはないかと考え込む。

 まぁすぐに名案が思い浮かぶわけもなく、この日はみんなしっかり身体を温め満足げに帰っていった。


 *         *         *


「よう、親父さん。また入りにきたよ」

「おうレッドにナオにリットさんか。もう今日は店じまいなんだが……」

 俺とナオは呼び捨てでリットはさん付け。まぁ仕方がないか、相手はゾルタン1のぼうけんしやリットだ。

「で、なんだいその手に持っているふくろは」

 店主のゼフは目ざとく俺が手にしている布の袋に目を向けた。

「なんだかいいかおりがするな」

「さすが、すぐ気がついたな。これをためしてみないかって相談にきたんだ」

 あのあと、ナオが俺の店にやってきて、夕食を食べながらゼフのサウナを続けさせるにはどうすればいいか相談してきたのだ。

 リットも交え3人で相談した結果、貴族の大浴場にはない『何か』が必要だというところは、全員がすぐにいつしたのだが、その『何か』を見つけることは難航した。そんな中、俺には、ワイルドエルフの〝けむりりよう〟のことが思い出された。

 ワイルドエルフははるか昔にめつぼうした古代エルフのまつえいと言われる種族で、文明を捨てやまあいの秘境で原始的な生活を営んでいる。文明が無いのだから服もない。ぜんだ。

 人間よりもがんきようなのだとは思うが、それでも服もまともな道具もなく山間の暮らしを続けるのは厳しい。ときには病気になるものもいる。

 そうしたときにワイルドエルフ達が行う治療法に、煙療治がある。

 彼女達は、くまとうみんに使うほらあなを借り、土器で様々な薬草を入れたスープをみ、その蒸気で身体を温めいやすのだ。

 それをゾルタンのサウナにも応用できないかと思って作ったのが、この香り袋だ。

「この中には香草ハーブが入っていて、ストーブの上にるしておけば蒸気といつしよ香草ハーブの香りがサウナに広がるってやつだ。あとのどにもいい」

 効能自体はまぁ、すぐに特別な効果のある調合などはできなかったが、香りはここよいものだし、リラックス効果のあるものを選んである。

「どうだい、上手うまくいけば定期的に調合して納品するぞ」

「そりゃ聞いたこともないサウナだな。だがそう上手くいくもんかね」

「それをこれから試すのさ」

 うちに家庭用のサウナ室はない。

 この香り袋は一応、ナオの家で水の入ったなべの上に置いて蒸気にさらして香りをかくにんしたりはしたのだが、サウナで実際に試してみないことには評価ができない。

「ほぉぉ、本当に物好きなこって。素人しろうと考えでどうにかなるもんかい」

 ゼフは口ではそう言いながらも、表情はうれしそうに笑っていた。

「まぁ、せっかく考えてくれたんだ。試してみるとしようかね」


 *         *         *


「これはなかなか」

 ゼフは驚いている様子だ。

「予想以上だな。サウナの中だとこうも香りがきわつのか」

 香り袋をストーブの上に下げ、何度か周りの石に水をかけ蒸気をふんしゆつさせると、サウナ室に心地のい香りが広がった。

 予想していたよりずっと良い香りで、これには作った俺も驚いた。

「サウナってのはすごいもんだね、こんなに良い香りを運ぶのかい。ずっと公衆サウナやってたけど、知らないことはまだまだあるもんだな」

「どう? これならまだまだお店やれるだろう?」

 ナオは期待と、少しだけこれでも駄目だったらという不安を込めてゼフに言う。

 ゼフは声を上げて笑った。目を細め、肩をらし、さもかいだという様子だった。

「そうだねぇ、これならちっとはお客さんも来てくれるかもしれねぇな。あっちのでかいサウナじゃこうはいかねぇ……それに、サウナのことはなんでも知っているなんてつらしてたのが、このていたらくじゃ、まだサウナ屋にきるにゃ早かったようだ」

 長年公衆サウナを営んできたゼフは、もうサウナ屋としてやれることはすべてやったと思っていたのだろう。ゼフの店は、毎日おとずれるたびに、外の気温や天候に合わせて、ストーブの調節や周りの石の配置など、細かい部分が変わっていた。

 自分はサウナ屋としてある種のとうたつてんにあるという自負がゼフにはあったのだろう。それでも、あの大型店に勝てないのならば仕方がないという諦めも。

「久しぶりにけんきよな気持ちになれたよ。あんがとなレッド、ナオ、リットさん」

 だがまだ知らないことがあった。それがゼフにはくやしくもあり嬉しくもある。

 そんな心境だろうか? ゼフの顔は晴れやかだった。

「レッドの香り袋、買わせてもらうよ。店ももうちっと続けるかね」

「やった!」

 ナオは飛び上がって喜んだ。

 リットにきつき、満面の笑みを浮かべている。子供の頃からの場所が守られたことがよほど嬉しいのだろう。

「まいどあり」

 俺も笑って言った。今度山に行ったときに香草ハーブも沢山仕入れておこう。


 *         *         *


「ふぅ」

 俺はいたタオルの上に座り、心地よい香草ハーブの香りに包まれながらサウナであせを流している。

 せっかく来たんだからサウナに入っていけと、ゼフから言われたのだ。

われながららしいアイディアだ。サウナの革新だな」

 1人だからこんな自画自賛も声を出して言ってしまう。

 閉店後にじっくりサウナに入るというのも悪くない。ゼフからも時間は気にするなと言われているし、3ローテーションは入ろう。

 その時、ガチャリと分厚いサウナ室のとびらが開いた。

「わっ、本当いい香り」

「本当だねぇ! こりゃ客も増えるよ」

 入ってきたのはリットとナオだ。

「お、お前ら! なんで入ってくるんだ!」

 俺はあわてて敷いていたタオルをこしに巻く。

 2人共バスタオルを身体からだに巻いてはいるが、大きな胸がバスタオルからこぼれ落ちそうだ。

 リットも大きいのだが、ナオもでかいな。

「だってレッドばかりずるいじゃない!」

「そうだそうだ」

「いや、だからってはだかで入ってくるやつがあるか」

 地域によっては混浴が当たり前のところもあるが、ここらでは男女別が基本だ。混浴の場合も水着を着るのがいつぱん的である。

「いいじゃん、レッドしかいないんだし」

「いやいや、まずいって、それにナオは人妻だぞ」

 一緒にサウナに入ったなんて、ナオの夫であるミドに申し訳がない。

 だが、ナオはキョトンとした表情を浮かべている。

「え、ナオさんなにその反応?」

「あはは、バスタオルもあるし、だいじようだって!」

 バスタオル姿のまま腰に手を当て、ナオはごうかいに笑っている。

「分かったよ! じゃあ俺が出るから!」

 香りつきサウナは名残なごりしいが仕方がない。

 だが、出ようとした俺の前に立ちはだかるようにリットが手を広げる。

「な、なんだよ……」

「い、いいじゃん、一緒に入れば」

 ちょっと横に視線をそらしながら、顔を真っ赤にしてリットは言った。

「女の子にこんなこと言わせていいのかい?」

 ナオはエルフのたんせいな顔にニヤニヤとた笑みを浮かべている。

「男ならちゃんと受け止めてやんなよ」

「ぐ」

 確かにナオの言うことはもっともな気がする。

 リットは明らかにずかしそうで、顔を真っ赤にしている。ここまでさせておいてげるのは男として情けないんじゃないだろうか。

 そんなことがぐるぐると頭の中をめぐり、俺はギクシャクしながら座っていた元の位置にもどる。

 リットはそんな俺の後ろから意外にしおらしい様子で付いてきて、俺のひだりどなりに座った。

「あはは、思春期の子供じゃあるまいし、2人共そんなに赤くなることないじゃない」

 ナオがそう言って面白おもしろそうに笑う。彼女は俺達から少しはなれた位置に座る。

 俺達の様子をじろじろながめながら、ニヤニヤと笑う様子は実に下世話な下町住人らしい。

「でもまぁ、リットちゃんはさすがだよ」

「何のこと?」

「レッドを選ぶ目が確かってこと。中央区の貴族なんて話にならないほどのいい男だもの」

「えへへ」

 リットは嬉しそうに笑っているが、それを目の前で聞かされる俺はたまったものではない。顔が赤くなっている自覚があるが、サウナのせいということにしておいて欲しい。

「レッドはうちの息子むすこの恩人だよ。そりゃ万年Dランクだって鹿にするやつもいるけれど、薬草採りっていう自分の仕事をかんぺきにこなせるプロなんだ」

「うんうん、私が最初に会ったころからレッドは自分の仕事を完璧にこなせる人だった。ゾルタンでもそういうところは変わらないんだ」

 バスタオルに身を包んだ2人は、サウナの熱気の中で楽しげに俺のことについて話していた。リットも話せるはんでロガーヴィアで一緒だった頃の俺について話している。

 2人は俺を通じて最近知り合ったばかりのはずだが、もう仲の良い友人同士のようだ。

 このサウナをどうすればつぶさないで済むのかを話し合っているうちに仲良くなったのだろう。

「レッド」

 リットが隣に座る俺を見た。かたにうっすらとかぶ汗にどきりとしてしまう。

「またみんなで来ようね」

 そう言ってリットはニコリと笑った。

 かおりという新しい試みにより、このサウナは下町で話題となり昔のように多くの客が入りに来るようになった。

 俺の店にとっても、香り袋を定期的にじゆうするけいやくを結べて店の売上にこうけんしてくれている。

 それに、ナオの家族が楽しそうに話しながらサウナから帰ってきているのを見ると、なんだか勇者パーティーにいた頃、村を救った時のような達成感を感じられ嬉しかった。


 *         *         *


 ゼフと香り袋の契約を結んだ翌日。店を開く準備をしていると、何やら外がさわがしい。外に出てみると、ぼうけんしやギルドの幹部や商人や職人など各種ギルド、かんりように貴族と多くの人が店の前にこわい顔をして並んでいた。

「あー、薬をお求めに……じゃないですよね」

 彼らの着ている服はどれも良質な布地にけんらんしゆういろどりがつけられている。安く見積もっても50ペリルは下らないだろう。

 彼らはおたがいに顔を見合わせた。そして代表として2メートル近い長身の冒険者ギルド幹部ガラティンが俺の方に歩み寄った。

「レッド君、1つたずねたいのだが。君の家にリット……元Bランク冒険者リットがいるというのは本当かね」

 ついにリットの件でゾルタンの上層部がやってきたのだ。

「本当ですよ。リットとはいつしよに暮らしていますし、店も手伝ってもらっています」

 ざわざわとゾルタンちゆうすうになう男たちはざわめいた。

「リットと話がしたいのだが」

「構いませんが、今は開店準備中でリットも在庫かくにんしているのでそれが終わってからでお願いします」

「なっ、貴様! 我々を待たせるというのか!」

 後ろからだれかがさけんだ。

「リットはうちの店員です。今は彼女の大切な役割を果たしているところです。今すぐに話さなければ人が死ぬということなら話は別ですが、30分くらい待っていただいても何も変わらない話題でしょう」

