三章 二度ある事は三度ある その6

   *


「トマトとかありえない! なんで二日連続で私の嫌いなものなのっ!?」

 刻谷家の食卓に並ぶ料理を見て久遠が絶叫する。そこにはスパゲティにトマトとあきざけえられた物が置かれていた。

「安かったから。冷蔵庫にあった秋鮭と合わせてみたんだが、なかなかの自信作だ」

「スパゲティにトマトなら、食感を消せるミートソースで良かったよねっ!? これ、トマトの形が全っ然、残ってるよっ!? 食感全開だよっ!?」

ひきにくを買うならある物で作る。それにこの調理の方が食感を楽しめて美味おいしいだろ?」

「トマトの食感が苦手って知ってるよねっ!?」

「世界で一番よく知ってる」

「分かった上でこの調理法を選ぶとかイジメっ!?」

「そう思うなら自分で料理するんだな。俺も久遠の料理が久しぶりに食べたい。それじゃ、いただきまーす」

「えぇっ!? 一人で先に食べちゃうのっ!? ねぇ、結羽太君っ!! 結羽太君ってばっ!! 一緒に食べようよっ!! 私も頑張って食べるからっ!!」

 決して食べないとは言わない久遠。昨日と同じように結羽太が久遠の口に料理を運ぶ。

 久遠は息も絶え絶えに完食すると同時、キッチンへ向かい冷凍庫からアイスを二つ持ってくる。音速超えてアイスを食べる挑戦でもしているのかとまがうスピードで口の中へ運び、トマトを食べたという事実をかき消そうとしていた。

「あぁ、もう……口の中が気持ち悪い。なんでスライムを食べなきゃいけないの」

「お前は全国のトマト農家に謝って回ってこい。あんなわいなモンスターと栄養価たっぷりの野菜を一緒にするな」

「卑猥って。私はトラクエのスライムを想像したんだけど。結羽太君みたいに、都合良く女の子の衣服だけを溶かす能力を持ったスライムなんて想像してないよ。ちょっと引く」

「確実にお前のせいだからな。こないだ、そんなアニメてただろ」

「気分転換にお風呂入ってくるね。それ結羽太君の分だから食べていいよ」

 強引に話を切り、久遠は風呂へ向かっていく。

 一人残された結羽太は、残っていた自分の分のスパゲティを平らげ、久遠が持って来たアイスに手を伸ばした。

「俺の分を含めての三つだったんだな」

 アイスを買ってきた時を思い出し、久遠の優しさに気付き結羽太のほおが緩む。その優しさをこれで返そうと、空いた皿とアイスを持って結羽太はキッチンへ向かい、アイスを冷凍庫へ戻し、食器を洗う。

 久遠が出たら自分も入ってしまおうと、寝間着を取りにリビングから廊下へ続くドアを結羽太が開けると、

「きゃっ!!」

 という声と同時に柔らかい何かにぶつかる。反射的にぶつかった何かに抱きつくが、足がもつれて、その何かを抱いたまま倒れてしまう。

つつ。なんだ……よ……」

 倒れた結羽太は起き上がろうと廊下に手をついたつもりだったが、柔らかな膨らみに手が触れる。そこで自分が抱いていた物と、手で触れているのが何かようやく理解する。抱いていたのはバスタオル一枚をまとった久遠で、触れているのは久遠の胸だった。

「「……」」

 沈黙が二人を包み込む。

 結羽太は無意識に目と鼻の先にいる久遠の姿を、めるように見てしまった。

 火照ってピンク色になっている肌。大きくなった胸部の膨らみ。女性らしいウエストのくびれ。正面から見ていても分かるヒップライン。触ったら張りがありそうな太もも。

 体をしっかりと拭かずにバスタオルを巻いたのか、バスタオルが体にぴったりと張り付き、体の曲線がハッキリと浮かび上がっている。目を奪われてしまう久遠の体に、思わず唾液を飲み込む結羽太。

