第二章 雪上の葬送車 その5

 翌朝。レミが二段ベッドから起き上がるより前に雪上車は出発した。

 ゴゴゴゴゴゴ。相変わらず地鳴りのようなエンジン音を響かせ、排気筒からは真っ黒な煙を吐き出しながら、雪上車はかつてのルート66の上を突き進む。

「えー。もう車、走ってんのー」

 のっそり芋虫みたいにとんの中からして、レミは眠たそうなまぶたを擦った。

「もう、レミったら起きるの遅いよー」

「もうすぐ到着するよ。よく見ておくといい。これが人類の栄光の……跡さ」

 それはかつてそこに存在していた巨大な街の残骸だった。緩やかな丘陵地に張り付くように無数の黒いせんとうが立ち並ぶ。遠くからは立派な街並みにも見えたが、実際に街の中に入るとその印象は一転。骨組みと柱だけを残し、無様なビルの骸が吹きさぶ風にさらされていた。

 降り積もる雪が散乱するコンクリートの残骸を覆い、傾いたビルの壁からは鋭い氷柱が大地に向かって伸びる。街は雪と氷によって侵食され、そしてまれようとしていた。

 雪上車のブロロロロンというエンジン音だけがむなしく青い空へとだまする。まるで氷漬けの墓場にいるみたいだった。こんなに巨大な街なのに人の気配などは一切ない。

 文明はおおよそ二千年前に滅んだ。この街もその頃はまだ栄えていたのだろうが、雪が降り物資が途絶えるようになると人は蒸発するように消えていき、やがて街一つがざんにうち捨てられた。そんなはいきよの中央を横切る目抜き通りに差し掛かって、雪上車が止まった。

「ちっ! 困ったね……この前まではこんなもんなかったはずなのにね」

 オリヴィアが車を降りた。道路を塞ぐようにして折れたビルの残骸が横向きに倒れていた。人が一人か二人、向こう側に通り抜ける分には十分な隙間があるが、この戦車みたいな車体が先に進むのには無理がありすぎる。オリヴィアがためいきを吐いた。

「二人共、悪いけど私が送ってあげられるのはここまでみたいだ。後は二人で頑張るんだよ」

 快適なドライブもここが終着点となった。残念な気持ちもあるが、この二日間で距離も大分、稼げたはずだ。

「ありがとう、オリヴィア! 助かったよ!」

「こっちこそ。にぎやかなのは嫌いじゃなかったさ」

 リュックを背負って車を降りるレミとオリヴィアがお別れに手をたたき合った。

「あの……オリヴィアさんはどうするんです?」

「どうするも何も、こっちもあともう少しでゴールだから自分で荷物を運ぶだけさ」

 そう言って車の後ろにソリでかれた荷台を指差した。白い布で覆われて結構な荷物だが、そう言えば一体、何を運んでいるのだろうか。とても一人で運べる荷物量には思えないけど。

「それなら運ぶの、私たちも手伝うよ! ね、リーナもいいでしょ?」

 オリヴィアが答えるよりも先にレミはソリの所まで走って、こともあろうに荷造りのひもを解いてしまったのだ。かぶせてあった白いシーツが落ちて、現れたのは──。

「うん? なに、これ……………ひ、ひぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 間抜けな悲鳴を上げたレミが後ろにすっ転んで雪の上に尻餅をついた。

「し、し、し、した、した……死体だぁぁぁぁ!」

 シーツの下に隠されていたのはひつぎだった。死んだ人を入れるかんおけ。しかも、うっかり蓋が開きかかって、その隙間から仏さんと目が合ってしまったようだ。

「ど、どどどどどうして! こんな所に死体があるの!」

 白目をきかけて口をパクパクさせているレミに近付いてオリヴィアが言った。

「あーあ。バレちまったか。こうなるから本当は知られたくなかったんだけどな」

「オ、オリヴィア……さん?」

 ふう、とオリヴィアはもう一度、大きく深呼吸する。

「そうさ。見ての通り、私が運んでいるのは人間の死体さ」

 淡々とした口調で蓋が開きかかっていたひつぎを閉め、レミが解いたロープを結び直す。

「最初に話しただろ、私は運び屋だって。それがこの死体にもつってわけさ。どうだ、ドン引きしただろ? でも誤解があるようだから言っておくが、別に私が殺したりしたわけじゃないよ」

「そ、そ、そうですよね。五、六人くらいいましたもんね!」

 レミが取り繕って言う言葉が全くフォローにもなっていない。オリヴィアはソリからつないだロープを肩に掛けると一人で引っ張り始めた。

「二人はここで見たことはさっさと忘れて自分たちの旅を続けな」

 突き放すようにして言って、オリヴィアはソリを引っ張る。ソリにはかんおけが六つも積まれ、とても一人でいて運べる重さとは思えない。、オリヴィアが死体なんかを運んでいるのか分からない。普通に考えたら怖いに決まっている。

 でも、オリヴィアはおひとしだ。旦那さんに負けず劣らず。だからきっとこれも人助けのためなんだ、とリーナは自分に言い聞かせた。

「オリヴィアさん! 私、手伝います!」

 後ろからソリを押した。こういう時、片手しか使えないのは踏ん張りがかず、力も出せないのであまり戦力になれない。でも、ないよりマシだと思う。

「わ、私も! 手伝うから!」

 流されるようにレミも一緒にソリを後ろから押し始めた。

「二人共……そうか、悪いな。恩に着るよ」

 氷点下の風が吹く中を汗だくになりながらえっちらおっちらとソリを押した。国道から脇にそれた道を進んで行く。きっと昔は郊外に続く道だったのかもしれない。延々と続く緩やかな坂道が今はひどく恨めしかった。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! き、気合いだぁぁ!」

