プロローグ

かず……人はなぜ、家族を作ると思う?」


 秋の深まったある日、じいちゃんは俺にそんなことを聞いてきた。

 ちょうどばあちゃんの初七日が終わった頃のことだ。庭先でじいちゃんと二人、ボンヤリと空を見ていたときのことだった。質問の意味がわからず、なにも言えないでいると、じいちゃんはなにかを悟ったような顔で言った。

「一人で死なないためじゃ。婆さんを看取って、つくづくそう思った。儂らは息子夫婦を早くに亡くしたが、お前がいてくれた。じゃからこそ、儂らの人生は満ち足りておった。繫がりは、儂らがいなくなっても続く。生き物にとって、これほど誇らしいこともないじゃろう」

「じいちゃん……」

「じゃからこそ、儂は言っておきたい。一也。家族を作りなさい。そして、その家族をなにがあっても守り抜きなさい。昔から、お前はものわかりが良かった。……いや、物事を割り切って考えるところがある、というべきか」

「………」

「じゃがのう、家族のことだけは割り切るな。一度摑んだ手を、絶対に放すな。自分の人生を掛けて、なにがあっても守り通せ。そうすれば、必ず最期には『良い人生だった』と思えるじゃろう。婆さんや……儂のようにな」

「……まるで遺言だね」

 俺は茶化した感じで肩をすくめたのだけど、じいちゃんは大まじめに頷いた。

「儂も歳じゃ。いずれ一人になるであろう、孫に送る最後の言葉じゃよ」



 そのときの俺には、なにも返すことができなかった。

 そしてつい先日、俺の大学合格を見届けるようにして、じいちゃんも、ばあちゃんのところへ行ってしまった。一人きりになった家で、俺は呟いた。

「わかってるよ。じいちゃんの遺言は、忘れてないから」

 家族を持ち、その家族をなにがあっても守り抜く。

 その約束を胸に、俺は一人で、新たな生活をはじめる──はずだった。


 ◇ ◇ ◇


「おお勇者よ!よくぞ我が呼びかけに応えてくれた」


 目の前に現れた中肉中背の中年男性が、威厳ぶった声でそんなことを言い出した。

 歳は四十〜五十歳くらいだろうか。コートほどの厚みのある赤いマントを羽織り、頭には金色に輝く王冠を載せている。どこからどう見ても『王様』だ。

 その隣に佇む妙齢の優しげな女性は『王妃様』だろうか。こちらはドレス姿で、プラチナブロンドの髪の、綺麗な女性だった。歳も三十前後にしか見えない。

 周囲の状況を確認してみよう。高すぎる天井、並ぶ大理石の柱、下には赤絨毯。

 両脇に侍る兵士たちは一様に直立不動で、その中にいかにも宰相っぽい人も交ざっている。まさにRPGのオープニングに出てきそうな、お城の風景だった。

 王様と城、そして先ほど聞いた「おお勇者よ」という台詞。

 ………うん、落ち着け自分。焦ったところで事態は好転しない。

 まずは……そう、情報収集からはじめよう。

「な、なんじゃそんな目で見て。呼び出したことを怒っておるのか?」

 ジーッと観察していると、王様が急にオドオドしだした。

「いえ、状況が飲み込めないので……とりあえず説明してもらえますか?」

「れ、冷静じゃの。羨ましい限りじゃぞ……」

「国王陛下……」

「な、なんでもないぞい!」

 宰相の咳払いに、王様はビクッと跳ねた。王様と宰相のそんなやりとりを見て、王妃様はクスリと笑い、兵士たちも苦笑いで見ていた。この一連のやりとりで、目の前の〝人の良さそうな王様〟が本当に〝人が良い王様〟なのだということがわかった。国のトップとしては覇気がなさすぎる気もするけど、臣民には愛されるタイプだろう。

 ともかくだ。俺は相手を威圧しないように、努めて冷静に尋ねた。

「それで、勇者とか言ってましたけど、魔王でも攻めてきたんですか?」

「本当に理解が早いのう。その通りなのじゃ」

「………」

 マジかよ……。夢、とかじゃないよな?いや、言ってみただけだ。夢と現実の区別くらいつく。夢の中にいるようなフワッとした感覚はない。いまは試しようのない味覚以外の五感は正常に働いていて、これが現実の世界であることを告げていた。