「それを君が勝手に決めていいのかね? まずはリットに話を通し、本当に待たせていいのかと聞くべきだと思うが?」

「リットのことは良く分かっていますから」

「……大した自信だなレッド君。君にそのような一面があったとは知らなかった」

「Dランク冒険者のことをごぞんだったとはおどろきました」

「私はざいせきしているすべての冒険者について顔と経歴をおくしている」

 ガラティンは表情も変えずにそう言った。見下ろすような冷たい視線は並の冒険者ならふるえ上がってしまうほどだろう。

 この幹部は先代のBランクパーティーだった男だ。全盛期を過ぎてもそのあつ感は健在。

 まっ、とうじようらしのダナンとかもっと目つきヤバイやつと仲間だった俺にとっては、どうってことない視線だ。

 1分ほどにらみ合ったあと、ガラティンは感心したような表情を浮かべた。

「……分かった、しばらく待たせてもらおう」

「ごはいりよ感謝します」

 文句を言う声はまだ聞こえたが、俺は、話はもう終わったとばかりに店の中へと戻っていった。

 それから20分ほどして、リットが貯蔵庫から店頭に補充する分の薬をカゴに入れて持ってきた。

「おつかれ、並べるのは俺がやっとくよ」

「いいわよ、最後まで私がやる。おえらがたが来てるんでしょ? 待たせちゃおうよ」

 ペロっとリットは舌を出した。

 俺はしようして、カウンターにあるり銭を確認する。

 コモーンどう、クオーターペリル銀貨、そしてペリル銀貨と数を確かめた。

「よし終わり。じゃ、さっさと断って戻ってくるね、私はここの店員なんだから」

「おう、リットがいないと困るから、早めに終わらせてこいよ」

 リットは俺の方を見てニマーとうれしそうながおを見せた。

 リットが外へ向かうのと入れわりで、せた小男が店へと入ってきた。

 さきほど外にいた顔だ。

「確かとうぞくギルドの」

「俺を知っているとはDランクのくせに物知りだな」

 瘦せた小男は一見すると取るに足らない小人物に見えるかもしれない。だがその身のこなしは、いくつものしゆをくぐりけてきたもので、相手の目を見ず手足に注視するその目は常に裏切りの危険に身をおいてきたどうもうゆうしゆうおくびようもの特有のそれだ。

 盗賊ギルドとは裏社会を取り仕切る組合だ。別の場所ではマフィアとかギャング、東方ではヤクザなどと言うこともあるらしい。

 犯罪組織ではあるのだが、建前上はスリやごうとうといった犯罪者が暴走しないようにする合法組織として堂々と政治中枢の一角に権力を築いている。

 まぁこうした悪が必要悪かただのじやあくかどうかなんて、俺が考えることでもないな。

 盗賊ギルドが冒険者ギルドにらいを出すことは少なくない。何か問題が起きたときにリットに解決を依頼していたこともあったのだろう。

 ただ基本的には盗賊ギルドの高難易度依頼はアルベールが対応していたはずだ。アルベールが盗賊ギルド長ゴルガーとじつこんの仲なのは有名だ。

ほかやつらはリットを説得するみたいだが、相手は英雄様だ。欲しいものは何だって手に入れてきた。そんな英雄様の意志を曲げさせるだけの見返りを、俺もあいつらも用意できない。だからリットに話をしてもってわけだ」

 欲しいものは何だってねぇ……この男はリットの何を知っているというのだろう。

「それで俺に?」

 盗賊ギルドの男はニヤリと口のはしゆがめると、ふところからかぎのついた小箱を取り出し俺の前で開いた。

 その中には、けがれなきエルヴンプラチナで作られたエルヴンこうが1枚、赤い絹の上にちんしていた。

 エルヴン硬貨は、この大陸の最高額のへいで、1万ペリルに相当する。

 この希少な硬貨に使われている材質エルヴンプラチナエルフの白金は、古代エルフの時代に作られた金属で、現在はせいれん法が失われている。つまりはぞうは不可能どころかどの国のもの屋でも作ることはできない。

 鋼鉄よりもかたく、熱や酸、しよくにもたいせいがある。そして何よりもこの金属を手に持ち、自身の加護にれると、金属が無価値ななまりになってしまう代わりに、1分程度の短い間だが加護の持つスキルレベルが1じようしようしたものとして力を使えるのだ。

 いつぱんしよみんはもちろん商人同士の取引でも使われることはない。

 使われるのは国家間の取引くらいで、硬貨というより財宝にカテゴライズするべきか。

 もっとも、ルーティ達と一緒に旅をしていたときは、遠慮なく強敵との戦いのドーピング用として使っていた……もちろん俺以外の仲間達はだが。俺はコモンスキルしか使えないのでスキルレベルが1上がったところで大した意味はない。

 まぁ、というわけで俺にとっては久しぶりに見るものではあっても、さしあたってめずらしいものでもない。古代エルフのせきの奥を調べれば結構見つかるのだ。そこまで行ける冒険者パーティーなんて、ほとんどいないのだけれど。

 だが、さすがの盗賊ギルドの幹部であっても、俺がエルヴン硬貨を見慣れているとは思わなかったようだ。俺の様子を驚いているとかんちがいした男は得意げに話を続けた。

「驚くのも無理はない。一般人にはしようがいお目にかかれないせきの品物だ。これはエルヴン硬貨だよ。名前くらいは聞いたことがあるだろ?」

「ああ、知ってるよ」

「なら話は早い。これでリットと手を切ってくれないか? この金があればこんな小さな店でちまちま働かずとも人を使って左うちわで暮らせるってもんだ。そうだろ? リットにとっても、冒険者をやっているほうがずっと世の中のためにもなるし、本人のためにもなるさ。あんたも幸せ、リットも幸せ、そして俺らみんなも幸せ。全員ハッピー。女が欲しいなら俺らが用意してやるさ。触れると背筋にビビッて震えが走るほどの美女だよ。想像できるかい? 1晩ペリル銀貨50枚の女さ。半円のクオーターペリルじゃねぇ、まん丸としたペリル銀貨で50枚だよ」

 この男、下積み時代は色街の客引きでもやっていたのかもしれない。朗々とまくし立てる様子は、堂に入ったものだ。

 だが、

「安い」

「は?」

「リットはあたいせんきん。1000枚のエルヴン硬貨積まれたってやれないね」

「な、あんた……」

「それにな」

 俺は人並み外れたちようかくを持つリットに聞こえないよう、声をひそめて言った。

「1晩50ペリルの女よりもリットの方が無限倍もいい女だよ」

 俺の言葉に付け入るすきが無いことを感じ取ったのだろう。

 盗賊ギルドの男は小さく舌打ちすると、小箱に鍵をかけ、懐にしまいこんだ。

「1万ペリルでも全く動じないとは、あんた大物なのかバカなのか」

「1万ペリル以上の価値があるって分かっているから、盗賊ギルドも俺なんかに1万ペリル出すんだろ?」

 男はしぶい顔をした。

「その通りだよ。全く、さすがリットが選んだ男なのか、Dランクのくせにみようきもわってら……まっ、気が変わったらいつでもれんらくしてくれや。価格こうしようも受け付けるぜ」

「必要ないからあきらめな」

 それでも男は自分の名前が書かれた名刺をカウンターに置くと、すっと店を出ていった。


 *         *         *


 外のそうどうでは、リットの断固としたきよぜつの言葉にもかかわらず、なかなか相手は引かなかった。

ほうしゆうが問題なのか!?」

「違う!」

「これまで以上のたいぐうを」

「いらない!」

しやくを特別に」

「断固拒否!」

「男ならウチの息子むすこを」

「「お前は何を言っているんだ」」

 最後の1人は周りからもツッコまれ、すごすごと下がっていった。

「あーもう、いい加減にしろ!」

 ついにまんできなくなったリットはさけんだ。

「私はレッドのところに終身ようけいやくしたの! ぼうけんしやは引退! レッドにいやがらせするとかしてレッドがこの町を出ていこうと思ったなら私もいつしよに出ていくからね!」

 終身雇用契約って。どうやら俺の店のぼうがいをするとほのめかしたやつがいたようだ。それでリットがおこってしまったみたいだな。

 リットのこの言葉で、あいまいだった部分が俺も知らなかった形に確定してしまったようで、ついにゾルタンのお偉方は諦めて帰っていった。

 ふんがいしながら帰ってきたリットは、俺の顔を見ると、気まずそうな表情を見せた。

「外の声聞こえた?」

「あれだけ大声で叫べばな」

「……その、怒ってる? あんまりしつこいし、変なこと言うからつい」

 俺はリットを手招きした。ちょっと不安な様子を見せながら近づいてきたリット。

 俺はそっと右手を差し出す。

「手を出して」

「?」

 リットが言われた通りに手を出すと、俺は彼女の手を両手で包み込むようにつかんだ。

「れ、レッド?」

「プレゼント」

 リットのてのひらの中に俺は最初の給料日にわたそうと思っていたものをすべり込ませる。

「え……」

「リットにとっては安物だろうけど、終身雇用契約の手付金だよ」

「わっ! はくのブレスレット!」

 リットの手の中にあったのは、かわのバンドに1つぶの琥珀をあしらったブレスレットだ。けんそんでもなんでもなく冒険者にとってこれは高いものではないが……。

「これ……」

 リットが琥珀をじっと見つめる。

 琥珀は樹液が化石化した宝石だ。もとは液体だったため、化石になる前に樹皮や花びらなどを取り込んでいることがある。

 リットに渡した琥珀には、リングのようになった葉が閉じ込められていた。

「手付金ね……」

 リットは笑いながら、おどけて琥珀を左手の薬指に当てた。

「こんなものもらったら、私本気で勘違いしちゃうかもよ」

 言ってからずかしくなったのか、リットは首のバンダナで口元をかくす。

「勘違い? なら勘違いしてくれているうちに買いたいものがあるからさ……なんの宝石が好きか教えてくれ」

 ああ、くそ、そんなに赤くなるなよ。俺だって恥ずかしいんだぞ。

「……別に、レッドが選んでくれたのなら、なんでもうれしいよ」

 困ったことに加護はれんあいのスキルをあたえてくれない。

 百戦れんけんである俺達は、おたがいにぎこちなくういういしい言葉をかわし合い……それでも、少なくとも俺はこの時間がとてもいとおしかった。




第六章 火術士ディルの策略



 約2年前、ロガーヴィア公国。

 えいゆうリットこと、リーズレット・オブ・ロガーヴィアひめが再び立ち上がった。

 父親であるロガーヴィア王に、周辺諸国に対し水場や石切り場などの権利のじようや交易での優先権を認めるなどさまざまな条件の代わりにロガーヴィアにえんぐんらいする親書を書かせることに成功した。

 援軍はロガーヴィア公国のりんごくである、サンランド公国、ベルリア共和国の2勢力に依頼する。

 まどわしの森をけた先にあるのが、サンランド公国。特にこの国から援軍を得られるかが勝負の分かれ目だろう。

 ロガーヴィア公国とサンランド公国は隣国の常なのか、おう軍のしんこうが始まるまでり合いを続けていたけいがあり、ほぼ敵対状態にある。ベルリア共和国もサンランド公国の主張を支持し、これまたロガーヴィア公国との折り合いは悪い。