「うう……もう駄目ぇ……」

「ほら二人共、あと少しだよ。もう一踏ん張りだ!」

 気付けば自分たちは遠くから見えた高台の上に立っていた。見晴らしはいいが、眼下に広がるはいきよにはやっぱり人影は一つもない。やはりもう死んでしまった街だ。

「さあ、こっちさ」と言われて付いていった先は巨大な墓場だった。白い雪の上に、真っ白い十字架の墓標が並んでいた。

 そのお墓の端っこにオリヴィアはひつぎを運び、スコップを地面に突き刺した。

 みんな考えることは一緒なのかもしれない。レミもお母さんとトニーじいのお墓を作るのに村で一番見晴らしのいい高台の上を選んだ。

「掘るんでしょ? 私も手伝う。こう見えても私、お墓を掘るの慣れているから」

「私も手伝います。あまりく掘れないかもしれないけど……」

「二人共、ありがとうね。でもここまでで疲れているだろ? 少し休んでからでもいいから」

 オリヴィアはスコップを突き刺して豪快に雪と氷をす。そしてあっという間に人間一人分が入る穴を掘ってしまった。

「夕べも話したかもしれないけど、これ、元々は旦那が始めた仕事さ」

 最初にお墓に入れたのはさっき、レミと目が合ってしまったおばあさん。三人でひつぎを穴の中に下ろして上から雪をかぶせる。埋め終わるとオリヴィアは胸元で小さく十字を切った。昔は死んだ人を弔うための専門のお仕事もあったみたいだ。でも、今は死者を弔う人も、神様に祈る人もいない。死んでお墓に葬られ弔ってもらえる人はむしろ幸せな方かもしれない。

「私が前にいた村。今はもうないんだ。みんな死んだか、生き残ったやつも逃げ出したか。疫病のせいで人がバタバタと倒れて、葬式なんかやる暇もないくらい人がどんどん死んじまってさ。街中あちこち死体の山さ。そんな時にあの人がやって来たのさ」

 夕べ話してくれた話だ。それで旦那さんは村の生き残りに食料を配って歩いたと。

「でも、こんな貧しい村に見返りなんて渡せるわけがない。そう言ったら、あの人。道端で倒れている死体でいい、とか言い出したのさ。その時は狂った男だと思ったさ。でも、あの人。死んだ人間を運んで一人一人、墓をこしらえて。とんだおひとしさ。見ず知らずの人の墓を苦労してまで作って。でも、気付いたらあの人が死んだ後も、私はあの人の代わりに全く同じことをやっていたというわけさ。まあ、私は多少ね、駄賃くらいはもらっているけどね」

 そんなことを言うオリヴィアの姿がリーナにはただ不思議だった。あちこちから弔ってもらえない人の遺体を集めてはこの墓地に埋葬している。

 彼女の言う通り、見返りなんてほとんど期待もできない仕事なのに。それでも彼女は死体を運んで、見ず知らずの人の墓を作っている。

「でもどうして、オリヴィアさんは旦那さんと同じ仕事をしようって思ったんですか」

 ニヤリ、といたずらっぽく笑った。

「そりゃあ、理屈じゃないさ。私があの人にれちまった。人間が人生で見つける理由なんてせいぜいその程度。馬鹿みたいに単純なものさ」

 よく分からない。よく分からないけど、悪いことじゃなさそう。オリヴィアは結構、うそを吐く人なんだと思った。別に悪い意味じゃなくて。どちらかというと優しさに包まれたうそを吐くのだ。そうやってよくうそを吐くからリーナのうそも簡単に見抜いたのかもしれない。

「ふう。嫌だね。人間、恋なんてもんはするもんじゃないね」

 オリヴィアは幸せそうな顔をしてためいきを吐いた。

 恋、参照情報なし。よく分からない。そう言えば、フロントマンも似たようなことを言っていた。でも、やっぱり分からない。分からなければくしかない。

「あの……恋って何ですか」

 すると夕べと同じようにオリヴィアは腹を抱えて笑い出した。そして小さな子供を可愛かわいがるみたいに少し荒っぽく頭をでた。

「あっはっはっは! やっぱり、リーナはウブでいい子だね!」

 ウブ、参照情報なし。またよく分からない単語を大人たちは使いたがる。

「そうだな、大事な人とのきずな……ってところかね。ああ、柄にもないことを言わせるんじゃないよ」

 オリヴィアはそう言って肩にスコップをかついで、次のお墓を掘り始めた。リーナも手伝うために小さめのスコップの柄を握った。そしてふと、トニーじいのことを思い出した。

 今日も空は青かった。

このエピソードをシェアする

  • ツイートする
  • シェアする
  • 友達に教える

関連書籍

  • さいはての終末ガールズパッカー

    さいはての終末ガールズパッカー

    藻野 多摩夫/みきさい

  • オリンポスの郵便ポスト

    オリンポスの郵便ポスト

    藻野 多摩夫/いぬまち

  • できそこないのフェアリーテイル

    できそこないのフェアリーテイル

    藻野 多摩夫/桑島黎音

Close