 これが……現実……。もう一度言おう。マジかよ……。

「お、おい、どうされたのじゃ勇者。急に頭を抱えだして」

「いえ、気にしないでください。ちょっと目眩がしただけです」

 頭が痛くなってきたけど、いまは我慢するしかないだろう。

「もう大丈夫です。状況を説明してください」

「そ、そうなのか?じゃあ説明するぞい」

 そこから王様による「古いRPG序盤にありそうな冗長な、世界説明」が始まった。ゲームだったら【skip】したくなるほど冗長だったので、少しまとめてみようと思う。


 まずはこの世界のことについて。

 この世界は『超大陸ランディア』と、大中小の島々により成り立っているそうだ。

 超大陸ランディアには、大小さまざまな国が存在していて、人間以外にも獣人、エルフ、ドワーフ、半竜人ドラゴニユートなど多様な種族が暮らしている。これらの種族が共存している国もあれば、一種族を優遇している国、他種族の入国を禁じている国など、その形態はさまざまで、これらの国々は覇権を賭けて争ったりもしたらしい。しかし魔王領が出現してからというものは、各国とも表面的には協調路線をとっているそうだ。


 次にその魔王領及び魔王について。

 十年ほど前、超大陸ランディアの北の果てに通称『魔界』と呼ばれる空間が出現し、そこから大小さまざまなモンスターたちが湧きだして、大陸北方の国々を大混乱に陥れたのだそうだ。各国は連合して討伐軍を編制し、その魔界とやらへと攻め込んだ。

 しかし、その討伐軍は壊滅した。魔界には知能の低い(あるいは無いと思われる)『魔物』と、知能があり強力な戦闘能力を誇る『魔族』とがいるらしいのだが、この被害は魔族の攻撃によるものだった。また未確認ながら、その魔族たちを統べる王『魔王』の存在もささやかれている。

 この戦いのあと、主力軍を失った各国に魔界から出現する魔物を防ぐ余力はなく、北の国々は滅ぼされ、当初は小国程度だった魔界勢力の領土は、大陸の三分の一を占めるまでに至っている。現在、この領域は『魔王領』と呼ばれている。いま現在はその侵攻は止まっているものの、これは戦線が拡大したことで魔物・魔族が分散したため、各国でもどうにか戦線を維持することが可能になったからだと言われている。かといって人類側にも決め手はなく、前線の国々では膠着状態が続いているようだ。


 次にこの国のことについて。

 ここは『エルフリーデン王国』という、大陸の南東にある王制の中規模国家だそうだ。もともとはさまざまな種族が手を取り合う形で興した国であり、人間族の王を戴いてはいるものの、他種族の者も分け隔て無く受け入れている。どの種族であろうと、市民権があり、実際『国王』以外の全ての職業は他種族に対しても開放されている。王に苦言を呈していた宰相も、人間族との間に産まれたハーフエルフだそうだ。

 魔王領と接していないため魔物による被害は少ないが、もともと国力に乏しく、国庫事情はあまりよろしくないようだ。近年では食料不足も深刻で、さらに魔王領の拡大により故郷を失い、この国へと流れてきた難民たちがそれらの問題に拍車をかけている。

 また対外面にも暗雲が立ちこめている。

 魔王領を除けば最大の領土を誇る『グラン・ケイオス帝国』との関係が、ギクシャクしているらしい。帝国はもっとも多くの国境線が魔王領に接している国だ。第一次魔王領侵攻を主導した国家でもある。魔王領での敗北を受けて、帝国は各国に対して『戦争支援要請』をしているそうだ。単純に言えば、魔王領から遠い国家に、魔王領に近い国家を資援するよう要請を出しているそうだ。要請とはいえ、人類側最強国家が出せば強制に近い。王国に対してもこの要請は来ているのだが、いまの状況では支払うことが難しいらしい。


 最後に、俺をこの世界に呼び出した『勇者召喚』について。

 帝国が出してきた『戦争支援要請』の中に、『支援金が払えないならば、貴国に伝わる勇者召喚の儀式を執り行い、勇者を召喚し、その身柄を帝国へと送るのでもいい』という文言があったらしい。この国に支援金を払う余裕がないのは自明であり、もしかしたら、帝国にとってはこちらが本命だったのかもしれない。勇者を戦力として使いたいのか、解剖して研究でもする気なのか、まさか最初から期待などしておらず、要請に応えないことを理由に、王国に侵攻するつもりなのか……。帝国の思惑がわからないために、憶測が憶測を呼んでしまい、王国側は疑心暗鬼に陥っていた。

 王国はこの事態に対し、とりあえず勇者召喚の儀式だけでも行うことにした。引き渡しに応じるかどうかは未定だが、勇者召喚に成功すれば交渉のカードになる。それにはまず、要請に応えて、儀式を行ったという姿勢を示さなければならなかった。

 ……ここまで言えばわかると思うけど、王国もまさか〝本当に勇者が召喚される〟とは思っていなかったのだ。

「オイッ!」

「ひぃぃ!ごめんなのじゃぁ!」

 俺が思わず大声を出すと、王様は怯えて跳び上がった。

「あ、すみません。取り乱しました」

 こんなでもこの国の王様なんだよな。あまり無礼な態度は控えないと。

 しかし……俺は本当に偶然、誰に期待されたわけでもなく、召喚されたのか?