 だがロガーヴィアを救うためには両国の協力が必要不可欠なのだ。

 最後の軍議を終え、俺は精神的なつかれでり固まったかたをほぐしながらろうを歩いていた。

「お兄ちゃん」

 俺を呼び止める声がした。

 青いかみをした勇者が、いつもの静かな表情で俺を見つめている。

「やぁルーティ。軍議は終わったよ。結局俺達の提案はすべて通ることになった。明日あしたの朝には出発できると思う」

「そう」

 ルーティはうなずく。だが少しげんな様子だった。

「どうかしたのか?」

「別に」

「でもなんだか機嫌悪そうだぞ」

 本人は無表情のつもりなのだろうが口元がみようにムッとしているのだ。

 俺は小さいころルーティと一緒だったから、そうしたさいな仕草に気がつくことができる。

 周りからは無口で無表情と思われているルーティだけど、内心は結構感情豊かだ。

「お兄ちゃん、リットと仲がいいよね」

「ん? まぁそうだな。なんというか、ほっとけないタイプというか」

「そう……」

 ルーティは目を少しだけ細くして俺のことをにらむ。

「あー、悪かったよ。でも、外交関係は俺とアレスとリットでやっているから仕方ないだろう」

 ここらへんはどうしてもとして教育を受けた俺や王国かんりようだったアレスが得意分野だ。まぁアレスはどうも、外交文書の作成法やれいは知っていても外交のセンス自体はあまりない。

けんじや』のしようどうえいきようなのか相手に花を持たせて実を取るということができないのだ。どうしても自分が一番かしこいと相手を見下すあくへきけて見えてしまう。

 かといって、『とう』のダナンは論外、『クルセイダー』のテオドラも典型的なじんはだ、ルーティは口下手なのと『勇者』のカリスマの影響で相手をしゆくさせてしまう。

 俺も現場の騎士でこうしようが特別得意なわけではないのだが、それでも俺とアレスが一番マシという、人類最強のパーティーにしては少々おまつじようきようだ。

「でもアレスはサボってる」

「まぁな」

 おおざつな方針を決めた後は、アレスは会議に来なくなった。

 この国の貴族達への根回しをしているとのことだが、毎晩小規模なパーティーに呼ばれているらしい、多分ちやほやされに行ってるのだろう。あいつそういうの好きだし。

「夜中に3人で話し合うのにアレスがいなかった……つまり2人だった」

 ルーティはむすっとしてそう言うと、軽く俺の胸をたたいた。

「今日は私と一緒に居て欲しいな」

「ああ分かった、分かった、じゃあ一緒に明日の準備するか」

 勇者ルーティは俺の言葉を聞くと、ようやく満足したように静かな表情で頷いた。


 *         *         *


 計画通り、俺達は村をおそっている魔王軍をまずらした。

 襲っていた下級デーモンで構成される歩兵達は、大したていこうもなくてつ退たいしていった。

「ギデオン! やっと来てくれた!」

 そう言って、長い耳をしたハイエルフは俺を強くきしめる。

「ヤランドララも元気そうで良かったよ。救援がおそくなってごめんな」

「全然平気、魔王軍もこんな村に本気でめてくることもなかったもの。さっきのは私があなたに会いたかっただけよ!」

 しい顔にみをかべ、ヤランドララは俺のこしに手を回したまま、額がれそうなきよでそう言った。

 ハイエルフという種族は仲良くなるまでは他人と距離を取るのに、仲良くなるとこうして肌を触れ合わせるようなスキンシップを好むようになる。

 別にこれは恋愛感情というわけではないのだが、人間である俺は分かっていてもドギマギとしてしまう。仲良くなった人間が、そうして照れることもハイエルフにとっては面白おもしろく、また親愛の情をき立てられるらしい。

「ギデオン、彼女とはどういう……」

 リットは、再会したたん俺に抱きついてきたハイエルフにおどろいた様子で聞いた。

「ああ、彼女が惑わしの森を抜ける方法を持っているハイエルフのヤランドララ」

 彼女こそがこの作戦のもうひとつのかなめだ。

 ロガーヴィアの国境沿いに広がる惑わしの森は、先代魔王の時代にこの地のウッドエルフ達が最後の抵抗の場所として選んだ森で、何重にもけられた魔法によりだつしゆつ不可能の秘境と化したとされる土地だ。

 先代魔王軍への抵抗を続けたウッドエルフ達がどうなったのかは伝わっていないが、惑わしの森が数々のゆうしゆうぼうけんしや達を飲み込んできたことだけは確かな事実だ。

「私は植物と会話し、力を貸してもらえる加護を持っているのよ」

 リットに向かって、ヤランドララは得意げに言う。

 ヤランドララの加護は『木の歌い手』。植物と心を通わせるスキルを持つ。

「惑わしの森にかけられた魔法は、惑わしの森で生まれた存在には効果がない。だから草木に話を聞けば正しい道が分かるというわけなのよ」

 ヤランドララといつしよならば惑わしの森をとつできる。魔王軍の包囲も惑わしの森方面はうすであり、惑わしの森の反対側にいたっては完全な無防備。

 惑わしの森を突破するメンバーは、ルーティ、俺、リット、ヤランドララ、アレスの5人。この人数でも突破できる勝算は高いはずだ。

 ふとわたすと、アレスがいない。探してみると、ようへい隊の隊長と思われる男をげきれいしているようだった。

 だんはあまり兵士達を気にかけることのないアレスにしてはめずらしいな。


 *         *         *


「それじゃあ、あとはよろしくたのみますよ」

 アレスは頭にツバの広いぼうのような形をした鉄製のケトルハットと呼ばれるかぶとかぶった男にそう言った。

「へい、必ず住人らは無事に届けますんで。防衛戦でも期待してください!」

 男はそう言って、へつらい笑みを浮かべながらペコペコ頭を下げる。

 この男の名はディル。ロガーヴィアの貴族にやとわれた傭兵の1人で、今回、アレスと貴族達をちゆうかいし、傭兵を集める手助けをしていた。

 この50人程度からなる傭兵隊は、アレスが集めたということになっている。今回アレスは援軍を呼びに行くという役割をになっているのだが、防衛戦のたいにもアレスの働きがあったとするために用意された部隊だ。

 もちろん、パーティーの資金は魔王とうばつのために使われるもので、個人の名声のために使うことは許されない。だが、アレスにへつらいながら声をかけたディルは、アレスからいつさいのお金をもらうことなく、50人以上の傭兵達を集めたのだった。

 彼らのかつやくはアレスの活躍となる。気を良くしたアレスは、こうしてアレスにしては珍しく彼らを激励し、ささやかな補助魔法などをかけてやっていた。

「しかしまさか惑わしの森を抜けて援軍を呼びに行くとは、だんの勇気には感服しました」

「あなたのおかげで惑わしの森に関する情報も集まりました。ここだけの話、この作戦を立てたギデオンという男は勝算の薄いけを好むところがありますので、こうして私がフォローしてやらねばならないのですよ」

 アレスがディルから聞いたのは、貴族達の間でうわさされる惑わしの森の危険についてだ。だが、実際に惑わしの森に行ったわけではない貴族達の噂話にどれほどしんぴようせいがあるか。

 もっとも、そこはディルにとってはどうでも良かった。それらしい話に聞こえさえすればいい。

「旦那が俺のことを信用してくれたおかげでさ。そうした決断力もさすがは賢者様ってやつですね」

 アレスは気を良くして笑った。

 頭を下げるディルの顔はケトルハットのツバがかげとなってギデオンやリットからは見えなかった。

 もし見えていたら、ケトルハットの影の中、横目でリットを睨みつけるこの男が、かつてリットに町から叩き出された『火術士』であることに気がついたかもしれない。


 *         *         *


「はぁ」

 リットはため息をいた。

 惑わしの森ではリットの持つ『スピリットスカウト』の加護が感じられるはずのせいれいの声さえ届かない。迷いののろいが精霊達をさくらんさせているのだ。

 それのせいもあり、リットには森を進んでいるのかどうかが分からない。方向感覚も時間の感覚さえも消え、ただ不安としようそう感だけがリットを苦しめていた。

(それに……)

 リットが目を向けると、そこには歩きながら親しげにギデオンと話す美しいハイエルフの姿がある。

 それを見ていると、リットは胸が苦しくなった。ロガーヴィアで親しくなったとい上がっていた自分が鹿みたいだ。

 ギデオンは勇者の仲間。苦しんでいる人にはだれでも手を差しべるえいゆうだ。落ち込んでいたリットをはげまし、ロガーヴィアを救うために最善をくそうとするのは当たり前。

 ギデオンの顔をまっすぐ見られなくなったのはいつからだろうか。話していると口元がゆるんでしまって、常にバンダナでかくしている状態だ。それが何だかずかしくて、ついキツイ口調でしやべってしまう。

 昨日もリットは、ロガーヴィアの話から、ギデオンだったらロガーヴィア公国をどう治めるかという話になった時、最初は普通に話せていたのに、つい「別にギデオンがロガーヴィアに残って欲しいなんて思っているわけじゃないんだから! かんちがいしないでよ!」とってしまった。

 言われたギデオンは、驚いた様子でぽかんとしていた。リットは言ってからこうかいする。こんなつもりじゃないのに、どうしてもちゃんと喋れなくなっていた。

 赤面して顔をそらすと、

「…………」

 冷たく睨む勇者ルーティと目が合ってしまう。

 リットはげるようにぶくろへともぐり込んで目をつぶった。

 翌日、ギデオンに謝ろうとするとなぜか温かい目をして笑っていたので、つい謝りそびれてしまっている。

 まどわしの森に入ってからリットはずっとこんな調子だった。となりで楽しそうに話すヤランドララや無表情でも行動の1つ1つがギデオンへの親愛を示しているルーティに比べて、リットは空回りしてばかりだ。

「なにやってるんだろ」

 自己けんに襲われ、リットはうつむきパーティーのさいこうを歩いている。

 ヤランドララによれば明日あしたには森をけられるということだ。同じに見える光景に弱音をつい言ってしまうこともあったが、それもギデオンが励ましてくれた。

(私、あの後、ちゃんとお礼言ったっけ)

 リットはますます落ち込んだ。

「ねぇ」

「え、あ、ヤランドララ。どうしたの?」

 リットの隣にいつの間にかヤランドララがいた。俯いているリットの顔をのぞき込むように身体からだを曲げている。

しらかばの木に聞いたんだけど、この先に川があるんだって」

 そう言うと、ヤランドララはリットの服を引っ張った。

「服も身体もよごれているし、きゆうけいがてら水浴びしに行かない?」

「え? 水浴び?」

「さっぱりするわよ。ハイエルフのことわざで、〝清潔足れば心身足る、悪はけがれと共に在り〟っていうの」

 リットも王族のひめとして、身体をれいにしている方だと思っていたが、ヤランドララはその上をいく。ギデオン達がせっせと野営の準備をしているなか、しかも惑わしの森で植物の機嫌をそこねないために火を使わないという制限があり苦労しているのに、ヤランドララは悪びれる様子もなく、水をおけいっぱいに使い身体を清めている。

