レミはお母さんを埋める墓を掘っていた。

 まだ七歳になったばかりの小さな身体からだでスコップをかついで、柔らかい雪の上に突き刺す。

 ほんの二日前だ。お母さんの身体からだが雪のように冷たく白くなったのは。たちの悪い風邪だとトニーじいは言っていた。数日前まで元気だったお母さんがくなるまではほんの一瞬だった。

 風がてつく。寒さに耐えて丘の上に一本だけ立つ裸のもみの木。あれをお母さんのお墓にしようと決めた。そこから見える景色がお母さんも自分も大好きだったから。弱々しいしをたたえて白銀にきらめく雪原が恨めしいほどにその丘の上から美しく見えた。

 ──私は世界に捨てられたんだ。

 先のとがったスコップが降ったばかりの雪をきだすと、石のように硬い氷の層にぶつかった。小さい身体からだの全体重をスコップに預け、氷の大地を細かく削っていく。まだ幼い少女にはそれは大変な重労働だった。額から浮き出た汗に氷点下の風が突き刺さる。

 何も考えないようにしよう。ただ無心にスコップを掘ろう。レミは自分に言い聞かせた。


 いいかい、レミ。どんなものにでも終わりは来るんだよ。私にも、お前にも。この星にも、太陽にだって。いつか死ぬ時は来るんだよ。だからそれを受け入れなさい。


 昨晩、雪になったお母さんの遺体のそばでトニーじいはレミに言った。そう言うトニーじいももう自分ではまともに立つこともできず、一日中、暖炉の前で車椅子に寄り掛かっている。赤ちゃんの頃にくなったお父さんの顔も覚えていない。若者もおらず老人ばかり毎日のように死んでいく寒村で墓を掘るのも埋めるのも、そんな力仕事ができるのはもう幼いレミしか残されていない。

 泣いちゃ駄目、泣いちゃ駄目、泣いちゃ駄目。

 スコップが氷を削るたびに自分の心も削られていくような気がする。てつく風に肩が震えるたび、お母さんが作ってくれた温かいビーツのスープを思い出した。

 人は死ぬ。トニーじいだって死ぬ。この星だってもうすぐ死ぬ。だから諦めるんだ。自分が世界で独りぼっちになるのだって、諦めて受け入れなきゃいけないのだ。

「……あれ?」

 ガリガリと氷を削るスコップの先の感触が柔らかくなった。どうやらこのお墓、がいたようだ。雪と氷の隙間から見えたのは細い人間の手だった。

「ご、ごめんなさい! お、お邪魔しました!」

 折角、掘った穴を埋め戻そうとしてふと、気付いた。まるで今も生きているみたいに柔らかくて、血色も良くれいな指先。やっぱり埋めるのは後にしよう。もう一度、スコップを握った。

 まるで触れたら割れる硝子ガラス細工を扱うみたいに、そのれいな指先に傷が付かないようにゆっくりゆっくり、スコップを差し込んで。そーっと、そーっと、かぶさった氷と雪を払いのける。

 それは雪のようにれいな白銀の髪の女の子だった。としは自分よりも少し上くらいかも。ほっぺたをツンと突いたら、ぷにっとした。

「あのー。こんな所で寝ていたら風邪、引いちゃうよー」

 すやすや眠ってまるで反応がない。朝六時にお母さんが起こしにきた時の自分と同じだ。

 息はしていない。でもやっぱり死んでいるようには思えない。ワンピースは汚れてぼろぼろになっても、その女の子にはどこかお姫様のようなれんさも感じさせられた。昔、お母さんに読んでもらった童話の白雪姫とか眠り姫とか、そういうのがぴったりと似合う。

「起きろー! 起きろー! 朝だー朝だー。コケコッコー!」

 鶏が叫んでも起きないところも自分と一緒だ。お寝坊の少女の手に何かが大事そうに握られているのに気付く。それは少しびかけたゼンマイののように見えた。

 銀色のふわふわとした髪の隙間から首筋の後ろに小さく六角形の穴が空いていた。ただ直感的にその穴にゼンマイのめ込んでみた。するとぴったりまった。をゆっくりと回すとカチリ、カチリと音がして何かが女の子の身体からだの中で動き始めた。

 すうっと、女の子の小さな鼻から細い息が漏れた。やっぱり生きている。そう思うと、レミは目に見える世界の視界が急に明るくなったような気がした。


 ──いいかい、レミ。どんなものにでも終わりが来るんだよ。

 トニーじいの言う通り。この星も、そして太陽も、もうじき死を迎えようとしている。

 そう昔の天文学者は言っていたそうだ。けれども今はもう学者なんてそもそも存在しない。

 人類の文明は滅んだのだ。二千年も昔に。今は生き残りの人間たちが細々と寒さに震えてかすかに生きながらえているだけ。栄光ある人類の歴史はもはや過去のもの。それでも、古い暦に従えば今は西暦五十七億飛んで三千三百四十四年──。

 百三億歳を迎えた太陽は今やガスの抜けた風船みたいにしぼんでいき、この数千年か数万年かはたまた数億年かのうちに静かに燃え尽きていく──今はその長い下り階段の途中。おかげで気温はどんどん下がっていき、空も大地も風も海も、そして街が、文明が、全てが凍った。

 今はもう畑も育たず、寒さに震える森の木々も凍ったまま枯れていく。大地は雪と氷に覆われ、人々が消えた街はうち捨てられ巨大なはいきよに成り果てた。

 もしかしたらレミが大人になる頃にはもっと寒くなって、人間が生きることすらできない星になっているかもしれない。滅びの運命を受け入れなきゃいけないのかもしれない。


 それでも、眠れる少女の胸から静かに聞こえる歯車の音にレミの心は少しだけ躍った。暗い悲しみの中から一握りの希望を見つけたような気がした。

 お母さんとお別れをしたあの日。

 レミはリーナと出会った────。

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