 心を落ち着けるために一度深呼吸してから、俺は王様に尋ねた。

「……それで、どうする気なんです?」

「ど、どうするとは?」

「自分を帝国に送るのかって話です」

「それは……どうしたものかのう?困ったぞい」

 王様は本気で悩んでいるようだった。これはちょっと意外だ。

 俺はてっきり「帝国が怖いんじゃあ!我が国のために帝国の下に行ってくれぇ!」と泣き落としでもしてくるのかと思っていた。見るからに気弱そうだし。

「なにを悩んでいるんですか?帝国は怖いんでしょ?」

「怖いのじゃ!怖いからこそ悩んでおるのじゃ!」

「失礼ながら、ここは私がご説明しましょう」

 そう言って進み出たのは、ハーフエルフの宰相だった。

「現在の我が国と帝国の国力差は歴然。とてもではありませんが、帝国の方針に対し、首を横に振れる状況にありません。そんな状況下で貴方様は、我が国が運良く手にできたたった一枚のカードです。これを切ってしまえば、我が国にはもう、帝国と交渉できるほどの材料がありません。たとえ今回のことを乗り切ったとして、次になにかあった場合どうなるでしょう?我々はただ、カードを手放しただけになるかもしれません」

「………」

 わからない話じゃない。源義経というカードを切り捨てた、奥州藤原氏なんかが良い例だろう。一時の脅しに屈し、せっかくの切り札を手放した者たちの末路は暗い。

「そもそも勇者ってなんなんですか?」

「勇者とは〝時代の変革を導く者〟だと言われております」

 ふむ……魔王を倒す者、とかじゃないのか。

「漠然としすぎてません?」

「なにぶん資料も乏しい状態でして」

「……そんな状態で儀式なんかしないでくださいよ」

「面目次第もございません」

 いや、お役所みたいに事務的な謝りかたをされてもねぇ……。とにかく困った。なにをするにしても情報が少なすぎる。となると、いま一番必要なのは時間だな。

「王様、一つ提案があるのですが」

「なんじゃ?なんでも言うがよいぞ」

「今後のことについて話し合いませんか?こんな場所で、立ったままではなく、どこかに腰を据えてじっくりと。俺と王様と宰相殿の三人で」

「ふむ。どうじゃ?マルクス」

「よろしいかと」

 王様に尋ねられると、マルクスと呼ばれた宰相が頭を下げた。同意を得られたので、俺はさらに注文を出した。

「それからこの国に関する資料を、とにかく集めて下さい。とくに収支報告書と、農林水産関連・経済産業関連・国土交通関連の資料は重点的にです。もしかしたら帝国の要求する支援金を捻出できるかもしれません。あと、勇者に関する資料も欲しいけど……それはまあ、後回しでもいいです」

「承知したぞい。すぐに揃えさせよう」

 そしてこの場は一旦お開きとなり、俺は改めて王様の政務室に呼び出された。

 ふかふかなソファーに座り、俺は王様やマルクス宰相と向かい合いながら、会議に会議を重ねた。もうとにかく、ありとあらゆることについて語り合った。

 この国の産業、経済、税制、農業政策、軍備、外交……あらゆることについて話し合われた。その会議は丸二日もかかった。俺が集めてもらった資料に対して、逐一質問しながらの会議だったことと、俺の提案した方針に、二人が異様なほど食いついたことが原因だった。とくに王様は、途中から人が変わったかのように、俺の話に食いついていた。

 ──二日後。部屋から出てきたときの王様の顔が、非常に晴れやかだったと、扉を守っていた衛兵たちの間で、のちに語りぐさになる。

 それはある英断をくだした男の顔だったのだろう、と。



「皆の者、心して聞いてもらいたい」

 それは三人での会議を終えた日の、さらに翌日のことだった。

 城内の主要な者たちを謁見の間に集めた王様は、彼らに向かって、高らかに宣言した。

「我、エルフリーデン王国第十三代国王アルベルト・エルフリーデンはここに退位し、王位を召喚されし勇者ソーマ・カズヤに譲る!また我が娘、リーシア・エルフリーデンとソーマ殿の婚約を、ここに、重ねて発表する!」

 静まりかえる場内。誰も彼もが言葉を失っていた。

 この場で冷静なのは王妃様くらいなものだろう。

 それは俺にとっても寝耳に水の爆弾宣言だった。


 ──大陸暦一五四六年四月三十二日 ソーマ・カズヤ、王位を譲られる。

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