 さすがのリットもあれは真似まね出来ないと感心しながらギデオン達を手伝っていたのだが、ハイエルフが清潔にうるさいのは種族文化のようだ。やはり人間とは価値観が少し違うのだろう。

「でも」

「これからえんぐんを頼むのに、そんな身だしなみじゃまとまる話もまとまらないわよ。さ、行きましょ。ギデオン! 私達ちょっと身体洗ってくるから休憩しといて」

「え、私はまだ行くって言ったわけじゃ……」

 だが、ギデオンはリット達の方を見ると、

「そうだな、そろそろ休憩するか」

 とうなずいた。

「またヤランドララの我がままを聞くのですか!」

 アレスが不満そうに言うが、ギデオンはアレスのかたたたいて言い返した。

「いいじゃないか。それにこの惑わしの森ではヤランドララの案内に従うと約束しただろ?」

「ギデオン! あなたがそんなだから……」

 自分のせいでギデオンが責められている。リットは思わず声を上げそうになったがヤランドララが首を軽く横にった。

だいじよう、ギデオンにまかせて行きましょ」

「でも」

 ギデオンの方を見ると、手を振って気にせず行けとジェスチャーした。顔にはリットに気をつかわせて悪いと思っているようで、しようかべていた。

 その顔を見た時、リットはなぜかギデオンにきつきたくなるような、リット自身にもよく分からない強い欲求を感じ、頭がクラクラとれた。

 もしヤランドララが手を引いていなければ、リットは本当に飛び出し抱きついていたかもしれない。


 *         *         *


 惑わしの森にある川は深い所でもこしくらいの深さしかない小川だった。

 人の手が全く入らない森なためか、水はき通るほど綺麗で、汚れた身体をひたすのをためらってしまうほどだ。

 だがヤランドララは気にした様子もなく一糸まとわぬ美しい身体を川に横たえ水に浸した。

「リットもおいでよ、冷たくて気持ちいいよ」

「今そんな季節じゃないでしょ」

 今の季節は秋。惑わしの森の中は不思議と暖かく、1日中歩き続けているリットはあせをかいているくらいではあるが、それでも川遊びをするような気温ではない。

 リットは川べりにこしけ、足を水に浸した。

「つめたっ」

 思わずリットは足を引っ込める。今度はゆっくりと足をつけ、冷たさがここよさをともなうまでゆっくり慣らした。

 結局リットも服をぎ、川へと入った。

「ふぅ」

 冷たい。き火も使えない惑わしの森で、川からあがったあとどうやって身体を温めるつもりなのか。そういった冷静な部分よりも、リットは頭を冷やしたかったという思いが強い。

「ねぇリット」

 ヤランドララは気持ちよさそうに泳いでいる。ハイエルフは人間よりも寒さに強いのかもしれないと、リットはぼんやり思っていた。

「あなた、ギデオンのことが好きでしょ」

「へ?」

 ぼんやりとした思考がいつしゆんで晴れた。

「な、なにをいきなり」

「見てたら分かるわよ」

 カラカラとヤランドララは笑っている。リットは顔を赤くして川の中にしゃがんだ。

 ヤランドララが泳ぎながらリットの隣へ来た。

「リットはてきな人だから、ギデオンもリットのこと気に入ってるわよ」

「……そうかな」

「でも、照れるとおこくせは直した方がいいかもね」

「う……だよね」

 リットは恥ずかしそうに言った。リットがギデオンに対してキツくなってしまう時は、大体照れていることを見抜かれていた。

「どうせ照れ隠しするなら、思いっきりまっすぐな好意をちょっとおどけてぶつければいいのよ。どうせ照れるなら最初から照れることを言っちゃうの」

「そんなこと言われても……すぐにはできないわよ」

「そう? でもきっと、リットがまっすぐ好意を伝えれば、ギデオンはこたえてくれると思うなぁ」

「そういうヤランドララはどうなの? ギデオンと仲良さそうだけど……私と同じだったりする?」

「私? いいえ」

「本当?」

 ヤランドララは笑った。だけど、リットにはそのがおはなんだかさびしそうに見えた。

「ハイエルフは人間より少しだけ寿じゆみようが長いの。だから私は人間をこいびととして好きになったりはしないわ。もうりたのよ。今は王都にある大樹が恋人みたいなものかな。木の歌い手だもの」

「…………」

「私、こう見えて結構おばあさんなのよ? ハイエルフは見た目があまり変わらないから分からないでしょ」

「う、うん」

「だからね、ギデオンは親友だったり戦友だったり、一番信用できる人間だったりかな。恋とはちがうの」

 そう言うと、ヤランドララはリットの身体をぎゅっと抱きしめた。温かいヤランドララの体温がリットにも伝わる。

 女性同士とはいえ今ははだか。人間の価値観を持つリットはしゆうしんがこみ上げるのを感じたが、ヤランドララのしんけんな声を聞くと、それも消えた。

「私はギデオンに幸せになって欲しい。彼はこれまでずっと仲間のためにあらゆる苦労を引き受けてきた。多分これからも。でも私は、ギデオンにもっと自分のために生きて欲しいの。愛する人と幸せな暮らしを営むような、もっと当たり前の幸福をきようじゆして欲しい」

「ヤランドララ……」

「ギデオンの苦労は私じゃ肩代わりできない。みんな分かってないけれど、ギデオンの能力は加護やスキルをえたところにあるわ。私は代わりになれない」

「うん、分かる。私もギデオンがはげましてくれなかったら、今ここにいないと思う。ギデオンがいてくれたから、私はもう一度戦ってみようって気になった」

 リットはヤランドララのギデオンに対する感情が理解できた。その感情をリットも持っている。

 それは、親愛。大切な友人や兄弟に向けるような、相手を尊敬し幸福をただ願うような感情だ。

「ギデオンは強いわ。でも、無敵じゃない。ひどいことを言われたら傷つくし、悲しいことがあればなみだも流す。みんなギデオンにたよることが当たり前になっているけれど、今のままじゃだと私は思うの」

 リットには何も言えなかった。リットから見れば、ギデオンは『勇者』ルーティ以上にかんぺきな人間に見えていた。ヤランドララの言うことを言葉では理解できるが、本心から理解したわけではない。

(でも、理解したい)

 リットがこれまで見てきたのは、ギデオンの強さばかりだった。リットが苦しい時に必ず助けてくれる、勇者ヒーローだった。

 だけどそうじゃない。ギデオンだってリットと同じ人間だ。その身に宿す加護は違っても、同じように傷つく人間なんだ。

 ヤランドララはリットの表情を見てニコリと笑った。

「あなたならギデオンと上手うまくやれるんじゃないかって、私はそう思うの。ギデオンに寄り掛かるだけじゃなくて、おたがいに助け合うような、そんな関係になれるんじゃないかって」

「私が……? でも私、ずっとギデオンに助けられてばかりだよ?」

「それでもいいの。だって、あなたは本当にギデオンのことが好きだから」

「……うん、好きよ。本当に好き」

「だから大丈夫。あなたなら、ギデオンがつらいとき寄りってくれる」

 ヤランドララは確信しているようだった。まさか自分がこんな風に思われていると思わなかったリットはおどろき、ずかしくも思った。

 だが、リットはギデオンのことをおもうこのハイエルフが、前よりずっと身近に感じられたのだった。


 *         *         *


 リットの目にはまどわしの森の景色はどこも同じように見えた。いつまで進んでも進んだ気がせず、ただしようそう感にさいなまれる日々。

 しかしそれも終わり、リット達はようやく一度入ったら二度と出られないと言われた惑わしの森をとつした。

 その先に見えるのは〝希望〟。大バザーで名高きサンランド公国の大地であるはずだった。

 だが見えるはずだった希望は、黒くうごめくオーク達によってつぶされていた。

「なんで……」

 リットは座り込んでぼうぜんと言った。

 今、パーティーは木々のかげかくれながら外の様子をうかがっている。

 森から少しはなれたかいどうには鉄鋲リベツトで補強されたかわよろいに身を包み馬をる、オーク軽騎兵ハサーの大隊が展開していた。

 彼らは交代で馬を走らせ、森から出てくる者をのがすまいとしているようだった。

 今回の作戦は、おう軍側も惑わしの森が突破不可能であるというにんしきを持っていることを前提としている。

 そのためにギデオンとリットは、作戦の全容を知っている人間を最小限におさえた。貴族達への説明は勇者とけんじやと導き手、そしてえいゆうリットの4人の能力で、てきじんを気づかれずに突破するということだけだ。

 ギデオンは惑わしの森について調べることもしなかった。調べているという情報がれることすらきらったためだ。「惑わしの森を通りけることができる」と言ったヤランドララをしんらいし、ヤランドララの言葉は本当に正しいのかという裏付けをいつさい行わなかった。

 そのことはルーティやアレス達にも伝えていたのだが……賢者アレスにとって、よく知りもしない場所によく知りもしない仲間の言葉を信じて命をかけるというのは、とうていなつとくできないじようきようであった。

 そしてアレスはようへいである火術士ディルに、情報を漏らしたのだった。

 リットが絶望し、アレスが絶句している中、ギデオンはただ冷静に事実を受け止める。内心は大声でわめき散らしたいほどくるっているが、そうしたところで事態が好転するわけではない。ギデオンはそうした感情を抑え込む技術を身につけていた。

 それに、ここまで来るちゆう、惑わしの森についてじようぜつに語っていたアレスの言葉を聞いてから、このような事態を全く想定していなかったわけでもない。心構えがある分、ギデオンは、そのとなりで表情を変えず魔王軍の陣立てを観察している勇者ルーティと同じくらい冷静だったと言えるだろう。

「お兄ちゃん、どうする?」

 ルーティが言う。彼女の声にはおびえも混乱もない。勇者にとって絶望とは打ち破るものであり、くつするものではないからだ。

 そんな妹の声をたのもしく思いながら、ギデオンはじっとオーク軽騎兵ハサーの軍勢を観察する。

「あの部分がじやつかんうすいな、突破するならあそこだろう」

「うん、私もそう思う。でも、このままじゃ厳しい」

 もしルーティ達が100人の部隊なら間違いなく突破できるだろう。オーク軽騎兵ハサーは魔王軍の主戦力だが練度は低く、こちらがこうせいける状況ならば簡単に敗走することで知られている。彼らの武器は機動力をかした側面こうげきこうはんわたりやくだつだ。

 もっとも、すぐにげてしまうためせんめつすることができず別の場所で略奪をり返すというやりにくい相手だ。アヴァロン大陸各国の歴戦の達は、戦いでは負けることはないが、重い鎧に身を包んだ騎士では、軽騎兵ハサーには追いつけず、追い散らすことしかできない。

 だが今回の場合は、ただ突破するだけ。殲滅するよりずっと楽な条件だ。

(しかし俺達は5人)

 たった5人。目の前に展開する軽騎兵ハサーは2000人はいるだろう。

 突破するとしても、機動力のある軽騎兵ハサー達は次々に回り込んでくる。

 5人で数百はたおさなくてはならない。それも走り続けながらだ。

 ここにいる5人は全員が1対1なら万に一つも負けることはない強さを持っている。相手が10人でも負けないだろう。5人が力を合わせれば、おそらくは100人を相手にしても勝つ。だがそこまでだ。