 久遠が、人が表現できる全ての感情を連想させる、なんとも言えない表情をしている事に気付き、結羽太は手を胸から離し、跳ねるように後ろへ飛んだ。

 結羽太が退き、久遠は上半身だけを起こす。その動きでバスタオルが落ちそうになったのを慌てて久遠が止め、結羽太は久遠があられもない姿でいる現状をようやく把握した。

「おまっ! な、何をしてんだっ!?」

 胸を触った事への謝罪も忘れ、結羽太は久遠に対して声を荒らげて問いかける。

「き、着替えを持ってくの忘れたの! 顔だけ出して結羽太君にこっち見ないでって言おうとしたのに、なんで扉の前にいたのっ!?」

 今起きた現実を受け入れられないのは久遠も同様で、泣きそうな顔で声を張り上げる。

「服を忘れたからって、その格好はないだろ! 脱いだ制服を着るとかあるだろ!」

「だ、だってまだ湯船に入っただけなんだもん! また着て脱ぐとか面倒じゃん!」

 そういう言い争いをしている間も、結羽太は上から下まで何往復も久遠の体を見ていた。当然、久遠もその事に気付いており、ただでさえ火照っていた顔が更に紅潮していく。

「も、もう見ないで! そして忘れて!」

「わ、悪かった!」

 結羽太は急いで回れ右をして久遠を視界から外す。

 久遠が慌てて着替えを取り、リビングから出て行くのを背中で感じた。

 しばらくほうけた後、結羽太はさっきの久遠の柔らかさと姿を思い出す。

 肌に残る感触も凄いが、それ以上に久遠の姿が印象的だった。眼球に焼き付けられたかのように、目を閉じれば鮮明に思い出せる久遠のあられもない姿。

 卑猥な事を思わなかったわけじゃない。柔らかかったあの肢体にバスタオルを取り払って触れたいと考えもした。けれどそれ以上に。

「……れいだったな」

 結羽太が何度も往復して見てしまったのは、目の前の少女の姿にれてしまったからだった。ただただ綺麗だった。

「忘れろって……無理だよなぁ」

 とりあえず久遠が出てきたら謝る。そう決めて結羽太は久遠が出てくるのを待った。その間、なんとか忘れようと試みるが、時間の無駄だと気付き結羽太は忘れる事を諦めた。

 いつもなら出てきてもいい時間なのだが、久遠はまだ出てこない。もしかしなくても怒ってるよなと結羽太が思った時、静かにリビングの扉が開く。が、開けたと思われる久遠が入って来ない。

 久遠が恥ずかしそうに少しだけ顔を出してリビングにいる結羽太を見た。

「うぅ。どんな顔して結羽太君の前に行けばいいか分かんない」

 恥ずかしそうな声で久遠がつぶやく。

「あぁ……いや、その……悪かった」

 とりあえずの謝罪をする結羽太。久遠はまだリビングに入ってこない。

「え、えっと。あれは私が悪かったんだし……その………………どう……だった?」

「は? どうって?」

「……私の体」

 思いもしない問いかけに結羽太は言葉を失う。

「「……」」

 また二人を沈黙が包む。意を決して久遠が口を開く。

「な、何か感想あるでしょ? エロかった……とか」

「そんな感想を言うかっ!! 空悟じゃねえんだから、思ってても言わねえよっ!!」

「うぅ、やっぱりエロいって思ったんだ」

 出していた顔を完全に引っ込めてしまう。

「今のはたとえだ、喩え! 綺麗だって思ったよ!」

 勢い余って結羽太は本音をこぼす。

「……ほんと?」

 久遠が再び顔を出し、問い返しに自分が本音をこぼした事に結羽太は気付く。

「……まぁ、うん。綺麗だと本当に思ったよ。あと分かってたけど……」

「分かってたけど?」

「久遠って着瘦せするんだな。胸部あたりが」

「ちょっ!? しかも、分かってたって何っ!?」

 ずいっと身を乗り出し、結羽太の狙い通りリビングへ久遠が入ってくる。

「お前が新しいブラを探すとかで俺にいたせいだ」

「あ~、あったね、そんな事」

 恥ずかしそうに頰をきながら久遠が座る。

「そっか~、綺麗か。えへへ」

「……うれしいもんなのか? その……そういう事を褒められて」

 流れで言ってしまったが、考えたらセクハラにも近い発言だったと結羽太は反省する。

「まぁね~。褒められたら嬉しいよ」

 あれを褒められたと受け取っていいのか、というツッコミを入れたかったが、嬉しそうにしている久遠を見て結羽太は何も言えなかった。

 しばらく余韻に浸った後、いつものように久遠が背伸びをして新都家へ戻る合図をする。

 わざわざ持って来た結羽太のパーカーをしっかりと着た久遠を家まで送り、結羽太の一日が終わった。




 十月四日(水)


 三度も同じような事になれば、これは決定的だ。

 だから私は決めた。昨日の夜、冬夏ちゃんには説明した。納得はしていないようだったけれど────私は諦める。もうそれしかない。


 昨日までと大きく違ったのは、おもいを伝えたのではなく、伝えてもらったからだと思う。


 そのせいで、皆があんな事になったとしたら……私の怪我なんてどうでもいい。


 冬夏ちゃんも、花火ちゃんも、三月君も、空悟君もどんなに痛くつらかっただろう。どれだけ怖かったろう。

 結羽太君も……ごめんなさい。これで結羽太君が死んだのは二度目。

 この事を知られたら、うらまれるかもしれない。嫌われるかもしれない。


 本来進むべき未来は、私が気持ちを伝えない方なのかもしれない。

 その結果、結羽太君が危険な目に遭う事になるんだけれど。

 私が守ればいい。これからもずっと。


 だから今日の事は書き留めておこう。忘れないために。


 嬉しかった。好きな人に好きって言ってもらえて嬉しかった。

 隠していた気持ちを私からじゃなく、向こうから伝えてくれて嬉しかった。

 もう言ってもらえないかもしれない。

 ううん、言ってもらえても断らなきゃいけない。

 だから、恋人になれた数時間。私は絶対に忘れない。


 まずくらしき君のばこに入れられていた結羽太君と両想いって書かれている手紙を回収。

 そして警察に電話して、強盗事件を防ぐ。あの誘拐の時のように。

 ……まだやる事がある。花火ちゃんに頼んでいたあれ、取り消してもらわないと。

 朝に早く集まって冬夏ちゃんと花火ちゃんと三月君に相談して決めたんだけどな。

 今日、三人に謝ろう。やっぱり告白はできないって。

このエピソードをシェアする

  • ツイートする
  • シェアする
  • 友達に教える

関連書籍

  • 君と四度目の学園祭

    君と四度目の学園祭

    天音マサキ/やすも

  • 僕の欲望は手に負えない

    僕の欲望は手に負えない

    天音マサキ/〆鯖コハダ

  • チ-ト先生の挑発

    チ-ト先生の挑発

    天音マサキ/osa

Close