(多すぎるな)

 いずれは一騎当千に至るかもしれない英雄達だが、今はまだ5人で1000人規模を相手にして勝てるほどの強さには届いていない。

「よし、俺の考えを言おう」

 ギデオンは決意を込めて口を開いた。

「俺が敵を引きつける。そのさわぎに乗じてルーティとリットは突破して欲しい」

 その言葉を聞いて、うつむいていたリットは泣きそうな顔でギデオンの顔を見上げたのだった。


 *         *         *


 リットはサンランド公国の走竜ライデイングドレイクを借りて走る。その顔にいつもの勝ち気な表情はない。

 不幸中の幸いか、惑わしの森の出口に魔王軍が展開したことで、サンランド公国はけいかいして軍を国境に配備していた。

 敵陣を突破したルーティ、リット、アレスの3人は、サンランド公国軍と合流後、指揮官であったブレイズ王子にその場でえんぐんようせいし、サンランドの走竜ライデイングドレイク騎士達と共にロガーヴィアの国境をえた。

 人竜共に鎧に身を包む重装の走竜騎士が500騎。後方からは約2000の歩兵も追いかけてきている。

 だが、ギデオンとヤランドララがおとりになってからもう1時間近く経過していた。歩兵を待っていてはおそすぎる。

「お願い、至高神デミス様、希望の守護者ララエル様、どうかギデオンをお守りください。そしてじゆんきようの守護者ヴィクティ様、どうかギデオンを連れて行かないでください」

 リットはいのりながら走竜ライデイングドレイクを走らせる。

 これでロガーヴィアは救われる。この結果に喜ぶべきなのだろう。

 だがリットは、この時だけロガーヴィアの事を忘れ、ただギデオンの無事だけを願っていた。


 *         *         *


 やりを構えて突撃してくる500騎の走竜騎士に、オーク達はいつしゆん、怯えたようにざわめいた。

 だが、先頭を走るルーティとリットの姿を見ると、大声で笑い始めた。

「見ろ! 逃げた勇者ががら背負しよってもどってきたぞ!」

 オーク達には、さきほど勇者達を追いめたという自負があった。

 確かに立ちはだかった何人ものオークをせ、突破していった相手ではある。

 だがその時、馬上から降り注ぐオークの騎兵刀サーベルから、勇者達は必死で逃げ回っていた。軽傷ではあったが、そのやいばはやつらのはだを切りき血でれていた。

「人数はこちらが上だ! いつものように囲んでたたけ!」

 機動力を活かした側面攻撃が軽騎兵ハサーの定石。いくら走竜騎士といえども、4倍もの数を相手にするには一撃だつを繰り返す必要がある。が、機動力なら装備の軽い軽騎兵ハサーの方が上だ。遠くに見える歩兵が来る前にこいつらを片付け手柄を持ち帰ることができるはずだ。

 そのことはリットも分かっていた。ギデオンが心配な勢いでここまで早駆けしてきたが、つちぼこりの中でにぶきらめくオーク達の騎兵刀サーベルを見ているときょうき上がってくるのを感じる。

「リット」

「な、何よ! 別にこわくないわ!」

 声をかけたのは隣を走るルーティだ。

 その顔には何の表情もかんでいない。ただ静かにリットを見ていた。

「散開するわ」

「え?」

 さっと、ルーティが左手をあげた。散開の合図だ。騎士達を指揮する指揮官はそくに反応して、ラッパをく。

 次の瞬間、オーク側から無数の矢が放たれた。

だいじよう、オーク軽騎兵ハサーの弓はけんせい用。でたらめにっているだけで、密集してなければきようじゃない」

 けんを構え、ルーティとリットは降り注ぐ矢を斬りはらった。矢が鎧にはじかれる音が後ろから聞こえる。わずかに悲鳴も混じったが、騎士達のがいも散開したおかげで少ないようだ。

「でもこれじゃ!」

 散開してしまったことで、突撃のしようげき力ががれた。騎兵の突撃は密集陣形で、相手の陣の一点をつらぬくのが最良、散開した突撃では威力が激減する。

 多少の被害をかくしてでも密集したまま突撃するべきだったのではないだろうか。リットののうにそんな考えが浮かぶ。

 だがルーティは、それでも冷たい表情のまま、ごうの聖剣を構え、走竜ライデイングドレイクの横腹をり速度をあげた。

「な! 待って!! 1人でっ込む気!?」

 ルーティはぐんぐんと速度をあげる。〝騎乗〟関係のスキルがあるのだろう。リットも追いかけようとするが、とても追いつけない加速だった。

 2000の軽騎兵ハサーに1人の勇者がせつしよくした。いくら英雄級の加護レベルがあっても、自分の身を守るのでせいいつぱいになるのは必然だ。

 つい先程、オーク達の中を命からがら突破してきた時のように、勇者が大量のオークに取り囲まれる姿をリットは想像した。

 その時、オークとオークの乗る馬が宙をった。

「は?」

 ルーティのひとりで、接触した5騎のオーク軽騎兵ハサーが吹き飛んだのだ。吹き飛ばされたオーク達は鎧ごと両断されていた。

 どさりと落ちてきた〝オークだった物〟によって、後方のオーク達がしたきになり、あるいは目の前に落ちてきたソレを見て落馬する。さらに一振り、続けて一振り。ルーティが剣を振るうたびに、オーク達がまとめて吹き飛ぶ。

「な、な、て、テメェ! さっきはそんなことできなかっただろ!?」

 オークの1人がさけんだ。どうもうなオークの顔が恐怖でゆがんでいる。

「さっきは目立つわけにはいかなかったから。今は本気」

 ギデオン達が囮になって敵を引きつける作戦上、あの時ルーティは本気で戦うわけにはいかなかった。目立ってしまえばギデオン達が命がけで引きつけているオーク達も呼び寄せることになり、とつが失敗する可能性があったからだ。

 怯えながらもたけびをあげて突進してきた隊長格をふくむオーク3騎に対し、ルーティは真正面から剣を振る。

 アヴァロン大陸を荒らし回ってきた悪名高きオークの騎兵刀サーベル容易たやすくだけ、折れた剣をにぎったまま、オークの身体からだが回転しながら地面に落ちた。

 1人、また1人と、オークの動きが止まっていく。走竜騎士がせまっているにもかかわらず、オーク達は剣を振るい血を払うルーティの姿から目がはなせなくなる。

 なぜならばおそろしいから。すぐ近くに人食い竜がいる時に、どうして竜から目を離すことができる? たとえその身体がもうすぐ槍で貫かれるとしても、あの恐ろしい勇者から目を離すことに比べたら……。


 動きが鈍ったオーク達へ、おくれてリットとサンランドの騎士達が突撃した。

 オーク達は満足なていこうもできず、リットの剣や騎士達の槍に突きくずされていく。

 リットはおそい掛かってきた2騎のオークをばやく斬り裂いた。オーク達は、簡単に落馬する。

 逃げながら戦っていたときは、あんなに重く感じたオークの騎兵刀サーベルによる一撃が、今はなんの脅威も感じないほど軽い。

「これが『勇者』なの……」

 騎士達は気がつけば、もう勝ちどきを上げていた。まだほんの最初の接触を制しただけのはずなのに。だが、オーク達もすでに浮き足立ち、逃げるものも現れている。かいそうは時間の問題だ。

 真っ先に敵に斬り込み、その絶大な武力とカリスマで敵を怯えさせ味方に恐怖を忘れさせる。2000vs500の戦争の勝敗を、たった1人の『勇者』が決めた。

 これが勇者ルーティの戦争。

 だが勇者ルーティは、味方の勝ち鬨にさえこうようすることなく、たんたんと戦いを続けていた。


 *         *         *


「よう」

 戦場の中、ボロボロになりながらもギデオンとヤランドララは生きていた。ギデオンはろう完全たいせいがあるおかげでしっかりとしているが、ヤランドララはさすがにしようもうしたのか整ったハイエルフの顔に疲労をにじませ、座り込んでいた。

 2人は陽動に成功した後は、必死にげ回っていたようだ。ちゆうでオークの馬をうばったようで、げんそうな馬が2人のとなりで鼻を鳴らしていた。

「ヤランドララがいつしよに来てくれて命拾いしたよ」

「私も、ギデオンがいなかったらさすがにやられてたわ」

 そう言って2人は笑いあっている。怪我けがはすでにの魔法で回復しているが、ギデオンとヤランドララのよろいはいたるところが傷つき、2人共傷つきながら戦いいたことを示していた。ギデオンの愛刀サンダーウェイカーの刀身にはオークの血がべっとりとついたままだ。

「ば、ばかぁ……」

 リットが喜びけ寄ろうとするが……その横からリットより早く小柄な少女が飛び出した。

「お兄ちゃん」

 勇者ルーティはそっとギデオンの顔に両手でれる。

「ごめん、ほかに方法が無かった。二度としない」

「大丈夫だ、この通り俺もヤランドララも無事だよ」

「しないから」

 静かな調子で、しかし決意を込めてルーティは言った。

 常に冷静、オークを殺すのに昂揚もれんびんけんすら、なんの感情も見せなかったルーティが、表情は変わらずとも強い親愛をギデオンに示している。

 リットもヤランドララも、2人の間に声をかけることができなかった。

 ギデオンが1人で相手を引きつけると言った時、もちろんリットは反対した。アレスもぼうだと批判したが、他ならぬルーティがリットを制した。

「兄さんをしんらいして」

「で、でも」

「ヤランドララ。兄さんと一緒に行って欲しい」

「分かった。任せて」

「ちょっと、ルーティ! 私はなつとくして……」

「私が仲間に指示を出すのに、あなたの同意は必要ない」

 ルーティはリットの目を真っぐに見つめた。にらんでいるわけではない。静かな表情だ。

「あ、う……」

 だがリットは、そのはくりよくに何も言葉がでなくなっていた。

 おびえるリットのかたをギデオンがポンポンと叩く。

「大丈夫、俺はできないことはやらないさ」

 ギデオンは、自分が一番危険な仕事をするのにもかかわらず、リットを安心させるようにそう言った。

 その時は勇者は正義のためなら兄もせいにするのかと、リットは内心いきどおったのだが、それが自分のかんちがいだと気がついた。

 目の前で触れ合う兄妹きようだいを見て、リットはおどろきをかくせない。

(ルーティってこんな顔できたんだ)

 ルーティは本当はだれよりもギデオンが心配だったのだろう。それでも他に方法が無かった。それを分かっていたからギデオンは自分から陽動に名乗りを上げたのだ。

 ルーティに自分から兄を死地に追いやることを提案させないために。

「いいなぁ」

 2人から少し離れた場所で、リットは空を見上げ小さくつぶやいた。


 結局、リットは勇者のパーティーに加わらなかった。ギデオンは残念がっていたが、ルーティはホッとしていたように、リットには見えた。

 ロガーヴィアの復興のためという理由もあったが、何より今はまだ、ルーティとギデオンの間に自分が入るべきではないと感じたのだ。ルーティには、きっと今のギデオンが必要だ。

 ギデオンが行ってしまったあと、リットは1人になると少しだけ泣いた。


 *         *         *


「ちっ!」

 荷物を乱暴にめ込むと、火術士ディルはま忌ましそうな表情でロガーヴィアから逃げ出した。

 金のために人間を裏切り魔王軍についていたディルは、形勢不利を知りすぐさま行動に移す。このへい長ガイウスに化けたシサンダンによって城に入り込んだディルの身元も、戦争が終わればすぐにバレるだろう。

 潮時というやつだ。

おぼえてろリット。俺はしゆうねん深いんだ。いつかあんたが幸せな時に現れて、全部ぶちこわしてやるからな」

 ディルはいんけんな目にみにくぞうを宿し、道にツバをき捨てると、未練がましく何度もロガーヴィアを振り返りながら逃げていった。


 *         *         *


 現在。ゾルタンのひんみんがいサウスマーシュ。

 そこにある場違いなおしきには、とうぞくギルドのナンバー2の実力者であるビッグホークが住んでいる。ゾルタンの外部から移住してきたこのきよかんのハーフオークはざんぎやくな手法で恐れられる男だ。

 だが、その前に立つ火術士ディルという名のゴロツキは、ほおけた顔にくつみをかべながらひようひようとした様子でビッグホークにペコペコと頭を下げている。その姿には実力者へのびへつらいはあっても、恐れている様子はない。

(魔王軍のアスラデーモンと話した時に比べりゃどうってことねぇや)

 ロガーヴィアから逃げ出した後も、ディルは各地で盗賊まがいのようへいとして悪名を高め続けた。また、ときには再び魔王軍と内通することもあった。

 その果てに、どこにも居場所がなくなり、この辺境ゾルタンまで逃げて来たというわけだ。

「で、だ。お前さんにたのみたいのは他でもない、リットのことだ」

「へぇ、俺にできることなら何なりと」

「盗賊ギルドはリットにぼうけんしやを引退してもらいたくない。なぜだかわかるか?」

「ええっと、難しい仕事を頼める人がいなくなるからですかい?」

「違う」

 ドンとビッグホークは巨木のような足でゆかった。ハラハラとてんじようのホコリが降ってきてディルのかみにかかる。

 ディルははらいたくなるしようどうを感じたがまんした。

「うちで手に負えないヤマはアルベールのパーティーがやれる。問題はえいゆうリットが盗賊ギルドと敵対する相手にやとわれた場合だ」

「へぇ」

「英雄リットはこの国の切り札ジヨーカーだ。あいつが出てくればどの勢力もばくだいな損失を払わなければならない。盗賊ギルドも英雄リットが出てくる場合は素直に引き下がってきた」

「じゃあ英雄リットが引退してばんばんざいじゃないですか」

「そうじゃねぇだろ。これまではどうしても敵対して欲しくない場合は別のらいを通して、リットをゾルタンから遠ざけることもできた。それがこれからは常にゾルタンの町中に英雄リットがいることになるんだぞ。気まぐれで敵対されてみろ。商売がやりにくくって仕方ねぇ」

「なるほど!」

 盗賊ギルド幹部、ビッグホークがしている点はそこだ。これまである程度はせいぎよできていた切り札ジヨーカーが、これからは完全に制御できなくなる。盗賊ギルドお得意のやみちをしようにも、相手は1人でゾルタンの盗賊ギルド全体とかく以上に立ち回れる英雄だ。

 そんな英雄に手を出すことは自殺こうだと、盗賊ギルド長も幹部達も全員の意見がいつしている。

「まぁそこでだディルよ。お前さん、英雄リットの弱みを知っているらしいな」

「ええまぁ。それで言うことを聞かせることはできないかもしれやせんが、冒険者引退をてつかいさせるか、このゾルタンから追い出すかくらいはいけるかもしれませんぜ」

 ニヤリとディルは笑った。ディルがここに呼ばれたのはぐうぜんではない。

 さきほどは知らないりをしていたが、盗賊ギルドが英雄リットの引退に頭をなやませていることを知っていたディルは、盗賊ギルドの構成員にそれとなく自分が英雄リットの過去を知っているとほのめかしたのだ。

「ほぅ、そいつは興味深いな。聞かせてもらいたいところだが……言うつもりはねぇよな? 盗賊ギルドとしては英雄リットと事を構えるつもりはないんだから」

「え、ええ?」

 話が違うとディルはあわててビッグホークの顔を見た。ビッグホークは目をそらしながら、近くに備え付けられた皿からくるみをつかみ、太い指に力を込め割ると、中身を口の中にほうり込んだ。

 バリバリとくるみをくだく音が聞こえる。ディルは呆気あつけに取られたままビッグホークの言葉を待った。

「まぁつまりはだ。俺としては英雄リットの問題が勝手に解決してくれるとうれしいわけだ」

「!」

 なるほどとディルはうなずいた。

「もし英雄リットの問題が解決したら、俺は何か美味おいしい目に会えるんですかい」

「盗賊ギルドは関係ないんだからなにもねぇよ。だがちょいと荷物を運ぶ簡単な依頼をするかもしれねぇ。中身は金なんだがな」

 つまりはその金を着服してほうしゆうの代わりにしろということか。

 ビッグホークの言わんとすることを理解したディルは「ひひっ」と声を出して笑った。

「分かりやした。今日のところは帰りますぜ」

「おう。呼び出してしまって悪かったな。おい誰か、送ってやれ」

 ディルは人相の悪い盗賊ギルドの男達からていちようあつかわれ、ビッグホークの屋敷を後にした。そのふところには土産みやげだとわたされた銀貨ぶくろがある。

「こんなクソみたいな町まで流れてきてくすぶっていたが、俺にも運が向いてきたな」

 英雄リットの幸せをぶち壊せる。

 そう思うと、ディルは今から声を上げて笑いたくなる衝動をおさえなくてはならなかった。


 *         *         *


 いきなりだが私、リーズレット・オブ・ロガーヴィアは今、最高に幸せだ。

 まさかギデオン、いやレッドといつしよに暮らせるようになるなんて、ロガーヴィアで別れたときは夢にも思わなかった。

「昼食ができたぞー」

「はーい」

 台所から声がかかり、私は店のドアにきゆうけい中の札を下げると居間へと向かった。

 すでにおなかはレッドの美味しい料理をむかえ入れる準備が整っている。

「今日はベーコングラタンだ。スープはシーフード、それにパン」

 食材自体は高価なものでも、めずらしいものでもない。だけど、レッドの料理はいつもとても美味しそうだ。

 今日も美味しそうなげ目のついたベーコングラタンは見るだけで食欲がそそられるし、スープからかおいそにおいはたまらない。

「いただきます!」

 まずはコップの水を少し飲んで口の中をさっぱりさせる。

 そして、グラタンにスプーンを差し込む……うわぁ、白い湯気と美味しそうな匂いが……うん、でもちょっと熱そうだな、先にスープからいこうか。口の中を火傷やけどしたら、せっかくの料理が味わえない。

 スープには赤身魚と二枚貝が浮かんでいる。野菜はキャベツと、この小さな緑色のは香草ハーブだろうか? はく色のスープにいろどりが加えられてらしい。

 ふーふーと息をきかけ熱を冷まし、口にふくむと海の味が口の中に広がった。それでいてなまぐさくはない。お酒でむと臭みが消えるらしいけれど、ちょっと感じるこの味は下ごしらえに使ったワインのものだったか。

 ベーコングラタンはどうだろうか?

 表面は小麦色に焼けているが、中は真っ白でふかふかと湯気を立てている。分厚く切ったベーコンとたっぷり入ったマカロニ、それに玉ねぎとシンプルな内容だ。だけどどの具材もていねいに下ごしらえと味付けをしてある。

 つまりは、

「美味しい!」

 私がそう言うと、レッドは嬉しそうに笑った。


 *         *         *


 朝は薬の調合をしていたレッドも、昼からは一緒にカウンターに座った。

 2人も人手が必要なほどいそがしくないから、私は休んでもいいと言われているのだけれど、レッドと一緒にいられる時間を減らすなんてとんでもない。

「えへへ」

 いけない、レッドの横顔をながめていたらつい口元がゆるんでしまった。

 レッドは見られているのに気がついたのか、すこしはだけていた服を正した。レッドは、首からむなもとにかけてうっすらきずあとが残っている。

 だんは気にしていないのだけれど、私に見られるのはちょっとていこう感があるらしい。私は全く気にしていないどころか、レッドの人生のあかしのような気がしていとおしくすらある。

 まぁでも、私も傷跡とかは見られたくないし、気持ちはわかる。

「もぅ、かくさないでよ」

 だが見る。

「お、おい」

「いいじゃん、減るもんじゃなし」

 だって、困って顔を赤くしているレッドが、普段のかっこいい姿とはまたちがってとても可愛かわいいのだもの。


 *         *         *


 今日は私がゼフのサウナに香り袋を届けに行く番だ。

 ゾルタンの夏は相変わらず暑い。というかこよみの上では秋のはずだ。

 冷たいロガーヴィアで育ったから、暖かいところがいいとゾルタンを選んだ部分もあるのだが、まさかここまで暑いとは思わなかった。

 香り袋を届け終わり、私はふらふらと道を歩いて帰路につく。

「お昼は外してるんだけどなぁ」

 太陽もずいぶん下がってきているのだけれど暑い。私は首筋を伝うあせをバンダナでき取り、

「あついー」

 と文句を言うしかなかった。

「おじようさん」

 その時、私に声をかけるヤツがいた。

「だれ?」

 暑さでへきえきしていたのもあって、私はちょっとめんどうくさそうな声で対応してしまった。まぁ仕方ない。そもそもが私はお城からよくけ出していた不良おひめさまで、れい作法は〝知っている〟であって〝好き〟ではないのだ。

 私が半眼で振り返ったのを見て、相手は少しおどろいた様子だった。

 私に話しかけてきた男は、ねこほおがげっそりげ、目つきの悪いけんのんふんだった。どこかで見たような気もするが思い出せない。

だれだっけ? 何か用?」

「あ、え、俺はCランク冒険者でディルっていうんだけど。ちょっと話があるんだが」

「話? じゃ早くしてよ」

「ここじゃなんだからどこか落ち着けるところでビールでも飲みながらどうだい?」

「やだ、じゃあね」

 どこかで会ったことがある気がするのだけれど、忘れているということは大したことじゃないのだろう。

 私は無視してスタスタと歩きだした。

「お、おい待てよ!」

「だから話なら早くしてよ」

「いいのか? 俺はあんたの故郷を知っているんだぞ」

「別に隠しているわけじゃないけど」

「それだけじゃない。あんたの本名だって知ってるんだからな。リーズレット」

「……ふーん」

「けっ、そうこわい顔するなよ」

 かいだったので思わず殺気立ってしまった。

 ディルの顔にいつしゆんおびえがかび、そして怯えてしまったことにいらったのか、わざとらしいほどごうまんな仕草で地面にツバをいた。

 私はその仕草にまゆをひそめる。

「で、話しなさいよ」

「いいのか? ここで話しても」

「言ったでしょ、別に隠しているわけじゃないって」

「はは、さすがえいゆうリット様。お姫様は俺みたいなかげものと違って堂々としてらっしゃる」

 私の手がこしのショーテルのつかびたのを見て、ディルはまた慌てた。

「お、俺はあんたに忠告しにきたんだ」

「で、何を」

「そうツンツンするなよ。俺にもレッドみたいにやさしく……ガフッ!?」

 私が抜いたショーテルの柄がディルのみぞおちに食い込む。ディルは顔を青くしてうずくまった。

 周りにいた3人の通行人が何事かと、こちらの方を見ている。

「私は元ぼうけんしやよ。めた口をいてきた相手を笑って許してあげられるほどお上品じゃないの、理解した?」

「う、ぐ……て、てめぇ……」

「で、忠告って? 話す気がないなら私は帰るけど」

 もう少しぶちのめしたい気もするが、今の私は薬屋の店員だしこれくらいで許してあげるか。

「ま、待ちやがれ!」

「なによもぅ、言いたいことがあるならもつたいぶらずに言いなさいって。そうすればに痛い目にもあわずに済むのに」

「あんたがレッドと暮らしていることを、ロガーヴィアに伝えるぞ!」

 ふむ。なるほど、そう来たか。

 私がだまっているのを見て、ディルはニヤニヤとみを浮かべて立ち上がった。

「へへっ、お姫様。遠くで羽目をはずすのもいいですが、ちっとはご自身の立場ってのをわきまえてもらわないと」

「…………」

「つまるところ、リーズレットお嬢様につきましてはレッドとの火遊びはそれくらいにして冒険者にもどるか、さもなくばロガーヴィアに帰ってもらった方がいいと思うんですよ。ロガーヴィアの王位けいしよう権問題も、もうそろそろカタがついたんじゃないですか? あんたも、どこぞのでっぷり太った貴族とでもごけつこんなさるべきとしごろですぜ。両家のはんえいのためってやつ。泣けますよね。でも、それがお姫様の役割なんだから仕方がねぇってもんですな。でなけりゃお姫様がどこぞの薬屋なんかやってる馬の骨に傷物にされたなんてことにもなりかねねぇですから」

 ディルという男は一応周りに気をつかっているのか、小さめの声でペラペラとしやべっている。私は深くため息をいた。

「おっと、ここで俺を始末しようなんて考えない方がいいですぜ。俺がやられればすぐにロガーヴィアに手紙を届けるよう手配してますから」

 私のため息を殺意だとかんちがいしたらしい。ディルはすでに手は打ってあると勝ちほこっている。全く……勘違いもいいところだ。

「勝手にすれば」

「は?」

「お父様にでも何でも話せばいいじゃない」

 そう言って私はきびすを返して歩き出した。

「お、おい! こ、これはおどしじゃねぇんだぞ! あんたのことをロガーヴィアに伝えりゃ、最悪あんたは勘当される! ただでさえあんたの立場はみようなんだ! 王子より人気の英雄姫なんて、チャンスがあればはいじよしたいやつはいくらでも……」

 しつこい男だ。私は帰るのをもう少しだけおくらせることにした。

「勘違いしているようだからハッキリ言うけどね。私はロガーヴィア王族の地位なんて捨ててもいいの」

「な!?」

「レッドとの、この日常のためならば、私は英雄でなくてもいいし、王族でなくともいい。ただの薬屋のリットとレッドであれば、それだけでどんな名声も財宝も私にはもう必要ない」

「は、ハッタリだ! あんたの加護だって、そんなへいぼんな生き方望んじゃいないだろ!」

「加護? ええそうね。でも私が望んでいるのよ」

 そう言って、私はもうり返ることなく歩きだした。

 ディルはがくぜんとした様子で、それ以上何も言えなくなっていた。


 *         *         *


『火術士』の加護は4大術士の1つ。水のほうあつかえない代わりに、火の魔法発動に要求されるスキルレベルが下がっているのがとくちようだ。それにより早い段階から火の魔法の高いこうげき力を使えるようになる。

 特に、ばくはつを起こす〝ファイアーボール〟を中級魔法スキルではなく下級魔法スキルで使えるようになるのは大きな差だ。4大術士の中でも、『火術士』の加護持ちがDランクのパーティーではレベル1でも断られないと言われるほど人気なのは、単純なパワーによってレベル以上のかつやくをするからだ。

(それもレベルの低いうちだけだがな)

 攻撃魔法の多い火の属性は、逆に言えばエネルギーたいせいの魔法1つでその利点のほとんどを対策されてしまうことを意味する。

『火術士』ディルが冒険者として通用したのは5年目までだった。最初のパーティーを追い出されたのがその年。だが、ディルはその時にはすでに自分の加護の特性を理解していた。

 自分の加護は格下相手ならレベル以上の強さを発揮する。

 この世界の住人は、基本的に格下との戦いを好まない。村をおそっているゴブリンであっても、同格の冒険者がたおすべきだと考えられている。

 加護は加護を持った相手と戦い殺すことで成長するのだが、自分より加護レベルの低い相手だときよくたんに効率が落ちるのだ。

 聖方教会のかいしやくでは、これは弱者からさくしゆするようなこうを禁止するというデミス神の意図であるとされている。善人も悪人も加護を通してデミス神の存在を感じ取れるこの世界において、そうした聖方教会の教えは強いえいきよう力を持っていた。

 だがディルは、そんな教えよりも自分の加護を信じた。

 彼がなりわいとしたのは、弱者からりやくだつするとうぞくようへい。村を守るレベルの低い戦士達が、すべもなくくろげになるのを見て、彼は自分の加護が満足するのを感じた。

『火術士』はしようどうとして、ほのおによってモノが燃えるのを見ることを好む。略奪で焼けた村。ぼうぜんたたずむ村人達。どれもディルにとっては、自分の人生の正しさを証明する喜びの感情を引き起こしたのだった。

「ひ、ひひっ、鹿にしやがって」

 ディルはこれから始まる光景を想像して、こらえきれずけいれんした笑みを口元に浮かべる。

 彼がいるのは〝レッド&リット薬草店〟のそばの暗がり。

 そこに油の入ったつぼと、よくかんそうしたまきを置いているところだった。

 何のために? もちろん、放火するためにだ。

「ああ、これからあの生意気な女の幸せと日常が焼けちまうんだ。あいつが俺を馬鹿にしたから。ひひっ!」

 ディルは気配をしやだんする魔法〝シャドウハイド〟を事前に使っている。

 放火で中の人間を焼き殺したところで加護は成長しないが、ディルはこの方法で自分よりはるかに強いを殺したことがあった。おまけでその日に宿にまっていた無関係の客4人が巻きえになったが、さいな事だとディルは思っている。

 だが、今日の相手は、その程度の魔法でごまかせるような相手ではなかった。


 *         *         *


「おい」

「ひひっ!?」

 店に火をつけようとしている男に、俺は声をかけた。

 こんな堂々と放火しようとしてくるなんて非常識なやつだ。リットの件でいやがらせしてくるやつもでてくるかなと思っていたが、まさかこんな手段でくるとは。

怪我けがしたくなけりゃ大人しくしてろ、すいなら罪もちっとは軽いだろ」

 放火は重罪だ。木造の住宅が多いゾルタンの下町では特にまずい。

 未遂でも相当重いけいばつらうが、未遂じゃなけりゃ極刑なのだからそれに比べりゃ軽いのは間違いない。

 目の前の男はキョロキョロと俺の背後を気にした後、俺が1人だと分かるとニヤリと笑みを浮かべた。

「アレスから聞いてるぜ。お前はまともなスキルもない、ただ勇者の兄ってだけで勇者パーティーに入ってたって」

 男はそう言いながら構えを取ろうとする。

「やるっていうなら仕方がないな。まぁ実際のところ、俺はお前にはかなりムカついているし」

「ひひっ、俺のことおぼえていたのかよ」

「ロガーヴィアでは色々とやってくれたな」

 俺はこの男を知っている。そして色々と借りがある。

 あの時、俺とヤランドララが死ぬような思いをしたのは、アレスから情報を聞き出したこいつのせいだろうと当たりをつけていた。しようを集める前にげられてしまったが。

 まぁでも今はそのことより……いまさらながらリットに酒場でちょっかいを出していたことがムカついていた。こいつ、あの時リットのかたに手をれてたよな。

 俺はどうつるぎき、1歩み出す。ディルは確か『火術士』の加護持ちだ。魔法使い系の加護が1人で接近戦をするってのはあまり得意なじようきようじゃないはずだが、ディルの顔は自信に満ちている。

 俺がさらに踏み出すと、ディルは後ろに下がる。ディルの背後には月が出ていた。

「戦いでここまでけいかいされるのは久しぶりだな」

 ゾルタンではDランク冒険者として活動している俺にはなつかしい感覚だ。もう無いとも思っていたんだが。

 戦いのなかにそんなみようかんがいひたる俺に対して、ディルの顔には神経質な笑みがかんでいる。

 俺がもう1歩進むと、そこでニヤリとディルの口元がゆがんだ。

「今だやれ!」

 ディルがさけひだりうでを高くかかげた。はなれたところに見張り台が見える。弓やクロスボウでげきするには絶好のポイントだろう。

 そして……何も起こらなかった。

「え? おいどうした、早くて!」

 ディルは何度も左腕をあげる。だがだれこたえない。

「これで2度目だぞ」

 俺が言うと、ディルは顔を青くした。

「ま、まさか、また!」

「今度は立場が反対だが」

 リットが今いないのは、俺達を排除しようという動きをリットが察知して、情報を集めていたためだ。その際に、『狙撃手』の加護持ちを探しているゴロツキぼうけんしやがいたという情報を聞き、前に俺がやったように、今度はリットがその『狙撃手』を片付けておいたのだ。

「な、て、テメェ!!」

 ディルはファイアーボールを発動しようとしたが、それより早く俺の剣がディルの肩をつらぬく。

「ぎゃ!?」

 急所を外した攻撃だったが、傷は骨まで達しており、痛みでディルは魔法の発動を失敗する。

 魔法の発動には精神集中が必要で、こうして直接戦っている状況では不利なのだ。誰かに守られていて、初めて魔法使いはその真価を発揮する。

「う、く!」

 痛みでひるんだディルのけんに、俺はけんきつけた。

 ディルがおびえてしりもちをつけば、それにピタリと合わせ俺は切っ先を下げる。少しでも動けばこの剣がディルの眉間を貫くだろう。俺の勝ちだ、ディルにできることはもうない。

 俺は右手に力を込めようとして、

「ま、待て!」

 ディルがあわてて叫んだ。

 だがディルの口から発せられた言葉は、こうふくの宣言ではなかった。

「お、俺に手を出したら盗賊ギルドがだまっちゃいねぇぞ!」

「なに?」

「ビッグホークさんがテメェのことをじやだと思ってんだ! 俺をったらテメェらはもうこの町にはいられねぇ!」

「…………」

 俺はゆっくりと切っ先を下げた。

「そうか」

 俺は低い声でつぶやく。ディルはとんでもないちがいをおかした。

 だが、そんな俺を見てディルは勝ちほこったようなみを浮かべた。

「へ、へへ、どうせお前らは町にはいられない、盗賊ギルドを敵に回して無事でいられるわけがない」

 ディルは傷口を押さえ、ゆっくりと後ずさる。

 そしてディルは、俺の前から勝ち誇ったまま逃げ出したのだった。

「そうだな、盗賊ギルドを敵に回すのは良くないな」

 俺の言葉は、遠くへ走り去ろうとしているディルには届かなかっただろう。


 *         *         *


 ディルが残していった油やら薪やらを俺は片付けた。

『火術士』が用意しただけあって、どれも良質な物だ。

「燃料としてえんりよなく使わせてもらおう」

 周囲が湿しつのゾルタンでは薪はちょっとだけ高い。久しぶりの戦利品というわけだ。

 俺は家の中にもどり、さつそく手に入れた薪を使って火を起こし、お湯をかした。

 しばらくするとリットが戻ってきた。

「ただいまー!」

「お帰り」

 帰ってきたリットを俺はげんかんむかえる。

 リットは、なぜかいつしゆんこうちよくして顔を赤くした。

「どうした?」

「いや、なんか、お帰りってレッドに言われたのが今更うれしくなって」

 そんなこと言われると、俺までずかしくなるじゃないか。

「ほ、ほら、ローブを受け取るから。部屋着にえて来なよ」

「う、うん……」

 おたがい照れ笑いを浮かべながら、リットはしんしつへと着替えに向かった。


 *         *         *


「はい」

 戻ってきたリットに、ホットミルクをわたす。

「ありがと……あ、これ美味おいしい。はちみつが入ってるんだ」

「子供のころによく作った得意料理なんだ」

「コーヒーもいいけど、甘い飲み物っていいよね」

 リットは美味しいものを食べた後に見せる満足げな顔で笑った。

 その笑顔を見て、俺も満足感を感じている。俺は料理を作るときにもう、いつだってリットの顔を思い浮かべながら作るようになっていた。

「こんなに美味しいなら、また明日あしたも飲みたいな」

「分かった。明日も作るよ。もしリットが飲みたいって言えばいつでも」

「やった」

 リットは嬉しそうに言った。

 俺だって嬉しかった。リットのために料理を作るのは、自分のために料理を作っていた頃よりずっと楽しい。

 多分、それが俺にとっても幸せなスローライフだと思うから。




エピローグ 明けない夜



「今朝、えいゆうリットから警告を受けたよ。とうぞくギルドの関係者にねらわれたとね。数日中にギルド長が俺達幹部を集めて事情ちようしゆをするはずだ。もちろん俺は関係ないんだが、疑いを解くためには色々と借りを作らなくてはならないだろうな。大きな損失だぜこりゃ」

 ビッグホークは太い指で腕をボリボリ音を立てながらかいた。

 目の前にひざまずかされたディルは何も言わない。

 口にさるぐつわまされているから当然だ。ディルはしばられた上、魔法を使えないよう、指はすべて、ざんにも折られていた。

 ディルはきようと痛みでなみだを流している。だが、誰も彼をづかう様子はない。

「多分、テメェはそのテメェの知っているリットの秘密とやらがあれば、俺がテメェを殺さねぇと思ったんだろうが。そりゃ違う。大きなかんちがいだ」

 ディルはふるえている。だがビッグホークの目はどこまでも冷たく、だ。

「それはテメェ、俺をめてるってことだ。テメェの知っている秘密にどんな価値があろうがよ、俺を舐めたヤツは許さねぇ」

 ビッグホークはゾルタンで最もおそれられる男。しょせん、田舎いなかのゴロツキどものまとめ役だとあなどっていたディルは、自分のにんしきが甘すぎたことを理解した。

 だがあまりにもおそい。

「おい、連れて行け」

「へい」

 縛られたディルを男がかたかつぐ。

「んん!!!」

 ディルは必死にていこうし、ビッグホークへいのちいの視線を送る。

「まぁ失敗は誰にでもある、俺はいつまでも気にはしない」

 ニヤリとビッグホークは笑う。ディルは一瞬、目をかがやかせた。

「テメェとは二度と会うことはないからな」

 そう言うと、ビッグホークは立ち上がり、奥の部屋へと帰っていく。

「んんん!!!!!!」

 ディルはくぐもったさけびをあげるがビッグホークはり返らない。

「残念だったな」

 ディルを担いだ男は気の毒そうに小声でそうディルに声をかけたが……ようしやなく、しきの地下にある血でよごれた部屋へと、ディルを運んでいった。

 その後、ゾルタンでディルを見かけたものはだれもいなかった。


 *         *         *


 深夜。勇者ルーティは1人、テントの中に座り、目をつぶったまま思考を続けている。

 勇者の加護があたえるあらゆるたいせい。その中には、すいみんへの完全耐性もあった。

 ルーティにはもはや睡眠は必要ない。いつさいねむを感じない。

 24時間、一睡も必要なくばんぜんなコンディションを保ち続ける。

 だが仲間はそうではない。野営は必要なことだと、ルーティも理解はしていた。

(とはいえ、この時間は退たいくつね)

 何もせずにただ座り続けるだけの時間。

 彼女がひそかに持っている持論によれば、通常耐性と完全耐性は全く別物である。

 通常耐性が何かへの『強さ』なのに対して、完全耐性は何かを『失う』のだ。

 今この場で夜をやり過ごしている彼女は、睡眠を失っていた。

(お兄ちゃんがいた頃は良かったんだけどな)

 となりで眠る兄の顔を、じっとながめているだけで退屈しなかった。

 その胸に手を置くだけで、そのどうを感じるだけで……えいごうの時間でさえ私はえられると、彼女は本心から思っている。

 まぁちょっとくらいきついたり……あとたまーに指や耳やおなかを嚙んでみたりもした。ささやかなおちやだ……とこれもまた彼女は本心から思っていた。

(アレス……)

 本来であれば八つきにしてもき足らない。だが、彼女は彼女に悪意を持たれない限り、仲間に手出しをすることはできない。

 なぜならば彼女は『勇者』だから。個人的なうらみにより仲間を害するのは『勇者』ではない。それにいかりすらバーサーク状態への完全耐性により、わずかな感情の波を起こす程度だ。勇者ルーティは人間的感情、こうの大半を、『勇者』の加護により失っていた。

 だがあの時は……。


 *         *         *


「ルーティ、おどろかないで聞いてくれ。君のお兄さんはパーティーを出ていった」

 あの日、けんじやアレスは朝早くルーティの部屋にやってきてそう告げた。

 混乱への完全耐性により、ルーティはその言葉を冷静に理解する。

 絶望への完全耐性により、ルーティはその言葉にどうようすることもできない。

 だからただ一言。

「なぜ?」

 とだけ言った。

「ギデオンは自分の能力不足を気にしていてね、われわれと共に来るより、おう軍に対してていさつやゲリラ活動をした方が役に立てると言い出したんだ。私も最初は止めたのだが、決意は固くてね。それに彼の言っていることはなつとくのできる理由があった。最後には私も快く送り出すことに決めたよ。装備もすべて置いていった。我々の役に立つようにとね。見上げた男だ」

「なぜそれをあなたに? なぜ私に言わなかったの?」

「多分、君にかっこ悪いところを見られたくなかったのだろう。彼は君よりずっと弱くなっても、君の兄であろうとしていたからね。微笑ほほえましい自尊心さ。私にも理解できる」

(なるほど、こいつがお兄ちゃんを追い出したのか)

 さまざまな完全耐性をすりけ、僅かにルーティの感情がれた。

「ひっ……!?」

 それだけでアレスの口から悲鳴がれる。ルーティから放たれるあつ感が、彼の生存本能を激しくげきした。

 だがそれでも、アレスは、彼を誰よりも有能だと保証してくれる自分の加護に背中を押されて、この時のために考えていた行動にでる。

 アレスは歯を食いしばりながら、ルーティの肩を抱く。心臓は恐怖ですくみあがり、背中を流れるあせてつくように冷たい。

 何度もり返し練習した台詞せりふを、アレスはただ読み上げる。

 賢者はゆうしゆうなのだ。どんな目的だって達成する。なぜならばかしこい者なのだから。それがアレスの役割だ。

「お兄さんがいなくなって不安なのは分かる。君は勇者である前に1人の女の子なのだから。ギデオンに比べたらいつしよに過ごした時間は短いかもしれないが、私はいつだって君の味方だ」

 これだけされても、ルーティはアレスをき飛ばすこともできない。ただ冷たい目で、じっとアレスを見上げ、彼を非難するだけだ。

 その時、彼女は気配を感じた。

(お兄ちゃん!?)

 見られた! 見られた!! 見られた!!!!!!

 加護のしようどうは思考に宿る。

 だがその時の彼女の『人間としての衝動』は、思考となるよりも早かった。脳に情報がとうたつする前に、彼女のぜんさいぼうが絶望の悲鳴をあげて行動した。

「うょぐっ!?!?!?!?」

 アレスの身体からだが折れ曲がる。

 それは声というより人間という風船から空気の漏れる音だった。

 世界最強のこぶしがアレスの腹部にたたき込まれ、骨をくだき、内臓をれつさせ、ぶちぶちと血管を引きちぎった。

 アレスの身体はかべに叩きつけられ、またいくつもの肉と骨と内臓が形を失う。もし壁が魔法で強化された要人用の部屋のものでなかったら、やわらかい血と肉を叩きつけたのにもかかわらず、壁はふんさいされていただろう。

 きよだいなドラゴンにつぶされたかのような有様となって、賢者アレスはゆかにべちゃりと落ちた。

「お兄ちゃん……!」

 追いかけたかった。すぐにでも誤解を解きたかった。

 だが、彼女の視線は死にかけているアレスに注がれている。

『勇者』は仲間を見捨てない。見捨てることで世界が救われるのでもなければ、たとえそれがにくむべき相手であっても見捨てることはできない。

 嚙みめた歯が音を立てた。遠ざかる気配が彼女の神経をいた。

 だがそれでも、彼女はよろよろとアレスへ近づく。

 アレスの僅かに残った意識が、恐怖とともに目の前に立つルーティを見ていた。

 ルーティはアレスに手をかざす。

いやしの手〟により、ひんのアレスはみるみるうちに癒され、砕けた身体が修復されていった。

 最愛の兄の気配はもう感じない。遠くへ走り去ってしまった。

 それでも、彼女はこうとしか言えない。

「ごめんなさい」

 勇者ルーティは、賢者アレスに感情のこもらない声でそうびる。

 アレスは歯をガチガチと鳴らし震えていた。


 *         *         *


 あの時のことを思い出し、ルーティはわずかに揺れる心の動きを楽しんだ。

『勇者』の加護に逆らえた数少ないおくだ。

 あらゆる耐性のすきをすり抜け、僅かにだが苦しい感情の波が心に起こるのも、ひまを持て余す今の彼女にはここよい。

 あの後、すぐにでもルーティは兄を追いかけたかった。

 だが『勇者』の役割は苦しんでいる人を救うこと。そして大陸中の人々を苦しめる魔王タラクスンをたおすことは、あらゆる事情をちようえつする最優先こうだった。

『勇者』は旅を続けなくてはならない。なぜならば『勇者』だから。

「でも私には今お兄ちゃんが足りない」

 ルーティは小さくそうつぶやいた。

 夜明けはまだ遠い。



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